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■オープニング本文 賑わう人々の音。それを耳に、楠通弐(iz0195)は屋根の上に潜めていた身を起こす。 此処は神楽の都。羅碧孤との闘いにおいて開拓者に興味を持った彼女は、人目を避けるようにしながらこの地に足を踏み入れた。 現在は変装と呼ぶにはおこがましい、布で顔を覆うだけと言う姿で物陰に潜んで人々の様子を伺っている。 「……あれが、浪志組か……」 ポツリ、零す視線の先で、赤と黒の羽織を纏う者達が駆け抜けて行く。何か事件があったのか、それともそれが彼等の役目なのか。通弐にその辺の事情は分からない。 「……わからないな」 そう言って路地に足を向ける。 ここ数日、多くの人間を見、多くの営みを目にしてきた。そうする事で開拓者の持つ強さの源を探ろうとしたのだが、如何しても見付ける事が出来ない。 「戻るか……」 今日も収穫は無し。そう判断して踵を返そうとした時だ。不意に手を掴む感触がした。 反射的に弓に手を伸ばし、手を掴んだ者へそれを向ける。だが―― 「……紅林(こうりん)、何処に行くのだ」 声は通弐の手を掴んだ者。それは幼く頼りなげな少女だ。少女は反応の無い通弐に気付くと顔をあげた。 (……この娘、目が見えないのか……?) こちらを見詰める少女の目が閉ざされている。それはこの少女が瞳に光を宿さない証拠でもある。 「……何の人違いだ。私は、そのような者ではない……」 そう告げて手を振り払おうとする。しかし少女は通弐の手を離さなかった。 まるで縋る様に抱き付くその姿に通弐の目が見開かれる。普通ならば声で別人と判るだろう。 だが少女は言う。 「紅林、行かないでおくれ」 切なげに告げられた言葉に息を呑んだ。 目は見えていないが、少女の瞳は通弐を捉えている。何かを見透かすようなその顔に視線を逸らした時だ。 路地の影から顔を覗かせる人物が居た。その人物は通弐や少女を確認すると、やや面倒そうに足を踏み入れてくる。 「おい。お嬢さん方そんな所で何して――」 「!」 響いた声に反射的に顔を向ける。 その目に飛び込んできたのは、いつだったか顔を合せた事のある開拓者――確か志摩 軍事(iz0129)とか言っただろうか。 「お前ッ!」 志摩は当然叫ぼうとした。だがその声が涼やかな声に遮られる。 「紅林?」 通弐の動揺が伝わったのだろ。少女が不思議そうに首を傾げる。そして縋る腕を緩めると、声を発した志摩の方へ顔を動かした。 「紅林の知り合いかえ? よければ、わたくしにも紹介しておくれ」 少女の言葉に今度は志摩が驚く。 通弐と少女を交互に見比べ、訝しげな視線を注ぐ。 「……紅林? どう云う事だ」 意味がわからない。 変装をしているが通弐である事は間違いない。だが彼女の手を持つ少女は彼女を「紅林」と呼んだ。 それに瞼を閉じた少女は通弐を信頼している。それが彼女の雰囲気からも伝わってくるのが解せない。 「嬢ちゃん。嬢ちゃんはそっちの姉さんとどんな関係なんだ? 俺は開拓者ギルドの志摩ってんだが、良けりゃ教えてくれねえか」 出来る限り平静を装って問いかける。 これに少女の顔が通弐を見上げ、そして志摩に渡った。 「紅林はわたくしの侍女。父様が下さった、ただ1つの拠り所……わたくしの目」 ふわりと微笑んだ少女に志摩の視線が通弐に向かう。これに目を伏せた通弐を見て理解する。 この少女は何かを勘違いしている。そして通弐はそんな少女を振り払う事が出来ずに此処にいるのだ、と。 「おい、楠」 突然の名にビクッと肩が竦む。その上で志摩を見ると、彼女は小さく「何だ」と言葉を返した。 これに少女の瞼が見開かれる。そして何かを言おうと唇を動かし、そして静かに手を離した。 「……初めに人違いと言ったはずだ。勘違いしたのはお前だろう……」 これで解放される。そう思ったが、離れてゆく手の感触に目が落ちる。