【貧乏旅行記】職員への道
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや易
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/31 01:01



■オープニング本文

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 アル=カマルを飛ぶ豪華中型飛行船の甲板。
 そこで行われているパーティが、今回の依頼の舞台だ。
 風は穏やかで日差しは柔らか。地上には川沿いの鮮やかな緑と陽光にぎらつく砂漠が見える。
 甲板の長机には山海の珍味と美酒が並べられ、商家の代表や部族の有力者が談笑している。
 ホストは彼等と深い繋がりのある天儀開拓者ギルド同心。
 パーティの主役は同心の跡を継ぐ現見習の覚醒からくりだ。
 あなた達の役割はこの出席者の護衛…ではない。
 浮かれて酔っぱらったホストの代わりにパーティをまともに運営し、パーティの目的を達成することである。

※ここからは解説まで読み飛ばして問題ないよ!

 天儀、ジルベリア、アル=カマルに強力なコネを持つ開拓者ギルド同心がいる。
 野心的な人物ではないが酒に弱く美男美女に弱くついでにお金にも弱く、いずれろくでもない事件の原因になるのが確実視される駄目人間だ。
 首を切るのを躊躇する程度には使える職員の扱いに悩んだ上司が、1つの解決策を実行に移そうとしていた。

「私が正規職員に?」
 天儀ギルドの偉いさんに話しかけられた職員見習が困惑していた。
 彼女の名は華乃香。
 例の問題職員の外付け良心回路である。
 もとい。問題職員の元相棒現覚醒からくりの開拓者ギルド同心見習である。
「君がアレを補っているのは知っている。だが職員見習のままでは補いきれないこともあるだろう?」
 否定したいのに否定できない。
 そんな表情が一瞬浮かんで消えた。
「答える必要はないよ。君は頑張っている。君の主も問題を起こしてない。全く問題は無いのだからね」
 穏やかに、人格的な厚みを感じさせる笑みを浮かべて見習を宥める。
 ここで機嫌を損ねる訳にはいかない。
 人格的に信頼できない職員を、人格的に信頼できる華乃香に取り替える必要があるのだから。
「君には試験を兼ねてしばらく外回りをしてもらう。これまであのボケ…あ奴の代わりに仕事をこなしてきた君にとっては容易な仕事だ」
 問題職員に対する悪感情が、鉄壁の営業スマイルを突き破って一瞬表に出てしまった。
「休暇のつもりで気楽にいくといい。戻って来れば職員としての激務が待っているのだ。少々羽根を伸ばしても罰は当たらんよ」
「はい」
 詳しい事情を理解出来ないまま、華乃香は首を縦に振ってしまった。
 なお、例の駄目人間は華乃香に最も弱い。
 華乃香から職員になれそうだと聞いた時点で喜び走り、そのまま早退届けも出さずに酒場に突撃したという。

●引き継ぎ問題
「作戦は順調だ」
「後はコネクションの引き継ぎが終われば完了だ」
「しかし人間以外を同心に…公的な職につけても問題ないのですか?」
「アレをそのままにする方が大問題じゃわい」
 天儀ギルドの奥で、本人達的には極めて深刻は話し合いが行われていた。
「引き継ぎですか」
「何か問題があるのかね?」
「アレは華乃香君を目の中に入れても痛くないほど可愛がっています。己の生命線であるコネクション引き継ぎにも同意するはずですが」
 言葉は自信満々だが声にかすかな怯えがある。
 例の職員のろくでもなさを良く知っているのだ。
「いえ、職員への昇格の話を聞いてから非常に舞い上がっていますので…」
 各儀の有力者の前で酔っぱらったりからくり自慢を始めかねない。
 直属上司の言葉にギルド幹部達は眉をしかめた。
「護衛名目で開拓者をつけよう」
「顔合わせのための宴会に出て失言を阻止するための簡単なお仕事ですか」
「失敗したときの惨状を想像したら酒の味など分からなくなるよ。…誰か胃薬持ってない?」
 翌日。アル=カマルに向かう職員と見習を護衛するための依頼が公開された。

※ここまで読み飛ばして問題ないよ!


