人心卦『天雷旡妄』
マスター名:藤城 とーま
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: やや難
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/27 00:13



■オープニング本文

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●キリエノワ邸

 響介や開拓者達は、形式上ユーリィの監視下に置かれることとなっているため、
 それぞれ家から必要最低限の装備や道具などを持って、キリエノワ邸に身を寄せることとなった。
「部屋のほうは大きな客間が2つと、4つ程度使用していない小部屋があります。
人数分の部屋が確保できないのは申し訳ありませんが、暫く我慢してください」
 そうして、部屋割を各自で決めてもらった後、リビングに集まった開拓者達はユーリィに幾つか質問を投げかけた。

「カレヴィリア領主とお会いしたことは?」
「無論何度もお会いしております。
ここ1,2ヶ月の間はわたしも出歩いていましたし、領主様も多忙な方ですから連絡は特にしていません」
 真面目な方ですよ、と言ったが、女性開拓者が領主の身内はどうなっているのかと訊いた。
「‥‥もし、ノエルが領主の身内に何かしてしまったら‥‥!」
「それはありえません。
領主補佐であろうとも、許可無く領主の私邸に入ることは禁じられています。
それに‥‥領主のご子息・ご息女様にも、テュール(志体持ち)の護衛がついておりますゆえ」
 そうユーリィが言うのだから大丈夫だと思うのだが‥‥いまいち表情の晴れない開拓者に、ユーリィが肩をすくめる。
「わたしは、領主のご子息であらせられるアルトゥール様と親しくさせていただいております。
3日ほど前にお話を伺わせていただきましたが、
アルトゥール様も‥‥姉上のリディア様も、いつも通りお変わりもありませんでしたよ」
 どうやら、領主には二人の子供がいるらしい。そこまで魔手が迫っていないことに安堵した開拓者達だったが、
 ノエルや依伯の動向も気になるし、次に狙うであろう【金】も、どこなのか当たりをつけねばならなかった。

「御神本さん」
 次はどこなのでしょうか、と開拓者が訊くが、おおよそお分かりでしょう、と響介は彼らの表情を見渡した。
「ジルベリアは、アーマー技術のほかにも‥‥鉄鋼を加工して作成する商品が多々あります。
であれば、それを生み出す採掘場‥‥と考えるのが妥当ですが‥‥」
「――カレヴィリアには、採掘場はありませんわ」
 響介の言葉を、ティーラが引き継いだ。
「あるとすれば‥‥加工場ですわね。魔術師にとって金属は好まれぬもの‥‥。
ほとんど縁のない場所ですけれど、そこならわたくしも存じています」
 カレヴィリアの領内にあるものは、鉄の塊から作るような大きい加工はしていない。
 というのも、カレヴィリアへ物資を運ぶには闇の森というアヤカシが潜んでいる森を抜けなければいけないからだ。
 そんな危険な場所を通って流通の要である鉄を運ばずとも、他に輸出や地理的にも利のある領地はたくさんある。
 こんな場所でもあるから大きな仕事は回ってこないが、農業に携わっている者も多く、
 冬季に手の空く者が急増するため、その頃には受注が多く入る。
 加工場では生活の中で使っている小さい金属部品を大量に生産する。
 原型を作っただけのものを大量に運びこみ、そこで形を整えて磨くという作業だ。
「‥‥以前、職人さんが狙われたときは【火】でした。加工所も火に関係していることはしていますが‥‥あの加工場では、火はあまり使いませんから」
 響介は机に地図を広げ、現在地がだいたいここです、と指で示す。
「ここからだいたい‥‥5キロほど先に小さな加工場があります」
 地図の上で指を滑らせた先には、『加工場』と明記してあった。


