|
■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●幕間 いつも薄暗い室内も、今日はじっとりと重い。 そう感じるのは、瘴気が濃密だからというだけではない‥‥と、依伯は分かっている。 「依伯。首尾は」 涼やかな声。 それは、いつもと変わりがない。 訊かれたことに対し、申し訳なさそうな顔をしたまま依伯は頭を垂れた。 「邪魔が入りまして、まだ【地】は解放できておりません」 「出来ていない?」 「‥‥はい」 身じろぎ一つ許されぬような苦しい沈黙が、空間を支配する。 計画を阻止せんとする黒い術師や開拓者によって、事が運べなかったのだ。 「きちんと、解放できる算段は?」 「無論ございます。今再び、この依伯にお任せ頂きますよう――」 必ずやと語調を強める依伯を嘲笑うように、女の声が覆いかぶさる。 「だから、ウチに任せてくれればよかったんよ」 天儀の方言の一つに似ているが、現地の人からは違うと言われそうなイントネーション。 依伯の左、少し離れた窓の側に、女の輪郭が浮かんでいる。 「その甘ちゃん、これがどれっくらい重要かちゃんと分かってへんのと違うん? せやから、足引っ張っとるし」 「黙れ。貴女こそ動いているのは口だけ。実力すら伴っていない割に、態度はいつも大きいですね」 依伯の言葉を受けて、女の輪郭が揺らいだ。瞬時に空間へ怒気が広がる。 「ホンマあんたのこと嫌いやけど‥‥ひーさんに叱られるのは嫌やし、今は許しとくわ。で?」 女は窓枠にもたせかかり、依伯に尋ねる。 「当然、落としてくれるんよな? 【地】」 「勿論です。次は――」 ●カレヴィリア 御神本邸 「――龍脈」 そう発したティーラに、御神本 響介は黒瞳を向ける。彼ばかりではなく、集まった開拓者も同様。 「魔術師や、泰国には割とメジャーですわよ。御神本さんも風水ですとか‥‥なさるでしょう?」 いいえ、と響介は首を振る。 「学びはしましたが、僕はどちらかと言えば天文と術方面です。ジルベリアに風水は取り入れ難いので」 「卜占もしてらっしゃるのに、変わってますこと‥‥まあ、いいですわ。話を戻しますわね」 ティーラは目を丸くした後、ジルベリア各地の図を広げた。彼女の字で、細かな注訳や無数の線が至るところに記されている。 「‥‥この線は龍脈を記しました。龍脈は別の言い方をすると、エネルギーの流れる場所。わたくしたち魔術師は、己の魔力や精霊、大気に漂う力を利用しています」 術師系ではない開拓者にも、理解してもらうため言葉を選びながら話し始める。 「龍脈は目に見えませんが、肌や思想で『ある』とされています。地学などでは、別の結果が出るかもしれませんけれど」 どこぞの絵みたいに、龍が住み着いているわけではないはずですと言いながら、ティーラは響介に振る。 「陸繋島はもう大丈夫‥‥とは言いませんわ。でも警戒しているのは判っているはず。アホでない限り同じ手では来ませんでしょう?」 先日の老夫婦は無事だ。同行した開拓者が親身に症状を聞き、それに合わせて処方した薬を届けている。 『先生』と慕っていた依伯が来なくなってからは寂しそうではあるが、伴侶の血色も良好、食欲も上がったことで、彼らに感謝もしてくれている。 「そういえば、薬‥‥調べてみたんですけど」 男性開拓者が薬包を開き、懐から原料らしきものが載った紙を取り出して置く。 「不安の拡大、軽い幻覚、血圧低下など様々な症状を引き起こす毒草が調合されていました‥‥」 「‥‥調べてくださってありがとうございます。しかし、このような薬を渡されて、不審に思わないのでしょうか」 響介が調合書を見ながら唸る。それを書いた開拓者が『きっと』と続けた。 「残っていた薬は多く有りませんでした。これは予想ですが、各食後一包だとして、一日おきに別の‥‥」 血流を促したり改善させるような薬を渡し、瘴気の溜まるような祈祷をしてたってわけね――と、別の女性開拓者が後を継いだ。 「祈祷も術符も、ある程度の波を作り、快方に向かわせ急に落とす。都合よく来た『先生』が診てくれることによって改善され、信頼・依存を深める、か‥‥」 くだらない小細工だ、と吐き捨てる開拓者。 「犯行の一部は読めましたけれど、これで終わるはずもないですわ。彼らは自分のではない目的があるようですもの」 ティーラはつまらなそうな表情をし、咳払い一つして話を元に戻す。 