【天戸】岩戸島へ
マスター名:刃葉破
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/06 01:25



■オープニング本文

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 石造りの舞台の上、巫女服の少女が舞い踊っていた。
 陽の光が差さない石室の中、明かりは松明の炎だけ。揺らめく火に照らされているからか、どこか幻想的な印象を受ける。
 少女がステップを踏む度に長い黒髪が広がり、影を作る。だがその影に負けじと舞台を囲む石碑が淡い光を発していた。
 踊り手の名は一三成。正確には少女ではない……が、それを気にする者はこの場に居ない。真実を知らない事もあるだろうし、知っていても魅力的であれば関係ないという者もいる。
 実際のところ、この舞――儀式において性別は重要ではない。三成が舞うという事実こそが重要なのだ。
 くるりと回る三成が神楽鈴を鳴らす度に、石碑の光が強くなっていく。三成が足を止める頃には、松明に負けないぐらいの光になっていた。
「……良いものを見せてもらった」
 静謐な広間に小さな拍手の音が響く。
 拍手の主……豊臣雪家は額に汗の珠を浮かべた三成に賞賛を送りつつも、その視線は舞台周りの石碑へと注がれていた。
 4つの石碑は舞が終わった今でも変わらずに光を放ったままだ。
「これは……儀式は成功したと考えてよいのでしょうか?」
「島を観測してみないことには断言はできぬが……。一先ずはそう考えてよいであろう、な」
 三成は舞台を降りると、儀式を見守っていた瑠璃から渡された手拭いで汗を拭う。
 先ほどまでの儀式は岩戸島を封印する結界を解除する為のものだ。とはいっても、この場からでは岩戸島がどうなったかは確認することはできない。暫くは報告を待つことになるだろう。
「とはいえ、いつまた結界が再度施されるかが分からぬのでな。そなたには事が終わるまで遺跡に滞在してもらうことになるだろう」
「そう、ですか」
「兄の仇を追えぬのは、不満か?」
「……いいえ。これがきっと私の戦いだと思いますから」
 迷いの無い三成の言葉に、雪家はほうと感心する。以前の様子からは想像もできない姿だ。
「岩戸島に向かうのは……皆さんに任せましょう」

 岩戸島。
 封印を施されたその島に眠っているのは三種の神器が1つ――八咫鏡であることが先日知らされた。
 アヤカシ正澄の狙いはその八咫鏡だろうということ。当然渡してはならないし、下手すれば天儀全土に災厄が見舞われるということも判明した。
 ……なんだか、妙に神器に縁があるわね。
 過去、自身が神器の勾玉に関する交渉をしたことを思い出し、内心で苦笑する三成。妙な巡り会わせがあるものだ。
 とはいえ、先ほども述べた通りこれより自分にできることはない。
 鏡を回収し、仇敵を討つは……開拓者達の仕事だ。


 果たして岩戸島は再び観測された。
 朝廷は島に兵を派遣し、正澄を討伐し鏡を入手することを決定。
「伝承によれば八咫鏡が奉じられている遺跡には、鏡を守る様々な仕掛けがあるらしいからの」
 故に鏡が早々奪われるということは無いだろうというのが雪家の判断だ。
 その為、討伐作戦は段階を踏んで行われることとなった。
「最終的に奴を討つ事は変わらぬがな。一先ず我らがすべきは橋頭堡を築くことだ」
 橋頭堡とは敵地に築く、戦闘を有利に進める為の拠点だ。
 岩戸島は実質敵に占拠されていると考えていい。だからこそ一気に侵攻するよりまずは拠点を作った方が確実だという判断だ。
「……とはいっても、そう簡単にはいかぬだろうな」
 島への移動手段は飛空船だ。勿論、それを易々を見逃す敵ではないだろう。
「まぁ、例によって例の如く飛行可能アヤカシどもが襲ってくるだろうな」
 そのアヤカシを迎撃し、岩戸島にたどり着き、橋頭堡を築く。
 それが開拓者達に託された任務であった。


