【泰動】尋求道・一巻
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: シリーズ
EX
難易度: 不明
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/15 03:23



■オープニング本文

●世をしのぶ
 天儀西に位置する国、泰。
 その泰から、春華王が天儀へ巡幸に訪れているという。
「こちらでは、お初にお目にかかります。茶問屋の常春と申します」
 少年がそういって微笑む。
 しかし、服装や装飾品こそ商家の若旦那と言った風であるが、その正体は、誰であろう春華王そのひとである。
「相談とは他でもありません」
 その泰では、近年「曾頭全」と呼ばれる組織が暗躍している。そこではもう一人の春華王が民の歓心を買い、今の春王朝に君臨する天帝春華王を正統なる王ではない、偽の王であると吹聴して廻っていた。
 だが宮廷の重臣らは危機感が薄く、動きが鈍い。彼は開拓者らと共に、宮廷にさえ黙って密かにこれを追っていたが、いよいよ曾頭全の動きが本格化してきたのである。
 開拓者ギルドの総長である大伴定家が小さく頷く。
「ふうむ。なるほど……」
「是非とも、開拓者ギルドの力をお貸しください」


●末裔
 泰国の南部には、獣人が多く住む。泰国の獣人は、猫族(にゃん)と呼ばれた。
 仲秋の名月から、少し過ぎた頃。浪志組の屯所の縁側で、時期遅れの月見が行われていた。
「天儀のお月さまも、綺麗ね。月見氷がぴったりだわ♪」
 ご機嫌麗しく、かき氷を食べる白虎娘。九番隊隊長の司空 亜祈(しくう あき:iz0234)である。
 泰国名で、「スーコン・ヤーチー」と呼ばれる猫族は、嬉しそうに空を見上げた。
「…それ、美味いのか?」
 月見に誘われた、浪志組の局長。真田悠(さなだ ゆう:iz0262)は、奇異の目でかき氷を見る。
 同席する九番隊の隊士たちは、無言だった。誰も、怖くて突っ込めない。
「ええ。天儀のお月見うどんを、真似してみたの♪」
 嬉しそうに白虎しっぽを揺らす、虎娘。見せびらかすかき氷の上には、生卵が乗っている。
 猫族は、月を崇める風習がある。本日は、かき氷に目をつけたらしい。
 虎娘は、料亭の娘だった。育ちゆえ、天儀の食べ物が珍しくて仕方ない。なんでもかんでも、真似してみる。
「…誰が、亜祈をうどん屋に連れて行ったんだ?」
「ワシじゃ」
 質問する局長の声は、色彩を欠く。お茶を飲みながら、年老いた隊医が返事した。
 局長は強くも言えず、肩を落とす。黙って月見団子に手を伸ばした。


