蟹と鮫 〜理穴〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/02/14 20:51



■オープニング本文

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 天儀本島の北西に広がる国『理穴』の首都、奏生にも開拓者ギルドは存在する。
 理穴・開拓者ギルドを任されているのが『大雪加 香織』である。
 理穴出身故に幼き頃は弓術を習っていたようだが現在の彼女が扱う武器は銃砲。ある時から砲術士に転身したようだが、その理由を語る事は滅多にない。
 理穴の東に広大な魔の森が鎮座しているのはあまりにも有名である。『緑茂の戦い』に勝利したおかげで浸食は後退し、現在では抑制状態になっていた。
 とはいえ過去には悲惨な現実が数多ある。魔の森に呑み込まれていった町や村、集落がどれほどあったことか。
 その理穴北東の海岸線付近に存在する魔の森内で村が発見された。
 長く魔の森に囲まれたまま存続してきたのだという。緑茂の戦いを機にして魔の森との境になる外縁が広がり、海岸付近までかなり安全に近づけるようになった。そこで取り残された人々は手紙を足に結びつけた鳩を飛ばし続けた。
 そのうちの一羽が大型飛空船『角鴟』で警戒中の大雪加に助けられる。そのおかげで五十九名が無事救出されたというのが顛末である。
 理穴の王『儀弐重音』から許可を得て魔の森に囲まれながらも呑み込まれなかった土地『遠野村』は当分の間、理穴・ギルドの預かりとなった。
 救出に続いて地上、地下と両面からの調査が行われた。その結果、地下にある石造りの迷路の正確な地図の入手に成功する。
 探索の結果、最奥で発見されたのは地底湖。そこに住まうは『湖底姫』と名乗る気位の高い女性の姿をした精霊であった。
 湖底姫は遠野村を再び人が朋友が暮らす土地に戻したいと考えていた。しかし出入りにも危険が伴う土地故に大雪加や開拓者の何名かは難色を示す。遠野村と海岸を隔てる帯状の魔の森を排除する必要が求められた。
 作戦は周到な準備の上で決行される。
 開拓者達がアヤカシを侵攻を阻止してくれたおかげで清浄の地下水の流れ変更による土地の入れ替えは完了した。帯状の魔の森は形骸化し、アヤカシは清浄の地下水によって一掃。ただ念のための焼き払いが理穴の兵によって行われた。
 しばらくして山間集落から移住を招き入れる。七十八名、十九家族が遠野村へと移住する。さらに村の今後を考えた円平は四名の若者を奏生に修行へと旅立たせた。二名の青年は船大工修行。二名の娘は漁網作りを習うために。
 同時期に円平は漁船二隻と漁網数反を購入して毛ガニ漁を開始。遠野村沿岸は毛ガニの宝庫であった。
 毛ガニを遠方で売るためには飛空船が必要なものの、新造を買う費用を用立てるのは難しかった。
 円平と湖底姫は結界外郭周辺に墜落していた飛空船を発見して宝珠回収の作戦を練る。高価な宝珠さえあれば飛空船の建造費用をかなり抑えることが出来るからだ。
 湖底姫、そして開拓者達の力を借りて無事回収に成功。浮遊宝珠七個、風宝珠六個は中型飛空船を造るには十分な数と能力といえた。造船に関しては開拓者お勧めの朱藩安州・高鷲造船所へと依頼される。
 やがて春の訪れと共に大地から子もふらが産まれた。遠野村の復興を予感させる出来事だ。
 飛空船建造が始まってまもなく訓練が開始された。円平を含めた遠野村の三名が理穴ギルドの飛空船へ乗船。長い空の生活を経験する。
 ところがある日、天候が崩れて飛空船もろとも遭難。乗船者は全員行方不明となってしまう。墜落したとの憶測も囁かれたが、飛空船はケモノの大鳥に攫われていた。開拓者の力を得て全員を巣から救出に成功。事なきを得る。
 やがて完成した中型飛空船は『希望号』と名付けられて初めての長距離飛行を行う。朱藩安州から遠野村へ。嵐に襲われたものの全員で協力して乗り越える。
