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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 「あちー」 開拓者ギルドの奥で資料の確認をしていた係員が、椅子の上でだらしなく手足を伸ばす。 「勤務時間中ですよ」 未だギルドの制服を着ることは許されていないものの、勤務態度が評価されつつあるからくりが苦言を呈しつつ水出しの茶を差し出した。 「ありがとー。けど暑いのは暑いのー」 上着を脱いでほとんど肌着になった係員が、地図だけは汚さないよう自分の手を布巾で拭き、その上で茶碗を受け取る。 「見慣れない資料です。何か特殊な案件を手がけているでのしょうか」 地図や資料を直接見ないようしながら、かのかは己の保護者に問いかけた。 「いや全然。条件があわなくて依頼にならなかった相談の再確認とまとめ作業やってるだけ」 係員は行儀悪く音を立てて茶を飲み干す。 「見る?」 「地図は軍事上の機密なのでは?」 呆れた視線を係員に向けてから、開拓者ギルド同心見習いは興味津々な態度で地図を覗き込んだ。 人口密度が極端に低い原野に見えるが、違和感がある。 「どこの地図か分かる?」 空の茶碗を自分の口の上で逆さまにしながら、表情だけは真面目にして質問してきた。 「はい。都から遠く離れた辺境、おそらく冬が厳しい地方だと思います。それ以上のことは、分かりません」 申し訳なさそうに頭を下げる。が、問いを行った係員は実に嬉しそうに何度もうなずいた。 「かのかの頭が良すぎて困るわー。困っちゃうわー」 えへへとだらしなく表情を緩める親馬鹿である。 「正確にはジルベリアの一地方の…まあ、辺境ね。冬は厳しいけど夏は緑一杯ですごく綺麗みたいよ。交通の便が悪くて観光地にはならないだろうけど」 からくりはしばらく考え込んでから、極自然な疑問を口にした。 「そんな場所からもギルドに相談があるのですか」 「あるのですよ」 係員は冗談っぽく言ってから、一転して真剣な表情になる。家族の団欒はここまで。ここからは仕事の時間だ。 「夏は熊、鹿、鳥が集まる場所なのだけど、泥濘が広範囲に広がっていて猟師達も侵入しづらいのよ。地元領主も熊とかの強力な動物を排除してこの土地を利用したいわけだけど」 本拠地から離れた場所に兵力を長期間派遣するわけにはいかず、ジルベリアの開拓者ギルドに駆除と拠点整備について相談をしたらしい。しかし条件面で折り合わず、相談の記録が流れ流れてここまで来た、らしい。 「かのか1人でも、秋まで頑張れば達成できる依頼よ。請ける?」 一応、相談者は今でも依頼する意思はあるらしい。 「請ける方がいないのであれば喜んで。でも、もしよければ…」 被保護者の願いを聞き入れ、係員は正規の、ただし報酬の低い依頼としてこの件を公開するのだった。 |
■参加者一覧
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
寿々丸(ib3788)
10歳・男・陰
常磐(ib3792)
12歳・男・陰
ベルナデット東條(ib5223)
16歳・女・志
スレダ(ib6629)
14歳・女・魔
にとろ(ib7839)
20歳・女・泰
ラビ(ib9134)
15歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●出発前に 「安全を確認しました。そのまま降下を続けてください」 伸ばせば足下まで届く美髪を背中でまとめたメイドが、旗を振って上空の龍を誘導する。 巨大な荷物を抱えた龍は、上空の強風でふらつきながらゆっくりと高度を下げ来ていた。 「もう少しですぞ!」 寿々丸(ib3788)が手を振ると、龍は気合いを入れて翼を上下させ、荷物にほとんど衝撃を与えず着地することに成功する。 「おつかれさまなのですじゃ」 龍の首筋を撫でて褒めてやりながら、寿々丸は多種多様な同行者達に改めて目を向けた。 別の龍から巨大な岩を平然と受け取って荷造りを始めているほっそりした女性(茜ヶ原ほとり(ia9204))もいれば、調味料等の確認をしている少年(常磐(ib3792))もいるし、山積みされた資材の上で丸まって寝ている猫、ではなく猫っぽいにとろ (ib7839)もいる。 