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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●科挙 泰国の朱春における官僚は、難解な試験制度により身分を問わずに集められていた。 門戸は誰にでも開かれている。年齢制限以外、特に無し。性差も近年になって撤廃された。 そんな科挙試験は、大きく分けて三段階ある。 「序試」参加資格を得るために、諸侯が選抜するもの。 毎年二月十日に行われる。受験資格は、十二歳から三十歳まで。 序試合格者については、諸侯が部下として採用することが認められていた。 「正試」朱春で行われる本試験。 毎年七月十五日に行われる。受験資格は、十四歳から三十歳まで。 「質試」天帝が直接その資格を問う、最後の試験。 正試の結果が揃った後に行われる。おおむね、満月に合わせられていた。 科挙を受ける上で、必携の書とされるものが、「四経三書」である。 「四経」それは、春王朝・梁山時代前後に成立した四冊一組の思想書。 得形、知理、拠道、至徳。形を得て、理を知り、道に拠りて、徳に至る。 「三書」こちらは、曹孫劉・割拠時代前後に成立した三冊の実用書。 戦立、徳治、物済。戦にて立つ、徳にて治める、物にて済す。 ●料亭の子供達 一年中温暖な泰国の南部には、猫族(にゃん)と呼ばれる獣人が住んでいる。 猫族の特徴は、九割が猫か虎の獣人。月を崇め、秋刀魚が好物なこと。 泰国の首都の朱春から、少し南部に下った街。そこには、猫族の経営する料亭がある。 浪志組の白虎娘、司空 亜祈(しくう あき:iz0234)の実家であった。 虎娘は四人兄妹の二番目。長兄の虎猫青年、喜多(きた)は、正月に結婚したばかりの新婚。 下は双子で、白虎少年の勇喜(ゆうき)と虎猫娘の伽羅(きゃら)と言った。 開拓者達は、料亭に集まっていた。「四経三書」なる書物を、見せてもらうために。 虎猫しっぽを揺らし、長兄が出迎えてくれた。 「お待たせしました。お約束した、四経三書が準備できたので、心行くまで読んでください」 泰国語の書物なので、長兄が天儀の言葉に翻訳してくれる。双子には、内容が難しく無理らしい。 「本に興味がなければ、妻や弟の話し相手をしてくれませんか? あ、僕の妻の花月(かげつ)です」 「宜しくお願いいたしますわ♪」 「がう。勇喜、お話いっぱい聞きたいのです!」 長兄は照れながら、真っ白な虎の娘を紹介する。心臓が弱い新妻は、外の世界を殆ど知らない。 吟遊詩人の三番目も、興味津々で開拓者を見つめる。 「もしくは、下の妹や、僕の猫又の武術鍛錬に付き合ってやってください。二人とも、おてんばですけど」 「にゃ。伽羅は将来、国家泰拳士になるです。そして、街を守るのです!」 「うちも伽羅はんと一緒に、泰国を守れるようになるんや」 料亭の飼い子猫又を抱え、猫娘が意気込む。子猫又の藤(ふじ)は、三毛猫しっぽを揺らした。 国家泰拳士とは、試験に合格し、泰国の兵士になる道。科挙とは違う、泰国に仕える方法。 …実は先日の泰国の動乱によって、料亭の街を守っていた衛兵は、半分が亡くなった。 衛兵たちが遊び友達だった、末っ子と子猫又。二人は、街の英雄たちの背中を追い掛ける事を選んだ。 「上の妹ですか? …風邪をひいて、寝込んでいます。天儀は寒かったみたいで。 相棒の金(きん)が、魚を獲ろうと、海で頑張っているんですよね」 虎娘の故郷は、年末でも泳げる気候。対して、天儀は雪の舞い散る気候。 浪志組の隊長をしている虎娘。泰国の騒ぎに一区切りついたので、天儀の浪士組の屯所に戻った。 でも、その日のうちに、高熱を出す。療養のため、即刻、泰国に送り返されたらしい。 「僕も本来は、神楽の都の開拓者ギルドに在籍しているんですけどね。 『春になるまで帰って来るな!』って、指導を受けている先輩から、帰還の許可が出ないんですよ」 苦笑いをするように、長兄の虎猫しっぽが揺れる。三日前のやり取りを、思い出した。 風邪ひき虎娘を、精霊門経由で泰国へ送り届けてくれた、雪国育ちのベテランギルド員。 南国育ちの若手ギルド員に会うなり、「薄着で帰らせるな、天儀は冬だぞ!」と怒鳴った。 |
