凶光と地を這う災い
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: シリーズ
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/13 08:22



■オープニング本文

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 パンヴァティー・ガルダ(凶光鳥)。
 黄金色のくちばしやかぎ爪を持ち、真紅の翼を広げて飛ぶ全長3メートル弱の美しい鳥の外見を持つ、凶悪なアヤカシである。
 グルルと呼ばれることもあり、やや耐久力が弱いことを除けば全体的に高い能力を持っている。
 高速と身の軽さを兼ね備えた凶光鳥は、並みの者では弓矢の射程内におさめることさえ難しい。
 射程が40数メートルに達する怪光線を乱射しながら地上を襲った場合、どれほどの被害が出るか想像もつかない。

 大砂蟲(サンドワーム)。
 最低でも全長10メートルに達する巨大生物であり、巨体に似合わぬ高速と巨体にふさわしい破壊力と耐久力を兼ね備えた砂漠の王者である。
 砂に潜り、異常までに優れた聴覚で獲物を探し、抵抗を許さず丸呑みにしてしまう災厄でもある。
 大量の砂を打ち出して射撃武器とする爆砂砲も使いこなす、アヤカシでもないのに悪夢のような存在だ。
 一定の縄張りを持ちその中で日々を過ごすのが通常の大砂蟲だが、中には例外もある。
 黒い色の外皮を持つ大砂蟲は決まった縄張りを持たず、砂漠であればどこに現れてもおかしくない。
 万が一交易路に居座って閉まった場合、その交易路は放棄せざるを得ないだろう。

●ふたつの脅威
「凶光鳥とはぐれ大砂蟲ですか」
 天儀開拓者ギルド係員は、思わず遠い目をしてしまっていた。
 複数の脅威が同時に発生するのは珍しくもない。
 しかしよりにもよって下級アヤカシとしては最上級の部類に属する凶光鳥と、アヤカシと志体持ちを除けば地上最強級の大砂蟲が同時に現れるのは、極めつけの不運と表現してもどこからも文句は出ないだろう。
「前回開拓者の皆さんから受け取った調査結果を基に目撃情報の調査を行ったところ、両者が存在するのが確実になりました」
 アル=カマルから天儀開拓者ギルドに派遣されてきた高位の役人は、ふくよかな頬に笑みを浮かべながら、冷たい知性を感じさせる瞳を係員に向ける。
「交易路周辺の諸勢力全てが、龍を初めとする全ての朋友の持ち込みを認めました。可能な限り速やかに開拓者を派遣していただけると助かります」
 大量の金貨を係員の前に積み上げながら、役人は笑顔を崩さずに要望を述べる。
「可能な限り要望に沿わせて頂きます」
 極めて危険が大きな依頼になることを悟り、係員の胃はしくしくと痛み始めるのだった。

●討伐依頼
 現在通行が禁止されている砂漠の交易路に赴き、そこに潜む凶光鳥とはぐれ大砂蟲を討伐して欲しい。
 両方の討伐が行われるのが望ましいが、どちらか一方の討伐のみでも構わない。
 今回現れた2体の脅威は、共に砂嵐の中での活動を好むらしい。
 砂嵐の中での戦闘は、仮に勝利できたとしてもそのまま遭難、あるいは砂の中に埋まって窒息死という可能性すらあるのでお勧めはできない。
 勝報を期待している。


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
ペケ(ia5365
18歳・女・シ
バロン(ia6062
45歳・男・弓
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
エラト(ib5623
17歳・女・吟
スレダ(ib6629
14歳・女・魔


