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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 理穴東部に広がる魔の森は形骸化した。 森の形は残っているものの、支配していた大アヤカシ『氷羅』『砂羅』が討伐されたからだ。 アヤカシもわずかに残っていると思われるが、多くは境界線での戦いにおいて倒されたはず。そして魔の森内でのアヤカシは強力になっていることで有名だが、それもなくなっているはずである。 どの程度の魔の森が消滅したかについてだが、かつて理穴であった土地は大体戻ってきたようだ。 さすがに隣接する冥越までは含まれていない。また石鏡北部もどうやら魔の森に支配されているままのようである。 一度は焼き払わなければ元の自然には戻らないものの、それでも魔の森に押しつぶされそうな状況からの解放は理穴民が待ち望んでいた未来といえた。 平和が訪れて理穴軍の駐留地化していた遠野村も今は静かに。ある日、理穴ギルド所属の飛空船が着陸した。 「お久しぶりです」 「よくおいで下さいました」 村長の遠野円平が下船する理穴ギルド長・大雪加 香織(iz0171)を出迎える。さっそく村の施設内で相談が行われた。 「儀弐王様が正式に遠野村を来訪したいと?!」 「そうです。以前にこちらへ出向いたことがある儀弐王様ですが、あれは知っての通り事情があっての緊急的なものでした。故に記録にも残されておりません。今回はこの遠野村の地が完全に理穴へ戻ったことを示す来訪になるでしょう」 大雪加からの説明は続いた。 儀弐王はこの地を離れられない湖底姫との話し合いのために開拓者の力を借りて緊急避難を演じつつ、遠野村を訪れたことがある。 そのときは非公式なものだったがこの度は違う。儀弐王の遠野村来訪は内外に理穴国東部を取り戻したことを示す意義が含まれていた。 遠野村は儀弐王と大雪加の繋がりによって理穴ギルドの一時預かりになっている。それだけ大雪加も嬉しかった。 「是非にお待ちしておりますと儀弐王様にお伝え下さい」 円平の快諾を聞いて大雪加が大きく頷いた。 儀弐王来訪の大宴会を開くにあたって一番の問題は会場の設置である。 これは大型飛空船の甲板を利用することに。具体的には理穴国所属の『雷』と理穴ギルド所属の『角鴟』の二隻を並べて橋を繋げる形になるだろう。 村人はもちろんのこと活躍してくれた開拓者を招くことになる。 晴れた日、儀弐王を乗せた大型飛空船『雷』が遠野村に着陸する。大雪加の大型飛空船『角鴟』は二時間前に到着済である。 大宴会の開催は三日後に迫っていた。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
一心(ia8409)
20歳・男・弓
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
針野(ib3728)
21歳・女・弓
鉄龍(ib3794)
27歳・男・騎
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●手伝い 理穴国所属の大型飛空船『雷』と理穴ギルド所属の『角鴟』は遠野村の空き地に着陸していた。寸分違わず並行に揃えられているのは双方の甲板に会場を設置するためである。 「それでは大宴会の手伝い、お願いしますね」 理穴ギルド長・大雪加香織と開拓者七名は挨拶を交わす。 儀弐王の護衛として参加した開拓者だが、遠野村到着後は大宴会が成功するための設営を手伝うこととなる。このことは事前に説明済みで全員が納得していた。 