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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●ジルベリアにて 天儀風の家屋の中。雨戸を閉めきっているため、廊下も座敷も置行灯の光のみで薄暗い。 堆く積まれた書物の柱。広めの居室中に、一本ではなく複数本そびえ立っている。 その中心付近の小机前、巻物に目を通している黒づくめの男の姿があった。 途中勘物にも目をやりながら、文字を目で追うも――別のことも考える。 出会った一連の事件。そして、行方不明者の数は増加の一方。 ただ一人だけが、行方不明後結局他殺体として自室で発見されている。 それを除くほぼ全員‥‥他の土地で売買された形跡も、目撃証言もない。まるで【神隠し】のように、人が消えていく。 失踪か、拐かしなのか。何故? 一体何のために? 疑問から紡がれる仮説は、どれも良い方向に想像を向けない。 少なからず生きているという希望はない。多くが死んでいると思うには絶望すぎる。 だが手を拱いて、確かめもしないまま諦めるには早い。 何か知る方法が、手掛かりがあるはず――。 男‥‥御神本 響介の顔を、闇で揺れる蝋燭の炎はゆらゆら惑わせるように照らす。 読んでいた書物を巻き取り、紐で閉じると自分で記載していた【事件帖】を開いた。 謎の【先生】たる金髪の男。職業は魔術師か、陰陽師か、はたまた――別のものか。 ただ、魔術も陰陽術も体得しているのであれば、少なからず一度は転職をしていることに相違あるまい。 そして先日捕縛した陰陽師は、妙なことを言っていた。 『我等』と。 本人は気づいているのかいないのか、自分だけではない‥‥というのを暗に示した。 【先生】と呼ばれる男。そして同等か、その下に付く者共。 見えぬ糸を断ち切るためにも、犠牲者を少なくするためにも、次の殺人はなんとしても阻止しなければ――‥‥! 芯に吸い上げられ、溶けた蝋がジジッと小さく爆ぜる。まるで一片(ひとひら)の希望を願う彼を嘲笑うかのような音にも聞こえた。 ●幕間 一寸の陽光(ひざし)の入らぬ室内は、火の気すら無く底冷えする寒さだった。 寒さと共にあるのはじっとりと纏わり付く瘴気。 いつでも【あの方】の居室は瘴気渦巻くこの場所。こうして刻が満ちるのを待っている。 指で触れることができそうなほど、濃密な瘴気はじっとりと身体に絡み、 毛穴という毛穴から体内に侵入してくるような感覚は――【あの方】と同じ物を有していると思えるから、とても心地良い。 息をゆっくり吐けば、【あの方】はそんなこちらの様子に小さく笑ったようだった。 そろそろ着替えと食事を摂るというので、【人物】は一礼して立ち上がると背を向けた。 去っていく背面に『術式の完成を心待ちにしている』と声が投げかけられて、思わず歩みを止める。 「お任せ下さい。あなたのために、この身、この心、捧げましょう‥‥」 次の獲物は既に見つけてある。 前回のように、邪魔さえなければ問題はない――‥‥ 部屋を抜け、長い白の廊下に差し掛かると【人物】は とある方向を見る。 そこに――今回の贄が、自らに起きる誉事を知らずに暮らしているのだ。 入れ違いに数人の娘が、着替え用の衣服や皿などを携え室内に入っていく。 その顔に血の気はない。緊張しているのか、手が震えていた。 彼女たちも、【あの方】に献身できて幸運な娘だと【人物】は思う。 あまりのんびりもしていられない。事を実行するため――歩を再び進めた。 ●翌日 響介に呼ばれたティーラは、事件の進展でもありまして? と言いながら本の柱に手を触れる。 やはり今回も土足。ジルベリアやアル=カマルの友人が増えてから、響介は嫌そうな顔をするにしろ、もはや口うるさく指摘しなくなった。 「‥‥先日から続く事件ですが、次の場所の目星が付きましたよ」 熱い茶をティーラに出してやり、響介は腰を下ろすとカレヴィリアの地図が書かれた羊皮紙を取り出す。 「過去数回起こった事件を、地図上に記してみたのですが‥‥」 赤い印は、事件の起こった家や場所。街中に分布していて、ざっと見ても50をゆうに超えているだろう。 青い印は、殺害されていた‥‥響介達が巻き込まれたり立ち寄ったりした場所だ。 