【泰動】尋求道・二巻
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: シリーズ
EX
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/07 23:03



■オープニング本文

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●不安要因
 近頃、曾頭全の動きはますます勢いを増し、露骨になってきている。
 しかし、だからといってアヤカシの活動が収まる訳ではない。
 それどころか、アヤカシまでもがその活動を活発化させ、各地で狼藉を働いているというではないか。
「う〜ん……」
 翠嵐(iz0044)は元々、旅泰の出身である。彼女はその経歴を買われ、神楽の都ギルドから泰国ギルドへと、応援職員のひとりとして派遣されていた。
「なんだか妙ですね」
 首をかしげ、依頼書を巡る翠嵐。最近活発化しているアヤカシの狼藉は、まるで曾頭全の動きを援けるようなのだ。例えば、曾頭全の工作員の捕縛に向かった縛吏がアヤカシに襲われる。またあるいは曾頭全の要求を拒否した集落がアヤカシに襲われる――
「やはり、これは放って置く訳にはいきません!」
 ばんと立ち上がる翠嵐の周りで、依頼書がばさばさと舞った。


●伝承
 軍師「羌大師」は、精霊の力を自らに宿し、その声の命ずるままに従って黄帝の春王朝建国を補佐した。
 そうして彼は、黄帝が春を打ち立てたのを見届けると、自らの役目はこれで終わったこと悟る。
 ある日、黄帝に願い出た。
「これからは道(タオ)を極め、世界の理を知るために、遺跡の奥へと篭って修行したい」
 黄帝はついに、これを許される。
 しかし、「おやめください」と人々は止める。これまで誰一人として、地下遺跡から帰ってこなかったのだ。
 が、羌大師の決意は固く、惜しまれながら遺跡に姿を消した。


●血の繋がり
 泰国ギルドの奥の部屋に、開拓者たちは集まっていた。机の上には、先日調べた天帝宮大図書館の資料がある。
「…梁山時代って、早い話が盛大な兄弟ケンカよね。うちだったら『誰が料亭を継ぐかケンカを』って、とこかしら?」
 そんな感想を漏らす、白虎娘。司空 亜祈(しくう あき:iz0234)は、四人兄妹の二番目になる。
 司空家の実家は、泰国で代々続く料亭。一番上の虎猫の長兄が、跡取り息子だった。
 同時に、長兄は神楽の都の開拓者ギルドの職員である。今は泰国ギルドへ、応援派遣されていた。
「ねぇ、兄上。もしも私が、うちの料亭を継ぎたいって言ったら、どうするの?」
 資料を読みながら、虎娘は何気なく尋ねた。同席するギルド員の長兄は、拳を握る。
「絶対止める! 何が何でも、僕が後を継ぐよ!」
「なによ、その態度。いくら兄上でも、失礼よ!?」
 キッと、緑の瞳を吊り上げる長兄。白虎しっぽを膨らませ、犬歯を見せる妹。
「…だって、亜祈は…」
 長兄は言いかけて沈黙した。妹を見やり、開拓者を見やり、悩む。
「言いたいことがあるなら、はっきり言ったらいいでしょ!」
 食ってかかる虎娘。長兄は沈黙したまま、手招きで妹を呼びつけた。
 部屋の隅に集まり、兄妹でヒソヒソ話。残念ながら、部屋は狭いので会話が丸聞こえだったが。
「あのね、亜祈の紅糖包(ホンタンバオ)は美味しかったよ。開拓者の皆さんにお出しするんだもんね」
「ええ、張り切って作ったわ♪」
 紅糖包を一言で言えば、黒糖が入った蒸し饅頭。一部の開拓者の昼食にもなった。
「でも、兄上の昼ご飯の馬拉米羔(マーラーカオ)、手抜きしたよね?」
 馬拉米羔は、泰国の蒸し菓子。さっき開拓者に隠れるようにして、長兄は全部食べつくした。
「兄上のは、有り合わせの材料で作ったわよ」
 あっさりした、妹の答え。長兄は、悲しげに虎猫しっぽを揺らす。
「あのね、生地の出来栄えも、蒸し具合も最高だと思う。でも…塩辛かったよ」
「ウソ、また砂糖と塩を間違えてたの!?」
 虎娘には、家族の食事を手抜きする癖があった。その上、味見をせずに食卓に出すから、悲劇が絶えない。
「うん。亜祈は大雑把だから、安心して料亭を任せられないよ。それが僕が後を継ぐ理由だね」
 虎娘の白虎しっぽが、一気にしなびた。長兄は苦笑し、話を終わらせると、開拓者の方に戻っていく。
「…兄上って、やっぱり『上』って感じかしら」
 虎娘は、ぴこぴこ虎耳を動かす。塩辛い点心を、兄は黙って全部食べてくれた。
「何年経っても、兄上には敵わないわね」
 梁山時代の弟天帝も、虎娘と同じ気持ちだったのだろうか。


