人心卦『沢水困』
マスター名:藤城 とーま
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: やや難
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/09/28 02:21



■オープニング本文

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●カレヴィリア城内

 薄暗い室内で、猫族らしき女は城下に広がる街を見下ろしながら訃報を聞いていた。
「――ふぅん。やっぱり依伯はん、いんでもうたん? まぁ、しゃーないわ。限界来てても頑張った方やよ」
 彼女‥‥ノエルの声には哀しげな響きなど微塵もなかったため、報告に来た男は、怪訝そうに顔をノエルへ向ける。

 見間違いだと思うのだが‥‥彼女は朗らかに笑っていた。
 ぞくりと寒気を覚えたものの、平静を装い、葬儀の日程ですがと続きを口にする。
「葬式はせんでもええよ。でも、ちゃんと丁寧に埋めてやってな」
 そうせんと依伯はんのお弟子はんが怖いねん、と言いながら‥‥窓の外を眺めたままの青年に視線を投げた。
「な、お弟子はんも、センセの仇が討ちたいやろ? うちは、姫(ひー)さんの為に頑張りたいんよ」
 手ェ組まん? と人懐こい笑みを見せるノエルに、虚ろな目を向ける青年。
「‥‥師匠を利用し、見殺しにしたのはあなただ。あの開拓者も嫌いだけど、あなたも大嫌いだ。協力なんか――」
「――そうは言うても、依伯はんとうちの『守りたいもの』は同じだったんよ?
大好きな依伯はんのお宝を守るのも、ええんとちゃうかなぁ?」
 悪い話やないと思うんよ、と悪びれなく言ったノエルは、身を翻すと『なんや、つまらんお人や』と言い捨てた。
「ほんなら、うち勝手に行ってしまうよ? あの開拓者は、ホンマに目障りやから――潰さんとな?」
 今まで様々な苦労を重ねてこの領主補佐という地位に就いた。
 領主も今では、調合した香を嗅がせて思考をおおかた奪ってある。一人では大した働きも出来ぬほどになっているというのに。
 ノエルのほぼ意のままかと思いきや、領主の家族が思いの外優秀で、内政に手を出し始めている。
 いっそのこと同じように、とは思ったが――‥‥領主の息子とユーリィは割と親しく、そのユーリィはあの忌々しい開拓者どもを家で監視という名目で保護している。
(まったく、イライラするわ‥‥ひーさんの食べ物も調達せんとあかんし、依伯はんももう少し役だって欲しかったわ)
 しかし、あの開拓者集団さえ排除できれば‥‥大きな障害の一つは消えるのだ。
 かつこつと靴音を響かせ、ノエルは城のとある所へ向かったのだった。


●キリエノワ邸内

 非常に暗鬱たる顔をしたユーリィが屋敷に戻ってきてすぐ、響介や開拓者達を部屋に呼ぶ。
 ただならぬ雰囲気を察知した彼らは、ユーリィが口を開くのを待ち‥‥やがて、発せられた言葉に衝撃を受けることになった。
「――補佐官殿と直接話をした。どうやら、君たちと直接お会いしたいそうだ」
 ただし、人の気配はない場所だが、と言ったそばから、女性開拓者が自身の腕を組みつつ『直接対決するつもりかしら』と唸る。
「ノエルさん、だっけ‥‥あの人も、目的は依伯さんと同じなのかな‥‥」
 五行を解放し、力を得る。世界を変えるだとか言っていた力――
 人を陥れながら解放していく力など良くない方向のものだろう。
「恐らく、目的は依伯と同じなのではないかと俺は思う。
しかし、依伯を止めたと思えばすぐに別の者が阻止しにかかるとは‥‥流れに棹さす、とはいかんものだな」
 男性開拓者が顎をさすり、僅かに小さく息を吐いた。
「ノエルさんは、何と?」
「君達が五行を止めようとしているのも、彼女は知っているようだ。
彼女が言うには――今残っている『金』『水』を賭けて戦おうという」
 戦う? と、ティーラが怪訝そうな顔をし、響介はまた何か考え込んでいる。
「んー‥‥私が思うに、こっちの戦力はもともと少ない。長引けば長引くほど‥‥悔しいが、立場は不利になっていく。
そして、ノエルも‥‥依伯が倒れた今、事を急がなくてはならなくなった、と見るんだが」
 どのみち、この機会をどう見るかが分かれ目なようだ。
「猫女と戦うのなら‥‥どうしたらいいんですの?」
「相手の指定‥‥闇の森にて、明朝8時に来いとのこと。朝を選んだのは‥‥すでに夕暮れだし、移動する時間も含めてでしょう」
 そして、仮に行かないというなら――【金】は奪うとのことだ。
「あくまで順番通りに事を進める必要があるなら、相手の言葉に乗らずとも【金】を攻めてもいいんじゃないの?」
 男性開拓者が呟いたが、響介が『提案に乗らない場合は、もっと立場が不利になると考える必要もあるかと思いますよ』と口にする。
「それが僕らか、ユーリィ殿か、はたまた城下の人々か‥‥そこまではわかりませんが」
 ユーリィは、行動が決まったら再び教えてください、と言って開拓者達を部屋から出したが――開拓者たちの表情は、当然晴れぬままだ。

