左腕の悔い・壱射
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: シリーズ
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/05/25 00:09



■オープニング本文

●十四年前
 雪色の大地に広がる、鮮血。物言わぬ開拓者と、相棒達の亡骸。
 動く者は三人のみ。かすれた声のやり取りが、吹雪の中に消えかける。
「ま……だ生き……て……ゲホッ」
 言葉の途中で咳こみ、血を吐く。弓術師の背中から腰に走る、凶悪な裂傷。
「もうす……ぐ死ぬ……さ」
 陰陽師の胸元に空いた、大穴。悟っていた、命が尽きることを。
「親父、諦めたらいけないでやんす! 我が必ず治すでさ!」
「よい……ち」
 胸元にすがりつく人妖。大穴を塞ごうと、神風恩寵をかけ続ける。
「コイツを任……せる。君だ……けでも……」
 陰陽師は人妖を引き離し、弓術師の方に投げる。同時に放たれる、治癒符。


―――生き延びろ。
 それが、親友の最後の言葉だった。


●緑の森は遠く
 ここは、天儀の北に位置する理穴。森の住民、弓術師たちの住む国。
 現在地は、理穴の首都の奏生から、東に徒歩二日。山に囲まれた温泉郷。
 山里は桜の季節を迎えていた。ほんのりと桜色の頬で、桜色に染まった山肌を眺める。
 桜前線を追って、北上してきた開拓者。露天風呂につかりながら、地元民と雑談を交わす。
「どうだ、露天風呂の景色は最高だろう?」
「この辺りは桜の開花が遅くて、今が見ごろでやんすよ♪」
 濡れた手拭を頭にのせた中年男は、自慢げに笑った。人妖は上機嫌で、鼻歌を歌う。
 中年男は、栃面 弥次(とんめ やじ:iz0263)。神楽の都で、ギルド受付係をしている。
 人妖は、ギルド員の相棒、与一(よいち)。開拓者は、おしゃべりな人妖から温泉郷の話を聞いた。
 龍と一緒に入れる「温泉川」の存在。今の季節は、桜も咲いているらしい。
 話は弾み、ギルド員の家族に及ぶ。ギルド員の下の息子は、端午の節句生まれ。
 曾祖父に顔を見せるために、近々、一家で里帰りする予定だと。
 開拓者は、道中の護衛を買って出た。目的は、もちろん温泉堪能。
 ギルド員は笑いながら、子守依頼を頼んでくれだ。そして、現在の温泉同行に至る。
「さてと……そろそろ風呂から上がるか」
「旦那、女将の料理ができていると良いでやんすね。坊ちゃん達も、お手伝いしてるでさ」
「お前さん達も食べて行くといい。ここの『温泉茹で』は美味いぞ♪」
 沸騰寸前の源泉で、豪快に食材を茹でる伝統料理。温泉郷ならではの調理法に、胸が躍る。


