【貧乏旅行記】急斜面
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/23 01:58



■オープニング本文

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 傾斜が60度に達する岩肌の斜面。
 かつてそこには、高い山々に点在する村と村を繋ぐ道が通っていた。
 岩を強引に削って作った、2人並んで通ることもできない道ではあったが、その道は山中に住む人々にとっての生命線だった。

 開拓者ギルド同心見習い、からくりの華乃香は困っていた。
 小鬼程度なら無傷で倒せる戦闘力を買われて僻地への伝令業務に携わっていたのだが、このままでは見習いの地位も返上してこの地に骨、というかパーツを埋めることになりそうだった。
「困りました」
 村の人々からお土産に持たされた薬草が入った背負い袋の位置を直し、むむむと意識して難しい表情をつくる。
 昨日吹いた強風で落石でも発生したのか、細い道が数十歩ほど削り取られていた。
「こちらの斜面からなら麓の山でも見えるはずですから…」
 都の片隅にある小さな自宅に帰れる。きっと救助は来ると自分に言い聞かせながら、かのかは狼煙の準備をするのであった。

 華乃香遭難の報を聞き、その日の業務を放り出して救助に向かった馬鹿がいた。
 どのあたりが馬鹿かと言うと、現地に詳しいわけでもない、非志体持ちでもないただの人間(しかも最近体力が落ちてきているお年頃)が行っても役に立たないのだ。
 実際、道の切れ目まで行ったところで「岩肌を削る装備もハーケンもザイルも持ってきていないなら帰って下さい」と華乃香に言われて傷心状態で帰ってくる羽目になった。
 直接迎えにいったとき華乃香は輝くような笑みを浮かべていたが、色々残念で視力も良くない係員は全く気付いていなかった。
「かのかー、かえってきてー」
 減給処分をくらったギルド係員は、半泣きで依頼票を書いていった。

●依頼
 高山の斜面の道が壊れた。
 手段は問わない。なんとか回復させて欲しい。


■参加者一覧
茜ヶ原 ほとり(ia9204
19歳・女・弓
ベルナデット東條(ib5223
16歳・女・志
スレダ(ib6629
14歳・女・魔
にとろ(ib7839
20歳・女・泰
棕櫚(ib7915
13歳・女・サ
ラビ(ib9134
15歳・男・陰


■リプレイ本文

●ふもと
「おおきいっ」
 棕櫚(ib7915)はきらきらした目で山を見上げていた。
 山は、長時間見続けると首が痛くなりそうなほど高い。
「茜ヶ原さん、東條さん、荷物はこれで構いませんか?」
 棕櫚の後ろでは、ラビ(ib9134)がここまで引いてきた荷車から荷物を下ろしている。
「はい」
 茜ヶ原ほとり(ia9204)は最低限必要な返答のみ行って背嚢を受け取ってから、周辺および上空の警戒を開始する。
 依頼遂行に己の全てを傾けているせいか、今のほとりからは感情をほとんど全く感じ取ることができない。
 ベルナデット東條(ib5223)はラビから受け取った背嚢の中身を確認し、受付に頼んだ物が入っていなかったことに気付く。
「野草図鑑はある?」
「ええと…」
 食料や資材等の荷物は、出発の直前にまとめて渡されている。その後は速度最優先でここまで来たため、荷物の確認が不十分になってしまっていた。
「ええと、多分、これかな」
 ラビは尋常でなく重いつるはしを退け、極めて頑丈な、宝箱と称しても違和感のない箱を取り出す。
「ああ、これは貴重品だね」
 箱の中身を確認し、ベルナデットはため息じみた吐息を漏らす。
 この山地に生える食べられる野草が載っていれば十分だったのだが、その条件に当てはまるのは学者が使う水準の図鑑だけだったらしい。
 ベルナデットは食用の項目にだけ目を通して頭に叩き込むと、図鑑を箱に戻して背嚢の中に入れるのだった。
「私の荷は…」
 スレダ(ib6629)がラビの顔を覗き込むように見上げると、ラビはほとんど一瞬で赤面し動きがぎこちなくなる。
「す、すすす、スレダさんの荷物はっ」
「どこか悪いですか? かのかは1日2日遅れた程度でどうにかなるタマじゃねーですから、調子が悪いなら少し休むですよ」
「い、いえ大丈夫です!」
 全くこちらを意識していないスレダに少しの不満と大きな憧憬を感じながら、ラビは深呼吸してなんとか落ち着きを取り戻す。
「こ、この前は、その…、お膝貸してくれて、ありがと、です…っ!」
 ひゅーひゅーと、にとろ(ib7839)が棒読みで囃し立てていた。
「あー」
 なにこの甘酸っぱい展開、と内心困惑しながら、スレダはほとんど表情を動かさずにぽんとラビの肩を叩く。
「依頼中のことを気にしてたら身が保たねーですよ」
「はい…」
 スレダの大人な返答に、ラビは兎耳をしおれさせるのだった。

