崩壊の地下遺跡 〜理穴〜
マスター名：天田洋介
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| ■オープニング本文 前回のリプレイを見る 天儀本島の北西に広がる国『理穴』の首都、奏生にも開拓者ギルドは存在する。 理穴・開拓者ギルドを任されているのが『大雪加 香織』である。 理穴出身故に幼き頃は弓術を習っていたようだが現在の彼女が扱う武器は銃砲。ある時から砲術士に転身したようだが、その理由を語る事は滅多にない。 理穴の東に広大な魔の森が鎮座しているのはあまりにも有名。『緑茂の戦い』に勝利したおかげで浸食は後退し、現在では抑制状態になっていた。 その理穴北東の海岸線付近に存在する魔の森内で村が発見された。 村長の名は『遠野円平』。まだ若いが村唯一の志体持ちである。 村は長く魔の森に囲まれたまま存続してきたのだという。緑茂の戦いを機にして魔の森との境になる外縁が広がり、海岸付近までかなり安全に近づけるようになったらしい。 多くの村人が外地へと転居したものの、それでも一部の者が存続を願った。儀弐王の許可を得て遠野村は理穴ギルドの預かりとなる。 村の地下には放置された遺跡が存在していた。探検の末に地底湖が発見される。 住まうは『湖底姫』と名乗る気位の高い女性の姿をした精霊。彼女が流す清浄の水のおかげで遠野村は魔の森に浸食されずにすんでいたのである。 湖底姫は遠野村を人と朋友が暮らす土地にしたいと考えていた。しかし出入りにも大きな危険が伴う土地故に多くの者が難色を示す。 そこで遠野村と海岸を隔てる魔の森の帯状の部分を排除する必要が求められた。作戦は決行され、海岸との往来を邪魔していた帯状の魔の森は消滅する。 村は外地の山間集落から移住を招き入れた。 さらに村の今後を考えた円平は若者四名を修行へと旅立たせる。同時期に漁船二隻と漁網数反を購入して漁を開始。遠野村沿岸は毛ガニの宝庫。だが外地へ売りに行くための手段がない。たまに訪れる理穴ギルド所属飛空船の船員達に買ってもらうしか手はなかった。 そこで結界外郭周辺に墜落していた飛空船残骸からの宝珠回収作戦を練る。開拓者達の力を借りて無事回収に成功。朱藩安州の高鷲造船所に建造が依頼された。 やがて春の訪れと共に大地から子もふらが産まれる。 村の飛空船が完成するまでの期間、円平と村人三名は理穴ギルドの飛空船で操船方法を学ばせてもらう。ところが天候が崩れたある日、その飛空船が遭難してしまった。 墜落したとの憶測も囁かれたが、飛空船はケモノの大鳥に攫われていた。開拓者の力を得て全員を巣から救出に成功。事なきを得る。 完成した中型飛空船は『希望号』と命名される。造船所のある朱藩安州から理穴遠野村へ。途中、嵐に襲われたものの全員で乗り越えた。 村独自の輸送手段が確立。希望号は遠野村と奏生の往復を繰り返す。 空賊に襲わる事態も起きたが開拓者のおかげで撃退。鹵獲した空賊の青い飛空船は各所の許可を得て遠野村の所属となる。 秋の収穫を祝う宴も開かれた。 冬になると湖でワカサギ釣り。そして正月に備えて餅つきが行われる。開拓者によって理穴ギルドに届けられた餅は非常に好評であった。 すべてが順調に思えていた頃にわずかな亀裂が生じる。毛ガニ漁の際、村の漁師が鮫に襲われたのである。開拓者に退治してもらったその鮫の正体はアヤカシだった。 深刻な事態の前触れと感じた湖底姫と円平は儀弐王、大雪加との話し合いを望んだ。際どい手段を用いなければならなかったものの二人は村を来訪してくれた。 湖底姫の口から迫る理穴の危機が告げられ、儀弐王はそれを受けいれる。 状況を計るべく遠野村よりも北方にある魔の森の沿岸への奇襲攻撃が決行された。やはり魔の森でのアヤカシは手強かった。 