「そうだわ。真田さん、私、しばらくお暇を頂きたいの」
 かき氷を半分やっつけた虎娘。月見団子を食べる局長に、声をかける。
「開拓者ギルドに、天帝さまから依頼が出されたらしくて。その依頼を、是非受けたいのよ。
あ…天儀の人には『春華王さまからの依頼』って言った方が、分かりやすいかしらね?」
 ピコピコと動く、白虎耳。虎娘の兄は、開拓者ギルドの職員だった。
「どんな依頼なんだ?」
 手を止め、向き直る局長。少し考え込むように、虎娘のしっぽが揺れる。
「天帝宮大図書館で、梁山時代(りょうざんじだい)と、秘密の地下遺跡の調べ物をするの」
「梁山時代?」
「泰国の王朝が、二つに分かれて争った時代の事ね。あの時代は、天帝さまが二人居たんですって。
今の天帝さまは、勝った弟天帝さまの東春王朝の子孫よ。敗れた兄天帝さまは、旧春王朝と呼ばれているわ」
 昔、昔の話。約六百年前の泰国は、混乱の時代だった。
 ときの天帝の息子たちは、仲違いをする。結果、王朝は二つに分かれた。
 一つの儀に、二つの王朝は要らぬ。いつしか、命を賭けた争いに発展した。
 とにかく、兄の天帝側、旧春王朝軍は強かった。破竹の勢いで、東に攻め込む。
 弟の天帝の東春王朝軍は、劣勢に追い込まれるばかり。逃げて、逃げて、ついに梁山湖へ。
 昔から梁山湖周辺には、地下道が張り巡らされていた。東春王朝軍は、地下道に立て籠る。
 でも、二つの王朝に災いが降りかかった。双方の軍を巻きこみ、落盤が起きる。
 兄の天帝は、その場で命を落とした。側近であった『曾頭全』も、行方不明になったらしい。
「隊長が前に言っていた、割拠時代と違うんですか? ご先祖様がなんとかって」
 隊士の一人が、虎娘に質問した。異国の話は、なかなか興味をそそる。
「そっちは曹孫劉の地で、三人の諸侯が治めていた時代よ。梁山時代より二百年くらい後になるわ。
天儀の人には、三山送り火(さんざんのおくりび)の方が、名前に馴染みが有るかもね」
 三山送り火は、猫族の月敬いの締めくくり。泰国の首都「朱春」近郊にある、小高い三つの山に、火を焚く事。
 山はそれぞれ、西の劉山、北の曹山、東の孫山と呼ばれていた。
「うちのは、単なる言い伝えよ。今時、猫族の諸侯なんて、どこにも居ないもの」
 司空家に伝わる、昔話。役職についていたご先祖さまは、ある地方に派遣された。
 水の氾濫する川により、不毛の大地になった土地。長年を経て、治水工事が成功する。
 役職を退いたご先祖さまは、晩年をその地で過ごした。趣味の植物栽培や、調理に傾倒する。
 記録は受け継がれ、薬膳として。役職は名字として、料亭に繋がるらしい。今となっては、嘘か真か、分からぬが。
「あの…自分は、秘密の地下遺跡に興味があるのですが!」
 新入りの隊士が、キラキラした瞳で質問する。冒険心がくすぐられた。
「泰国の首都の朱春は、巨大な遺跡の上に建っているって、聞いたことがあるわ。
てっきり、おとぎ話だと思っていたんだけれど…本当だったみたいね」
 首都から少し南部に住んでいた、虎娘。地元では、ありふれた昔話のひとつだった。
 天帝のおわす宮殿、天帝宮。その下には、誰も知らない、秘密の場所があると。
「地下遺跡に何があるかは、私も知らないわ。土地によって、伝わる内容が違うのよ。
…家出したときに、あっちこっちを回って、知ったのよね」
 虎娘は、十二歳のときに家出した。姐御肌の陰陽師に拾われ、二年間、泰国南部を旅する。
 旅の末、陰陽術と放浪癖を身につけた。野宿の結果、料理にこだわる事を止めた。
「家出の理由? …父上が悪いのよ。兄上の方が年上なんだから、美味しい料理が作れて当然でしょ!」
 白虎しっぽを膨らませる、虎娘。家出するまで、ずっと兄と比べられて育った。
 とうとう、堪忍袋の緒が切れる。厳しい料理修行が嫌になり、家を飛び出したらしい。


■参加者一覧
デニム・ベルマン(ib0113
19歳・男・騎
晴雨萌楽(ib1999
18歳・女・ジ
劉 星晶(ib3478
20歳・男・泰
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔
雁久良 霧依(ib9706
23歳・女・魔
狭間 揺籠(ib9762
26歳・女・武
クロス=H=ミスルトゥ(ic0182
17歳・女・騎
零式−黒耀 (ic1206
26歳・女・シ