「‥‥では、僕らも行動を考えましょう。慎重に」


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
小伝良 虎太郎(ia0375
18歳・男・泰
氷海 威(ia1004
23歳・男・陰
九法 慧介(ia2194
20歳・男・シ
海月弥生(ia5351
27歳・女・弓
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
雪刃(ib5814
20歳・女・サ
朧車 輪(ib7875
13歳・女・砂
炎海(ib8284
45歳・男・陰


■リプレイ本文

●いざ闇の森へ

 闇の森は朝でも暗く、いつ来ても心に暗いものを落とす。
「うーん、見通しの悪いところですねぇ‥‥」
 九法 慧介(ia2194)らは松明を灯し、森のほうを照らした。
 松明の赤とうっすら浮かび上がる木の影が、ゆらゆらと揺れて彼らを待っている。
「アヤカシの森を指定して来たことを単純に考えるなら‥‥森にいる強いアヤカシをけしかけて来る、ってことなのかな」
 小伝良 虎太郎(ia0375)は考えを整理するために呟くが、どうもそういう単純な発想では無い気もする。
「カレヴィリアでの逃げ場を失い、ここへ逃げ込みアヤカシに殺された反逆者たち――という最期が飾れますわね」
 不快ですわ、と言いながらティーラが自身の推測を挙げており、そういう考えもあると虎太郎は唸った。
「罠にも、気をつけなくちゃね‥‥」
 朧車 輪(ib7875)も己の視力を頼りに松明を掲げ、足元にも気をやりつつ注意深く進んでいた。
 ノエルはどこにいるのだろうか? 雪刃(ib5814)がそう思った矢先、
 上空へ小鳥の形に変化させていた人魂を使っていた氷海 威(ia1004)が眉を寄せる。
「‥‥見つけたぞ」
 ここからすぐ側に、ノエルがいるようだ。
 緊張した面持ちで進んでいき――

「時間前行動、流石やね。ようおいではったこと」
 相変わらず現地の人には首を傾げられそうな言葉遣いをしながら――ノエルは巨木の後ろから姿を見せた。

「あら、もういたの? おはよう、早朝の森は気持ちがいいわね?」
 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)の爽やかな挨拶に、ノエルもホンマやね、と返す。
 そう挨拶しながらもリーゼロッテや海月弥生(ia5351)は罠の存在を警戒して周囲にも気を配っている。