 場所は変わり、岩戸島。
 ある遺跡を前にアヤカシ――正澄が佇んでいた。
「ふぃー、ようやっと目的の遺跡……かな? 今度こそ当たりだといいけどなぁ」
 伝承ではこの島に鏡があることは分かっていた。だが、この島について具体的な情報があったかというと否だ。
 故にそれらしき遺跡をいくつか辺り、その度に遺跡に仕掛けられた罠などで手持ちの兵と時間の余裕を消耗しているのが現状であった。
「この島、瘴気が無いのが痛いんだよなぁ……。そりゃ、神器を祀ってるんだから、当然だろうけど」
 故に、消耗した兵力を補う手段が無い。これもあり、遺跡に仕掛けられている罠などを無理矢理突破するというもできなく、時間がかかっていた。
「だからこそ、あんまり外れを引きたくないんだが……うん?」
 正澄のもとに、1羽の鳥型アヤカシが飛来してきた。アヤカシは何事か伝えるように奇声を上げる。
「ん、あー……。朝廷の船が来ちゃったか……。思ったより三成の立ち直り早かったなぁ」
 ここでどうすべきか悩む必要はない。当然、迎撃だ。
「戦力の逐次投入は論外……となれば、手持ちの航空戦力全部で迎撃かな。ま、元より遺跡攻略にはあんま役に立たないやつらだからいいか」
 正澄が指揮を出す。すると、彼に従うアヤカシらが次々に島の一方向へ向かい飛び立っていった。
「頑張れよーう」


■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
羅轟(ia1687
25歳・男・サ
水月(ia2566
10歳・女・吟
郁磨(ia9365
24歳・男・魔
春原・歩(ib0850
17歳・女・巫
ケロリーナ(ib2037
15歳・女・巫
禾室(ib3232
13歳・女・シ
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰


■リプレイ本文

●出撃
 朝廷が用意した中型飛空船。
 開拓者達を乗せ、空に浮かぶ岩戸島へ向かい出立してから暫く経ってからのこと。
「――アヤカシの姿を確認!」
 索敵を行っていた朝廷兵が声を上げる。予想されていた襲撃だ。
「ここを……越えれば……か。正澄殿……その骸……必ず……解放する。もう暫し……待っていて……くれ」
 アヤカシである正澄を倒し、人間であった正澄を救う。そう決意を固めた羅轟(ia1687)が事前に打ち合わせた位置に付く。
 彼がつくのは宝珠砲の砲座だ。試射や射撃練習は済ませている。時間のかかる充填も事前に済ませてある。
 羅轟が砲座につくように、他の者も次々と迎撃の態勢に移る。
 郁磨(ia9365)が出撃前に所属小隊隊長であり友人の羅轟へと声をかける。
「……鵺と以津真天は引き離すんで、しゅしょー達は鷲頭獅子の相手をお願いします」
「あまり……無茶、するな……よ?」
 その言葉に郁磨はにこりと笑顔を返すだけだ。
 彼はそそくさと炎龍の遊幻のもとへ駆け寄ると、羅轟に聞こえぬよう相棒へ声をかける。
「遊幻、少し無理してもらうね」
 優しく撫でられた遊幻がまかせておけと言わんばかりに小さく吼えた。
「ムック、よろしくなんだよ」
 春原・歩(ib0850)が相棒である駿龍のムックの顔を軽く撫でてから、その背に飛び乗る。
 彼女としてはできればここに来るまでに三成に会っておきたかったのだが、三成は舞照遺跡で待機してることもあって残念ながら叶わぬ形となった。
 だけれども、三成が立ち直った時の様子は今でもまじまじと思い出せる。つい、と歩が視線を移した先にいる緋那岐(ib5664)もきっと同様だろう。
 何せ彼は道中で「みっちゃんがっ……安定のみっちゃんだった」と感極まって泣いていたくらいだ。
 ケロリーナ(ib2037)も同じく「ふぁ、三成おねえさま元気になってよかったですの〜」と喜んでいた。
「正澄おじさまモドキの野望を絶対阻止ですの〜!」
 勿論、アヤカシの企みを阻止する熱意も十分だ。
 緋那岐も今はちゃんと気持ちを切り替えて駿龍の月牙と繋がった命綱の具合を確かめている。
「進化への道は……そう遠くない。さぁ力をつけるぞ月牙!」
 同じように鷲獅鳥に乗り込んだ朝比奈 空(ia0086)が合図をすると、鷲獅鳥――黒煉が翼を広げる。
「ここで躓く訳には行きませんし、迅速かつ確実に行きましょう」
 アヤカシの思い通りにさせない為にも、何としてもここを突破しないといけない。
 敵を見据えた水月(ia2566)はその更に先にいるだろう、今はまだ見えない本当の敵を見る。
「神器のことももちろん大事ですけど……。三成さんと本当の正澄さんのためにも、こんなところでぐずぐずしてられないの」
 ――だから、
「邪魔するならようしゃはしないの」
 敵は先程よりも近づいてきている。
 黒煉に跨った空、郁磨と遊幻、歩とムック、緋那岐と月牙が船から飛び立ち、敵に向かって翔ける。
「いくぞ……!」
 羅轟の放った宝珠砲が空を割くように飛んでいく。それが開戦の狼煙となった。
 砲弾の行く末を見届けながら、禾室(ib3232)が船にいる全員に聞こえる程の大声を張り上げる。
「ここから先の戦いは絶対負けられぬ……いざ、岩戸島へ!」
 敵集団を見て一瞬竦んだ足は、今はもうしっかと甲板を踏みしめていた。

