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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●浪志組屯所 「楠が姿を現しただと?」 難しい顔をしながら報告を受けた真田悠(iz0262)は眼前に控える隊士を見詰めた。 「はい。話によると楠は浪志組の姿を確認しながらも逃げなかったみたいです……もしかすると浪志組に興味があるのでは?」 浪志組にはこんな参加条件がある。 一、心ならずして犯した過去の罪はこれに恩赦を与える。 これは過去に罪を犯した者であろうと、浪志組の志に同意する者ならばその罪を過去の物として恩赦を与えると言うものだ。 例えば、抜け忍や暗殺者、叛乱に加担した者でも恩赦が与えられ、浪志組隊士として新たな人生を歩む事が出来る。 ならば楠も可能なのではないか。そう思ったのだが、口を開いた真田からは予想外の言葉が返ってきた。 「仮に興味を抱いていたとしてだ。俺は楠を隊士として迎える事は出来ねえ」 苦虫を噛み潰したような声を零す彼に隊士が不可解な視線を注ぐ。それを真っ向から受け止め、浪志組局長を任じられている男は言う。 「楠は並の罪人じゃねえ。奴は天儀だけじゃなく、各儀に名の知られる賞金首だ。そんな奴を隊士に招いてみろ。如何なるかわかったもんじゃねえ」 現在の賞金首はアヤカシを含めて14名ほど。その内の1人が通弐になる訳だが、確かに真田の言う様に賞金首になるにはそれなりの訳がある。 「俺も詳しくは知らねえ。だが奴は人間を裏切って俺達に牙を剥いた相手だ。もし仮に隊士になったとして、全員が安心して背中を預けられると思うか?」 俺は出来ねえ。 真田はそう言い切ると、この話は終いだ。と膝を叩いた。 「楠が都に居るってんなら巡視を強化しろ。発見次第捕縛し、適切な処置を取る――これが浪志組の答えだ。根っこからわかれとは言わねえが、組織ってのはこう言うもんだ」 今も昔も、な。と呟き、真田は目を伏せた。 ●神楽の都 穏やかな風が吹く川縁を、紅林は雪日向花鳥と共に歩いていた。 「花鳥様、傍の木に鳥が居りますよ」 川沿いには桜の木が複数植えられている。勿論この季節に桜が咲く事はない。 けれど緑の葉が茂り、僅かにそれを落しながらも美しく誇る木々には、羽を休める鳥の姿が見える。 紅林は足を止めると、花鳥の前で膝を折り、彼女の肩をそっと抱いて鳥の声音が聞こえる様その身を傾けさせた。 チ…チチチ……ッ。 「ほう。可愛らしい声だな。して、その鳥はどの様な色をしておるのだ」 目の見えない花鳥には、紅林から伝えられる世界が全てだ。 耳で聞き、手で触り、そして紅林が目にした物を伝えて貰い頭に描く。勿論色を見た事はない。 けれど紅林から聞く話はどれも面白く、色褪せた花鳥の心を色鮮やかに染めてくれるのだ。 「花鳥様の髪と同じ茶の羽に、黒く小さな眼をしております。ちょうど花鳥様のお手に納まるくらいの大きさかと」 そう言って花鳥の手を包み込むようにして握らせると、彼女の唇に笑みが乗った。 「それは小さいな。毛並みもさぞ柔らかいのであろう」 花鳥は光の映らない瞳を上げると、柔らかな声音で歌い続ける小鳥を見上げた。 天高く、それでいて透き通った声で歌う鳥は楽し気で、花鳥の心を弾ませてくれる。 彼女は自らの手を握り込む紅林の手にもう片方の手を重ねると、鳥を見上げていた瞳を目の前の従者に向けた。 「のう、紅林」 静かに駆けられる声へ、紅林の瞳が瞬かれる。 