●幕間

「‥‥具合悪そうやね、依伯はん」
 彼の具合が芳しくないというのは、彼を慕う弟子や医務室の者から聞いている。
 それも仕方がなかろうと考えながら、ノエルは瘴気の充満した依伯の部屋を訪れた。
「‥‥ノエル‥‥何の用です」
 じろりと睨まれ、あら、とノエルは大仰に驚いて見せた後‥‥薬の入った袋を見せた。
「強いお薬必要なんやと思うて来たんに。お弟子さん心配しとったんやよ。
ウチと依伯はんの仲がようない、っちゅうのも知っとるはずやのに。切羽詰まってたんやろね」
 余計なことを、と言いながらもそれを受け取り、依伯は袋から小さい粒を幾つか取り出して飲み込む。
「今度の場所は、わかっとるんやろね?」
「当たり前だ。失敗はしない」
 加工場だ、と言いつつ立ち上がった依伯だが、ノエルは胸の下で腕組みしつつ、目を細めた。
「ひーさん、そろそろ依伯はんには期待しとらんかもね。ラストチャンス、だったりして?」
「‥‥‥‥」
 無言のまま部屋を後にする依伯の背中に、ノエルの冷淡な笑みが向けられていた。

「‥‥――精々頑張ってな、センセー?」
 そして、そろそろ領主のほうへ顔を出さなければと考えたノエルは、依伯の部屋から香を一つとると‥‥くるると踵を返し、執務室へと足早に戻っていったのだった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
小伝良 虎太郎(ia0375
18歳・男・泰
氷海 威(ia1004
23歳・男・陰
九法 慧介(ia2194
20歳・男・シ
海月弥生(ia5351
27歳・女・弓
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
雪刃(ib5814
20歳・女・サ
朧車 輪(ib7875
13歳・女・砂
炎海(ib8284
45歳・男・陰


■リプレイ本文

●加工場

 無言でせわしなく手を動かし続ける人々。
 そこへ顔を出した氷海 威(ia1004)が、聞きたいことがあります、と近くに居た人を呼ぶ。
 面倒くさそうに立ち上がった中年の男性が、何だよとぶっきらぼうに言った。
「ここから瘴気が発生してる、って聞いたので‥‥」
 朧車 輪(ib7875)が自分たちは開拓者だと名乗ってから、そう切り出した。
「本当に忙しいところ悪いんだけど、調査させて欲しいんだ」
 小伝良 虎太郎(ia0375)が神妙な顔をして協力と万が一のための避難を要請しているのだが、
 男は後ろを振り返り、数人の仲間に相談しはじめた。しかし、なかなか色よい返事はない。
「‥‥失礼、少々伺いたいことがある」
 威の横から姿を見せるユーリィに、中年の男はかなり驚いていた。
 急に敬語になり、威たちの質問に素直に応じはじめる。

 依伯の世話になっている者は、ここにもいるという事が判明した。
「いつ頃来るなどと聞いていたり‥‥術符は、安全祈願のもの‥‥として貼られていたり、飾られていないでしょうか?」
 すると男は、顎に手を置いて考えた後、誰か貰っていた気がするなぁ、と暢気に答えた。
 こんなところでロスする時間もまどろっこしいが、雪刃(ib5814)の言うとおりユーリィが頼んだところで、
 作業量は低下し、結局彼らの信頼にまで影響する。彼らの仕事賃金は、日額ではなく作業の歩合なのだ。
 現に、今日の分はこなさないといけないというので、しびれを切らしたティーラが腰に手を当てながら言い放った。
「そんなの、こちらの用事が全て片付いてから無料で手伝って差し上げますわ! それで構わないのではなくて!?」
 勢いに押された村人たちは、ぎこちなく頷いた。

――無茶苦茶だなぁ。
 九法 慧介(ia2194)は苦笑いをし、炎海(ib8284)は箱にぎっしり入っている部品を見て『私達もやるのかね』と、嫌そうな声を出した。
 とはいえ、貴族であり、帝国騎士であるユーリィの要請も高い効果があったのだろう。彼が頭を垂れると、本当に、本当に渋々ながら調査許可が出た。

 そうしてリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)が 瘴索結界「念」を発動して探索。
「あなたが札を持ってるのね? 申し訳ないけど、渡していただけるかしら」
 札を所持していた血色の悪い女性は、ためらっていた。
 健康祈願の札なら、あたしも作れるわと申し出て、ようやく手渡してもらう。
「‥‥これに相違ないわね。何度も見たし、こんな特徴的なもの間違えないわ」
 それを破り捨てると、響介は女性の前に進み出て、あらかじめ自分で書いた健康祈願の術符を手渡して謝罪した。
 見届けてから、威は人魂を飛ばし、加工場の高い天井や屋根の上なども確認するが‥‥そこにもないらしく、術を解除して威は首を振った。
 他にも瘴気の反応はない。ほっとした一同だったが、雪刃が険しい顔をして室内に飛び込むのと同時、
 外で偵察にあたっていた虎太郎と、戸口に居た海月弥生(ia5351)が『さて、大仕事が来たわよ』と皆に声をかけた。


