最悪への覚悟 〜理穴〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/04/30 23:32



■オープニング本文

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 天儀本島の北西に広がる国『理穴』の首都、奏生にも開拓者ギルドは存在する。
 理穴・開拓者ギルドを任されているのが『大雪加 香織』である。
 理穴出身故に幼き頃は弓術を習っていたようだが現在の彼女が扱う武器は銃砲。ある時から砲術士に転身したようだが、その理由を語る事は滅多にない。
 理穴の東に広大な魔の森が鎮座しているのはあまりにも有名。『緑茂の戦い』に勝利したおかげで浸食は後退し、現在では抑制状態になっていた。
 その理穴北東の海岸線付近に存在する魔の森内で村が発見された。
 村長の名は『遠野円平』。まだ若いが村唯一の志体持ちである。
 村は長く魔の森に囲まれたまま存続してきたのだという。緑茂の戦いを機にして魔の森との境になる外縁が広がり、海岸付近までかなり安全に近づけるようになったらしい。
 多くの村人が外地へと転居したものの、それでも一部の者が存続を願った。儀弐王の許可を得て遠野村は理穴ギルドの預かりとなる。
 村の地下には放置された遺跡が存在していた。探検の末に地底湖が発見される。
 住まうは『湖底姫』と名乗る気位の高い女性の姿をした精霊。彼女が流す清浄の水のおかげで遠野村は魔の森に浸食されずにすんでいたのである。
 湖底姫は遠野村を人と朋友が暮らす土地にしたいと考えていた。しかし出入りにも大きな危険が伴う土地故に多くの者が難色を示す。
 そこで遠野村と海岸を隔てる魔の森の帯状の部分を排除する必要が求められた。作戦は決行され、海岸との往来を邪魔していた帯状の魔の森は消滅する。
 村は外地の山間集落から移住を招き入れた。
 さらに村の今後を考えた円平は若者四名を修行へと旅立たせる。同時期に漁船二隻と漁網数反を購入して漁を開始。遠野村沿岸は毛ガニの宝庫。だが外地へ売りに行くための手段がない。たまに訪れる理穴ギルド所属飛空船の船員達に買ってもらうしか手はなかった。
 そこで結界外郭周辺に墜落していた飛空船残骸からの宝珠回収作戦を練る。開拓者達の力を借りて無事回収に成功。朱藩安州の高鷲造船所に建造が依頼された。
 やがて春の訪れと共に大地から子もふらが産まれる。
 村の飛空船が完成するまでの期間、円平と村人三名は理穴ギルドの飛空船で操船方法を学ばせてもらう。ところが天候が崩れたある日、その飛空船が遭難してしまった。
 墜落したとの憶測も囁かれたが、飛空船はケモノの大鳥に攫われていた。開拓者の力を得て全員を巣から救出に成功。事なきを得る。
 完成した中型飛空船は『希望号』と命名される。造船所のある朱藩安州から理穴遠野村へ。途中、嵐に襲われたものの全員で乗り越えた。
 村独自の輸送手段が確立。希望号は遠野村と奏生の往復を繰り返す。
 空賊に襲わる事態も起きたが開拓者のおかげで撃退。鹵獲した空賊の青い飛空船は各所の許可を得て遠野村の所属となる。
 秋の収穫を祝う宴も開かれた。
 冬になると湖でワカサギ釣り。そして正月に備えて餅つきが行われる。開拓者によって理穴ギルドに届けられた餅は非常に好評であった。
 すべてが順調に思えていた頃にわずかな亀裂が生じる。毛ガニ漁の際、村の漁師が鮫に襲われたのである。開拓者に退治してもらったその鮫の正体はアヤカシだった。
 深刻な事態の前触れと感じた湖底姫と円平は儀弐王、大雪加との話し合いを望んだ。際どい手段を用いなければならなかったものの二人は村を来訪してくれる。
 湖底姫の口から迫る理穴の危機が告げられるのだった。


 遠野村では理穴ギルド所属、または理穴軍所属の飛空船滞在が増えていた。
 警戒強化を悟られぬよう人目を避ける意味において外部から切り離されている遠野村の土地は好都合。これが理穴東部に連なる魔の森の境界線付近だとどうしても目立ってしまうからだ。
