旅立ちの雪 〜理穴〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや易
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/07 22:13



■オープニング本文

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 理穴東部の遠野村にも冬が訪れる。
 若き村長、遠野円平が朝に庭へと出てみれば景色の一部が白く染まっていた。
 ほんのわずかな雪なので日が昇るうちに消えてしまう。
 だがいずれは積もって村を白くすることだろう。例年通りならば一ヶ月も経たない間にそうなるはずである。
 急変の戦いがあったものの、秋の収穫は無事に終わった。冬の準備もほとんど済んでいる。
 円平は水精霊の湖底姫に誘われて藁束が干されている水が抜かれた田を散歩していた。
「円平よ。実はな、急変の戦い前に理穴の女王とわらわは約束を交わしているのじゃ。魔の森の土地を取り戻したのならば精霊による不可侵の地をもらうとな。精霊らしくない小賢しいものじゃが、人と精霊の新たな喧嘩の種になるよりはよかろうと思うてのことじゃ」
「姫が遠野村を精霊がすまう土地にしたいといっていたのは覚えている。それをもっと膨らませた夢なら賛成するよ」
 湖底姫は円平に背中を向けたまま立ち止まった。同じく足を止めた円平が湖底姫の後ろ姿を見つめる。
「人と精霊が楽しく暮らす土地‥‥。それが理想なのはわかっておる。そうなればよいと今でも思っておる。だがその前に不可侵の地として精霊が住まう世界にしたいのじゃ」
「それでいいんじゃないかな。しばらくしてから徐々に人を受け入れればいいのだから」
「‥‥でな。約束した土地は広大じゃが遠野村よりもかなり東方寄り。つまり‥‥わらわはこの村を去ってそこに移り住もうかとな。気になるであろうこれまで村を守ってきた清浄の水はなくても大丈夫じゃ。魔の森の瘴気は抜けてゆく一方じゃからな」
「姫‥‥」
 しばらくしてようやく湖底姫が円平へと振り向く。
「円平よ、おぬしだけはわらわと一緒に来てもらえ――」
 遠野姫がすべてを言い終わらぬうちに円平は彼女を抱きしめた。
「名残惜しいが志体を持つ私がいなくなっても遠野村は平気だろう。これからは力ではなくもっと商才に長けた者が率いるべきだと考えていたんだ。‥‥私も行くよ。東の奥地に」
 円平の後頭部に湖底姫が手のひらでそっと触れる。
「‥‥この冬の間にわらわは色々と大地に仕掛けようと思うておる。次の春、見渡す限りの大地に緑黄の芽吹きをさせてみよう。すべてはそこからじゃ」
 円平と湖底姫は決意を固める。
 数日後、円平は立ち寄った理穴奏生のギルドで募集をかけるのであった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
一心(ia8409
20歳・男・弓
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
玄間 北斗(ib0342
25歳・男・シ
針野(ib3728
21歳・女・弓
鉄龍(ib3794
27歳・男・騎
神座早紀(ib6735
15歳・女・巫


■リプレイ本文

●志
 開拓者七名と理穴ギルド長・大雪加香織を乗せた理穴ギルド所有の飛空船が雪薄く積もる遠野村へと着陸する。
 宿泊の家屋に到着早々、来訪の一行は円平と湖底姫から旅立ちの詳しい説明を告げられた。
「村の長としての引継についてはすべて済んでいます。村人達にかなり驚かれてしまいましたが了承は得られました。姫と一緒に開拓するのは魔の森であった東の土地になります。しばらくは移動用の飛空船を住処にして‥‥私達以外にはもふらを何体か連れて行くつもりです」