 毛ガニを奏生で販売した帰りに襲われもしたが、稲刈りを手伝うためにたまたま開拓者達が乗り込んでいたおかげで撃退。空賊が使用していた青い飛空船はしばらくして遠野村の所属となった。
 ささやかながら秋の収穫を祝う宴も開かれる。開拓者達も手伝って共に楽しい時間を過ごす。
 冬になって湖底姫が凍らせてくれた湖でワカサギ釣り。そして正月に備えて餅つきが行われる。開拓者によって届けられた餅は理穴ギルドの職員の間で非常に好評であった。


 遠野村のカニ漁は乱獲をしないよう一週間ごとに行われていた。二隻の漁船の間に網を投げて海底の毛ガニを獲る。
「こりゃええぞ」
 漁師達は網を引っ張る手応えから大漁を予感する。まもなくそれは裏切られた。
「ん? あれは‥‥さ、鮫か!」
 毛ガニに混じってかかっていたのは全長五メートルのホホジロザメであった。このまま無理して引き揚げても仕方なく、もう一度やり直そうと網を降ろそうとする。
 鮫が前身を撓らせ、跳ねて漁船の上を舞った。間一髪のところで鮫の牙から逃れる若い漁師。鮫は漁船の甲板に落下して弾み、再び海中へ。
 ここまでなら滅多にないことだが、あり得る出来事といえる。しかし直後、信じられない光景が漁師達の前で繰り広げられた。海面が渦を巻いて漁船二隻を海の底へと引きずり込もうとしたのである。
 漁師達は一か八か手順を踏まずに無理矢理に帆を張った。大きく姿勢を崩して転覆しそうになるものの、強風のおかげで渦の箇所から大きく移動して難を逃れる。
 漁師達は漁を中止して村へと戻った。そして村長の円平の家を訪ねて報告する。
「ただの鮫ではなさそうですね。どう思いますか?」
 円平は漁師達が帰ったあとで湖底姫に相談した。
「その大きさは鮫としては普通じゃが‥‥行動から察するにアヤカシかケモノのどちらかじゃろうな。わらわの清浄の水が海にも流れておるので、薄まっているとはいえアヤカシは棲みにくいはずなのじゃが」
「だとするとケモノの鮫が有力か‥‥」
「絶対とはいいきれん。こう安穏としていると忘れがちだが遠野村を取り囲む六から七割方は魔の森じゃ。その意味ではケモノも棲みにくい海域といえる」
「どちらにしろ人に仇なす存在ならば退治しなければなりませんね」
 円平は湖底姫と話している間に鮫退治の決意を固めた。そして飛空船で理穴の首都、奏生を訪ねると協力してくれる開拓者をギルドで募集するのであった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
ルエラ・ファールバルト(ia9645
20歳・女・志
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
針野(ib3728
21歳・女・弓
鉄龍(ib3794
27歳・男・騎
神座早紀(ib6735
15歳・女・巫
松戸 暗(ic0068
16歳・女・シ


■リプレイ本文

●海の景色
 空には鉛色の雲。
 雪に覆われた遠野村へと理穴ギルド所属の飛空船が着陸する。下船した開拓者達は出迎えの円平と湖底姫と共に海辺へと赴いた。
「いつもの二隻で漁に出て、鮫に似た何かと遭遇したそうなんです。方角と距離は――」
 海からの寒風に晒されながら開拓者達はあらためて円平の口から説明を受ける。
「偶然入り込んできただけならいいんだが‥‥」
「周りの環境に変化でも出てきてるんかな?」
 羅喉丸(ia0347)と針野(ib3728)が疑問の表情を浮かべていた。ケモノならばともかくもし鮫がアヤカシならば厄介な状況になっているのではないかと。二人の会話を耳にした湖底姫が瞼を半分閉じて軽いため息をつく。
(「ふむ‥‥。どうしたものか」)
 湖底姫も似たような結論に辿り着いていたが、不安にさせないよう円平には伝えていなかった。もっとも頭の回転がよい円平のことなのでその可能性に気づいているとも考えていたが。
「こんな真冬に水中のサメとはまたやっかい極まりないのう‥‥雷撃やガチンコ漁なんかでひっぱり出せんかの?」