■参加者一覧
晴雨萌楽(ib1999)
18歳・女・ジ
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
狭間 揺籠(ib9762)
26歳・女・武
クロス=H=ミスルトゥ(ic0182)
17歳・女・騎
零式−黒耀 (ic1206)
26歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●四経の章 『古文の形式に関する講釈から始まり、以降それに則った文体で終始する四つの書。 得形。詩や句を題材とした形式論。 知理。太陽・月、流星や彗星の扱いに関する知識、易などの占術論。 拠道。倫理や儀礼に関する教訓。 至徳。政治論、性善説が説かれる。 一般的には、このように説明されていた』 「四経三書…それ! それ読みたかったの!」 癖のある赤毛が、激しく揺れた。モユラ(ib1999)は身を乗り出す。 「開拓者やってても、原書を読める機会は滅多にないからね。 正直遊んでる場合なんかじゃない、本腰入れて読ませて貰うよ」 拠道を手に取った。本を抱きかかえたモユラの瞳は、真剣そのもの。 「やっと四経三書を読めるんだね♪ 今日はたっぷり読書を満喫するよ♪」 神座亜紀(ib6736)の視線は、一度、物済に止まる。目の前を提灯南瓜のエルが横切った。 「でもエルは退屈だよね。エルは伽羅さんと藤ちゃんの修行を手伝ってあげてね。怪奇現象やお化け火で攻撃するんだよ」 提灯南瓜は亜紀を見返す。藤と一緒に杏仁豆腐を食べている。 「あ、飛ばすのは当たっても、あまり痛くないものだからね!」 伽羅が運んできた苺を貰いながら、亜紀はエルについて紹介した。 「…まさか、もう一種類読ませていただけるとは思いませんでした」 淡々と言葉を紡ぐのは、零式−黒耀(ic1206)。亜祈が風邪をひいたと聞き、街の市場へ行ってきた。 「あ、こちらお見舞いの品にございます。体調を崩したときはこれが一番だとアレが…」 『やあボクだよ☆感謝してよね!』 黒耀の言葉をさえぎり、提灯南瓜がポンと前に出る。偉そうに胸を張った。 悪戯大好き・からかうの大好き・無礼?なにそれと三つ揃った、はた迷惑なお気楽者。 ベシッ! 心地よい音がした。 「……アレが言っておりましたので」 淡々と言葉をつづける、からくり。表情を変えないまま、蜜柑の入った籠を差し出す。 相棒をはたき飛ばした黒耀は、無表情、無感動、真面目、天然の四拍子だ。 空から舞い降りる滑空艇・カリグラマシーン。雁久良 霧依(ib9706)の愛機だ。 いつもの泰国語の辞典を手に、料亭に入ってくる。辞典探しに手間取り、少々集合時間から遅れた。 「それが四経三書ね♪」 先客たちの間から、霧依は話題の本を見つける。同時に、知り合いの姿も。 「四経三書の話は任せといて! あたし暗記してるから♪」 リィムナ・ピサレット(ib5201)は、「双和序式誓官」なる称号を持っている。 過去に大典と回上と言う、泰国中部にある街で、科挙の為の本を探しに行ったことがあるらしい。 「…リィムナちゃん、全部暗記してるの? 科挙を受けたとは、聞いたけれど」 霧依は、軽く身を乗り出した。途切れる声。流石に驚嘆を隠せなかった。 先日言った、「科挙を二回受けた知り合い」とは、リィムナの事らしい。 「私は通読を目指すわ!」 霧依は一歩前に出た。ハイヒールの踵を打ち鳴らし、決意する。 リィムナの側でふよふよと浮かぶ、人妖のエイルアードは注釈書の一冊を抱えていた。 「リィムナちゃんの人妖くん、可愛いわね♪」 霧依は、リィムナの相棒を突っつく。細身の体に柔らかな金髪、白皙の肌の可愛らしい少年人妖。 「一緒に読みましょう♪」 さりげなくリィムナから、エイルアードを受け取った。