「紅林はわたくしに付いて来た事を後悔してはおらぬか? 紅林ほどの者であれば、お父様の傍に居るべきだったのではないだろうか。わたくしの様に目の見えぬ者に従っていても――」 「花鳥様」 幼い唇から綴られる寂しい言の葉を遮り、紅林の腕が花鳥の体を抱き締める。その温もりに開かれたままだった幼い瞳が閉じた。 「確かに私は安香様に買われて雪日向の家に参りました。けれどその日から、私の命は花鳥様の為に捧ぐと決めたのです。安香様では無く、花鳥様の為にこの身を賭しているのですよ」 幼い頃、雪日向安香に金で買われて雪日向家に来た。その時、花鳥はまだ存在しておらず、紅林は雪日向の下女として扱われてきた。 その時の扱いは酷いもので、厩で寝起きをするのはまだマシな方。必要であれば屋敷の外で寝起きする事もあった。それでも身の置き場がない彼女は、必死にその生活に堪えた。 そして数年後、花鳥が生まれると安香は彼女の目が見えない事を理由に紅林に全てを押し付けた。 「あの時を境に、私の生活は一変しました。衣食住がまともに与えられると言う表面上の変化は勿論、花鳥様と言う光を得たと言う心の面での変化もあったのです」 花鳥はみすぼらしい姿をした紅林の手を取った。生まれて間もなくで分別が無かったとは言え、その時与えられた手の温もりは、紅林にとってかけがえの無いものだった。 「花鳥様。あの時得た温もりが私の人生で唯一の光……花鳥様の為に在ることが、私の喜びであり全てなのです」 ですから。そう言葉を切って花鳥の身を離した時だ。唐突に紅林の動きが止まった。 「紅林?」 彼女の変化に気付いたのだろう。不安げに顔を上げた花鳥に、紅林の手が優しく彼女の体を抱きしめ直す。 「私の傍を離れませんよう」 耳元で囁き刀に手を掛けた瞬間、物陰から刀を携えた者達が数名飛び出してきた。これに花鳥を自らの背に隠して刀を抜き取る。 「何奴!」 「貴様のその顔……楠通弐だな?」 「何?」 思わず見開いた目。その瞬間、1人の男が飛び出してきた。 これに紅林が反応して切っ先を向け直す。けれどそれが振るわれる前に、新たな変化が起きた。 「!」 一歩を踏み出した男の足が、何処からともなく飛んで来た矢に貫かれたのだ。 「ああああッ、っ……な、何が……!」 足を貫く激痛に男が呻く。そして矢が飛んで来たであろう方角を予測して視線を動かすと、彼は幽霊でも目にしたように瞳を驚愕に見開いた。 「く、楠通弐!?」 楠通弐(iz0195)は青ざめた表情でこちらを見る男たちを一瞥。その上で男たちに囲まれて刃を抜く紅林に目を向ける。 そして何事もなかったかのようにもう一矢を番えると、何の躊躇もなく矢の先を男達へ向けた。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
ハーヴェイ・ルナシオン(ib5440)
20歳・男・砲
ミシェル・ヴァンハイム(ic0084)
18歳・男・吟
天月 神影(ic0936)
17歳・男・志
樂 道花(ic1182)
14歳・女・砂 |