当初の作戦通りに二時間で撤収。現れたアヤカシの種類と強さは今後に役立つ。 そしてもう一つわかったことが。魔の森沿岸の海中に湧き出ていた水が瘴気に満ちていたのである。 湖底姫が遠野村周辺に流している清浄の水に対して、不浄の水と名付けられるのだった。 現在、遠野村は実質的に宿営地となっていた。 理穴ギルドや理穴軍所属の飛空船が駐留しており、陸と空からの警戒を繰り返す。 魔の森の境界線からのアヤカシ侵入も増加中。村唯一の志体持ち、村長の遠野円平が戦う機会も増えてきた。 とはいえすぐに軍の応援が駆けつけてくれるので大事には至っていない。それよりも円平には気がかりなことがあった。 （「どうしているんだろう‥‥」） この二週間、水精霊の湖底姫と会っていなかったのである。 湖底姫は円平に遠野村の地下に存在する遺跡内に行くと告げてから姿を消した。 ただすぐに戻ってくるものとばかり考えていた。まさか二週間もいなくなるとは考えもしていなかった円平であった。 円平が縁側で項垂れていると足下の地面に影が浮かび上がる。 「姫！」 『元気にしておったか。円平よ』 円平が顔を上げればそこには湖底姫が立っていた。 『実はな――』 再会の挨拶もそこそこに湖底姫は真剣な眼差しで説明を始める。清浄の水の流れに意図しない乱れが生じていたので原因を探っていたのだと。 湖底姫自身はこれまで通りに清浄の水を遠野村全体へと流していた。にも関わらず遠野村と魔の森の境界線が不安定になってしまった現状がある。昨今のアヤカシ侵入の原因もここにあるらしい。 『地下遺跡の様々な箇所にひび割れが生じていたのじゃ‥‥。あれの一部を水路と見立てて遠野村の地下に水を流しておったのだがもう崩壊は免れぬじゃろう‥‥残念じゃ、とても残念じゃ』 「そんなことに‥‥」 『ここからが本題になる。地下遺跡の崩壊はもう防げぬが原因を突き止めねばならん。それさえわかれば別の対策が立てられるかも知れぬからのー。だがわらわでは無理であった‥‥』 「崩壊まではあとどれくらい？」 『そうじゃな‥‥。もって十日か』 「十日か‥‥」 円平は頭の中で必要な計算をする。 駐留の兵達は周囲の警戒と戦闘で疲れている。不確定な理由による調査を頼める状況ではなかった。地下遺跡を探るのであれば別の応援を頼むしかない。そして出来ればこれまで手助けしてくれた懇意の開拓者が望ましかった。 「わかった。奏生に行って出来るだけ早く開拓者を連れてくる。私も一緒に遺跡へ潜るつもりだ」 円平はさっそく緑兄妹を呼び出して中型飛空船・希望号を離陸させるのであった。 |
■参加者一覧
羅喉丸（ia0347）22歳・男・泰 
一心（ia8409）20歳・男・弓 
ジークリンデ（ib0258）20歳・女・魔 
針野（ib3728）21歳・女・弓 
鉄龍（ib3794）27歳・男・騎 
神座早紀（ib6735）15歳・女・巫 
松戸 暗（ic0068）16歳・女・シ 
錘（ic0801）16歳・女・サ |
| ■リプレイ本文 ●出発 ギルドの飛空船にて遠野村に到着した開拓者一行は、一緒に地下を探索する円平の家屋を訪ねた。 「開拓者のみなさん、よく来てくれました。地下遺跡が大変なんです」 「待っておったのじゃ。初めての者はよしなに。わらわは湖底姫と申す」 家屋には若き村長の円平と共に水精霊の湖底姫の姿もある。 「えっと‥‥ありました」 神座早紀（ib6735）は懐から取りだした地図を円平に見せる。奏生で雪加から借りてきたものだ。 「円平さんの手持ちのものと同じで間違いないでしょうか？」 「拝見‥‥同じですよ。これは以前に大雪加へと渡したものです」 地図が円平の原本と変わらないものだとわかったところで開拓者達は本題へと入った。