 松戸 暗(ic0068)は岩場へと飛び移って暗くどんよりとした海原を眺める。降りしきる雪で放っておくと頭や肩の上が真っ白になってしまう。
 いくら開拓者であってもこの環境での長時間潜水は命に関わる。出来ることならば鮫を海面まで誘き寄せて戦いたい。そう考えていたのは松戸暗だけではなかった。
「鮫が出るなんて穏やかじゃないですね。ケモノかアヤカシか解りませんが、カニ漁の邪魔はさせませんよ!」
 神座早紀(ib6735)は円平に作戦に必要な鶏の提供を願う。より正しくは鶏の血だ。
 普通の鮫かケモノならば血のにおいを嗅ぎつけて誘き寄せることが出来るはず。またアヤカシについては不確定だが、人の血と間違えて寄ってきてもおかしくはなかった。絶対ではないがアヤカシは元となった生物に似た特性を備えている場合が多いからだ。
「その鮫がケモノであれば豊富な餌につられて集うのも自然の摂理といえども‥‥それで漁が行えないのならば何とかせねばなりませんね」
 ジークリンデ(ib0258)は鶏の血の他に毛ガニの殻も誘き寄せる餌として用意してもらいたいと円平に頼む。毛ガニ漁の最中に襲われたのだから、謎の鮫が好物としているかも知れないと。
「どちらも用意させてもらいますね」
 円平は鶏と毛ガニ殻を準備すると了解した。どこか円平が不安げだと神座早紀とジークリンデは感じ取った。
「漁師の人達から当時の話を直接聞かせてもらいたいのですが、よろしいですか?」
「説明の枝葉の部分に重要なことが隠されているかも知れませんし‥‥そういった場を用意しましょう」
 ルエラ・ファールバルト(ia9645)の希望で現場で鮫に遭遇した漁師達を円平が集めてくれることに。鮫退治に漁船を出すのであれば彼らの協力は不可欠といえる。
(「寒い、が‥‥いや気力でカバーだ」)
 鉄龍(ib3794)は寒風に肩をすくませた。そのすぐ後、手のひらに温かさを感じる。
「わしも冷たいんよ♪」
 笑顔の針野が白い息を吐きながら鉄龍の手を両手でさすってくれた。
 ちらほらだった雪の降りが段々と酷くなってくる。一同は村へと戻って暖をとりながら鮫退治の話し合いを続けるのであった。

●鮫は何処
 凍え死ぬほどに冷たい海水を考慮し、少しでも危険を取り除くといった意味で鮫退治は晴れの日決行となる。
 開拓者到着から数えて三日目の夕方に雪が降り止んで翌日の朝から快晴。その日の午後から開拓者達と円平は二隻の漁船に分かれて海へと繰り出した。操船に関しては漁担当の村人達が引き受けてくれる。
 漁船にはルエラ、ジークリンデ、松戸暗、そして円平。それぞれに龍騎した羅喉丸、針野、鉄龍、神座早紀の四人は空から漁船を追いかけた。
 予定水域にたどり着くと漁船は錨を下ろして帆を畳んだ。但しいつでも錨を上げて帆を広げる心構えを各自保つ。海面に渦が発生したのなら即座に逃げられるように。
「この辺りだったようです! それではお願いします!!」
 円平が上空の開拓者達にも聞こえるように大声で鮫探しの開始を叫んだ。
「夕食の鶏鍋は鮫を退治して気分良く美味しく頂きたいです。ちゃんとおとめの分もありますから、一緒に頑張りましょうね」
 神座早紀は運んできた皮袋に小刀でいくつか穴を開けてから海へと投げ込んだ。中の鶏の血が広まって海を赤く染めてゆく様子が上空からでもはっきりとわかる。
(「ケモノの鮫ならば食することもできますね。フカヒレは美味といわれていますけどケモノのものはどうなのでしょうね。やはり大味なのでしょうか」)
 漁船のジークリンデも砕いた毛ガニの殻を掴んで海面へとばらまいた。広がりすぎないように低空で飛びながら。
 そして一同は鮫の出現をひたすら待つ。
(「いないようですね‥」)
 神座早紀は甲龍・おとめの背で時折、瘴索結界を使用。海中の瘴気を感じることでアヤカシを探る。
「魚や毛ガニらしき個体はいますが、鮫はまだです」