 たらふく食べた。温泉郷のごちそうに、舌鼓を打った。
 温泉川の河原で、転がる者。子供たちと遊ぶ者。開拓者は、思い思いに過ごす。
「とーちゃん、かーちゃん、川で泳いでくるってんだ!」
「とーたん、かーたん、いってくりゅ♪」
「おー、行って来い」
「気をつけて行ってらしてね」
 栃面家の子供たちは、ふんどし一丁で温泉川に飛びだした。春先でも泳げることが、嬉しいらしい。
 一息ついた、開拓者たち。子供達を視界に入れながら、足湯を楽しむ。
 と、栃面家の大人の会話が聞えてきた。
「……お初(おはつ)、滞在中の食材が足らないのか?」
「ええ、仁(じん)様や尚武(なおたけ)様が思ったより、よく食べますの」
「あいつら、最近、食欲旺盛になったからな」
「旦那、坊ちゃん達は育ち盛りでさ。仕方ないでやんすよ」
「分かっている。……大勢で押し掛けた分、親父や兄貴にも、これ以上『分けてくれ』と言い辛いからな」
「家督を継がなかった、次男坊の悩みでやんすね」
「……与一、茶化さないでくれ。俺は本気で悩んでいるんだ」
 妻や相棒の言葉に、頭を抱えるギルド員。息子たちの成長期を、計算に入れていなかった。
 栃面家の大黒柱は決意した。愛する年下の妻に、言い渡す。
「……分かった。明日は、墓参りついでに、狩りに行ってくる」
「弥次様、あのお墓の辺りですの?」
「ああ、あそこなら、まだ自然の森が残っているはずだ。東の魔の森と、少し離れているからな」
 理穴の東部は、魔の森に覆われている。温泉郷の近くは、まだ緑がある地域だ。
 唯一の希望は、1009年の緑茂の戦いの勝利。大アヤカシ「炎羅」と戦い、少しだけ魔の森を押し戻した。
「旦那、大丈夫でやんすか? 狩りなんて、何年ぶりでやんすか?」
「ぐっ、腕は錆ついていないぞ!」
「でも、歳はとったでさ。この五月九日で、四十路でやんす。初老(しょろう)の仲間入りでさ」
 おしゃべりな人妖の言葉に、ギルド員の視線が遠くなった。誕生日が、あまり嬉しくない。
 開拓者は、思わず声をかける。一応、食事をご馳走になった恩もあるし。
「うん? お前さんが付いてきてくれるのか? そりゃ嬉しいが……覚悟しておけよ」
 ギルド員は、言い淀んだ。少し考え、低い声をもらす。
「猪を狩るつもりで、アヤカシ狩りに変わるかもしれんぞ。ああ、半分は本気で言っている。
……また東の魔の森が、広がってきているようでな。俺の故郷が飲まれるのも、時間の問題だろう」
 ギルド員は朝焼け色の瞳に、冷えた感情を浮かべた。子供の頃からの恐怖は、ぬぐえない。
 理穴東部に住む者は、常に恐怖にさらされながら、生きてきた。
 いつ魔の森に飲み込まれるか、分からない。そんな恐怖と、隣り合わせの人生を。
「今じゃ、親父の墓参りも、自由にできないでさ。獣より、アヤカシが出ることも多いでやんす」
 ギルド員の言葉を引き継ぎ、人妖が答える。すみれ色の瞳に、遠い景色を浮かべて。
「墓には、俺の仲間が眠っているんだ。アヤカシから人々を守り、散った開拓者と相棒たちさ。
あいつらの故郷は、もう東の魔の森に消えていてな。せめて緑の森で眠って欲しくて、あそこに葬ったんだ」
 人妖の頭を軽くなでる、ギルド員。悲しげに呟いた言葉は、強い風にさらわれた。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
デニム・ベルマン(ib0113
19歳・男・騎
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
海神 雪音(ib1498
23歳・女・弓
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478
20歳・男・泰
アルフレート(ib4138
18歳・男・吟
神座真紀(ib6579
19歳・女・サ


