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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 「寝るな、寝たら死ぬぞ!」 ジルベリアの騎士隊の1つが全滅しかけていた。 天儀開拓者ギルドからの出向者にジルベリア騎士の精強を見せつけるための軽装登山訓練が、一足早い雪に降られて迷って大失敗なのだ。 あなた達は出向者の護衛というか同行者というか、そんな感じの立場だ。 訓練ではなく見学が目的だったので防寒具は完全装備で騎士隊(総勢14名)の分の食料まで持っている。 唯一の問題は吹雪を避ける場所がないことだが…。 「この雪と地形ならかまくらが作れそうですね」 天儀開拓者ギルドからの出向者であるからくりが、ぺたんぺたんと平和な音をたててビバーク用の快適空間を建設中だ。 あなたはかまくら作りを手伝ってもいいし、吹雪の中で雪合戦をしてもいいし、かまくらの中で料理を作ったり舌鼓を打ったり熱燗を楽しんでもいい。 「訓練が終わったらここで休んでくださいね」 出来上がったかまくらの前で爽やかな笑顔を浮かべる開拓者同心予定からくり華乃香。 びみょーに欠陥建築なかまくらが、徐々に崩れているのにあなた達しか気付いていない。 ※ここからは解説まで読み飛ばして問題ないよ! 騎士隊が山で遭難する数日前、天儀開拓者ギルドで会議が行われていた。 「ジルベリアからの人材交流申し出ですか」 「無茶を言う。志体持ちの騎士の訓練に付き合える体力を持つ者は限られるぞ」 「断っても問題にはなりません。しかしコネ獲得の機会を棒に振るのは勿体ないですよ」 「人格と体力の面で問題が無いなら見習でも良いのでは? ほら、そろそろ正規職員予定のからくりが1人いるじゃないですか」 「見習としての最後の仕事という訳ですな」 「訓練に参加ではなく見学ですからね。相手方の心証を良くするために天儀の食材を持って行かせましょう」 軽い気持でジルベリアへの派遣が決まった。 この時点では、訓練の失敗も遭難も誰1人予測できていなかった。 |
■参加者一覧
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
ベルナデット東條(ib5223)
16歳・女・志
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)
10歳・女・砲
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰 |
■リプレイ本文 実戦と訓練で培われた筋肉から熱が奪い尽くされた。 「状況終了!」 隊長の声が半ばかき消されている。風が強すぎ、熱だけでなく音も情報も奪い取られていた。 「直ちに正規の防寒具を受け取り天儀の…」 華乃香に視線を向けたつもりの騎士が目を剥く。 そこには誰もおらず、数十秒前まではあったはずのかまくらも消えていた。 ●かまくらの挫折 騎士が呆然とする1分前。 華乃香作のかまくらをルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)がみつめていた。 「駄目、でしょうか?」 「だめだよ」 おそるおそる聞いてきた華乃香にきっぱり答える。 「あたい山育ちで雪山には慣れてるから見れば強度が分かるんだ!」 慣れているからこそ油断はしない。 着ぐるみ型防寒具で風と寒さ対策は万全だ。吹雪で制限された視界から有用な情報を読み取り高速で計画を立案する。 「そこなら天幕張れるよ!」 小さな指で鋭く指し示す。 このとき華乃香には、ルゥミの体が自分より大きく見えていた。 「お義姉ちゃん」 「うん」 ベルナデット東條(ib5223)が騎士隊駐屯地から拝借した天幕を背中から下ろし、茜ヶ原 ほとり(ia9204)と協力して柱と梁の組み立てを始める。 ルゥミは自分と同じ大きさのスコップで雪を掘り、掘った雪を重ねて風除けの地形を作る。 「私もっ」 手伝おうと一歩進んだ華乃香が強い風に吹かれてバランスを崩し、顔から雪の中に突っ込んだ。 その衝撃で、欠陥建築かまくらは崩壊した。 ●ボルシチ 天幕の中、支えもなく火種が浮いていた。 火種に熱せられた炭が赤く染まる。 吹雪いた雪山より華麗な舞踏会こそ相応しく見えるKyrie(ib5916)が小型の鍋に清潔な水を注ぐ。 天儀産の高級炭は強い熱で湯をわかす。 労働に向いているようには見えない白い指がナイフを操り、強い塩で味付けされた燻製肉、人参、赤蕪、玉葱、キャベツを小さく刻んで鍋に入れた。 「おお」 青い顔をした騎士達が歓声をあげる。 匂いだけで凍えて縮こまった胃袋が動き出すほど、素晴らしく食欲をそそる香りが鍋から立ち上っていた。 「皆さん、器を出してください」 「ありがとうございます。貴様等物欲しそうな顔をするな! それでも栄えあるジルベリアの騎士か!」 隊長は厳しく声をかけながら、若い騎士達からKyrieに向かわせてやる。 「パンは多めに用意してあります。お代わりは少し待ってください」 鍋から小さな器に少量だけボルシチを注いでやると、若い騎士は笑顔のまま目を潤ませ何度もうなずいた。 「ありがとうございます。…こんなに旨いのは入団前に母が作ってくれたの以来です」 「それは光栄ですね」 Kyrieは世のご婦人方の心を蕩かせる笑みを浮かべ穏やかに応じた。 「明日の午後には吹雪も止みます。次の休暇に無事な顔を見せに帰ってもいいかもしれませんね」 「はい。ありがとうございます!」 若い騎士は一瞬で空になった器を手にしたまま敬礼し、狭い所で大きな動きをするなと隊長に怒られていた。 ●かまくら新生 訓練のため軽装を強いられた騎士達は雪山に負けた。 しかし上質毛皮や羽毛を惜しまず使った防寒具装備の開拓者達にとっては、具体的にはベルナデットとほとりの義姉妹にとっては絶好の休暇日和だ。 なにしろ、お互い以外の人間がいないのだ。 ほとりは普段の冷たい無表情からは想像もできないほど柔らかな表情で、ベルナデットが作った雪の小山を突き固めて氷にしていく。 2人きりの共同作業。 実に甘美な響きを持つ、最高のひとときだ。 浮かれて…もとい喜んでいるのはベルナデットも同様だ。頑丈かつ大重量の志体仕様スコップを指揮棒でも振るうようにリズミカルに動かし、雪山というより氷山と化した白い塊に穴を開けた。 「少しウキウキしてしまったね」 ベルナデットはこほんと咳払いをして表情を仕事用に変更する。 「騎士隊の人達にも覚えてもらっても損はないかな?」 「少し時間をおいた方が良いかも」 ほとりの言葉を聞きベルナデットが小首をかしげる。 「この依頼、かのかさんを将来有望な騎士団のイケメンに売り込むのも目的でしょ?」 「え」 ベルナデットの動きが一瞬固まった。 天幕のあるはずの方向から、調子に乗った普段出会いがない男達の笑い声が聞こえている。 「そうなの?」 「うん。多分」 ベルちゃんを売り込むつもりはないからねと内心つぶやきながら、かまくらの仕上げにとりかかる。 開拓者と騎士とからくりをあわせると19人もいる。後1つは完成させないと立ったまま寝るしかないかもしれない。 ●合戦 Kyrieから光が溢れる。 天幕の中で押しくらまんじゅう風に立っていた騎士達を光が通り抜けた。 「ん、んん?」 「腕が…」 「おいお前傷が治ってるぞ」 騒ぐ騎士達とは対照的な冷静さでKyrieが調理器具を片付けていた。 そして、勢いよく天幕の入り口を開く。 暴力的に強い光がむさ苦しい騎士達を照らし出す。いつの間にか吹雪は止んでいた。 「やほー」 白銀の雪原で、丸っこい巨大カエルが手を振っている。 着ぐるみの大きな口の中に見えるのはジルベリア出身の子供、ルゥミの顔だ。 何故か、足下には大量の雪玉が積まれている。 「今からおりたらとちゅーで夜になるよ?」 「確かに…」 隊長は眉を寄せて考え込む。 雪山で迷うのは危険すぎる。寝床の確保を優先し開拓者に協力すべきかもしれない。 「ジルベリア騎士団も大変ね」 冷たくはないが暖かくもない、要するに事務的な口調で話しかけながらほとりが近づいてくる。既に、全員を余裕をもって収容可能なかまくらが完成していた。 「軽装で遭難とは過酷な訓練だわ」 不測の事態にどれだけ被害が出るか、どれだけ被害を抑えることができるか調べる目的の訓練。 