豊満な胸元に抱き寄せて、頭を撫でる。 「四経三書って、全部で四十万字ほどあるんだよ。皆の質問に全て、詳しく回答できる様 準備してきたんだ」 リィムナは解説、質疑応答、なんでもござれ。喜多の手伝いは任せろと、明るく笑う。 「分からないことが分かる様になるって、楽しいよね♪」 仕事道具の呪本「外道祈祷書」は、今回お休み。紫の髪が、元気よく飛びはねた。 「ヨタローを連れてきてるケド、一人で遊んでおいでってのも可哀想カナ」 窓の外を見上げるモユラの前で、甲龍のヨタローがすねていた。霊騎のハチベーを、間違えて連れて来るところだったから。 「ヨタローにゃ、あたいが勉強してる間、それ食べて待っててもらおっカナ」 料亭の若旦那に視線を向ける。泰国料理をいくつか注文し、振り返ったモユラ。 「ほっとくと何食べちゃうかわかんないし。…てコラッ」 『ぎゃおんっ』 甲龍は、怒られたと勘違い。翼をまるめ、悲鳴を上げる。料亭の庭のパイナップルを食べようとしていた。 ヨタローには、知らない野草や木の実の類を見ると、とりあえず食べようとするクセがある。 「ゆっくり食べなさい、ゆっくり」 『ぐるるん♪』 モユラはヨタローに料理を運びながら、軽く足を小突いた。 「…良い天気ですね。温かくて、気持ちがいいです」 丸い窓には、竹編みの格子が組まれていた。外を眺めながら、劉 星晶(ib3478)は呟く。 「此処に居ると天儀の寒さも信じられなくなりそうですけど、実際は地獄の様な寒さなんですよね」 星晶の青い瞳は、外にいる相棒を追っていた。上級鷲獅鳥の翔星は、亜麻色の翼を広げている。 亜祈の相棒、甲龍の金を伴い、空へ飛び立った。『寝込んでいるのは似合わない』と鳴きながら。 「…医者の不養生って、こういうのも当てはまるのでしょうか」 星晶は、目の前に視線を落とす。目の前で寝込んでいる、風邪引きさん。咳が止まらない、医者志望の白虎娘。 「まあ引いてしまったものは仕方ありません。温かくしてゆっくり体を休める事ですね」 布団から身を起こす亜祈を助けながら、星晶の黒猫耳が伏せられた。水分補給にと、冷やし飴湯を勧める。 部屋の外で、狭間 揺籠(ib9762)の眉毛の間が狭まった。炎龍の遊も、唸り声をあげる。 「亜祈さんは風邪ですか。それは心配ですね」 天輪宗の僧侶としては、見過せない。結袈裟を揺らし、喜多に向き直る。 「今日は四経を読んで頂こうと思ってきたのですが、その前に少しだけ、亜祈さんの様子を見に行こうと思います。 お見舞いに何かあれば良かったのですが、生憎大した物は持ち合わせていないので…」 ちょうど荷物の中にあったのは、唐辛子。刻んでスープに入れたりすれば、温まれるはず。 修羅の角を揺らし、荷物を探してくれる相手。喜多は深々と頭を下げた。 「不肖! 私めは遊んで参るぜぃ!」 緑色の宝珠のついた大きな羽飾りが目立つ、赤いつばの帽子。それを脱ぎながら、金髪が揺れた。 クロス=H=ミスルトゥ(ic0182)は、仲間たちに不敵に笑いかける。 「いやー、極寒のジルべリアからしたら、とんだ贅沢じゃない? 天儀も冬だし、海へ行くなら今しかない! いや今だからこその、贅沢なのだよっ!」 拳を握り、あっけに取られる仲間たちに力説。ジルべリア辺境の貴族の生まれとしては、泰国の気候が不思議でたまらない。 「水着はご心配なく。行くぞ甲龍ー……名前なんだっけ?」 白を基調とした水着、シェイプガールを見せつけた。クロスは相棒を呼び掛け、はたっと止まる。 まだ、名前つけてなかったけ。名もなき甲龍は、クロスを見下ろしている。 「ま、いいや。海へ行くぞ!」 迷ったのは数瞬。あっけらかんと、甲龍の背中に乗って命じた。 当の相棒と言えば、名前に興味なくぼーっとしてる感じ。主の酷い仕打ちだが、慣れている様子。 「いってらっしゃいです」 伽羅が、クロスに向かって手を振っていた。 ●泰国南部の章 『南部はとても温暖な気候の為、薄着の服が多い。海鮮を使った漁特料理が好まれて食べられる』 「…これは大著ねぇ。