■参加者一覧
茜ヶ原 ほとり(ia9204
19歳・女・弓
ベルナデット東條(ib5223
16歳・女・志
スレダ(ib6629
14歳・女・魔
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
棕櫚(ib7915
13歳・女・サ


■リプレイ本文

●再会
 中型飛空船が停泊する発着場で、天儀風の装束に身を包んだからくりと日に焼けた船長が翌日の打ち合わせをしていた。
 開拓者達が発着場に入る。船長は軽く目礼し、からくりは振り返って目を見開いた。
「スレダさん! 皆さんも」
 船長に許可を得てからくりが駆けだす。
 腰から上は揺れない。体を動かす術に熟達しているのだ。
「華乃香も久しぶりですね」
 スレダ(ib6629)は口元をほころばせる。
「覚醒したって話を聞いたですけど、変わりないようで何よりです」
 満面の笑みを浮かべる華乃香の上から下までをじっくり見て、ほんの少しだけ眉を下げた。
「変わらないですね」
 再会まで長い時間がたったのに、戦闘面での能力が向上したようには見えない。
「覚醒したですよね?」
「はい、その」
 えへへと笑ってごまかそうとするがスレダはごまかされなかった。
「詳しいことは後で聞くとして。主さんはどこですか?」
「酔い…休んでいます」
 かのかの営業用笑顔は完璧だ。ただしこめかみがかすかに痙攣している。
「たたき起こすです。華乃香の紹介を成功させるために情報が必要です」
 はいと小さく返事をして、スレダを隣の天幕に案内していった。

●準備
 船倉には大量の木箱が納められている。
 半数以上が酒だ。王侯が好んで飲む水準のものはないがその一段下のは豊富に揃っている。
 酒飲みなら歓喜するか悔し涙を流すであろう場所で、茜ヶ原 ほとり(ia9204)が武器を選ぶ熟練戦士の顔で酒瓶を引き抜いていく。
 高価な割には酒飲みには不評な、スイーツの材料にするには高すぎる赤ワインを数本。
 度数が3割近いぶどう焼酎を2本。
 後者は主に自分の楽しみのためだが、真摯な無表情からそれを察することができる者はいない。
「ほとりお義姉ちゃん、あった?」
 唯一の例外がベルナデット東條(ib5223)だ。
「ベルちゃん。こっちはお酒しかないけど」
 先程と同一人物とは思えないほど柔らかな表情だ。
「だいじょうぶ。大粒の葡萄に檸檬に白砂糖に容器まで全部あったよ」
 明日の宴では船倉でも調理が行われる。
 だから材料も道具も全て揃っているのだ。
「うん」
 船倉内に設置された調理用区画に移動する。ほとりがワインの封を切り計量し、ベルナデットが果実を加工し火を熾す。深く通じ合った2人は声に出すまでもなく互いの意を察して調理をしていった。

