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■オープニング本文 ●世をしのぶ 天儀西に位置する国、泰。 その泰から、春華王が天儀へ巡幸に訪れているという。 「こちらでは、お初にお目にかかります。茶問屋の常春と申します」 少年がそういって微笑む。 しかし、服装や装飾品こそ商家の若旦那と言った風であるが、その正体は、誰であろう春華王そのひとである。 「相談とは他でもありません」 その泰では、近年「曾頭全」と呼ばれる組織が暗躍している。そこではもう一人の春華王が民の歓心を買い、今の春王朝に君臨する天帝春華王を正統なる王ではない、偽の王であると吹聴して廻っていた。 だが宮廷の重臣らは危機感が薄く、動きが鈍い。彼は開拓者らと共に、宮廷にさえ黙って密かにこれを追っていたが、いよいよ曾頭全の動きが本格化してきたのである。 開拓者ギルドの総長である大伴定家が小さく頷く。 「ふうむ。なるほど……」 「是非とも、開拓者ギルドの力をお貸しください」 ●末裔 泰国の南部には、獣人が多く住む。泰国の獣人は、猫族(にゃん)と呼ばれた。 仲秋の名月から、少し過ぎた頃。浪志組の屯所の縁側で、時期遅れの月見が行われていた。 「天儀のお月さまも、綺麗ね。月見氷がぴったりだわ♪」 ご機嫌麗しく、かき氷を食べる白虎娘。九番隊隊長の司空 亜祈(しくう あき:iz0234)である。 泰国名で、「スーコン・ヤーチー」と呼ばれる猫族は、嬉しそうに空を見上げた。 「…それ、美味いのか?」 月見に誘われた、浪志組の局長。真田悠(さなだ ゆう:iz0262)は、奇異の目でかき氷を見る。 同席する九番隊の隊士たちは、無言だった。誰も、怖くて突っ込めない。 「ええ。天儀のお月見うどんを、真似してみたの♪」 嬉しそうに白虎しっぽを揺らす、虎娘。見せびらかすかき氷の上には、生卵が乗っている。 猫族は、月を崇める風習がある。本日は、かき氷に目をつけたらしい。 虎娘は、料亭の娘だった。育ちゆえ、天儀の食べ物が珍しくて仕方ない。なんでもかんでも、真似してみる。 「…誰が、亜祈をうどん屋に連れて行ったんだ?」 「ワシじゃ」 質問する局長の声は、色彩を欠く。お茶を飲みながら、年老いた隊医が返事した。 局長は強くも言えず、肩を落とす。黙って月見団子に手を伸ばした。 「そうだわ。真田さん、私、しばらくお暇を頂きたいの」 かき氷を半分やっつけた虎娘。月見団子を食べる局長に、声をかける。 「開拓者ギルドに、天帝さまから依頼が出されたらしくて。その依頼を、是非受けたいのよ。 あ…天儀の人には『春華王さまからの依頼』って言った方が、分かりやすいかしらね?」 ピコピコと動く、白虎耳。虎娘の兄は、開拓者ギルドの職員だった。 「どんな依頼なんだ?」 手を止め、向き直る局長。少し考え込むように、虎娘のしっぽが揺れる。 「天帝宮大図書館で、梁山時代(りょうざんじだい)と、秘密の地下遺跡の調べ物をするの」 「梁山時代?」 「泰国の王朝が、二つに分かれて争った時代の事ね。あの時代は、天帝さまが二人居たんですって。 今の天帝さまは、勝った弟天帝さまの東春王朝の子孫よ。敗れた兄天帝さまは、旧春王朝と呼ばれているわ」 昔、昔の話。約六百年前の泰国は、混乱の時代だった。 ときの天帝の息子たちは、仲違いをする。結果、王朝は二つに分かれた。 一つの儀に、二つの王朝は要らぬ。いつしか、命を賭けた争いに発展した。 とにかく、兄の天帝側、旧春王朝軍は強かった。破竹の勢いで、東に攻め込む。 