●雷光獣
 集団気味で飛行していたアヤカシ達は散開することで砲撃を回避する。
 距離もある以上、単発の砲撃が当たることはまず無いだろう。
 そのまま散開したアヤカシ……そのうち鷲頭獅子が先陣を切り、その後を以津真天が追う形となった。
「鵺は……最後方、か」
 敵の配置を見て緋那岐は難しい顔をする。この場に居ないとはいえ戦術指揮をしたのは正澄の筈だ。なんらかの意図があっての配置と見るべきだろう。
 その中で最も強力で厄介な鵺を後方に配置するという意味を考える。
「あれの落雷は必中なうえ射程不明だしな……ともかく油断は禁物か」
 いつ鵺が動き出しても問題ないよう覚悟を決めて月牙を飛ばさせる緋那岐……だが、次の鵺の行動は予想外のものであった。
 ――ギャアアアアア!!
 鵺が雷を全身に纏い、吼えた。
 直後、鵺を纏う雷が消えたかと思うと、先頭を飛んでいた空に雷が上空より降り注いだ。
「くっ……つぅ、この距離で……!?」
 騎乗状態ということでいつものように衝撃を受け流すことはできず、空の全身が強い痛みを訴える。
 目算では鵺との距離はまだ100メートル以上は離れている。当然だが、その距離に届く攻撃手段を開拓者達は持っていない。
「ちっ、あの配置は……つまりは砲台役ってことかよ!」
 鵺が下がっている理由を把握した緋那岐が舌打ちする。
 一方的に攻撃されることを嫌うのならば、自分達から懐に飛び込む必要がある。
 だが、
「それをさせない為の陣形……ってことか」
 敵陣を見据えた郁磨が小さく呟く。鷲頭獅子を撃破しないことには切り込むには難しい状況だろう。
「大丈夫!? 治療するよ!」
「ありがとうございます。……しかし、この状況……攻めないわけにはいきませんね」
 落雷を受けた空を心配した歩が閃癒を彼女に施す。
 空は礼を言いつつも、現状を冷静に分析する。
「仮に私達が落雷から逃れようと後退しても、その場合は船が一方的に狙われるだけです。……故に」
 相手が迎撃陣形を整えていようと、そこに突っ込むしかない。
 その判断に他の者達も異論は無い。開拓者達はそれぞれの相棒に突撃の指示を下した。