「おめでとう。王が公式に訪れるとは目出度く、また名誉なことだからな」 ニクス(ib0444)は円平との再会の瞬間に祝辞を述べる。 「ありがとうございます。ニクスさん。みなさんのおかげさまでここまで来られました」 この度の儀弐王来訪は遠野村が正式に理穴国の一部として認められたのを示している。 村人達にとって念願の出来事。特に村長の円平にとっては感慨深いものがあるはず。そう考えたニクスだ。 羅喉丸(ia0347)と鉄龍(ib3794)は円平と共に海辺での漁を手伝うつもりでいた。 「あれから二年と三ヶ月か、長いようでいて、短かったな」 感慨深く空を見上げた後で羅喉丸は鋼龍・頑鉄に飛び乗った。そして直接海岸へと向かう。 「力仕事は俺が得意とするところだからな。大漁を期待してくれ。御神槌のことは頼んだ」 「任せてなのさー」 鉄龍はからくり・御神槌のことを針野(ib3728)に預けた。円平と一緒に錨の鎖を伝い下りて豪快に姿を消す。 一心(ia8409)は橋を架けようとしている理穴兵のところへと近づいた。縄を引っ張る役目をもらうと人妖・黒曜を呼び寄せる。 「あちらで飾り付けをやっているから、ほら、みんなを手伝ってきて」 こくりと頷いた黒曜はてくてくと歩いて飾り付けの集団に近づく。どうやら仲間に入れたようでさっそく手伝っている。 (「うまくとけ込めたようですね」) 一心も適度な力で縄を引っ張って手伝いを開始。架ける橋は全部で四。一時的なものとはいえ頑丈なものが目指されていた。 ニクス、針野、パラーリア・ゲラー(ia9712)、神座早紀(ib6735)の担当は調理なのだが大きな問題が一つ。食材が揃わないとどうすることも出来なかったのである。 一般的な食材は二隻の大型飛空船が積んできたので問題はない。ただせっかくならば遠野村らしい食材で料理を作りたいところだ。 漁船が戻ってくるのは夕方。 特別な食材を買いに出かけた緑兄妹が操る中型飛空船・希望号が戻るのもおそらく同じ頃。 「きっと大丈夫なのにゃ〜♪」 パラーリアが呟いた通り、準備期間は三日もある。ただ待つよりも調理担当の四人は甲板設営の手伝いをすることにした。 ●漁 「蟹は村に生け簀がありますのでしばらくは持ちます。あまり置いておくと身が痩せてしまいますが大宴会当日までなら十分です」 漁船で揺られながら円平は鉄龍と羅喉丸に説明する。二隻で出港した遠野村の漁船は毛ガニの漁場を目指していた。 「大漁といくように頑張らないとな」 「大宴会にはかなりの人数が参加しますからね」 羅喉丸は円平と喋りながら身を乗り出して海面を眺める。円平によればそろそろ漁場だという。 「いざとなったら任せてくれ。一気に引き揚げよう」 「期待しています♪」 鉄龍は円平に声をかけてからもう一隻の漁船へと飛び移る。そして円平と同じ漁船に残った羅喉丸と呼吸を合わせて漁網を海へと投げ入れた。 二人ともこれまでも何度か毛カニ漁を手伝ってきたので勝手はわかっている。 ちなみに明日は素潜りで貝漁。明後日は様々な魚を漁網で一網打尽にする予定になっていた。 円平は漁船二隻の指揮を執る。 毛ガニは海底を這っているので網を深く落として砂を浚うように少しずつ移動させた。 羅喉丸と鉄龍が乗る漁船を分けたのは似たような力配分にするためだ。もちろん乗船する村人達も漁網の引き揚げを手伝う。 「揚げましょう。毛ガニがかかっているはずです」 円平の号令と共に漁網が引っ張られた。 重たいのはたくさん入っている証拠。海面に現れたのは漁網の中いっぱいの毛ガニであった。 「これを持って帰ったらきっと喜ぶぞ」 鉄龍は獲れた毛ガニ一匹を手にとって針野の笑顔を思い浮かべる。 「カニ味噌を摘みに酒を呑めたのなら儀弐王も喜んでくれそうだ」 「いいですね。