そして離れてゆく手が震えているのを見ると、通弐の手が動いた。 「きゃっ!」 「楠、何する気だ!」 乱暴に少女の手を引き上げた通弐に志摩が駆け寄る。それを承知で少女を放ると、通弐は身軽な動作で民家の屋根に飛び乗った。 「開拓者は何でもするのだろう? ならば探してやれば良い。紅林とやらを……」 感情の伺えない声が静かに降り注ぐ。 それを見上げながら志摩は腕で小刻みに震える少女の肩を抱いた。その上で通弐を見上げる。 「お前は関与しないのか」 「興味がない」 通弐はそう言い捨てると本当に興味がないのか、何の躊躇いも見せずに去って行った。 残された志摩は少女に視線を落とす。 「嬢ちゃん……その、俺で良けりゃ手を貸すが……その紅林ってのは、どんな人物なんだ」 「……紅林は……楠様に、良く似た声をしています」 ああ、そうか。 志摩は自分の質問を叱咤した。 目の見えない少女にどんな人物かと問うなど如何かしている。 「となると、声だけが頼りか……参ったな」 「……茶屋で茶菓子を買いました。紅林は赤い菓子だと……それと、紅林の使う武器を買いに……」 「武器?」 志摩の問い掛けに少女が頷く。 「紅林はわたくしの護衛で、剣術に長けております」 茶屋に武器屋。殆ど接点はないが、心に留めておく必要があるだろう。 志摩は戸惑う少女を促すと、彼女の手を引きながら歩き出した。 その姿を別の屋根に移動した通弐が見ていた。彼女は志摩と少女の姿が見えなくなると、自らの手に視線を落し、何かを考えるようにしてこの場から姿を消した。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
ハーヴェイ・ルナシオン(ib5440)
20歳・男・砲
ミシェル・ヴァンハイム(ic0084)
18歳・男・吟
天月 神影(ic0936)
17歳・男・志
樂 道花(ic1182)
14歳・女・砂 |
■リプレイ本文 貴族の娘の名は「雪日向 花鳥(ゆきびなた かちょう)」。本家を遭都に置く雪日向家の長女で、つい先日神楽の都に移住して来たらしい。 「お家の人達は遭都にいて、花鳥さんと紅林さんだけがこっちに来たって言ってましたけど……何ででしょう?」 そう零すのは士道を用いて花鳥に名前を聞いたフィン・ファルスト(ib0979)だ。そんな彼女の隣には、フィンと共に笑顔で言葉を交わしたパラーリア・ゲラー(ia9712)の姿もある。 「チョコレートを美味しいって言って貰えて良かったにゃ〜♪」 花鳥と分れる際、不安げな彼女にチョコレートを渡した。 「茶色くてあま〜いおかしだにゃ〜♪」 そう言って手渡した菓子を、花鳥は遠慮気味に受け取りながらも頬を紅潮させて笑ったのだ。 その表情を思い出すと俄然やる気が出て来る。 「あ、このお店ですよ!」 言ってフィンが足を止めたのは、市場の一角に建てられた老舗らしい茶屋だ。外観のしっかりとした造りがこの店の様子を窺わせる。 「……高そうな店だな」 天月 神影(ic0936)が零す声の通り、この店は神楽の都に在る茶屋の中でも高い部類に入る。 「どんなお菓子が売ってるのかにゃ〜」 ひょいっと店先に顔を覗かせたパラーリア。その彼女の行動を僅かに離れた場所で見ていた羅喉丸(ia0347)が眉を潜める。 「楠がこんな所に居て、何もせずに帰るとは、何か心境の変化でもあったのか」 「さあ、如何でしょう」 海月弥生(ia5351)も楠通弐(iz0195)の行動は気になっていた。 花鳥を連れてギルドへ戻った志摩は、確かに通弐が居たと言ったのだ。けれど彼女は姿を消した。 特に何かをする訳でもなく、ただ姿を消したのだ。 「確かあの時間は浪志組が巡回をしていた筈……騒動の情報も入っているけれど、その様子が見えてなかった訳はないわよね」 浪志組に見付かれば捕縛や戦闘は確実だろう。それでも通弐に気になる事があったのだとしたら…… 「うぅ、通弐かぁ……会っても戦闘は回避したいなぁ」 いつの間に傍に来たのか、フィンが「あはは」と表情を竦めて苦笑する。