●当日
「本日はご多忙のなか以下略かんぱーい!」
 天儀開拓者ギルド同心が豪快に簡略化された挨拶をする。
「乾杯」
「同心殿は相変わらずですな―」
「酒あるだけ持って来い」
 常識的な人間なら喧嘩を売られたと解釈するか解釈せざるをえない暴言ではある。が、そんな駄目人間と長い間つきあえるだけあって今回集まった有力者達は気にもしなかった。
「持って来たぞ―」
 銀の大盆を左右の手に一つずつ持って棕櫚(ib7915)が現れる。
 葡萄の砂糖煮の紫は銀に良く映えていて、微かな酸味と甘味の組み合わせは女性全てを魅了するかもしれない。
 2、3個ずつグラスにのせられていてとても綺麗で食べやすそうだ。
「なんだこれは」
 来賓のジンが鼻を鳴らす。
 なお、これが彼の正常運転で悪意はない。
「おぉ? 違ったかー?」
 小さな体の棕櫚が首をかしげながら見上げると、小さな子供に難癖をつけている気になったジンが仏頂面になる。
「ほほほ。いらないならこの婆が皆頂きますよ」
 アル=カマルの貴婦人が優雅に箸を操る。ただし速度は志体並で一度にとる数は最低6つという凄まじさだ。
 スレダが十分に用意したはずの天儀料理も、既に彼女によって大部分が食われてしまっていた。
「てめぇこのっ」
「あばれちゃダメだぞ。ほら、かのか」
 緊張に堅くなった華乃香を促す。
 頭が真っ白になる
「ふぁいとだぞ」
 しかし長い間支えてくれた開拓者達の声で平常心を取り戻し、素早く来賓の好みと現在の動きを把握し皿をとる。
 一際酒精の強い甘味を渡され、ジンは最初不審げに眉を歪めていたが、一口かじると目を細めた。
「応、あんたがあの馬鹿…っとすまん、あれの娘だな。話は何度も何度も何度も聞かされてる」
「申し訳ありません」
 事情を察して華乃香が頭を下げる。
「気にするな。…まあ、気にするなら代われる仕事は代わってくれ。あれは肝心な部分だけは完璧だがそれ以外が雑でな」
「若い子を独り占めなんてずるいですよ」
 貴婦人が話に加わろうとしたとき、華乃香にとっては聞き慣れた、開拓者も1一度はギルドで聞いたことのある声が聞こえた。
「みんな楽しんでっ」
 グラス1つで酔っぱらった同心が最も社会的地位の高い2人に絡みにいき…かけてアルバルク(ib6635)に捕獲され連行されていく。
「俺が言うのもなんだが品がねえんじゃねえかい?」
「離して! かのか自慢が出来ないじゃない!」
 中年の駄々っ子は控えめに表現して見苦しかった。
 こりゃだめだと判断してアルバルクが一瞬視線を向ける。華乃香は心底申し訳なさそうに頭を下げ、甲斐甲斐しくホストの役割を果たしていった。

●困難
 警戒していたのに、気づいたときには間合いの内側に踏み込まれていた。
「アルカマルにお越しの際には是非私の商会を利用してください」
 美形でもなく志体でもない男が、穏やかな態度のまま華乃香の反撃を封じ押し込んでいる。
 実年齢1桁の覚醒からくりと、経済という戦場で数十年生き抜いてきた商人では力に差がありすぎた。
 こほんと咳払いの音が聞こえた。
 ベルナデットが、宴ではなく戦場にふさわしい足取りで華乃香と大商人の間に入る。
 それだけなら武力ではなく言葉で反撃されたかもしれない。
「こんな話は知っているかな」
 依頼の過程で出会ったからくり達を話題にする。
 得られる経験が偏りがちなメイドからくりや女中からくりとは似ているが違う。
 からくりに深く濃い愛情を注ぐ大商人には、魅力的すぎる話であった。
「もしかしたら、未だ発見されていない遺跡に眠るカラクリなどもあるかもしれないね」
 その言葉が止めになった。
「参りました。華乃香さん、非常に良いお友達をお持ちのようだ。できれば私もその1人にしてください」
「は…はい! よろしくお願いします!」
 依頼を出すための交渉を始めた2人から、そっと離れて行こうとするベルナデットであった。

●宴の後
 華乃香の顔と名前は来賓の頭に刻み込まれた。
 今は職員の代理としてしか認識されていないが、実績と付き合いを重ねていけば自然と華乃香自身として認識されるだろう。
「おつかれー」
 棕櫚は舷側から手を振って来賓を見送る。
 来賓が見えなくなると手を下ろし、長時間日差しを浴びて熱くなった甲板に大の字に寝転がる。
「アル=カマルはどうですか?」
 スレダが棕櫚と寄り添うよう腰を下ろす。
 気を利かせた船長が機関手に命じて宝珠機関を動かす。
 船は発着施設からゆっくりと上昇していき、地平線に夕日が、地平線近くに染まった砂漠が見えた。
「砂ばかりの国ですよね。だから天儀の水と緑の豊富さには驚いたです」
「ほほー」
 棕櫚は茶化さず素直に聞いている。
「どこも砂ばっかりなのか? 暑そうだなー」
 この豪華船には日除けも食料も水もあったので快適に過ごせた。しかしそれらが無ければ慣れるまで大変かもしれない。
「そうでもないんですよ」
 柔らかな毛布を棕櫚の剥き出しの肩にかける。
 棕櫚は理由をたずねようとして自分の鼻の奥のむずがゆさに気づく。
 夕日は半分以上地平線に沈んで、いつの間にか冷たい空気が甲板の上を支配していた。
「昼暑く夜寒い土地なんです」
「いっしょだな!」
 お日様のように笑う。
「俺の里は森の奥にあってな、近くには長い川も流れてるんだっ」
 水が貴重なアル=カマルとは違う。
「でも夏は暑くて冬は寒いっ。皆が修羅だからそんなの気にせず元気だけどなっ」
「湿度の高い夏と冬ですか。想像し辛いですね」
 是非行ってみた。
 友の故郷を見たいという思い以上に、未知を知りたいという欲望がスレダの胸で渦巻いていた。
「とってもいい場所だけど、俺は外の世界を見てみたかったからなっ。飛び出してきたんだっ」
 にししと悪戯っぽく笑う棕櫚に、スレダも深くうなずいて答えた。
「私もですよ。飛び出したのは村ではなくキャラバンでしたけど」
 懐かしい顔を思い出す。
 望郷の念に駆られた訳ではないが、一度顔を見せに戻ってもいいかもしれない。
 肩を寄せ合い星空を見上げ、スレダはぼんやりとそんなことを考えていた。