『大アヤカシを退治した土地に残った瘴気は徐々に散ってゆこう。すでにかなり抜けておってこの村は安心じゃて。精霊の住まう土地の開拓はわらわの我が侭だが、円平も積極的に協力してくれるという。早くに緑溢れる土地にするつもりじゃ』
 円平と湖底姫が頭を下げる。明日には旅立つと聞いて一行はさらに驚いた。
「いろいろとありがとうございました」
 二人の言葉の後で沈黙の時が流れる。
 一瞬であったのか、それとも長時間であったのか。その場にいた者の数だけ印象は変わる。だが誰も思い出の走馬燈が脳裏をよぎったのは確かであった。
「小もふらちゃん達を連れて行くのなら‥‥よもぎもそうなんでしょうか?」
「そのつもりです。話したらついてきてくれると」
 神座早紀(ib6735)が円平に訊ねた『よもぎ』とは、彼女が名付け親になったこの地で産まれたもふらのことである。
 神座早紀は特によもぎを気にかけてきた。草色の毛を梳いてあげたことも。
 羅喉丸(ia0347)と玄間 北斗(ib0342)は場の空気が暗くならないよう明るく振る舞う。
「まあ、何だ‥‥。今晩は楽しくやろうじゃないか!」
「それがよいのだぁ〜♪ 美味しい食事が用意されていると聞いているのだぁ〜」
 しんみりとしたものではなく元気に二人を送り出してあげるのが一番だと誰もがそう感じていた。
「針野?」
「わかっているんよ。湿っぽいのは無し無し。笑顔で見送るんよ」
 鉄龍(ib3794)と針野(ib3728)が小声でやりとりする。そして座り直した鉄龍が円平の前で胸を張った。
「この村でまた何か起きればすぐに俺達が駆けつける。アヤカシのことなら慣れている。もちろん祭り事とかにも協力するぞ!」
「鉄龍さん、助かります。そういって頂けると――」
 鉄龍と円平が男と男の約束をしている様子を湖底姫が見守る。針野は側でうんうんと頷いた。
「わしも手伝うんよ。任しといて、な! 鉄龍さん」
 針野が鉄龍の背後から肩に顎を乗せるようにして円平と湖底姫と視線を合わす。
「それにしても、湖底姫さんが円平さんを選んで、円平さんがそれに応えて‥‥何だか、結婚するのに似てるような気がするっさね。‥‥‥‥‥‥はっ、ななな、何言っとるんだろ、わし!」
 針野は自分がいっている意味を反すうして顔を赤くした。
「針野殿はよいおなごじゃな。鉄龍殿と末永く寄り添うのじゃぞ」
 さらに湖底姫の反撃の矢を受けて針野は轟沈。最高潮に真っ赤になった顔を隠すべく鉄龍の背中に隠れるのであった。
「具体的には誰に村のまとめ役を任せたのですか?」
「これまであまり目立ってはいませんが、いろいろと裏で取りまとめをしてくれていた手綱彦という者にお願いしました。私より少しだけですが年輩者です」
 一心(ia8409)の訊ねに円平が答える。
 遠野村から魔の森の危険は去ったといえるがアヤカシは神出鬼没。もしもの時には開拓者ギルドに頼ることを忘れないよう円平の後継者に伝えるつもりである。
「特に心配なのが東方の地でのお食事なのですが‥‥あちらではどのような食材が手に入るのでしょうか?」
「飲み水は姫がいるので何とかなります。当分食べ物は飛空船で持ち込んだ分にだけになるでしょうね。新鮮なものは‥‥たまに魚介類になるでしょうか。海や川で釣ったり獲れたりできればですが」
 ジークリンデ(ib0258)は円平に質問するのみでその場は済ます。後で料理の作り方をまとめて湖底姫に託すつもりである。
 大雪加も円平と湖底姫と面と向かった。ただあらたまるとなかなか言葉が出てこないものである。杓子定規な挨拶ならばいくらでも思い浮かぶのだが。