■リプレイ本文

●鎧袖一触
「ふぅ」
 ペケ(ia5365)は憂鬱な吐息を漏らし、己に背を預ける駿龍を静かに撫でていた。
 騎龍である桃竜が、陽光を桜色に照り返しながら、心配そうにミャーと鳴く。
 ペケはなんでもないと言うかのように桃竜の背を軽く叩き、意識を切り替える。
 強力なアヤカシ2体を恐れている訳でも、不慣れな空中戦に臆している訳でもない。
「視界不良に加えて音による探査も難しい。これで戦うのは‥‥ハァ」
 かくりとうなだれる。
 しかしもともと鋭敏な聴覚を超越聴覚でさらに強化したペケは、強風とそれに巻き込まれた砂による巨大な壁の向こうで高速で動く音源の位置を特定していた。
「右斜め前中空! 退路は?」
「目標地点との間に嵐が移動しつつあります!」
 駿龍を駆る玲璃(ia1114)が脳裏にある地図、具体的には数百平方キロメートルに達する範囲の詳細な地形と丸2日間の正確な気象予報が書かれたものを参照しつつ大声を絞り出す。
 10メートル程度しか離れていないにも関わらず、ペケでなければ聞き取れないほど玲璃の声は風の音にかき消されている。
「どーしよう」
 ルオウ(ia2445)に突っ込んでもらい咆哮で引っ張ってくる、という案が脳裏に浮かぶ。
 直径50数メートルに達する咆哮の効果範囲は、地上では極めて広範囲ではあるが敵味方とも高速になりがちな上空ではそれほど広くない。
 嵐の近くにいる凶光鳥を引きずり出すには、咆哮を使う側も嵐の近くまで突っ込むしかない。
「ん?」
 接近してきた騎影に気付き、ペケは進路の選択を一時的に桃竜に任せ振り返る。
 そこにいたのはバロン(ia6062)であり、彼は自らと騎龍をきつく結びつける命綱と、万が一の際の軟着陸を保証する白き羽毛の宝珠を指さしていた。
 ペケが無言で凶光鳥がいる咆哮を指し示すと、バロンは重々しくうなずいて天儀風の大弓を構え、矢をつがえた。
 無風状態なら射程ぎりぎりでも凶光鳥に8割方命中させる自信があるが、強風にあおられ視界が砂塵で効かない状態ではそうはいかない。
 ペケから敵のいる方向を聞きながら、バロンは荒れ狂う風を読む。
 五感を通じて収集された情報が、膨大な経験に基づき分析され、敵に矢を届かせるための進路を複数割り出す。
 敵の正確な位置が分からないため、進路のうちいくつかは敵に届かないかもしれない。
 だがバロンに迷いはない。
「頼んだぞ、ミストラル」
 強風の中での進路選択を騎龍である駿龍に任せ、彼は己の意識全てを弓とその向こうにいる敵手に向けた。
 通常なら確実に捉えられるはずの敵影はおぼろで、つかみ所がない。
 既に射程内には入っているようだが、狙って命中させるのは不可能に近いだろう。
 それゆえバロンは、敵が通過する可能性が高い場所に対し、高速で速射を行い大量の矢を送り込んだ。
 大量に放たれた1矢1矢に必殺の威力が秘められており、薄緑色の気をまとった矢がかすめるだけでも凶光鳥に脅威を感じさせることができるだろう。
 高い威力と引き替えに十数秒で練力の大部分を使い果たしたバロンは、五感以外の感覚でかすかな手応えを感じていた。
「1本かすったか。来るぞ!」
 大声での警告が発せられてから数秒後、凶光鳥は急加速して最大の脅威と判断したバロンの間近まで迫っていた。
 瘴索結界「念」により凶光鳥の接近に気付いた玲璃が援護をしようとするが、敵の速度は玲璃の行動よりも早い。
 バロンは凶光鳥との正面衝突を覚悟し、意識を防御にも振り向けた。
「ようやく見つけたぜ!]
 翼が風を切り裂く音を置き去りにする勢いで、滑空艇が凶光鳥の真横から急速接近する。
 凶光鳥の凶悪なくちばしがバロンとその騎龍に触れる寸前に、滑空艇の操縦席から振り下ろされた刃が、下級アヤカシとしては最上級に位置するはずの凶光鳥を溶けかけのバターか何かのように切り裂いていた。
「浅いっ?」
 砂ににまみれて急速に性能を低下させていく滑空艇シュバルツドンナーを必死に操りつつ、ルオウは激しく頭を振る。
 ゴーグルに張り付いていた砂がとれて視界がある程度晴れるが、そのときには凶光鳥との距離は数十メートル離れてしまっていた。
「そのまま距離をとってください。嵐に巻き込まれます!」
 玲璃は喉に痛みを感じるほど声を張り上げ、ルオウをそのまま行かせる。
 ペケが煙幕を展開しつつ、速度最優先で小さな雷の手裏剣を創り出して投擲する。
 既に半死半生の凶光鳥の後頭部に直撃するが、羽毛が多少焦げた程度で堪えた様子はない。
 が、煙幕でいきなり視界が悪化したところに背後から一撃されたことで、目に見えぬ敵の姿を探すため動きを止める。
 おそらくそのままいけば数分の一秒後には動きを再開して攻撃か待避行動に移っただろうが、開拓者達がそれほど大きな隙を見逃すはずがなかった。
「届けぇ!」
 スカイブルーの駿龍と共に風と砂の壁を突破した長谷部円秀(ib4529)が、すれ違いざまに雷の刃を叩き込む。
 左の翼を中程で断ち切られた凶光鳥は完全にバランスを崩し、強風に煽られて不規則に回転しながら落下していく。
「受け取れ」
 確実に葬るためか、あるいは強敵に対する慈悲か、バロンの放った矢はアヤカシの頭部を射貫き、アヤカシが地面に叩き付けられる前に瘴気に戻して霧散させるのだった。

