安州から遠野村〜理穴〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/23 21:01



■オープニング本文

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 天儀本島の北西に広がる国『理穴』の首都、奏生にも開拓者ギルドは存在する。
 理穴・開拓者ギルドを任されているのが『大雪加 香織』である。
 理穴出身故に幼き頃は弓術を習っていたようだが現在の彼女が扱う武器は銃砲。ある時から砲術士に転身したようだが、その理由を語る事は滅多にない。
 理穴の東に広大な魔の森が鎮座しているのはあまりにも有名である。『緑茂の戦い』に勝利したおかげで浸食は後退し、現在では抑制状態になっていた。
 とはいえ過去には悲惨な現実が数多ある。魔の森に呑み込まれていった町や村、集落がどれほどあったことか。
 その理穴北東の海岸線付近に存在する魔の森内で村が発見された。
 長く魔の森に囲まれたまま存続してきたのだという。緑茂の戦いを機にして魔の森との境になる外縁が広がり、海岸付近までかなり安全に近づけるようになった。そこで取り残された人々は手紙を足に結びつけた鳩を飛ばし続けた。
 そのうちの一羽が大型飛空船『角鴟』で警戒中の大雪加に助けられる。そのおかげで五十九名が無事救出されたというのが顛末である。
 理穴の王『儀弐重音』から許可を得て魔の森に囲まれながらも呑み込まれなかった土地『遠野村』は当分の間、理穴・ギルドの預かりとなった。
 救出に続いて地上、地下と両面からの調査が行われた。その結果、地下にある石造りの迷路の正確な地図の入手に成功する。
 探索の結果、最奥で発見されたのは地底湖。そこに住まうは『湖底姫』と名乗る気位の高い女性の姿をした精霊であった。
 湖底姫は遠野村を再び人が朋友が暮らす土地に戻したいと考えていた。しかし出入りにも危険が伴う土地故に大雪加や開拓者の何名かは難色を示す。遠野村と海岸を隔てる帯状の魔の森を排除する必要が求められた。
 作戦は周到な準備の上で決行される。
 開拓者達がアヤカシを侵攻を阻止してくれたおかげで清浄の地下水の流れ変更による土地の入れ替えは完了した。帯状の魔の森は形骸化し、アヤカシは清浄の地下水によって一掃。ただ念のための焼き払いが理穴の兵によって行われた。
 しばらくして山間集落から移住を招き入れる。七十八名、十九家族が遠野村へと移住する。
 さらに村の今後を考えた円平は四名の若者を奏生に修行へと旅立たせた。二名の青年は船大工修行。二名の娘は漁網作りを習うため。
 同時期に円平は漁船二隻と漁網数反を購入して毛ガニ漁を開始。遠野村沿岸は毛ガニの宝庫であった。
 毛ガニを遠方で売るためには飛空船が必要なものの、新造を買う費用を用立てるのは難しかった。
 円平と湖底姫は結界外郭周辺に墜落していた飛空船を発見して宝珠回収の作戦を練る。高価な宝珠さえあれば飛空船の建造費用をかなり抑えることが出来るからだ。
 湖底姫、そして開拓者達の力を借りて無事回収に成功。浮遊宝珠七個、風宝珠六個は中型飛空船を造るには十分な数と能力といえた。造船に関しては開拓者お勧めの朱藩安州・高鷲造船所へと依頼される。
 やがて春の訪れと共に大地から子もふらが産まれた。遠野村の復興を予感させる出来事だ。
 飛空船建造が始まってまもなく訓練が開始された。円平を含めた遠野村の三名が理穴ギルドの飛空船へ乗船。長い空の生活を経験する。
 ところがある日、天候が崩れて飛空船もろとも遭難。乗船者は全員行方不明となってしまう。
 墜落したとの憶測も囁かれたが、飛空船はケモノの大鳥に攫われていた。開拓者の力を得て全員を巣から救出に成功。事なきを得るのだった。