 虎猫のギルド員から、改めて依頼の説明を聞く。
「天帝宮の地下遺跡の探索を、お願いします。思った以上に遺跡が広く、手つかずの部分が存在します」
 地下遺跡の地図が作られたのは、一部分のみ。そちらには、不思議な声が導いたとか。
 夜の訪れない、明るい地下。どこまで続くか分からない、長い道。
 寡黙な古僵屍(コキョウシ)が道を守る。歴戦の勇士らしい、古僵屍の上官も。
「そして、できるなら…。いえ、これは個人的な願いですから、忘れて下さい」
 ギルド員は言いよどむ。仕事に私情を挟んで良いものだろうか。
「もう、兄上。きちんと言って頂戴、気になるじゃない!」
 白虎しっぽを膨らませ、虎娘が発破をかけた。ギルド員の視線が宙を泳ぐ。
「…僕らにとっては、ありふれた昔話でした。天帝宮の地下遺跡も、割れた柿も、姿無き鬼も。
ここ最近で、単なる昔話だと思っていた数々が、真実味を帯びてきています」
 ギルド員のご先祖は、姿無き鬼の被害者だったようだ。
『自らの心の内に潜む狂気に負けてはいけない。彼の者のように、姿無き鬼に憑かれてはいけない』
 料亭には、そんな口伝が残されている。
「…だったら、羌大師の伝承も、事実だったと考えても良いと思うんです。
彼の痕跡を探してもらえませんか? 修行や研究の成果を回収できれば、何か解るかもしれません。
もしかしたら、天帝さまのお役に立つ物が見つかるかも。僕は今の泰国も、天帝さまも好きですから」
 思慮深く見える笑顔、「よきにはからえ」が口癖の現天帝。絵画や工芸、音楽に傾倒する、春華王。
 少なくとも、今の天帝が治める泰国は、平和だった。芸術が栄えるほどに、幸せな生活だった。
「兄上の言うことは、一理あるわね。戦争は嫌だわ」
 現在の泰国は偽春華王…偽の天帝が台頭している。戦乱の梁山時代や割拠時代の再来を感じた。
「でも、私としては『道を極め、世界の理を知るために』って、方が気になるわね♪」
 白虎しっぽをぶんぶん振りながら、虎娘は続ける。興味丸出しで、声が弾んでいた。


■参加者一覧
デニム・ベルマン(ib0113
19歳・男・騎
晴雨萌楽(ib1999
18歳・女・ジ
劉 星晶(ib3478
20歳・男・泰
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔
雁久良 霧依(ib9706
23歳・女・魔
狭間 揺籠(ib9762
26歳・女・武
クロス=H=ミスルトゥ(ic0182
17歳・女・騎
零式−黒耀 (ic1206
26歳・女・シ


■リプレイ本文

●地下遺跡の章
『彼の者が戦乱を呼んだ。泰を数多に引き裂いた。
心無き者になってはならぬ。姿無き鬼に憑かれてはならぬ』


 司空家の兄妹は、大いに悩んでいた。姿無き鬼の情報を探して、実家の料亭に伝わる記録を調べる。
「兄上、これって警告よね?」
「そうだね」
 ご先祖さまは、三国の割拠時代にまで遡れるらしい。なかなか偉い役職だったと聞いている。
 が、割拠時代に、今の土地に左遷させられた。動乱を生きたご先祖さまから、子孫への警告。
「亜祈は、どうしたい?」
「今更、後に引けないわよ。天帝宮に行ってくるわ」
 現在の泰国は、再び割拠時代に近づきつつある。戦乱の時代に。
「いよいよ地下遺跡の探索ですね」
 劉 星晶(ib3478)は、鷲獅鳥の背中から身軽に飛び降りる。料亭へ、亜祈を迎えに来てくれた。
「歴史や伝説に秘められた謎というものは、どうしてこんなにも心をときめかせるのでしょうか。
真実は面白いものばかりでも無いのでしょうが……それでも、とても楽しみです」
 泰国の獣人は、猫族と呼ばれる。星晶は亜祈を見下ろし、楽しげに黒猫耳を動かした。
 星晶は料亭の奥に入って行く。若旦那と挨拶を交わした。
「世界の理とか、俺も興味あります。お弁当もあるようですし、張り切って行きますよ」
 荷物を手に外に出た星晶は、軽く笑う。食料運搬を任された様子。
「溏心皮蛋(タンシンピーダン)と叉焼(チャーシュー)ね。全部、うちの自慢の品なんだから♪」
 食料を確かめ、亜祈はご機嫌麗しい。軽い足取りで、鷲獅鳥の方へ向かう。
 踊る白虎しっぽを、楽しげに見つめる星晶。数年前まで、こんな生活は考えられなかった。
 幼いころに、アヤカシの襲撃で故郷を失い、流れ着いた暗黒街。心の虚無を隠しながら過ごした日々。
 死に場所を求めてやってきた、神楽の都。其処での出会いが、全てを変えた。
「……今度こそ、大事なものを守れるように。功夫(カンフー)、積み直すとしましょうか」
 泰拳袍「九紋竜」の裾を揺らす。見上げた空は青い。元シノビの泰拳士は、静かに呟いた。