「そうですね‥‥。今晩はお酒を呑みましょう。呑み比べです」
「それはいいですね。望むところです。負けませんよ」
 穏やかな大雪加と円平がにやりと笑う。その様子に湖底姫はかんらかんらと笑うのであった。

●調理
「東にいっても元気でね。お二人をよろしくね」
 神座早紀はもふら用の小屋でしばらくよもぎと一緒の時間を過ごす。
 他のもふら達にも円平と湖底姫のことをお願いしてから、からくり・月詠が待つ炊事場へと向かった。
「さて急いで作らないと。月詠も手伝ってね」
 神座早紀に月詠がコクリと頷く。
 月詠が予め道具や食材を揃えてくれていた。おかげですぐに調理に取りかかれる。二人して包丁を手にとって下ごしらえを行う。
 作るのはサツマイモの甘露煮、栗ご飯、鯖の味噌煮に鰹のタタキ。栗の堅い皮を包丁で剥いてゆく神座早紀と月詠の姿に村の女性達が眼を凝らす。それほどに素早い動きであった。
 鰹のタタキに必要な藁も月詠が用意してあった。鰹柵の表面を焼きつつ冷水に浸す。氷はないが代わりに日陰に残っていた雪を利用する。
(「お二人のために‥‥」)
 神座早紀と月詠は心を込めて忙しく調理を続けた。
 炊事場では針野と鉄龍もがんばっていた。上級人妖・しづると、からくり・御神槌に手伝ってもらいながら腕を振るう。
『たくさんありました。全部使っていいっていってましたです!』
「活きがいいカニばかりなのさー」
 人妖・しづるが大きな桶を頭の上に乗せて毛ガニを運んでくる。
「なにを作るつもりなんだ?」
「ばあちゃん直伝の味にするつもりなんよ」
 鉄龍に答えつつ針野はてきぱきと手を止めなかった。
 鉄龍はご飯を炊くことに。米俵から取り出した新米を研ぐところから始める。
 からくり・御神槌が米俵や大量の水を運んでくれたおかげで作業は順調。最初に炊けたご飯はさらなる料理へと使われる。針野も雑炊用にそれなりの量を分けてもらうのであった。

●宴
 宴会が開かれる村の集会所には日が暮れる頃から徐々に人が集まり出す。
 集合の時間が過ぎたところで新村長の手綱彦から挨拶が行われた。緊張のためにしどろもどろになりつつ、円平と湖底姫を壇上に招いた。
「魔の森に囲まれていた頃に比べ、ここ数年における遠野村の状況は目まぐるしく変わりました。新たな村人の移住もとても嬉しい出来事だったと記憶しています――」
 円平の話しは少々長く続いた。
『これまでよい日々であった。明日旅立つが最後ではない。また会おうぞ』
 その代わりに湖底姫の挨拶はたったこれだけ。とても息があう二人だと笑いながらのかけ声が村人達から飛んだ。
 和やかな雰囲気の中、料理が運ばれ始める。
「この野菜煮込みは美味しいですね。とくに濃いめの味付けが。出汁は一体何なんだろう?」
「ばあちゃんの秘伝だけど、円平さんにならこっそり教えてあげるんよ」
 円平が美味しく食べている横で針野が耳打ちして教える。
 針野と鉄龍は円平と湖底姫の近くに腰を下ろしていた。
「この毛ガニの味はいつまでも忘れられないな。また何度でも来たくなる」
「私にももらえますか? 姫にもお願いします」
 カニ鍋からよそられた椀を美味しそうに頂く鉄龍を見て円平が針野に頼んだ。針野が元気よくよそってくれた椀に円平が口をつける。
「このカニ‥‥美味しいですね。とっても‥‥」
 円平は瞳を閉じてしみじみと呟いた。
『円平よ、気になるのなら食料補充のときに村へと立ち寄ればよい。飛空船ならばひとっ飛びじゃからな』
 感傷的な円平とは反対に湖底姫はさばさばとしていた。
『美味しい? 僕も手伝ったの‥』
 からくり・御神槌はカニの殻剥きをがんばってくれた。それらがたくさんのカニ料理に使われていた。