「っくぅ……まったく、厄介な攻撃だね」
 接近中の再びの落雷に耐えながら、郁磨は敵との距離を測る。不幸中の幸いといえばこの落雷は相棒ごと貫くようなものではないということか。
 どうやら敵は相棒よりも騎乗している開拓者達を狙うことに重点を置いているようだ。騎乗状態の開拓者達は本来の防御性能を発揮できない事実もその判断の助けになってるだろう。
「……毒や呪詛を喰らうよりかは、接近して一気に落とした方が良いか」
 敵に突っ込む指示を遊幻に下そうとした郁磨だが、その瞬間に空の警告の声が辺りに響く。
「船の左舷方向……! 敵がまだいます!」
 全周を警戒していた彼女が見つけたのは、こちらとは別方向から船に向かう4体の敵影だ。
 恐らく、見つからないようにかなり大きく迂回してきたのだろう。
 当然だが瘴索結界の範囲外だ。そもそも広大な空においては結界の効果範囲は視界よりも狭い。
「どうする……!?」
 緋那岐が仲間達に問う。
 こちらからだと増援の方にかけつけても敵が船に到着する方が早い。
 それにこちらを放置してもそれはそれで危険だ。
 故に空が出した結論は、
「まずはこちらを早急に片付けましょう……!」
 それまでの時間は船に残った仲間達が稼いでくれると信じて。
「敵はあっちにもいるから、気をつけて……!」
 せめて仲間達が不意打ちを食らわないようにと、歩は狼煙銃を増援に向かって放つ。
 伸びる煙の先を見れば敵がいることに気づくはずだ。
「……信頼してますよ、しゅしょー」
 船に残った友人を信じ、一度だけ船を振り返った郁磨はすぐに直近の敵へと向き直った。
「空戦は苦手だけど、此処で落ちる訳にはいかないね。……此の先には、正澄が居るんだから」

●迎撃
 肝心の船に残った者達だが、幸いなことに新たな敵については察知していた。
「えとえと、鵺が1、鷲頭獅子2、以津真天が1ですの〜!」
 望遠鏡を覗き込んだケロリーナが敵の詳細を仲間達に伝えていく。
「この距離……砲撃は、無理……か!」
 のろのろしていると一気に船に取り付かれると判断した羅轟は砲座から立ち上がり、相棒である甲龍の太白に急いで跨る。
 飛び立った羅轟にも鵺の雷が降り注ぐ――かと思いきや、鵺は移動を優先しているのか攻撃する気配はない。
「しかし、それは船への攻撃を狙っているということ……。笹錦、辛いとは思うが頼むのじゃ」
 敵の狙いを察した禾室が相棒の甲龍、笹錦にある指示を出す。
 それは敵の船体への攻撃をその身をもって防ぐというものだ。
 己の身を削る指示に、しかし笹錦は拒否の意を示すことなく「くぁ」と小さく頷くことで応答する。
 そうこうしているうちに、羅轟が敵集団と接触しようとしていた。

 こちらでも最前衛を張っていたのは鷲頭獅子であった。
 2体の鷲頭獅子は羅轟と太白の近くまで飛翔すると、しかしその存在をまったく意に介することなくすぐ横を翔ける。船だけを狙った動きだ。
「くっ、早い……!」
 すぐに追いたくなる気持ちを抑え、羅轟は目の前のアヤカシ――以津真天に相対する。
 毒を撒き散らすこのアヤカシを向かわせることの方が危険だという判断だからだ。
「貴様の……相手は――我だァァァァァァ!!!」
 大気を振るわせる咆哮が以津真天の耳朶を叩く。
 果たして、以津真天は羅轟を危険な存在だと認識したのか、彼に向けて翼をはためかせた。
「ぐっ、これは……!」
 旋風に乗って、黄土色の霧が羅轟と太白を包む。咄嗟に口の辺りを腕で覆ったが、効果があるのかは分からない。
 霧を吸った者を毒で蝕む毒旋風――以津真天が危険な存在だと認識される所以だ。
 ――だが、これで奴の狙いは我に絞られた……!
「……まだ、終わりではない……!」
 更に危険な存在として鵺がいる。
 羅轟は残る鵺にも同様に裂帛の咆哮を放つ。結果、鵺もまた羅轟を目標として認識した。
 鵺の口から放たれた電撃が羅轟の身を焦がす。それに対して、彼を背負っている太白が心配そうな声を上げる……が。
「あまり……心配するな……」
「グゥ……?」
「それより……自分のこと……毒死……嫌なら……全力……逃走」
「ギャウー!?」
 その言葉に以津真天と鵺が自分達だけを狙っている危機的状況を理解したのだろう。
 もふらが描かれた盾を掲げながら必死で逃げ始めるのであった。