「この青い線を結んでも、赤い線を結んでも‥‥特に何かの図式や文字が浮かぶわけではないようです」 響介の説明を受け、ティーラも自ら見てみようと茶を置いて地図を掴んだ。 「そうですわね。魔術式でも無いですし。ここは本当にランダムのようですけれど‥‥」 地図を響介の方へ向けて戻し、彼女の緑の瞳は、当初の言葉――予測位置を促した。 言葉を交わさず意味を理解した響介は、陰陽師の相生について、軽く話し始めた。 「まず五行‥‥万物が5つの元素から成っているという思想があるのですが、 魔術師たちの四大元素のようなものですね。その元素を活かす相生‥‥という作用があります。おおまかに言えば連鎖のようなものです」 紙に5つの文字‥‥木・火・土・金・水を書いてから、木と火へ一本の矢印を引いた。 「木は火を生ずる。 木は燃えるため、火を生む。火は木を糧として更に激しく燃える事ができる‥‥ということです。ティーラさん。火が消えれば何が残ります?」 「灰やら炭ですわね」 当たり前のように答えれば、響介はそうです、と頷いた。 「その灰は、どうしますか?」 「どうって‥‥土に撒きますでしょう?」 私たちは埋めますけれど、と補足したティーラ。尚も響介は質問を続ける。 「どうして土に?」 「栄養になりますでしょう――‥‥」 あっと小さく声をあげ、思わず響介を見る。彼は既に、もう一本矢印を火から土へと引いていた。 「相剋とは違い、相生という邪魔されぬ摂取を望むのであれば、次は【土】を狙うはずだと僕は考えます。 今までの被害は街中でしたが、土に富んだ場所‥‥というのは街にもそうそう有りません」 書いた紙を横に置き、先程の地図を再び机に置いた響介は、一点を指した。カレヴィリアの街より西南方向にある小さな陸繋島。 「ここに、5軒の民家があるんですよ‥‥そのうち数日前から術師の世話になっているという家は――」 たっぷりの間を置いて、響介は言った。 「1軒のみです」 そして、眼は訊いている。 ――僕は行きますが、あなたはどうしますか、と。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
氷海 威(ia1004)
23歳・男・陰
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
雪刃(ib5814)
20歳・女・サ
マハ シャンク(ib6351)
10歳・女・泰
朧車 輪(ib7875)
13歳・女・砂 |
■リプレイ本文 ● 今日もジルベリアは雪煙が舞う。吹雪くではないにしろ、時折吹く風に視界は狭まれる。 術師よりも早く到着しなければならぬため、歩む速度は通常より速い。 「今日は冷えますわね‥‥」 ティーラがコートの前を掻き合わせ、白い息を吐く。足は丸出しなので当然寒かろう。 「ええ、本当に。ジルベリアの冬はいつ来ても寒いなぁ‥‥」 でも震えている場合じゃないですし、と言いながら九法 慧介(ia2194)は鼻をすする。 「寒いの、嫌いだな‥‥雪、こんなに積もってると、転びそう‥‥」 朧車 輪(ib7875)は、悪路と速度にも関わらず、弱音を吐かない。 睫毛に粉雪がつき、瞬いて払い落とす。 「そう寒いと連呼すると、ますます寒くなりますよ」 御神本 響介が肩越しに振り返り、もうすぐ着きますからと声をかける。 もうすぐ‥‥狙われるやもしれぬ相手の民家へ出向く。 「――今回ばかりは流石に思惑全てを阻止してやるわよ」 海月弥生(ia5351)が前回のことを思い返し、決意を固めるように言う。 その声は静かな空気に乗って、全員に伝わったようだ。雪刃(ib5814)は前回出会った、娘や陰陽師、燃え盛る火のことを思い出す。 敵の陰陽師は、被害者やその家族も。他人を自分達の目標の為の糧にしか思ってないように見えた。 (人の命はモノじゃない。あんなの、どんな目標だって、どんな理由だって‥‥絶対に悪い事) 「前回はいいようにされたけど、今回はそうはいかない‥‥」 そう一言一句、噛み締めるように呟いた。 「ところで御神本さんは、クロエさんとティーラさん、どちらの方とお付き合いされているのですか?」 ティーラに挨拶をした後、菊池 志郎(ia5584)は首を傾け、響介に並ぶと妙なことを聞いてくる。 