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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 様々な事件や依頼が24時間持ち込まれる開拓者ギルド。 1国を揺るがす事件から単純なアヤカシ討伐、ときには催しの参加者募集まで様々な話が持ち込まれ依頼として張り出されていく。 1つとして同じ依頼は無いけれども、全ての依頼に共通する部分がある。 報告書だ。 「確認をお願いします」 新人職員が上質の紙を上司に手渡す。 どんな事件だったか、どの開拓者が参加してどう行動したか、結果とかかった経費や支払う報酬など膨大な情報が記載されている。 上司は慣れた様子で目を通し、添付された領収証や依頼人からの連絡との矛盾がないことを確認して承認の判を押した。 「お疲れ様」 「すみません。時間がかかってしまって」 新人職員が頭を下げる。 見習時代に仕えていた職員は、半分の時間で倍の事務をこなして定時であがっていた。 徹夜せざるを得なかった自分と比較すると悲しくなってくる。 「締め切りに間に合えば問題ないわ」 上司は目の前の職員と入れ替わりで退職した駄目人間…もとい熟練職員のことを思い出す。 「本当に問題ないからね。育ての親だからって性格は真似しちゃ駄目よ。酒癖も絶対真似しちゃ駄目だからね!」 懇願する上司に圧倒され、覚醒からくり華乃香は無言で何度もうなずいていた。 ●穏やかな日々? 「かのかちゃん、今帰りかい?」 「いい魚入ってるよー」 「来月から先生んとこに娘を通わせたいんだけど…」 帰宅途中で買い物を済ませて会話しながら自宅に向かう。 自宅の表には寺子屋の看板がかかっている。 複数の儀をまたいで活動した元ギルド同心が教える寺子屋というのは珍しいらしく、昼間は近所の子供達が通い、夜は野心に燃える番頭や様々な訳ありが通っていた。 「ただいま戻りました」 裏に回って勝手口から入る。 既に時刻は夕方。昼に通う子供達は全員帰り、華乃香の義理の親にして主である元職員が腹をすかしているはずだった。 割烹着に着替えて台所へ向かう。 「うにゃ〜」 「天井が下にあるよ〜」 台所には蒸留酒の空瓶が複数と、駄目人間…もとい義理の親とその友人達が酔っぱらっていた。内訳は芸達者風羽妖精が2にアル=カマルのご老人(志体持ち)1だ。 「着物に皺がついてしまいますよ」 慣れた手つきで着替えをさせ寝室へ放り込む。 「もう、いつもいつも」 拗ねた様子でつぶやきながら湯を沸かし、晩ご飯の支度を始める。 言葉とは逆に足取りは軽く、無意識に陽気な鼻歌を響かせていた。 ●天儀開拓者ギルド 「華乃香ちゃん真面目な良い子なんだけど主に甘すぎるのよね。覚醒したのだから親離れしてくれないかしら」 「してくれたら長期出張に出せますよね。新人の割に仕事は出来て水食糧不要な上戦えるなんて便利人材ですし」 「その通りよ。なんとか出来ないかしら」 上司達は相談の末、特定ギルド職員の公私の補助という、非常に曖昧な依頼を出すことにしたのだった。 |
■参加者一覧
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
ベルナデット東條(ib5223)
16歳・女・志
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)
10歳・女・砲
スレダ(ib6629)
14歳・女・魔
棕櫚(ib7915)
13歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●職員側から見た開拓者ギルド 「すぐに来てくれ! アヤカシが、傷がこんなに」 「大丈夫、落ち着いて。大きく息を吸って…」 慌ててはいるが血の跡も酷い汚れもない男を、男より頭2つは小さなからくりが宥めている。 「…村ですね。はい。すぐに手配しますのでお茶を飲んで待っていてください」 穏やかな口調で、実際は反論できないタイミングで誘導する。 水と食糧と男を部屋に押し込んでから、数十秒で旅装に着替えて上司のもとへ向かう。 「多分あれだと思いますけど確認してきます」 「ごめんね。悪戯か勘違いだと思うけど、詐欺や悪質な犯罪の可能性もあるから…」 上司が己のてのひらをあわせる。 「何も無ければすぐに戻って来ます」 「気をつけてね〜」 ほとんど振動も無しに駆け出すからくりに、のほほんと手を振る上司。 「ベルナデットさん?」 