砂塵に潜むもの
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/01 06:12



■オープニング本文

●隊商帰らず
 ある隊商が帰還しなかった。
 天候の変化が激しい場所を通る隊商が全滅するのは珍しくない。
 しかし、隊商の遺体の無い葬儀に出席した同業者達は、死者に対する哀悼の意以外の感情で表情を曇らせていた。
「生存者がいないのは確認できたんだな?」
「ああ、連中が最後に発ったオアシスでも確認した」
「天候が静まってから龍乗りを手配して予想進路を確認させたが、遺留品らしき物は確認できなかった」
 それぞれ複数の隊商を抱える商人達の目に、殺気じみた光が宿る。
「奴と奴の部下達は、商才はともかく砂漠での生存術だけは優れていた」
「ベドウィンの腕の良い案内人も事実上抱えていた」
「天候には勝てなかったと見ることもできるが、奴のこれまでの実績を考えるとな」
 商人達は遺族に挨拶してから、周囲に聞こえない程度の小声で情報交換を続ける。
「やはり大砂蟲かアヤカシか?」
「あの経路は紛争地帯を通っていない。賊の可能性も皆無ではないが可能性は低かろう」
「いずれにせよ放置はできん。他の経路での遭難なら時間をかけて調査しても良いが、あの経路が使えなくなると町が干上がる。開拓者ギルドに緊急の調査を行わせるのが妥当と考えるが?」
 この町を実質的に動かす商人達はすこしの間沈黙していたが、やがてそれぞれのやり方で賛意を示した。
 大量の金貨を載せた龍が町を飛び立ったのは、それから10分後の事だった。

●交渉
「無茶言わないでください」
 龍と精霊門を使ってはるばるやって来たアル=カマル人に対し、開拓者ギルド係員は拒否の姿勢を隠さなかった。
「危険に見合った報酬は提示できると思いますが?」
「参加者全員未帰還の可能性が高い依頼なんて請けられません」
「いやいやご冗談を。開拓者の実力と実績は遠くアル=カマルまで聞こえて来ています。この程度のことは」
「砂嵐の中に突入してアヤカシがいるかどうか確かめるなんて無茶依頼、出せるとお思いで?」
 交渉人と係員は双方とも柔らかな笑顔を浮かべているが、部屋の中の雰囲気は非常に殺伐としていた。
「ふむ。我々が望んでいるのは悪天候時に悪天候以外の脅威が存在しないかの確認、及び存在した場合の排除です」
「参加開拓者に撤退の判断を完全に任せることと、地理に詳しい案内人の同行が最低限の条件です」
「はっはっは。それでは派遣回数が多くなりすぎるかもしれませんな?」
 両者が妥協点を見いだすためには、夜通しの交渉が必要だった。

●偵察依頼
 ある交易経路をたどり、悪天候の際に脅威となる存在が現れるかどうか確認して欲しい。
 開拓者が全力で駆け抜ければ日の出に出発して夕刻には目的地である町につける程度の距離しかないが、複数の岩山が点在するなど障害物が多い地形であり、案内人抜きで移動するのは勧められない。
 今回案内につく案内人は、心身ともに強健ではあるがジン(志体)を持っていない。
 依頼中の事故死や戦死については本人も派遣元部族も覚悟しているが、経路の途中で迷うとどれだけ強力な開拓者であっても遭難しかねないことに注意して欲しい。
 昼夜の温度差に対応した服装や、野営用を含む各種装備や食料および飲料水は現地で支給される。
 仮に何も発見できなくても問題は無い。
 確実に生還し、脅威の有無を含む情報を持ち帰ることを第一に行動して欲しい。


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
ペケ(ia5365
18歳・女・シ
バロン(ia6062
45歳・男・弓
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
スレダ(ib6629
14歳・女・魔