 一方、2体の鷲頭獅子が向かった船。
 迎え撃つは朝廷の兵達と水月、ケロリーナ、禾室、そして彼女達の相棒だ。
 怪鳥音を響かせながら激突する勢いで突撃する鷲頭獅子。
「そうはさせませんですの〜!」
 射程内に入ったことを確認し、ケロリーナが手をかざし呪文を唱えると、氷の槍――アイシスケイラルが鷲頭獅子に降り注ぐ。
 翼や胴体に刺さった氷槍は炸裂し、鷲頭獅子の体を大きく揺らすが撃墜には至っていない。
「っ、間に合わなかったの……!」
 同じく氷龍で迎撃するつもりの水月だったが、彼女が狙いを定めるより先に鷲頭獅子が船体の陰に隠れてしまった。
 船が不自然に揺れる。
 隠れられたまま攻撃されてはたまったものではない。水月は相棒の迅鷹へ声を飛ばす。
「彩颯ちゃん……!」
 彩颯は隠れた敵に向かって飛ぶことで返事をする。
 イヌワシ型の迅鷹は自分よりも遙かに巨大な鷲頭獅子に怯むことなく、その爪を突きたてる。
 連続で攻撃を加えるわけではなく、一度攻撃したらすぐに離れ敵の攻撃を避け、再度攻撃するというヒット&アウェイ戦法だ。
 それらの攻撃を鬱陶しく感じたのか。鷲頭獅子が逃げた彩颯を追う様に飛ぶ。
 それはつまり――船から離れるということだ。
「今……!」
 姿を見せた鷲頭獅子に白銀龍の凍てつく吐息が襲い掛かる。
 それだけではない。
「火線を集中ですの〜!」
 アイシスケイラルを放つケロリーナの指示に従い、朝廷兵達が弓や銃による攻撃を鷲頭獅子へと集中させる。
 集中砲火を受けた鷲頭獅子は翼の動きを止め、落ちていきながら瘴気へと還っていった。
「よし、次じゃ――っと!?」
 残る鷲頭獅子は1体と禾室がそちらに視線を向けてみれば、真っ先に視界に入ったのは笹錦の脇腹であった。
 巨大な甲龍より更に大きい鷲頭獅子が、笹錦の胴体を鉤爪で掴み、そのまま突っ込んできたのだ。
「ぎゃうん!?」
 勢いのまま甲板に叩き付けられる笹錦。彼が盾になってくれなかったら、甲板は大きな損傷を被っていたことだろう。
 甲板に降り立った鷲頭獅子は最も近くにいたケロリーナに向けて爪を振るう。
 その爪が彼女の肌に突き刺さらんかとしたその瞬間、割って入る者が居た。
 鎧を身に纏った金髪の女性――否、からくり。
「私がエカテリーナお嬢様をお守りするのだ!」
 立派な騎士を目指すからくり……ケロリーナの相棒、コレットだ。本人はエクターと名乗っているのだが。
 彼女がからくり特有の人形祓でケロリーナの身を護ったのだ。尤もコレットも無傷というわけにはいかない。
 鎧を突き破った爪は彼女の陶磁器のような肌に深い傷をつけただろう。だが、騎士を目指す彼女は膝をつかない。
「お嬢様の敵は――私が粉砕する!」
 コレットの振るう巨大斧が鋼鉄の旋風となって、鷲頭獅子へと襲い掛かる。
 更に旋風に隠れて飛来した疾風――水月の投擲した太陽針が鷲頭獅子の目へと突き刺さった。
「これ以上、好き勝手はさせないの……!」
 目の前に出てきた水月に怒りのまま爪を振るう鷲頭獅子であったが、その隙に船上の者達の一斉集中を受け、敢え無く倒れるのであった。

