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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●二十年前 神楽の都の開拓者長屋に、ふらりと陰陽師が顔を出した。ねぼすけ弓術師を叩き起こす。 「起きろ、弥次(やじ)! 起きろ!」 「……九郎(くろう)、朝っぱらから何の用だ?」 「見ろ、息子を紹介しに来た! そっくりだろ!?」 「……息子? お前さんの息子?」 ねぼすけ弓術師、布団から顔だけを向ける。大きなあくびを一つ。 「くーん……わふ?」 「ハチ、起きたのか」 一緒に寝ていた子犬も、大あくびをする。弓術師は小さな忍犬を抱えて、身を起こした。 「そう、息子。良く見ろ。与一(よいち)だ!」 しばらく姿を見せなかった、陰陽師。狩衣姿の人形を、弓術師に見せつける。 「与一、今は『おはよう』だ。弥次に挨拶するんだ」 すみれ色の髪と瞳を持つ人形が、喋った。瞳を細めて、人懐っこく笑う。 ―――弥次の旦那、おはようでさ。 それが、人妖と初めて交わした言葉だった。 ●昔話 四十路のギルド員は、朝焼け色の瞳を細めた。つとつと、親友との昔話を語る。 「俺と九郎が出会ったのは、十五のときだった。初心者向けの依頼で、顔を合わせてな。 陰陽師の癖に、俺と同じ理穴出身だと知って驚いたぞ」 体格に恵まれなかった陰陽師。弓もまともに引けず、故郷ではいじめられっ子。 いつか見返してやると、家出をした。幼なじみの婚約者を残して。 「十八のときに、九郎の故郷が襲われた。鑪の矢吹丸(たたらのやぶきまる)が率いる、不死系アヤカシ達にな」 弓術師たちの矢を、ことごとく吹き飛ばすアヤカシ。いつしか矢吹丸と呼ばれていた。 近隣の村へ知らせに、陰陽師の婚約者が走る。幸いにも、ギルドに風信器による連絡が届く。 幸いは、不幸の始まりだった。 「矢吹丸は吸血鬼だ。血を吸われ、殺された者は不死系アヤカシとして、完全な支配下に置かれる。 それから、不死系アヤカシに襲われた者も、瘴気に犯される。新たな不死系アヤカシになるんだ」 近隣の村で悲嘆にくれる、うら若き娘。吸血鬼に操られた蘇屍鬼。見抜いたのは陰陽師だった。 「……九郎は、お郷(おさと)さんを討つしかなかったのさ」 蘇屍鬼の瞳は、もう婚約者を映さぬ。すみれ色の瞳は、人としての光を失っていた。 「お郷さんを亡くしてから、九郎は人妖作りに固執してな。ついに二十の時に、与一を作ったんだぞ」 伝説の弓の名手にあやかって付けられた、人妖の名前。 陰陽師そっくりの、眼鼻立ち。陰陽師の婚約者そっくりの、すみれ色の髪と瞳。 「矢吹丸を追い詰めたのは、その翌年だった。俺は、あいつの左目を潰すしか、出来なくてな」 吸血鬼は、固執を始めた。当時の開拓者たちに、復讐を誓う。 「あの時の仲間は、皆、殺された。矢吹丸は頭脳戦に長けている。 どこから調べるのか……故郷とか、家族とか、そう言ったもんを人質にするんだ」 人質は、目の前でアヤカシに変えられた。いくら開拓者でも、武器を持つ手が鈍る。 「俺か? ……俺の兄貴は、志体持だったからな。辛うじて一命を取り留めたのさ」 吸血鬼を追い詰めた代償。数多の修羅場を乗り越え、ギルド員は今を生きている。 「まぁ、九郎だけは、矢吹丸も手を出せなかったがな」 全てを失っていた、陰陽師。作り上げた人妖が、唯一の家族だった。 ●墓場にて 理穴の東部、魔の森の境界線。大アヤカシの軍勢と、理穴軍との戦いが起こっていた。 吸血鬼も配下の不死系アヤカシを率いて参加する。長引く戦いで、足りないモノを感じ始めた。 「もうちょっと、強くならないとマズイかな?」 中級アヤカシの吸血鬼は、ぼやく。