「‥‥我々を呼び出した理由は何だ?」
 不機嫌さを隠そうともせず炎海(ib8284)がそう尋ねると、決着を付けに来たのだとあっさりノエルは言伝通りの事を告げる。
「【金】と【水】を賭けて勝負と言ったな。お前の賭け品はなんだ?」
「‥‥これや」
 肩に掛かっていたストールを腕まで下ろし、しゃらんと鈴の音を響かせ、ノエルは首のチェーンを人差し指に引っかけた。
 引っ張りだしたそこには‥‥二つの鍵。
「一つは、行方不明者の生き残りが居るかもしれん部屋の鍵。もう一つは――ウチらが守る、ひーさんの部屋の鍵」
「何のために姿を見せたのかと思えば、今度は取引か‥‥
二兎を追うものは一兎も得ず、と思って足を運んだが、無意味な時間稼ぎでもするつもりか?」
 羅喉丸(ia0347)が毒づき、闘気を滾らせつつも一歩進み出た。
「答えは、ここにあるんや。なぁ? ウチもこんな大事なものを持ちだしてん。
あんたらだけやないで、必死なの」
 そうして、彼らから一旦視線を外すノエル。
「――何か居るね‥‥ひの、ふの‥‥五?」
 慧介が言い終わるかどうかという頃、ノエルは『皆さん、よろしゅうな』と開拓者ではない『誰か』へ声を掛けていた。
 すると、彼女の周囲‥‥草木が揺れ、姿を見せたのは‥‥鎧姿の人間だった。
「‥‥騎士? 志体持ち、かな?」
 雪刃も剣を構えながら騎士5名の挙動を注意深く伺っている。が、悠長に考えている暇を与えてはくれないようだ。
「むざむざとやられる訳でもないでしょうから、これを機に纏めて処分‥‥ま、一人で来るはずがないとは思っていたけどね」
 弥生が既に予想していた展開だった。
 言葉に同意する慧介も頷き、視線をそちらへと向ける。
「つまりは戦って、自由も命も勝ち取れ‥‥ということかな。結果に見合ったものなら、大変でも乗り越えるしか無いねぇ」
 その言葉に無言で頷く一同。輪が全体に戦陣を付与し、自分たちから一番近くにある罠を破壊するリーゼロッテ。
「殺しはしない。暫く寝ていてもらおう」
 罠の破壊を見越すように飛び出していた羅喉丸は、自分へ向かってくる騎士の一人に狙いを定め、鳩尾へ拳を叩き込む。
 鎧の上であったし、何より様子見加減ではあったが‥‥それでも十分な効果はあったようだ。ずるずるとへたり込むように崩れ落ちる。

「御神本殿、ティーラ殿! 彼らの事を頼む!」
 威が符を取り出し、毒蟲を使いながらそう告げると、後方にいた二人は頷いて倒れた騎士の回収に走る。
「恨みがあるわけじゃないけど、目論みを見逃す訳にはいかないから!」
 虎太郎は一気にノエルへ瞬脚で近づき、懐に潜り込む。
 驚きもしない様子で喉元へ突き出された短剣を打ち払って軌道を外側に変え、骨法起承拳を露出の高い胸元へ叩き込む。
 衝撃に咳き込んで後ろに数歩よろけつつ、ノエルはくすりと笑った。
「‥‥女の胸なんぞ狙うて、やらしい子やね」
「なっ、何言って――だいたいそこしか装甲薄くなくてっ‥‥」
 こんな時に、と慌てる虎太郎に、ノエルは『スキだらけやん』と指を鳴らす。
 虎太郎の周りの空間が揺らぎ、咄嗟に顔を覆った虎太郎は、後方へと跳ねた。
 再び追撃しようと手を振り上げたそこを狙って、弥生は六節で矢を放つ。
 即座に腕を引っ込めて術の行使は中断されたが、盾を持った騎士が彼女の前に立ちはだかり、続けて放たれた矢から彼女を守る。
「っ‥‥悪いけど、手加減はしてる余裕はないから‥‥!」
 雪刃は咆哮で騎士3名をノエルから引き剥がし、自分へと注意を向けさせる。
 彼らが志体持ちではないにしろ、訓練された騎士たちだ。囲まれれば開拓者とはいえ自分が不利になるだろう。
「引き離しちゃえばどうってことはないんじゃない? とりあえず、コレはどうかしら?!」
 リーゼロッテの放つアムルリープが騎士を包み、抗えぬ眠りに誘われていく。
 そして雪刃は範囲攻撃の回転切りで近づいてきた騎士を薙ぎ払い、一旦後方に飛んで距離を置く。
 羅喉丸が後ろから騎士の首を腕で圧迫して気絶させ、残る騎士は雪刃が手加減をしつつも昏倒させた。
 ドサリと地面に転がる騎士の姿に心で詫びて、残る一人――ノエルの様子を伺う。