「ここは、雪刃さんと俺が守備を行おう。なので、外は‥‥頼む」
 羅喉丸(ia0347)の力強い眼差しを受け、一同は頷いた。
「わたしもここに残ります。何かの力になれるかもしれません」
 ユーリィも室内で守備や避難の協力をしてくれるようだ。
「いよいよ危なくなってきたら、必ず避難してくださいね」
 慧介はそう忠告すると、頼みますと言い残して、仲間とともに外へと向かう。
「‥‥ここに仕掛けられていないことを願うけど、もう一度確認しておいたほうがいいかもしれない。
相手はその気になったら、言葉一つで術が発動できた状態だし」
 雪刃が窓の外を気にかけつつも、室内をもう一度調べ始めた。
(皆が一気に押し寄せなければ、この場所から外に出ることはできるか‥‥
しかし、賽は投げられた、後は己を‥‥そして何よりも仲間を信じるだけだ)
 羅喉丸も同じく、不審なものがないか、避難経路共々確認を急いでいた。

「あそこだよ‥‥!」
 加工場の近くにあった木に登っていた虎太郎が、仲間たちに位置を知らせる。
 弥生は加工場の影に潜み、矢を指に置きながらいつでも引ける状態で待機していた。

 まだ双方の距離は離れているが、荒い息をつき、弟子に支えられてこちらに歩を進めている依伯。
 慧介は刀の柄に手をかけながら、その様子を見つめていた。
「‥‥死相が見える。もう、本当に後が無い、って感じだね」
「貴方がたが邪魔をするお陰で、時間ばかりが過ぎてしまいましたよ」
 慧介の隣に、輪がやってきて依伯を見据えた。
「貴方たちが止まらないなら‥‥私達が止める。何度だって‥‥」
――だから…もう、こんな事はやめて。
 責めるでもなく、淡々と語られた依伯は『もう貴方たちの顔は見たくもないんですよ』と辛辣に告げ……。
 今日でお別れです――そう言い切った。
 依伯の痛々しい姿に眉を顰める炎海。
「他の人間の犠牲の上に成り立つものならば、私は君たちを阻まなければならない。
‥‥君たちが望むその果てを、見せるわけにはいかないのだよ」
 受け入れるだけが慈悲ではないとでもいうように、彼は依伯に術符を向けた。
「‥‥若輩の身ではありますが、全身全霊でお相手致しましょう!」
 慧介が刀を向け、真剣な眼差しを向けると‥‥弟子の肩を押し、依伯も抜刀する。
「こちらこそ、拙い独学でしたのでお恥ずかしい限りですが‥‥主君への忠誠のため、打ち倒さんと振るわせていただきましょう」
 それが戦闘の合図となったように――弟子も杖を握りしめた。

 輪が戦陣を使用して、能力の強化を図ると、虎太郎が依伯へと対峙する。
 牽制の意味でも双方の中間付近に爆竹を投げ、加工場の者たちへの注意警戒などにも活用した。
「――またあの札を持ってるかもしれないわ! 気をつけて!」
 リーゼロッテが注意を促し、威もそれを留意していたように頷いた。
 何とか隙をついて奪うか、拘束して轡を噛ませるよりない。
 
 依伯が武器を地面から水平に構え、素早く振るう。
 風の刃が真っ直ぐ走って、開拓者たちに襲い掛かった。
 輪は依伯の短銃を取り出して構えていたが――
「何をしている、こののろまが‥‥! 一体どこに目を付けているのだ!」
 風刃の直線上に立っていた輪を、炎海が庇うようにして引っ張る。
 炎海の腕を真空が切り裂いたが、大きな負傷には至らなかったようだ。
「‥‥ありがとう‥‥助けてくれて」
「分かったら退け! ええい、にやけてしがみつくな!」
 べりっと輪を引き剥がすと、炎海は依伯の弟子へと眼突鴉を飛ばす。
 弟子はそれを避けつつ、リーゼロッテの投げた鶴に頬を斬られていた。