弟の天帝の東春王朝軍は、劣勢に追い込まれるばかり。逃げて、逃げて、ついに梁山湖へ。 昔から梁山湖周辺には、地下道が張り巡らされていた。東春王朝軍は、地下道に立て籠る。 でも、二つの王朝に災いが降りかかった。双方の軍を巻きこみ、落盤が起きる。 兄の天帝は、その場で命を落とした。側近であった『曾頭全』も、行方不明になったらしい。 「隊長が前に言っていた、割拠時代と違うんですか? ご先祖様がなんとかって」 隊士の一人が、虎娘に質問した。異国の話は、なかなか興味をそそる。 「そっちは曹孫劉の地で、三人の諸侯が治めていた時代よ。梁山時代より二百年くらい後になるわ。 天儀の人には、三山送り火(さんざんのおくりび)の方が、名前に馴染みが有るかもね」 三山送り火は、猫族の月敬いの締めくくり。泰国の首都「朱春」近郊にある、小高い三つの山に、火を焚く事。 山はそれぞれ、西の劉山、北の曹山、東の孫山と呼ばれていた。 「うちのは、単なる言い伝えよ。今時、猫族の諸侯なんて、どこにも居ないもの」 司空家に伝わる、昔話。役職についていたご先祖さまは、ある地方に派遣された。 水の氾濫する川により、不毛の大地になった土地。長年を経て、治水工事が成功する。 役職を退いたご先祖さまは、晩年をその地で過ごした。趣味の植物栽培や、調理に傾倒する。 記録は受け継がれ、薬膳として。役職は名字として、料亭に繋がるらしい。今となっては、嘘か真か、分からぬが。 「あの…自分は、秘密の地下遺跡に興味があるのですが!」 新入りの隊士が、キラキラした瞳で質問する。冒険心がくすぐられた。 「泰国の首都の朱春は、巨大な遺跡の上に建っているって、聞いたことがあるわ。 てっきり、おとぎ話だと思っていたんだけれど…本当だったみたいね」 首都から少し南部に住んでいた、虎娘。地元では、ありふれた昔話のひとつだった。 天帝のおわす宮殿、天帝宮。その下には、誰も知らない、秘密の場所があると。 「地下遺跡に何があるかは、私も知らないわ。土地によって、伝わる内容が違うのよ。 …家出したときに、あっちこっちを回って、知ったのよね」 虎娘は、十二歳のときに家出した。姐御肌の陰陽師に拾われ、二年間、泰国南部を旅する。 旅の末、陰陽術と放浪癖を身につけた。野宿の結果、料理にこだわる事を止めた。 「家出の理由? …父上が悪いのよ。兄上の方が年上なんだから、美味しい料理が作れて当然でしょ!」 白虎しっぽを膨らませる、虎娘。家出するまで、ずっと兄と比べられて育った。 とうとう、堪忍袋の緒が切れる。厳しい料理修行が嫌になり、家を飛び出したらしい。 |
■参加者一覧
デニム・ベルマン(ib0113)
19歳・男・騎
晴雨萌楽(ib1999)
18歳・女・ジ
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
狭間 揺籠(ib9762)
26歳・女・武
クロス=H=ミスルトゥ(ic0182)
17歳・女・騎
零式−黒耀 (ic1206)
26歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●始まりの章 「泰国王宮の図書館に入れるなんて、楽しみだね♪」 神座亜紀(ib6736)は浮足立つ。腰まであるロングヘアは楽しげに、弾んでいた。 「普通じゃ読めない資料とか見られそうだし」 いろいろな所へ出かけ独特な言葉を収集、研究するのが夢。古き泰国語に出会いたくて仕方ない。 「父さんにも見せてあげたいよ」 無邪気に告げる声には、研究者である父を尊敬している様子が、にじみ出ていた。 「…人生山あり谷ありと言いますが、はたして現在の状況はどっちなのでしょうか」 天帝宮を前に、劉 星晶(ib3478)は泰国出身として、どんな顔をするべきか迷う。 「まさかこんな所にまで来ることになろうとは…。宮殿探検したら怒られますかね?」 ピコピコ動く、猫族の星晶の黒猫耳。仕事中だから、止めたけれど。 泰国千五百年の歴史は、膨大だった。上下に、前後左右、部屋の全てが書物だらけ。 「これだけの量の本が並んでいる光景は壮観ですね。何だか見ているだけでも、ワクワクします」 天帝宮大図書館を見上げる、デニム(ib0113)。思わず声が弾んでいた。 「やー、立派な図書館だよねえ」 額に片手をあげ、軽く口笛を吹く、クロス=H=ミスルトゥ(ic0182)。ちなみにHは「ハングド」の略だ。 「ジルべリアにもかたっくるしいこういうとこあるけどね。この国って、やっぱり独特な雰囲気あるよねー」 クロスは、ジルべリア辺境の貴族の生まれ。七人姉妹の末っ子だ。自由奔放な性格に育つ。 「機会があったらフツーに観光したいねっ」 クロスに話を振られ、デニムは答えに窮す。シュタインバーグ家の次期当主は、責務と興味が葛藤中。 「どんな珍しい資料があるのか、陰陽寮の学生としちゃ、ちょっとドキドキしちゃうナ」 キョロキョロする、ジプシーのモユラ(ib1999)。五行の青龍寮に籍を置く、元陰陽師だ。 まぁ、盛大に紆余曲折した末、学府の枠に囲われない自由な学問を求めるに至った訳だが。 「古文書を読む必要もあるわ。解読の為に、泰国の古い言語の辞書を用意しましょう。 余りに古いと、紙ではなく竹簡に記されているかも」 雁久良 霧依(ib9706)の判断は、正しかった。昔の書物は、古泰語で書かれている場合が多い。 「竹簡が『本』と認識できないとフィフロス使えないわね」 フィフロス、本に宿る精霊に尋ねる魔法。使われている言語を術者が知らないと、反応が鈍くなる欠点がある。 「これが天帝の図書館…凄まじい蔵書の量ですね」 零式−黒耀 (ic1206)は、抑揚のない声で告げる。今は真面目な性格が顔を出していた。 「これは調べるのが大分骨であると考えます」 仲間の方に振りかえると、至極まともな感想を漏らす。記憶を無くしたからくり人形は、無表情のままで。 「……まあ、この中から必要な情報を探すとなると、ちょっと気が遠くなりそうでも、あるのですが」 デニムは言い淀んだ。茶色い瞳が、視線を遠くにやる。 「さて、頭を使うのはあまり得意ではありませんが、少しでも調べ物の助けに…」 図書館に踏み込んだ星晶。闘士鉢金を締め直し、気合を入れる。 「通った道を記録して、簡易地図でも作成してみますよ」 楽しげな黒猫耳。星晶は強い好奇心と、神出鬼没の行動力の持ち主。 隠し通路や部屋が無いか調べつつ、図書館探索に出かけた。 「朱春の地下遺跡ですか。地殻変動と、何か関係があるかもしれませんね」 額に二本の角を持つ、狭間 揺籠(ib9762)。物静かな漆黒の瞳は、宙を仰ぐ。 何か、手助けになる様な事が分れば。その思いが揺籠を動かした。 「知人が、曾頭全と呼ばれる組織と、以前から度々戦っていると言う話を聞きました」 捨て子だった揺籠は、天輪宗寺院で育てられた。周辺住民から鬼と言われ、他の僧の迷惑とならぬ為に、寺を出た過去がある。 修羅が知られていなかった頃の話。心優しき修羅の昔話。 「割れた柿を、ご存知でしょうか?」 