地下遺跡の具体的な状態についてである。 「遺跡のひび割れについて知る限りのことを教えてもらいたいのだが。まんべんなくひび割れているのか、それとも一所に集中しているのかも含めて」 「うむ。それは構わぬのじゃが‥‥」 羅喉丸（ia0347）の願いに応じて湖底姫は手にとった筆で地図にヒビの位置を記していった。難しそうな表情を浮かべながら。 「細かいのは無視させてもらうとして‥‥ここにもあったはずじゃ――」 さすがに湖底姫もすべてを細かく覚えてはいない。それでも大まかには地図上にひび割れの位置が再現される。 「同心円状に広がっているようだな。中心になっているのはかなり深い場所か‥‥。規則性があるということは――」 羅喉丸はこれを目安にして調べることにする。 「身体に変調はありませんか？」 一心（ia8409）は最初に湖底姫の体調を心配する。 「大丈夫じゃ。特に変わったところはない。ほれ、この通りじゃよ」 湖底姫が一心の目の前で身体を動かしてみせた。 （「人と同じ印象で語るべきではないのかも知れないが‥‥」） 一心の目には湖底姫が普段よりも疲れているように見える。 遺跡の違和感についてはありすぎて語りきれないらしい。一番に感じたのは漂う嫌悪感であったそうだ。 「瘴気のそれのようなそうではないような‥‥地下遺跡内を歩いているときに例えようもない気持ち悪さがあったのは確かじゃ」 気になって湖底姫自身も探ってみたものの、嫌悪感の正体は最後までわからず仕舞いだったという。 「地図は二枚あるのなら問題なさそうですね。写すのには時間がかかりますし」 ジークリンデ（ib0258）は地図の片方を村に残しておくように提案した。もしもの用心のために。 「その通りですね。こちらで写しを用意して理穴の飛空船団にも渡しておきましょうか」 円平が所有する地図は信頼できる村人に預けられた。一行が遺跡を探っている間にもう何枚か写しが作成されることだろう。 準備が整ったところで円平と開拓者一行は村の外へ。南に存在する地下遺跡の出入り口へと向かった。 「どこか調子が悪いのか？」 「うううん。何でもないんよ‥‥」 俯き加減に歩く針野（ib3728）を鉄龍（ib3794）が心配する。 針野を含めた何人かの開拓者にとって地下遺跡に広がる地底湖は初めて湖底姫と会った場所。その遺跡が崩壊しようとしている今、何が出来るのだろうと自問自答を続けていた。 程なくして南の地上遺跡へと辿り着く。 「何とかするんよ！」 その頃には針野は気分を入れ替えてやる気を見せていた。遠野村を守るには頑張るしかないと。 円平と開拓者一行は湖底姫と何人かの村人達に見送られながら探索を開始。封印されていた遺跡の扉を開いて階段を下りていった。 （「崩落の原因の調査かや‥‥まあ、犬の鼻が多分役に立つじゃろうて」） 松明を掲げる松戸 暗（ic0068）は足下を歩く忍犬・太郎に視線をやる。気が弱いのが玉に瑕な太郎だが、今回の依頼は探検が主である。戦いがないとは限らないものの、おそらく大丈夫だと判断して連れてきた松戸暗だ。 （「入ったばかりだというのに、すでにひび割れが見受けられます」） 地図を預かる錘（ic0801）が注目したのは以前の状態との差異である。初めて地下遺跡を歩く錘だが湖底姫から詳しく話は聞いていた。 地下遺跡の通路や階段は長方形に切り取られた石材を組み積んで作られている。石材一つ一つの大きさが場所によってまちまちなのは建造された時期が違うためだと推測された。 ヒビは探す必要がないほどそこらの石材に刻まれていた。剥がれた石材の欠片が転がっているせいで階段がとても下りにくい。 （「崩壊は確実‥‥です」） 錘の心の呟きと似たようなことを誰もが思っていた。