■リプレイ本文 「賞金首が出やがった! あんたも早く逃げろ! 巻き添え食うぞっ!!」 川下の方から駆けてくる人の声に足を止めた海月弥生(ia5351)は、賞金首と言う単語に楠通弐(iz0195)を思い浮かべた。その上で思い出すのは今朝方真田より言われた言葉だ。 『俺は楠を隊士として迎える事は出来ねえ』 通弐を隊士に。そう願い出ようとしたが、現実は其処まで甘くなかったようだ。 「なんとなくだけど、都内部が不穏な動きをしているようだし、仕方がないのかしらね」 春華王がお忍びで来ているとかで浪志組も巡視の体勢を強化している。そんな中で通弐を隊士に加える話など出れば混乱は必須。 「あたし自身がこれ以上接触すると色々拙いと思ったんだけど……」 出来る事なら気付かない内に何処へ行って欲しかった。けれど先程逃げてきた人の言葉を思うと、今ここにいるであろう賞金首は限られてくる。 「なんだなんだ、騒がしいな。何が出たんだ?」 ふぁっと欠伸に混じった声が土手下から聞こえて来る。目を向けると昼寝から覚めたばかりの樂 道花(ic1182)が見えた。 「……賞金首が出たらしいわね」 呟き、スッと目を細める。その上で遠見の術を使うと彼女の中に苦いものが浮かんだ。 やはり。そんな想いが胸を過るが、次の瞬間、彼女は見定めた別の人物に気付いて口を開く。 「紅林さん……それに、花鳥さんまで」 「なにっ!?」 飛び起きた道花が土手を這い上がって遠くを見る。そうして同じように目を細めると僅かに眉を顰めた。 距離はあるが視線の先にいるのは間違いなく楠通弐だ。そして彼女の視線の先には賊らしい者とそれに囲まれる紅林と花鳥の姿もある。 「……ッ、何でアイツがここに居るんだ…?」 騒ぎを聞き付けて駆け付けたミシェル・ヴァンハイム(ic0084)は、弥生達とは反対方向のから紅林達を発見していた。そんな彼の後ろから複数の足音が近付いてくる。 「っ、なんか、騒動が起きてるって聞いて……ん? あそこ……紅林さんと花鳥さん、それに……通弐!?」 何処から走って来たのだろう。額に汗を浮かべて目を見開くフィン・ファルスト(ib0979)に次いで羅喉丸(ia0347)が口を開く。 「道中で通り過ぎた男が言っていたのは本当だったか……」 しきりに賞金首が出たと叫んだ男と通り過ぎた。その時、通弐に間違えられた紅林か、本物の通弐のどちらかだと思ったのだが、その結果は――両方。 この場合どちらも事実で問題ないだろう。 「状況は格段に此方の方が面倒そうだが」 賊が刃を向けるのは紅林と花鳥。そしてそれらに矢先を向ける通弐。その構図はパッと見明快だが、通弐の行動原理が不明だ。 「改めて見るとホント複製かってくらいそっくり……って、それより助けないと!」 フィンの言う様に紅林と通弐は良く似ている。もし賊が間違えて襲ったとしても違和感がない程には。 けれどこの一連の動きを離れた川辺で見ていたパラーリア・ゲラー(ia9712)はある違和感を覚えていた。 「さっきの人、楠さんを見て楠通弐って言ってたにゃ……それって」 思案し、視線を落そうとした所で声が響いた。 「待て待て! 張り切って登場した所悪いんだけど、こっちの可愛い子守ってる美人さんは紅林さんで、あっちで弓構えてる美人さんがお探しの楠だよ!」 間違えんな! そう叫んだハーヴェイ・ルナシオン(ib5440)に賊たちが俄かにざわめきだす。 その様子は明らかな困惑――いや、狼狽だ。 「この様子、何かあるな」 ポツリ、零すのは浪志組の羽織を纏った天月 神影(ic0936)だ。 彼は離れた位置より紅林達を見守っていたのだが、襲ってきた賊の中に見知った顔がないか判断していて動きが遅れたのだ。 「何だこの状況。楠に訳の分からねえ奴らがぞろぞろと」 苦々しげに矢を足から引き抜いて呟く男が額から汗を垂らす。そして他所に矢を放り投げると、改める様に刃を構え直した。 「どっちが賞金首かなんて関係ねえ! そもそもてめぇらだってどっちが本物か証明できねえだろ!」 