『うますぎるぐらいにうまいの。もう一杯もらえるかの? いくらでも食べられそうじゃ』
 湖底姫が空になった椀を差し出す。今度はからくり・御神槌が円平、鉄龍、針野に鍋の中身をよそってくれる。
 針野が鉄龍の猪口にお酌をする姿を湖底姫が見かける。しばらく唸った後、湖底姫が円平に酌をしてあげる。
「あれ? どこいったん?」
 針野が徳利を手にしたまま周囲を見回す。
 つい先ほどまで側でサンマの塩焼きを頬張っていた人妖・しづるがいなくなっていた。と思えば大きな盆を抱えて戻ってくる。
『お、美味しいの見つけたよ! 食べてみて!!』
 人妖・しづるが持ってきたのはカニ味噌の甲羅焼き。先に円平と湖底姫に食べてもらう。
『先程は失礼なことをいってしまったな。これほどのカニ、この遠野村においても滅多に食べられるものではない』
「今日この時のカニの味、生涯忘れません。しづるさんありがとう」
 湖底姫と円平に感謝された人妖・しづるはとても照れていた。
『シヅ、遠野村のお米もカニも大好きなん‥‥!!!!』
「おい?!」
 人妖・しづるが照れたままご飯を食べて喉を詰まらせる。鉄龍の軽い手刀で事なきを得た。
「こちらも食べてくださいね」
 機会を見計らって神座早紀が新しい膳を運んでくる。
 円平と湖底姫の前に並べられたのはさつま芋の甘露煮、栗ご飯、鯖の味噌煮に鰹のタタキである。
「今日はいくらでも食べられる気がします。う〜ん、うまい!」
 徐々に円平の喋りの堅さもとれていった。鰹のタタキを頂いた後で酒を呑んだ円平の顔は幸せで満ちていた。
『綺麗な花じゃの』
「造花ですけど曼珠沙華です」
 膳に飾られていたのは曼珠沙華の花。神座早紀によれば再会の花言葉を持つという。
『早紀殿よ。いつか新たな精霊の地を訪れてもらえるだろうか?』
「はい♪ 楽しみにさせて頂きますね」
 湖底姫に頷いた後、神座早紀はからくり・月詠の小鼓に合わせて舞い踊る。二人の旅立ちに幸多からん事を祈りつつ。
「ムニン、美味しい?」
 ジークリンデは宝狐禅・ムニンを膝の上に乗せて一緒に料理を楽しんでいた。みんなが喜ぶ様子を眺めつつ。
 昔話にジークリンデも時折参加した。
「転んでしまったときは、あっ! っとつい叫んでしまいました」
『あのときは大変だったのお。泥まみれじゃった』
 いろいろなことが思い出される。ジークリンデは機会を見て料理を書き記した冊を湖底姫に手渡す。村の女性が書いてくれたものもある。湖底姫は大事に懐へとしまう。
 食事はほどほどにしつつ、主に酒を嗜んでいた者達もいる。大雪加を筆頭にした羅喉丸、一心、玄間北斗の集まりだ。
「さすがギルド長の大雪加さん、いい呑みっぷりだ」
「この程度で酔ったりしませんよ」
 羅喉丸が大雪加が持つ大盃に『銘酒のにごり酒「霧が峰」』を注ぐ。
「人と精霊が共存する地か。ネージュ、楽しみだな」
 隣で煮魚を頂く羽妖精・ネージュに赤ら顔の羅喉丸が声をかける。
『きっと、素晴らしいでしょうね』
「いつか、二人で訪ねてみるか。場所をちゃんと聞いておかないと‥‥お、やっと来たか。待ちくたびれたぞ」
 羅喉丸がネージュと話している途中で円平が近くの座布団で胡座をかいた。
「ネージュと話題にしていたんだ。いつか精霊の地を訪ねてみようって」
『そうなんです。是非にいってみたいです』
 羅喉丸とネージュの瞳に輝きに円平が口元を綻ばせる。
「まだはっきりとしたことはわからないので、そのときには開拓者ギルドの掲示板で告知させてもらいますね。より張り合いが出てきましたよ。みなさんを招いても恥ずかしくないようがんばらないと!」
 羅喉丸が酒を注いでくれた盃を円平が飲み干す。そうこうするうちに湖底姫もやってきた。