「日陰の民が人工的な災いを起こそうとして、陽光の王がそれを阻み、日陰の王を倒した物語でしょう」 のんきな亜祈の答えに、瞳を険しくする揺籠。亜祈は、物語の異常性に気付いていない。 「泰の昔の人って、大地を操れたりしたのかなあ?」 天変地異に関して、遠目でさがしていたクロス。会話を聞きつけ口を挟む。 「御伽噺だって『たまーに真実が語られてる』、なーんてこともあるみたいだし」 クロスの耳元で、ウルフピアスが光る。駆ける狼を意匠化した、勇壮なデザイン。 「何か、地面が関係するお話とかあったら、読んでみようかな」 赤い瞳を動かし、本棚を見て行くクロス。獲物を探す狼のように、鋭い眼差しで。 履いたブーツが、慎重に後ろを振り返った。黒髪を揺らす亜紀の声が、真剣になる。 「以前、密命を受けての図書館での調査中に、敵が現れた事があるんだ」 「…神座さんのお話では、調査を妨害する輩が居る可能性があると」 声を潜め、デニムは懐のダガー「ブラッドキラー」を見せる。さすがに帯剣は出来なかった。 「天帝のお住まいの中にあるんだし、セキュリティ面は大丈夫だと思うけど」 霧依はそう言いながらも、精霊武器になる指輪、ネイルリング「真紅」をはめている。 万一って事があるし、アヤカシはいつ発生するか分からないし。 「それには、同意します」 黒耀は旡装を使って、鑽針釘を持ちこんだ。不信な輩に出会わない事を祈りたい。 「うん? 最近流行の不審者君たちがいるのかい?」 クロスは、頭を掻いた。魔法に侵入者が引っかかったら、教えてもらう約束をする。 「こわいよねー……ま、僕の国だとデマを流す不穏分子は即撲滅なんだけどね」 「俺の国は、諸侯の力が強いですよ」 ジルベリア育ちのクロスは、軽く肩をすくめる。泰国育ちの星晶は、飄々と笑った。 ●地下遺跡の章 『軍師「羌大師」は、精霊の力を自らに宿し、その声の命ずるままに従って黄帝の春王朝建国を補佐した』 「遺跡が存在する記録は、黄帝の時代まで遡りました。羌大師と言う人物が、遺跡に潜ったようです」 「それ…神話時代ですよ。間違いないんですか?」 やや困惑した表情を浮かべる、星晶。デニムを見やるが、頷き返事しか返らない。 黄帝とは、春王朝初代天帝を指す。今から千五百年前の事である。 「各地で伝承が異なる様だけど、大元はどんな話だったのかしら?」 「亜祈が遺跡にまつわる言い伝えを色々聞いているみたいですので、それを確かめてみるのも面白いかなと思います」 「本当にあったら、中を冒険してみたいものね♪」 「…がんばるわ!」 霧依の提案に、星晶が乗っかった。白虎しっぽを揺らし、亜祈は記憶を辿る。 『地下には、夜が訪れない』 『長い道が続いていた。上っているとも、下っているとも分からなくなる』 『兵士たちは、寡黙だった。また、上官は百戦錬磨の勇士である』 『ある者は言った、守る者がいると。別の者も言った、守られる者がいると』 「…天帝様の図書館であれば、真実が分るかもしれませんね」 揺籠は、軽いため息をもらす。それぞれが断片であり、すべてが真実なのかもしれない。 「その言い伝えを、旧春王朝の勢力圏だった所と、それ以外とで比べてみても面白いかもしれません」 デニム案で見た場合。朱春から梁山湖にかけて、つまり東の方に伝承が多かった。 「そういえば梁山湖にも地下道があると聞きましたが、繋がっていたら面白そうですね」 黒猫耳を動かす星晶に対し、揺籠の黒い瞳は、憂いを帯びる。 「…先日、曾頭全は、町を小さな山にして見せたそうです」 山になった町は、朱春から東だった。 