●地上の人々
「やべーですね」
 スレダ(ib6629)は砂漠用迷彩柄の布地を己の上からどけてから、徐々に風が強くなっていく砂漠で全力疾走を開始した。
「おい、外しておかなくていいのか?」
 砂漠に対する慣れではアル=カマル出身のスレダに劣るが、その分を豊富な体力で補っている巴渓(ia1334)がスレダに併走しながらたずねる。
 2人は玲璃から渡されたかんじきを装備している。
 砂漠を移動する際の助けになる品ではあるのだが、アヤカシとの戦闘に耐えきれるだけの強度は持っていない。
 上空からは風以外の音が聞こえてきている。
 おそらく開拓者対凶光鳥の戦いが始まっているのだろう。
 前回の偵察結果とその後の調査結果によると、現在スレダ達がいる場所の近くに大砂蟲が現れるはずだ。
 とはいえ砂漠は広く、大砂蟲は砂に潜る。
 横合いに見える大きな砂山を越えて大砂蟲が現れても、目の前の地面から大砂蟲が顔を出しても不思議ではない。
「嵐に本格的に巻き込まれるまでに洞窟の近くまでたどり着いていないと、大砂蟲と戦う前に砂に埋まっちまうですよ」
 アヤカシがいようがいまいが、砂漠で生き残るのには困難が伴う。
 それを十分に知っているスレダは各種の危険を秤にかけた上で選択していた。
「なんだこりゃ?」
 渓が眉間にしわを寄せる。
 上空からではなく、背後から風と砂以外の音が聞こえた気がしたのだ。
 常人とは次元の異なる性能の五感を持つ渓ではあるが、ほとんど嵐になりかけの現状では音の正体をつかむことは難しかった。
「どうかっ、したですかっ?」
 本格的に息が切れてきたスレダがたずねると、こちらはまだ余力がある渓は腰をひねって音の聞こえた方向を指さす。
 スレダの顔が緊張に強ばる。
 すぐさま取り出せるようにしていた爆竹を背負い袋から取り出し火をつけようとするが、火打ち石の火花は強風に吹き消されてしまい点火できない。
「何がどうなっている!」
 火打ち石を拝借し、1度で破壊する勢いで打ち付けて火をつけてやりながら渓が叫ぶ。
「大砂蟲! フロストマインに引っかかったですよ!」
 火がついた大量の爆竹を背後に向けて放り投げながら、スレダは渓の耳元で大声をあげた。
 強風の中でもはっきりと聞こえる爆音が響いてから数秒後、2人の後方数十メートルで大量の砂が爆音と共に吹き上がる。
 高さ10メートルを超える黒く巨大な何かが、明確に2人に意識を集中していた。
「怪獣だなおい。逃げ足を早くするため荷物を捨てるか?」
「砂の中に埋まるのも乾涸らびるのも趣味ではないです」
「奇遇だな。俺もだ」
 身近に迫る死の影を感じながら、2人は朗らかに笑った。