科挙受けるって大変なのね…」 辞書から目を離し、霧依は軽く背中を伸ばす。 「うふふ、休憩♪ 亜祈さんの様子を見に行くわ」 各地の伝承や伝統文化の調査が趣味の霧依と言えど、すっかり頭が疲れたらしい。 つややかに笑うと、椅子から立ちあがった。道中で星晶の声が聞える。 「おや。汗をかいたんですか? …着替えさせた方が良いですよね…でも」 星晶は、うろたえる。亜祈の額に、張り付いた髪の毛を見つけた。 救世主登場。訪れた霧依の目の前で、亜祈はくしゃみを一つ。 「あらあら、すっかり風邪ひきさんねぇ」 亜祈の布団をかけ直しながら、霧依は思案する。 「丁度郷里名産の葱を持って来ているし…柔らかくて食べやすい、郷里のおっきりこみうどんを作ってあげようかしら。 葱や季節の野菜と鳥肉たっぷりで、とっても栄養あるのよ♪」 郷土愛を有し、名産品の蒟蒻と葱を周囲に薦める霧依。大抵いつでも持っている気がするとか、言ってはいけない。 「精霊門をくぐる前に、防寒対策はしておかないと」 星晶に頼まれ、亜祈の着替えを手伝うことになった揺籠。 「ここと天儀では、気温の差が大きいですからね。どうぞお大事になさって下さい」 揺籠は長い黒髪を揺らすと、星晶と看病を交代した。 「こっちは実用書か。タイトル見たら兵法、政治、商売の手法を書いた本なのかな?と思うけど」 ムーンメダリオンを揺らしながら、亜紀は三書に視線を。 「物済が一番興味あるかな? お金が儲かれば、いっぱいお菓子が食べられるもんね♪」 亜紀の瞳はキラキラ。子供だけに甘いものに目がない。 「エル、皆でおやつタイムだよ」 亜紀は相棒を呼びつけた。提灯南瓜の技法、魔法の菓子袋。キャンディボックスやチョコレートを取り出す。 「花月さん。実はボク、この間先代の春華王様に会ったんだよ」 重要なことを、さらりと言ってのける神座家三女。飴を口にいれた花月と勇喜の目が、真ん丸になった。 「今は庶民として薬師をしてて、ちっとも王様っぽくなかったけど。でも、駆け落ちする王様ってすごいよね♪」 亜紀は先代春華王について、色々と語ってくれる。天上人の話に、料亭の猫族たちは釘付けだ。 砂浜で、獅鷲鳥と甲龍が鳴いていた。翔星は、金に話しかける。瞳と瞳の会話。 『作戦がある。至極単純だ。俺が暴れて魚を追い立てる』 『てやんでい。俺っちがそこを狙って、魚を獲ればいいんだな?』 『そうだ。そっちは、如何だろうか?』 翔星は風切の羽根飾を揺らし、もう一体の甲龍に視線を送る。クロスの名も無き甲龍は、目をぱちくり。 『分かった!』 しばらく、ぼーっとして、ハッと目を見開く。大きく頷き、ようやく理解したようだ。 「泳ぐのもいいけど、こっちの人は海で何したりするのかなー」 はしゃぎすぎたか。砂浜で大の字になる、クロス。 隣で相棒の甲龍も、のびてている。南国の日差しが眩しい。 上下天光。空と水の青が一つになって、明るく輝いて見えた。 『綺麗な花探してきて、黒耀と寝込んでるらしい女の子と元気な子の頭にぶっ刺してあげよう! きっとか〜わい〜いね〜♪』 クロスの後ろで、クラウンの声がする。勇喜と一緒に、お土産の相談。 料亭の庭で頑張るエルや、伽羅と藤には、南国の赤い花が似合いそうだ。 『あ、ついで美味しそうな果物自生してたら、それもとってくるわ』 勇喜と一緒に、マンゴーを収穫する。不思議そうに尋ねる相手を見下ろす、クラウン。 『え? どこに仕舞うって? そんなのボクの魔法の菓子袋を使用すれば一発さ☆』 大きな口をあけて、ポポイッとマンゴーを飲み込んだ。その様子をじっと眺める、巨体がある。 巨体達は、泰国の青い空に舞う。沖に出た所で風をまとい、翔星は海に突撃を仕掛ける。 甲龍達は、左右から器用に水面に近づいた。しぶきと一緒に飛びはねた魚を、大口をあけてパクリ。 砂浜に戻ると、クロスの近くに、口の中に溜め込んだ魚を吐きだす。 「…天儀じゃ、鵜飼いって言うんだっけ?」 頭を掻きながら、ジルベリアの騎士は呟いた。 「俺は医術の心得も無いので、あまり大した事は出来ませんが」 腕まくりをしながら、星晶は料亭の厨房に立つ。