「つまり、全てか、或いは部分的であれ、秘密を解き明かしているのでしょう。 後手後手になっては、打つ手も無くなってしまうかも知れません」 梁山湖も、朱春から東にある。偶然の一致かもしれないが、揺籠は気にかかった。 「そうだ。地面と言えば、天儀で最近『龍脈』ってのが話題になってるよねー。 瘴気が伝わる事もできる龍脈。この前の合戦の後で儀が落ちてきたのって、ある意味天変地異って言えるよね」 クロスは、亜紀の持ってきた、泰国のお茶、花鞠茶「三山花」を味わう。 「うーん、考えててもしょーがないぜい。この知識の迷路を楽しく探索するのだー」 赤青黄の三色の花が、湯のみの中で花開いた。三山送り火の三組に、なぞらえた花が。 うつむいた揺籠、漆黒の髪紐が小さく動く。本をめくりながら、言葉を紡いだ。 「梁山時代の地殻変動で、現在の泰儀の放射線状の地形が出来たのだとしたら、中心は朱春と言う事になります。 仮に地下遺跡が、地殻変動やそれに類する力に関係があるのだとすれば、人の業では無い筈です。 精霊様か、大アヤカシか。地下遺跡には何かが居るのではないでしょうか」 揺籠の大いなる期待。精霊の方が良いけれど。 そんな休憩の合間に、モユラはスローイングカード「キャッツアイ」を取りだした。 「泰の呪術関係の本とかも見てみたいケド…」 ホッピポットラ頼みの勘。占いカードが示すのは…、揺籠の持つ本? 「…これ、なんて読むのカナ?」 モユラは背伸びして、本を横から見ようとする。 「僵屍(キョンシー)ですね。地下遺跡に、大量に居るみたいです」 揺籠が手にしていたのは、遺跡の調査記録。両手を突き出し、直立不動する人物が描かれていた。 青白い肌に、鋭い犬歯。日光に弱く、気配察知を得意とするらしい。 「対する専門家は道士かぁ、面白いネ」 文章を視線で追う、モユラ。牙には未知の毒があると、書かれていた。 そして、地下遺跡は『古僵屍』と言う、特別な僵屍が守ると。 ●姿無き鬼の章 『自らの心の内に潜む狂気に負けてはいけない。 彼の者のように、姿無き鬼に憑かれてはいけない』 「やっぱり疲れた時は甘い物だよね♪」 亜紀の声に、亜祈は料亭特製の月餅を差し出す。開拓者全員に押しつけた 「糖分を摂るのは頭に良いんだよ、うん」 自分の月見団子と交換した、亜紀。本場の月餅に、ご機嫌だ。 「私はむしろ、亜紀ちゃんみたいな可愛い子が、美味しそうにおやつを食べてる姿を眺めていたいわね♪」 緑茶「陽香」を飲みつつ、霧依はニコニコ。楽しい事は、みんなで分かち合おう! 休憩の合間を縫って、デニムは割拠時代の歴史書を読みふけっていた。黒耀の黒い瞳がデニムを見やる。 「長時間の作業は、心身ともに負荷がかかると判断します」 「ジルベリアの出身で武辺者の僕でも、秦国の歴史は、それ自体が新鮮で興味深いものですから」 「水と多少の甘味をご用意したので、気が向きましたら回復にご利用ください。私は特に疲労を感じませんので」 黒耀は持っていたお盆を、デニムの顔と本の間に割り込ませる。強制中断され、デニムは渋々顔を上げた。 「この歴史書、間違っているわ!」 「間違い…ですか?」 おやつに手を伸ばす亜祈。デニムの本を覗き、ご機嫌斜め。揺籠は理由を尋ねる。 「『大司空が大司徒の地位を乗っ取ろうとした』なんて、言いがかりよ。 割拠時代の戦乱は、大司徒の乱心が一因だもの。ご先祖さまは諌めようとしたから、左遷されたのよ」 「…敗者の名誉が守られているかも、騎士としては気になる所ではありましたが…。 ここに残っている本は、勝者側からの見方が多いかと思います」 デニムは本を閉じる。