包帯を巻いた左腕に、視線を落とした。 十年前、ギルド員によって消滅した左腕。吸血鬼特有の回復力で、以前と同じように動くようにはなったが。 失敗から、用心を重ねるようになった。うるさい開拓者に悟られぬように、魔の森にこもる。 「久しぶりに、役立つ部下も増やしたいね」 足りないのは、己が力。上級アヤカシとなるために。 足りないのは、有能な配下。人間どもを蹂躙するために。 「うん、人間狩りに行こう♪」 しばし考え込み、吸血鬼は空に浮かび上がった。戦場をあとにする。 数刻遅れて、やっとギルド員は気付く。切羽詰まった会話が飛びかった。 「矢吹丸が居ない? 与一、間違いないのか!?」 「間違いないでやんすよ。行方不明でさ」 「あいつ、どこ……まさか、俺の故郷か……?」 「旦那、女将たちが危ないでやんす。急いで追うでさ!」 「くっ……今からじゃ、追いつけるか分からんぞ」 ギルド員と人妖は、戦場から離脱する。宿敵の吸血鬼を追い求めて。 魔の森に飲み込まれた、陰陽師の墓石。吸血鬼は、血色の右目を細めた。 右手を前方に差し出す。包帯を巻いた左腕は、垂れ下がったままで。 「九郎、迎えにきたよ♪ お墓を探すの、本当に苦労したんだからね」 墓石が動き、ずれる。地面から、出現した何者かに、吸血鬼は親しげな笑みをうかべた。 「あ、ハチも連れて行かないと。愛しのご主人さまに対面したいだろう?」 右目を小さな墓石に向ける。こちらでも墓石が動き、ずれる。何かが現れた。 「キミのご主人さまは、強いね。でも…そろそろ、ボクから奪った眼を、返して貰わなくちゃ」 吸血鬼の左目は、包帯が巻かれていた。十九年前、弓術師に射られてから、消滅した左目。 同僚アヤカシに、不名誉な二つ名を付けられる、きっかけ。『鑪の小童』と。 吸血鬼は、タフなアヤカシだ。怪我を追っても、数時間で回復してしまう。 鑪の矢吹丸が、あえて左目を治療しなかった理由。治す時は、ギルド員の血で。 「弥次は単純だからね。隙をつけば、血を吸えるよ。きっと」 吸血鬼は、楽しげに手を振る。他の墓からも、アヤカシと化した屍たちが姿を現した。 すべて、元開拓者。元開拓者の相棒。……ギルド員と人妖の、生前の仲間達。 「そうそう、弥次には子供が居るんだって。子供だよ、子供♪」 調べは付いている。餌にしても、配下にしても、申し分のない兄弟。 上の息子は、仁(じん)。血の繋がりの無い、十三才の修羅族の養い子。 下の息子は、尚武(なおたけ)。ギルド員そっくりな、五才の実子。 「九郎も会えると、嬉しいよね?」 子供好きだった陰陽師。吸血鬼は、無邪気に笑いかけた。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
デニム・ベルマン(ib0113)
19歳・男・騎
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
海神 雪音(ib1498)
23歳・女・弓
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
アルフレート(ib4138)
18歳・男・吟