■リプレイ本文

●出立
「捕らえた獲物は野菜と共にじっくり煮込んで、シチューにでもして食べましょうか」
 天儀育ちの子供たちは、小首を傾げる。ジルベリア貴族、フレイア(ib0257)の料理名に不思議そう。
「理穴の料理は、どのようなものでしょうか?」
 実物を楽しみにと笑う、フレイア。子供たちは、自慢げに母の味を教えてくれた。
「食事に温泉と、随分とお世話になりましたからね」
 デニム(ib0113)は、結んでいた口元を緩めた。子供たちの笑顔は、良いものだ。
「せめて食べた分位は、お返ししませんと…」
 淡々した口調の海神 雪音(ib1498)。準備をする仕草は、楽しみそのもの。
「食べたら働く。ま、理ってヤツだ」
 銀鎖の首飾り、ブルームーンを揺らすアルフレート(ib4138)。三日月型の青い飾りが揺れた。
「…温泉付きだし、追加の仕事やった所でまだお釣りがくるよな。うん」
 紫水晶の瞳は、露天風呂を見上げる。惰眠は、ようやく卒業らしい。
 興味が湧く事にしか関心を向けない、物事への執着の無さ加減。
「…きっと、あっと言う間に大きくなるんでしょうね…それこそ弥次さんも気が付いたらと言う位に…」
「育ち盛りは、よく食べますからね。計算を間違える事も、あるでしょう」
 子供たちは、フレイアの元を離れた。雪音と劉 星晶(ib3478)の目の前で、父にお願いをする。
「…お父さん達も大変です」
 星晶の黒猫耳が、同情を。調理は無理と諭す、弥次の背中。
「んー、狩りかぁ。温泉入れてもろてお世話になっとるし、ここは一発大物獲って帰らんとな!」
 長い黒髪と共に、大きな白いリボンが背伸びする。ポニーテールが特徴の神座真紀(ib6579)。
「しやけどアヤカシも出る言う話やな」
 神座家は、代々アヤカシ討伐を生業としてきた氏族。次期当主として、身が引き締まる。
「お墓も近い言うし、弥次さんの亡くなったお友達が出てこんとも限らん」
 長巻「焔」を抱き寄せ、視線を向けた。ぽつりと呟く言葉は、木々のざわめきに消える。
「でもそうなったら、辛いわな…」
 顔を左右に振る。悪い考えは、ふるい落して行こう。


 なぜか自然の森に近づくほど、理穴の警備兵が増えていく。
 弥次が代表して、一人の兵士に話しかけた。他の兵士が、ちらちらと開拓者達をみる。
 不安、疑問。そんな視線で。
「付近は魔の森が近い場所ですし、その旨油断せずにしたいものですね」
 杉野 九寿重(ib3226)は背筋を正す。腰に挿した、名刀「ソメイヨシノ」はキリリと。
「魔の森も広がってきたとの事…どのようなアヤカシが現れるかも判りません…」
 柊沢 霞澄(ia0067)の懐中時計が、淡く光っている。針が示すは、精霊力と瘴気の流れ。
「今後、山に入る人達の役に立つかもしれません…」
 文字盤と睨めっこしていた霞澄は、顔を上げる。近くの瘴気が濃い場所を確認していた。
「昔は、こちらに川が? 魔の森が広がっているようですね」
 優美に眉を動かす、フレイア。周りの説明をもとに、簡易の地図を作成していく。
「狩りに行くなら、手前でしたほうが良いですね。預かって頂けるようですし」
 霞澄は地図を覗きこむ。警備兵の駐在所で、仕留めた獲物を預かってくれることに。
 獲物を持ったまま、森の奥地に行くのは危険だと。…お墓近くは、物騒らしい。


●狩猟
「私は正面から囮役となって、惹きつけますね」
 九寿重は、やる気だった。気位は高く、血気盛ん。猪に組み合っても、負ける気はしない。
「出来うる限り、形を保って仕留めたいですね」
 むしろ、勝つ気満々だ。どうやって持って帰るかが、問題。辺りを見渡す。
「俺は…まあ、何か出来そうな事…」
 ぽんと、肩を叩かれた。悩んでいたアルフレートは、振り返る。
「獲物運んだり、追い込みやったりとか…?」
 九寿重の提案に、アルフレートは思案する。相談に、星晶が加わった。
「弓使いの方々には負けるでしょうが、足の速さとこの耳で頑張りますよ」
 栃面家の食卓の手助け。食いでのある物が獲れると、嬉しい。
「早駆を使って、猟犬のように追い立てます。トドメは弓の方に」
 星晶は、人差指をふる。感じるのは、犬耳の九寿重の視線。
「…俺、猫ですけどね!」
 誇らしげに、黒猫耳を動かす。飄々とした奇人の言動は、予想不可能。