料理に是非加えてもらいましょうか。私達も楽しみたいところです」 羅喉丸と円平は船上で大いに笑った。 二日目は素潜りでサザエやカキなどの貝を手に入れる。こちらも調理のそのときまで生け簀へ。 そして三日目。漁船は篝火を用意しながら真夜中の漁に出る。昼間にやってもよかったのだが、獲れる魚介類の新鮮さを考えてのことだ。 漁網を海中に投げ入れて帆を張った漁船を動かす。頃合いを感じた円平がいつものように引き揚げの指示を出した。 「重いですね‥‥。これはきっと大漁だ」 円平と同じように誰もが手応えを感じていた頃、突然波間に鮫のヒレが現れた。あまりの漁網の重さに全員の手が塞がっている瞬間であった。 「網は俺に任せろ!」 「わかった!」 鉄龍が叫んですぐに羅喉丸は漁網から手を放す。近くにあった銛を手に取る。 (「まさかアヤカシか?」) 海面から高く跳ねた鮫へと銛を突き立てながら羅喉丸は思い出した。この海でかつて戦った鮫アヤカシのことを。 「これでどうだあ!!」 鉄龍はオウガバトルを発動させて羅喉丸が抜けた分を補う。甲板まで引き揚げられた漁網の中にはたくさんの魚がかかっていた。 羅喉丸が倒した鮫は瘴気の塵に戻ることはない。つまり本物の鮫であった。 「危険といえばそうなのですれど、この海の生き物たちがまともになっている証拠ともいえますね」 円平の考えに誰もが同意してくれた。鮫には注意が必要。しかしアヤカシでないだけ真っ当ともいえる。 その後、漁船は急いで遠野村の海岸へと戻った。待ちわびていた村人や開拓者が獲れたばかりの魚を荷車に載せて運んでくれる。 大宴会用の調理はこれからが本番といえた。 ●設営 時は遡って初日の甲板の設営の頃。 『飾りつけ、派手にしていいのか?』 「みなさんに合わせてこんな感じに――」 神座早紀はからくり・月詠と一緒に飾り付けを行う。明日以降は月詠を現場の誰かに任せ、時折様子を見に来るつもりである。 「これだな」 ニクスはアーマー人狼・エスポワールを動かして重量物を運んだ。 「シズ、御神槌ちゃん、これ引っ張って欲しいんよ」 針野は人妖・しづる、からくり・御神槌と一緒に舞台を布張りする。 「明日から一緒にお料理できるのにゃ♪」 卓を運ぶパラーリアは夕焼け空に中型飛空船・希望号を見つけた。操船者の一人、緑葉とパラーリアは仲良しであった。 パラーリアの猫又・ぬこにゃんは護衛役として儀弐王に預けてられている。とはいっても実際には膝の上でごろごろ。敵を欺くからにはまず味方からといった感じでわざと怠惰を演じているようだ。 「あとは飾り付けだけですね」 一心は架けられたばかりの四本の橋を眺める。そして人妖・黒曜が手渡してくれた手ぬぐいで汗を拭う。黒曜は作業の途中で村人からもらった鶴の折り紙を大事に仕舞った。 設営作業は二日目も続けられ、三日目の午前中に完成するのであった。 ●料理の準備 調理の仕事が本格的に始まったのは二日目からである。 基本的な料理については大型飛空船の専属料理人達に任せるとして、開拓者と村人達は別のものを用意する。 試食用の料理を作るために『雷』の第二厨房室で各自が包丁を手にとった。 パラーリアと緑葉はお揃いのエプロンをつけていた。 「カニの身を使って作るんだよね」 「そうだよ〜♪ せっかく茹でたのじゃなくてなるべく生のカニを調理に使うのにゃ。そうすると味が断然に違うよ〜」 パラーリアは緑葉に手順を教えながら調理を続ける。 「炎を強くしてっと‥‥」 「泰国の料理人みたい!」 カニ炒飯を作る際、パラーリアは豪快に鍋を振った。 緑葉も真似してみたがさすがに無理。その代わりカニの身を使ったグラタンやトマトクリームパスタの下準備をしてくれる。 