■リプレイ本文

●始まりの章
「泰国王宮の図書館に入れるなんて、楽しみだね♪」
 神座亜紀(ib6736)は浮足立つ。腰まであるロングヘアは楽しげに、弾んでいた。
「普通じゃ読めない資料とか見られそうだし」
 いろいろな所へ出かけ独特な言葉を収集、研究するのが夢。古き泰国語に出会いたくて仕方ない。
「父さんにも見せてあげたいよ」
 無邪気に告げる声には、研究者である父を尊敬している様子が、にじみ出ていた。
「…人生山あり谷ありと言いますが、はたして現在の状況はどっちなのでしょうか」
 天帝宮を前に、劉 星晶(ib3478)は泰国出身として、どんな顔をするべきか迷う。
「まさかこんな所にまで来ることになろうとは…。宮殿探検したら怒られますかね?」
 ピコピコ動く、猫族の星晶の黒猫耳。仕事中だから、止めたけれど。


 泰国千五百年の歴史は、膨大だった。上下に、前後左右、部屋の全てが書物だらけ。
「これだけの量の本が並んでいる光景は壮観ですね。何だか見ているだけでも、ワクワクします」
 天帝宮大図書館を見上げる、デニム(ib0113)。思わず声が弾んでいた。
「やー、立派な図書館だよねえ」
 額に片手をあげ、軽く口笛を吹く、クロス=H=ミスルトゥ(ic0182)。ちなみにHは「ハングド」の略だ。
「ジルべリアにもかたっくるしいこういうとこあるけどね。この国って、やっぱり独特な雰囲気あるよねー」
 クロスは、ジルべリア辺境の貴族の生まれ。七人姉妹の末っ子だ。自由奔放な性格に育つ。
「機会があったらフツーに観光したいねっ」
 クロスに話を振られ、デニムは答えに窮す。シュタインバーグ家の次期当主は、責務と興味が葛藤中。
「どんな珍しい資料があるのか、陰陽寮の学生としちゃ、ちょっとドキドキしちゃうナ」
 キョロキョロする、ジプシーのモユラ(ib1999)。五行の青龍寮に籍を置く、元陰陽師だ。
 まぁ、盛大に紆余曲折した末、学府の枠に囲われない自由な学問を求めるに至った訳だが。
「古文書を読む必要もあるわ。解読の為に、泰国の古い言語の辞書を用意しましょう。
余りに古いと、紙ではなく竹簡に記されているかも」
 雁久良 霧依(ib9706)の判断は、正しかった。昔の書物は、古泰語で書かれている場合が多い。
「竹簡が『本』と認識できないとフィフロス使えないわね」
 フィフロス、本に宿る精霊に尋ねる魔法。使われている言語を術者が知らないと、反応が鈍くなる欠点がある。
「これが天帝の図書館…凄まじい蔵書の量ですね」
 零式−黒耀 (ic1206)は、抑揚のない声で告げる。今は真面目な性格が顔を出していた。
「これは調べるのが大分骨であると考えます」
 仲間の方に振りかえると、至極まともな感想を漏らす。記憶を無くしたからくり人形は、無表情のままで。
「……まあ、この中から必要な情報を探すとなると、ちょっと気が遠くなりそうでも、あるのですが」
 デニムは言い淀んだ。茶色い瞳が、視線を遠くにやる。
「さて、頭を使うのはあまり得意ではありませんが、少しでも調べ物の助けに…」
 図書館に踏み込んだ星晶。闘士鉢金を締め直し、気合を入れる。
「通った道を記録して、簡易地図でも作成してみますよ」
 楽しげな黒猫耳。星晶は強い好奇心と、神出鬼没の行動力の持ち主。
 隠し通路や部屋が無いか調べつつ、図書館探索に出かけた。