それを見ながら頷くと、羅喉丸はある1つの可能性を示唆していた。 「浪志組が遭遇した騒動と紅林さんの行方……たいした事でなければいいんだがな」 決して別の物として考える訳にはいかない。そう言葉を括った所で威勢の良い声が聞こえて来た。 「外れだ、外れ!」 茶屋の暖簾を潜って出て来たミシェル・ヴァンハイム(ic0084)を出迎えた樂 道花(ic1182)が、残念極まりないと言った様子で声を上げている。 そんな彼女に苦笑しながら、ミシェルが「まあまあ」と声を零す。 「樂さん、落ち着いてくれよ。まだ一軒目なんだしさ、こっからが本番だろう?」 な? そう笑んで口角を上げる彼に道花が唸る。 「そうは言うけどよぉ……困ってる女を長く待たせる訳にもいかねぇだろ。とは言え、お前の言う通りか。焦っても良い結果が出るとは限らねぇか」 「そう言うこと」 ミシェルはニッと笑んで頷く。その上で志摩に花鳥を頼んだ時の事を思い出す。 『絶対見つけてくるから、君は待っててくれ。な?』 そう告げたミシェルに、少女は心許なげに頷いたのだ。その表情が今でも頭に残っている。 「絶対に見付けてやらないとな」 拳を握り締めて決意を固める。そして次の行動に移るべく集まった仲間の元へ向かうと、神影の言葉が飛び込んできた。 「都は物騒だから武器を整える必要がある。そう、紅林は言っていたようだ」 武器を整える必要がある。 都が其処まで物騒とは思えないが、花鳥がそう言っていたのなら間違いないのだろう。 「大事な人が居なくなって、挙句にその台詞か……大変だな」 花鳥の心情を思えば当然の感想かも知れない。 しみじみと零されたハーヴェイ・ルナシオン(ib5440)の声に頷き、道花が表情を引き締める。 「此処からは分れて捜索しようぜ。早く見付ける分には問題ねぇだろうからな」 「そうだな」 そう言って頷いた羅喉丸に続き、他の面々も頷きを返す。こうして紅林の捜索が開始されたのだが、ふと弥生の足が止まった。 「今、何か視線が……」 遠見の術を使って瞳を眇める。 だが何処を見回しても怪しいモノが見えない。 「気のせいかしら」 彼女はそう零すと、僅かに首を傾げて歩き出した。そしてその様子を屋根の影から見守る者が1人。 「……ご苦労な事だ」 通弐はそう零すと、彼等の動きを追うべくその身を消した。 ●弐の茶屋 今にも崩れてしまうのでは。そう思える佇まいの茶屋を出たハーヴェイは、茶屋で聞いた情報を思い返して息を吐いた。 「似顔絵に見覚えはあるものの、今日来た覚えはない。か」 都の外れに位置するみすぼらしい茶屋。一見したらただの小屋ではと思ってしまう程みすぼらしい茶屋に、ハーヴェイは羅喉丸とミシェルと共に訪れた。 だが其処で得れたのは、花鳥と紅林が来ていないと言う情報。但し―― 「今日は来てないってだけで、紅林って人の情報は貰えたな」 ミシェルの言う様に、花鳥の似顔絵を見せた所、店主が彼女の事を知っていたのだ。そして彼女と共に居た侍女の事も。 「しかし妙な反応だったな」 思案気に零す羅喉丸にハーヴェイもミシェルも頷きを返す。 「紅林と言う人の容姿を訪ねた時だろ?」 「ああ。単に容姿を聞いただけなのだが、何故あんなにも慌てた様子だったのか……」 花鳥を知っていた店主に紅林の詳しい容姿を訪ねた。しかし返って来たのは不確かな情報。 「黒い髪に茶色の瞳、あと凛とした佇まい……だっけ?」 「似顔絵も断られたし、如何なってるんだ」 眉を潜めたハーヴェイにミシェルが視線を落とす。そして浮かんだ嫌な思いを振り払う様に首を横に振ると、努めて明るい声を上げた。 「茶屋は外れ。それなら次に行こうぜ!」 万が一、物騒な事が起きないとも限らない。けれど今は紅林の詳しい容姿がわからなかっただけだ。それでそうした方向に考えを持って行くのは早計だろう。 ミシェルは仲間に笑みを向けると、次なる目的地、武器屋に向かった。 ●四の茶屋 お菓子の包みを手に歩くパラーリアの僅か後方を、フィンは複雑な面持ちで歩いていた。 「フィンちゃんもおひとついかがですか〜?」 差し出されたのは、上質な練り菓子だ。 先程長屋の隅に建てられた茶屋を訪れた際、有力な情報が与えられないお詫びにと、店主がくれたのだ。 繊細な見た目の花を模した練り菓子に手を伸ばしながら、フィンの視線が落ちる。そして甘い菓子をひと口食べた所で呟く。 「お店の人の反応、おかしかったですよね?」 花鳥の似顔絵を見せた時、店主は彼女の事を知っていた。そして共に来たであろう従者の事も。 けれどその容姿を尋ねると、曖昧な言葉が返って来たのだ。 「黒く長い髪が綺麗な剣士、だったかにゃ〜」 「そうです!」 容姿を訪ねているのに返って来たのは特徴だけ。そして極め付けには売り物である菓子までくれた。 「何かある気がするんですよね」 フィンの言葉にパラーリアが「うーん」と唸る。そして何かに思い至ったようにフィンを振り返ると、笑顔で彼女の顔を覗き込んだ。 「顔が見えなかったとかどうかにゃ?」 「顔が見えない?」 確かに顔が見えなければ詳しい容姿は言えない。だが顔がない人間などいないし、考えられるとすれば顔を隠していると言う事だろうか。 「そう言えば……」 ふと志摩が言っていた言葉を思い出す。 「花鳥さんは紅林さんと通弐の声を間違えたんですよね。それって……」 其処まで思い至ってふと足を止める。 耳に聞き慣れない金属音がしたのだ。視線を動かすといつの間にか長屋街を抜けているのがわかる。 「フィンちゃん。あそこに武器屋さんがあるにゃ」 パラーリアの言う様に、長屋から僅かに離れたその場所に武器屋らしき佇まいの工房が見える。 「……行ってみましょう」 フィンはそう告げると、パラーリアと共に鉄音に導かれるように歩き出した。 ●弐の茶屋 鶏の鳴き声を耳にしながら、神影がもふらの横にしゃがみ込む。そしてその背を撫でた所で道花の気合の入った声が聞こえて来た。 「よっしゃ! 一軒目は当りだな!」 両の拳を当てて得意気に笑う彼女に神影の目が向かう。そしてもふらをひと撫でしたところで彼の腰が上がった。 「赤い菓子は牡丹を模した菓子だったのだな。華やかでいて繊細な、見事な腕だ」 そう告げる神影の視線は弥生が手にしている菓子に向かっている。 「花鳥さんと紅林さんがこのお店に来た事は間違いないみたいね。お菓子を買った事も覚えていたし……」 でも。と声を潜めた弥生が歩き出す。 それに続く様に道花と神影も歩き出すと、彼女は潜めた声のまま続けた。 「何か隠してたわ」 それが何かはわからない。けれど妙な違和感を覚えた。 「でもさ。嘘は言ってなかったよな」 そう零したのは道花だ。彼女は店主に訪ねた時の事を思い出す。 『この絵の娘さん、盲目でさ。護衛がたった一人の家族みてぇなもんなんだって。だから、何でもいいから教えてくれ』 真剣に、店主の目を見ながら問いかけた時、一瞬の躊躇いを見せてから店主は教えてくれた。 「『黒い髪と茶色の瞳。常に娘さんを気遣って歩く、心根の優しそうな女性』だったか」 「そうね。他にも刀を帯刀していたとも教えてくれたわね」 神影の言葉に頷きながら弥生が眼前を見据える。今、道花や神影が言った言葉が店主の語った全て。 服装なども聞こうとしたが、其処まで聞く事は敵わなかった。 「そう言えば、武器の手入れに行くと言っていたのだったか」 花鳥と別れる前、神影は彼女から紅林との会話を聞きだしていた。その中に在った武器の手入れに思い当たる場所がある。 「それだったら俺に目ぼしい武器屋があるぜ。皆が茶屋で情報を集めてるときに、ふらっと聞いてみたんだよ」 修羅である自分が上客の相手など出来る気がしない。そんな理由から最初の茶屋には入らず、外で情報を集めていた道花。 そんな彼女の言葉に弥生と神影が頷いて目的地へ移動する。そして道花が聞いたと言う武器屋の前に来た時、思わぬ声が聞こえて来た。 