「――御神本さん。地学に疎いとはいえ、多少は覚えていらっしゃるのでしょう? 地の力が強い位置にある龍脈はどこですの?」 そう言われて、響介は地図を注視する。 「‥‥土は、方位で中央。陰陽両方の気質を持っています。ティーラさんの龍脈表に照‥‥」 響介の言葉はそこで途切れた。険しい顔をして、両方の地図を睨みつけている。 「‥‥どうし、たの?」 開拓者が異変を感じ取ったのだろう。声をかけると、彼は首を横に振る。 「信じたくないですけれど――圧倒的に、不利ですわね」 ティーラの声にも苦いものが混ざる。 なに、なんなの? と身を乗り出した開拓者に急かされ、響介は重い重い口を開く。 「方位と、大きな龍脈が合わさる場所は‥‥カレヴィリア城なんですよ‥‥」 「え‥‥」 しんと静まり返る室内。 城に依伯が来ているとすれば、誰に会っている? 騎士か? それとも‥‥領主? 「私、この地域よく知らないけど‥‥領主って‥‥どんな人?」 開拓者の一人が尋ね、響介も『領民をよく考えてくださっている方ですよ』と答えた。 「かくいう僕も、お会いしたことなど有りません。それに僕よりも詳しい方が、一団を率いていらっしゃるのですが‥‥ 話せば、その人も巻き込むことになりかねません」 だが、良好な面識があり、内部事情を知っているであろう人物を捨ておくわけもいくまい。 「手がかりを掴むまで調査一辺倒になりますが‥‥領主の関係でないことを願います」 もしも依伯が領主に近いのなら、絶大な信頼も寄せられているだろう。 「あら、でも‥‥領主が床に臥しているとは聞いておりませんわね」 「臥す可能性が今のところ無いです。領主も四十過ぎとはいえ、まだまだお若い」 とりあえず、調査だね‥‥と言われ、首肯する。 「支度をしましょう‥‥。嫌な予感がしますから、油断なきよう」 響介の勘が、危険だと訴える。明かりも武器もないままで、魔獣の居る洞穴へ入るような不安。 響介の知人。城の内情をある程度知っているであろう一人‥‥駆竜騎士団の長、ユーリィ・キリエノワ。 忠実な騎士に、何をどう告げればいいものか。 一つ間違えれば、牢獄に入れられるのはこちらかもしれない。 (せめて問題を起こしてしまったら‥‥、全員が捕らわれないようにだけはしないと) 気が重いまま、予定を組み立て始めるのだった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
氷海 威(ia1004)
23歳・男・陰
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
雪刃(ib5814)
20歳・女・サ
朧車 輪(ib7875)
13歳・女・砂 |
■リプレイ本文 「‥‥まさかこんな事に利用されるなんて考えもしなかったでしょうねぇ‥‥」 悠然と佇む城を見つめ、リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は肩をすくめる。 ――気軽に動き回れる所ではないと九法 慧介(ia2194)は表情を曇らせた。 そして何より、依伯の関係者が居ないとも限らない。 「まずは情報を‥‥城内に行く者、外で情報収集する者、そして‥‥」 見張る者といって、氷海 威(ia1004)は跳ね橋を指す。 「跳ね橋を通るしか無いのなら‥‥一番そこが見やすい宿を探して監視します」 威の提案に羅喉丸(ia0347)も賛同し、一番そこが見渡しやすい宿はどこかと響介に尋ねた。酒場の二階にある宿と言い、そこへはティーラが案内するという。 そしてユーリィと顔馴染みという海月弥生(ia5351)が面会に名乗り出る。 「ユーリィさんを巻き込みたくない気持ちは判るけど、ここは割り切って行くしかないわ」 「彼に対して困っているのは、どの程度説得出来るかというところです。 上に居る者ほど信じ難い話ですからね」 「でも、協力してもらわないと厳しいんだよね‥‥?」 朧車 輪(ib7875)が響介を見上げてそう念押しするように聞くと、彼は神妙な顔で頷いた。 「依伯が万が一城の中にいても、そう簡単に勝手なことができるとは思わないよ。 自由に動けないのはこちらも同じだし」 やれることは全てやってから考えよう、と雪刃(ib5814)は皆へ投げかけて、自分はわざと開拓者として行動し、依伯側にも警戒させるつもりだと言う。 