●地の底へ続く眠り
 撤退を提案する騎龍を宥めながら、エラト(ib5623)は砂塵が舞い始めた地上を注視していた。
 今いる場所の高度は中空であり、大砂蟲ほど巨大なものを見落とすことはあり得ないはずだった。
 エラトの瞬きの頻度が高くなる。
 吹き付ける風の強さそのものは天儀やジルベリアでもあり得る範囲だ。
 けれどそれに混じる砂は、アル=カマルの外ではまず経験できないほど大量だった。
「このままでは」
 徒歩で準備を進める2人に対し、大砂蟲が攻撃を仕掛けかねない。
 大砂蟲から直接攻撃を受けても、おそらくあの2人なら生き延びることは可能だろう。
 しかし大砂蟲に襲われている間に嵐に巻き込まれれば、巨大な敵に勝とうが負けようが仲良く砂の下に埋葬されかねない。
 エラトが本格的に焦りを感じ始めたとき、下方から連続する爆発音が聞こえてくる。スレダが用意し渓が着火した爆竹の音だ。
「近い」
 爆発音が発生した場所に視線を向けると、その近くの砂の中から巨大で黒いものが立ち上がる。
 見ているだけで距離感が狂いそうな大きさのそれは、ゆっくりと2人の後を追い始める。
 もっともゆっくりに見えるのはただの目の錯覚であり、実際には開拓者の全力疾走より倍近い速度が出ていた。
 エラトは即座に重低音による爆撃を下方に対して行う。
 巨大生物は広範囲攻撃をかわすこともできずにまともにくらうが、ほとんど影響を受けているように見えない。
 損傷はあるが、生命力が高すぎるのだ。
「距離を保持」
 必要最低限の指示を駿龍のアギオンに伝えてから、エラトはリュートで夜の子守唄を奏で始める。
 聞かせる相手は生命力に富み、生命力に比例して抵抗力の面でも優れている巨大生物。
 それに加えて周囲はほとんど嵐と行って良い強風で、演奏に適した環境とはとてもいえない。
 だが、エレナの奏でる音色は嵐の影響を受けても巨大生物の精神を捕らえ、強制的な眠りの中に叩き込む。
 大砂蟲の動きが停止したことを確認し、エレナは手綱を手に取り避難場所に龍を向かわせる。
 風はますます強くなり、このままでは地面に叩き付けられるか上空高くに巻き上げられかねなかった。
「足止めありがとよ! 後は任せろ」
 渓は可能な限りの大声で叫び、アーマーケースから展開した駆鎧、カイザーバトルシャインに乗り込む。
 できれば砂嵐に背を向けて安全地帯に逃げ込みたい。しかし夜の子守唄の効果時間はせいぜい30秒。気を抜けば駆鎧さえ吹き飛ばされそうになる強風と轟音に支配された環境では、それより早く大砂蟲が目覚めかねない。
「来やがったな」
 赤いマントとマフラーを風になびかせながら、格闘戦特化駆鎧が巨大生物を待ち受ける。
 意識を取り戻した大砂蟲は、その巨体からは想像も出来ないほどの高速で真正面からぶちかましてくる。スレダがあらかじめ設置していた石壁にぶつかるたびに勢いは弱まっていくのだが、もとが凄まじすぎて勢いが減っているようには感じられない。
 駆鎧はその衝撃を、体の各所に高い負荷をかけながらも完璧に受け止める。
 が、重さの格差と足場の悪さはどうしようもなく、そのまま後方に向かって押されていく。
 そのとき、迅鷹と合体して辛うじて嵐の中踏みとどまっていたスレダが最後に残っていた爆竹を鳴らした。
 爆音を頼りに後方から矢が飛来し、大砂蟲の中心近くまでめり込んで止まる。
「バロンさんか?」
 砂嵐で極度に制限された視界と平衡感覚が怪しくなる震動の中、渓はなんとか転倒だけは避けるようとしていた。
「なっ」
 唐突に、大砂蟲の頭部が爆ぜ割れて大量の体液が流れ落ちる。
 それに伴い迷走を開始した巨大生物から距離をとり、駆鎧はまとわりつく細かな砂に苦しめられつつ周囲を見回した。
「撤退します。これ以上はもちません!」
 大砂蟲から飛び降りつつ叫ぶのは円秀だ。
 合流予定地点である洞窟に渓達がいないのに気付いた時点で龍をその場に残し、スレダの誘導に従ってこの場にかけつけたのだ。
 渓は駆鎧にうなずかせると、そろそろ風に負けて吹き飛ばされそうになっていたスレダの風除けになりながら洞窟に向かっていく。
「あと少しで止めをさせるというのに‥‥」
 嵐の壁の向こうで痛みに悶える大砂蟲に一瞬だけ目を向け、円秀は桜色の燐光をまとった刃を鞘に戻し、背を向ける。
 既にここは嵐の中だ。
 バロンが射程を活かして撤退援護射撃を行ってくれているが、命中しているかどうか確認する術がない。
 円秀は強靱な意志力で大砂蟲への未練を断ち切り、安全地帯である洞窟を目指して歩みを進めるのだった。

●嵐の後
「あまよみが使えて本当によかった」
 嵐が過ぎ去り洞窟から出た玲璃は、安堵のあまり崩れそうになる足に意識して力を込めていた。
 滑空艇の機関の調子が怪しくなって街まで撤退したルオウを除く7人とその朋友が洞窟に避難していたのだ。
 水と食料と寝具と風除け装備が整っていたため全員無事に過ごせたものの、数が多かったので疲労が溜まるのは避けられなかった。
 その状態でいつ天気が回復するか分からなければ、精神的に参ってしまった可能性すらある。
「結局、倒せたと思います?」
 ペケの問いに明確な答えを返せる者はいない。
 最後まで攻撃を仕掛けていたバロンも、失血死しかねないダメージを与えた感覚はあるものの、確実に死亡しているかどうかは分からない。
 開拓者が帰還してから1週間、交易路周辺に大砂蟲は姿を現さなかった。
 さらにその数日後に通行止めが解除されて交易が再開されたが、事件以前の状態に戻るには時間がかかる見込みらしい。