問われた響介は物凄く嫌な顔をして志郎を睨む。そのまま暫し黙ったのは、彼の投げた言葉の意味を吟味しているからだ。 「‥‥どちらとも、世間一般で言う『普通』の友人です。 菊池さん、彼女たちに興味がお有りですか?」 気を持つと貴方の為になりませんよと言った声がティーラにも届いたのだろう。 「そこのオタク陰陽師と巫女医者。雪だるまにして纏めて玄関先へ並べますわよ」 彼女は二人を睨みつけている。本当に雪だるまにされそうだ。 一部始終を見ていたリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)が大笑い。 そんなつかの間の冗談も終わりだというように――陸繋島の入り口が見えてきた。 ●陸繋島内部 響介は、民家の戸を軽く叩く。 「――はいはい。先生ですか?」 開いた戸の間から、白髪の老婦人が嬉しそうな顔を覗かせたが、 予期せぬ一団が来たため、驚いたようにぱちぱちと目を瞬かせた。 「‥‥あら‥‥ミコさん?」 響介のことは知っているらしい。羅喉丸(ia0347)が、自分たちは開拓者だと素直に打ち明け、どうぞ、と手土産を渡しながら、氷海 威(ia1004)が目的を伝える。 「突然押しかけて申し訳ありません。ジルベリアの高名な先生がこちらへいらっしゃると聞き及びまして‥‥」 「確かに先生は本日居らっしゃる予定ですけどねぇ‥‥」 少々訝しんでいるようだ。 「奇跡のようだっていう素晴らしい技術を拝見したい、学びたい、っていう人が多くて‥‥会えるかもしれないって期待してたの」 リーゼロッテのヴィヌ・イシュタルもよく発揮されているようだ。 先生を褒めたのも良かったのか、老婦人は少しばかり柔和な顔つきになり、皆を家の中へと促す。 何か分かればすぐに伝えると言い、マハは中へ入っていく。 「じゃ、あたしたちは外の警戒をするわ。何かあったらお互い合図しましょ」 弥生が手をひらひらと動かし、見送った。 聴きこみなどは響介らに任せ、雪刃らは陸繋島の入り口付近などの目立つ場所で周囲の警戒を行う。 (私も術師の仕掛けを調べたいところだけど、私は術の事とかよく分からない‥‥) 雪刃の胸中に焦躁と寂しさが混在するが、決意は同じくらい燃えている。 (相手の方がこっちを先に見つけそうだけど‥‥前回も戦ったんだし、最初から向こうも警戒してる、よね) 住人を人質に取られないのなら、それだけでもこちらには有利の筈だ。 捕らえたら、聞いてみたいことがある。 冷たい風が輪の頬を撫でる。初めて対面するやもしれぬ相手を、じっと待った。 一方、その頃。 マハ シャンク(ib6351)は、気の無い素振りをしつつ島に到着した時から周囲の状況などを注意深く見ていた。 落下防止用の木柵は島の周囲に張り巡らされているが、小高い場所や崖などはない。 婦人の話によれば、ここを開拓するときに丘陵を平らにし、切り崩したらしい。 「この島に土砂崩れは‥‥無いようだが」 こちらが予想し得ないこともある、用心に越したことはない。 「旦那様の他に、先生のお世話になっていた方は?」 丁寧な威の口調に誘導されるが如く、婦人は素直に答える。 「他に‥‥この近所には居なかった気がするねぇ‥‥」 「そうですか‥‥先生は御一人で来られるのですか?」 「いえいえ、お弟子さんが数人居らっしゃるみたいでね。先生とお弟子さんの誰か‥‥二人で居らっしゃいますよ」 リーゼロッテは親指の腹を唇に当てて、何人も居るのか、と漏らす。 響介は『先生や弟子は誰かの知り合いですか』と尋ねた。 「そういや先生やお弟子さんは、どっから来てるのかねぇ‥‥ミコさんの知り合いじゃないなら、あたしらにも分かんないねぇ」 「あ。先生の名前などは――お分かりに?」 志郎が穏やかに、それでいて緊張気味に問う。 質問の内容を聞きながら、マハは眼を閉じた。彼は先だって神楽の都で下調べもしていたのだ。 転職すれば、名を連ねているはず――現在までに陰陽師か魔術師両方に転職をしたもの、両方の術を究めた者などを探すが――‥‥その数は多い。 絞り込むにしろ、現時点での職は術師であろうこと。しかし、それも定かではない。 ざっと確認するが、一度に覚えられる程度の数ではない。 無駄ではないが多すぎる情報にマハは鼻を鳴らし、熱心なことだと独りごちたのを記憶している。 