 ルエラは船の甲板に座って『心眼「集」』にて範囲内の海中すべての存在を感じ取った。
 龍騎している者は上空から海面近くに影が浮かんでいないかを警戒。船上の者達はわずかな海の変化を見逃さないよう海原から目を離さない。
 一時間が過ぎて一キロメートルほど沖へ移動し、再度鶏の血と毛ガニの殻をばらまいた。
 羅喉丸は一時休憩のために甲龍・頑鉄から漁船へと飛び降りる。
「こいつが役立てばよいのだがな」
 羅喉丸が再点検したのは竹槍を多数取り付けた大きめの枠である。
 それともう一つ、甲龍・頑鉄には鮫の身体に絡ませるための網も用意していた。こちらは古くなって用済み寸前の漁網に細工を施したものだ。
 龍騎の針野と鉄龍は漁船の停泊位置を中心にして円を描くように偵察を続ける。
「鉄龍さん、この辺りにはいなかったんよ」
 針野が弓を鳴らす鏡弦でアヤカシの存在を確かめた。
「そうか。なら今度は南側へと移動してみるか」
 鉄龍は試しに甲龍・鋼龍を海面すれすれまで低く飛ばして海を覗き込んでみたが、殆ど何も見えない。少し高みから眺めた方がまだましといえる。
 どのみち鮫が現れたのなら身体に縄をくくりつけて囮として飛び込むつもりの鉄龍であった。
 松戸暗は竹筒状の水中呼吸器を手にしながら漁船の上で鮫の襲来を待ち続けた。
(「水中呼吸器があっても人間がこの冷水の中でサメとまともに戦えるとは思えぬ。練力はカエルのジライヤにほとんど注ぎ込むかのう‥‥」)
 水中呼吸器は全員に手渡されてある。もしもの沈没に備えるために。
 雲はほんのわずかで空は快晴であったが、海はどこかどんよりとした雰囲気を醸し出していた。たまに波が弾けてかかる飛沫はやはり冷たい。
 松戸暗は海中戦のすべてを自らの朋友『ジライヤ・小野川』に託すつもりでいた。そのための策もすでに講じてある。
 移動してからさらに一時間が過ぎようとしていた。
(「どうしようか‥‥。これ以上沖に出ると普段のカニ漁の水域から外れてしまうし」)
 続行するか、それとも場所を変えるかで乗船中の円平が悩んでいると近づいてくる龍が視界に入る。
「あれは針野さん?」
 円平がよく見れば針野が大きく両手を振っていた。
「反対側からも戻ってくる龍がおるのじゃ。‥‥あれは早紀様じゃの」
 松戸暗が甲龍・おとめに乗った神座早紀が戻って来ようとしているのを円平に教えてくれる。
(「きっと鮫を発見したに違いない」)
 円平は鮫が発見されたと認識する。それぞれの探知効果範囲を考慮すると神座早紀が探っていた南東よりが怪しい。そして敵の正体はケモノではなくアヤカシであろうと。
「こちらの方角から約二十メートル先。海中から鮫らしき巨体が向かってきています!」
 ルエラは『心眼「集」』を使ってより正確なアヤカシ鮫の位置を捉える。
「移動準備、お願いします!」
 円平の叫びと同時にそれぞれ持ち場へとついていた漁師達が動き出す。錨が引き揚げられるのと同時に帆が張られた。
 鉄龍が知らせにいってくれたおかげで羅喉丸と甲龍・頑鉄も漁船の上空へと戻ってくる。
 そうこうするうちにアヤカシ鮫の二体目が探知された。先に仕掛けるのも手だが鮫二体の出方を待つことに。
 漁船の真下へと潜り込もうとするアヤカシ鮫二体。しかしそうはさせじと漁船が移動。戦いのための位置取り変更が静かに繰り返される。
 時折、海面に背びれを露出させて威嚇してくるアヤカシ鮫。跳ねずじわりじわりと圧迫感を漁船に与えてきた。それに怯まず、漁船の誰もが淡々と仕事をこなす。
 管狐・ムニンと焔纏によって同化した船上のジークリンデは機会を窺う。
「これでどうです!」
 そしてアヤカシ鮫一体が海面へと浮かんだところへアークブラストを叩き込んだ。海面が青白く輝いて出鼻をくじくことに成功する。
 一進一退の状況が続く間、開拓者達は戦闘の準備を整えた。やがてアヤカシ鮫二体は堪えきれなくなったのだろう。ついに海面へと巨大な渦を発生させる。しかも今回は二つもだ。
「落ち着いて脱出します。これは危機ではなく好機です!」
