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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 闇の森からカレヴィリアのキリエノワ邸へと戻ってきたときには、既に夕暮れであった。 戦闘後の長い移動もあって、開拓者たちの疲労は極限だったが――まだ為すべき事があると分かっているためか、ゆっくり休めるような気分でもなかった。 その一因として、ノエルや依伯の事もあっただろう。 『世界を変える、闇の力を――』 『助けてもろてん、恩を感じて尽くしたらアカンの?!』 彼らは、彼らなりに‥‥信じるものがあったのだろう。 それが、人間ではなくアヤカシだったという――皮肉なものだっただけ。 「姫(ひぃ)さんって大アヤカシ‥‥なのかな」 風呂と食事を頂いた後、女性開拓者が呟くと、それはないと思います、とユーリィが口を開いた。 「確かに、領主や補佐官殿でなければ入ることの出来ない場所というのも存在しますが、 大アヤカシほどに強大な力を持つものを、テュールが常時数名いるような王宮の中に隠すなど、可能なはずがないと思いますよ」 以前城を調べたときには、怪しい瘴気はなかったはずだ。 であれば、あの鍵はどの扉を開けるものなのか? ユーリィは鍵を貸してもらうと、しげしげと手にとって眺めている。 「‥‥そういえば、ノエルが『水が無ければ何が死ぬのか』って言っていたよね‥‥それは、全てに当てはまるとも思えるし、 一部のものだけっていうのも考えられて、答えがわからないな‥‥」 女性開拓者が難しい顔をして告げると、 魔術師であるティーラが『それもまた答えですわよ』と言った。 「魔術では、四大元素で物質が構成されるとも考えられていましてよ。 水は様々に姿を変え、己を他へ伝えるのですわ」 「陰陽で言えば金は水を生じ、水は木を生じます。水を遮ることが出来ることといったら――」 響介の言葉に、男性開拓者が首を傾げた。 「しかし、土はもう――‥‥」 「はい。土は穢れてしまいましたが、土と金も密接な間です。土と金属が関係している場所‥‥魔術要素も絡むのなら。水が、伝えることの出来ない場所ではないかと」 響介の言葉は漠然としていたが、それを聞いていたユーリィは何か引っかかりを覚えたようだ。 細かな装飾が施されている鍵頭には、カレヴィリアの領を示す二本の剣と竜が刻まれている。 ユーリィはその紋章を眺めながら、金色の瞳を虚空へと移した。 「‥‥この紋章が施されていて、立ち入り禁止になっている場所ならありましたね‥‥」 記憶の糸を手繰るようにユーリィが漏らせば、開拓者の少年は『どこ?!』とせっつく。 「‥‥カレヴィリア城から、そう離れていません」 そこは、内部の老朽化が進んでいるという理由で使用を禁じられた【倉庫】だ――‥‥と、ユーリィは語った。 ●廃倉庫へ 翌朝、彼らはユーリィの先導で倉庫へと向かっていった。 恐らく、ノエルが帰っていないことは知っているだろうし、城には何かしらの問題が起きているかもしれない。 いつぞや城で悶着を起こした響介達のことが怪しまれているとしても、ノエル達の黒い企みを示す証拠を掴んで城に報告しなくてはならない。 「倉庫‥‥そんなところに何があるのかな‥‥怖いね」 「何があろうとも、人のためにならぬことならば阻止するほかあるまい」 開拓者たちがそう話しながらも歩いていると、 瘴気の微かな気配を、術で察知した女性開拓者が眉を顰めた。 