 彼女を守護する騎士は全て昏倒した。そこに肉薄する慧介と虎太郎。
 後方からは炎海の砕魂符と弥生の弓が襲いかかる。
「‥‥あら。もうネンエしとるん? ホンマ使えんなぁ。ま、しゃーないか‥‥志体持ちじゃないもんな」
 しゃらん、と軽やかな音を響かせて、ノエルは軽いステップで舞うように避け、慧介の太刀筋を予測したが――彼女の表情が変わって、短剣を眼前に交差させた。
 間一髪、慧介の刀を受け止めている。ぎぎ、と細かく鳴る金属の音。鋭い一撃と力に押されたのか、自ら後方に飛ぶことで不利に陥りそうな状況を和らげる。
 しかし、彼女が敏捷であったとしても――開拓者数人に狙われれば、思うようには動けないだろう。
「っと‥‥」
 足元に矢が打ち込まれ、一瞬気を散らしたところで左から羅喉丸が、正面からは虎太郎が。
 すかさず瞬脚から骨法起承拳をノエルに放ち、その攻撃の当たった瞬間を狙った輪がアルデバランを使用した。
「っう‥‥!」
「こそこそと暗躍していれば、この拳も届かなかったものを‥‥」
 羅喉丸が再び拳を握ったが、ノエルは多重攻撃の痛みに顔を歪めつつも脇腹を押さえてサッと奥へと逃げこむ。
「逃げ足だけは早いようだが‥‥まだ――」
 間合いを離されまいと追いすがろうとする彼らだったが、リーゼロッテが異変‥‥ノエルの握っていた短剣が杖に変わっていたことに気づく。
「待って! 深追いしちゃ危ないわよっ!」
 ぎくりとした彼らが見たものは‥‥冷淡な笑みを見せたノエルが、杖を彼らに向けた姿。
「間に合えッ!」
 遠目から妨害の意味でも真空刃を打つ雪刃だったが、ノエルはそれをものともせずに術を行使。
 ブリザーストームの白銀の景色が瞬時に広がり、彼らの視界を一瞬白に塗り替えたが、開拓者たちの猛攻は、まだ止む気配はない。
 遠距離から狙いをつけた弥生は、ノエルの肩を矢で穿ち、痛みに唸ったノエルを再び狙って瞬脚で近づく虎太郎。
 頭を殴りつけようと振られた杖を裏一重で避け、輪のファクタ・カトラスと慧介の弧を描く太刀筋の刀がノエルの身体を切り裂く。
――これ以上の怪我はまずい。
 後方に飛びつつ距離を置いて回復を図ろうとしたノエルに、まだ追いすがる人影があった。

「逃れるつもりだろうが、まだ俺の間合いだ‥‥!」
 弾丸のように突出してきた羅喉丸が、ノエルの胴へ骨法起承拳を当てる。
「う、あぁっ‥‥」
 尾を引く呻き声を上げつつ、ノエルの身体が反動で宙に浮く。
 着地した羅喉丸の僅かに後、ドサリと音を立ててノエルが地面に倒れたのだった。