「流石に魔の森には、真っ当な生き物はいません。餌場を探していきましょう」
 足元に気をつけながら、フレイアは歩む。森の入口から少し離れた場所にいた。
「風が心地よいですね」
 フレイアは呟く。でこぼこの道、獣道。新緑を宿した木々から、木漏れ日が落ちる。
 緑豊かな、自然の森。数時間を過ごしても、幸せを感じそうだ。
 霞澄は白い飾り房のついた、杖「榊」を前にする。不意に現れた白兎が跳だした。
「何が起きても良いよう、気をつけて行きましょう…」
 因幡の白兎。兎は清浄な水源を教えてくれる。眼前の川は、瘴気に汚染されていない。
 それでも、霞澄は警戒を口にする。油断は禁物と。
「風下に隠れて待機します。合図をしたら、包囲して捕縛して下さい」
 フレイアの使う、ムスタシュィル。侵入者への警戒のために作り出した精霊魔法。
「水源と餌場周辺に張った結界に動物が入れば、どんなに離れていてもわかりますので」
 くすりと笑う、フレイア。便利だと賞賛する弥次が、やけに子供っぽく見える。
 さっそく反応があった。雪音は、鷲の目を使い狙う。
 弓から、一本の矢が飛んだ。野兎に突き刺さる。
 動き、跳ね、暴れる兎。どれぐらい、暴れただろうか。動かなくなった。
 狩りは、命を奪う行為。されど、別の命の未来を繋ぐ行為。
 隠れるときに踏み倒してしまった茂み。ひっぱり、起こそうとする霞澄。やや内気ながらも、芯は強い。
「気休めかも知れませんが、必要な事だと思うので…」
 荒らしてしまった場所を片付け、清める。森は、植物や動物たちの住処だ。
「これ…食べられますよね?」
 霞澄に習い、手伝っていた雪音。野草を見つける。
 懐の書付を開いて、種類を確かめた。事前に聞いてきたのだ。
 口伝は、森が生きていた証。理穴の住民たちが培ってきた、森の歴史。


 雪音は弓を引き絞ったままで、猪を待つ。横から、デニムが追い立てている。
 と、後方から音が。弓を寄せ、鏡弦で確かめた。
 ファルコンコートを急いで、ひるがえす。同時に、全身に警戒を張り巡らした。
「…アヤカシがきます」
 雪音はデニムに警告を発する。近づく気配と足音が重い。
「どこから?」
 デニムの横から、歓喜の雄叫びがする。獲物…開拓者を見つけたようだ。
 黒猫耳の超越聴覚が、雪音の呟きを捕らえていた。
「下手な事が起らなければ良いのですが…」
 九寿重は、心眼「集」を使った。気配と距離を察する技法。
 しかし、各種生命体とアヤカシの区別はつかない。
 気配は、入り乱れる。つかず離れずの距離を移動する。
「…先に行きます」
 星晶の泰拳袍「九紋竜」が、激しくはためいた。
 森の中は、走りにくい。神出鬼没の行動力と、自分の足が頼みだ。
 足元に意識を集中させる。それに伴い、気の流れが足に集まってきた。
 次いで、黒猫耳に意識を傾ける。重厚な金属音と、風を切る矢の音が聞えた。
 九寿重は立ち止まる。デニムの追っていた猪が、やってきた。
 怒り狂った猪は、容赦ない。あらゆるものに突進する。犬耳を伏せつつ、相対する。
 心を無に。敵の気を感じ取り、見切るまで。紙一重で、交わした。更に後ろに飛ぶ。
「不意打ちは効きませんね」
 漆黒の髪を揺らしながら、九寿重は振り返る。爪を持つアヤカシを、睨みつけた。
 逃げる猪。背を見送りながら、刀を構えた。
 爪を振るう、アヤカシ。九寿重は横合いに避けた。死角から懐に飛び込む。
 紅い燐光を纏う刀身。横薙ぎの軌道から、紅葉のような燐光が散り乱れた。
 九寿重に近づきつつある雪音。素早く矢を番えた。アヤカシに、牽制を放ち続ける。
「僕が相手です」
 デニムは盾を構え、アヤカシの一撃を受けきる。高潔な騎士の精神を有する盾は、何物にも揺るがない。
 魔剣「ストームレイン」の柄に、手を添えた。嵐巻く雲すら、切り裂くことができる剣。
「援護致しますよ」
 追いついた星晶の身体は、大地を離れた。脚甲の爪で、アヤカシの棍棒を狙う。
 デニムの金の髪が揺れた。軽やかに剣を抜き去り、盾の横から切っ先を向ける。
 狙ってくる爪を潜り抜け、一閃。落ちる棍棒。アヤカシは、瘴気に還る。