ほとりはそう考えて労っているのだが、実際はテキトーに企画されて順当に失敗しただけだった。 「はは、そう言って頂けると疲れもとれます」 隊長の頬に冷や汗が一筋流れる。 「しかし参りました。失敗は今後の糧にするとして残った時間で何をするかが…」 「おじちゃんたちヒマ?」 ルゥミの悪意のない言葉が、隊長以下14人の騎士達の心を抉った。 「はは、情けないけどそうだよ。冬山で狩りをする技術は持っていないしね」 ふぅんと興味なさそうに相づちを打ってから、ルゥミは足下の雪玉を両手で掬い、投げ渡す。 「なら遊ぼうよ! 次に風が吹くのは夕方からだよっ」 戸惑う騎士達。 「夕食の準備はしておきます。存分にどうぞ」 「私も」 ルゥミを残して開拓者が天幕に消える。 「おいどうする?」 「俺、子供相手に力を抑えるなんて無理だぞ」 小声で話しあう騎士達の横で、ルゥミが大きく振りかぶって、投げた。 風圧に削られた雪をばらまきながら雪玉が飛ぶ。雪に半ばまで埋もれていた巨木の幹に、雪玉の形をした凹みが出来た。 「てかげんむよーだよっ」 小さな体で胸を張る。 「そのようですな。おい貴様等! ルゥミ殿の胸を借りるぞ! 手加減は非礼になると思え!」 隊長はちらりとルゥミに目配せする。遠慮容赦無用ということらしい。 「しかし隊長、子供に手をあげるの」 言い終える前にルゥミが投擲した雪玉が口の中に飛び込んだ。 「馬鹿者! 相手の実力を見抜けぬからそうなるのだ!」 ルゥミはとっくの昔に姿を隠している。 「木の上かっ」 巨木から雪が落ちたのに気づいて若手騎士が一斉に走り出す。 「逆だ!」 隊長が警告するのは遅すぎた。 「あははははっ」 ルゥミの手から離れた雪玉は雪原と水平に飛ぶ。 素晴らしい連射と容赦のない精密射撃に、騎士隊はあっという間に半壊状態だ。 「畜生やられた」 「後頭部に直撃したら戦死判定ですよねー」 「貴様等下山後に再訓練だ!」 隊長が吼える。 生き残りの騎士達から油断が消える。 「ルゥミ殿、雪まみれになってもら…」 隊長の広めの額で雪玉が弾け、くすみのない金髪が雪で白くなる。 「隊長戦死判定! 私が指揮を引き継ぐ! 一斉に投げろ!」 雪玉の弾幕が降り注ぐより早く、ルゥミは祖父譲りの動きでかまくらを盾にし雪玉の補給を行うのだった。 ●夜 遊び疲れた子供と元子供達は眠りに落ち、報告書を書いていた華乃香も書き終える前に力尽きた。 少数意識を保った騎士もいたが、事務的でも見目麗しい少女に酒を勧められるがままに飲んでしまい、あっという間に睡魔に屈してしまった。 「案外」 酒に弱かった。 騎士達とからくりに毛布をかけてあげてから、後のことはKyrieに任せ20人収容可能な大型かまくらを出る。ほとりの手には、騎士隊が飲み尽くせなかった酒の最も上等な1本…もとい数本があった。 暖かな中とは違い極寒だ。 風も強く、灯りがあっても数歩先までしか見えない。 せいぜい2人しか入れない、小さなかまくらの小さな入り口をくぐって中に入る。 ベルナデットが雪を払って人肌に温めた濁り酒を渡してくれる。 身を寄せ合って小さな火の前で暖まり、酒精で喉を潤す。 分厚く固い雪の向こうから、巨大なアヤカシの唸り声に似た音が響いてきていた。 「遭難っぽくなったけど」 グラスをゆっくり揺らして立ち上るワインの香りを味わう。 「不思議と不安はないよ。お義姉ちゃんがいるからかな?」 杯を置き、指一本に満たない距離だけほとりに近づく。 「ん」 ベルナデットの肩を押す。 銀の髪がふわりと広がり、甘い香りが鼻の奥をくすぐった。 「もう」 膝枕された体勢から義姉の顔を見上げるベルナデット。その顔が赤いのは酒精以外の理由もあるのかもしれなかった。 吹雪で外界と隔絶されお互いしかいない。 2人は夜が更け朝日が昇るまで、無言のまま互いを感じ続けていた。 ●下山 朝ご飯は非常に手の込んだ豚汁だった。 調理を担当したベルナデットは妙に機嫌が良さげで魅力的に過ぎて、半数以上の騎士がなんとかお近づきになろうとしたが全てほとりによって迎撃されていた。 「今日は昼まで天気が安定しています。慌てず安全確実に帰還しましょう」 Kyrieを先頭に下山を開始する。 祝砲代わりに打ち上げられた奔流が、青い空に消えていった。 |