「‥‥当たりかもしれないわよ」 その声音は重く響き、仲間の顔からも柔和なものが消えた。 「正念場、というわけか? 既にこちらも覚悟は出来ている」 男性開拓者が真っ直ぐ前を見据えて誰にともなく呟けば、数人が同意するように頷いた。 進んでいくにつれ、瘴気の気配が濃くなっていき‥‥息苦しさを感じそうなほど濃密になった瘴気の中を通り、目的の倉庫までやってきた一向。 「‥‥開きます」 ユーリィが鍵を取り出し、錠を外すと‥‥一度後方を振り返り、開拓者達が準備万端なのを確認して、扉を開け‥‥ようとした所で、ティーラが蹴り開けた。 耳を塞ぎたくなるほどに大きな音を立てて扉が開き、 開拓者達はなだれ込むように一斉に入っていく。 そこには、照らす範囲が小さいため薄暗い明かりと、真っ赤に染まった床があった。 「‥‥血の臭い‥‥」 思わず鼻と口を布で覆った女性開拓者は、周囲に散らばる物が何かを理解し、顔を背ける。 からだの、一部だ。ヒトの。 「これは、まさか――‥‥誰だ?!」 呻くように呟いた開拓者の目が、暗がりにいる何かを察知した。 「‥‥また、あんた達来たのか‥‥。 いや、あんた達だから来たのかもしれない‥‥」 暗がりから姿を見せたのは、依伯の弟子である。 そして、その隣には‥‥病的に白い肌の少女。 感情を移さないガラスのような赤い瞳で、開拓者達を見つめていた。 「‥‥この女の子が、まさか‥‥アヤカシの?」 その質問には答えず、依伯の弟子(以下弟子)は、細剣を抜きはなった。 「おい。ここで何をしていた?」 開拓者の怒気が籠もる声。それに対して、弟子ではなく少女が可愛らしい声で彼らへ尋ねてくる。 「――これも、いつもみたいに食べ殺していい?」 食べ殺すという奇異な単語。それでいて、明確な意志。 「‥‥この犠牲になった人たちは、どこから連れてきた?」 「‥‥そんなこと、答える必要はないね。 だいたい分かってるんだろう? 聞く必要あるの?」 弟子の言葉が予想通りだったと言わんばかりに沈痛な表情を見せる数人の開拓者。 「‥‥あともう少しでこの子の力は覚醒したのに、ノエルが急いたせいで不完全になった‥‥」 弟子は隣の少女にもう一度殺し食っていいか質問され、構わないと言った。 「ノエルの意見に賛同するわけではないけど。 先生が命を懸けて守ろうとした、大事なものを僕は守る。そして――先生の仇を、討つ!!」 お前たちは、絶対に許さない‥‥と、剣を振りあげた。 「食べ物になる前に、遊んでね‥‥」 少女はすっと目を細めたが、そこに笑顔と呼べる物はなかった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
小伝良 虎太郎(ia0375)
18歳・男・泰
氷海 威(ia1004)
23歳・男・陰
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
雪刃(ib5814)
20歳・女・サ
朧車 輪(ib7875)
13歳・女・砂
炎海(ib8284)
45歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●悲しみは戦いとなって 海月弥生(ia5351)の見据える倉庫の奥。 開拓者と対峙した青年と少女は、それぞれ表情に違うものを浮かべていた。 赤い眼には食欲を見せているアヤカシ―― 弥生は鏡弦を使用していたが、このアヤカシ以外の反応はない。もっとも、倉庫はものの見事に空っぽで隠れるところもなかった。 「‥‥長かったわね。でもようやく見つけたわ。 こうして向かい合ってしまえばなんて事はない、ただのアヤカシじゃない」 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)がフッと笑って、茜色の髪を掻き上げる。 アヤカシはゆっくりとリーゼロッテに視線を向けた。 「生意気なことをいう人間。一番最初に、食べ殺そうかな?」 その眼が細められ、顔に凄みが増してもリーゼロッテは余裕の笑みを崩さない。 「面白い冗談言うのね。貴女は私の糧足りえない。 餌になるのはあなたよ――お姫様」 「その通りだ。その可憐な見かけに騙されたりはしない」 氷海 威(ia1004)も呪符をいつでも使用できるようにと装備しつつ身構えた。 やはり、話し合いはできそうにない。戦闘が始まる気配を察知した朧車 輪(ib7875)が皆を補佐するべく戦陣を使用した。 「近くにいると危ないわよ!」 飛び出さんと構える仲間に声を掛け、弥生がバーストアローを弟子とアヤカシの間へ向かって射る。 放たれた矢は二人の間に到達し、衝撃波を回避するためそれぞれその場から跳び退いた。結果として互いを引き離し、開拓者たちはそれぞれの相手を包囲するようにして二手に分かれる。 離された一方‥‥依伯の弟子は、昏い瞳を九法 慧介(ia2194)へと向ける。 「‥‥あんたが、先生を殺したんだったな。 そんな身体で僕らとやり合うの? 敵ながら見事と褒めるべきか、甘く見られたと怒るべきか難しいよ」 「お弟子さん‥‥」 瘴気に蝕まれ、なおかつ深い手傷を負っていた依伯。 苦しそうな依伯を介錯したのは確かに慧介だったが、彼自身も戦で手傷を負ってしまっている。 「すみません。あなたには‥‥謝罪しか言葉が見つからない。 あなたの師である彼を介錯をした身として、恨み辛みも受け止めてあげたかったのだけど‥‥」 ご覧の通りの有様でして、とすまなそうに目を伏せた。 「‥‥別に、あんたがどんな調子だろうと僕には関係ないよ。 先生の命を奪った、あんた達の命を奪うだけだ‥‥!」 弟子の方は、問答無用とばかりに吐き捨てる。 「‥‥然らば、こちらは弓で。こちらも死ぬわけにはいきません。全力でお相手致しましょう」 矢を番える間に、銀色が滑り込んできた。 「誰にも慧介はやらせない!!」 雪刃(ib5814)の叫びは文字通り咆哮として弟子の気を向け、自分は慧介と弟子の間に割って入る。 「絶対に――私が、守る!」 大太刀を眼前に構え、雪刃は呟く。 それを見た弟子は、ぎりりと歯を強く噛みしめた。 「先生にもノエルにも、そんなものがあったんだよ!! どうして、僕らは何かを無くさなけりゃいけなかったんだ!」 その叫びが心に痛くて、雪刃は眉を寄せて表情を歪める。 「‥‥人のものを奪ってしまったから。だから、代償に何かを無くしてしまったのよ‥‥」 弥生の悲しげな言葉は、殺意を滾らせる弟子には届かない。 言葉を飲み込んだ弥生は気を引っ張られぬよう専心し、弓を強く握る。 慧介が放った月涙。薄緑色の光が一筋、真っ直ぐ弟子へと向かい、防御にと構えた剣をすり抜け左肩へと突き刺さった。 「分かり合えないのは悲しいけど、やった事の責任はしっかり取って貰うよ!」 それを引き抜き、床に投げ捨てたところを狙い小伝良 虎太郎(ia0375)が、素早く牙狼拳を繰り出す。 僅かに遅れて弟子が剣を水平に振り、虎太郎の腕と右脇を浅く切り裂いた。 痛みと共に視界に赤いものが散って、着地したと同時に虎太郎は腕を押さえて小さく呻く。 