 本格的な夏を前にして遠野村では村人総出で草刈りが行われていた。
「ふう‥‥。これでいつでも大丈夫だね」
「うむ。どのような船か楽しみじゃ」
 昼食時、円平はお弁当を頂きながら湖底姫とお喋りを楽しむ。
 草刈りが行われた場所は新造の中型飛空船専用離着陸用地となる。利用しやすいように毛蟹が水揚げされる海岸と村の住居周辺の中間に位置していた。
 追々整備用の小屋なども造られる予定だがまずは現物が届いてからだ。こういう場合は現物合わせが一番簡単で確実。建ててはみたものの入らなかったでは洒落にも笑い話にもならない。
 円平は新造の中型飛空船に関連して大雪加に手紙を出していた。
 手紙を読んだ大雪加は部下に命じて依頼手続きを完了させる。
 円平達は安州に出向いて中型飛空船を受け取る用意だ。なので持ち帰るためには朱藩安州の高鷲造船所から理穴北東の遠野村まで自分達で飛ばす必要がある。依頼は開拓者達にその手伝いをしてもらう内容になっていた。
 いきなりの長距離飛行になるがどのみちやらなければならなかった。人と飛空船、どちらにとっても慣らしは必要。円平はちょうどよい機会と考えたのである。
 移動にかかる日数は非常に余裕を持って一週間を計画する。夜間飛行は行わない。また宝珠出力の三分の一から二分の一を目安にして飛ばす予定であった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
御剣・蓮(ia0928
24歳・女・巫
一心(ia8409
20歳・男・弓
ルエラ・ファールバルト(ia9645
20歳・女・志
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
針野(ib3728
21歳・女・弓
神座早紀(ib6735
15歳・女・巫


■リプレイ本文

●お披露目
 真夜中の朱藩の首都、安州。
 精霊門から現れた開拓者達は徒歩で郊外の高鷲造船所へと辿り着いた。円平、大雪加に加えて遠野村の兄妹と挨拶を交わし、さっそく完成した新造飛空船を見学することとなる。
 敷地内にある中型専用格納庫の扉が開かれると一同から歓声が沸き上がった。
 薄暗くはあったが壁に設置された宝珠の灯りに照らされて新造飛空船が視認できる。
「輸送を主として設計されたと聞いています」
 大雪加が新造飛空船の性能を説明してくれた。
 船体が青と水色で塗られているのは保護色にしたため。海の上空を主に飛行することになるので空賊から見つかりにくいようにする事前の策だ。
 全長二十二メートルで全幅は平均八メートル。乗員上限数は二十名だが貨物量にも関係するので大まかなものだ。ベットは非常用も合わせて三十五名分が用意されていた。さらに積み卸しがしやすいよう荷の吊り上げ用の設備が搭載済みである。
 船体の各所には銃眼が。そこから外が狙えるよう朱藩銃十挺も用意されている。
 主兵装として宝珠砲が甲板に一門設置されているが、こちらは志体持ちでなければ扱えない代物だ。遠野村では円平のみとなる。
「これがあの宝珠が使われた飛空船か。完成、おめでとう」
「ありがとうございます」
 羅喉丸(ia0347)に背中を軽く叩かれた円平は笑顔で大いに喜んだ。
「これで無事商品の移送も出来るようになりましたね。喜ばしいことです」
「はい。毛蟹の販売がうまくいけば願ったりです」
 御剣・蓮(ia0928)も円平に祝福の言葉を贈る。
「今までのことを思い出してみると‥‥なんて言うか、『感慨深い』の一言に尽きるっさね」
「みなさんにはお世話になりっぱなしです」
 円平へと振り向いた針野(ib3728)がにっこりと笑顔を浮かべた。円平の脳裏にもこれまでの出来事が思いだされる。
 毛蟹漁や墜落飛空船からの宝珠回収。つい先頃には乗船訓練中に鳥のケモノに連れ去られる事態にまで遭っていた。それらをすべて開拓者達に助けてもらったことになる。
 思い出話は後にして新造飛空船へ乗り込んだ。
 円平が鍵を使って乗降口の厚い扉をゆっくりと開く。中は真っ暗なので提灯を手にしながら操縦室へと向かう。
「新造船の新しい匂いっていいのにゃ〜」
「これは塗料のにおいなのさー」
 パラーリア・ゲラー(ia9712)と針野は浮き浮きと足の運びが軽やかである。
「わたしもみなさんが来るのを待っていたので完成後に入るのは初めてなんです。ここを曲がれば操縦室のはず」
 円平はパラーリアと針野の後ろを歩きながら提灯を掲げて廊下の天井を仰いだ。どこにも埃一つ、染み一つない新造飛空船に彼もまた心が躍る。
「やっと完成した飛空船です。できれば何事もなく村までたどり着きたいですね」
 操縦室に到着した一心(ia8409)は中腰になって操縦の器機を眺めた。ふと横を見た時、円平と目があって微笑むのだった。
「銃は‥‥こちらですね。どれも整備が行き届いてるようです」
 ルエラ・ファールバルト(ia9645)は操縦室に備え付けの朱藩銃を確かめる。錆び一つ浮いていない真新しいものだ。
「こちらの銃は高鷲造船所の厚意で頂きました。実は宝珠砲も搭載するつもりがなかったというか、無い袖は振れなかったというか――」
 円平によれば宝珠砲についても詳しい半年ごとの使用報告提出を条件にして高鷲造船所が格安で装備してくれたのだという。試作品のようである。
「やりましたね!」
「はい!」
 神座早紀(ib6735)は円平の手を握って一緒に喜んだ。
「そうです。船の名前が決まっていないと聞いたのですが」
「よい船名が浮かばなくて。神座さんはいいのがありますか?」
「遠野村の希望を担う船なので『希望』はどうでしょう?」
「希望‥‥希望号か。よし!」
 神座早紀の提案を円平が採用する。船名は『希望号』と決まった。
 翌朝、高鷲造船所の所長に話すと『希望号』と刻まれた銘板を用意してくれる。さらに外装にも保護色を邪魔しない小ささで黄色く船名が書かれるのだった。