●夜
「お疲れ様」
 ほとりがグラスを渡す。
 月明かりに淡く光るグラスの中。極めて度数の高い酒の中で葡萄がゆるやかに動いている。
「本当にね」
 華乃香にとっては顔を売り込むためのパーティでも、来賓にとっては貴重な時間を割いて気力を回復させるための場である。
 両方の目的を果たす必要があるベルナデット達は全く気が休まらなかった。
「乾杯」
 薄いグラスが軽く触れ合い、高く澄んだ音が響いて消えた。
 ほとりは一息で飲み干す。
 強烈な酒精と葡萄の感触が喉を愛撫して、口から鼻に淡い葡萄の香りが抜けていった。
「飲み過ぎちゃ駄目だよ?」
 遠くには白い月。
 近くには淡い桜色に染まった義姉の顔。
 最高の風景を鑑賞しながら、ベルナデットはグラスを揺らし香りと楽しんだ。
 船は都の近くを進んでいる。夜風は冷たいが、近くにある暖かさのお陰で苦しさはない。
「随分と天儀を離れたけど…、そろそろ、一度戻ってみる?」
 ほとりは言葉では答えず、甲板に敷かれた絨毯に座り膝を示す。
 ベルナデットは逆らわずに座り、膝枕をしてもらって目を閉じる。
 月光に照らされた空間に、ほとりの鼓動だけが聞こえていた。

●職員への道
「差し入れ持ってきたぜー」
 消化によいスープが入った鍋を両手に持ち、足でドアを開けて船室へ入る。
「お邪魔してるわよ」
 華乃香とその主しかいないはずの部屋に高位聖職者がいた。
「昼間は助かったわ。年をとると消化の速度が遅くなってしまってね」
 品良く笑う。
「満足して頂けたなら、そりゃ良かった」
 アルバルクは昼間出す料理を工夫していた。消化に良い物を順番に食べていくようしはしたのだが、目の前の婦人の速度が速すぎて効果があったかどうかアルバルクには分からなかった。
「頂いていいかしら?」
 華乃香に視線を向けると軽くうなずかれる。その主は部屋の隅の寝台で高いびきだ。
「どーぞ。上品な給仕はできないですがね」
「式典以外では礼儀には拘らないわよ」
 ほほほと楽しげに笑って人数分の皿を出して自分で注ぐ。
「今日はほっとしたわ。堅いだけの子なら薄い付き合いですませようと思ってたのだけど」
 華乃香の表情が固まる。
「諧謔をも分かるし融通もきくのだもの。友人が良かったのかしら?」
 アルバルクはふんと鼻を鳴らして勢いよく椅子に座り、匙を使わず皿から直接汁を啜る。
 冷えた体を温め、酒で痛んだ胃腸に効く柔らかな味だ
「あんた等に揉まれたら図太くなりそうだな」
「そうなってくれたら嬉しいわ。私の跡継ぎにも天儀との繋がりを引き継がせたいもの」
 悪びれずに言って、アル=カマルで影響力を持つ女傑がお代わりを要求するのだった。