「朱春の地下遺跡ですか。地殻変動と、何か関係があるかもしれませんね」
 額に二本の角を持つ、狭間 揺籠(ib9762)。物静かな漆黒の瞳は、宙を仰ぐ。
 何か、手助けになる様な事が分れば。その思いが揺籠を動かした。
「知人が、曾頭全と呼ばれる組織と、以前から度々戦っていると言う話を聞きました」
 捨て子だった揺籠は、天輪宗寺院で育てられた。周辺住民から鬼と言われ、他の僧の迷惑とならぬ為に、寺を出た過去がある。
 修羅が知られていなかった頃の話。心優しき修羅の昔話。
「割れた柿を、ご存知でしょうか?」
「日陰の民が人工的な災いを起こそうとして、陽光の王がそれを阻み、日陰の王を倒した物語でしょう」
 のんきな亜祈の答えに、瞳を険しくする揺籠。亜祈は、物語の異常性に気付いていない。
「泰の昔の人って、大地を操れたりしたのかなあ?」
 天変地異に関して、遠目でさがしていたクロス。会話を聞きつけ口を挟む。
「御伽噺だって『たまーに真実が語られてる』、なーんてこともあるみたいだし」
 クロスの耳元で、ウルフピアスが光る。駆ける狼を意匠化した、勇壮なデザイン。
「何か、地面が関係するお話とかあったら、読んでみようかな」
 赤い瞳を動かし、本棚を見て行くクロス。獲物を探す狼のように、鋭い眼差しで。


 履いたブーツが、慎重に後ろを振り返った。黒髪を揺らす亜紀の声が、真剣になる。
「以前、密命を受けての図書館での調査中に、敵が現れた事があるんだ」
「…神座さんのお話では、調査を妨害する輩が居る可能性があると」
 声を潜め、デニムは懐のダガー「ブラッドキラー」を見せる。さすがに帯剣は出来なかった。
「天帝のお住まいの中にあるんだし、セキュリティ面は大丈夫だと思うけど」
 霧依はそう言いながらも、精霊武器になる指輪、ネイルリング「真紅」をはめている。
 万一って事があるし、アヤカシはいつ発生するか分からないし。
「それには、同意します」
 黒耀は旡装を使って、鑽針釘を持ちこんだ。不信な輩に出会わない事を祈りたい。
「うん? 最近流行の不審者君たちがいるのかい?」
 クロスは、頭を掻いた。魔法に侵入者が引っかかったら、教えてもらう約束をする。
「こわいよねー……ま、僕の国だとデマを流す不穏分子は即撲滅なんだけどね」
「俺の国は、諸侯の力が強いですよ」
 ジルベリア育ちのクロスは、軽く肩をすくめる。泰国育ちの星晶は、飄々と笑った。


●地下遺跡の章
『軍師「羌大師」は、精霊の力を自らに宿し、その声の命ずるままに従って黄帝の春王朝建国を補佐した』


「遺跡が存在する記録は、黄帝の時代まで遡りました。羌大師と言う人物が、遺跡に潜ったようです」
「それ…神話時代ですよ。間違いないんですか?」
 やや困惑した表情を浮かべる、星晶。デニムを見やるが、頷き返事しか返らない。
 黄帝とは、春王朝初代天帝を指す。今から千五百年前の事である。
「各地で伝承が異なる様だけど、大元はどんな話だったのかしら?」
「亜祈が遺跡にまつわる言い伝えを色々聞いているみたいですので、それを確かめてみるのも面白いかなと思います」
「本当にあったら、中を冒険してみたいものね♪」
「…がんばるわ!」
 霧依の提案に、星晶が乗っかった。白虎しっぽを揺らし、亜祈は記憶を辿る。

『地下には、夜が訪れない』
『長い道が続いていた。上っているとも、下っているとも分からなくなる』
『兵士たちは、寡黙だった。また、上官は百戦錬磨の勇士である』
『ある者は言った、守る者がいると。別の者も言った、守られる者がいると』