こうして誰が傷つこうとも、復讐すると誓った彼にとっては他者の痛みを感じることなど出来ないようだ。 「先生を殺した恨み、命で償ってもらう‥‥」 弟子は再び、冷淡に言い捨て開拓者を睨みつけた。 愛称で『ひーさん』と呼ばれていたアヤカシは、不完全とはいえ中々の強さを持っていた。 小さな身体を生かしてか、俊敏な動きで開拓者たちを翻弄する。 「人間、ずっと防御してるけど‥‥死にたいなら早く食べてあげるよ」 ニッと顔を歪ませ‥‥笑っているような顔をするアヤカシに、分かっていないようだな、と羅喉丸(ia0347)は静かに呟いた。攻撃を防御しながら、自分に注意を向けつつ行動を阻害するために空気撃を放つ。 「武は攻撃だけだと思ったか? 神髄は守にこそある。それを教えてやろう」 「興味ない」 味方の盾となりつつ足止めをするため立ちふさがる羅喉丸に衝撃波を飛ばす。 威もなるべくあの髪に捕まらないよう、気にかけつつ呪符を使用していた。 そして、輪がアヤカシの長い髪や手足を狙って斬り掛かっていくが‥‥輪の動きが止まる。 髪が、腕に巻き付いたのだ。 「‥‥活きがいい人間は好き。命の味がする」 アヤカシが淡々と口にし、輪の首に血の臭いがする髪を伸ばした。 「‥‥うっ‥‥!」 恐ろしい力で締め上げてくる髪。振り払おうともがく前に強い力で引き倒され、そのままアヤカシのほうへと引き寄せられる。 「まずは、おまえ‥‥」 床に転がったまま、濃厚な血の臭いを感じつつ頭上に掲げられる爪を凝視した輪。 「させん!!」 駆け寄った羅喉丸がその爪を槍で食い止め、その隙に威が斬撃符で髪を切り裂き、リーゼロッテも術を使用しつつ輪を助け起こす。 その様を見たアヤカシは、なぜ逃げるかと問うた。 「食わせて、人間‥‥! もっと力がほしい‥‥! 熱い血を飲ませろ!」 少女はくわっと口を開き、真っ赤な目と鋭く尖ったい歯を彼らへと向ける。 「ダメ‥‥! 食べようなんて考えたら、ダメだよ。もう誰も食べちゃダメ」 悲しそうな声音で輪は呟き、首を振る。 「悲しむ人がいるから‥‥怒る人が、いるから。誰かの笑顔を、命を奪っちゃ、ダメだよ!」 「ふぅん‥‥おまえたち、ヨリトモ殺した。デシは怒ってるよ。 殺しはダメなら‥‥おまえはどうしてそれをやめない」 言葉に詰まる輪の代わりに、羅喉丸がアヤカシに説教が出来るとはな、と返した。 「ノエルや依伯に対する手向けの気持ちはあれど、言葉は不要。 気持ちや思いはこの拳で伝えるという、自分の道を貫くだけだ」 目の前まで掲げた掌をぐっと握る羅喉丸。 そろそろ終わりにしたいものねといったリーゼロッテ。威も同意らしく、巨大な蛇骨の式を喚んだ。 「今まで人を喰らい、奪った‥‥? 今度は‥‥貴様が喰らわれる側になってみるが良い!」 しゃらしゃらと骨が奏でる音が倉庫に響き、威は敵のアヤカシに向かって掌を広げ、式に行けと命じた。 弟子の攻撃は、執拗に慧介を狙おうとする。その度に雪刃は咆哮で引きつけるのだが、己も斬りつけられて白い衣服が朱に染まっていく。 弟子も咆哮に対して警戒していたようで、気力でそれを耐え、雪刃の咆哮をものともせず慧介に向かって衝撃波を放った。 慧介を狙った衝撃波は、響介の結界呪符が受け止める。 「私たちの話を聞いてくれる状況ではないようだな‥‥」 残念そうな表情を浮かべた炎海(ib8284)が、そっと懐から呪符を取り出し印を結ぶ。 「――致し方ない。乱暴な手ではあるが‥‥私自らの手で君を誤った道から救い出そう」 「僕らは誤ってなんかない。己の信念に従ったまでだ。それに、あんたたちが先生を‥‥!」 