「これで安心‥‥とはいかないところが事の深刻さを物語っているな‥‥」
 円平は着陸中の飛空船を眺めながら人ごとのように呟いた。
 この状況は緊急の事態が起こった場合に備えて、村人全員の脱出を想定した儀弐王の配慮といえた。同時にアヤカシとの攻防の最前線を示しているともいえる。
 魔の森拡大の可能性について、ただの思い過ごしであればどんなによいことかと円平は何度も心の中で呟いてきた。しかしそれは希望的観測に過ぎない。
 もしも現実に起こらないのであればそれが一番。ただ周囲を騒がせた責任はとらなくてはならないだろう。国王までを動かしたのだから。
 実際の直訴は湖底姫が行ったといえる。円平は補完をしたのみであったが責任は自らに課するものと考えていた。人の世の理は精霊ではなく人が背負うべきであると。
 円平はあらゆる意味において覚悟を決めていた。
「みなさんお代わりしてくださいね」
 円平は村人達と一緒に毛ガニを使った料理を兵達に振る舞う。
 今回は労いだが、村所有の飛空船二隻はここのところ外地からの食料輸入が主な仕事になっていた。村の備蓄や収穫だけではとても追いつかないからだ。
 飛空船側の金払いはとてもよいので一時的にせよ村全体の収入は増えていた。もっとも転居するとなれば心許ない蓄え程度であったが。
 ある日、新たな理穴ギルドの飛空船が遠野村へと到着する。強攻作戦を敢行するために。
 アヤカシに余計な刺激を与えると藪蛇になりかねないので、これまで行わなかった作戦内容である。
 少しでも事前にアヤカシの数を減らす。さらに敵の情報が得られたのならそれにこしたことはない。作戦の決行は明日に迫っていた。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
一心(ia8409
20歳・男・弓
ニクス・ソル(ib0444
21歳・男・騎
針野(ib3728
21歳・女・弓
鉄龍(ib3794
27歳・男・騎
神座早紀(ib6735
15歳・女・巫


■リプレイ本文

●魔の森の地へ
 理穴東部、海域上空を飛行するギルド所属の中型飛空船六隻。そのうちの一隻に遠野村と深く関わりのある開拓者六名が乗船していた。
 これから急襲する先は魔の森に含まれる海岸線。戦況が極端に悪くならない限り、限られた二時間で出来る限りアヤカシを倒して撤退するのが今回の作戦であった。
 遠野村を六隻が飛び立つ際、村の者達が見送ってくれた。その中には村長の円平や精霊の湖底姫の姿もあった。
(「嘘、大義名分、国の軍を動かせるだけのものか。少しでもアヤカシを減らすと共に、軍を動かせるだけのものを見つけなくてはな‥‥」)
 羅喉丸(ia0347)は円平の姿を思い出しながら甲龍・頑鉄に取り付けられている龍具の点検を行う。彼の瞳にどこか覚悟を感じたのである。
 船体前部の第一甲板に立つニクス(ib0444)も羅喉丸と同じ印象を円平に持っていた一人だ。
「覚悟、か。円平、君の英断に敬意を表するよ。俺も出来るだけのことはする」
 風に吹かれながら遠ざかって小さくなってしまった遠野村を眺めるニクスが呟いた。
 飛空船六隻は魔の森の砂浜に直接着陸するのではない。安全を考慮して沖に着水する。作戦に参加する開拓者は自力で上陸しなければならないのでアーマー・エスポワールはケースに収納したままが無難といえた。
 砂浜に辿り着いてからどれだけ早くアーマーを起動出来るかが戦いの鍵になるとニクスは考えていた。そのための策はすでに講じてある。
 船内の廊下では女性の声が響き渡った。
「魔の森の再拡大は看過できません! そんなの許せないんです! だから力を貸してください!」
 いつも穏やかな調子の神座早紀(ib6735)だが本日は違っていた。
 からくり・月詠を話し相手にして不満を漏らす。とはいっても個人的な理由からではなかった。これまでの理穴での戦いをふり返った上で、頑張ってきた人達を思いやる心から発露したものである。