「…天帝様の図書館であれば、真実が分るかもしれませんね」
 揺籠は、軽いため息をもらす。それぞれが断片であり、すべてが真実なのかもしれない。
「その言い伝えを、旧春王朝の勢力圏だった所と、それ以外とで比べてみても面白いかもしれません」
 デニム案で見た場合。朱春から梁山湖にかけて、つまり東の方に伝承が多かった。
「そういえば梁山湖にも地下道があると聞きましたが、繋がっていたら面白そうですね」
 黒猫耳を動かす星晶に対し、揺籠の黒い瞳は、憂いを帯びる。
「…先日、曾頭全は、町を小さな山にして見せたそうです」
 山になった町は、朱春から東だった。
「つまり、全てか、或いは部分的であれ、秘密を解き明かしているのでしょう。
後手後手になっては、打つ手も無くなってしまうかも知れません」
 梁山湖も、朱春から東にある。偶然の一致かもしれないが、揺籠は気にかかった。
「そうだ。地面と言えば、天儀で最近『龍脈』ってのが話題になってるよねー。
瘴気が伝わる事もできる龍脈。この前の合戦の後で儀が落ちてきたのって、ある意味天変地異って言えるよね」
 クロスは、亜紀の持ってきた、泰国のお茶、花鞠茶「三山花」を味わう。
「うーん、考えててもしょーがないぜい。この知識の迷路を楽しく探索するのだー」
 赤青黄の三色の花が、湯のみの中で花開いた。三山送り火の三組に、なぞらえた花が。
 うつむいた揺籠、漆黒の髪紐が小さく動く。本をめくりながら、言葉を紡いだ。
「梁山時代の地殻変動で、現在の泰儀の放射線状の地形が出来たのだとしたら、中心は朱春と言う事になります。
仮に地下遺跡が、地殻変動やそれに類する力に関係があるのだとすれば、人の業では無い筈です。
精霊様か、大アヤカシか。地下遺跡には何かが居るのではないでしょうか」
 揺籠の大いなる期待。精霊の方が良いけれど。
 そんな休憩の合間に、モユラはスローイングカード「キャッツアイ」を取りだした。
「泰の呪術関係の本とかも見てみたいケド…」
 ホッピポットラ頼みの勘。占いカードが示すのは…、揺籠の持つ本?
「…これ、なんて読むのカナ?」
 モユラは背伸びして、本を横から見ようとする。
「僵屍(キョンシー)ですね。地下遺跡に、大量に居るみたいです」
 揺籠が手にしていたのは、遺跡の調査記録。両手を突き出し、直立不動する人物が描かれていた。
 青白い肌に、鋭い犬歯。日光に弱く、気配察知を得意とするらしい。
「対する専門家は道士かぁ、面白いネ」
 文章を視線で追う、モユラ。牙には未知の毒があると、書かれていた。
 そして、地下遺跡は『古僵屍』と言う、特別な僵屍が守ると。


●姿無き鬼の章
『自らの心の内に潜む狂気に負けてはいけない。
彼の者のように、姿無き鬼に憑かれてはいけない』


「やっぱり疲れた時は甘い物だよね♪」
 亜紀の声に、亜祈は料亭特製の月餅を差し出す。開拓者全員に押しつけた
「糖分を摂るのは頭に良いんだよ、うん」
 自分の月見団子と交換した、亜紀。本場の月餅に、ご機嫌だ。
「私はむしろ、亜紀ちゃんみたいな可愛い子が、美味しそうにおやつを食べてる姿を眺めていたいわね♪」
 緑茶「陽香」を飲みつつ、霧依はニコニコ。楽しい事は、みんなで分かち合おう!
 休憩の合間を縫って、デニムは割拠時代の歴史書を読みふけっていた。黒耀の黒い瞳がデニムを見やる。
「長時間の作業は、心身ともに負荷がかかると判断します」
「ジルベリアの出身で武辺者の僕でも、秦国の歴史は、それ自体が新鮮で興味深いものですから」
「水と多少の甘味をご用意したので、気が向きましたら回復にご利用ください。私は特に疲労を感じませんので」
 黒耀は持っていたお盆を、デニムの顔と本の間に割り込ませる。強制中断され、デニムは渋々顔を上げた。
「この歴史書、間違っているわ!」
「間違い…ですか?」
 おやつに手を伸ばす亜祈。デニムの本を覗き、ご機嫌斜め。揺籠は理由を尋ねる。
「『大司空が大司徒の地位を乗っ取ろうとした』なんて、言いがかりよ。
割拠時代の戦乱は、大司徒の乱心が一因だもの。ご先祖さまは諌めようとしたから、左遷されたのよ」
「…敗者の名誉が守られているかも、騎士としては気になる所ではありましたが…。
ここに残っている本は、勝者側からの見方が多いかと思います」
 デニムは本を閉じる。懸念は当たっていた。揺籠は気を回す。
「亜祈さんの家には、なんと伝わっているのですか? この本と変わっている事とかありませんか?」
「…うちの口伝だと、『大司徒は姿無き鬼に憑かれた』ってあるわよ」
 質問に亜祈は白虎しっぽを揺らした。
「私は姿無き鬼が、二つの王朝にも関係あると考えます」
 会話に加わった黒耀。梁山時代の昔話や各地方に伝わる伝承など、広範囲に渡って調べていた。
「天帝は『姿無き鬼に憑かれたのだ』とする御伽話が、多いです」
 それは、話の立場によって、どの天帝を指すか違ったが。