(相手も、体力を消耗させないようにしている‥‥隙をつくしかないようだ‥‥)
 慧介は斜陽で依伯の攻撃力などを削いでいるのだが、依伯は下げられた抵抗力を高めるため素早く九字を切る。
「‥‥当たれぇっ!」
 そこを弥生が妨害するように物陰から素早く、依伯ヘ向かって矢を射る。
 矢は依伯の肩に命中し、術の効果も消えた。
「ふふ‥‥残念だったわね!」
 六節も使用しているので、更に弟子にも射っていく弥生。
 飛来した矢を武器で受け止め、弟子は鋭い視線を弥生がいるであろう方角へ向ける。
 
 慧介が依伯と対峙している隙を突き、死角より輪が飛び出す。仲間と連携して斬りつけるが、
 己も負傷しつつ、依伯はブリザーストームを使用して相手も同じように傷つけた。
「てぇいっ!」
 追撃の機会と感じた虎太郎は、瞬脚で一気に間合いを詰める。
 迎撃しようとした弟子にはリーゼロッテが再度鶴を投げて妨害し、威が依伯へと隷役と眼突烏を合わせて襲いかからせた。
 転倒させることを狙い、空気撃を放つ虎太郎。
「クッ‥‥!」
 ずしゃりと雪の上にその身を倒した依伯へ、ティーラがアイヴィーバインドで足止めを試みる。
「お師匠様‥‥!」
「行かせないわよ!」
 弥生は駆け寄ろうとした弟子へと乱射で足止めし、そこで響介が白壁を呼び出し隔たりを作ると、炎海が斬撃符で狙う。
「邪魔するなあっ!」
 射られる痛みを堪えつつサンダーで弥生を狙い、腕で頬を滴る血を拭う。
 
 
 慧介と依伯が激しく打ち合うが、慧介の力強い一撃を受け止めた依伯は――衰弱しているせいもあり、咳込んで力を緩めてしまう。
「――お辛いようですね。寝ていた方が良かったのに」
「お気遣いは不要です。ご自身の心配をなさい」
 赤い揺らめきを纏いながら、慧介へと打ち込み、体調の割に速度の乗った刀を受け止めた。
 
「志士同士の戦いに水を差すのも申し訳ないけど、試合でも果し合いでもないものねぇ‥‥」
 なんとなく申し訳ない気持ちになりつつも、弥生は続けて打ち込む。1本は弾かれたが、避けそこなったのかもう1本は肩に突き刺さる。
「――御覚悟」
 慧介だけではなく、輪も虎太郎も頷きあい、三方より同時に攻撃した。
 鈍い音と衝撃が依伯を襲い、彼にはもう体を支える力もないのか、雪上にゆっくり‥‥倒れる。
「お師匠様――!!」
 戦意を喪失したというよりも、それどころではない――という方が正しいようだ。
 倒れた依伯にすがろうとする弟子を虎太郎が引き離し、抵抗が激しいので荒縄で動けないように固定すると雪の上に転がした。
「はー‥‥やっぱり持ってるわけね。用意がいいのねぇ」
 2人が捕縛されたので、これ幸いと後方に控えていたリーゼロッテが2人の荷物をチェックし、札を破り捨てる。
 はらはらと雪上に落ちる札の破片は、何かもの悲しい。
「くそっ、開拓者どもめ! 離せ! お師匠様ああっ!」
 虎太郎は何とか状況を打開しようと試みる弟子へと、屈んで目線を合わせる。
「ねぇ、君はこんなに依伯さんが大事なんだよね? ‥‥じゃあなんで他の人を簡単に犠牲に出来るの?!」
 虎太郎の問いかけに、黒髪の弟子は『お師匠様のほうが大事だからだ』と、当たり前のように口にした。
「何も手を差し伸べてくれなかった人より、差し伸べて育ててくれた人を大事に思うのは当然じゃないのか」
「‥‥それはそうだけど、君にも、おいらにも‥‥犠牲になった人にも、大事な人はいるんだよ。
人の命を犠牲にして、自分の身を削って‥‥一体何をしようって言うのさ?」
「あんたらだって‥‥見知らぬ誰かのために身や命を削って戦ってる。そっちの方が解らない」
 抵抗しても無駄だと悟ったか、もう殺すならやれとでもいうように弟子は顔を背け、何も話さなくなった。
 おいらにはわかんないよ、と残念そうに滲ませる虎太郎。ティーラは『分かり合えないのが心なのですわ』と言って、弟子に轡を噛ませた。
「魔術師の研究のように自分の信じるものが、全てだって考え方も‥‥あるんですもの」