憎しみに満ちた瞳。その瞳を見ていた炎海は、ノエルの言葉を思い出した。 胸にこみ上げる言いようのない感情に流されまいと、軽く首を振る炎海。 (落ち着け‥‥人の幸福を望み、人の全てを受け容れ許すのが私の使命。 私は、あいつらとは違う‥‥!) 揺れる心を抑えつつ、弟子の行動を阻害するため砕魂符を手足へ向けて使う。 式が防具をすり抜けようとし、効果は弱まったものの若干行動を鈍らせることには成功した。 「今だっ!」 虎太郎と雪刃が同時に弟子へと近づき、炎海は眼突鴉で行動を支援。 ごめんよ、と言いつつ虎太郎が手首に牙狼拳を打ち込み、雪刃が背面で弟子の胴を強く打つ。 虎太郎の攻撃と術の効果も相成り、身体に食い込む刀の痛みに、くぐもった悲鳴を上げた。 雪刃はそのまま力任せに大太刀を振り切ると弟子を跳ね飛ばし、アヤカシが居るのと反対側の床に叩きつけた。 息を詰まらせる弟子の身体を荒縄で縛り上げ、轡をしてティーラの近くに転がすと、炎海たちは仲間の手助けをするべく、そちらに向かっていった。 「自由に行動なんて、させないわよ!」 弥生が神経を集中し、アヤカシの一挙一動、仲間の行動に気を配りつつ矢を射っていく。 足下や爪を振るう直前にその矢は打ち込まれ、アヤカシも回避するために動き、結果として妨害する十分な成果を上げていた。 しかし、攻撃の手が緩むわけでも、威力が削がれたわけではない。 リーゼロッテの黒き蛇神の牙を防御すると、羅喉丸へと髪を伸ばした。 攻撃を槍で受けた際、巻き付いてきた髪は力が強く、踏ん張っても効果はなくぐいぐいと引き寄せられる。 それを行いつつアヤカシは彼‥‥とその後方一直線上‥‥加勢しに来た虎太郎達に衝撃波を飛ばす。 咄嗟にガードで防いだ威含め、まともに食らったものはいなかったが、再度行おうとするそぶりが見える。 「ぬうっ‥‥」 床に零れた血は、べたつく割にいざというとき踏ん張りが利かず足が滑る。羅喉丸は自分が拘束されることのリスクを考え、瞬時に槍を手放すという判断を下した。 彼の槍はアヤカシの手元に引き寄せられたが、すぐに床に投げ捨てられた。 そこに空気撃を放って転倒させ、間髪入れずに駆け寄ってきたリーゼロッテの影縛りと、 六節で弥生の矢がアヤカシの眉間めがけて射られ、輪のアルデバランがアヤカシの胸に突き刺さる。 「女の子の姿だからって遠慮なんかしないよ。今ここで、おいらたちが倒す!」 真荒鷹陣をとりながら虎太郎が決意を述べ、全身を金色に輝かせながら荒鷹天嵐波を放った。 少女の外見をしているアヤカシの喉から、人間のような悲鳴が漏れる。 「力‥‥っ」 苦しそうな顔をして、弟子のほうを見つめるアヤカシ。そこへ行こうというのか、くっと身体が沈んだ。 「やらせないわ!」 跳躍する気配を察知して、バーストアローを頭めがけて弥生は放つ。 その読みは正確で、強力な一撃はアヤカシの頭部を打ち抜きながら長い髪をばらばらと宙へと散らす。 「塵一つも残さん‥‥邪悪なる存在め、消え失せろ!」 後方に弾かれたアヤカシは、輪の狙撃と炎海が出す火炎獣に追撃をされ、徐々に体力を奪われていく。 威の放った蛇神が、アヤカシの胴に噛みつき力を奪っていく。 絶対に、弟子のほうへ注意なんか向けさせるものか。 斬りつけられた腕は痛むが、虎太郎は仲間の攻撃と呼応するかのようにひたすら牙狼拳を突き入れていった。 「あるべき姿に還りなさい。地獄であの猫女が待ってるわ」 リーゼロッテがもう一度蛇神を喚び出し‥‥向かわせる。 