「私は支援に集中しますので、護衛についてもらいたいんです。月詠は派手に暴れたいようですが、頼りにしてますよ」
 そういって神座早紀はからくり・月詠の右手を両手で握り視線を合わせた。
『そこまで頼りにされちゃな。俺がしっかり守ってやるから安心しろよ!』
 からくり・月詠は珍しく素直に神座早紀への協力を口にするのだった。
 一心(ia8409)は地図を再確認しに操縦室を訪れていた。
 強襲する予定の砂浜の沖はかなり昔の情報になるが遠浅のようだ。遠野村の沖もそうなのでまず間違いないだろう。
 海に飛空船が着水してから砂浜に到達するまで距離はあるものの、どうやら殆ど泳がないで済みそうである。
(「‥‥面倒なことになっていますね」)
 一心の考える面倒とは魔の森の拡大に関するものだ。このままでは遠野村が呑み込まれてしまうかも知れず、それは開拓者の誰もが望むものではなかった。腕に掴まる迅鷹・天藍が一心の心の中を読んだかのように鳴いてみせる。
 針野(ib3728)と鉄龍(ib3794)は船体後部の第二甲板で待機していた。壁を背もたれにして二人で座る。
「遠野村が平和で‥‥村の人達も湖底姫さんもずっとあのままがいいんよ‥‥」
「あの村には俺も世話になっているし、放っておけるはずがない。針野との思い出も詰まっているしな」
 俯いていた針野が鉄龍の顔を見上げた。
「だからいって一人で突っ走るのは駄目なんよ」
「‥‥できるだけそうするつもりだ」
 針野の瞳は鉄龍の言葉を信じていない様子である。それもそのはず、これまでの行いをふり返れば信じろという方が無理だ。
 飛空船で移動する分には作戦目標の魔の森海岸線はすぐである。
 海面を眼下に置きながら中型飛空船六隻は大きく旋回して進行方向を調整する。
 そして旗艦の合図と共に突入開始。午後の一時頃、作戦は始まるのだった。

●激戦
 海面に着水した六隻の中型飛空船から続々と開拓者達が飛び降りる。
 空中戦担当の開拓者達はそれぞれの龍ですでに甲板から飛び立って上空にて待機していた。
 全飛空船宝珠砲門は魔の森砂浜に向けられていたがアヤカシ側に気づかれるまで待機。望遠鏡を覗いて監視を続け、アヤカシに怪しい動きが感じられたところで斉射が開始された。
 榴弾の爆発によって砂が激しく舞い上がる。
 宝珠砲で小型のアヤカシを相手にするには無理があるものの威嚇と援護にはなる。ようは開拓者達が上陸するまでの時間稼ぎが目的だ。
 海も決して安全という訳ではなかった。
 数人の開拓者は砂浜にたどり着く前に海棲アヤカシと遭遇。着水中の飛空船にも水棲アヤカシが集って戦いが始まる。
 飛空船六隻の着水から約十分後、最初の開拓者が魔の森に含まれる砂浜へと辿り着いた。
 飛空船六隻は味方を巻き込まないよう宝珠砲の斉射を中止する。ここからが実質的なアヤカシとの戦いの始まりだといえた。
「頑鉄、まずは味方の上陸を支援するぞ。いいな」
 羅喉丸は真っ先に甲龍・頑鉄を急降下させる。龍騎している他船の仲間達も羅喉丸の後に続く。
 海からあがろうとする仲間達を狙う巨大甲虫アヤカシに対して甲龍・頑鉄が体当たりを敢行。砂煙をあげながら弾き飛ばし、さらに迫る雑魚アヤカシの打撃を霊鎧で阻止した。
 龍騎する他船の者達も羅喉丸と同じく仲間達の上陸を助ける。
「アヤカシが混乱している今のうちだ」
 ニクスはアーマーケースを砂浜に降ろしてさっそく展開する。
 中に収められていたのはアーマー・エスポワール。即座に乗り込んだニクスは迅速起動で操縦開始。それでも動けるようになるまで四十秒はかかる。その間、守ってくれたのは鉄龍と針野の二人である。
「すっごい数やね、鉄龍さん。まだまだ増えそうなんよ」
 針野のいう通りアヤカシが砂浜に集結しつつあった。砂浜の向こう側に佇む不気味な森の中にアヤカシの影が次々と浮かび上がる。
 波打ち際から森の外縁までは距離約百メートル。