 一先ず鷲頭獅子を退けたこともあって、禾室は朝廷の巫女達と共に負傷した者の治癒を行う。
 とはいえ、戦いはまだまだ終わってない。正面の戦闘は未だ続いているし、羅轟が以津真天と鵺を連れて逃げているのも変わらずだ。
 だがこの状況は悲観するほどでもないと、禾室は仲間達を鼓舞する。
「神器を祭る遺跡という事は、当然島に瘴気はあるまい。ならば正澄もどきは今、補給が一切出来ぬ状況。このアヤカシ共とて数には限りがある筈じゃ!」
 つまり、この場を切り抜けられれば制空権は確保できたも同然ということだ。
「ここが踏ん張り所じゃな!」
 その言葉に、船上の者達は力強く「応!」と答えるのであった。

●暴雷
 戦場は再び正面迎撃へと移る。
 雷撃で黒焦げになったモノが雲の中へと落ちていく。
「ふむ……最近依頼離れしていましたからね。流石に鈍っていますか」
 黒焦げにした張本人――アークブラストを放った空が落ちながら瘴気に還っていく以津真天を見ながらそんなことを言う。
 一方、鷲頭獅子に追い掛け回されている歩はムックに指示を出して必死に逃げ回っていた。
「わ、わ、来ないでよー」
 そんな彼女を庇うように緋那岐が月牙を駆って割って入る。
「はいはい、女の子の追っかけは程ほどに……っつか、微妙」
 微妙、とは敵の見た目のことだ。そんなことを言いながら呪声を鷲頭獅子の脳内に響かせる。
 落ちるほどではないが、緋那岐に敵意を抱いたのか疾風の刃を彼に向かって放つ。見た目に対する罵倒は理解していない筈だ。
「いっつうぅ――けどさ!」
 衝撃でふらつきながらも、月牙は翼を止めることなくある方向に向かって飛ぶ。
 歩の狙いを引き継いだそれは、
「撃てー!!」
 船から放たれた宝珠砲が緋那岐を追いかけていた鷲頭獅子に直撃する。
 正確な狙いであることから、撃ったのは朝廷兵の砲術師だろう。
「威力あっても当らなきゃ意味ねぇ。奴ら飛び回ってるし」
 ということで、緋那岐と歩は宝珠砲が命中するように敵を誘導し逃げていたのだ。
 直撃を食らった鷲頭獅子が落ちていくのを尻目に、歩が閃癒で途中から自分の役目を引き継いだ緋那岐を癒す。
「ありがとうなんだよ!」
「いえいえ、どーも。……それに、本腰入れなきゃならんのはこっからだ」
 残るは鵺が1体だ。鷲頭獅子や以津真天より遙かに強力な敵だ。
 強敵を相手するということで身震いする歩だが、しかし彼女はそれに負けぬと声を上げる。
「皆! 大変だけど、ここを乗り切ろう! 怪我なら私が治すから」
 ――逃げ出したっていい中で、逃げずに立ち直った人を見てきたんだから…今度は私たちの番。
「きっと、大丈夫。だよ」
 強敵を前にしても、笑顔を見せる歩。
 笑える人は強いから、きっと勝てる……そう信じて。