『ういやつじゃの。これこれ♪』
 忍犬・黒曜に懐かれて湖底姫が声を上げて笑った。足下ですりすりされるのはかなりくすぐったいものがある。
 湖底姫は塩などで味付けがされていない魚を黒曜に食べさせてあげる。
 玄間北斗は円平と酒を酌み交わした。
「精霊が住まう不可侵の地にって事だと、早々医者に診て貰う訳にもいかないのだ。お守り代わりにもってってなのだぁ〜」
 贈った酒は今呑んでいる羅喉丸が用意したものと同じ『霧が峰』である。かなりの薬効がある酒なので人里離れた僻地に持っていくのはぴったりといえた。
「ありがとう、北斗さん。いざというときに呑ませてもらいますね。‥‥あまりに美味しいのでその前に呑みたくなってしまいそうですが」
「まったくだ」
 羅喉丸の突っ込みに円平と玄間北斗が腹を抱えて笑う。
「元の木阿弥になるのはとても残念なのだ。だから最初にやっておくといいのだ」
 玄間北斗は人が住む土地との境界に何かわかりやすい目印を立てておくべきだと円平と湖底姫に考えを伝える。
 湖底姫によれば育ちが早い木を植えて碑の代わりにするつもりらしい。また崖や川なども利用するようだ。
 一心は酒を嗜みつつ人妖・黒曜と一緒にカニ料理を堪能していた。
「美味しいですか? たくさん食べておくといいですよ。此処に来る機会も減るでしょうしね」
 一心の言葉にカニの身を食べていた人妖・黒曜の両手が止まる。そして人妖・黒曜は一心の顔をじっと見上げ続けた。
「ああ、そうだね。偶には遊びに来よう」
 人妖・黒曜に微笑んだ一心は持ってきた三味線を手に取る。
「いい音ですね」
『よい響きなのじゃ』
 一心が奏でた三味線は明るい将来を感じさせてくれる。円平と湖底姫はしばらく耳を傾けた。
 宴会最後に円平が食べたのはカニ雑炊。針野がわざわざ炊事場に戻って作ってくれたものだ。
「美味しいです‥‥とっても」
 円平は壁を正面にして座り直す。零れる涙を隠しつつカニ雑炊を平らげるのであった。

●旅立ちの雪 しばしの別れ
 宴会は夜遅くまで続いたが、それぞれの寝床でちゃんと睡眠をとる。
 翌日の午後過ぎ。旅立つ二人を見送ろうと多くの者が空き地に着陸中の飛空船へと集まっていた。
「円平さんと湖底姫さんをよろしくね」
 神座早紀がもふらのよもぎを抱きしめながら呟いた。よもぎは元気よく橋板を駆け上り、最後に少し振り向いてから船倉へと姿を消す。
「いつかきっと、私たちを呼んでくださいね!」
『もちろんじゃとも』
 神座早紀は湖底姫に抱きついた。泣かないように我慢しながらの笑顔で。
「初めて会った時、私、円平さんを殴っちゃって‥‥。男の人に触れるのはまだ怖いですけど、今度会う時はきっと大丈夫になってますから」
「いい思い出です。また会いましょう」
 神座早紀は円平とも別れの挨拶を交わす。
 続いて羅喉丸が円平と湖底姫の前に立った。
「これは?!」
「餞別だ。あれば何かの役に立つだろう。信じて歩き続ける事ができれば、その道のりが遠くとも、いつかきっと願いはかなう。だから二人を信じているよ」
 羅喉丸は円平に『弓「浄炎」』を贈った。
 ネージュは湖底姫に挨拶。羅喉丸は精霊と人が共存する地が楽しみだと湖底姫に告げて別れの言葉とする。
 一心と人妖・黒曜も旅立つ二人に挨拶をした。
「それでは、御二人ともお気を付けて」
『‥‥いってらっしゃい』
 一心は珍しく自らの言葉を発する人妖・黒曜に驚きつつも微笑んだ。
「一心さんには長くお世話になりました。思い出がありすぎでどれを話したらよいのやら‥‥」
『黒曜はよい子じゃな。これからも一心殿を助けるのじゃぞ』
 円平と湖底姫は一心と人妖・黒曜との別れを名残惜しむ。
「またお会いしましょう」