同じ瘴気である蛇神の胴を爪で切り裂こうと腕を伸ばしたアヤカシだったが、己の力が大分奪われていることに気づいたときにはもう、遅かった。 蛇神の顎がアヤカシの上半身を咥え、血の代わりに黒い瘴気を飛散させつつ食いちぎる。 悲鳴すらなく、消えていくアヤカシ 床に転がったまま、かつて己の師が命を散らすときも同じように見ているだけだった――と思い、弟子は悔恨と悲しさに顔を苦痛のそれに歪めたのだった。 瘴気となって霧散していく、姫と呼ばれたアヤカシ。 「‥‥これで、終わったん‥‥だよね」 虎太郎がそう呟き、床に転がした弟子を見つめる。 致し方ないとはいえ多少の怪我も負っている。そのほか、床に転がしたせいで犠牲者の流した血にも塗れて汚れているが、命に別状はなさそうだ。 「お弟子さんには、事件の証人になって貰わなくちゃね。悪いけど、一緒に来て貰う」 憎悪に顔を歪ませた弟子は開拓者達を睨むばかり。 その弟子の眼前に、威が立った。 「俺たちが、憎いと思う気持ちもあるのだろう。 ノエルはそのアヤカシへ。お前は依伯へ恩を感じる…大切と思う気持ち‥‥それは【人であるが故の心】だ」 本来誰だって持っているであろうもの。 その心を持ちつつも、アヤカシへ心を向けた理由があるのであれば、生きて皆に伝えるといい。 威はそう言うと、暫し彼を見つめた後、その場所から立ち去った。 「本当に良かった。慧介を守ることができた」 ほっと胸をなで下ろす雪刃に、慧介は朗らかに笑う。 「手強い相手でしたが、銀髪勝負なら負けていないです。うん、うちの恋人は一番ですよ」 「け、慧介、何こんな時に‥‥!」 怪我の痛みで少し何かがトンでしまっているのか、慧介は青い顔ににこやかな笑みを浮かべて口走った。 雪刃の耳も表情に合わせてぴくぴくとせわしなく動く。 (あ‥‥) 戦闘が終わり、張りつめていた気が緩んだのだろう。 輪は、倉庫に漂う臭いや周囲に散らばる残骸が鮮明に飛び込んできてしまい、気分が優れないようだ。銃を抱えるように屈んでしまう。 「‥‥弟子さんの‥‥今後のお話とかも、外でした方が‥‥いいと思う」 青い顔をして屈んだ輪に声をかけようと口を開いた炎海だが、名を呼ぶのを止めて踵を返す。 「――‥‥ともかくここを出よう。あのアヤカシのした事を考えるだけで不愉快極まる」 「戻るわよと云いたいところだけど‥‥このまま〜、ってワケにもいかないわよね‥‥?」 周囲を見渡したリーゼロッテが呟いた。 喰い散らかされたモノというのは‥‥人であったものだ。 具合の悪そうな輪と、外に出ようと言った炎海と威に弟子を託し、埋葬の準備をと思っていると。 ユーリィが城にも知らせなければならないと言ったため、検分が来るまではこのままになるようだった。 (みんな、痛かったよね。怖かったよね‥‥) 一縷の望みを胸に、ひたすら助けてと願ったものもいたのだろう。ここに閉じ込められた人々を思うと、虎太郎は悲しい気持ちになる。 「もう、遅いけど‥‥間に合わなくて‥‥ごめんなさい‥‥」 「そうね‥‥しかもこんなところで、無残な死に方を‥‥申し訳ないわ」 弥生は虎太郎の傍らに立ち、胸の前で指を組むと、せめて安らかにと祈りを捧げる。 それぞれ思うところも多いのだろうが、これでカレヴィリアの人々を不安に陥れていたカレヴィリアの連続失踪・殺人も終わるのだろう。 「こんなに被害を出す前に‥‥止めたかったな‥‥」 雪刃が辛そうに倉庫内を見渡していると、肩を借りていた慧介が無言で頷いた。 風が倉庫の中へと入り込み、ひゅるひゅると音を立てる。 それは、ここで朽ちてしまった彼らの声のようにも聞こえた。 |