■リプレイ本文

●交易路異常あり
 出迎えは、不自然なほど自然すぎた。
「俺はサムライのルオウ。よろしくなー」
 気さくに挨拶する実力派開拓者、ルオウ(ia2445)に応えるのは都市在住の下級役人と地元部族から派遣されてきた案内人だ。
 物資の受け渡し場所は商人が利用する宿や市からは離れており、一般の利用者が使う宿泊施設の一角にあった。
「何か気になることが?」
 ずしりと重い背嚢を受け取りながら、長谷部円秀(ib4529)が視線を横に向ける。
「この街の領主も必死だと思ってな」
 バロン(ia6062)は己の美髭に手をやりながら、鋭い視線で周囲を一瞥する。
 アル=カマル開拓者ギルドではなく天儀開拓者ギルドに依頼を持ち込んだのは、交易路で発生した問題に関する情報の拡散を防ぐためだろう。
 天儀からの開拓者一行を歓待も邪険にもしないのもその一環だ。
 バロンが役人に目を向けると、役人は必死に頭を下げ始めた。
「案ずるな。おぬし等の邪魔はせん」
 情報を伏せたまま何も知らない人間を危険地帯に送り込んでいるならともかく、問題の交易路は様々な理由をつけて事実上封鎖されている。
 ならば地域の政治や勢力争いにわざわざ首を突っ込む必要も無いだろう。
「バロンさんはこれを頼むです」
「うむ」
 バロンに重い背嚢を渡すと、スレダ(ib6629)は物資の確認および梱包作業を再開する。
 アル=カマル出身であるスレダの手つきは、天儀出身者のそれと比べて非常に手慣れていた。
「砂漠の嵐はどんなものでしょうね」
 円秀はゴーグルを装着すると、抜けるような青さの空を見上げるのであった。

●砂漠
「今から二刻後に強い風が吹き始めます。嵐になるのは日没一刻後ですね」
 2分ほど空を見上げて天気の変化を読んでいた玲璃(ia1114)が、市女笠を被り直しながら今後の気象変化を口にする。
「丸2日分の正確な気象情報、ですか」
 女性の案内人は、畏怖の視線を玲璃に向けていた。
 砂漠で長い時を過ごした案内人でも、地元でないと天気の変化を読むのは難しく、2日後の天気を正確に当てることはさらに難しい。
 しかしあまよみを使いこなす玲璃は、初めて訪れた土地でそれをやり遂げたのだ。
「話には聞いていましたが、天儀のジン(志体)持ちは予想以上に‥‥」
「もし。今日はどちらの場所で夜を明かすべきでしょう?」
 柔らかな声で玲璃が問いかけると、案内人は頭を切り換えて真剣な表情で返事をした。
「安全を重視するならもう少し進んだところにある洞窟です。ですがアヤカシが現れるのなら、1度戻ってから岩場で風を避けた方が良いかもしれません。洞窟周辺は地盤が弱いのでジン持ちの戦いに耐えられる場所が限られます」
「戻るしかねーですね。熟練のキャラバンがベストのメンバーで痕跡も残さず全滅ということは、アヤカシが原因である可能性がたけーですよ」
 出発前に聞き込みを行ったスレダは、原因がアヤカシであることをほぼ確信していた。
 他の面々もスレダの意見に異は唱えず、案内人はひとつうなずいてから向きを変えて元来た道、とはいっても既に足跡が消えつつある砂の大地を歩き始める。
「キャラバンが良く使ってたっていう洞窟も調べたかったんだけどねー」
 ペケ(ia5365)は両手を頭の後ろで組んで空を見上げながら、歩きにくい砂地をまるで堅い地面であるかのように歩いていた。
 胸を少し突き出す姿勢になっているので普段なら色っぽい光景だったろうが、今は日差しを遮るための装備を身につけているので胸もあまり目立たない。
「砂漠も案外歩きやすいですね」
 円秀がのんびりとつぶやくと、案内人は目を剥いて振り返る。
「そ、そんなこと無いですよ? これがあるからですよ?」
 案内人は足下を指さす。
 その足には降雪地帯で使われるかんじきを改造したものが装備されており、片手には雪上の活動用に造られた杖がある。
 いずれも玲璃が開拓者ギルドに提供させた装備である。
「以前遭難して砂漠を歩いた際、雪が振り積もった道を歩く感じでしたので」
 そう言ってにこりと微笑む瑠璃に顔を赤くしながら、案内人は咳払いをして表情を取り繕う。
「その履き物ではジン持ちの皆さんの全力にはおそらく耐えきれません。アヤカシに襲われた際には危険になりますので」
 戦闘には使えないということらしい。
 その後、岩場に到着して野営の準備を済ませた頃に風が強くなり、開拓者達は改造かんじきを外して戦闘に耐えうる履き物に変更するのだった。