「先生は、何だったかしら。ヨリ‥‥トモ? 先生よ」 いつも先生としかお呼びしないからね、と、婦人は笑う。 ――ヨリトモ。 天儀にありそうな名前だが、どのような字を書くのかと尋ねても、文化圏の異なる文字の種類など、そう覚えていないだろう。 「先生の外見的な特長は、どんな‥‥?」 「金髪をこう‥‥一本に結んでてね、目が濃い紫色なんだよ。顔も綺麗でねぇ。あ、ミコさんみたいな恰好は、お弟子さんしかしてないよ」 来れば分かるよと笑みを見せた。その楽しそうな様子に、リーゼロッテは口を噤んで視線を外へ向ける。 老夫婦の知る術師の顔と、リーゼロッテ達の知る狂人の像は違う。 話に相槌を打ちつつ、瘴索結界【念】を使い、志郎は家中に視線を巡らせる。外に感じる僅かな気は、先程威が人魂で発動させた虫だ。 老夫婦や居間の家具には、術を施された様子はない。 しかし――志郎は困ったように寝室へ続く扉を見つめた。微弱だが、反応を感じるのだ。 「あの‥‥お爺さん、いえ、旦那さんのお体の具合は如何でしょうか」 思わずそう聞くと、老婦人が『主人は最近寝付けないようで、今日相談しようと思っている』と話す。 「‥‥よく面倒を見てくれるそうだしな」 マハが感情を込めずに呟けば、老婦人は何度も嬉しそうに首肯する。 先生から貰った薬をあげる時間だといいながら、席を立つ。羅喉丸もある程度情報を手に入れたので、仲間に伝えてくると外へ出ていった。 棚から出され、机の上に置かれた薬包を志郎は素早く手中に収め、リーゼロッテに見張ってもらいながら、棚の中身も全て違うものとすり替えを行う。 薄茶色の粉末は、どこにでもあるようなものだった。だが、この薬は後で分析する必要がある‥‥。 白湯を持って戻ってきた婦人は何も疑問に思うことなく、薬包を盆の上に乗せて奥の部屋へと向かう。 響介も立ち上がり、視線を志郎へ向ける。婦人と一緒に奥へ行くので、場所の探知を‥‥ということだろう。 三人は連れ立って奥の部屋へと向かっていき、ぼうっとした顔をして周囲を伺っていた威がバッと顔を上げ、窓の外を振り向いた。 「‥‥あれだろうか」 その言葉に、マハは組んでいた腕を解いて同じように窓の向こうを覗いた。 ●対面 「‥‥来たかしら?」 古酒をちびちび口に運んで、身体を温めつつ見張っていた弥生は 陸繋島のほうへ近づいてくる人物の姿を捉える。 同様に、そこで待機していた輪たちも見つけているはずだ。 「‥‥ヨリトモさん?」 「依伯(よりとも)であれば私ですが‥‥」 輪は術師風の男に訊いたが、前にいる男が答えた。着ている外套の下から鎧が見える。なんと、騎士なのだろうか。 「モヤシ術師かと思いきや‥‥前衛職だったなんて思いませんでしたわ」 ティーラが意外そうな口ぶりで依伯を見つめる。 「最近は物騒ですから。身を守るためですよ」 剣ではなく刀を装備していることから、志士やサムライかもしれない。 それ以外は結んだ金髪に紫紺の眼‥‥伝え聞いた外見とほぼ同一の特徴だ。 ところで貴方達は? と、依伯が尋ねた。 「通りすがりの開拓者です」 「申し訳ないのですが、道を開けてください。先生は患者の治療に行かなくてはいけないのです」 後ろを歩いていた者‥‥弟子と思しき男が礼儀正しく求めるが、道は開かれない。 「‥‥五行の執行なんか、させない」 雪刃が刀を握り締めると、僅かに目を大きく開いた依伯は‥‥くすりと笑った。 「ああ‥‥成程。君等はあの黒い術師のお仲間か‥‥」 依伯から殺気が漂い、慧介が腰の刀に手をかけるのを見て、依伯は挑戦的な視線を送る。 「邪魔をするというなら、お手並みの拝見がてら、少し痛い目を見て貰う他ない‥‥」 しゃり、と涼やかな音と共に、依伯の刀が抜かれた。 「やはりこうなるか。ではもはや何も言うまい‥‥ならば、我が拳で応えよう」 羅喉丸の言葉を受け――雪を蹴り、疾走してくる依伯。咄嗟に雪刃が引きつけようと咆哮を使うが、彼の狙いは慧介のようだ。 「待ちくたびれた、と言っている暇もないね」 「ご安心を。倒れたら私が治療してあげます」 お断りだよという慧介の刀が、打ち下ろされる上段の斬りを受け止め。 弾きつつ手首を打ち据えようとしたのを見切り、数歩下がる依伯。 「そこっ!」 着地点を狙い、弥生が射掛けた。