「先日に記録を当たった遺跡を、実際に確認できるとは」
 デニム(ib0113)の声は弾む。いつもの日課、万商店等に飾ってある刀を見に行くくらいに。
「なんだかワクワクしますね♪」
 刀剣類を見るのも触れるのも好き。新しい刀剣が入荷していないか、期待している時に等しい。
 モユラ(ib1999)も、超ご機嫌だった。ころころ笑う。
「図書館の次はひみつの地下遺跡、と。飽きないねェ」
 膝上まで伸びた、長く癖のある赤毛が跳ね動いた。明朗快活な黒い瞳が、輝きを増す。
 まとったバラージドレス「アハマル」も、軽く踊る。心を激しく燃え立たせる、情熱色の衣。
「危険な場所の調査ってのも、陰陽寮生の……たぶん……本分だし、こりゃ気合いれなくっちゃネ」
 ドレスを留めている龍花に、手を伸ばす。龍花は、青龍寮の寮生であることを示すための硬貨。
「此処が、かの遺跡ですか……何が守られているのか、とても気になりますね」
 零式−黒耀(ic1206)は地下遺跡の入口を前に、佇んでいた。
「この国の秘密が明かされる……かもしれなくて、不謹慎ながら楽しみでございます」
 無表情の中の感情。微かに語尾が、上向き加減になっている。
 感動を知らぬはずのからくりは、感動を知りかけている。ほんのわずかな、変化。
「痕跡ねー……お墓でも探す感じ?」
 金髪頭を掻く、クロス=H=ミスルトゥ(ic0182)。目を閉じて思案。
「頭のいい人ってなんか書き残してるイメージだから、壁に落書きとかしてたりしてね」
 純白の外套のフェザーマントに落書きされたら、いくらクロスでも、怒るかもしれないが。
「羌大師が本当にこの地下遺跡に潜ったのなら、修行や研究の成果があるなら、ボクもすごく興味あるよ」
 神座亜紀(ib6736)も、喜び勇む。ミラージュコートが飛びはねている。
「更なる知識を得るチャンスだもん、絶対見つけ出すんだ♪」
 亜紀が片手を突き上げて、立ち止まる。デニムは軽く笑い、右手を差し出した。
「さて、羌大師の遺産、あるいは未知のものを求めて、地下遺跡を探索しましょう」
 小さな淑女の手を取り、デニムは遺跡の入口までエスコート。ジルベリアの騎士として、当然のことだ。
「……もっとも、守護者もいるようですから、浮かれてはいられませんが」
 デニムは図書館で見た遺跡関連の伝承を思い起こす。
「構造や罠や隠しなど、少しでもヒントが欲しい所ですね」
 体系的な記録が残っていなかった事が、残念でならなない。
「何か手掛かりとなるものが見つかればよいのですが」
 デニムの隣に立つ、狭間 揺籠(ib9762)。最後に遺跡の入口に踏み入れる。
「わざわざ遺跡に篭って研究を行っていたのなら、それはこの遺跡に関係のある研究だった筈です」
 武僧頭巾が揺れていた。修行に赴く決意を示したものといわれる、武僧の頭巾。
 揺籠が育った天儀には、心優しい人がいる。まず揺籠を育ててくれた、寺院の人。
 赤ん坊の頃に、冥越に近い東房のとある天輪宗寺院門前に捨てられていたと聞いた。
 心優しき修羅は、思う。泰国にも、心優しい人がいるが居るはず。
「もし、世界の理が私達の信じる世界像とかけ離れていて、広まれば大混乱を引き起こす類のものだったら」
 雁久良 霧依(ib9706)は、もの憂げに言葉を切る。各地の伝承や伝統文化の調査が趣味だけれど……。
「知った人は隠そうとするかも知れないわね……」
 ほんの少しだけ、まとう白鳥羽織が重く感じた。聖なる守りの祈りが込められた、純白の羽織が。
「兎に角、調査を進めましょうか♪」
 霧依は、快楽主義者にして博愛主義者。楽しい事や気持ちいいことは、皆で分かち合いたい。


「伝承は『長い道が続いていた。上っているとも、下っているとも分からなくなる』だったわね。
言ってみるものよ。ギルドが羅針盤と指南車を貸してくれたわよ♪」
 霧依が羅針盤を見て、指南車の方向を合わせている。
「指南車に丈夫な紐をつけて、引いて転がしていけば、床の傾斜も分かると思うし。
後に続く者の為、大師は何らかの印を残しながら進んだかもしれないわね」
 指南車とは、乗っている仙人の人形が常に一定の方向を指し示す車のこと。
 泰国の伝承では、黄帝を助けた羌大師の考案とか云々。
「ぶつかってやんなきゃネ。そりゃあもう、バカ正直に、さ」
 モユラは懐中時計「ド・マリニー」を取り出した。時計には、精霊の力と瘴気の流れを計測する力がある。
「父上様がよくこーいう作業をやってたんだよね。見よう見まねさ」
 片目を閉じて、軽くウインク。山奥の小村出身で、隠静した学者である父に育てられた。
「確か、歩数と時間を数えて、進んだ距離を把握して……」
 分岐路で時計の時刻を紙に記す。ついでに瘴気濃度・精霊力強度を計測し、記録していった。
 星晶が棒で叩く、床や壁の音。黒猫耳の内側で反響し、何かを紡ぐ。
 軽い音がする。重い音にも、聞こえた。材質が判別できない。
 悠久の音色。千五百年前からある、時代を越えた音色。
「ここは、十五番で良いですか?」
 星晶は曲がり角に、白墨で数字を書き込んだ。
「まずは未踏破部分の調査になりますね。こちらから先の暗い部分が……」
 揺籠の言葉が途切れた。先行隊から貰った地図と、自分の前方を見比べる。
「明りがついていますね。『地下には、夜が訪れない』……でしたか」
 修羅の角は、疑問を呈した。黒い瞳が、細められる。
「先行調査によれば、遺跡内は宝珠の力で明るいみたいだけど……。
光源が途切れてる部分もあったみたいだし、念の為松明を持って行くよ」
 亜紀も言い淀む。人が入った痕跡だろうか。
 揺籠は守刀「護刃」を握った。常に懐に在ることで心を守るという想いが篭められている守り刀を。