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●相棒 「弥次さん、ないしたん?」 戦線を抜ける弥次を見つけた。神座真紀(ib6579)は不思議そうに尋ねる。 「…誘拐?」 弥次の懸念材料を聞いた。歩いては、間に合わぬと自嘲を一緒に。 「あたしの炎龍・ほむらに同乗したらええよ。歩くよりは早いやろ」 大篭手「獣王」を着けた相棒を呼び寄せる。龍の背中を撫でながら、真紀は笑った。 「せやけど家族を狙うやなんて、矢吹丸って卑怯な奴ちゃな。流石はアヤカシいう所か」 ふっと真剣になる、真紀の黒い瞳。代々アヤカシ討伐を生業としてきた氏族の次期当主としては、見逃せない。 「仁君達を襲わせる訳にはいかん、急いで行かんと。重いやろけどきばってや、ほむら!」 真紀の声に、ほむらは雄々しく鳴く。任せろと。 「矢吹丸が温泉郷へ…!? 疾風、温泉郷へ急いで下さい!」 海神 雪音(ib1498)は、駿龍を呼びつけた。オクノスの手綱を握り、疾風の背に乗る。 大地の精霊の加護を得ているという手綱。どっしり構えた疾風は鳴く、雪音を落ちつけようと。 「弥次さんの家族には、手を出させません…!」 相棒に促され、深呼吸する雪音。それでも、胸中を疾風に語る。 「仁、尚武…必ず守ってみせます…! 疾風、温泉郷へ急いで下さい!」 淡々とした口調の中で、雪音の決意が膨らむ。大きく頷き、疾風は空へ舞い上がった。 「…ほう。二人を狙うとは良い度胸ですね」 黒猫耳が、静かに怒気をはらむ。劉 星晶(ib3478)の声に、上級鷲獅鳥の翔星が反応した。 「…二人には触れさせませんよ」 星晶の台詞に沿って、翔星の風切の羽根飾が揺れる。吹き付ける風を受け流す効果がある、白い羽。 アヤカシの悪意も、瘴気も、全て、受け流そう。翔星は、翼を大きく広げる。 「急いで駆け付けます」 星晶は相棒の背に飛び乗った。周りを取り巻く空気が、轟音を上げ始める。翔星の羽ばたきに合わせて。 「吸血鬼ですか・・狡猾な知恵を持った強力なアヤカシですね・・」 やや内気な柊沢 霞澄(ia0067)も、眉を寄せた。皆と一緒に行くと、行動で自己主張する。 「戦い難い相手ですが、今回は相手の思惑に乗らない事が大切でしょう・・」 霞澄から投げかける視線。表情の読めない、弥次に向けられた。 デニム(ib0113)は弥次を呼びとめる。 「弥次さん、ご家族の護衛に専念してくれませんか?」 「ん?」 「アヤカシが前線を抜けてきた場合、大声でもなんでも、とにかく僕達を呼ぶ合図をして欲しいです。急行しますから」 威風堂々。デニムの後ろで、鷲獅鳥のワールウィンドが控えている。弥次は分かったと頷いた。 「紅焔・・一緒に頑張ろうね・・」 霞澄は、銀の瞳で見上げる。轟龍の紅焔が、雄々しく翼を震わしていた。 霞澄の声かけに、紅焔の前掛「深雪」が、大きく揺れ動く。降り積もった雪のように、白く静かな心。 「犠牲者も、眠りを妨げられた死者も、開放してあげないと・・」 霞澄の神衣「黄泉」から、衣擦れの音がする。黄泉には、「死者が行く地下の世界」の意味もあった。 (…アヤカシになんか、興味持ちたくないんだけどな…) アルフレート(ib4138)は、ウロボロスの指輪に視線を落とす。駿龍クロウの背中で、軽くため息。 (相手の大切なものを自分の武器として使う、そんな奴が見逃す筈はない。生者も…死者でさえも) 指輪には、二匹の蛇が絡み合う姿が彫刻されている。矢吹丸も、人の運命に絡みつく存在。 (郷の安全を確保するのは重要…だけど、不安視すべきはそれだけじゃない) 銀糸のような髪が、風の中で別方向を向く。 「姿を消した理由が栃面さんの予想通りなら、今一番に冷静でいて貰わないといけないのは…彼自身だ」 思いは胸の中に留め、違う言葉を吐きだす。アルフレートは、隣へ視線を投げかけた。 「奴と初めて遭遇した、あの墓地に眠ってる人達を、矢吹丸は知ってる」 「ああ、そうだな」 「栃面さんの故郷を襲うのに、誰を選ぶのが一番効果的なのか、も。…自身は高みの見物で」 「いつものことだ」 淡々と受け答えする弥次。アルフレートの紫水晶の瞳は、弥次を軽く睨む。 