懸念は当たっていた。揺籠は気を回す。 「亜祈さんの家には、なんと伝わっているのですか? この本と変わっている事とかありませんか?」 「…うちの口伝だと、『大司徒は姿無き鬼に憑かれた』ってあるわよ」 質問に亜祈は白虎しっぽを揺らした。 「私は姿無き鬼が、二つの王朝にも関係あると考えます」 会話に加わった黒耀。梁山時代の昔話や各地方に伝わる伝承など、広範囲に渡って調べていた。 「天帝は『姿無き鬼に憑かれたのだ』とする御伽話が、多いです」 それは、話の立場によって、どの天帝を指すか違ったが。 ●曾頭全の章 『とある貴き人は、地方の視察に訪れていた。突如、貴き人をケモノの群れが襲う。 貴き人を救ったのは、護衛に付いていた地方役人だった。感激した貴き人は、己が側近に取りたてる』 霧依のくれたワッフルを食べながら、モユラは頬杖を突く。 「気になるのは…やっぱ『曾頭全の正体』カナ」 春華王に敵対する組織がその名を使うからには、なにか繋がりがあるはずだ。 「曾頭全組織が何しようとしてンのか、目的が朧げにでも判ればイイんだけど」 まずは、梁山時代の曾頭全について調べた。 「兄天帝の側近だったらしいケド…やっぱ重臣中の重臣だったネ」 最も高き階級、一品官。兄天帝の右腕に等しい。 「こーいうのは史実以外の民間伝承なんかもポツポツ残ってて、誇張の中にちょっとずつ真実が埋れてるもんさね」 目を引いたのは、ケモノがアヤカシだったとする説。ごく少数で、正史から無視された説。 「現代の曾頭全組織は、今の天帝春華王を『正統なる王ではない』って、言ってるみたいだケド」 「ボク、それに心当たりがあるよ」 モユラのぼやきに、くぐもった声の亜紀が手を上げた。急いで月見団子を飲み込む。 「梁山時代二人の天帝が、何故仲違いする事になったかだけど…『弟の天帝が先代を毒殺した』って、噂があったみたい。 なんで先代が弟を帝位に就かせたのか、理由が探せなかったしね。肝心なところが、謎のままなんだ」 なぜか先代の指名は兄を飛び越し、弟が帝位を継承する。 「その本、隠し部屋から見つけました」 嬉々として、図書館探検をしていた星晶。奇妙な空間に気付いた。本棚と本棚の間に、目を凝らす。 忍眼を使ったのは、当たりだった。むしろ、使わなければ、この本は表に出てこなかったはず。 「あ、二つの王朝の民衆の支持は、半々だったみたい。曾頭全が、旧王朝の軍師を務めたみたいだよ」 手帳をめくりながら、亜紀は付け足す。政治的な動きや、民衆の動きも調べた。 先代天帝の政治は、それなりに安定していた。故に、その後に続く混乱は大変だったと、数多の記録が残っている。 「仲たがいの原因が血統主義とか権力欲だったら、ちょっとガッカリだけど」 癖のある赤毛を揺らし、モユラはけらけらと笑った。と、手を振るクロスが視界に入る。 「おーい、秦の天変地異にかかわりそうな物を持ってきたよー」 「更に調査必要と判断します」 「四経の知理ね」 「ボクがさっきフィフロスで調べた本も、四経の至徳って書いてあったよ」 黒耀から霧依に本が渡される。背表紙を読みあげ、亜紀は瞬き。 四経は、梁山時代前後に成立した四冊一組の思想書だ。 得形、知理、拠道、至徳。形を得て、理を知り、道に拠りて、徳に至る。 「私は、易などの占術論も気にかかります」 「へー、知理には自然に関する知識が載っているのか」 フィフロスの結果を、黒耀は紙に書き留める。上から覗きこみ、クロスは首をひねる。 なぜか太陽や月、流星や彗星の扱いしか書かれていなかった。 |