踵近くの雪に刺さった矢は、遠方からの第二射を警戒する敵の隙を作る。 羅喉丸はそれを見逃さず、盾を構え術を警戒しながら瞬脚を使い間合いを一気に詰めた。 「捉える‥‥!」 盾を捨て、両の腕を依伯へ向かって伸ばし、グレーの外套を掴んで引いた。 敵はその力を利用し、体当たりしてわざと雪上に互いの身体を投げ出させると、素早く上半身を起こす。 「させん!」 立ち上がりかけた依伯の胴を、自分の足を絡めるように挟んで後ろへ引き倒す羅喉丸。そのまま締め上げようともつれ合う。 「先生!」 「‥‥だめ」 連れの術師が構え、即座に詠唱を始めた。はっと気づいた輪が、銃で腕を狙撃する。 一瞬相手の詠唱が止まったように思えたが、気力を振り絞って術の詠唱を続行し、発動させた。 アイシスケイラルが羅喉丸の腕を刺し貫く。痛みに耐えた彼の唇から短く、しかし抑えた音が漏れる。 逃すまいと慧介が刀を振るうが、一閃は雪を削ぐ。依伯は羅喉丸の肩を強く蹴る反動で、後方に飛んだのだ。 「ああ、危ない。私も捕まるわけには行かないんです‥‥」 胸を撫で下ろすような動作をし、弟子にも礼を言う。 「ふぅん。随分と使える術師を飼ってるみたいねぇ、先生とやらは」 連絡を受けたリーゼロッテ達が合流したのを確認すると、待ち伏せしていたのですかと肩をすくめた依伯。 「さて‥‥今回の土行が失敗したら‥‥今度はどうするのかしら。 また別の場所で土を試みる? それとも土を飛ばして金に行くのかしら?」 「魔術も、こう離れていては使えまい」 威の言葉に、依伯は不敵に笑って開拓者を見据えた。 「おや、土が執行できなくなっては、どうしましょうか‥‥しかし魔術を使うことだけが五行では無いですよ、お若い方々」 そうして、手のひらを空へ向け、独白のように語る。 「ご覧になりませんでしたか、屋敷の裏手に生い茂る『木々』を。煌々と空を彩る、炭が起こす『火』の色を。 そして、陸繋島は探すまでもない――」 そこまで言って、男は愉しそうに声を上げた。 ――土の隆起によって存在したのではないですか。 ここで詞と命を捧げてもらえばいいだけです。 ざわりと開拓者の背中に、気温ではない寒さが走る。 「ご安心なさい。悲しいですが、今回はこちらが遅かったようです。手出しができませんでしたよ」 ふと依伯は老夫婦がいた家屋を見つめて、苦々しく顔を歪める。 そこには、同じように依伯を見据える響介の姿があった。 「黒の術師‥‥。覚えておきなさい。これ以上首を突っ込んで邪魔をするならば容赦はしません。 彼に協力するあなた方も。金輪際会わないのを祈りますよ」 目に殺意を乗せて、男は開拓者が動かぬうちに瞬時に後方へ飛んだ。 むざむざ逃がしてなるものかと弥生が矢を放つものの、刀でそれは弾かれる。 追いかけようと一人二人疾走しても、逆に人質を取られてはかなわない。離れていく二人をこうして見つめるしかなかった。 「‥‥捕まえ、られなかったね‥‥」 消えていった方を見据え、輪は少しばかり残念そうに呟く。 結局何のために動いているのか、誰のための行動なのかすら知ることは出来なかった。 志郎により、部屋の中に施された瘴気札は回収されている。 その札はやはり今までのような人型符と、薄暗い天井には同系色の紙が貼られており――石壁札が紙の裏に書かれていた。 依伯か弟子がこの部屋に入り、札が発動すれば石壁の勢いと重みでまた人が――犠牲になっていただろう。 リーゼロッテはそういえばと口にした。 「詞と命を捧げてもらえばいい、って術師が言ったわよね。命は判るとして、詞?」 「‥‥特定のワードで発動できるようにさせていたとか‥‥?」 指に挟み、呪符を見ていた志郎。不意に発動されても困るので、取り敢えず二つに破っておくべきだろう。 まだ始まりだとしても、彼らの目的の妨害はできた。軽い達成感はあるものの、まだ安心はできない。 (あの人たちの目的が達成された時‥‥その先には何があるのかな‥‥) 輪は漠然とした疑問を抱く。 全部の行を集めてしまえば。何が起こってしまうのだろう。 人の生を奪ってまで叶えるべきことならば、それは恐ろしいことのような気がする。 「また、狙ってくるかもしれません。僕も警戒しますが‥‥皆さんもどうぞお気をつけて」 響介は、皆へ協力いただき、ありがとうと述べた。 |