 そういいながらジークリンデは円平と湖底姫に栞の形をしたお守りを手渡した。
 遠野村で育った稲藁を使ったもので、再び集えるよう願いが込められているという。同じものを村民にも配っていた。
「大切にさせて頂きます。私からも、またお会いしましょう」
『人の食事はよくわからぬものでな。あれは助かる。では、また会おうぞ』
 ジークリンデからもらったお守りを円平と湖底姫は喜んでくれた。
 玄間北斗が挨拶をする際には忍犬・黒曜が湖底姫の足下にじゃれる。
「元気なものじゃて」
 その間に玄間北斗は円平と別れの言葉を交わした。
「不可侵の地とすると言っても、それを制限に救いの手を求めちゃいけないって事は無いのだ。困った時は、声を掛けてなのだぁ〜」
「飛空船がありますのでいざというときにはそうさせて頂きます」
 円平との挨拶が終わると玄間北斗は忍犬・黒曜を呼び寄せる。後ろ髪を引かれつつもさすがは忍犬。黒曜はちゃんと指示に従った。
 開拓者最後の挨拶は針野と鉄龍の二人である。人妖・しづると、からくり・御神槌も一緒に並んだ。
「二人とも、お元気で。もし何か困ったことがあったら、呼んでほしいっさね。すぐ駆けつけるんよ!」
「遠慮は無用だからな」
 針野と鉄龍が手を差し出す。
「針野さんと鉄龍さんもお幸せに」
『二人とも元気で過ごすのじゃぞ』
 円平と湖底姫は二人と強く握手を交わした。
 からくり・御神槌は円平と湖底姫を順に抱きしめる。
『ここの皆大好きだから‥‥僕も守るよ』
『遠野村を頼むぞよ。ん、これは?』
『これがお姫様を守ってくれるの‥‥』
『ほう、ありがたいの』
 からくり・御神槌はそっと祈りの紐輪を手渡した。
『うーにゅー‥‥円平のお兄ちゃんに湖底姫のお姉ちゃん、ホントに行っちゃうの‥‥? えっと、えっと‥‥あ、そうだ! すぐに消えちゃうけど』
 別れを残念がる人妖・しづるは何かを思いついた。からくり・御神槌が渡した紐輪を参考にし、『愛紡心』にて飾り紐を即座に作り上げる。
「よいものをありがとう」
『気持ち、受け取ったぞよ』
 円平と湖底姫がさっそくつけてくれて人妖・しづるは笑顔になる。
「ではまた会いましょう」
 大雪加は非常に短い言葉で二人を送り出した。
 円平と湖底姫が飛空船へと乗船。まもなく各宝珠が起動。ゆっくりと飛空船が浮かび上がる。
「いつか再び会うその日まで、再見」
 羽妖精・ネージュを肩に乗せた羅喉丸が飛空船を見つめて言葉をかける。
 神座早紀はそれまで我慢していた気持ちを堪えきれずに、からくり・月詠へと抱きついた。
『子供みたいだな』
「‥‥ありがとう」
 からくり・月詠は涙を流す神座早紀の頭を撫でる。
「いつか、其方に伺える日が来るのを楽しみにしています」
 見上げる一心と人妖・黒曜は飛び去る飛空船を視線で追う。
 笑顔のジークリンデは出現させた宝狐禅・ムニンと一緒に飛空船へと手を振り続けた。
「何かあったらみんなすぐに駆けつけるのだ‥‥」
 玄間北斗は遠ざかる飛空船にそう呟いた。忍犬・黒曜はクゥンと残念そうに啼く。
「あの二人ならきっと大丈夫だ。もちろんこの村も‥‥」
「そうさね‥‥」
 寂しそうに空を見上げる針野を鉄龍は後ろから抱きしめる。
『また‥‥会いたいな』
 からくり・御神槌はずっと手を振り続けていた。飛空船が雲間に消えるまでずっと。その後で鉄龍と針野に抱きついた。
『またみんなで、元気に! 会えますようにー』
 人妖・しづるは飛空船が消えた後もずっと空を見上げ続ける。
「雪ですね」
 大雪加が頬に触った冷たさで降り出した雪に気がついた。
 雪は止まず三日三晩降り続いたという。もう春まで解けることはない。二人が旅立った後、遠野村には本格的な冬が訪れたのであった。