ギルド正面で懐かしい顔に気付き、一瞬呆然として足の裏が滑る。 ベルナデット東條(ib5223)は自分より重いからくりを人差し指だけで押さえて転倒から救い、勢いを消さずに進行方向に押してやった。 「不注意は駄目だよ」 「はいっ!」 輝くような笑みを浮かべ駆けていく。 既に、最初に出会った頃感じた不安定さは感じられなくなっていた。 ●羽妖精の宴 あたい達ーはねようせーい♪ みんながー大好きよ〜♪ 歌〜と踊りといっぱいの笑顔で 幸せ伝えてい〜くよ〜♪ 「最前列は後は2席です。え? 高いって? 旦那旦那、この子達ってアル=カマルの帝様の御前で演奏してこともある名人達ですよ。この価格は赤字覚悟の価格設定って奴で…はいまいど!」 無邪気に陽気に華やかに踊る羽妖精達に、舌先三寸で金持ちから容赦なくお代をふんだくる元ギルド職員。 それを囲むように近所のお子様や父兄が集まり、目をきらきらさせながら羽妖精のショーを見物している。 ぎぶみー飴! ぎぶみーチョコ! ぎぶみーわっふーるっ! センターの羽妖精が勢いよく上体を反らせる。 緑のツインテールが定位置に戻るよりも早く、大剣を爪楊枝かなにかのように振るう。舞い散る紙製花びらが分割され舞台をさらに派手にしていく。 ぎぶみー! 押しつけがましくならず、小さいもの好きの心を刺激する絶妙のおねだりが、観客の財布の紐を緩くさせる。 投げ込まれる銭や菓子を羽妖精が見事に捕まえる。 捕まえた瞬間、派手な爆発音と光が舞台と羽妖精を幻想のごとく彩った。 「皆大好きだよー!」 拍手と歓声は、なかなか止まらなかった。 ●帰宅 「華乃香ちゃんお帰り。先生腰痛めたんだって? 若くないんだから無茶しないよう言っとくれよ」 「ねーちゃん! 先生の脱線癖どうにかなんない? 面白いけど1日脱線じゃ困る」 寺子屋の表から、世間話と愚痴の中間っぽい話し声が聞こえてきた。 茜ヶ原 ほとり(ia9204)は朱の器に焼き菓子とドライフルーツを並べて両手に1つずつ持ち、匂いに惹かれてふらふら近づいて来た羽妖精をわざとぎりぎりで回避しつつ玄関へ向かった。 「ただいま帰りました」 仕事を終えたかのかが、ちょっとだけ疲れた笑みを浮かべている。 数十キロ走り抜けた疲れはないようだけれど、親の文句を言われたことによるダメージは結構大きそうだ。 ほとりは軽くうなずいて応える。 一見非常に無愛想な反応だ。けれど付き合いの長いかのかは、それが仕事中のほのかの最大限好意的な反応(ただし義妹に対する場合は除く)であることを知っている。 勧められるままに甘味を口に含み、心底幸せそうな笑みを浮かべた。 「やぁ、久しぶり…といっても数時間ぶりだね」 甘味を横から略奪しようとした羽妖精が、ベルナデットに肩を押さえられ身動きがとれなくなる。 「ベルナデットさん、昼間はちゃんとご挨拶することができず本当にごめんなさい」 「気にしない。…君等は少し気にしようね。私達のこと、覚えているかな?」 目に力を入れて微笑むと、羽妖精はごめんなさい〜と頭を押さえてぷるぷる震え始めた。某所からの出稼ぎ羽妖精にとって、ベルナデットは美人だけのこわいおねーさんなのだ。 「な〜に遊んでるですか」 菜箸が羽妖精の口に突き込まれた。 複雑な香りの中に米の匂いが混じっていて、羽妖精は箸先を砕きかねない勢いで咀嚼している。たぶん、すごく美味しいのだろう。 「久しぶりですね華乃香。今お夕飯作ってるからちょっと待つですよ」 スレダ(ib6629)は後のことをほとり達に任せて厨房へ戻る。 厨房はかなり立派で、大火力が必要な料理用の釜や高品質炭まで用意されていた。 棕櫚(ib7915)が息を吹き込む。 一部だけ赤かった炭が朱色に染まり、棕櫚の髪が大きく揺れた。 「すれだ〜」 ごはんと言葉にする前に、快適な温度まで冷やされた豆カレーを渡される。 「うまー!」 カレー風豆スープは棕櫚の腹を刺激して空腹をより強く意識させる。 白いご飯も一緒に食べたい。でも今あるご飯は羽妖精に強制つまみ食いさせたアル=カマル風焼き飯だけだ。 「暇なら肉切っててください」 スレダは料理を続ける。釜の上でフライパンを熱し、無発酵パン生地を素早く広げる。 薄い生地は短時間で焼き色がついて、何カ所か小さく膨らむまで待ってからさっと直火で炙る。 適度な焦げ目が素晴らしく旨そうな薄いパンが、豆カレーの近くの籠にどんどん積み重ねられていった。 「うまそ〜」 残念ながらつまみ食いを許してくれそうにない。 本人的にはこっそり来たつもりのほとりと羽妖精複数も、スレダに目で止められてすごすご去っていった。 