「栃面さんを目前で足止めするより、屍鬼達の元へ向かわせた方がより楽しい…そう考えて、あえて見逃し入郷させる可能性は高い」 アルフレートは、興味が湧く事にしか関心を向けない。言いかえれば、今は気になって仕方がない。 「戦の混乱に乗じて弥次君の家族を狙うとは、流石の狡猾さですわね」 フレイア(ib0257)のあきれ返る声音。氷蒼色の瞳は、不機嫌の色を宿していた。 十字架…サザンクロスも揺れる。埋め込まれた青い宝石も、不機嫌そうに光を返していた。 「ただ…」 蒼氷の麗夫人は、言葉の途中で手招きをする。鷲獅鳥のイェルマリオが、頭を垂れた。 「上手く行かせはしませんし、このような策謀を用いたことを後悔させましょう。 鷲獅鳥の全速ならば、温泉郷に先に到着できる可能性があります」 望遠鏡を手にフレイアは、優雅にイェルマリオの背に乗る。甲高く鳴き、翼を動かす鷲獅鳥。 イェルマリオのまとう、妖精服「ダンシングフェアリー」も、空に。鮮やかな緑色は、一陣の風になった。 「彼らの目的が、弥次様の子供達の奪取と推定されますね。流石に、そこまで手を伸ばされるのは、勘弁願いたい処ですね」 杉野 九寿重(ib3226)は、相棒に語りかける。とげとげ首輪を着けた鷲獅鳥、白虎は返事をしない。 白虎には、答える余裕が無かった。ひたすら、翼を動かし続けるのみ。 敵の首魁が、突然消えうせた。九寿重理穴東部の戦線に参加している最中の出来ごと。 九寿重の漆黒の長髪は、風にあおられていた。一部が口元にかかる、憂うように。 「何よりこれ以上『味方が敵へとなってしまう』事は、断じて阻止しなければなりませんしね」 髪を払いのけ、ピンと犬耳を立てる。無意識に、心眼の巻物を触った。 「必ずや保護確保に到って、目論み打破と参りましょうか」 透き通るように美しい水色の巻物。九寿重の青い瞳の輝きに、似ていた。 ジルベリア騎士の一族。シュタインバーグ家の次期当主を乗せ、鷲獅鳥のワールウィンドも空を行く。 「こちらは陽動…、やはり僕らを温泉郷から引き離す為ですね」 デニムは天を目指した。瘴気のブレスを避け、背後の死龍を感じながら。 基本的に、開拓者と鷲獅鳥は、畏怖と恐怖の主従関係。 星晶は、「主」になる。でも、翔星の場合、「従」に、ツッコミとフォロー役が加わるのが特徴。 「一瞬でも隙が出来れば、後は皆が決めてくれると信じています」 決定打となるには力不足と、星晶は言う。翔星は、何も言わず羽ばたいた。 「矢吹丸が二人を狙い始めたら、残りは翔星に任せます」 星晶は軽く相棒の背中を叩いた。向けられる信頼に、既に翔星は答えている。 鷲獅鳥の技法、飛鷲天陣翼。十分に戦闘経験を積み、なおかつ深い信頼関係を築かなければ、発揮できないから。 ワールウィンドは、威嚇していた。鉄鋼嘴を付けたクチバシを、激しく噛み鳴らす。 頂上に来ると、大きく降下に移った。太陽の光を浴びながら、爪を振るう。 デニムの剣も、隙を見て一撃。姿勢を崩し、落ちて行く死龍。 ワールウィンドは、地面すれすれまで急降下した。墜ちた死竜には、必ず止めを。 霞澄の手の平から、白霊弾が放たれた。死龍の一匹の頭を撃つ。 「相手が相手だけに、弥次さんや与一さんは動揺するかもしれません」 紅焔が炎を追随。やや後方に位置取りながら、霞澄は声をかける。 翼をはためかせ、龍達は降下姿勢を取る。 「ほむら、うちらを降ろしたら、アヤカシが郷の人を襲わんよう守るんや」 真紀と弥次は、蔵の近くに飛びおりる。直後、ほむらの身体に、炎が巻き付いた。 荒々しく鳴き、上昇に転じる。死龍に向かって、炎龍突撃を。 「弥次さんの昔の仲間なら、誰がどんな技を使うか、解るやろ」 真紀の質問に、淡々と弥次は答える。それはギルド員の表情。 「さすが、向こうも元開拓者やな…、弥次さんには辛いやろけど倒すしかないで」 真紀の表情と言葉は険しい。