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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 依頼をするつもりで開拓者ギルドを訪れたものの、危険に応じた報酬を支払えないため虚しく去っていく者がいる。 そんな依頼にならなかった相談が載っている資料を調べていたギルド係員は、ふとあることを思いつく。 「成功報酬にすりゃいいんじゃね、これ。最悪でも装備捨てて泳いで帰ってくれば良いだけだし」 手元にある資料には、離島への物資輸送についての相談が載っていた。 「けど、この付近でアヤカシの目撃情報があったような。条件悪い依頼になるけど、うけてくれる人もいる、といいなぁ」 ●求む。船乗り 天儀に離れ小島が存在する。 龍なら1刻で本土と往復できる距離にある島なのだが、気流と海流の影響で海路をいくと非常に時間がかかるのだ。 食糧に関しては自給自足が成り立っているものの、小さな島に鉱脈などは存在せず、また森林資源も限られているため必要な物資が多い。 なので不定期でも良いから物資の補給が必要な訳だが…。 「行きが2日。積み卸しに1日。帰りが3日ですか」 開拓者ギルド同心見習いの華乃香は、積み荷のリストを何度も確認し、これは係員の冗談ではないかと思う。 行き来の使う船は小さくはないものの、大量の鉄製品と木材を積み込むと余裕は殆ど無い。 具体的に表現すると、乗組員の食糧は船上の釣りで全てまかなうしかなくなるのだ。 「帰りは…もっと酷いのですけど」 離島で大量に生産された干物を、船倉だけでなく甲板にまで積み上げて運ばなくてはならない。 今の時期は波も風も穏やかだそうだが、乗組員が寝る場所の確保さえ難しい状態でどうすれば良いのだろう。 「最悪、アヤカシに襲われたら船を放棄しても構わないから。積み荷が台無しになろうと船が沈もうが賠償しなくて良いって条件だし」 係員は軽い口調で説明する。 「良いのですか?」 道義的にも開拓者ギルドの信用的にも拙いのではないですかと目で問うと、係員は一見気楽な、よく見れば諦めに近い感情を平凡な顔に浮かべて答える。 「残念ながらこれが一番ましな選択よ。緊急性も無いのに高難度低報酬の依頼開拓者に回すのは良くないでしょう? 命の危険もある訳だし」 華乃香がうなずくまでに、長い時間が必要だった。 ●各種条件 食事は水と釣り竿が支給されます。 積み荷の4分の3(甲板に係留されるのが全体の4分の1です)が無事だった場合、通常の依頼よりは安いですが報酬が支払われます。 海上では確実にアヤカシに襲われると思われます。 持ち込む荷物が多いと寝る場所の確保すら難しくなります。 最悪の場合は船を放棄して泳いで陸地まで帰還可能です。ただしその場合、装備または携帯中のアイテムを喪失する可能性があります。 |
■参加者一覧
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
ベルナデット東條(ib5223)
16歳・女・志
如月 瑠璃(ib6253)
16歳・女・サ
スレダ(ib6629)
14歳・女・魔
にとろ(ib7839)
20歳・女・泰
棕櫚(ib7915)
13歳・女・サ
華角 牡丹(ib8144)
19歳・女・ジ
ラビ(ib9134)
15歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●過ぎたるは及ばざるがごとし 海面から角が飛び出た次の瞬間、盛大な水しぶきをあげて棕櫚(ib7915)が飛び出してくる。 「とったぞー!」 激しく抵抗する大振りの鯛を両手で掴み、きゃっほーと歓声を上げながら再度水しぶきをあげて海に戻る。 船上の華乃香は包丁とまな板を小脇に抱えたまま舷側から身を乗り出す。 精一杯右手を海面に伸ばすと、にゅっと突き出した小さな手がからくりの手をしっかりと握りしめた。 「いきます」 見た目はただの少女でも、からくりである彼女は普通の成人男性を上回る体力を持つ。棕櫚は無造作に海中から引き抜かれ、宙でくるりと一回転してから危なげなく甲板に降り立った。 「ありがとーかのか! これあげる!」 棕櫚は目をきらきらさせながら華乃香に鯛を渡す。 かのかは仕方ないなぁと、子供か妹を見る目をしながら受け取った。 そして絞め、ざっと鱗を削いでから頭を落とし、わたとりから三枚に下ろすところまで異様に慣れた手つきでこなしていく。 「御座敷でも滅多にみられない逸品でありんすなぁ」 静かに海面に釣り糸を垂らしていた華角牡丹(ib8144)が、柔らかに微笑みながら鯛を褒める。 調理の腕に関しては、残念ながら牡丹から見ればまだまだ発展途上である。 