カニクリームのクロケットも作るのだが、これは熱した油を大量に使うので炒める作業が終わった後である。 そんなパラーリアと緑葉にニクスが声をかけた。 「俺もジルベリア料理を作るつもりだ」 「どんな料理を作るんですか?」 緑葉に訊ねられたニクスが両手で持っていたのは大きな鍋。カニの海鮮パエリアを作るという。 「ニクスさんのパエリア、楽しみなのにゃ♪ でも作っているとこ、あまり見たことないような?」 笑顔のパラーリアはかくっと首を傾げる。 「心配はいらない、これでも料理は得意な方なんだ。何故かは聞かないでくれ」 パラーリアに苦笑するニクス。おそらく親しい女性が関係しているのだろうが、パラーリアは触れないでおいた。 針野は人妖・しづる、からくり・御神槌と協力して御飯を炊いていた。 「やっぱりお刺身とお吸い物は外せないと思うんよ。あとお寿司! これは絶対なんよ♪ 人数多そうだし、大皿や大鍋でどんどん作らんとね」 針野は故郷の祭りで祖母が料理を作っていた様子を思い出す。 (「ばあちゃんと同じにやればなんとかなるハズ‥‥!」) ぐっと強く拳を握った針野はさっそく調理を開始した。 『シヅも一緒にお料理しますっ。 御神槌ちゃんも一緒にがんばろ!』 『これでお料理、する‥』 からくり・御神槌が背中に差していた青銅巨魁剣を手に取った。 それを知ってあたふたする人妖・しづる。どうやら刺身を作ろうと包丁を手にした針野の真似をしたようである。 針野と人妖・しづるに止められた、からくり・御神槌は素直に剣を仕舞う。そして人妖・しづると一緒にタライに広げた御飯を団扇で扇ぎ荒熱をとる。 (「えへ、いいにおい。ちょっと味見しても、大丈夫かな?」) 調理が進んだ頃、人妖・しづるは煮える鍋から魚醤味が染み込んだカニの足を取り出す。 「‥‥‥‥シヅー? つまみ食いしちゃダメなんよー?」 針野は背中を向けたまま、人妖・しづるを軽く叱った。目前の鏡のような綺麗な鍋底に悪事が丸々と映っていたのである。 『‥‥うにゅ!? ふぁふぇふぇふぁいほっ!』 口の中の熱いカニの身のせいで人妖・しづるはうまく喋れない。ちなみに『食べてないよ』と言いたかったようだ。 その頃、神座早紀は炭火を使って魚を焼いていた。 (「かき氷の需要はあるのかな?」) 用意しようとしていたのは鯛の塩焼き。目玉に塩を振って軽く焼き、それを具にしてお吸い物も用意する。鯛のすり身を素麺状にしたものを加えれば出来上がりである。 (「これなら儀弐王様もきっと気に入って‥‥?!」) 神座早紀が味見をしていると見知った人影が視界に入る。 「湖底姫さん、どこに行ってたんですか?」 『格式張ったものがどうも苦手でな。つい先程、儀弐王と大雪加殿に挨拶をすませたばかりじゃ』 神座早紀と湖底姫の会話が一段落するのを待って、パラーリアが二人を誘う。一緒に氷菓を作ろうと。 噂では果物好きの武天の綾姫がお忍びで来訪するとのこと。第一に儀弐王は甘味好きで有名である。夏に冷たいデザートは必須といえた。 氷菓ならば予め作っておける。 『雷』に氷室はあるし、それに神座早紀は氷霊結を使える。水精霊の湖底姫もその気になればそういうことが出来そうだ。 大宴会用の料理の準備は着々と行われるのであった。 ●大宴会 夕暮れ時、二隻の大型飛空船の甲板上で式が執り行われた。 最初に儀弐王が魔の森境界線における戦いの勝利。そして魔の森になっていた土地奪回を宣言する。その象徴としての遠野村来訪であることも明言された。 堅苦しい話はこれで終わり、後は食べて歌えの大宴会の時間となる。 (「わしが生まれるずっと前から、理穴の国と魔の森は一緒だったからねえ‥‥」) 針野は儀弐王の演説が終わった後も頭の中で何度も反芻していた。 