●三合目
「せまい! 急だー!」
 大型で異様に分厚い総鉄製つるはしを複数背負い、棕櫚は小さめの身長の割に長く細い足を高速で動かしていた。
 ふもとでは荷車を通せるほど広かった道は、既に2人並んで歩けないほど狭くなっている。
「左後方」
「了解。反対側を警戒する」
 ほとりは鋭い感覚を活かして遠くを飛ぶ怪鳥を見つけ、運ぶのが大変な大きさの弓で矢を放ち、確実に撃ち落としていく。
 その間ベルナデットはほとりの背後と周囲を警戒し、敵の奇襲に備えている。
「…かのかさん、大丈夫かなぁ。」
 この面々には少しは慣れてきたとはいえ、男が自分1人というのはかなり精神的に厳しい。ラビは空高く舞う普通の鳥を、どこか羨ましげに見上げていた。

●五合目
「すれだ〜。あきた〜」
 最初の脱落者は棕櫚であった。
 延々と岩肌と細い道が続いた結果、すっかり飽きてしまったのだ。絶景ではあるが変化に非常に乏しいため、仕方がないのかもしれない。
「はいはい。飽きたなら食料調達をするですよ」
 ぺたりとくっついてくる棕櫚をあやしながら、棕櫚の腰につり下げられた獣用罠に目を向ける。
「んー。りょーかーい」
 棕櫚は手際よく小動物用の罠を斜面に仕掛けていく。
 地図が正しいなら、ここから事故現場まで歩いて1時間程度のはず。食事時に罠を確認しに戻ることは可能だろう。
「植物自体あまり生えていない。何か獲れないと食事が寂しくなるな」
 図鑑が無ければほとんど手に入らなかっただろう。美容に悪い食事を避けることができて、内心ほっとしているベルナデットであった。

●事故現場
 ほとりが空鏑で甲高い音を響かせると、数秒遅れで声が響いてきた。
 遠くて聞き取りにくいが、この声には聞き覚えがある。
「かのか」
 ほとりの瞳に一瞬だけ感情が浮かぶ。
「うわっ。岩で塞がれたのじゃなくて、岩で道が削り取られたのか」
 先頭に立っていた棕櫚が、真新しい崖崩れの跡に気付いて驚きの声をあげる。
「岩肌を削って道を造るしかないな。棕櫚殿」
「よおっし、任せろ!」
 ベルナデットと棕櫚は、己より重いつるはしを振りかぶる。
 狙うのはかつて道があった斜面ではなく、まだ道がある斜面の岩肌だ。山を貫通して隧道を造るのではなく、山の一角を粉砕して安全な場所を造るという、開拓者以外には為し得ぬ無茶な工事が開始された。