棕櫚は気持ちを入れ替えて手伝いをすることにする。 別の釜から焼き上がったタンドリーチキンを取り出し、箸で食べられるよう骨ごと包丁で切断した。 たんたん、どんどんを切っていくうちに楽しくなってきて、葉野菜を刻む頃にはすっかり夢中になってしまう。 「こんなものですかね」 スレダが額の汗を拭う。 ビリヤニにタンドリーチキン、ダールにチャパティ。 中年にはちょっと厳しいかもしれないが、食べ盛りの彼女達にとっては適切で適量な量と質だ。 2人がかりで鍋と籠を運んでいく。 今の大型机の上に清潔な布が広げられ、人数分の皿と箸がきちんと準備されている。 「ふふん、どうだっ。俺もやればできるだろっ」 えへんと胸を張る棕櫚。 こっそり鶏肉を頬張った中年が、棕櫚の包丁で刻まれたまな板を飲み込み悲鳴をあげる。 「いただきま〜すっ!」 ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)と相棒羽妖精が手をあわせ、開拓者と華乃香が唱和する。 箸が火花を散らす戦場を迂回して、華乃香がまな板片を回収し、スレダが術での治療を行っていた。 ●それぞれの夜 近くの家々から響いてきた家族団らんの喧噪も小さくなってしまった。 太陽は半ば沈み、朝昼と騒がしかった住宅街に静かな夜が訪れようとしている。 都外から来た羽妖精達は、朝の練習と昼の稼ぎで疲れてすっかりおねむ。 かのかはスレダ達と洗濯物を畳んだり布団を敷いたり喋ったりで、家主は奥の部屋で術でも回復しなかった筋肉痛に苦しんでいる。 「また明日から、皆と離れ離れだね…」 ベルナデットが義姉の側に腰を下ろし、甘く少しだけ苦いカクテルを渡す。 ここは平和だ。 日々の暮らしの辛さはあっても、それ以上に生きる喜びが満ちている。 次の保証は必ずしもない日々をおくる開拓者とは縁遠い世界かもしれない。 「もう寝るのか?」 棕櫚がスレダの肩越しに顔を出す。 くっつかれたスレダは慣れた様子で洗濯物をたたみ終え、はふ、とあくびをした。 「油も安くないですし…」 「私達だけなら夜目が利きますからね」 スレダは大きめの掛け布団を引っ張り、かのかと棕櫚と一緒になって潜り込む。 「3日間も船に缶詰だったり、崩れた斜面を修復したり、飛空船で危険な場所にも行ったりしたですよね」 旅の最中とは何もかもが違う。布団は柔らかで床のたたみも良い香りだ。 「いろんなところに行ったな! 川で船に乗ったり山に遠足にいったり空を飛んだり」 3人一緒に思い出す。 暑さ寒さに風にアヤカシまで、旅の最中は多種多様の障害に襲われた。 けれど今思い出すのは、皆で頑張った楽しげな記憶だけだった。 「華乃香のお陰で、私も良い経験を沢山させてもらったです」 「うん、ハラハラどきどきが一杯あって楽しい旅行だったぞっ」 スレダ達がにこりと笑う。からくりは照れたように頬をかいた。 「私は助けられてばかりで…。同心になれたのも皆さんのおかげですし」 「かのかの努力があったからですよ。一緒に依頼に行くのは難しくなっちまったですが、今度は華乃香が担当する依頼にも参加してーです」 「俺は豪華な旅行依頼がいいぞっ」 「もう、そんな依頼有るわけないじゃないですか。豪華な分敵が多かったり難所をくぐり抜けたりの依頼になっちゃいますよ」 あはは、にししと心からの笑い声が重なり響き合う。 「かのかは行きたいところあるのかー?」 「私は…」 風が吹き、囁き声がかき消される。 縁側にいた2人が障子を閉め、ちらりと奥の3人を眺めた。 「いつか、私達もこんな風に賑やかに引退できるといいね」 ほとりがグラスをゆらして優しく笑う。 今日は、いつもより楽しく酔えそうだった。 ●旅立ちの朝 「筋肉痛が時間差で…ででっ」 見送りに来た元同心がうめく。 その周囲には羽妖精が愉快に飛び跳ねている。 対集団ではなく対個人の、新作の元気が出る踊りらしい。 「いい感じ! この調子で、もっともっとお仕事増えるように頑張ろうね!」 ルゥミの声に、はい! とか がんばる! という返事が一斉に返ってくる。 そして、大きな声を間近で浴びることになった中年が四つん這いになってうめいていた。 「あの…」 言いかけた声が震え、華乃香は言葉を飲み込んだ。。 「次はギルドで」 スレダが普段通りの足取りで歩き出し、棕櫚が手を振りながらかけ出す。 「大丈夫。私達はまた、どこかで必ず会える」 ベルナデットは爽やかに微笑む。 、仕事モードを解除したほとりが笑いかけると、華乃香は一瞬泣きそうになって、でも精一杯の笑顔を浮かべて見送るのだった。 |