 円平がアヤカシ鮫二体に仕掛ける合図として狼煙銃を天に向けて撃つ。
 羅喉丸が用意した枠が船上の開拓者達によって海中へと投げ込まれた。漁船は二つの渦から離れようと帆を操って最大限の風を受ける。
「がんばってくださいね‥」
 神座早紀が駆る飛翔中の甲龍・おとめは縄で漁船と繋がれていた。渦に巻き込まれないよう水先案内人として引っ張り、漁船の勢いを増す。
 漁船は渦に巻き込まれないところまで無事移動を果たした。渦の勢いが収まりだした頃、開拓者達の反撃が始まった。

●アヤカシ鮫との戦い
「オンキリカクガマケンダリヤソワカ、バン、ウン、タラク、キリク、アク! ジライヤ、来い!」
 松戸暗は御札を構えて呪文を唱えた。
 彼女が立っていた場所は漁船の右舷ギリギリの甲板。
 当然ながら松戸暗はジライヤ・小野川のことをよく知っていた。冷水に入ることを納得させる手間を省くためにも御札は目前の海へと投げ込まれる。それに狭い漁船の甲板に出現させると転覆の危険も考えられた。
『がははははは! また性懲りもなく呼びつけて何じゃい、っとと!?』
 ヒレ付きの足先がほんのわずか甲板に触れていただけで、ジライヤ・小野川はそのまま海へドボン。松戸暗の考えていた通りになる。
「アヤカシの鮫がおるじゃ。倒すのに協力してくれんかの?」
『ふん、やり方は気に食わんが、海中となると人間には厳しいじゃろうのう。仕方なかろうて』
 不機嫌ながらジライヤ・小野川は松戸暗に協力を約束。海中深くへと潜っていった。松戸暗はひたすらに練力を送り続ける。
 甲板のジークリンデと管狐・ムニンは次の機会に備えていた。
「海面に鮫が現れたときが勝負です。教えてくださいね」
 ジークリンデは管狐・ムニン狐の早耳に期待する。アヤカシ鮫が再び海面へ姿を現したとき、先程以上の攻撃魔法を叩き込もうと。
 ルエラはからくり・泉に今後の船の守りを頼んだ。
「船の守りは任せます。私は鮫退治に集中しますので」
 これまでルエラとからくり・泉は協力して漁船を守りを固めてきた。
 これからは守りをからくり・泉に任せて、ルエラはアヤカシ鮫を倒すための攻撃に注力する。具体的にはジークリンデに合わせて瞬風波を海面に現れたアヤカシ鮫に叩き込むつもりである。
 漁船の守りに関しては円平も協力してくれた。開拓者ではなかったが彼も志体持ち。戦力としては十分な実力を備えていた。
 龍騎して飛翔中の神座早紀と針野は上空で監視しながら攻撃待機。羅喉丸も同じく龍騎していたが網を投げ込む体勢をとり続ける。
(「これほどの冷たさとは‥‥」)
 上着を脱いだ鉄龍は甲龍・鋼龍と自分を繋いで海中へと飛び込んだ。
 口には水中呼吸器。ようは縄が釣り糸で自分は餌の代わりといえる。但し、アヤカシ鮫に喰われてやるつもりはないので『大剣「オーガスレイヤー」』を構えて盾または身代わりとしていた。
 それまでジライヤ・小野川がアヤカシ鮫二体と海中で追いかけっこを演じていたが、一体が鉄龍に気がつく。
 まるで放たれた矢のような勢いでアヤカシ鮫・弐が鉄龍に迫った。
(「妙な感じがするな?」)
 鉄龍は高速のすれ違い攻撃を避けながらアヤカシ鮫・弐を冷静に観察する。
 ジライヤ・小野川と対峙しているアヤカシ鮫・壱と比較した場合、弐の動きに生彩は感じられなかった。弐の身体の傷はおそらく渦に流された枠の竹槍に突かれたもの。焦げた肌は雷撃によるものだろう。
 すでに弱っていたのは鉄龍にとって渡りに船といえる。それでもアヤカシ鮫・弐の衝突攻撃は鉄龍の骨まで響いた。
 ジライヤ・小野川とアヤカシ鮫・壱の海中戦も凄まじく、徐々に鉄龍と弐から離れていった。
 ジライヤ・小野川の蝦蟇張手がアヤカシ鮫・壱の右側面に命中。暴れるアヤカシ鮫・壱の尾に痛めつけられながらもジライヤ・小野川が次に放った張手は相手の鼻を捉える。
 するとアヤカシ鮫・壱が理性を失ったような奇妙な動きを繰り返した。