●遺跡を守護する者の章
『兵士たちは、寡黙だった。また、上官は百戦錬磨の勇士である』


 モユラと亜紀は、倒した古僵屍を覗きこんだ。眉をひそめる。
 松明の下で揺らめく、異国の服装。モユラは手招きして、亜祈を呼んだ。
「……こーいうの、亜祈さん、わかる?」
「見たことないわね……こんな衣服、縫ったことないわ」
 伏せられる、白虎耳。裁縫が趣味の亜祈は、様々な服を縫ったことがある。
 しかし、どれも見たことが無い。布地ですら、見知らぬ織り方なのだ。
 古僵屍を残し、先を急ぐことにする。しばらく歩き、歩き……歩き続ける。
「少々、休みませんか?」
 懐中時計「ナイトウォー」で時間を確かめ、デニムは声をかけた。
 最後尾に居るからこそ、見えるものがある。最年少の亜紀の足取りとか。
「未探索区画に乗り込むわけですから、常に帰りの事を意識しておかないと」
 デニムに、撤退提案も辞さない構え。今居る通路の先は、行き止まりだった。
 行き止まりを背に、小さな部屋を作ることにした。亜祈の結界呪符「白」が、幾重にも展開される。
 安全な空間を確保成功。揃って座り込み、ご飯の時間だ。
「亜紀ちゃん。実家で作った甘薯(かんしょ)の干し芋を持ってきたわ。皆さんもどうぞ♪」
 甘薯は、サツマイモの別名。霧依の実家は農家、蒟蒻と葱の名産地の生まれ。
「亜祈さんも食べるかしら?」
 嬉しそうに受け取る、小さな魔術師と白虎耳の陰陽師。霧依は見事に二人の『あき』を呼び分けていた。
「ボクもお返し。お姉ちゃんが作ってくれたんだよ♪」
 亜紀は丁重に、重箱弁当を進呈する。