●砂塵の中の死闘
「さぶい」
 ペケは防寒着を着込んだ状態で身体を震わせていた。
 玲璃の予測通りに天候が悪化していき、日没後は砂混じりの風が顔に痛いほど吹き付けてくる状況になっている。
 気温の低下に加えて強風で体温を奪われるため、体感温度は危険なほど低くなっていた。
「交代に来ました」
 ゴーグルを身につけた円秀が近づいてくる。
「お疲れー」
 ペケと一緒に見張りを務めていたルオウは手を挙げて出迎える。
 ルオウが手にしている松明は強すぎる風に押されて吹き消される寸前で、既にほとんど役に立っていない。
「索敵範囲が狭まるな、これ」
「そうですね。音も伝わりませんし」
 彼等が警戒を行っている場所は、岩場にある大きな岩の上だ。
 そこから二十数歩ほど離れた岩陰に天幕を設置しており、そこでは案内人と当直にあたっていない開拓者が身体を休めているはずだった。
「次の交代で代わってもらいますね。これ、立っているだけで体力を使いますから」
 ペケは通常ならスキル抜きでも完徹を軽々とこなすが、この状況で普段通りの実力を発揮するのは無理があった。
「それは仕方がないさ。じゃ、後は頼‥‥」
 ルオウの目が、砂嵐以外の理由で細められる。
「何か動かなかったか?」
 返事をするより早く、円秀は心眼「集」を発動させてルオウの視線の先を確認し、ペケはその反対側と前後に注意を向けて不意打ちに備える。
「前方20歩にアヤカシ4。こちらが気づいたことに気づかれました!」
「俺が足止めする。皆を起こして案内人のねーちゃんと水の守りを頼む!」
 アヤカシの種類が分からない以上、相手が遠距離攻撃手段を持っている可能性も考慮に入れなくてはならない。
 ルオウは命綱として腰にくくりつけていた支給品の荒縄の状態を確認してから、危険を承知で視界がほとんど効かない砂嵐の中に踏み込んだ。
 仲間から数歩距離が離れるだけで、聞こえる音は砂音と己の心の音だけになる。
 五感の殆どが効かない砂嵐の中では容易に方向感覚が失われ、平衡感覚すら怪しくなっていく。
 素の精神力と背水心により、怖じ気づいて歩みが緩むことはないが、ルオウの理性はここが死地に限りなく近いことを確信していた。
 ルオウの優れた感覚は砂嵐の中でも接近してくる敵の位置を探り当てる。
「だぁっ!」
 片手で脇差「雷神」を構えて距離を一気に詰め、砂塵にまみれ朧気な視界に蠢く人影に刃を突き立てる。
 刃を通して伝わってきたのは、砂を穿つ感触に近い、しかし明らかにそれとは異なる感触だった。
「サンドゴーレムか」
 砂漠へ向かう前に案内人から説明を受けた、砂漠で現れる可能性があるアヤカシの中でこの感触があてはまるのはサンドゴーレムだけだ。
 常識外れの身体能力によって初めて可能になった連撃を、目の前にいるはずの敵に叩き込む。
 だが倒すには至らない。
 それどころか砂まみれ、いや、砂そのものから成り立つ拳に打たれ、手傷を負ってしまう。
 敵の反撃はまだ終わらない。砂塵の中での戦闘に慣れているらしく、1体がルオウの相手をしている間に他の3体がルオウの側面と背面を包囲しつつあった。
「後退を! そのままだと包囲される」
 雷の刃を放ちながら円秀が叫ぶ。
 砂嵐にほぼかき消されてしまったが、それでもルオウの耳には辛うじて届いた。
 連続で雷刃を叩き込まれた、ルオウの背後に位置する1体が姿勢を崩す。