「大人しく待ってなどいられますか! 私は今すぐにでも花鳥様をお探しに参ります!」 「このど阿保! 闇雲に探して見つかるわきゃぁねえだろ!」 確固たる力強い声に続き、怒声が響き渡る。 その声に顔を見合わせると、3人は急ぎ武器屋の中に足を踏み入れた。その瞬間、弥生の目が見開かれる。 「なん、で」 呆然と言葉を零した彼女に、言葉をぶつけ合っていた店主らしき男と客らしき女性が振り返る。そして弥生の反応を目にした店主が、すかさず女性の頭に布地を被せた。 「……なんでぇ。客か?」 探る様に紡ぎ出された低い声に、道花は勿論、神影も警戒して男を見据える。そして何事かを口にしようとしたところで、布地を被せられた女性が勢いよくそれを剥いだ。 「何処へ行っても同じ反応ですね。私は全くの別人、隠れる必要など何処にもない。そう言っている筈です」 「お前なぁ」 おいおい。そんな風に男が顔を覆う。 そうして布地が完全に外されると、全員の前に女性の顔が晒された。 「店主。お客人が来られたようですので私はこれで……急ぎ、花鳥様をお探しせねば!」 「だから待てって!」 有無を言わさず店を出ようとする女性に、男が詰め寄る。だが彼が止めるよりも早く、弥生が彼女の動きを止めていた。 きつく握り締める様に掴んだ腕に、道花や神影も驚いた様に弥生を見る。けれど弥生には彼等の反応を気にしている余裕はなかった。 何故なら―― 「――何故此処にいるの、通弐」 そう、目の前にいる女性はあまりにも似ていたのだ。彼女がかつて刃を交えた賞金首「楠通弐」に。 ●紅林 腰まで伸びた艶やかな黒髪に、光の通った強い茶の瞳。そしてエルフを象徴する尖った耳を持つ女性――紅林は、ギルドで保護されていた花鳥と再開すると、安堵の笑みを浮かべて彼女の背を抱き締めた。 「無事に見付かって良かったな。けどまさか錬成に関して議論している内にはぐれる、とか……どんだけ武器が好きなんだよ」 若干呆れたように口にする道花に、ハーヴェイが苦笑気味に「まあまあ」と零す。 「面倒事に巻き込まれてなかっただけ良かっただろ」 予想していた厄介事は無かった。それだけでも良しとしなければ。とは言え、厄介事が全くない訳ではない。 「手配書の似顔絵と瓜二つだにゃ〜」 パラーリアが見ているのは、ギルドで発行されている賞金首の手配書だ。其処に在るのは楠通弐の情報。そして描かれている通弐の似顔絵が紅林にそっくりなのだ。 「まさかとは思うけどさ……人違いじゃないよな?」 本物の楠通弐の可能性は? そう問い掛けるミシェルに弥生が小さく首を横に振る。 「通弐ではないわ……はじめは間違えてしまったけれど、間違いないわね」 姿も声も似ている。けれど言葉遣いや雰囲気がまるで違う。彼女は通弐ではない。 それは弥生と同じく通弐と対峙した事があるフィンや羅喉丸も感じていた。 「手配書の似顔絵は、楠が出現後に描き直されたと聞く。ならば髪の長さも踏まえ、別人である事は明白か」 短期間でこんなに髪が伸びるはずもない。鬘である可能性も否定できないが、それは極僅かな可能性だろう。 神影は思案気に眉を潜め、そして紅林を見る。其処に羅喉丸の声が聞こえて来た。 「これが、各所で聞き込みをした際に得た違和感か……別人だからこそ口を噤んだ容姿」 「誤解を招かないように気を使ってたんでしょうね。でも本当に……」 似てる。そう言って口を噤んだフィンがじっと紅林を見詰める。その視線に気付いたのだろう。 茶の瞳が彼女を捉え、そして何かに思い至ったように皆を見回した。 「そう言えばお礼を言うのを忘れておりました」 紅林はそう言うと、花鳥の手をしっかりと握り締めながらスッと頭を下げた。 「私は雪日向家が家長、雪日向安香(あこう)様の家臣にして家長様の従者、紅林と申します。此度は花鳥様の為に尽力頂き、誠に感謝致します」 凛々しい声音で告げた紅林は、頭を静かに上げると通弐では有り得ない程柔らかな笑みを開拓者に向けた。 |