本物かどうか証明できる物。そんなものありはしない。だが言える事はある。 「お付きの者が楠と似た面立ち故、面倒な事に巻き込まれてはと……例えば、今のようにな」 神影は鋭い視線を男たちに向けると、紅林と彼等の間に進み出るようにして鍛え込まれた刃に手を伸ばした。 「我らは当主の依頼で同行しているのだが?」 「な、に……?」 ざわっと周囲がざわめく。 「隙あり!」 紅林と花鳥を囲む賊の間に割り込もうと機会を伺っていた道花が突っ込んでゆく。そして体当たりするようにその身を滑り込ませると、地面に転がりながら紅林らを見上げた。 「っ、……紅林、花鳥、大丈夫か?」 「私は……けれど……」 未だ状況を把握しきれない紅林に怯えた様子の花鳥がしがみ付いている。それを確認して道花はニッと笑んだ。 「大丈夫。俺らが何とかしてやる……そうだろ、皆ぁ!」 気付けば見知った顔が揃っていた。起き上がってそれらを見回した彼女に、頼もしい顔が頷く。 「まずは誤解を解こうぜ!」 道花はそう言うと、紅林と花鳥を自身の背に置いた。 ● 「だからさっきから言ってるだろ! そいつは楠通弐じゃない! ……良く似ちゃいるが、別人だ」 「証拠がねえんだよ!」 叫ぶミシェルに賊が叫び返す。先程からこの遣り取りの繰り返し。幾ら言葉を向けようが一向に話が進まない。 それどころか賊の方は遣り取りが繰り返される度にピリピリしてきている。 「証拠、証拠……」 何かないか。そう視線を巡らせたフィンの目に、未だに弓を構えたままの通弐が見える。 「そうだ! 通弐は弓を扱うんだよ! 確か手配書にもそんな事書いてあったし、ほら!」 こっちが弓を持ってる。そう叫ぶ彼女に通弐が面倒そうに息を吐き一歩を踏み出した。 これに全員が警戒を見せる。 トンッと踏み込んだ瞬間、通弐の姿が消える。そして何処へ行ったかと視線を巡らせた直後、全員の耳に淡とした声が響いた。 「人間は面倒ね……倒したいなら倒せば良い。頭で考えるから、面倒な事になる……楠通弐は私……お前たちが倒すべくは、私」 志体持ちでもギリギリの射程で放たれていた矢。それだけの距離があったにも関わらず、彼女の姿は開拓者等の直ぐ傍まで来ていた。 その動きに賊の足が下がる。 「通弐、殺さないで!」 「?」 腕を掴んだ何かに通弐の足が止まる。その目が腕を辿り、其処を掴むフィンを捉えた。 「え、と……久しぶり」 言い辛そうに口を開く彼女に通弐の目が眇められる。 「花鳥さん、志摩さんに預けてくれたんだよね? 人質にされて脱出されたらやばかったしありがとう、なんだけど……」 もしこのまま通弐が人を殺めれば見逃せなくなってしまう。出来る事なら投降するか逃げるかして欲しいのだが、それを口にする事は憚られた。 「……、…と、通弐はエルフだよね……公式に初めて確認されたアル=カマルへの門が開く前から此方にいたけど……もしかして修羅みたいに……」 苦し紛れに発した問いへ「はあ」と明らかな溜息が返る。その上で腕を振り上げると、一筋の太刀が通弐の頬を過った。 それは危うくフィンの肌も裂く勢いで、彼女はよろけるように後退すると背後にいたパラーリアに受け止められた。 「あの人達、賊ではないにゃ……何か目的があるのにゃ」 こっそり耳打ちした彼女にフィンの目が上がる。其処へ通弐の声が響く。 「出生? 知る訳がないでしょ……覚えているのは、弓で人を殺めた。それだけよ」 ツッと上がった口角。それと同時に通弐の矢が賊を捉える――と、一斉に賊が動き出した。 