●工事完了
「今回は私が筋肉痛ですか」
 荷車を解体して出来た資材で新たな斜面の補強を終えたスレダは、力なくその場にその場に座り込んだ。
 全身が熱を持ち、両足が己の意志とは無関係に小刻みに震えている。
「ようやく体をのばせるでにゃんす」
 そんなスレダの横で、にとろが地面に寝そべっていた。
 数日前まで巨大な山の斜面であったそこは、今では一軒家を建てられる広さの岩棚と化していた。
「兎肉も山菜もあきたー」
 火の番をしながら、棕櫚は少し暗い目で罠にかかった兎の解体を行っている。
 棕櫚と共に岩壁工事を主導したベルナデットは、今はつるはしをのみに持ち替えて細かな作業を進めていた。
 ほとりは仲間全員を援護できる位置で弓を手に待機し、ラビは力尽きたスレダから杭とロープを受け取り、山肌に打ち付けることで山道の安全を確保している。
 作業と同時に人魂による偵察も行っていたラビは、新たな道の向こうから近づく人影に気付き、腹の底から歓喜が沸き上がってくるのを感じた。
「ご無事でしたか…っ」
 いつの間にか、両の瞳から熱い物が零れていた。
 かのかとは工事中に何度か顔をあわせてはいるが、道が繋がった状態で、触れあえる距離で向き合うのはこれが初めてなのだ。
「良かった」
 かのかの無事を確認し、周辺のアヤカシの駆除完了にある程度の確信を持てたほのかは、ようやく冷淡な無表情の仮面を外すのだった。

●ガールズトーク
 真夜中の山肌に強い風が吹き付ける。
 成人男性でも吹き飛ばせそうな風は、しかし平坦な岩肌に建てられた頑丈な壁に防がれる。
 スレダが建てた石壁に囲まれた安全地帯で、開拓者達は盛大なかがり火を焚いていた。
「今回は報酬に期待できるな!」
 棕櫚がにかりと笑うと、かのかは曖昧な笑みを浮かべてそっと視線を逸らす。
 今回報酬を支払うのは周辺の村や領主なのだが、彼等は気は良くても財布が薄いのだ。
「それはそうと」
 にとろに外の警戒を引き継いでもらったほとりが、お仕事モードから日常モードに切り替わった状態で顔を出す。
「恋バナとか! いいと思いません? 一番手はスレダさんでどうでしょうか」
「もう、ほとりおねえちゃんってば」
 ベルナデットは顔を赤くしてたしなめる…ふりはしているが、非常に興味があるようでスレダに期待に満ちた視線を向けていた。
 かのかに至ってはござの上に正座して拝聴する体勢だ。
「おめーら心底元気ですね」
 スレダは半眼になるが、盛り上がる女性陣に精神的な冷や水をかける気はなかった。
 途切れた山道を回復させるだけでなく、途中で宿泊可能な新たな地形まで造りあげたのだ。はしゃぐのも正当な報酬のうちだろう。
「私はまだちっこいんです。キャラバン時代に見聞きしたことが混じってもいいですね?」
 皆がそれぞれのやり方で同意の返事を返すと、スレダの口元に人の悪そうな笑みが一瞬だけ浮かぶ。
「それじゃ踊り子のおねーさんがいい男を捕まえるまでを具体的に」
 情熱的で純情、当然のことながら肌色成分が9割越えの実話が披露されていく。
 最初に倒れたのは華乃香。頭への負荷かかかりすぎ、一時的に機能を停止してこてんと横に倒れてしまう。
 次に倒れたのは棕櫚。興味がわかないらしく、抱き枕がわりにスレダに抱きついて寝入ってしまう。
 残る3人の若人は、夜が明けるまで一言もしゃべらず話に集中するのだった。

●翌日
「く…くぅっ」
 真っ赤になったベルナデットが全速で山道を駆け下りていく。
 目を開いても、目を閉じても、昨晩聞いた話が脳裏に再生されてしまう。
 途中で聞くのを止められなかったのに自己嫌悪という面もあるし、なにより…。
「ベルちゃん、ここで走ると危ないよ」
 安全な道をゆっくりと歩く義姉が、心配そうに話しかけてくる。すると脳裏の女性が義姉に切り替わってしまう。
「ごめんなさいっ」
「ベルちゃん?」
 妹は速度を緩めず走る。
 彼女が再び落ち着きを取り戻すまで、数日かかったという。