 これぞ好機と感じたジライヤ・小野川はアヤカシ鮫・壱に体当たりをかました後、高速泳法で海面へと急浮上する。壱が追いかけてくるの確認した上でジライヤ・小野川は勢いのまま海面を抜けて空中へと浮かび上がった。
「サメが水面に出る! みんな、攻撃準備を!」
 松戸暗が叫び、漁船に乗っていた一同が構える。ジライヤ・小野川が再び海中へと消えてゆくのと入れ替わりにアヤカシ鮫・壱が波間に浮上した。
「これならどうだ? 動けまい!」
 低空を飛んでいた甲龍・頑鉄の羅喉丸が漁網を落とす。アヤカシ鮫・壱のヒレが引っかかってうまく相手の身体を包み込んだ。
「カニ漁の邪魔はこれ以上させません!」
 ルエラが大きく上段から振りおろした『霊剣「御雷」』の先から風が放たれた。瞬風波はアヤカシ鮫・壱の胴の一部をえぐり取る。
「足りなければもう一撃、落としてもよろしくてよ!」
 さらに管狐・ムニンと同化したジークリンデのサンダーヘヴンレイの雷光が海面を走り、アヤカシ鮫・壱の身体を貫いた。
「まだ動くのか!」
 羅喉丸が『ロングボウ「ウィリアム」』で放った一矢が止めとなった。アヤカシ鮫・壱の巨体は瘴気に還って波間に散り散りになって消え去る。
 アヤカシ鮫・壱との戦いが海面付近で繰り広げられていた頃、海中も新しい展開に入ろうとしていた。
(「そろそろだ。気づいてくれよ、鋼龍」)
 鉄龍は自分を繋ぐ縄を大きく二回引っ張った。約十秒後、勢いよく海面へと引き揚げられてゆく鉄龍。縄で繋がっている上空の甲龍・鋼龍が気づいてくれた。
 追いかけてくるアヤカシ鮫・弐をいなしている間に海から引き揚げられる鉄龍。その周りを龍騎した仲間達が囲んでいた。
「今なんよ!」
 針野は鏡弦を使って海中のアヤカシ鮫・弐の動きを把握し、そこから鉄龍の行動を計っていたのである。
 針野が響鳴弓にて放った矢はアヤカシ鮫・弐に深く突き刺さるまで女性の声のような甲高い音を響き渡らせる。これによって弐の耐久性が一時的に大きく低下した。
「お願いね‥」
 神座早紀は甲龍・おとめの背で身を屈める。波を突き抜けて海面に浮かぶアヤカシ鮫・弐へとスカルクラッシュを決めた。
 アヤカシ鮫・壱は弾かれて海面を転がるように跳ねてゆく。
「ここからなら‥‥届くはず!」
 漁船の方角から駆けつけようとしていた龍騎の羅喉丸の矢がアヤカシ鮫・弐のエラ深くに突き刺さる。
「これでとどめだ!」
 甲龍・鋼龍の背から飛び降りた鉄龍はアヤカシ鮫・弐へと落下。勢いのまま大剣で弐の顎を斬りとる。
 千切れ飛んだ肉塊が黒い塵と化して四散した。アヤカシ鮫・弐の身体すべてが瘴気に還元する。二体のアヤカシ鮫は波間に消えてゆくのだった。

●懸念
 念のために他にもアヤカシ鮫がいないか、広範囲に渡って確認が行われた。さらなる三日間の探索の末に何事もなく、これにてアヤカシ鮫退治の幕は下りる。
「鮫はアヤカシだったか‥‥。どうしたものかの」
 雪がちらつく海辺を散歩しながら湖底姫が呟いた。
「どうって‥‥別の姫のせいでもないから気にする必要はないよ」
 円平は落ち込む湖底姫を励まそうとしたが思う通りにはいなかった。
「理由はわからぬ。まったくわからぬが‥‥妙であることは確かじゃ。円平よ、大雪加殿にどうか文をしたためておくれ。話し合いがしたいと。人の道理としては、わらわから足を運ぶべきなのじゃろうが、土地に縛られたこの身では適わぬ。来訪をお願いしてたもれ」
「‥‥‥‥わかった。姫がそういうのならばそうしよう。おそらく承諾してくれるだろうさ」
 湖底姫の願い通り、円平は大雪加宛の手紙をしたためて帰りの開拓者達に預ける。
 帰路の途中、理穴奏生のギルドへと立ち寄って大雪加と接見。そして開拓者達は円平からの手紙を渡す。
(「これは‥‥。私に届けて欲しいという意味でしょうか?」)
 開拓者達が去った後、封を開けた大雪加が真っ先に気づいたのは中に入っていたもう一通の封。それは理穴の女王である儀弐重音宛になっていた。
 自分宛の手紙を開いて円平と湖底姫の真意を確かめる大雪加であった。