開拓者7人中4人が獣人という特徴的な面々だが、寿々丸が今注意を引かれているのはメイドともう1人だった。 「レイシー殿と華乃香殿は…」 丁寧な口調で尋ねると、ログハウス用の木材の確認をしていたメイドと旅装の少女が顔をあげた。 前者は整いすぎた容姿が生気を感じさせず、後者は顔立ちが悪くはないが勤め人風で華がない。 一見正反対に見える両者の体には、からくりであることを示すパーツの切れ目がついていた。 「どちらもからくりなのですよね?」 寿々丸が問いかけると、2人のからくりは視線で譲り合い、結局レイシーが代表して答えた。 「はい。私がお坊ちゃまのからくりで、かのかが開拓者同心のからくりになります」 性格は違っても相性は良いらしく、既に詳細な情報交換を済ましているようだ。 「おぼっちゃま?」 唐突に目覚めたにとろが猫耳をぴくりと動かし、資材の山から身を乗り出してラビ(ib9134)の顔を覗き込む。 「ち、ちがっ…。レイシー!」 とっさに止めようとするものの、レイシーは繊細な男の子の心理を理解できるほど精神的に成長していない。 にとろ以外の女性陣からも生暖かい視線を向けられ、ラビの顔が真っ赤になる。 「ほとりさん、ベルさん、レダちゃん、からかわないでください!」 わざとらしく小声で会話するふりをする女性陣に、ラビは涙目で降参するのだった。 ●到着 「これなら」 常磐(ib379)は民家が一軒建つ範囲の草むしりを終えてから、身軽な動きで立ち上がり大きく伸びをする。 他の場所とは違って草を抜いても水が染み出して来ないし、思い切り踏んでも崩れたりしない。ここなら依頼の建物を造ることができるだろう。 「水車の部品はどこに置いたですか?」 衣装の下から包帯が覗いているスレダ(ib6629)が、設計図を微修正しながら皆に問いかける。 「多分この下だな」 常磐は資材の山に近づき、資材運搬用の頑丈な縄を外していく。 「寿々、そっち持て」 「わかったであります。まずは杭打ちですな。この地形だと高床式しかないでありますよ」 得意分野だからか、寿々丸は普段より饒舌だ。 「杭打ちか。材料はあるのか?」 資材の引き渡しのときに会った依頼人は開拓者の行動を制限する気はないと言ってはいたが、凝った建物についての知識もその材料を用意する気も無さそうだった。 「えっ…と」 表情を曇らせる寿々丸を見て、常磐は歩みを止めず背後に目をやる。 「ベルナデット」 「了解」 休憩していたベルナデット東條(ib5223)は立ち上がり、設計図を書き終えたスレダに相談してから木材の山に向かう。 殲刀「秋水清光」を両手で構え、鋭く短い呼気と共に刃を振るう。 「またつまらぬ物を伐ってしまった…といえば様になるのかな?」 丸太の先端部分から複数の破片が滑り落ち、鋭い先端部分が現れる。 開拓者達は苦労して運んできた資材を盛大に使い、しばらくの間自分たちの拠点となる建物を造り始めるのだった。 ●ただいま工事中 「雪ですかー」 ジルベリア出身のラビから話を聞き、寿々丸は深くうなずいた。 過酷な寒さに容赦の無い積雪など、経験者が語るジルベリアの冬は壮絶だった。 ラビの建策によりログハウスの設計図はさらに変更され、柱は雪の重みに耐えるため分厚く、屋根は雪の重さを受け流すため角度を増すことになる。 「いきますっ」 地面に置かれた屋根用の丸太が、寿々丸が生じさせた白い壁に押されて高度を上げていく。 それを途中でほとりとベルナデットが受け取り、くみ上げる途中の屋根にはめ込む。 何故女性2人が一番体力的に過酷な工事を担当しているかというと、単純に2人がこの中で最も力が強く、背も一二を争うほど高いからである。 「味付けは塩と味噌どちらが良い?」 近くの沼で魚をどっさり釣り上げて来た常磐が、魚を串で刺し貫きながら問いかける。 「たたきで」 冷静沈着な態度を崩さずに、ほとりは反論を許さない口調で断言した。 「承知した。焼き上がる頃には終わらせろよ」 常磐は火を熾し、軽く味を付けてから魚の串を焼き始める。 そんな魚を、にとろが飢えた猫の目でじっとみつめていた。 ●翌朝 「男手が増えると出来ることも多くなるで…」 スレダのセリフが突然止まり、小さな体がびくんと震える。 