 対象物を視認してから弓で攻撃するには最適な距離といえた。『鳴弦の弓』を構えた針野は芋虫アヤカシに向けて試し射つ。魔の森ではアヤカシが強化されるのでこれからの判断基準を自分の中に作るために。
「敵には事欠かないな。これから二時間、休む暇もなさそうだ」
 鉄龍は自分を襲ってきた大鮹アヤカシと対峙していた。
 槍のように伸びてきた大鮹アヤカシの足を『大剣「オーガスレイヤー」』で斬り落とす。砂地を強く蹴って吐かれた墨を避け、鮹アヤカシ本体へと急接近。眼球下に深く剣先を突き刺し左斜め下に向けて一気に斬り裂いた。
 大鮹アヤカシをちょうど倒した頃、ニクスが乗り込むアーマー・エスポワールが立ち上がる。
「おかげで助かった」
 ニクスが動かすアーマー・エスポワールが剣を持つ右手を掲げて針野と鉄龍に挨拶した。その直後、エスポワールは迫ってきた巨大飛蝗アヤカシとの戦闘に突入する。
『シヅ、毒治すよ!』
 人妖・しづるは鉄龍に近づいて解毒を施した。大鮹アヤカシの墨には毒性があり、わずかだが鉄龍にかかっていたのである。
「近寄らない、で‥!!」
 鉄龍をしづるが治している間、からくり・御神槌が守ってくれる。
 接近する船虫アヤカシを蹴り飛ばして時間を稼いだ上で制限解除による全力攻撃。上段から振り下ろした青銅巨魁剣で真っ二つにする。
「これでまだまだ戦える」
『えへへへっ』
 鉄龍に誉められた人妖・しづるは神風恩寵で回復もはかった。これで鉄龍の生命力も元通りである。
 針野は鉄龍のことを気にしながらも遠方の森から現れるアヤカシに矢を射ち続けていた。
 中型と大型のアヤカシに対しては足か目を狙う。敏捷な動きと視力を奪うためだ。小型のアヤカシについては消滅するまで攻撃の手を緩めない。必ずしも大きさのみでアヤカシの生命力が変わるのではないのだが大抵はこの判断で充分である。
 針野だけでなく他船の仲間達も森から次々と現れるアヤカシを遠隔攻撃で狙ってくれていた。
(「二時間‥‥さすがにずっと抑え込むのは難しいんよ」)
 言葉として発しなかったが、針野は焦っていた。
 作戦終了が一時間内であれば森から出てくるアヤカシを遠隔攻撃で殆ど抑え込めるだろう。しかし二時間となれば話しは別だ。
 想定していたよりもアヤカシの集まりは早い。また魔の森で強化されているのも無視出来なかった。敵が強ければそれだけ倒すのに苦労するからだ。
 打開策がないまま時は無情に過ぎてゆく。
 その頃、一心と神座早紀は波打ち際で戦っていた。敵は巨体な蟹アヤカシ。自身の身体よりも大きなハサミでの攻撃の他に泡を飛ばしてくる。
 泡の毒性はすぐに弱まるものの、触れると一定の生命力を奪ってゆく厄介な代物であった。
 ただ幸いなことに一心の装備は『弓「雷上動」』。飛距離は弓矢が断然上なので恐るるに足らずである。
「これで三体目。どこかに隠れているのかも知れませんが、目視出来る蟹のアヤカシはこれで最後ですね」
 一心が弓弦を引きながら背中側に立つ神座早紀に話しかける。
 神座早紀はギロチンシザーズで戦うからくり・月詠の援護をしながら味方の回復に努めていた。月詠の武器は奇しくもハサミ型の武器である。
「あの蟹がいなくなれば大分楽になりますね。近づいて戦えないのが一番厄介なので」
 神座早紀は『神楽舞「瞬」』をからくり・月詠にかけたあとで一心に返事した。
 蟹アヤカシの大きなハサミが根本から朽ち果てるように千切れて砂浜に落ちる。
 一心が放った矢が蟹アヤカシのど真ん中に命中。自らが吹き出した泡にまみれながら蟹アヤカシは瘴気の塵と化して消え去った。
「あれは‥‥」
 一心は沖に浮かぶ自分達が乗ってきた中型飛空船からの銅鑼の音に気がついた。緊急要請を報せるものである。
「自分達が乗ってきた飛空船がアヤカシの集中攻撃にあっているようです。天藍!」
 一心は上空で周辺警戒していた迅鷹・天藍を呼び寄せる。友なる翼で合体して背中から輝く翼を伸ばす。