「こうしている間にも、また『先生』と信頼する人を騙している可能性もあります‥‥」 心から信頼してくれた人の心を裏切るような、どうして非情な事が出来るのか 菊池 志郎(ia5584)は悲しげに呟き、陸繋島の老夫婦のことを思い出し、胸を痛める。 「俺は街で調査します‥‥城内生活者に病人がいて、それを診察・薬を処方していると考えるのが自然な気がするんです。 引っかかるのは病人が出たとしても真っ先に依伯ではなく、まずはかかりつけの医師などに診てもらったと思うのですが‥‥」 後で件の宿屋に持ち寄り共有しようと言い残し、羅喉丸は威と共に出て行った。リーゼロッテや雪刃も席を立ち――弥生も気を引き締めて行きましょうと声をかけた。 ●カレヴィリア城 「――面会希望があったので来てみれば‥‥込み入った話のようですね」 姿を見せたユーリィは、普段こんなところまで出てこない響介が居ることにも気づいた。 彼らを別室まで案内し『用件は何でしょう』と問う 「早速だけどこれを見て」 弥生は、携えていたギルドの報告書を数点机上に置き、ユーリィは手に取って読み始める。 ある程度読んだところで、弥生は詳しい様相や感想などを述べた。 「騎士団長として勤務する城内で、後ろから射られる危険は予め取り除いた方が良いんじゃない? まして家族や仲間にも及ぼされるって可能性がある場合にはね」 しかし普段の温厚な表情と変わって、感情の見えぬ目を向けるユーリィ 「――あなた方とは確かに顔見知りではあるが、私は一騎士団を任せられているだけです。 本当なら大変なことです。一方的に与えられた情報だけで判断出来ることでもない。 何故ならあなた方が何かを仕掛けるために、わたしを懐柔しようとしている‥‥と取れるからです」 「知り合いでも?」 「当然です」 賢明な判断であると思うが警戒が増したような言動に、輪が弥生に小声で耳打ちする。 「まだ断言できない事、憶測の事とかは言わないほうが‥‥いいと思う」 情報を混同させてしまうおそれがある。そこで、輪が補足を入れた 「次に被害が出る場所はここだって、調べた結果わかりました」 「どう調べたのです。必ずここだと断定できるものがありますか?」 「魔術師と陰陽師の思想と気の流れからです」 ユーリィの質問には響介が応じ、端折りつつ要点を抑えて今までの経過を伝える にわかには信じ難いという顔をするユーリィへ、輪がおずおずと唇を開いた。 「誰かをだます悪い人もいるけど、信じて‥‥ほしいです。嘘は、ついてません」 彼女の声はか細かったものの、真摯な眼差しは偽りのない気持ちを映している。 「今まで一連の事件‥‥これ以上被害を増やしたくないです。 協力とか‥‥してもらえるとうれしいですけど、できないのなら、お城の中、調べさせてほしいです。 ここに住む人たちのためにも。お願いします」 何か解決に繋がるものがある‥‥と思います、と深々と頭を下げる輪 机の上に報告書を置き、輪をじっと見据えるユーリィ。 「僕からもお願いします」 響介も頭を垂れ、弥生もそれに倣う ユーリィは長い事無言で彼らを眺めていたが、息を吐きながら、頭を上げてくださいと告げる。 「実際あなた方には色々と助けられている‥‥わかりました。多少であれば情報提供も致しましょう」 弥生や輪の顔に明るさが戻った が、ユーリィは『問題を起こしたら、誰であれすぐに投獄致します』と釘を刺し――何が知りたいのですかと、注意深く聞いた。 ●城下 依伯の外見は術師のそれと違うため、特徴を話すだけで骨が折れる。 休憩がてら雪刃が食事処に入ると――既にそこには旅人に扮した慧介の姿。 彼は目で『そのまま』と合図を送り、互いに知らない素振りをする 慧介の後方、背中合わせの位置に座ると、雪刃はメニューを開く。 「‥‥尾行されてない?」 慧介が茶を飲みながら小声で尋ねれば、雪刃は『それを知るためにも休憩』と伝えた。 さりげなく窓の外を見た慧介は、物陰に潜み、じっとここを見つめている男を発見する。 その男が、雪刃か慧介、どちらを監視しているのか――まではわからない。 「居た‥‥こっちもそれ相応に動く必要がある」 ぴくん、と雪刃の耳が動いた 「――そうだね。考えを変えれば、こっちが偵察要員を引きつけてる‥‥情報収集も、気をつけて」 「ありがとう」 そうして話を切ると、雪刃は店員を呼んで注文し、ついでに依伯のことを尋ねた。 