●曾頭全の章
『とある貴き人は、地方の視察に訪れていた。突如、貴き人をケモノの群れが襲う。
貴き人を救ったのは、護衛に付いていた地方役人だった。感激した貴き人は、己が側近に取りたてる』


 霧依のくれたワッフルを食べながら、モユラは頬杖を突く。
「気になるのは…やっぱ『曾頭全の正体』カナ」
 春華王に敵対する組織がその名を使うからには、なにか繋がりがあるはずだ。
「曾頭全組織が何しようとしてンのか、目的が朧げにでも判ればイイんだけど」
 まずは、梁山時代の曾頭全について調べた。
「兄天帝の側近だったらしいケド…やっぱ重臣中の重臣だったネ」
 最も高き階級、一品官。兄天帝の右腕に等しい。
「こーいうのは史実以外の民間伝承なんかもポツポツ残ってて、誇張の中にちょっとずつ真実が埋れてるもんさね」
 目を引いたのは、ケモノがアヤカシだったとする説。ごく少数で、正史から無視された説。
「現代の曾頭全組織は、今の天帝春華王を『正統なる王ではない』って、言ってるみたいだケド」
「ボク、それに心当たりがあるよ」
 モユラのぼやきに、くぐもった声の亜紀が手を上げた。急いで月見団子を飲み込む。
「梁山時代二人の天帝が、何故仲違いする事になったかだけど…『弟の天帝が先代を毒殺した』って、噂があったみたい。
なんで先代が弟を帝位に就かせたのか、理由が探せなかったしね。肝心なところが、謎のままなんだ」
 なぜか先代の指名は兄を飛び越し、弟が帝位を継承する。
「その本、隠し部屋から見つけました」
 嬉々として、図書館探検をしていた星晶。奇妙な空間に気付いた。本棚と本棚の間に、目を凝らす。
 忍眼を使ったのは、当たりだった。むしろ、使わなければ、この本は表に出てこなかったはず。
「あ、二つの王朝の民衆の支持は、半々だったみたい。曾頭全が、旧王朝の軍師を務めたみたいだよ」
 手帳をめくりながら、亜紀は付け足す。政治的な動きや、民衆の動きも調べた。
 先代天帝の政治は、それなりに安定していた。故に、その後に続く混乱は大変だったと、数多の記録が残っている。
「仲たがいの原因が血統主義とか権力欲だったら、ちょっとガッカリだけど」
 癖のある赤毛を揺らし、モユラはけらけらと笑った。と、手を振るクロスが視界に入る。
「おーい、秦の天変地異にかかわりそうな物を持ってきたよー」
「更に調査必要と判断します」
「四経の知理ね」
「ボクがさっきフィフロスで調べた本も、四経の至徳って書いてあったよ」
 黒耀から霧依に本が渡される。背表紙を読みあげ、亜紀は瞬き。
 四経は、梁山時代前後に成立した四冊一組の思想書だ。
 得形、知理、拠道、至徳。形を得て、理を知り、道に拠りて、徳に至る。
「私は、易などの占術論も気にかかります」
「へー、知理には自然に関する知識が載っているのか」
 フィフロスの結果を、黒耀は紙に書き留める。上から覗きこみ、クロスは首をひねる。
 なぜか太陽や月、流星や彗星の扱いしか書かれていなかった。