 ノエルはゴホゴホと苦しそうに咳をしつつ起き上がり、斬られた傷口に手をやった。
「‥‥ふふ、負けてしもた。ウチもまだまだやったね‥‥ひーさん、すまんなぁ‥‥」
 寂しそうに笑うノエル。
「ノエルも強かったけど‥‥私達の勝ちだね」
 雪刃が神妙な顔でノエルに近づき、傷の具合を見て目を伏せる。既にノエルの傷は深く、手の施しようがなかった。
 リーゼロッテが仲間に神風恩寵をかけて周り、開拓者たちは多少の血止めと捕縛をと考えてゆっくり彼女に近づいて‥‥雪刃のように苦々しい顔をする。
 しかし、不快そうな表情を隠しもせずに立っている男が一人。
「貴様は‥‥一体今までこうして何人を陥れ殺害してきた?! 自分は苦しまずに死ねると思うなよ!」
 炎海の言葉は強い憎しみが込められ、輪も思わず顔をそちらへ向けた。
(炎海さん、怒ってる‥‥?)
 義憤に燃える羅喉丸や、表情にはほとんど出さない慧介も普段よりも険しい表情をしている。
 だが。炎海のそれは、彼らとは少々異なったもの‥‥憎しみを感じさせていた。
「人間を悪しき道へと招いた罪、その身を以て償ってもらおう」
 罪、という炎海の言葉がおかしかったのか、ノエルは小さく笑い‥‥傷に響いたのか、顔を歪める。
「そないな事言うたかて、ウチは改心したりせェへんよ‥‥ああ、せや。約束のモン、先にあげてないなぁ」
 震える指を首元のチェーンにかけて、再びあの鍵を引っ張りだした。
「これ‥‥持ってき‥‥」
 差し出されたそれを、輪がそっと手を出して受け取ると、敵意のない目でノエルを見つめる。
「‥‥あなたに聞きたいこと、いっぱいあるんだけど‥‥いい?」
「良くはないわなぁ‥‥。でも、ウチ負けたんなら‥‥しゃーないかな。
死ぬまでちょっとの時間があるし、ちょっとくらいなら土産に付き合ってやってもええよ」
「じゃぁ、早速‥‥【水】はどこにあるの?」
「水が無ければ何が死ぬのか、考えることやね」
 何が死ぬのか? という事を考えている間に、虎太郎が依伯のことも思い出しながら尋ねる。
「アヤカシを匿ってまで作ろうとするノエル達の望む世界、って‥‥どんなもの?」
「‥‥平和な世界やよ。アヤカシっていう捕食の頂点に君臨するものがおって、ウチらはみーんな贄やの。
獣人も人間も、エルフも修羅も関係あらへん。どこへ行こうと、誰であろうと同じ運命や。
そしたら争いも、極端に少ななるわ。それに、アヤカシもなかなか頭ええんよ?」
 何が楽しいのか、ノエルは表情を嬉しそうに崩している。
「それが平和!? あれだけの人間を傷つけておいてその態度‥‥! 本当に不愉快だな、お前という存在は!」
 炎海が忿怒の形相のまま獣と関わるとロクな事にならんとノエルに言い放つ。
「ふぅん‥‥。じゃあ、あんさんも同じなんやないの?
自分では誰かを助けているつもりでも――害を運んでるんちゃう? うちと同じ獣やもんな」
「――‥‥」
 ギッとノエルを睨みつけた炎海は、彼女の髪を掴んで引き寄せた。
 それを輪とリーゼロッテが止め、手を離させると輪は小さな体で抱きつくようにして炎海の行動を阻止しつつ留め、
 リーゼロッテは『情けをかけたわけじゃないわよ』と釘を刺してから再び質問を投げかける。
「依伯もそうだったけど‥‥『世界を変える』なんて妄言、本気で言っているの?
本当は‥‥何か別の目的があるんじゃないの?」
 世界を変える、そんな言葉は今まで幾多の者が口にした事だろう。
 だが、ノエルは首を振って『本当やよ』と言った。
「依伯はんも、ウチも‥‥どういうわけか、アヤカシに命を助けられてん。
それが、ひーさんだったわけや。ただのマグレやったかもしれんけど、二度も三度も同じ事は起こらんやろ?」
 だからと言って、と威は怒りに声を震わせる。
「アヤカシが頂点で成り立つ世界など許す訳にはいかない。
お前たちは‥‥陰陽師がアヤカシに仕えるなど、本末転倒と思わんのか!」
「アヤカシが‥‥恩に感じてくれへんかっても! 利用されてるって判っとっても‥‥助けてもろてん、尽くしたいって思うたらアカンの!?
『混じり物』を汚いものみたいに見て、厄介事になったらそそくさ去ってくアンタらに、どうこう言えるんか!?」
 キッと雪刃や輪を睨み、アンタらはどないなん、と投げかけた。
「見た目が違うだけで拒絶するような人間の、理不尽を感じたことはないんか? 依伯はんも、人間やけど異国との混ざり物でかなり苦労したそうやよ‥‥」
 一体、ノエルや依伯はどのような暮らしを送ったのだろうか。
 そして、雪刃は口を開いた。
「‥‥私は、容姿が人と違うということもきちんと認識している。だけど獣人だからといって差別もしないしされてないし、そんな考えも毛頭ない」
 輪もこくりと頷き、額の角にそっと触れる。
「私も‥‥助けて、くれる人がいたから‥‥」
 そこへ、ティーラが『呆れた御託ばかり捏ねていますのね』と言ってノエルの前に仁王立ちする。
「とんだいじけ猫の魔法オタクだこと。笑う気も起こりませんのよ。
容姿が何だと言うの? たとえ人間だったとしても、あなたの中身は変わらなかったでしょうね」
 とりあえず鍵は頂いていきますわ、と当然のように言って輪の手の中を覗き込むティーラ。
 弥生はしばし考えた後口を開く。
「何か‥‥言い残したことはある?」
「ひーさん、に‥‥ごめんなさい、って‥‥謝らんとなぁ‥‥」
 そうして力なくノエルは笑顔を作り‥‥『もう行き』と手で追いやる。
「最期の‥‥時くらい、何も考えたくない、なぁ‥‥」
「‥‥‥‥おやすみなさい、ノエル」
 木にもたれかかって、ゆっくり目を閉じるノエルの姿を見てから‥‥開拓者たちは黙祷を捧げて踵を返す。
 炎海は納得いかないような顔だったが、彼だけでなく皆が、後味の悪い顔をしている。

 しかし、ここで終わりではないのだ。
 金と水を阻止したとしても、捻じ曲げられた龍脈が直ったわけではない。 
 そして、アヤカシもまだ、残っている。

 これを終わらせるため、彼らは闇の森を後にした。