 行き止まりの通路を、引き返した一行。古僵屍に襲われる。
 行きは、暗がりだった通路。亜紀の松明を使って、通った場所。
 なぜか明るくなった場所で、古僵屍が押し寄せる。
「なんだいこりゃ、話が違うよ。古僵屍は、倒したら終りじゃないのかい?」
 歯を食いしばるクロス。シールド「インターセプター」を掲げ、身を低くした。
 デニムの騎士盾「ホネスティ」も、何度も叩かれた。耳障りな音。
「この攻撃だけは、しっかり止める様にしないと。民の盾となり正義を貫く、それが騎士です!」
 踏ん張る足に、力がこもる。デニムの高潔な騎士の精神は、常に盾と共にあった。
「劉さん、他の敵の音はしませんか?」
 デニムの茶色の瞳は、盾の向こうの敵を睨んでいた。腰の剣の柄に手をかける。
「大丈夫です」
 星晶の解答を聞きながら、魔剣「ストームレイン」を引きぬく。同時にデニムの身体が、淡く輝いた。
 ふっと、盾に込めた力を抜く。思わぬ行動に、古僵屍の姿勢は前のめりになった。
 盾の影から、デニムは飛び出る。嵐巻く雲すら切り裂くことができる一撃が、古僵屍の胴を薙いだ。
「ボク、僵屍は初めて見たよ。知り合いに道士がいるんだけど、対処法聞いとけばよかったな」
 ぼやく亜紀。強力な守護の力を秘めた、首飾り「ナインストーン」が揺れる。
 モユラの足取りは、円を描いた。赤毛がリズムを取りながら、左右に流れる。
「ごめんあそばせっ!」
 白い宝珠が光った。モユラの足の脚絆「兎脚」が、子ウサギのように跳ねる。
 飛び上がりかけた古僵屍の足に、ひっかけた。見事にひっくり返す。
「牙に毒があるそうなので、噛まれないようにだけ気を付けておきます」
 言うなり、星晶の姿が消える。夜叉の脚甲が、地面から離れた。
 鬼の名を冠した泰国の漆黒の脚甲。今は黒猫の爪となり、古僵屍を蹴りあげる。
「まずい所には、颯爽と登場ってね」
 クロスは勢いのまま地を蹴り、強行突破。揺籠の隣へ。古僵屍の一体と身体が触れ合うほど、近い距離に。
 次いで、古僵屍の一体に盾で叩きつける。それは、騎士に許された格闘術。
「実はシールドが主体だよね」
 不敵に笑う、ジルべリア辺境の貴族の末っ子。色々苦労したけど。
 生まれる前から、男の名を付けられたとか。落胆からくるやけくそから、武術も叩き込まれたとか。
 でも、両親には感謝している。自由奔放に育ててくれた。仲間を守る力を教えてくれた。
「古僵屍は生命探知が使えるそうですから、隠れてもやり過ごせませんね。その上、未知の毒と言うのが、厄介ですね」
 クロスの援護を受けながら、揺籠は表情を険しくする。大念珠で、手近な古僵屍を殴打した。
「出来れば戦闘自体避けたいけど」
 無理、絶対無理。霧依は左手に杖「砂漠の薔薇」を握りしめる。
「跳べなくしてあげるわ」
 前方に右手をかざした。力ある言葉を解き放つ。
 氷が、前方に出現した。先端が、槍の如く鋭い。
 霧依が指差す先は、古僵屍の足元。氷は突き刺さり、爆発し、古僵屍の下半身を氷漬けにする。
「結構数がいるみたいだし、練力が不安な人には甘露水を提供するよ」
 まだ亜紀には、会話する余力があった。力ある言葉を放つ。
 開拓者達は、淡い光に包まれた。聖なる光に包まれる、守護の力。
「これなら遺跡を傷つける事もないしね」
 亜紀はやる気満々で、魔法の蔦を伸ばす。アイヴィーバインドで、古僵屍を拘束した。
「参ります」
 忍刀「甚内」は、山のように動かずして攻撃を切り抜けるという刀。奇闘術を使う黒耀の相棒だ。
 からくりのシノビは、正面から古僵屍の牙を受けとめた。力ある言葉を唱えている魔術師、霧依を守る。
 黒耀の左足が、一歩退く。同時に、後ろに引いた左袖。鑽針釘を取り出す所は、敵に悟らせない。
 そのまま左足が、地面を蹴った。忍刀を右下に流す奇抜な動き。
 黒耀は宙に舞う。釘の形をした暗器が、古僵屍の背中に突き刺さった。
「無理せず撤退よ、次回に繋げるの」
 声を張り上げる、霧依。今はブリザーストームが使えない。仲間も巻き添えにしてしまう。
「僕に任せなって。行くぜい!」
 クロスの腕輪「キニェル」が、蝋燭のように煌めく。宝珠が光を放ち、守りの加護を与えた。
 盾を掲げ、クロスは一気に突撃する。古僵屍の群れを壁に押しやった。
「もっかい、ヌリカベ!」
 モユラの声に、亜祈は白い壁を幾重にも生み出す。古僵屍達を、遺跡の壁と白い壁の間に挟みこんだ。
 僅かに出来た隙。開拓者達は走り抜ける。
「古僵屍が守るもの。何なのか気になりますね」
 揺籠の呟きを聞きながら。


●合わせ鏡の章
『我か? 我が名は羌なり』


「暗所、広い空間、それから入り組んだ場所っと」
 モユラは人魂を飛ばす。まず、偵察からだ。
「手がかりが少ないし、慎重に、でも兎に角前に進むしかないカナ」
 ちらちらと壁画や書物を探しながら、人魂は進んでいく。
「あれ、部屋があった?」
 人魂で、部屋を覗きこむ。安全を確認し、モユラは部屋へ踏み込んだ。
 奇妙な部屋だった。左右の壁に、大きな鏡がはめ込まれていた。
 鏡の縁取りは、上半分が白。下半分が黒で、左右対称の作り。
 部屋を一周し、鏡を見て回る。壁画も探したが、特に気になるものは無い。
「会わせ鏡……かしら?」
 霧依は深く考えず、鏡に手を添える。ごく軽い力で。
 時刻を把握しようと、懐中時計「ド・マリニー」に視線を落とす。異変に気付いた。
「あら、変ね。壊れたのかしら?」
「どうしました?」
「針が瘴気にも、精霊力にも反応無しよ」
「ボクにも、見せて」
 霧依の時計を見ようと、揺籠が近づいてきた。亜紀は自然と鏡に手をつき、背伸びする。
 急に鏡が回転した。短い悲鳴を残し、三人が鏡の裏に消える。
 反対の鏡を調べていた星晶。鏡越しに、後ろの光景を目撃する。
 モユラも、急いで振り返った。ひっくり返った鏡の裏側も、同じ鏡があるだけ。
「さっきの悲鳴は?」
 通路警戒中のデニムとクロスが、飛び込んできた。黒耀は忍眼で壁を調べて行く。
「回転は、一定方向のみに動くと考えられます」
 霧依と亜紀が手を置いた位置。偶然、回転扉の鏡を、押してしまった様子。
 まず、デニムとモユラが後を追った。クロスと亜祈が続く。
 最後の星晶と黒耀の番だ。鏡に手をかけ、押そうとする。
「待って下さい。何か、音が聞こえます」
 星晶の動きが止まった。盛んに動く、黒猫耳。音の源は、外の通路のようだ。
「……これは足音でしょうか?」
「ここに至るまでの古僵屍は、全て倒しました」
 無意識に天狗礫を握りこむ、星晶。無表情のまま、黒耀は事実を告げる。淡々と。
「でも、これは……足音ですよ。俺たちの来た方向とは、反対から聞こえます」
「私が見てきます。劉様はお待ちください。何かの罠が発動したのかもしれません」
 羽織「風菖蒲」をひるがえし、黒耀は部屋の出入り口に向かう。黒い瞳に、再び忍眼を発動させた。
「足音が遠ざかって行きます。方向を変えたようですね」
 黒耀は星晶の声に頷き、遺跡の奥へ向かう。異変を認めたから。
 暗かったはずの通路奥に、明りが灯っていた。光源宝珠が光を放っている。
 黒耀は覚えている。さっきまで、真っ暗だった。間違いない。
 前に伸びた明りの先は、十字路だった。左と前に明りがついている。
 右と後ろ……自分たちの来た方向は、真っ暗なまま。
 黒耀は、左の通路を見た。遠くで、十字路になっている様子。
「……あり得ません」
 天然系からくりは、そんな呟きを口にした。遠くの十字路に、影が伸びている。
 何者か分からない。けれど、影が十字路の真ん中に伸びている。
 飛びはねもせず、歩く人影。明らかに、古僵屍とは違う動き。
 人影は、異質だった。十字路で右に曲がって行く。
「……危険と判断します」
 感情に乏しいはずの黒耀は、己が身体を抱きしめる。足が動かなかった。
 突然、意識が飛ぶ。それは、人が『恐怖』と呼ぶ感情。