寝室でもかけている片眼鏡の下で、澄んだ瞳にみるみる涙が溜まっていく。 「無理はしちゃ駄目だよ」 ほとりはスレダの包帯を外してから綿布を取り替え、濡れタオルで小さな体を拭いてから真新しい包帯を巻いていく。 動きの邪魔にならず体の負担にならない巻き方は、ほとりの人体に対する深い知識を伺わせた。 「分かったです」 スレダは涙目でうなずき、完成したログハウス内に張られたハンモックに潜り込む。建物の材料の輸送を優先したためベッドや布団の用意まではできなかったのだ。 「ふふっ」 部屋を出るほとりの頬が緩んでいく。 寝室の隣は台所であり、義妹と共に仕留めた肉が大量に準備されていた。 スレダの指揮で寿々丸が作った簡易揚水水車により、部屋の中にまで新鮮な水が引き込まれている。 ほとりは自分の手と調理道具を丁寧に洗ってから、良く血抜きされた熊肉に包丁を通し、臭みが気にならなくなるまで調味料と塗り込んでいく。 「おはよ、お姉ちゃん」 起床後に外の警戒をしていた ベルナデットが台所に入ってくる。 「まだ時間がかかるから待っていてね。常磐さんが作ってくれた魚の一夜干しならそこにあるけど」 狭い台所で手伝おうとしても逆に邪魔になると判断し、ベルナデットは首を横に振ってから食器の準備を始める。 「旅も長くなったけど、気づいたら旅仲間ができたね」 ベルナデットがぽつりと呟くと、ほとりは微笑みながら口を挟む。 「大切な、って言葉を省かなくてもいいと思うよ?」 「もう、お姉ちゃん」 妹は照れたように笑い、調理を続けるほとりの背中をじっと見つめていた。 ●その夕刻 「凄いな、また熊狩って来たのか」 常磐の言葉に、姉妹は疲れ切った顔で首を左右に振った。 「血抜きと解体はやっておく。休んでおけ」 「サウナもようやく組み上がったですよ。石も熱くなった頃ですし、お先にどうぞ」 スレダが勧めるとと、ほとり達はスレダの両方の腕をそれぞれ抱え上げ、組み上がったサウナのもとへ消えていった。 「覗きに来たら駄目ですよ?」 「覗きません!」 ラビは、スレダのからかい混じりの忠告に真っ赤になって反論する。 「ラビ殿、顔が赤いですか何か問題があるのですか?」 寿々丸が真顔でたずねると、ラビは耐えきれなくなって熊の解体を開始する。 地面に立てた太い柱に吊し、血管を切って血を抜いていくと同時に傷みやすい部位を取り除いていく。 「これは」 大柄の熊を見上げ、かのかは遠い目をしていた。 何度も見せられて血にも解体にも慣れた。が、熊肉料理のレパートリーは既に尽きている。 「今日は肉の臭み消しを多めに入れて熊鍋にするか。茜ヶ原もリクエストしてたし。…あと1日早ければ燻製小屋に入れられたんだがな」 現在燻製小屋は鹿肉の加工中である。鹿の燻製肉の完成後さらに熊肉を入れた場合、出来上がる前に依頼期間が過ぎてしまうだろう。 「これで良し。肉の熟成が出来ていないのは勘弁してもらおう」 手にべっとりとついた血と脂を洗い流してから、肉と野菜がみっちり入った土鍋を火にかける。後は待つだけだ。 料理をしている間に日は沈み、空を見上げると無数の星々が視界を埋め尽くしていた。 遠くから聞こえてくる華やかな笑い声は、サウナの中の女性陣のものだろうか。 「ラビはジルベリアの生まれなんだよな? 面白い話があれば聞かせてくれよ」 常磐の言葉を聞き、寿々丸が期待に満ちた目をラビに向けてくる。 「何が面白いかちょっと分からないですけど、そうですね」 ラビは厳しくも美しい冬を語っていく。やがて女性陣も合流し、ラビの話を肴に料理を楽しむのだった。 この翌日、熊の骨を拠点から離れた場所に埋葬し、開拓者は足取りも軽く帰還していった。 ●その後 大雪への備えが万全の大型ログハウスに、小型燻製小屋に水車にサウナ小屋。 以上が開拓者が完成させた建造物である。 猟師に対する脅威となる熊もほとんど狩られてしまったため、開拓者が天儀に戻った後、猟師は生態系を狂わせないため動物達を大量に狩るしかなかった。そのお陰で猟師だけでなく大勢の人間が潤ったため、開拓者に対する感謝の言葉は聞こえても非難の言葉は聞こえなかった。 開拓者が大量に作った燻製、干し魚、一夜干しは領主に納められ、最終的には報酬等として半分近くが天儀に送られたらしい。 |