「――終わったようだな」
 羅喉丸と雪刃が、少し離れた場所から声を掛けてくる。
 中の人たちはと尋ねれば、ユーリィが見てくれているそうだ。

「‥‥聞きたいことがあるから‥‥一緒に来て、もらうね‥‥」
 輪が声をかけたが、彼らの態度からしてあまり語ってはくれまい。
 それはなんとなく分かっていたが、この場所から彼らを引き離さなければ、脅威が去るわけではない。
 依伯と弟子の身体を引きずるようにしながら、加工場より離れた場所へ連れて行った。


 
●目的
 
 雪の上に2人を倒してから、威は数多の犠牲を払い、何を求めたゆえなのかと依伯へ尋ねる。
「陰陽術と魔術を学んだのは人を不幸にする為なのか!? 志士とは国に資する志を持つ者ではないのか!」
 依伯の力の使い方に憤慨する威。しかし、当の依伯は顔を歪めて嗤う。
「国に資する? 開拓者皆が愛国心を持つものではないでしょう。
どのような形であれ、人は皆利己心のため、それを行うのです。
そして私やノエルが崇拝するあの方は、世を変えてくださるはずだ。
だからこそ、我々は、この身が血に塗れても平気なのです」
 何度も出てくるあの方とは一体何者なのか。
「世界を変える‥‥? その者は、一体どんな方法でそうしてくれるの? 名はなんと云うのかな」
 質問を重ねてみた雪刃だが、名を教えようとはしない依伯。
「あのお方の力でそうすることができるのだ。人間を超越した、闇の力で‥‥」
 それを聞いていた炎海が、闇の力、と口の中で呟く。
「まさか、アヤカシを崇拝しているのか!?」
 それには、もう依伯は答えない。
 しかし、それだけでも十分な答えだった。
「アヤカシを成長させるための儀式‥‥だとするのなら、確かに相生の力でなければならないな‥‥」

 
「‥‥もう、君等に喋ることはない。どこへなりとも行くといい‥‥」
 目を閉じて、浅い呼吸を繰り返している依伯。
「どうかな‥‥介錯は、必要そう?」
 慧介は特に感情を込めずに尋ねたが、手は鯉口に添えられている。
「‥‥どうせ、この吹雪と装備ではそう長くない。不要だが、君の好きにしたらいい」
 そうして依伯はそれきり口を閉ざし、慧介は沈黙の後、然らば、とすらりと刀を抜き放った。




 周りには、誰も潜んでいる気配はない。

「いよいよ‥‥儀式も大詰めね‥‥」
 リーゼロッテが、誰にともなく呟き、伏せたままの弟子へと目を落とす。
 彼は身を震わせて泣いているようだが、彼の処遇も決めねばなるまい。
「連れて帰るしかないのだろうか‥‥」
 威も困ったように頬を掻いたが、引き渡すにしてもノエルが彼を出してしまえば危ういし、
 かといって手元に置いておくわけにもいかない。何より、彼らもユーリィに名目上監視されている身だ。
 雪刃も拳を握り、やりきれない気持ちで呟いた。
「もう術符が使われないことを祈りたいけど、ノエルの企みも今現在水面下で行われているに違いないよね。
多くの人間が救われず犠牲になるのであれば‥‥結局ノエルと‥‥『あの方』っていうのを止めるしかない‥‥」
「そのようだ。どのようなものであれ‥‥無関係の人間を傷つけ己の益にしようなど、理解しがたいな」
 炎海は同意し、まだ見えぬ敵を思う。
「なんにせよ‥‥正念場、というところか‥‥」
 羅喉丸が、依伯が倒れたあたりに目を向けるが、ここからでは木々が重なり合っていて彼の姿は見えない。

「依伯って人も、このお弟子さんも何かを間違えなければ‥‥その力を正しく使えたのかな」
 その視線の先を追って虎太郎も言葉を重ねたが、その問いに答えられる者はいなかった。