「なんだあいつら!」 ミシェルの疑問は尤もだ。 本来なら通弐に向かう筈の賊の半分が、紅林に向かったのだ。これには羅喉丸やハーヴェイなども驚いて目を見張っている。 「家人は遭都にいて長女の花鳥さんと紅林さんだけが此処にいる事に疑問を感じたが、まさか……」 羅喉丸の呟きに思案しそうになったハーヴェイがハッとする。賊の1人が花鳥に迫ったのだ。 「目ぇ閉じろ!」 漆黒の銃身が淡く光り、唸るように放たれた弾丸が賊の中心に消える。 パアアアッ! 目を圧迫する程の光が弾け、賊たちの動きが止まる。 「今だ!」 この間に紅林と花鳥を助ける。そう意気込むのだが、賊の方も全部が閃光弾を浴びた訳ではなかったようだ。 混乱に乗じて攻撃を見舞おうとする賊に紅林が刃を反す。だが遅い。 「花鳥様!」 叫ぶより早くミシェルは飛び出していた。 花鳥を抱え込むようにして大地を転がり、その身に刃を受ける。そうして小さなうめき声をあげると、腕の中で小刻みに震える少女を見下ろした。 「っ、……大丈夫か?」 コクリ。僅かな頷きに安堵の息が零れる。 「手加減は無用だな。全力で参る!」 通弐に向かう賊は問題ない。何せ名の知れた賞金首、そう簡単にやられる訳もないだろう。 もし簡単にやられてしまうなら、先の上級アヤカシとの闘いでとっくに伏している筈だ。 「優先すべきは紅林さんと花鳥さんの無事だ」 「そうね。問い質したい事もあるし、賛成だわ」 弥生は頷くと透かさず弓を構えた。その上で弦を弾き周囲を探る。 周囲に潜む存在はある。けれどその殆どは野次馬か何かだろう。この中に殺意をもって潜んでいる者が何人いるか。 「……面倒ね」 呟く弥生の声を耳に羅喉丸は大地を蹴った。向かうのは紅林と花鳥の元だ。 今はミシェルが花鳥を護っているが、彼女を抱えたままでは楽を奏でる事もままならないだろう。 「くそっ……コイツ、明らかに花鳥を……っ」 紅林が薙いだ刃に鮮血が上がる。それを頬に受けながらミシェルは花鳥を見下ろした。 其処に新たな光が届く。 「!」 賊が背後に迫り刀を振り上げたのだ。 狙いはミシェルと花鳥。一気に突き刺す勢いで落とされる刃に、花鳥を抱く腕に力を込めて目を伏せる。が―― ゴスッ。 鈍い音と共に何かが倒れる音がする。 恐る恐る目を開けると白銀と黒の刀身を携える道花の姿が飛び込んできた。 「志摩のおっさんに話を聞けって言う以前に、コイツらの狙いがわかんねえ……ミシェル、無事か?」 「あ、ああ」 微かに頷くミシェルに頷きを返し、道花は容赦なく眼前を見据える。その背後で新たに人が崩れる音がすると、彼女の瞳が僅かに動いた。 「遅れたな。護りは任せてくれ」 盾を構えた羅喉丸にミシェルの肩から力が抜ける。良く見れば賊の大半も崩れ落ち、後は反撃の機会を伺う様に此方を見据える賊が2名いるだけだ。 その内の1人、陰陽師らしき人物へパラーリアは弓を構えた。その動きに添って敵方の手に符が装備されるのだが、それを待っていたかのように別方向から矢が飛んでくる。 「!」 何が起きたのか。振り返ろうとした隙を突いてパラーリアの矢が薄緑の光を帯びる。 「動かないで欲しいのにゃ! それ以上動いたら、次は頭を射抜くのにゃ!」 ギッと弦の軋む音がする。 言葉こそ柔らかだがパラーリアの目には固く心に決めた気持ちが見える。もし少しでも不穏な動きをすれば、彼女は迷うことなく敵の頭を射抜くだろう。 陰陽師は小さく息を呑むと、大地に符を落し、ゆっくり両の手を掲げた。 ● 捕縛して川辺に並べた賊を眺め、弥生がホッと息を吐く。 