湖底姫の言葉通り、どう補修しようと最終的には崩れてしまうのだろうと。 「奥に行きましょう」 苦い表情を浮かべる円平が暗闇の向こうを指し示す。 ひび割れて滴垂れる石造りの遺跡内を一行はさらに下ってゆくのだった。 ●不意打ち 地下遺跡は迷宮。 魔の森に閉じこめられていた頃にも村人達によって何度か探索が行われたことがある。しかしあまりに複雑な経路のせいで断念。放置され続けてきた。 そんな迷路を突破して地底湖の湖底姫と開拓者達が出会えたのは地上遺跡で発見された構造図のおかげである。今回使われている地図はその構造図の内容を加味して仕上げられたものだ。 これがなければ迷子になるのは必至。すべてを頭の中に叩き込むには難しいほどの情報量が数枚の紙に含まれていた。 探索の一行は有力な情報が得られるまでかつて湖底姫がいた地底湖を目指すことに。そこが地下遺跡の最奥であるからだ。 「まただ」 超越聴覚を持つ松戸暗の呟きから一呼吸置いて崩落の音が全員の耳に届いた。遺跡に潜ってすでに半日が経過していた。 これまでに崩落と考えられる音の発生は大小合わせて五回。これで六回目である。 「この状態ですもの。仕方がありませんわ」 ジークリンデは遺跡通路の分岐点でムスタシュィルを使用した。すでにいくつか仕掛けておいたが、今のところ瘴気を纏った侵入者は引っかかっていなかった。 「ここも損傷が激しいな‥‥崩壊が避けられないという話もどうやら‥‥‥‥‥‥？！」 「鉄龍さん、どうしたん？」 側面の石壁に触った瞬間、顔色を変える鉄龍に針野が首を傾げる。見ただけではわからなかったがかすかに震動していた。 「逃げろ‥‥崩れるぞ」 鉄龍は少しでも余計な衝撃を加えないよう押し殺したような声で仲間達に教えたが、わずかに遅かった。頭上に広がる天井の石材が次々と崩れ落ちてきた。 こうなってしまえば静かにしている意味はない。鉄龍は即座に抜いた『剣「斬鉄」』を大きく振り回す。 針野を含む仲間に落ちようとした石材を薙ぎ払った。雨のように降り注ぐ石材。一度で片づくわけもなく何度も繰り返し剣で砕いてゆく。 「円平さんのところへ集まるんだ！！」 羅喉丸が鉄龍に加勢して振り上げた足先で巨大な石材の塊を蹴り砕いた。続いて回し蹴り。小さな欠片は無視しつつ、仲間の元に落ちそうなものだけ弾き飛ばす。 埃が舞い上がり、暗闇を照らしていた松明の灯火も役に立たなくなる。 すべてを手探りで行わなければならない状況下、ジークリンデはストーンウォールを唱えて石壁を床から出現させる。 「これを壁に向かって倒してもらえるでしょうか？」 ジークリンデは視界が奪われた中で石壁を倒すように仲間達へと願う。かろうじて暗視が使える上級人妖・蓮華だけが周囲が見えていた。 『もう少し右なのじゃ！』 蓮華の指示によって錘が石壁の位置を把握する。 「何が来ても、逃げるわけにはいきません」 錘は大きな動きで『斧「トリフィド」』を構える。そして斧の刃を石壁の根本へと打ち込んだ。ようは木こりの要領。ある程度のところまで削り取り、手が空いている全員で倒すことに。 「全員で同時にやりましょう」 一心が音頭をとって石壁へと体当たり。 厚さ二十センチ、五メートル四方の石壁が通路の側壁へともたれ掛かる。暗視を使う蓮華がいま以上に石壁が倒れないかを確認。さっそく隙間への避難が行われた。 かなり狭かったもののジークリンデが石壁をもう一枚近くに作ってくれたおかげで余裕が出来る。 崩落はおそらく短い時間の出来事だったろう。しかし巻き込まれた者達にとっては非常に長い時間に感じられる。暗闇と埃のせいで視界が奪われた中、不安だけが心を蝕んだ。 やがて落下する音がまばらになってゆく。ようやく松明の明かりが役に立つようになってきた。 「ゴホ、大丈夫か？」 松戸暗から始まって点呼開始。