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■オープニング本文 開拓者同心見習い。 ギルド職員が私費で雇用する者であり、単なる雑用から将来の同心としての採用が確実視されている者まで内実は様々だ。 この度見習いとなったからくりの華乃香は、今の所縁故採用の前者である。 ●見習い旅に出る 「どうしたもんかねー」 天儀ギルドの奥で、行儀悪く足を崩したギルド職員が鼻と唇の間に筆を挟んだままつぶやいていた。 職員の目の前にあるのは詳細な地図の写しであり、そのあちこちにアヤカシらしきものの目撃情報が書き込まれている。 らしきもの、であってアヤカシではない。 実際に襲われて生き延びた者の証言ならともかく、遠目に見た者の報告にはかなりの確率で見間違いが含まれている。 証言を持ち込んだ地元領主や村長もそれが分かっており、証言が真実かどうかギルドの知恵を借りたい、真実なら依頼したいとは言っても即座に金を払って依頼にするつもりはないらしい。 「そんなこと言われても曖昧な証言の真贋の見極めなんて無理だし、ギルド持ちで偵察依頼を出すわけにもいかないし」 ギルド係員は、どう解決するかではなくどう領主達を言いくるめるかを考え出していた。 「仮眠室の清掃が終わりました。 割烹着姿の華乃香が、バケツを手に事務室に顔を出す。 新人らしい溌剌とした覇気が感じられ、熱心に掃除を行っていたらしく割烹着だけでなく髪や頬も少し汚れていた。 「んー。それじゃ今日はあがって…」 華乃香は露骨に落胆し、しかし瞬時に表情を取り繕おうとして失敗する。 係員は筆をそのままに己の頬をかき、唐突にひらめく。 「華乃香。旅行に行く気ある?」 上司にして保護者の顔には、悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。 ●高原の清流 開拓者ギルドの片隅に依頼票が張り出された。 事件の解決依頼ではない。 旅費のみギルド持ちで、アヤカシがいるかもしれない場所の調査を行う依頼だ。 形の上ではギルド職員見習いが依頼主であり、アヤカシがいなければ実質的に単なる旅行になる。 常識の範疇で旅費と食材が支給され野営道具等が貸し出されるが、遠いところにあり朋友に運搬をお願いすることも難しい場所なので、大荷物を運ぶと調査開始時点で疲れ果てているかもしれない。 具体的には、超高位開拓者であっても単独でボート1艘を運ぶとまともに戦闘できなくなると思われるので注意して欲しい。 |
■参加者一覧
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
ベルナデット東條(ib5223)
16歳・女・志
スレダ(ib6629)
14歳・女・魔
ヴェール(ib6720)
16歳・女・巫
にとろ(ib7839)
20歳・女・泰
棕櫚(ib7915)
13歳・女・サ
華角 牡丹(ib8144)
19歳・女・ジ
ラビ(ib9134)
15歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●始まる前に終わったアヤカシ 可憐な花と清流が織りなす自然の美。 童話の中にしか存在しないはずの光景が、何かの間違いでこの世に現れたようにも見える。 しかし注意深い者なら異常に気づけるだろう。 虫も鳥も動物もほとんど姿がない。 その原因は水面の下にある災厄にある。 祟り神。 未だ小型ではあるものの、殺した相手を際限なく吸収し強大化するそれは、将来的に巨大な脅威になり得た。 が、弦を弾く音が水面を微かに揺らしてから丁度10秒後、一本の矢が大気を切り裂き分厚い水の層を貫き祟り神に命中する。 痛覚を持たないそれは痛みで悶えもしなければ慌てもしなかった。 沼の上空へ瞬間的に移動し、遠くの陸地で第二の矢をつがえる人間を発見する。そして再度テレポートを発動し、100メートル近い距離を一瞬で0にした。 「全く…。長年籠もっていたら勘も鈍るようでありんす」 出迎えたのは不気味な精気すら感じる鞭であった。 華角牡丹(ib8144)に操られた鞭は、不気味な蠢動を続ける不定形の巨体を激しく打つ。 攻撃はそれで終わりではない。 「た、たたたりがみぃっ?」 ラビ(ib9134)は目の前の光景に驚嘆しながら本人にもよく分からないことを口走る。