仲間たちが作る料理に興味津々。 「分量通りに作れば失敗はしない筈です。たぶん」 栄養があって、食べやすい物を習う気満々だ。黒猫の強い好奇心が、大きく動く。 鍋の前で陣取る、師匠と弟子。霧依は星晶に料理を教えながら、説明をする。 「この中には、手打ちの太麺と季節の野菜や里芋、大根を入れる事もあるわね。 麺に塩を入れないのが、最大の特徴かもしれないわ。今日は唐辛子入りの特別製よ」 通暁暢達。郷土料理を詳しく知っている霧依は、忠告も忘れない。 「熱いから、さましながら食べさせてあげましょうね♪」 猫族らしく、亜祈自身は猫舌だ。同じ猫族の星晶は、神妙に頷いた。 「それにしても、この辺りは冬でも暖かいのですね。ここから薄着のまま、天儀に戻れば風邪を引いても仕方ないですね」 庭で水汲みにいそしんでいた揺籠。じんわりと汗が噴き出る。 天儀にいるときは、真冬でも滝行や寒中泳などして、寒さは平気ではあるが。 それでも、その後には、体を温めないと辛い。揺籠も帰る際は、気をつけようと思う。 と、元気な声がした。クロスと相棒達が、海から魚を獲って戻ってきたらしい。 ●三書の章 『泰国を三つに分けて統治した諸侯が、それぞれの信念とその術を著したとされる名著。 戦立。曹氏が過去の戦史を紐解き、その戦略・戦術について編纂し直したもの。 徳治。劉氏と当時の宰相が残した、徳と知に関する語録とされるもの。 物済。孫氏が残した氏族運営の秘訣、経営の手引き。 ただ、諸侯によっては、異なる書を指すこともあるらしい』 「得形って自分の具体的な目標や目的といった形を為す、って事なのかな? で、知理はその為の手段なのかな?」 亜紀は自信なさげに、本の解釈を進めていく。 「占術や自然を利用する方法。彗星の現れる周期を知っていれば、それを利用して民衆を扇動したり、大風が吹くタイミングが解ればそれを利用して戦を有利に進めたり」 亜紀の読めた範囲で、地理には大地に関する記述が無い。 「でも悪用すれば酷い事になるから、道を納めて得を得なさい、と四つセットで言ってるのかな? どうなんだろ、喜多さん?」 「少なくとも、大地に関する記述は無いです。治水の方法すらも。梁山時代に悪用して、酷い事になったからでしょうね」 真一文字。一の字のようにまっすぐな、亜紀の質問は難しい。言葉を選びながら、喜多は答える。 「特に道とか徳についてを重点的に調べたいかな。人は何を為すべきか、どう振舞うべきか、って」 モユラは、拠道を広げていた。簡単に述べると、倫理や儀礼に関する教訓。 「あたいは『吾十有五而志于学』とか、簡単なのしか知らないケド…。 学問に志す基礎?とか、世の為に何かをする心構えとか、そういうの、知りたいんだ」 吾十有五而志于学。天儀風に訳すと、自分は十五歳のときに学問を志し始めたという意味。 「実践してみないと、分らない事もあると思いますが、さまざまな思想に触れる事も、己を成長させる一歩になると思います」 四経を読みながら、揺籠は言う。武僧の修行と通ずる所もある様な気がしていた。 「自然の中から精霊様の力を感じ、一体になって己の信じる道を精霊様と共に進むのが天輪宗の教えですし」 空即是色。形ある見える物の背後には、必ず形作っている本質がある。目には見えない本質が。 「喜多さんに初めて会ったのはだいぶ前だけど、今度はあたいが教わる番ですね…なんて」 モユラは懐かしむ。困っている人を助けるギルドの一員、その意味を求めていた喜多の姿を。 「…あたい、五行の青龍寮じゃ、ずっと迷いながら、戸惑いながら学んで、さ。 必死で勉強して、でも結果は出ない、挑戦する場所さえ、みつからない。 あたいは何を学んで、何を為すべきなのかって…判らないまま、ここまで来ちゃった」 喜多は虎猫しっぽを揺らす。緑の瞳が、じっとモユラを見つめた。 「覚えていますか? 三年前、僕と初めて会ったときの言葉を。 『十六や、二十で向いてるか、答えなんて出やしない。