「私と月詠も一旦戻りますので!」
 浮かんだ一心に声をかけた神座早紀がからくり・月詠と共に海の中へと駆ける。
 輝く翼で空中を駆けて甲板に降りた一心は迅鷹・天藍と分離する。そして波間に鮫の背びれを発見した。その数二体。以前に遠野村沿岸に現れた鮫よりも大型に感じられる。
 飛び魚のようなアヤカシにも襲われていたが、そちらは飛空船に残っていた仲間に任せて一心は鮫と戦うことにした。
「無理なようですね‥‥」
 弓矢で倒そうとした一心だが鮫アヤカシは海面に姿を晒さなくなる。
 波の動きに関係なく時折飛空船が大きく揺れるのは、鮫アヤカシ二体による体当たりと考えられた。今はまだ耐えているがいつかは船底に穴が空く。
 砂浜で多くの仲間が戦っている以上、見捨てるように飛空船が飛び立つ訳にはいかなかった。そんな真似をすれば志気に大きく関わる。
 一心は甲板に隠しておいた『槍「疾風」』を手に取り、水中呼吸器を口に銜えて海へと飛び込んだ。戦いが収束気味になってから海中を仲間と調査するつもりでいたのだが前倒しである。
 海面から海底まで四メートル前後といった特殊な状況下。鋭い歯をこれ見よがしに見せつけながら鮫アヤカシ・壱が一心へと接近してきた。
 しかしそれは牽制。本気の攻撃は背後から。
 一心は自分の後頭部を囓ろうとした鮫アヤカシ・弐を間一髪のところで避ける。
 鮫二体が仕掛けてきた攻撃を避けた頃、神座早紀とからくり・月詠が現れた。
 からくり・月詠はさっそく制限解除で全力攻撃開始。ギロチンシザーズで鮫アヤカシ・弐の尾びれを切り刻む。おかげで一心は鮫アヤカシ・壱に集中出来るようになった。
 神座早紀は神風恩寵で傷ついた一心を癒したあとで飛空船の甲板へとあがる。直接攻撃は前衛に任せて完璧な支援こそ自らの役割だと判断したからである。
(「この鮫のように海棲アヤカシは一体どこから来ているのでしょうね‥‥。んっ? 何でしょう?」)
 海中の一心は鮫アヤカシ・壱と対峙しながらいきなりの冷たさに驚く。理由はわからないものの今は気にしている余裕はなかった。
 一心が放った槍攻撃は鮫アヤカシ・壱のエラの部分に命中する。さらに深く突き刺して鮫アヤカシ・壱に取り憑いた。抜いては刺してを繰り返し、弱ったところで渾身の一撃は叩き込む。はらわたが破れた鮫アヤカシ・壱は瘴気を撒き散らしながらもだえ苦しんだ。やがて動かなくなると完全に黒き塵へと還元する。
 からくり・月詠もかなりのところまで鮫アヤカシ・弐を追い込んでいた。
 ヒレを含めた鮫アヤカシ・弐の背中の部分を月詠のハサミが大きく削いだところで勝負は決す。鮫アヤカシ・弐も瘴気の塵に戻って最後には跡形もなく消え去った。
 その頃、海岸の砂浜ではニクスが駆るアーマー・エスポワールと大型蜘蛛アヤカシとの戦いが繰り広げられていた。
 足が長いせいもあるが蜘蛛アヤカシはゆうに十五メートルの大きさを誇る。
 八本あるうちの二本の足はニクスがすでに斬り落としていた。その代償として蜘蛛アヤカシが放った蜘蛛糸が絡みついてアーマー・エスポワールは左腕が使えない状態である。
「効率稼動でもそろそろ限界が近いな‥‥」
 ニクスは練力の消費を気にし始めた。
 この蜘蛛アヤカシを駆鎧以外の戦力で倒そうとするのならば、かなりの犠牲を覚悟しなければならなくなる。アーマーが動かなくなる前に片づけたいところであった。
「ニクス殿、加勢するぞ!」
 上空のアヤカシを倒したばかりの羅喉丸が甲龍・頑鉄と共にアーマー・エスポワールへ協力する。地上すれすれを飛びながら蜘蛛アヤカシへと一直線。羅喉丸は矢を放ち続けた。
 放たれる蜘蛛の糸攻撃に構わず、甲龍・頑鉄はそのままスタンピードによる体当たりを敢行した。
 砂を巻き上げながら吹き飛ぶ蜘蛛アヤカシ。
 甲龍・頑鉄から振り落とされた羅喉丸だが転がる勢いを殺しながら砂浜に着地する。
 弓はどこかに落ちてしまったがすぐに見つかるはずである。羅喉丸は起きあがる甲龍・頑鉄へと駆け寄った。勝負はまだついていなかったからである。