「余計な手間かけるより習性に沿った場を探した方がいい、か」
 アルフレートの銀糸のような髪が、波打つ。地面に残る痕跡を、探しながら移動を。
 獲物の居そうな場所を、聞いて来た。川から出発している、獣の通り道。
「そっから獣の糞を見つけていったら、通り道が解るかもしれんで。待ち伏せしてみるんも手…」
 真紀は色々考えながら、アルフレートの後ろを歩く。
「あのさ、これ…?」
「可哀想やけど、せめて皆が美味しい言うてくれる料理にするから成仏してもらお」
 鹿の角を見つけた。春は牡鹿の角が、生え変わる季節。
 思わぬ大物に、アルフレートと真紀の心が踊る。
 突然、一匹の鹿が横の茂みから。更に一体、角を持ったアヤカシが。
 鹿が遠ざかって行く。アルフレートは、無言で琵琶を掻き鳴らした。
 真紀も無言で斬りつけた。右肩から、左脇腹に抜ける切っ先。更に取って返す。
 怒りの袈裟斬りと、逆袈裟斬り。アヤカシの腹に、平行の刀傷ができる。
 アルフレートの剣の舞を、主題歌に。真紀は止まらない。距離を一気に詰めた。擦れ違いざまの一撃。
 膝を折り、崩れ落ちるアヤカシ。頭が大地に着く前に、瘴気になって散った。
「とんだ狩りやったな?」
「本当に」
 冗談交じりに、真紀とアルフレートは笑う。笑うしかない。


●記憶
「差し支えなければ、故人の事を伺いたいです。アヤカシから人々を護った先達のお話を」
 ジルベリアの騎士の家に次男として生まれた、デニム。兄の背中を見て、育ってきた。
「僕も、そうありたいと思っていますので」
 ある日、兄は出奔する。家督を譲ると、書置きを残して。兄自身の夢を諦めて、デニムに譲ってくれた道。
 デニムは、一礼する。弥次は沈黙の末、語りだした。苦渋に満ちた声で。
「…え、瀕死の人間が相手って?」
 アルフレートは、真顔になる。
 瘴気が入りこみ、アヤカシになる寸前の集団。開拓者の眼前で、食屍鬼に変わる人々。
「…理穴の東部に住むなら、当たり前の光景…?」
 雪音は、弥次の言葉を理解しかねた。
 魔の森に飲み込まれた村。住民はアヤカシの餌になり、手先になり。
「当たり前などと、言わないで欲しいですね!」
 九寿重の犬耳は悲しげに。青い瞳が、弥次を一心に見つめる。


 弥次の昔話を聞き終えた。
「生きろ、か」
 真紀は空を仰ぐ。与一の親父が残した、最後の言葉。
「きっと与一さんの親父さんも、弥次さんに託した思いがあるんやろな」
 早世した、母の事を思い出す。真紀を守って、真紀に明日を託して、母は天に召した。
「残された人は生きていかなければなりません…。大切な人を忘れない為に、本当に失わない為に…」
 霞澄の手が、袖の長い服から姿を見せた。祈りを込め、胸元まで引き上げられる。
「与一さん。貴方が生きている事、それがあなたの親父さんが生きていた証ですから…」
 涙をこぼす与一に、手が差し伸べられる。慈愛に満ちた、霞澄の笑みと共に。
「お墓には古酒をお供えして、お参りします。…与一君のお父さん、お酒好きか分かりませんけど」
 星晶の声に、与一は顔を上げる。…ウワバミだったらしい。
「死しても変わらぬ友情のためとはいえ、厄介な場所に赴くものです。油断せずに参りましょう」
 流れるような黄金の髪を、掻き揚げるフレイア。氷蒼色の双眸は、森の奥に向けられていた。