心配するなと笑う弥次の心が、真紀の身にしみた。 アルフレートから、表情の変化が無くなる。平時とは人が変わったように。 「先人達に少しでも早く、再びの眠りと…」 遠くまでよく響く、軽快なリズム。アルフレートの声と音が、少し途切れる。 「今の屈辱からの解放を」 静かなる一言と共に、琵琶の弦が、激しく動く。楽曲、泥まみれの聖人達。 ●家族 フレイアの黄金の髪が憂いを帯びる。山里の長と話しこんでいた。 「ええ、アヤカシが迫ってますの」 温泉郷の人々は、先日、弥次が連れてきた開拓者を覚えていた。東の魔の森の活発化も、知っている。 弥次が家族を残して、魔の森に向かった。どれだけ大事かも、察せられる。 「恐らく、矢吹丸の狙いは、弥次君の子供たちですわね」 フレイアの視線は、兄弟に向いた。弥次の妻、お初(おはつ)は、子供達を抱き寄せる。 「大きな蔵のような、頑丈で大勢の人が避難できる場所はありませんか?」 里の人々を避難させる。必ず守ると言う、フレイアの意志。 旋回した、白虎。速度を緩めず、斜め上から突っ込んできた。 死竜を、地上に追いたてる。九寿重が待ち構えている方向へ。 もつれ、交わす、空の戦い。制したのは、白虎。前足のかぎ爪で、死竜のしっぽを捕らえる。 「白虎、頑張って、押さえるですね!」 焦った死龍は、しっぽを振る。姿勢を崩しながら、落下してきた。 緋色の刀身と橙色の刃紋が、死龍を狙う。九寿重の構えたる、野太刀「緋色暁」が。 「死龍の視線、仕草、攻撃様相、身体裁き…大丈夫、私は心得ていますね」 九寿重は心を落ちつける。北面・仁生における、実力有る剣士を輩出する道場宗主の縁戚。 宗主の妹が母で、父が獣人の身の上。道場での教えを、この場に再現すればよいだけ。 「射程延長線上を想定すれば、見極めて避けまくれますね」 虚心を発動し、瘴気ブレスを避ける。横合いの死角へ、飛び込こんだ。 紅い燐光をまとう刀。振るう度に、紅葉のような燐光が散り乱れる。 犬耳が立てった。右足で踏み込こむ。足の裏に感じる大地の感触、小石の一粒まで分かった。 斜め下から走らせる、太刀筋。死龍に向けて、紅葉色の軌跡を描いた。 盾。主に、相手の攻撃を受け流す防具を指す。 そして、「後ろ盾」と言う言葉もある。陰にあって力を貸し、助けること。 「敵は恐らく、生前、弥次さんと関りのあった人の変わり果てたもの…」 デニムの茶色い瞳が、険しくなった。矢吹丸に、『ハチ』と呼ばれたアヤカシに対して。 飛行する大型犬。弥次の弓矢が鈍ったことが分かる。 「民を護るは騎士の誉れ、まして死者を操るアヤカシには個人的に強い怒りを覚えます」 言い放つ、デニム。持つのは、騎士盾「ホネスティ」。高潔な騎士の精神と、常に共にある盾。 「民の盾となり正義を貫く、それが騎士です!」 デニムがまとうは、ロイヤルナイト・サーコート。騎士を名乗るに相応しい、祈りと防御力を備えた外套。 剣を握りしめる。ワールウィンドで、屍鬼と弥次の間に割り込む。叫んだ。 「このアヤカシを撃つ事を躊躇うのは、彼らの生前の想いを冒涜することです」 矢吹丸打倒を掲げ戦った者たち。吸血鬼の手先となることは、誰も望んでいない。 「攻撃して下さい!」 デニムは訴える、弥次に背を向けたまま。 一本の矢が、ワールウィンドの翼の脇を飛ぶ。弥次の答えだった。 疾風は、ビーストクロスボウを構える。弓術師の相棒龍も、弓術を使えるらしい。 放たれた矢は、屍鬼の一体に当たった。ゆっくりした動作ながらも、命中率はそこそこ良い。 離れた所から攻撃してくる相手。駿風翼で対処する。翼を広げて風を捉えた、素早く回避を。 「弥次さん自身が…矢吹丸に狙われる可能性もあります…」 鏡弦を使い、敵の居場所を疾風に教えていた雪音。