「5つめだぞ!」 えへんと胸を張る棕櫚に、真剣な目つきで鯛を注視する華乃香。 「お陰様でこれまで触れることもできなかった食材に挑戦できます。…他の魚では経験があるのですけど」 かのかの表情はほとんど動いていない。しかし喜んでいる気配は強烈に感じられた。 新鮮な魚の匂いに気付いたのか、帆がつくる影で丸くなっていた猫が起きあがる。 全長1メートルを超えるその猫は、まるごとにゃんこを可愛らしく着こなした茜ヶ原ほとり(ia9204)だ。 清潔な手ぬぐいで顔を拭いてから、積み上げられた鉄塊の隙間に手を伸ばす。しばらくして肉球付の両手で引き出されたのは、一応開拓者ギルドの備品である七輪であった。 いくつか炭を入れて着火すると、中々良い炭らしく見る間に赤くなり強い熱を発する。 そのまま甲板に固定し鉄製の網を載せ、醤油だけで味付けされた鯛の切り身が網の上に並べられていくのを静かに眺める。 現在見張り担当中のにとろ(ib7839)が、銀の猫耳を忙しなく動かす。 染み出た鯛の脂が炭にあたって弾ける際の音と香りは、経験を積んだ開拓者の心を惑わすほど蠱惑的だった。 「ん…」 にゃんこ、もといほとりに膝枕してもらっていた1人のにゃんこが声をもらす。 ほとりの両膝に顔を埋めてほとんど身動きしていないので、起きているのかどうかかよく分からなかった。 「ベルちゃん、そろそろご飯だから起きて」 ベルナデット東條(ib5223)は昨晩の見張り担当だったのでもう少し寝させてやりたいが、1人だけ冷めた料理を食べるのも辛いだろう。 ほとりが優しく肩を揺すってやると、ベルナデットは幸せそうな顔をしたたま口を開いてしまった。 「おねえちゃん、もうはいらないよ…」 棕櫚が首をかしげ、かのかは何故か真っ赤になり、牡丹がくすりと微笑む。 ほのかは小さく息を吐くと、細く長い指で妹のこめかみをぐりぐりする。2人だけのときならともかく、誤解をまねく表現は教育的指導の対象だ。ちなみに、あの寝言の意味は「お魚料理ばかりで飽きてきたし無駄肉つけたくないから残して良いかな?」である。 「ほとりお姉ちゃん…」 完全に目を覚まし、涙目で見上げてくるベルナデットの顔を、ほとりはどこまでも優しく拭いてやるのだった。 ●美味しい! 網の上から半生の切り身をとり、棕櫚は白い歯を見せてかぶりつく。 「あちっ、んまー!」 これ以上ない鮮度なので半生でも実に美味い。 なのにどうしてわざわざ焼くかというと、昨日今日と三食魚なので、調理法に変化をつけないと飽きてしまうからだ。 「ひどいよおねえちゃん」 「もう謝ったでしょう?」 寝起きのせいか、少し幼い雰囲気の妹を宥めながらほとりは1皿受け取る。 「あーん」 「あーん」 そして一口大に切った切り身をベルナデットに食べさせてやる。 固めに焼かれた皮をかみ切ると爽やかな脂が口内で広がり、白身は噛めば噛むほど旨味を増していく。 新鮮すぎる鯛は、自宅に戻ってから魚料理を美味しく食べられるか心配になるほど美味であった。 「おねえちゃん、もう一度…」 酔ったのかそれ以外のものに酔ったのか、ベルナデットは濡れた唇を開く。 なお、こうしていちゃついている間も心眼「集」でアヤカシを警戒し、上空からこっそり忍び寄ってきた怪鳥は鉄傘を片手で開いて防いでいる。 「全く…。どうして食事時に襲ってくるかのう」 弓を手に取り立ち上がろうとするほとりにその場にとどまるよう言い置いて、如月瑠璃(ib6253)は刀を手に立ち上がる。途中、ベルナデットが相手をしていた怪鳥を処理してから舷側に向かう。 美味な香りが鼻腔をくすぐっているが、あまり食欲は刺激されない。 弓の弦を弾いたほとりからアヤカシの位置を教えられ、船首に移動してから見習いの刀を振り下ろす。 開拓者用装備として使えは最低レベル品ではあるが、瑠璃の力と精密な技で使えば、大気と水面を割る衝撃波を放つことも十分に可能だ。しかも支給品かつ未強化品なので、使い捨てにしてもあまり惜しくない。 「島についたら、せめて野菜が欲しいのう」 魚型アヤカシの破片が混じった水飛沫を横目で見ながら、瑠璃は刀を鞘に納めてため息をつく。 「陸地が見えましたっ!」 帆柱に上がって物見をしていたラビ(ib9134)が報告すると、誰からともなく拍手がわきおこるのだった。 ●上陸中 「おいにーちゃん、こっちの箱も運んどいてくれや」 桟橋に大量に積み上げられていく箱、箱、箱。 数時間におよぶ酷使で震えだした両手両足を気力だけで動かしながら、ラビはなんとか積み込みを継続していく。。 女性陣に良いところを見せようとした訳ではなく、唯一の男だから頑張らねばという少年らしい思いから手を挙げた彼。 女性陣が1人残らず魚以外の料理と風呂を求めて上陸してしまったのは、ちょっとだけ予想外だった。 