それこそ、シワくちゃの爺様、婆様になるまでね』」 モユラは軽く息を吐きだした。右手で、拠道の表紙を撫でる。 「でも…これからあたいがどこに行くべきか、ヒントが欲しいんだ。 せめて、あたいの父上様…力も徳も、全部持ってたあの人に…少しでも、近づける様にね」 沈み込む、モユラの声。ぽぴん「晴雨」をくれた、隠静した学者である父。 「…今の僕が送れる言葉は、迷悟一如でしょうね」 喜多は告げる。迷悟一如は、迷いも悟りも、本来は同一のものと言う意味だと。 喜多が司空家の糠秋刀魚を、お土産に配っている頃。 布団にいる亜祈は、消え入りそうな声で、黒猫耳を持つ相手に何事か告げる。 一団和気。和らいだ雰囲気。星晶は布団から伸ばされた手を握り返す。 「ずっと傍に居ますから、安心して眠って下さい」 首に巻いた口罩「猫冬」を揺らし、星晶は優しく笑った。 リィムナの雑学講座。 「『戦立』は双和の五代前の当主が編纂し、その功で諸侯に封じられたんだよね。 だから双和の辺りでは、三書のうち戦立が一等とされてるんだ」 双和諸侯の治める地域は、大典と回上の近くにある。 「『徳治』『物済』も、同一人物『計奈』が編纂していますよ。双和は、元々「曹」の勢力下であったと聞きます」 虎猫耳を動かし、喜多がリィムナを補足する。 「あたしも序試は受けてるんだ♪ 科挙も、諸侯によって出題傾向違うからね〜」 リィムナの仲良しさんは試験に合格して、今はすごく忙しい生活らしい。 「何で受けたかって?」 大きな青い瞳が瞬きした。小首をかしげつつ、リィムナは言葉を紡ぐ。 「小異を捨てて大同に就く、ってあるでしょ。勿論、そういうやり方は利点もあると思うんだけど…。 捨てる事なく、お互いの小異を尊重し、意見や立場の違いを理解した上でさ。 平等に、共に歩んでいける世界を作っていけるんじゃないか、って思ったんだ」 両手を頭に回しつつ、リィムナは明るく答える。 「官吏になれるなら、開拓者、引退してもいいかなって思ったんだよ。 小異として捨てられるのは、いつも弱い立場の人達の声だから」 大きな青い瞳が宙に向けられた。声が小さくなって行く。 「もし…うちが貴族や大金持ちだったら、お父さんもお母さんも、死ぬ事は無かったと思うんだ…」 多くを語らないリィムナは、ジルベリア庶民の出。両親を早くに亡くし、歳の離れた姉を親代わりに育った。 「今は違うよ! あたしはあたしの立場で頑張る! もっともっと強くなって、誰も知らない人がいない位の英雄豪傑になるんだ!」 リィムナの声が熱気を帯びる。ふよふよ飛ぶエイルアードを見つけ、抱きかかえた。 「そして弱い立場の人達の為に力を尽くしていくよ!」 熱烈峻厳。厳しく情熱を傾け、妥協を許さない厳しさを持つこと。 あのときの想いのまま。数年前、家族を幸せにしたい一心で、一人で天儀へ来たときのままで。 四経の拠道と至徳は人気者。黒耀も、希望中。 「徳とはどのようなものか、どのような道を経て至るのか知るのが目的でございます」 黒耀の耳に、賑やかな相棒の声が聞えた。 『ハッハァー! そんな邪魔なんてしないよ?』 「…クラインには大人しくしているよう言い聞かせておりますが、もし迷惑行為をいたした場合、問答無用でシバキ倒しますので平にご容赦ください」 『まあボクってば静かなのより賑やかのが好きだからちょっと歌とか歌っちゃうかもだけど〜。フンフフンフンフ〜〜ン♪』 黒耀は龍袍「江湖」の裾を揺らし、相棒に向き直った。シバキ倒そうとして、考え直す。 斉紫敗素。知者が事を行えば災いを福に変じ、失敗を成功に転じることができるようだ。 勇喜が、歌うクラインを見上げている。黒耀は栗ご飯のおにぎりを差し出した。 『その辺ふらついてくるよ! 南の島とか最高じゃないか! 南国フルーツとか綺麗な花とかありそうだし?』 おにぎりを受け取ったクラインは、超ご機嫌。クロスと勇喜を伴い、外へ遊びに行く。 「海の幸もゲットできればおっけー?」 すらりと伸びた足は、大地を踏みしめる。腰に手をやり、お目付け役のクロスは笑った。 |