が、これまで積んできた修練はラビを裏切らず、見事な動きで符を放って行動阻害用の式をアヤカシに向かわせる。 「き、効いたはずなのに全然動きがっ」 明らかに高度な知性を感じさせる動きで、小型祟り神は直接戦闘に向いていない開拓者に襲いかかろうとしていた。 「元の能力が高いだけで効き目はあるようです。ここは術でなく物理的暴力の出番ですね」 数度雷を放ってあまり効果がないことを確かめたスレダ(ib6629)が肩をすくめ後退する。 「とー、りゃー!」 入れ替わりに前へ出た棕櫚(ib7915)が、大雑把な性格とは正反対に隙のない動作で槍を繰り出す。 雷の連打にもあまり影響を受けなかった不定形の表面が破裂し、深く槍に貫かれる。 かなり効いたようで、後方に向かってテレポートする気配があった。 「結界内に他の反応はありません!」 いきなりの乱戦にも焦らず瘴索結界を発動させたヴェール(ib6720)が、アヌビスの犬耳をぴんと立たせて報告する。 それを聞いたベルナデット東條(ib5223)は、防御など考えず、浅い沼地に飛び込んで全力で刃を振るった。 赤い燐光をまとった刃は祟り神の中核を切り裂くが、致命傷を与えるにはわずかに足りない。 最後に残った力を使いアヤカシが跳ぼうとした瞬間、それまで好機を待っていた茜ヶ原ほとり(ia9204)が第二矢を放つ。限界ぎりぎりで耐えていたアヤカシが第一矢以上の一撃に耐えられるはずもなく、不意を打たれなければ開拓者達を蹂躙していた可能性のある小型祟り神は、実質的に何も出来ずにただの瘴気に戻り散っていったのだった。 「タオル、ではなくて警戒」 片手に大判のタオル、もう一方の手に護身用の棍棒を持ったからくりが、いきなりの乱戦に全く対抗できず右往左往していた。 さりげなくにとろ(ib7839)が護衛しているのにも気づけていない。 ヴェールがアヤカシの反応が無いことをわずかな身振りだけで伝えると、スレダは子供に言い聞かせるようにして宥め始める。 「華乃香、1度深呼吸して落ち着くですよ」 「は、はいっ」 緊張しきった声で応えるからくりは、外見はスレダより数歳上だが今だけは数歳下に見えた。 ●休憩 途中の林で集められた木ぎれに火が付けられ、昼間でも涼しい高原に大きな焚き火がうまれる。 「暖かい」 周辺の安全を確認してから着替えたベルナデットは、燃え盛る炎に手を伸ばしほっと息を吐いた。 彼女の背後で、頬を赤くしたラビがベルナデットの反対側にある沼地に視線を固定し、ぎこちない動きで何かの術を使っている。 「す、水中確認、よしっ。き、綺麗だ…」 不可抗力で目にしてしまった彼女の足先が脳裏に浮かび、高速で頭を振って人魂から送られてくる情報に集中する。 魚に変じさせた人魂は現在水中にいて、彼女とは別種の美しさを脳裏に送り込んできていた。 「ベルちゃん、暖をとってから交代だよ」 視覚から忍び寄ったほとりが、白く小さな花で作られた細い冠を銀髪の上に載せる。 甘いくせに爽やかな香りが鼻をくすぐり、ベルナデットは形容しがたい感覚に背筋を震わせる。 「もう、ほとりお義姉ちゃんったら。私が作ってあげたかったのに」 拗ねたように答えるベルナデットの顔には、濃い親愛の表情が浮かんでいた。 背後のきゃっきゃうふふに悟りを開きかけている純情少年が1人いたが、2人が少年に気付くのはもう少し後のことである。 ●探索 「できたぞー」 丸太と荒縄で作られたいかだを、小さな体からは想像もできない怪力を活かして沼の中に放り込む。 「ひゃーっ! 沼なのに全然濁ってないぞー!」 水しぶきをものともせずにいかだに飛び乗り、棕櫚はきらきらした目で高原の美しさを満喫していた。 「あ。忘れるところだった」 棕櫚は個性的な字で、いかだまる、と大書された旗をいかだに掲げる。 「すれだ、う゛ぇーる、一緒に行こう!」 棕櫚は満面の笑みを浮かべ仲間を誘う。 そうしている間少しずついかだが陸地を離れているが、ハイテンションの棕櫚は気付いていないようだった。 「少し待つです」 スレダは近く、とはいっても常人の足で駆けて一昼夜以上かかるところにある集落から貸し出された棒を沼に突き入れ、深さを確認する。 ベルナデットが踏み込んだ所は浅かったようだが、丁寧に確認していくと棒では底まで届かない場所が多数存在した。 「最初は慎重にいくですよ。…最初のあれにもう一度襲われたらまじーですから」 「う。そだね」 小型祟り神の威容を思い出し、棕櫚はようやく落ち着きを取り戻し素直にうなずくのだった。 ●野営 「レダちゃんのおう…た」 ヴェールが寝付いたのを確認した牡丹は、ラビに容赦の無いつっこみを入れてたたき起こした。 「はっ。敵襲?」 深い眠りから一瞬で目を冷ました彼の瞳には、気弱なだけの少年には持ち得ない強い光が浮かんでいた。 が、無言で唇に手を当てたにとろに気付き、あわあわと慌てながら沈黙する。 にとろは無言のまま深くうなずくと、うつらうつらと居眠りしかかっていた華乃香の肩に毛布をかけ、自分がその中に潜り込み猫のように丸くなって寝付いてしまう。 「申し訳ありません。今は私が不寝番なのに」 目を瞬かせながら頭を上げ、華乃香は真摯な表情で頭を下げようとする。 しかし己の太ももを枕にするにとろに気付いていないことから分かるように、どう見ても寝ぼけていた。 牡丹は焦ることはないと伝え、夕食の残りが入った大鍋をかまどの上を置く。 夕食の当番はアル=カマル出身のヴェールであり、複雑な配合の香辛料によって味付けられた山菜達が、非常に食欲をそそる香りを漂わせ始める。 「んっ」 にとろが身じろぎし、華乃香が驚いたような困ったような声をもらす。 それに艶を感じてしまったラビは高速で振り返り、しかし華乃香を目にすることはできず半目の牡丹に視線を遮られた。 「がっつかないのはとても良い。けれど意識しすぎるのは女性に好意的に見られ難いでありんすよ」 向けられる生暖かい視線に、ラビは肩を落として周辺の警戒に戻る。 「あ、蛍」 水面を漂う季節外れの蛍をみつけ、ラビはわずかに浮かんだ涙をぬぐうのだった。 少年の可愛らしい悩みを生暖かく見守りながら、牡丹は器に汁を入れて華乃香に手渡してやる。 受け取る動作も、礼をする所作も、背筋を伸ばし箸を巧みに操る様も、牡丹には全く及ばないものの稼働期間を考えれば非常に洗練されていた。 「華乃香はん、普段はどんな暮らしを? 見たところお稽古事も熱心にされているようで」 数名の心当たりが脳裏に浮かぶが、それは口には出さずに牡丹が尋ねる。 「はい」 華乃香は箸と器を下ろしてから、真正面から牡丹と向き合った。 「休日はお師匠様の所へ…。働き始めたら辞めようと思っていたのですが」 家事を自分もやるから辞めるのは許さないと言い張り、保護者が通わせ続けているらしい。 「ものすごく苦手にされているので、家事は全部私がしてしまいたいのですけれど、言っても聞いてくれなくて」 開拓者ギルド勤めの保護者のことを語るときの華乃香は、困ったように、しかし幸せそうに微笑んでいた。 「大事にするでありんすよ」 牡丹はそう言い残し、ラビの分の食事を運んでいくのだった。 ●最終日の2人 「お花、きれい」 湖面に漂う白い花を間近で見つめながら、ヴェールは見ている者が優しい気分になるような微笑みを浮かべていた。 「新種ではないですが珍種ですね」 無味乾燥な解説を行うスレダに対し、スレダと共にいかだに乗るヴェールには、余程親しい者でないと気づけないほどかすな不満の色があった。 「おしごとだけれど」 もう少し構ってくれてもいいのにと内心思いつつ、人里で調達した本格的な櫂を動かしていく。 湖面は静かで、どこからか緑の濃い香りが流れてくる。 「いないわ」 「ふむ」 瘴索結界に反応が無かったことを告げられたスレダは、眼を細めて遠くの岩塊に意識を集中させる。 「こちらには不在、ですかね」 「貧魚が数匹にスライムがいる、かも?」 「いても1体くれーですね。駆り出すのより討伐後2体目がいないことを確認するのが大変そーです。そのためだけに1週間滞在ってのは、勘弁願いてーですよ」 2人は、事情を知らない者が見れば物見遊山と勘違いされそうな穏やかな時間を味わい、最後に残っていた調査対象の確認を終わらせた。 あと1日いれば討伐も可能だったかも知れないが、既に依頼である現地調査は済み、アヤカシの戦力も壊滅状態に近く、しかも討伐してもほとんど報酬が増えないことが確定しているため、開拓者達は野営地を引き払って帰路につくのであった。 この約1月後、近隣の領主が手隙の戦力を出し合って結成された討伐隊がこの地を訪れる。 開拓者によってアヤカシ種類から詳細な地形まで調べ上げられていたため、戦死者どころか負傷者すら出さずに討伐に成功したらしい。 ただし時間は予想外に、開拓者達にとっては予想通りに大量に必要となり、討伐隊がそれぞれの原隊に復帰したのはさらに1月後のことであった。 |