「型式番号『零式ー黒耀』、起動いたします」
「やった、黒耀さんが起きたよ!」
 ゆっくりと黒い瞳が開いた。ぼんやりと辺りを見渡す。亜紀が覗きこんでいるのが分かった。
「……此処は何処なのでしょうか?」
「先ほどの鏡の裏です。待っても、黒耀さんが帰ってきませんでしたから」
 黒耀の質問に、星晶の黒猫耳が伏せられている。十字路の真ん中で、機能停止した黒耀を見つけた。
「今度は無理しないでね、からくりも休憩が必要なんだから、」
 からくりを相棒に持つ亜紀。違う方面の心配をしていた。
「申し訳ありません。御心配をかけました」
「何があったのですか?」
 頭を下げる黒耀に、星晶は質問を投げかける。
 黒耀は、記憶を辿った。昔の記憶は無くしたが、なんとか先程の出来事は思い出せた。
 人であったならば、寒気がしただろう。そんな体験をしてきた。
「人影です。追うのは危険と判断しました」
 黒耀は、顔のスリットがない・女型なのに胸がない等の外観差異を持つ、からくり。
 零式の型番。何らかの目的で作られた、試作機の可能性があった。
 ……先程の機能停止も、その一部かもしれない。黒耀の視線は、霧依と揺籠を探す。
「隠し部屋を、探してくれているよ」
 亜紀が言うには、今居る通路は、回転鏡の裏になる。その先を少しだけ探索中と。
「おーい、気がついたかい?」
 クロスの声に、振り返る。探索していた一行が、戻ってきた。
「この先に、部屋があったのよ」
「人形が座禅を組んでいました」
 霧依と揺籠の言葉に、亜紀は小首を傾げる。


 小さな部屋だった。人形の前には、何か刃物が置いてある。刃物を調べようと、モユラが手を伸ばした。
「在那裡誰?」
 朽ちた人形が、何か言葉を発した。開拓者達は驚き、己が武器を構える。
 怪訝な顔をしたのは、星晶だった。亜祈も小首を傾げる。
「今…『そこに居るのは誰?』って、言いましたよね?」
「ええ、泰国の言葉よね。……我是亜祈。那是誰?(私は亜祈よ。そちらはどなた?)」
 空気を読まないのが、白虎耳の性格。のんきに泰国の土着の言葉を発した。
「是不是我? 我名是羌」
 朽ちた人形の言葉に、星晶と亜祈は青い瞳を見開く。神話が、目の前にあった。