 そこにペケが煙幕を展開しアヤカシの攻撃を妨害する。
「助かる!」
 ルオウはペケの支援のもと、命綱をたどることでなんとか元の場所へ向かうことができた。
「これは少し危ない気がしますねー」
 ペケは新しい松明に火をつけながら、難しい顔でつぶやく。
 足を止めての殴り合いなら時間はかかるが勝てる。
 しかし視覚と聴覚がほとんど役に立たない現状では、天幕に突っ込まれて水と案内人を駄目にされる可能性があった。
「下がれ! それ以上そこにいるとサンドワームに気づかれかねん!」
 後方から響いたバロンの叫びに、ペケ達は恐怖に近いものが己の心臓を撫でたような気がした。
 飛来した矢が、砂塵と強風に翻弄されながらも前進するサンドゴーレムに直撃する。
 着弾するたびに強烈な音をまき散らす矢は、物理攻撃に強いアヤカシ達に深い傷を与えていく。
 が、ルオウが大きな損傷を与えていた1体が崩壊したものの、残る3体は開拓者達の命綱がある天幕へ着実に続いていく。
「なんて頑丈な」
 雷刃を何度も放った結果、練力がほぼ尽きてしまった円秀は長曽禰虎徹を構え、敵を待ち受ける。
「あの3体以外は接近してくる様子はありません」
 ルオウの負傷を精霊の唄で癒した玲璃は、瘴索結界「念」による索敵の結果を口にした。
 どんな理由で近づいてこないのかは分からないが、今はとにかく天幕を守るしかない。
「ようやく視界に入ってきたですよ」
 眼鏡の奥で目を細め、スレダはようやくサンドゴーレムを視界にとらえた。
 効果があれば幸運と思いつつ、激しい眠りをもたらす呪文を高速で詠唱し、迫り来るアヤカシに対して解き放つ。
「ほう」
 バロンは矢を放つ寸前で動きを止め、口元に笑みを浮かべていた。
 3体のうち2体が動きを完全に止めているのだ。
 残る1体が揺り起こそうとするが、スレダが再度呪文を詠唱すると意識を取り戻しかかった1体ごと深い眠り落ちてしまう。
 それから始まったのは戦闘ではなく作業だった。
 至近距離にまで近づいて数人がかりでコアを打ち砕くことを3度繰り返すだけで、下級アヤカシとしてはかなりの強さを誇るはずのサンドゴーレム隊はあっさりと全滅したのだった。

●報告
 砂嵐が収まるまで警戒を続けた開拓者達であったが、結局サンドゴーレム以外のアヤカシは近づいてこず、砂嵐が収まったときには敵の気配は完全に消えてしまっていた。
「水の浄化が完了したですよ」
 多かれ少なかれ砂が入り込んでしまった水筒をキュアウォーターで浄化したスレダが手渡していくと、さすがに疲労の色が濃い開拓者達は安堵の表情を浮かべて受け取っていっていた。
「進路はこう。速度は全力移動並みだった」
「間違いなく大砂蟲(サンドワーム)です。なんてこと‥‥」
 砂嵐の中での索敵結果をバロンから聞いた案内人は、今にも卒倒しそうなほど顔を青くしていた。
「それだけではない。鏡弦の索敵範囲の最も上に、一度ではあるがアヤカシの反応があった」
 バロンが言うには、砂嵐の中、高空を行くアヤカシがいたというのだ。
「凶光鳥?」
 そんなことができそうなアヤカシの名を口にした案内人の顔は、生きている人間と思えないほど白かった。
「報告書を提出するまでが仕事です。安全に帰りましょう」
 玲璃が微笑むと、案内人は壊れた人形のように何度も首を上下させるのだった。