素早く弓を放つ、弥次より早い。 「まぁな…俺が今まで生きているのが、不思議なくらいだ」 しみじみと年齢を感じる、往年の開拓者。目の前で倒れるのは、屍鬼。過去の仲間。 隣に居る若者、雪音は、とことん冷静だった。なにも答えず、弓の弦を弾く。 無言の動作。それが、雪音の返事。 キトン「ポリュムニアー」は、白と青に染め分けられた肌触りの良い長衣だ。 ゆったりとした衣服は、フレイアの動作を妨げない。流れるような黄金の髪と共に、優雅に歩む。 「瘴気が離れた所に、二つありますわね」 侵入者感知の魔法、ムスタシュィル。フレイアの情報から、離れた所を狙う星晶。 影縫を使った。首元のジン・ストールは全く動かない。しかし、矢吹丸の左腕を吹き飛ばす。 「何ですか、残りの体も吹き飛ばしてほしいんですか? それなら望み通りにしてあげましょう」 星晶は矢吹丸を一瞥した。飛ぶ。大切な者の危機には、どこまでも懸命で、どこまでも物騒。 矢吹丸を守る屍鬼に向け、アイシスケイラルが襲ってきた。四連続の前には、成すすべがない。 吸血鬼はコウモリ変化を行い、空に逃れる。激しい吹雪に視界を遮られる、コウモリの群れ。 たまらず、墜落してきた。群れは集まり、一つになる。 「…どうしてボクの場所が?」 左肩を抑え、動揺する矢吹丸。知らない。フレイアの魔法を、星晶の技法を知らない。 十年間、魔の森に籠っていた代償。弥次の使った技法以外は、すぐに対処できない。 「しつこく昔の恨みをネチネチ根に持つとか、女々しい奴やな。そんなんじゃ女の子にもてへんで!」 真紀は矢吹丸に、皮肉を投げかける。不動明王のお守りを揺らしながら。 「キミをボクの配下にしたら、問題ないよね」 切り返す矢吹丸。真紀にとって、笑う口元が忌々しい。 矢吹丸との会話は、平常心を削られる。真紀は会話を切り上げ、目を吊り上げた。 「仁君達がヤバイ時は身を盾にしても守らんと…死ぬつもりは無いけどな!」 「しかし、アヤカシに情報を流している人間がいますね。それも、何とかしな…」 「ボクの情報源、知りたい?」 デニムを見る、矢吹丸。血色に輝く右目。ある一点を見つめた、霧が満たす。 物音。不気味な風。困惑する大人の声と、言い争う子供の声。 そして、血の匂い。異変を悟った真紀は、勘だけで動く。 すぐ側の気配に、咆哮をあげた。寄ってきた屍鬼に、体当たりを喰らわす。 真紀の鎧服「散華」が、霧の中に映えた。刺繍で描かれた、花が散る様子は、屍鬼の辿る運命。 「あたしは今日を生きる人が明日を諦めん為に、この刀を振るうんや!」 長い黒髪が、背中で踊った。長巻「焔」を構え、体をひねりながら前へ。 後ろからの足で、蹴りをかました。踏みしめる軸足、ぶれぬ重心。 間髪入れずに、袈裟懸けを見舞う。長巻から、炎の幻影がほとばしった。 屍鬼は幻影の炎に包まれる。浄化の火の如く。 霧が晴れる。蔵から出てきた仁は、鮮血を纏っていた。 修羅の子は、シノビであった。修羅の実父譲りの職業。 意志の光の宿らぬ目。血染めの忍刀、実父の形見。 散華が放たれた。星晶の天狗礫は、忍刀を叩き落とす。 「息子に何をした!?」 仁をかばい、後ろに下がる弥次。般若の形相で、空をにらみつける。 「あはは…、幻影と魅了だよ♪」 大笑いする矢吹丸。襲った集落の者から情報を引き出すなど、造作もないと。 吸血鬼の霧は、幻影をもたらす。魅了は、抵抗力の弱い者を虜にする。 父に促され、仁はアヤカシと戦った。戸惑う、人間の養母と知らず。 「させない」 アルフレートは琵琶「青山」を掻き鳴らす。 刹那、安らぎの子守唄が響く。矢吹丸の心理戦に、嵌らせる訳にはいかなかった。 「親殺し失敗か」 空から矢吹丸の声がした。