●羌大師の章
『時にひとつにならんとするのは、元はひとつであったが故である』


 羌大師と名乗る者は、古き泰国の言葉を発した。
 星晶と亜祈が通訳をする形で、開拓者との会話が成立する。
 余談だが。ギルド員の配慮により、報告書には天儀の言葉で記された。
「俺は謎解きが、あまり得意ではありません」
 星晶は黒猫耳を伏せた。辞典で古泰語と天儀語を翻訳する作業の最中。
 目を輝かせて変わってくれる者がいた。さまざまな地域独自の言語に興味を持っている、神座家三女。
 いろいろな所へ出かけ、独特の言葉を収集・研究するのが夢。開拓者になった、きっかけ。
「この世界は不思議な言葉で満ちているんだね」
 月の帽子をかぶり直し、手帳と筆記用具を手にする。霧依の持ってきた古泰語辞典を覗きこんだ。
「ここの僵屍が『寡黙な兵士』とすれば、『上官』もいるはずだよね。もしかして、羌大師がその『上官』?」
「なんとなく遺跡の僵屍は関係ありそうだケド」
「否」
 羌大師は即座に否定する。亜紀やモユラの想像と違うらしい。
「じゃあ……まさかとは思うけど、この古僵屍が羌大師の研究成果の一つなのかも。
明らかに普通の僵屍よりも強力だし、それも『守られる者』を守る為にした事なのかな?」
「否、我が研究にあらず。昔から居る者なり。……貴殿、先ほどの守られる者とは?」
 ふっと、羌大師の雰囲気が変わった。亜紀に質問を返す。
「伝承だよ。『ある者は言った、守る者がいると。別の者も言った、守られる者がいると』って伝承」
「……アレらを、そう伝えるか。面白いのう」
 羌大師の声音は楽しんでいた。亜紀は口をとがらせる。
「アレらって、なに? ボクに分かるように、教えてよ!」
「よかろう。守る者は、古僵屍に有らず。美狐龍(メイフーロン)なり。古より、遺跡を守護せし者」
「ちょっと、その文字を書いてくれるかしら」
 霧依は怖い者知らず。羌大師は少し崩れた指先で、空中に文字を書く。
「……聞いたことありませんね」
 それは、古き泰国の言葉と発音だった。泰国出身の星晶ですら、知らぬ単語。
「あのさ。羌大師って、道士でもあったんだよね?」
「いかにも」
「だったら、古僵屍の動き止める符とか、作れないのカナ?」
「出来ぬ。アレは美狐龍の物。動きを止めようとも、再び立ち上がる者。美狐龍と共に有る者なり」
 モユラの声に、羌大師はきっぱりと。モユラは癖のある赤毛を揺らす。
「じゃあ、美狐龍って、どんな人さ?」
「貴殿らは、既に会っておろう。すぐ側に気配があった」
「え、会った? あたい達、もう会ってんの!?」
 繰り返される羌大師の言葉に、モユラは驚きを隠せない。思い出そうと頑張る。
 どこに居た?古僵死の群れの中で、どこに居た?心当たりが無い。
 モユラを真似して、黒耀も目を閉じてみる。人間が何かを思い出す時に、このような仕草をすると聞いた。
「美狐龍は……狐の耳……で、ございますか?」
「狐? いや、確かに狐の文字が入っていますが……」
 黒耀は、突拍子の無い質問を投げかけた。星晶は戸惑いを隠せない。
「いかにも」
「美狐龍とは、影でしょうか? 伸びた影は、動物の耳をしていました」
「ほう、影で済んだか。貴殿、命拾いしたのう」
 羌大師の興味は、黒耀に向く。そんな気配を感じ、黒耀は目を開けた。
 微かな音がする。ほんのわずかだけ、身体が軋む音。からくり特有の音。
「ふむ。貴殿は、『狂気から最も遠いモノ』であったか」
 じっくりと黒耀を観察し、羌大師は意味深な事を言った。
「どういう意味でございますか?」
「言葉の通りじゃ。それ以外の意味はあらぬ」
 黒耀の質問に、羌大師は言い放つ。これ以上は、聞いても無駄と判断し、黒耀は口をつぐんだ。
「美狐龍が守る者なのは、分かりました。では、守られる者は、なんでしょうか?」
 霧依がメモする間も、星晶が質問を重ねる。言い淀む羌大師、長く沈黙する。
「ちょっと、肝心な所だって!」
「ほいほい、落ち着きなって」
 地団太踏む亜紀の隣で、クロスは苦笑を浮かべる。
「……『彼』と『狂気』じゃよ。アレは、渡してはならぬからのう」
「だから、意味が分かんないってば!」
 亜紀は頬を膨らませた。クロスが亜紀をさえぎり、前に出る。うやうやしく頭を下げた。
 常にハイテンションながらも、騎士の風格を持ち合わせている。
「僕からも、お尋ねします。誰から守るのですか?」
「陰じゃ」
 質問したクロスは、軽いめまいを覚えた。やはり、羌大師の答えは抽象的すぎる。
「……陰に渡してはいけない、守られる者?」
 揺籠の琴線に触れる。何かを掴んだ、そんな気がする。質問を投げかけた。
「彼とは、精霊様ですね? あなたを導いた声の主ですね?」
「いかにも」
「名前は、なんとおっしゃるのですか?」
「言えぬ。今は言うべきでないと告げておる。あの者が来るまで待つと」
 羌大師の内なる声。『彼』は、精霊の声を聞ける者との邂逅を望んでいる。
「あの……姿無き鬼とは、なんでしょうか?」
「昔から居るものなり」
 意を決し、揺籠は尋ねた。羌大師の答えは、抽象的過ぎて分からない。
「単純な乱心なのか、或いはアヤカシの憑依を指すのでしょうか?」
「どちらにも有らず」
 一言だけ、羌大師は答える。揺籠の求める答えから遠い。
「天帝様と瓜二つの曾頭全首領の事を考えれば…。
ひょっとしたら、相手の姿形を写し取って入れ替るアヤカシとも考えられます!」
「それにも有らず」
 羌大師は否定する。姿無き鬼は、揺籠の想像と違うようだ。
「慢心や驕りを戒める言葉とも取れますが…、それにしては少々事例が具体的過ぎます」
 揺籠は、更に踏み込む。黒い瞳が、羌大師を見た。
「慢心(マンシン)に有らず。狂気(フェンケゥアン)じゃ」
 目を閉じたまま、羌大師は答える。黙って聞いていたデニムが、口を挟んだ。
「文献にあった『憑いてくる姿なき鬼』とは、アヤカシの類でしょうか?」
「そうじゃのう……半分はそうかのう」
 珍しく、羌大師が言い淀んだ。デニムは、眉を寄せる。
「心の中の悪いものを増幅させられるような罠、のような気もしますが…」
「罠に有らず。狂気じゃ」
 羌大師は、はっきりと言い切る。デニムの思考は、グルグル回る。
「……どちらにせよ、注意をしておくべきですね」
 頭がこんがらがる問答だ。羌大師との受け答えは、禅問答に近い。
「では、どうして狂気が守られる者か、お教え頂けますか?」
 自由奔放なクロスは、次の話題に移る。思考の海に沈んだ揺籠とデニムを、後ろに下げながら。
「……ちと、語弊があるかのう。守られるはずだった、守れんかった者じゃよ」
 羌大師の声が、苦渋に満ちていた。答えに窮し、なんとか絞り出したような声。
「もう少し、詳しい説明が欲しいのですが」
 クロスの赤い瞳は、羌大師を見つめる。
「……お教え頂けないのですね」
 羌大師からは沈黙しか帰ってこず、クロスは諦めざるを得なかった。