朋友を含めて全員の無事が確認される。 「怪我が酷い方はいませんか？」 まずは仲間の回復を優先する。神座早紀が神風恩寵で癒していった。人妖の黒曜と葵も手伝ってくれる。誰もが軽傷で一同は胸を撫で下ろす。 「こちら側に穴があるようですけど」 円平が覗き込む瓦礫の箇所には確かに隙間が存在した。おそらく奥に向かっての方角に伸びている。 「通り抜けるのは難しそうですが‥‥」 隙間の状態を確かめていた錘は隣りで浮かんでいた人妖・葵と目が合う。 しばらくのにらめっこ状態の間に錘は思いつく。小柄な朋友達ならば通り抜けられるのではないかと。 地下遺跡に潜っていられる時間は限られているので朋友による探索を行うことになる。 上級人妖・蓮華、人妖・黒曜、人妖・葵、又鬼犬・八作、忍犬・太郎の五体によって朋友隊が編成された。 からくりの御神槌と月詠は円平、開拓者達と共に瓦礫撤去を手伝う。 管狐・ムニンは瓦礫の向こう側での見張り番として残ることに。小柄で瓦礫の隙間を通り抜けられて、狐の早耳でいち早く危険を察知し、飯綱雷撃で反撃の手段を持つムニンにしか頼めない仕事である。 「もしものアヤカシに注意するんよ」 針野は時折、鏡弦で周辺警戒を忘れない。 一時的に探索を受け継いだ朋友達はさっそく瓦礫の隙間を順にくぐり抜けていった。 ●朋友による探索 ふわふわと飛ぶ人妖の蓮華、葵、黒曜の三体。犬の八作と太郎の二頭は鼻を利かせながら床の上をテクテクと歩く。 『羅喉丸に妾の新たな力を見せつけてやろう』 蓮華は天井付近の穴へと顔を突っ込んだ。暗視を使ってより遠くを見通してみるが何事もない。危険を察知して逃げたのか鼠の影すらもなかった。 『瘴気ってわかるかな？ あ、ここにも通り道があるよ』 人妖・葵も様々なところを覗き込んでみる。飛翔が届かない高所へ辿り着くために壁を一生懸命によじ登ることも。 『‥‥‥‥』 黒曜は人妖でも通り抜けられない狭い隙間を人魂でリスに化けて探ってみる。 どこもかしこもヒビだらけだ。 人妖三体は空中で円になって相談する。どうしようかと悩んだが、開拓者達の話題を思い出して水音を探すことに。 湖底姫が水精霊であること、清浄の水、不浄の水など『水』まつわる話をしていたのを思い出したのである。 人妖三体はさっそく手振り身振りで犬二頭に説明を試みた。寸劇も含めて約十分経過。じっと見ていた八作と太郎が小さく吠える。 わかったのかわからないのか判断はつかなかったものの、とにかく二頭の後ろを追いかけてみた。すると水面が広がる空間へと到達する。 床を歩いていた蓮華が足を滑らせて水中へと落ちる。わらわとしたことがと自らを反省していると拍打つ音が聞こえてきた。五秒に一回、どこからともなく。 蓮華は水上に顔を出して葵、黒曜にも潜るよう頼んだ。葵、黒曜の耳にもはっきりと音が聞こえる。思い過ごしや幻聴でないのがわかったところで水中を捜索。底にある小さな穴から響いてくるのを突き止めた。 急いで戻ると警備していた管狐・ムニンが出迎えてくれた。瓦礫に人が通れる程の隙間を開けるにはもう少し時間がかかりそうな状況である。 『ここは俺がやっておくからな。相談は任せた』 『あとでもふもふー、がんばった八作もふもふー』 撤去作業はからくりの月詠と御神槌に任せて円平と開拓者達は朋友隊からの報告を静かに聞いた。 「どう考えてもその穴があやしいんよ。だけど音って一体‥‥なんやろね」 「そうだな。どこから届いているのだろうか。穴はどこに繋がっているんだ？」 針野と鉄龍はあらためて地図を確かめた。 水面の下にあった穴はどうやらかつての階段の名残のようである。階段は空間の真下に存在する通路とを繋いでいた。その通路の先を辿ってみるが途切れていて地図には載っていなかった。 「行き止まりか？ そうではなさそうだが」 「これはもっと遠くまで繋がっている感じだな」 松戸暗と羅喉丸は地図の記号を確かめる。どうやら遠野村の範囲を越えたところまで通路は繋がっているようだ。つまり遠野村と魔の森の外縁を越えていた。 「音‥‥崩壊‥‥。こんな話を聞いたことがあります。大した総重量でないにも関わらず、足踏み行進して石橋を渡ると崩れることがあると」 「そんなことがあるんですか？」 ジークリンデの話しに円平が驚きの表情を浮かべた。 「自分もどこかで聞いたことがあります‥‥。もしもの話になりますが、外部のアヤカシが音を送ることによって少しずつ遺跡を崩壊に導いていたとしたら」 一心は自分でも半信半疑だったが仮説を述べる。 「魔の森にはびこるアヤカシにとって遠野村は目の上のたんこぶに違いありません。一部だとしても瘴気の拡大をせき止めているようなものですから‥‥」 「アヤカシにとって邪魔な存在をようやく葬ることが出来るようになったということでしょうか」 神座早紀と錘は悔しそうな表情を浮かべる。そんなことのためにアヤカシは遠野村を破壊しようとしているのかと。特に神座早紀は小さな肩を震わせていた。 「‥‥許せないんよ！ 絶対に！！」 首を何度も横に振った針野が頬に大粒の涙を零す。 「この遺跡が崩壊するとしても‥‥まだだ。まだこれからだ。俺達が出来ることはたくさんあって遠野村も大丈夫だ。これこそ絶対にだからな」 鉄龍は針野を胸に抱き寄せてやさしく囁いた。 「鉄龍さんの言うとおりです。まだ終わっていません。とにかく自分達の目でも確かめてみましょう」 立ち上がった円平は瓦礫を取り除く作業を再開する。開拓者達もそれに続いた。 頑張ってくれていたからくりの御神槌と月詠はしばしの休憩に入る。 『まーなんだ。まだやりようはあるからよ。気を落とすんじゃねぇぜ』 「‥‥その通りですね」 からくりの月詠はしばし神座早紀を励ます。 『可愛いー、もふもふー。八作もふもふー』 御神槌は犬の八作を抱きしめて元気を分けてもらう。人なつっこい八作はすぐに御神槌とうち解ける。探索が大変だったのかすやすやと寝てしまうのだった。 ●そして 朋友隊が戻ってきてから二時間後。ようやく瓦礫の山に人が通れる程の穴が開通する。 一行は朋友隊が見つけた水面が広がる空間へ。ここは地底湖よりも上層に当たる場所で以前なら単なる交差路に過ぎない場所である。 「ここが崩壊の中心地ならば納得だ。ちょうど中心にあるといっていい」 羅喉丸はここを中心にして崩壊が広がったと考えていた。地図に記されたひび割れの分布と相関関係があったからである。 音は空中では聞き取りにくい。そこで何人かの開拓者は実際に水中に潜って自らの耳で音を確かめた。間違いなく拍を打つ感じで音は鳴り続けている。 仮説が正しいかどうかはわからないものの、地下遺跡に対して何らかの作用が働いているのは確かだと一行は結論づけた。 「この下をわざと崩してしまえば音の通り道が遮断されるはずです」 最終日、屈んだ円平が床を見つめる。 開拓者達は地上へと戻る前に円平の案で遠野村の敷地外へと繋がる通路を壊す作業を行った。うまくいけば崩壊までの時間を少しでも遅らせることが出来るのではないかと。 通路の破壊後、水面の穴まで戻って確認したところ音は聞こえなくなっていた。 「皆、大変じゃったな‥‥。すまぬ‥‥」 一行が地上に戻ると湖底姫が出迎えてくれた。南の地上遺跡の側でずっと待っていてくれたようだ。 遠野村へ戻る間に湖底姫へと知り得た大まかな情報が伝えられる。細かい内容については落ち着いてからだ。 開拓者達と円平はいつでも入れるようにと村人達によって沸かされた風呂に浸かる。温かい料理を頂きながら地下遺跡での出来事をあらためて語るのであった。 |