「あ。先生の事?」 知っている人がいた。身に緊張が走る雪刃とは対照的に、休憩を終えた慧介は席を立つ。 (頼みに行ってくれた人達が無事だと良いのだけど‥‥) 話を聞いていたかったけれど、外の男に怪しまれてしまう 外に出て、後方に神経を集中させながら再び情報を入手するために歩き始めた。 ●酒場 「ちょっとティーラ。人が足しげく働いてるっていうのに、何してるのよ」 「何って、情報収集に決まってますわ」 リーゼロッテの視線の先には――男たちに酒を奢りまくるティーラの姿。彼女は一滴も飲んでいない。 「貝の口は固く閉じられていても、熱を加えれば開きますのよ」 「だからって熱し過ぎたらダメじゃない? ‥‥はぁ。もういいわ。あたしがなんとか上手くやるわよ」 「期待してますわよ」 ふふ、と涼やかに笑うティーラ。どうやら、これを待っていたらしい リーゼロッテは超越聴覚で様々な音を拾う事を試みる。 『‥‥新しい術師ィ?』 『おうよ。数日前にな、登用されたんだ』 ――これだ。 奥の席にいる二人の騎士。 リーゼロッテはヴィヌ・イシュタルも利用し、にこやかに微笑みながらそこへ移動する。 「――素敵なお兄さんたち。あたしとお話ししない?」 ●店内 「兄ちゃんもこんな雪の日にご苦労なことだねえ」 「はは‥‥天儀には使い慣れたジルベリアの薬が欲しいっていう人もいるんです。今日は申し訳ないことに下見なのですが、効能など聞かせて下さいませんか」 志郎はこうしてうまく話を合わせながら大店の薬屋を訪ね、精神を安定させるような薬、逆に血行不良や目眩・貧血・気鬱等になり易い薬、飲み合わせなどを聞き出している。 そのうち、店主は薬草を数個取り出した 「この白い花が咲くヤツは、根っこを煎じるんだが量が多いとダメだ。マッチの先半分で丁度いい」 「多いと‥‥?」 「加減を間違えるなんて大変だよ! 薬使いなら分かるだろ? 心臓に負担がかかる。投与を止めたり酒と一緒に飲んだりしてもさ、急激に体調が悪化すんだ」 ――これだ。 志郎は思わず喉を鳴らす。そして、丁寧に礼を言うと、世間話の延長といった体で城のことを聞き始めるのだった。 ●酒場2階、宿屋にて 「あれから進展はありましたか?」 威が聞き込みから戻ってきて、窓際の羅喉丸へと声をかけた。 「ああ‥‥商人が2人と、騎士が通っただけだね」 その騎士は、依伯と、この間の弟子じゃなかったよと羅喉丸は言って、望遠鏡から顔を上げて後ろを振り返る。 膝の上に置いた手帳には時間と人数、出入りした者の容姿が克明に記されていた。 今のところ不審なものは居ない 髪についた雪を軽く払って、威は情報を記載した手帳を広げた。 「そろそろ皆、集まる頃ですかね‥‥」 「‥‥そうだな」 そこへ、階下からティーラとリーゼロッテが戻ってきた。 「上々ですわ、リーゼロッテ」 「何よ、もう。調子良いわね」 しかし、顔は笑っているから嫌な気はしていないようだ 暫し遅れて雪刃に志郎、慧介といった順で戻ってきて――最後に響介らが合流した。 ●情報共有 「あたしたちは、騎士から話を聞いたわ。4日ほど前から金髪の魔術師がいる、ってね。ただし非常勤みたいなものよ」 リーゼロッテの言葉に、慧介が『魔術師?』と不思議そうな表情を浮かべた。 「陰陽術をメインに使っているとしても、魔術も使えるみたいだし。隠してるなら魔術師で通るのかも」 どっちにしろ『術師』だね、と、差し出されたお茶を受け取って口をつける雪刃。 彼女の方では、あの店にお弟子さんと時々立ち寄ってくれるのだという。 この間は知らない女の子と一緒だったな、と残念そうに話していた事も伝えた。 「今回か次‥‥狙ってる人、なのかな‥‥」 輪が心配そうに口に出すと、ティーラが『デートじゃなければそうかもしれませんわ』と言った 「別の視点から見れば、仲間‥‥とか弟子?」 「どうかな。お弟子さんの顔も、そのお姉さんには割れてるのかも」 輪と志郎が顔を見合わせて、ううんと唸った。 「これは当てはまるかわからないけど、気になる情報もあって‥‥連続失踪事件もあるでしょう。その捜索人員を、領主が少し減らしたんじゃないか、って噂なんだ‥‥実際はわからないよ?」 慧介が聞いた話は、本当ならばカレヴィリアの市政としては由々しきことだ 「そういえばどうなっているんだろう。