死龍に乗った九郎を、右手側に従えている。 急襲するクロウは、獣鎧「赤備」を見せつける。武勇の誉れ高き者しか身につけられない、赤色の防具。 矢吹丸は秀麗な容姿を、ゆがめて笑う。右手を上げた。死龍は仁へ、瘴気を吐く。 星晶は身体をはって、かばった。伏せられる黒猫耳、苦痛に満ちた表情。 幼い頃に、アヤカシの襲撃で故郷を失った星晶。愕然とした仁の顔が、瞳に映る。 暗黒街で過ごした、黒猫耳の過去。心の虚無を、飄然とした振る舞いで隠しながら、生きてきた過去。 なぜか、脳裏に浮かんで仕方ない。 「矢吹丸…弥次さんの仲間たちを…死者を利用し挙句の果てには、子供達を狙うなんて絶対に許しません…」 猟弓「紅蓮」を構える雪音。深紅に塗られた弓は、生きる力を攻撃力に変える。 「その残った右の目と腕を潰して…今度こそ消滅させます!」 茶色の瞳には、怒りが滲み出ていた。かつて見せたことないほど、激しい紅蓮色の怒り。 強く引いた弦に、意識を集中させる。弓の真紅の宝珠が輝いた。放たれた矢に、一瞬の炎が奔る。 「出来る?」 矢吹丸は右手を上げた。倒したはずの屍が動く。 雪音と矢吹丸の間に割り込んだ。雪音の矢は、ハチに命中する。 雪音の弓掛鎧「山伏」に、熱風が押し寄せた。疾風の吐く、火炎から生じたもの。 低空からの炎は、屍鬼の一体を飲み込む。それでも、アヤカシの動きは止まらない。 伸ばされる、アヤカシの右手。白骨化した身体は、何かを追い求める。掴む前に、崩れた。 「またね♪」 高笑いと共に、矢吹丸は退却にかかった。九郎を乗せた死龍の姿が、遠くなる。 「待つですね!」 九寿重は瞬風波を放つ。矢吹丸の注意を惹きつけようとするも、死龍の攻撃が邪魔だ。 死龍を追いかける、翔星。振りあげた鉤爪が、鋭く光る。 もしも翔星がしゃべれたならば、きっと、こう言っただろう。 『…哀れな。今楽にしてやろう!』 翼を大きく広げた。死龍に向かって、一直線に加速する。割り込んだのは、射抜かれたままのハチ。 弥次の眼前で、真空の刃はハチを切り裂いた。朝焼け色の瞳が、伏せられる。 「親父、親父!」 泣きじゃくり、叫び続ける与一。追うが、どんどん離された。 お初の左半身の傷は深かった。押さえても、押さえても、血が止まらない。 左腕の付け根近くには、大きな動脈が通っている。心臓から伸び、全身に血液を送るための生命線が。 九寿重とアルフレートが、持ってきた止血剤を使う。 お初には、この世あらざらぬ者が見えていた。うわごとを述べ、空に手を伸ばす。 「死んでは駄目です・・」 静かながら、凛とした霞澄の声。お初の手を捕まえた、ぼんやりする仁と尚武に握らせる。 「大切な人が生きた証を守る為にも・・」 千早「如月」を羽織った霞澄。雪のような白燐に包まれる。治癒術をかけ始めた。 「・・それでも残された私達は、生きて行かなければなりません・・」 本島人とジルベリア人の間に生まれた霞澄。既に両親は他界してしまい、会いたくても会えぬ。 アルフレートは眉を寄せつつも、歌うと宣言する。歌うのが嫌いなどと、言っていられない。 「瘴気は感じません・・」 瘴索結界を展開する霞澄。淡く身体が輝いている。積み重なった死体達に向けて。 「倒した屍は清めて火葬にするのがベストかと・・」 輝きを収めた、霞澄の意見。紅焔は黙って弥次を見る。 「俺が精霊の聖歌をするから、その間に火を」 瘴気を祓う、アルフレートの曲。矢吹丸から瘴気を得て、再び動き出そうとする屍を抑え込む。 九郎と屍鬼一体、死龍二体を取り逃した。これ以上、死者の眠りを穢されてたまるものか。 「…頼む」 涙声の弥次を、誰も直視しなかった。紅焔の口から、火炎が吐かれる。 骨は灰に変わって行った。全てを燃やし尽くす、もう二度と動かぬよう。 |