「よく楠がフィンさんの言葉を聞いたわね」 そう。通弐はフィンの「殺すな」と言う言葉を律儀に守ったのだ。其処にどんな気紛れがあるかわからないが、これで話が聞ける。 「貴方達に聞きたい事は沢山あるわ。まずは楠の消息をどこから聞きだしたのかしら」 通弐が神楽の都にいると言う情報はこの場の全員と、志摩、そして浪志組しか知らない筈だ。 ならばどうやって。 そう問い掛ける彼女に賊の1人が鼻で笑う。 「ギルドに行きゃぁどんな情報でも転がってんだろ。手配書がある段階で探ってる奴なんざたんと居るんだよ」 「確かに、賞金稼ぎならばそうだろうな。では何故、紅林さんと花鳥さんを狙ったんだ」 人違いと主張した後も紅林や花鳥を狙う意味はないはず。そう語る羅喉丸へ一瞬の沈黙の後賊が答える。 「……嘘の可能性もあるだろ」 「何?」 「お前等が楠の仲間って可能性もあるだろうがよっ!」 吐き捨てるように叫んで、賊は開拓者の後方で此方を伺う通弐を見た。 通弐は賊を捕縛した後も、開拓者等と距離を取ってこの場に留まっている。その視線は自分と同じ顔をした紅林に向かっているのだが、口を開く気配はない。 「しかし似てるな。世の中には同じ顔した人間が3人は居るってよくオヤジが言ってたけど……お面でも着けたら如何だ?」 この声に花鳥を抱き締める様にしながら何事かを考えていた紅林の顔が上がった。そして苦笑を滲ませてハーヴェイを見る。 「余計に怪しまれましょう」 「んー……そう言うもんかね」 街中で面を付けて歩くのは奇妙な物だ、と紅林は言う。けれど開拓者の中には面で顔を覆っている者も居る。なので問題ないと思うが、本人が嫌なら仕方がない。 言葉を切ったハーヴェイを見止め、ミシェルは未だ立ち竦んだままの通弐を見た。 本来であれば追い返すべきなのだが、その前に聞きたい事がある。 「楠通弐、……何であんたは手を貸してくれたんだ。紅林と何か関係があるのか…?」 「だな。俺、お前のこと全く知らねぇから何言われたって驚かねぇぞ? なんだよ、花鳥に用事?」 彼女の様子を見る限り、どちらかに用――と言うよりは興味があるのは明白。 ミシェルに次いで掛けられた道花の声を耳に、通弐の足が動いた。それにパラーリアとフィンが武器を構える。 それを一瞬だけ視界に据え、興味無さそうに通弐は歩き出した。 「楠、逃げるのか!」 盾を手に進み出た羅喉丸に一瞬だけ彼女の足が止まる。そして振り返ることなく息を吐くと、弓を握っている彼女の手に力が篭った。 「逃げる? 私が人間如きを相手に?」 ギッと鋭い視線を飛ばして矢を構えようとする。しかし何かが視界に入ったのだろう。 唇を引き結ぶようにして表情を消すと、通弐の口から重い息が漏れた。そして今度こそ振り返らずに歩き出す。 「……自分が何者なのか、気になっただけよ」 そう、極々小さな声で零して。 その日の午後。捕縛された賊の尋問を行っていたパラーリアは変わらない自白に溜息を零していた。 「……目的は楠さん……紅林さんは似てるから……」 あくまで狙いは通弐であって紅林ではない。そう繰り返す相手に辟易し始める。と、其処に足音が響いてきた。 「大変だ! 花鳥の屋敷が何者かに襲撃されてる!」 駆け込んできた神影の声にパラーリアの目が見開かれる。 昼間に襲われたばかりだと言うのにまた? 驚く彼女がハッと背後を振り返る。 「何してるにゃ!」 叫びながら賊の口に手を突っ込もうとする。けれど間に合わず。 捕らえた賊たちは自ら舌を噛み切って息絶えた。 |