 蜘蛛アヤカシへと急接近したアーマー・エスポワールがソードを叩き込む。蜘蛛アヤカシは足の一本を犠牲に盾として使い、エスポワールの攻撃を反らす。その隙に体勢を整えた。
「‥‥頑鉄、もう一がんばりだ。ここが理穴と遠野村の明日を決める分水嶺だからな」
 羅喉丸の指示通り、翼を広げた甲龍・頑鉄は浮かんで蜘蛛アヤカシへと突進した。最初の攻撃よりも勢いはなかったものの、転げさせるには充分な威力。足が減って踏ん張りがきかなくなったせいもあるのだろう。蜘蛛アヤカシは再び砂にまみれる。
 ここぞといった針野による響鳴弓の一矢で蜘蛛アヤカシの動きが一瞬だけ止まった。
「これで決めようか」
 ニクスはアーマー・エスポワールのソードを牙を覗かせる蜘蛛アヤカシの口へと突き立てた。深く深く柄の間近まで押し込んだ。残った足をばたつかせていた蜘蛛アヤカシだがやがて静かになる。
 蜘蛛アヤカシは巨体だけあって消え去るのにかなりの時間を要した。それを待てるほどの余裕は開拓者側にはない。放置して他の敵に挑む。
 一時間が過ぎた頃、針野の予想通り開拓者側は押され気味になる。森の中から次々と現れるアヤカシに対して倒す数が追いつけずにいたからだ。
 ただ大物のアヤカシについては仲間の活躍で消滅している。その点は有利だ。
「今ならまとめて倒せるな。逃げなくていいぜ! 全滅させてやる!」
 これまでも前に前にと出て戦う鉄龍だったが全力で森の方角へと駆けていった。
「鉄龍さんってば!」
 最初は援護射撃をしていた針野だが覚悟を決めて鉄龍を追いかける。
『てつりゅ‥の大事な人‥守る』
『そっちむし、虫がいっぱいだよー!』
 その後ろを人妖・しづるとからくり・御神槌がさらに追いかけていった。
 虫アヤカシの集まりの中に飛び込む鉄龍。
 鉄龍に集ろうとする虫アヤカシを少し離れたところで射ち倒してゆく針野。
 弓に集中する針野を襲おうとするアヤカシを剣で叩き斬るからくり・御神槌。
 人妖・しづるは呪声を張り上げて鉄龍の隙を狙ってくる虫アヤカシを威嚇するのであった。

●そして
 作戦の二時間がもうすぐ過ぎようとしていた。
 沖で待機していた中型飛空船六隻は宝珠の出力をあげて波打ち際十メートルとのところまで近づいた。これ以上は船底が遠浅の海底について転覆してしまう距離である。
 旗艦が鳴らした銅鑼の音を合図に撤退開始。開拓者達は残った全力を叩き込んでアヤカシ等を怯ませた上で飛空船へと乗り込む。
 中型飛空船六隻は宝珠砲の全力斉射でアヤカシ等を威嚇して時間を稼いた。
 針野、羅喉丸、一心は最後まで弓矢による攻撃でアヤカシ等を飛空船に近づかせなかった。
 中型飛空船六隻すべてが空に舞い上がる。急速離脱して作戦は終了。飛んで追いかけてくるアヤカシはいなかった。
 怪我人こそいたものの、作戦に参加した全員が生還。成功といえた。使われた消耗品については後でギルドから再支給されるらしい。
「よく頑張ったな」
 鉄龍は朋友の御神槌としづるを誉める。針野に対してはいつも世話をかけてすまないと申し訳なさそうに謝った。
「戦闘が大変でちゃんとは調べられなかったのですが、海中で水が湧いている箇所がありました。これが間近で採取した水です。塩気が少ないところからいっても真水が湧いているのでしょうね」
 船倉内でくつろいでいるとき、一心が仲間達に瓶を見せる。
「‥‥嫌な感じがします。そういえばあの辺りの海へ潜ったときに気持ちが悪くなったような‥‥」
 巫女の神座早紀が瓶を持つ一心から数歩後ずさる。
 『瘴索結界「念」』で調べてみたところ、水はかなり濃い瘴気に侵されているようだ。湖底姫が遠野村維持のために流しているのが清浄の水ならば、これは不浄の水なのではないかと神座早紀は語る。
「詳しく調べれば何かわかるかも知れないな‥‥」
 羅喉丸は一心から瓶を受け取ってよくよく眺める。
 水の入った瓶は奏生ギルドに立ち寄った際、ギルド長の大雪加に預けられるのであった。