土地を取り戻したと聞いても実感が湧かなかった。それでもこれからの一歩が大切なのはわかる。 (「父ちゃん母ちゃんみたいな人がちょっとでも減るといいな‥‥。そう、報告がてらじいちゃんばあちゃんの顔を見に行きたいな‥‥」) 針野が考えている間にいつの間にか鉄龍が隣りに立っていた。 「これか? 針野が作った鍋は?」 「そ、そうなんよ」 針野は鍋料理を椀にとって鉄龍に手渡す。 「うまい! やっぱり針野の料理は最高だな! 漁の疲れも吹き飛ぶってもんだ。それにやはりこの村の宴会は楽しいな」 鉄龍が針野を見つめる眼差しはとても優しかった。 「依頼とは言えこの地に来れて本当に良かった。大変なこともあったがそれ以上に楽しい思い出がたくさん溢れてくるよ」 「わしもそう思うんよ。いい村っさね」 「いつかは、戦場から離れてこういう素敵な地に針野と二人、腰を落ち着けるのも悪く無いかもしれないな」 「鉄龍さん?!」 鉄龍は発した言葉に自ら驚いた。紛れもない本心であったが、まさか自分がこのようなことをいうとはと。 朋友の人妖・しづると、からくり・御神槌は隣の卓で大宴会の料理を楽しんでいた。 『カニもお魚も、いっぱい!』 『同じカニなのに味が違う‥‥。不思議‥‥』 互いに料理をよそいながら料理を食べ進める。 『これ、僕が作ったやつ‥』 『食べてもいい?』 からくり・御神槌が頷いたところで人妖・しづるは秋刀魚のお鮨を頬張った。 『おいしー♪ もう一つ食べるねっ♪』 『味はどう?‥』 頬張った人妖・しづるは、からくり・御神槌に満面の笑みで答えるのであった。 一心が人妖・黒曜にカニのパエリアを分けようとしたとき、儀弐王と大雪加が卓に現れる。 「陛下。魔の森の土地奪還、おめでとうございます」 「一心殿を含めた開拓者の活躍、非常に助かりました」 一心と儀弐王が話している間、人妖・黒曜は静かにしていた。大雪加が声をかけると丁寧にお辞儀をする。 (「自分は‥‥自分を育ててくれた理穴という国に、少しでも恩を返せているだろうか‥‥」) 弓術師の一心は理穴国の出身。それ故に思うとところは人一倍にある。 (「‥‥いえ、まだ足りない。全然足りない。まだ魔の森が無くなったわけじゃない」) 儀弐王によれば魔の森の焼き払いは当分の間続くという。一心は理穴国のために働こうと今一度心の中で誓う。 儀弐王と大雪加が立ち去った後、人妖・黒曜は一心にやさしくお茶の湯飲みを手渡す。 「遅くなってすまなかった。パエリアを頂こうか」 一心は急いでパエリアを小皿に分ける。そして人妖・黒曜と一緒に美味しいパエリアを楽しんだ。 「こちらは?」 儀弐王が各人を労っている途中、ある卓に菓子が置かれていた。包んであった紙を開いて中の焼き菓子を口の中へ。 「派手さはありませんが、とてもよい味です」 その甘みは儀弐王の好み。以前に配布した儀弐家御用達の樹糖を使っているのがすぐにわかる。 紙包みの焼き菓子を作った羅喉丸は円平、一心と一緒に酒を酌み交わしていた。毛ガニの味噌料理を酒の摘みにして。 「喜んで貰えれば、嬉しいんだが」 そう呟いた羅喉丸が杯の酒を呑み干す。 「あのお菓子なら気に入ってもらえると思いますよ」 円平が羅喉丸に酒を注いだ。 「うまい。今日の酒は格別だ」 ニクスは大宴会が始まる前に儀弐王と大雪加に挨拶を済ませていた。 公の場での挨拶でサングラスを外さないわけにはいかず、さりとてこればかりは願掛けのようなもので曲げるわけにはいかない。妻以外の前で外すつもりはなかった。 「ニクスさん、これまでありがとうございますね」 「円平こそ。今度は俺が注ごう」 呑んでは互いに酒を注いだ。 「頑鉄、うまいか?」 