城では何か聞けましたか?」 志郎が響介に尋ねれば、いいえと答える。 「ユーリィさん達は偵察、アヤカシなどの急襲部隊のようなものですから、管轄が違います。憲兵と直接繋がっている騎士団のほうに伺わないといけないでしょう‥‥」 輪と弥生に目くばせし、輪が俯きながら報告する。 「それで、調べたお城の中に、怪しい場所がないの‥‥私達で入れないところは、ユーリィさんが口添えしてくれて‥‥」 怪しい場所がない、のはある意味当然の事だった。城には、様々な系統を学んだ術師達が居る。瘴索結界が使える者もいれば、城を歩きまわっているので開拓者の彼らより気づきやすいはずだ 「仕掛けられていればまず、感知に引っかかるのでしょう‥‥」 「――と言うことは、まだ【地】の仕掛けは施されていない‥‥?」 威が納得行かないような顔をする。そこで、ティーラが口を挟んだ。 「確か、陸繋島でも術符発動は特定の単語のようでしたわね。依伯か弟子がそれをまだ持っているかもしれませんわ」 そして、弥生が依伯のことだけどと切りだす。 「既に何度か城に出入りしているわ。 城下町でも依伯の話があったみたいだから、そっちにも顔を出しているのは間違いないのね。 でも、残念ながら夢見が悪いって話は聞かない。でも‥‥」 騎士たちは常に変則的な生活を余儀なくされている 慢性的に寝不足であるため、術師や医師にかかるものも少なくない。 「‥‥まさか、術師の腕より薬師として、登用されたわけじゃないでしょうね‥‥」 志郎は胸に嫌なものが溜まる心地がした。薬屋での話を思い出し、報告する。 「――なので、依伯は薬草を多めに調合し、通常の薬と使い分けている可能性がありました。 もし療養中の人がいて‥‥狙いが無差別なら危ないです」 羅喉丸の書いた手帳を見ていた響介は顔を上げる 「『先生』の手腕を考え、僕らも医務室を見せてもらいました。 2人、重症を負って寝ているものが居ました。今日は依伯も弟子も居ない。 僕があまりに食い下がって聞くので、年配の医師は怪訝そうでしたが‥‥依伯の腕は認めているようです」 「ええ? それはまずいですねぇ‥‥」 慧介はますます城内が心配ですと呟いた。 「ここ数年‥‥領主周辺に大病を患ったという話は無いらしい」 羅喉丸が聞き込みの際、露店の女から聴きだした情報だ 「もっとも、城の方ではアヤカシと戦って死ぬ兵も当然いるんだそうだ」 「それで龍脈の上‥‥城内のどこでもいいから詞と命を捧げればいいって話は最悪だわ」 羅喉丸の仮定に、リーゼロッテも儀式の執行の際、最適な場所が推定できればいいけどと言う。 「それで、御神本さん。城内で最も土の気が強いのはどこですか」 威の言葉と、皆の視線が響介に集まる。すると、彼は懐から紙を取り出して広げた。 「城の簡素な地図です‥‥僕も目星は付けましたが、確認のため伺います。氷海さんは、どこだと思われますか?」 問われた威は、冷静にその地図を見つめた 龍脈の中心上、最奥には領主の執務室もある。 「白の外観を見た限りでは‥‥土・石・岩の盛り上がり‥‥は城そのものがそれを現している。 水や緑など相克関係にある物から最も遠い場所は‥‥」 左中央の中庭は外す。そうして、威が口に出し、響介が頷いた場所は――礼拝堂。 「はい。僕もここではないかと思います。教会は版築で、土が多く使われていますから」 礼拝堂を貶めるとは、罰当たりなと羅喉丸が呻いた。 (なぜ、そんな大規模な儀式を行う必要がある‥‥?) 大きな力の流れが必要とされるには、それ相応の――答えがある。 「御神本さん」 羅喉丸は、声をできるだけ抑えながら問いかける。 「カレヴィリアに強力なアヤカシが封印されたという記録はないか?」 アヤカシを封印していたとするなら、解放させるといった事に思い当たったようだ。 しかし、響介は首を横に振る 「封印されたアヤカシの記録はありませんが――成長させることも考えられる。 または領土の力の流れを変え、生産力を疲弊させ、反乱の扇動を起こす‥‥そういうことも可能でしょうけれど、生産力を下げた所でここじゃ得にはなりませんしね」 まだ、はっきりとは言えません‥‥響介は苦い顔をして、城を仰ぎ見た。 どういう方法で攻めてくるにしろ、依伯の野望を阻まなければいけないことだけは変わらない。 また城に出向くことになるのだろう――そうして彼は、拭い去れぬ焦躁を感じていた。 |