●邂逅
 一息つく。荒れていた墓は、開拓者達の尽力で綺麗になった。
 アルフレートは、華彩歌を弾こうとした。花の季節は、もう訪れている。
「…ちょっと力を貸してもらえるかな?」
 視線を落とし、琵琶の弦に指を乗せた。
「歌かい?」
「いや、歌はちょっと…」
「それは残念だね」
「えーと、…誰?」
 アルフレートは顔を上げる。墓の一つに右手をかけ、秀麗な容姿の男が立っていた。
 特筆すべきは、左目と左腕の包帯。男の右目、深紅の瞳が興味深げに見ている。
「…いつの間に!?」
 緊張ぎみに黒猫耳を動かす、星晶。近づく気配も、音も無かった。
 刹那。殺気を伴った矢が、男に向かって飛ぶ。弥次の表情は、血の気が引いていた。
「どうして、お前が!?」
「久しいね、弥次。散歩だよ、散歩♪」
 男は右手で矢を掴み、気楽に答えた。親しげな笑みを浮かべて。
「何者ですね?」
 弥次を庇うように、九寿重が前に出る。矢を投げ捨てながら、男が視線を向けた。
「ボクは鑪の矢吹丸(たたらのやぶきまる)、投げるだけ無駄だと思うけど?」
 自己紹介した男は、のんきに右手を顎にやる。右の眼光鋭く、霞澄を捕らえて。
「私はまだ、何も出来ていませんから」
 おっとりと笑って、交わす霞澄。懐に忍ばせた切り札、焙烙玉を読まれている。
「あんたの相手はこっちや!」
 咆哮をあげた真紀を、男が一瞥する。面白そうな笑みを浮かべた。
「それでは御機嫌よう」
 男の視線の逸れた、一瞬。古の昔より続く、魔術師の一族の女主人は、力ある言葉を放つ。
 フレイアの杖「砂漠の薔薇」の先端は、男に向けられた。吹きだした白い雪が、襲い来る。
「もう少し、状況を読むべきだと思うけどな?」
 男は吹雪に包まれても、余裕綽々。指で背後を示した。森がうごめく。
「魔の森に巻きこまれるでさ!」
 切羽詰まった、与一の声。地面の草が変形した。咲くはずだった蕾が、紫色に変わる。
 周りの木々の枝が伸び、形容しがたい存在感を放った。圧倒的な瘴気を湛えて。
「これが、魔の森…」
 言い淀むデニム。一度、自分の目で見てみたかった魔の森。
 付近の住民のためにも、よく調べてくるつもりだった。この広がり方は、尋常ではない。
「まさか、別の大アヤカシが発生したのでしょうか?」
 デニムの声に、弥次は沈黙を貫く。雪音は記憶を辿った。
「…緑茂の戦いに、大アヤカシ「炎羅」…聞いた事はありますが」
 雪音の生まれは神楽の都、育ちは武天にある村。弓は村近くに住む弓術師から、教わったのみ。
「私が開拓者になる前の事なので、良くは知らないですね…」
 理穴のことは、雪音も知らない。ギルドに残された資料以上のことは。
「…退くぞ、走れ。早く!」
 弥次は、ようやく言葉を紡ぐ。とっさに地を蹴る、開拓者たち。
 恍惚の高笑いと共に、男の声だけが追ってくる。


―――今日は見逃してあげるよ、弥次に免じてね。