羅喉丸は傍らの鋼龍・頑鉄の身体をぽんぽんと叩いた。特別に肉塊をもらって頑鉄もご機嫌な様子だ。 「一つのことが終わり、また始まるんだろうな。だが、折角の宴だ、今は存分に楽しまなければな」 「すべてを忘れて楽しみましょう」 羅喉丸も円平も顔が真っ赤。今日は倒れるまで呑もうと誓い合う。 「俺を忘れてしまっては困るな。酔いつぶれるなら一緒だ」 ニクスが加わって三人で乾杯する。 「円平、いつでも呼んでくれ。必ず力になる‥‥」 気持ちよく酔いつぶれる瞬間、ニクスは円平にそう告げるのであった。 「それでは‥‥」 宴もたけなわといったところで神座早紀による祝いの神楽舞が始まる。囃子に合わせて扇子を舞わせた。 「とてもよい舞い。楽しませて頂きました」 神座早紀は儀弐王から誉れを授かる。上機嫌で卓に戻ると、からくり・月詠がいなくなっていた。ふり返って見てみれば村の子供達を引き連れて橋の上を行進している。聞こえてきた会話によればどうやら船内の探検に出かけるようである。 神座早紀は折角の機会なので連れてきた村のもふら・よもぎと語らう。 「こちらどうでしょう?」 『おいち‥‥もふ』 言葉は幼げだが、もふら・よもぎはしっかりとしている。ちなみに『よもぎ』の名付け親は神座早紀だ。 (「思えばもうあれから二年経つんですね‥‥」) 神座早紀はよもぎを抱きかかえながら円平と湖底姫に贈った祝いの言葉を思い出す。 この先ずっと遠野村が平和であることを、心から祈ってますと伝えた神座早紀であった。 「見つけたのにゃ♪」 「ちょ、ちょっと待つのじゃ〜」 パラーリアは甲板を繋ぐ橋を何度も往復してようやく目的の人物を見つける。 深く帽子を被っていたのは武天国の綾姫。パラーリアが綾姫を誘った卓には儀弐王と大雪加の姿があった。 「無理に誘ってごめんなさいね」 「構わぬのじゃ。こういうことならば――」 儀弐王は綾姫の素性を隠したまま言葉を交わす。それまで儀弐王が抱えていた猫又・ぬこにゃんは主人の元へ戻る。 「じゃ〜ん! 甘いくておいしいものを用意したよ〜♪」 パラーリアがそれまで布を被せて隠してあった隣りの卓を披露する。 そこには苺や桃、葡萄を使ったムースと呼ばれる氷菓が並んでいた。季節から外れた果物はジャムを利用してある。 儀弐王、大雪加、綾姫、パラーリアは氷菓を楽しみながらお喋りに花を咲かせた。 「先程のお料理、美味しかったですよ。特にカニのグラタンが最高でした」 「さっき挨拶した村の緑葉ちゃんと一緒に作ったのにゃ♪ そだそだ。ゆきえおねえさんは元気っ?」 「戦いの直前にも一度会っています。変わりなく元気でした」 「また会えたら嬉しいのにゃ♪」 パラーリアと儀弐王は食べ物と思い出話に浸る。その横で綾姫は苺のムースを食べて満足げな表情を浮かべていた。 氷菓の他にパラーリアは大人の二人へとワインを勧める。儀弐王と大雪加のカップになみなみと注いだ。そして酔った頃合いに恋人と結婚についてを質問してみる。 「さて、どうでしょうか‥‥」 儀弐王は首を横に振って誤魔化すだけだ。 わずかな表情の機微から当分結婚はないとパラーリアは判断する。但し、それなりに好意を寄せている男性は存在すると思われた。 「え? い、いや急にいわれましても‥‥」 大雪加についてはもう少しはっきりとした手応えが感じられる。 しどろもどろになったところからいっても濃い男の影ありとパラーリアは睨んだ。残念なことに名前を引き出すまでには至らなかった。結婚しているかについては不明なままだ。 特に締めの時間を決めていなかった大宴会だが、伸びに伸びて一晩中の開催となった。国事においてこのようなことは滅多にない。 それだけに儀弐王の喜びが伝わる語り種になったという。 |