一応かのかは残ろうとしたのだが、島の女性達に村長の屋敷という名の宴会場に連れて行かれてしまっている。 「にーちゃん、そろそろ飯にしようぜ」 むさ苦しい男達に差し出されたのは、雑で大きな握り飯と商品にならなかった品だ。 「海老ですか。大きいですね」 素直に礼を言って、木皿から半分に割れた海老を摘む。 「え?」 予想外の軽さに改めて海老を見ると、それは生海老でもそれを調理したものでもなく、干し海老だった。 「て、手のひらからはみ出る大きさって」 囓ると口の中の水分が吸い取られるが、染み出す味は濃厚かつ複雑だった。 「作るのが面倒くさい上に壊さず運ぶのが難しい品だからなぁ。都までたどり着ければ高値で売れるんじゃね? 正直味は小さいのと変わらねぇけど」 都における高級品を、ラビは恐る恐る口にしていった。 ●帰路 強固な殻を拳が貫く乾いた音が、闇の支配する海上に響き、消えていった。 アヤカシへの対処の終えた牡丹は瑠璃から借りた松明を返してから、舷側にわずかに空いた隙間に体を滑り込ませる。 少し悪天候になれば沈みかねないまで積み込まれた商品達のせいで、寝るための空間を確保することすら難しくなっていた。 そんな環境の悪い甲板上で、地獄と極楽の間をさまよう少年の姿があった。 「体が、熱いです…」 「誤解されやすい言葉を使うのが最近の流行ですか」 スレダ(ib6629)はラビの渾身の冗談を一言で切って捨てる。 島での荷の積み卸しから深夜の不寝番を精一杯頑張った結果、ラビは筋肉痛で倒れてしまったのだ。 「体調管理も仕事のうちですよ」 容赦なく攻め立てるスレダ。 しかし評価はしているようで、体を動かすのも辛いラビを膝まくらしてやっていた。 「かのかは船は初めてですか」 「はい。飛空船も含めてこれが初めての乗船になります」 白身魚をほぐしながら、かのかはスペースを節約するため立ったまま答える。 「意外ですね。かのかの親は教育熱心のようですから既に経験していると思ったのですが」 親と言われて一瞬誰のことか分からなかったようだが、保護者のことだと分かり実に嬉しそうな顔をする。 「となると他の儀への渡航経験も無しかの?」 暗い海面に釣り糸を垂らしたまま、瑠璃が声をかけてくる。 「ありません」 「ふむ…。ジルベリアの話を聞こうと思っていたのじゃがのう。まあ良い。スレダ殿、良ければ旅先での話など披露して頂けぬか?」 「私もジルベリア旅行の経験なんてねーですよ。どうしてそう思ったですか」 持続時間が切れかかったマシャエライトをかけ直しながら、スレダはじっと瑠璃を見つめた。 「旅慣れている感じがしたからじゃな」 「海についてなら話せることはあるです。アル=シャムスにも海はありましたから」 「私も聞きたいな」 船尾で警戒中のほとりの声が聞こえてくる。 「んー、そですね。やっぱ日差しが強いですよ。だから色んな物の傷みが早くて…」 穏やかな波に爽やかな風。 今も瑠璃が一本釣りで釣り上げている豊かな海の幸。 1度でいいから己の故郷であるキャラバンの人々と来たかったと思いながら、スレダは臨場感溢れる表現で他の海での経験を離していく。 スレダの独演会が盛り上がる中、かのかが足音を立てないよう注意しながら牡丹に近づいていた。 「すみません。もし良ければ味見をお願いします」 「勉強熱心で何よりでありんす」 暖かく見守る視線を向けつつ小さな器を受け取る。 かのかも味見をしようと自分の器を口元に運びかけ、積み上げられた木箱の頂上からの視線に気付く。 「あの…どうぞ」 「いただきまする」 かのかから差し出された器を両手で受け取り、にとろは意外と、といっては失礼かもしれないが、凛とした態度で音を立てずに口に含む。 「なるほど」 牡丹は表情を変えず。 「んー?」 にとろは不思議そうに首をかしげる。 種類は魚の吸物。本人の性格を現すように丁寧につくられているが、特に味付けに違和感がある。 「あの、駄目でしたか?」 高速で飲み干したにとろが丸くなって寝るのを見て、かのかは不安げにうつむいた。 「良い方に変わっていんすねぇ」 技術は拙いとはいえかなりの速度で向上している。問題は味付けだ。 普段食べさせている相手の舌がかなり貧しいようで、その者用の味付けが体に染みついているかのかの料理は味付けが少々残念なのだ。 「この調子で精進を積むでありんす」 褒めもせず責めもせず、牡丹は誠実にかのかを指導するのだった。 ●到着 食糧の種類不足と、弱敵ばかりとはいえ頻繁なアヤカシの襲撃に悩まされた開拓者達は、島を出発してから丸3日をかけてようやく本土に帰還した。 荷物と舟を引き渡した彼等が最初に行ったのは、米と肉の定食を扱う料理屋への突撃であった。 |