「……ぐっ、太白……お前も……限界……か?」
「グギャウー……」
 一方、鵺と以津真天を誘き寄せて逃げていた羅轟。毒と雷撃の猛攻を食らい、本人も太白も限界寸前といったところだ。
 余裕があれば反撃をしたかったが、それができる状況ではとてもない。まだ落ちてないのが不思議なくらいだ。
 ……船に戻らなくては……いかんな。
 船の状況がどうなっているかは正直なところ把握しきれてない。それどころではなかったからだ。
 だが鷲頭獅子は片付いていることを信じて、鵺と以津真天を連れていくこと覚悟で羅轟は船へと進路を変える。
「……っ、だが……!?」
 敵が速い。このままでは船に戻る前に落ちかねない。
 覚悟を決めたその瞬間、
「――しゅしょーにはやっぱり俺がついてないと」
 進撃を遮るように風の刃が以津真天の翼を切り刻む。
 ウインドカッターとこの羅轟のよく知った声。
「郁……!」
 正面迎撃に向かった筈の郁磨だ。
 彼は正面の敵が減り、更に羅轟が咆哮で敵を誘導したのを確認した時点でこちらへ移動をしていたのだ。
「ほら、しゅしょーはさっさと船に戻って治療する!」
「……すまん……助かる……!」
 逃げる羅轟をなお追おうとする以津真天。
 それは許さぬと遊幻が急襲し、郁磨のフローズとの連撃を叩き込む。
「今度はしゅしょーに続いて、俺が踏ん張る番……!」

 とはいっても、郁磨1人で以津真天と鵺両方を抑えきれるわけではない。
 彼をかわした鵺は羅轟を追い――もしくは当初の目的であった船を狙い、肉薄していた。
「これで最後ですの、全力ですの〜!」
 ケロリーナを始めとして、再び遠距離攻撃持ちが火力を集中させる。だが、鵺の耐久力は鷲頭獅子と比べるまでもなく、集中砲火を食らいながらも甲板に着陸を果たす。
「まずいっ……!?」
 嫌な気配を感じて、禾室が治癒に全て注ぐ。特に羅轟が危ない状況だからだ。
 彼に精霊の癒しが施された直後、鵺が吼えた。
 ――コエァォォォォォ!!
 鵺の全身を纏う雷。だが落雷と違うのは、それがそのまま鵺の体から球形に広がるように放たれたのだ。
「がああああぁ!!?」
 全長30メートルある飛空船全体を包む広範囲の放電。乗員を傷つけ、木を燃やし、宝珠を狂わせ、船を揺るがす暴雷の奔流。
「駄目だ! こんなもん何発も食らえば俺たちゃ全員お陀仏だ!!」
 船の状況を一目見た船長が、悲痛な叫び声を上げる。これを許せば船は沈む、と。
 そんなことをさせるわけにはいかない。再び鵺が雷を放とうと力を溜め始めたところで、乗員が全員動き出す。
「やらせるなァー!!」
 再度の放電。船が再び大きく揺れる。
 そして三度目の放電は――

「――間に合いましたね」
 鵺のすぐ横を真空波を纏った巨躯がすれ違う。
 鷲頭獅子――ではなく、よく似た鷲獅鳥の黒煉。飛鷲天陣翼で鵺を切り裂いたものの、まだ倒れるには至らない。
「いきますよ――」
 だが彼女の主、空が灰色を練り上げて鵺の体を大きく揺らす。
「皆、トドメなの……!」
 氷龍が、氷槍が、弓が、銃が、刀が鵺の体を瘴気へと還していく。
「正面のは……!?」
「もちろん、倒しといたぜ」
 鵺が撃破されたのを確認して、問いかける禾室に答えるのは正面迎撃から戻った緋那岐だ。
「だけど、まだ戦いは終わってないよ!」
 同じく戻ってきた歩の言葉に頷くは羅轟だ。
「うむ、任せろ――」


 毒で蝕まれた郁磨を襲おうとする以津真天を、しかし巨大な野太刀が両断した。
「……貴様らに梃子摺っている暇はない……斬る 」
「……信じてましたよ、しゅしょー」

●橋頭堡
 こうして、全ての敵を倒した開拓者達は岩戸島に辿り着く。
 物資のいくつかを帰る船の修復に使うことになったので完全な拠点を作るとまではいかなかったが、急ごしらえのものとしては十分だろう。
 治療を終えた朝廷の兵達が何人か島に残り、拠点を維持することになった。
「へへっ、暫くは俺達に任せておけ。お前らは万全の状態になってまた戻ってこいよ!」