●万物の道の章
『全ては「空に還る」のだ』


 さらさらと。羌大師の身体は、目に見えて変化を始めた。
「陰が極まれば陽に変じ、陽が極まれば陰に変ず。陰が極まれば陽が生じ、陽が極まれば陰が生ず」
 さらさらと。羌大師の胴体の半分が、一気に崩れる。
「ならば、その中間は何とするか。それが『万物の道』じゃ。
世界は本来『空』と呼ばれる力に満ちておった」
 さらさらと。羌大師の二つの耳が崩れた。空に近づいた肉体は、もうこの世に必要ない。
「……陰と陽? まるで陰陽術ね。あなたも、知ってるでしょう?」
 亜祈は、モユラを見る。元陰陽師のジプシーは、軽く考え口を開く。
「最も基本的で、広く知られている事を言ってるのカナ?」
 陰陽師にとっては基本過ぎて、話題にも上がらないこと。仲間たちが視線で問う。
「たいてい陰陽師の修業は、まず精霊力と練力を自らに保持する修練から始めるさね」
 あっけらかんと言い放つモユラ。陰陽術とは、『瘴気と精霊力を、同時に扱う術』であると。
「自らを空に近づけよ。それこそが、道を極めることに繋がるのじゃ。我が身のように」
 さらさらと。羌大師の左の肘が崩れていく。座禅を組んだつま先も。
「陰と陽はゆっくりと結合していき、世界はやがて、再び『空』となるであろう」
 さらさらと。座禅を組んだ羌大師の右膝が崩れた。
「また、それこそが『空の意志』でもある」
 さらさらと。膝の上で組まれた、羌大師の右腕が崩れた。
「全ては『空に還る』のだ。我が身のように」
 さらさらと。最後の言葉を紡ぎ、羌大師の全身は崩れ去った。


 一行は開拓者ギルドへ戻ってきた。帰りの道中は、全員無言で。
 羌大師の事を報告する。亜祈の兄は、何度も質問を返した。にわかに信じがたい話の数々。
 とりあえず、開拓者達は家に帰ることになった。亜祈が責任を持って、家で兄に説明するということで。
「陰陽術のお師匠さまが、よく言っていたわ。『人生は根性』って」
 料亭に戻った亜祈は、机に突っ伏する。とにかく疲れた。白虎しっぽが、うなだれている。
「はい、お疲れ様」
 長兄は妹をいたわり、大好物を作ってくれた。へばっていた亜祈は、嬉しそうに小籠包を頬張る。
「亜祈のお師匠さん、他にも口癖があったよね?」
「ええ、『陰陽術は、均衡を保つことに集中しろ。精霊力と瘴気の反発力を感じろ』よ。
私が修業中に失敗して、陰陽術が発動しなかったときの決まり文句ね」
 亜祈は小籠包を飲み込む。ふっと、羌大師の言葉が頭をよぎった。
「……あ、失敗の理由が、やっと分かったわ。陰と陽は結合して、『道』になっていたのよ!」
 拮抗した精霊力と瘴気。反発力を失い、結合し、空に転化していたのだろう。
「それが、泰儀が引きのばされた原因に、関係あるの? 天帝さまの役に立つの?
……結局さ、『空』や『道』って、何?」
「だから、失敗した陰陽術よ」
 妹を見下ろし、長兄は更に尋ねた。亜祈は白虎しっぽを、パタパタ揺らす。
「行使する力が消えるんですもの。陰陽術としては、役に立たない状態よね」
 疲れた亜祈は、理解していなかった。自分の言った言葉が、どれだけ重要か。