●旅立ちの準備
 到着の午前中は造船所の担当者から操縦に関する説明を受けた。実際に離着陸の操縦も体験する。午後からは各自準備や買い出しを行った。
「野菜は買いましたから後はお肉を探さないと」
「あちらのお店がよさそうでした。朝挽きの鶏を扱っているとか看板を掲げていましたので」
 神座早紀とルエラは食料を朱春の市場で買い込む。
「旅の間の天候が心配ですね。あ、こちらによい枝豆があります」
「その枝豆‥‥買います。包んでもらえますか」
 御剣蓮と一心は荷物運び要員として買い物につき合っていた。
 羅喉丸は飛空船乗りが多い飲み屋や飯処を選んで情報を集める。
「面白そうな話だな」
 時には酒を奢って飛空船乗りから危険な空路や噂話を聞き出す。蕎麦屋に立ち寄った際には一番の酒と蕎麦を注文した。
「理穴東部に行かなければならなくてな」
「何でそんなところに。あそこはアヤカシの巣だろ」
 蕎麦屋の店主によれば理穴東部で空賊の心配は殆どしないでよいようだ。
 アヤカシを畏れて近寄る飛空船は滅多にない。その他の地域では当然、空賊への対策が必要となる。特に物資を運ぶ飛空船は狙われやすい。
 羅喉丸は空賊の追跡を避ける方法を店主からいくつか教えてもらうのだった。
 その頃、高鷲造船所に残った大雪加は遠野村の兄妹に銃の撃ち方を教えていた。理穴出身だが大雪加は弓術師ではなく砲術士である。
 ルエラ、パラーリア、針野は円平と一緒に操縦の方法のおさらいをしていた。
「これ助かります!」
「役に立てばうれしいのにゃ。特に乱気流の切り抜け方は必見だよ〜」
 円平にパラーリアが渡したのは他の飛空船で得た知識をまとめた航海マニュアルである。春暁号の飛空船航海士としての顔を持つパラーリア自身がまとめたものだ。
 星の位置から自分たちの場所を知り、また雲の形や高さから天候を知る術などが記されていた。
「わかりやすいよう手順書に振った番号に合わせて操縦席に札を貼っておきました。慣れてきたら剥がしてください」
「これなら間違えないね。ありがとう、ルエラさん」
 ルエラは自分の中で操縦方法を読み砕いた上で手順書の再構成を行った。
 悪意はないのだうが技師はどうしても専門用語を使いたがる傾向がある。まずはそれらを平たい文に直した上で簡素化した。省いた部分も重要ではあるので定期的な点検を欠かさないよう他の頁にまとめてある。
「なるほど‥‥‥‥。これさえあればわしでも大丈夫なのさー」
 針野は操縦を交代すると聞かされて少々不安だった。しかしこれで何とかなりそうだと安心する。こうなれば逆に飛空船の操縦について興味が湧いてくる。
 安全運転第一を旨として操縦方法を復習する四人であった。

●出発
 二日目の夜明け前。
「希望号に精霊のご加護あれ」
 大雪加が音頭をとって天儀酒で出航を祝った後で一同は新造中型飛空船『希望号』へと乗り込んだ。
 巨大な台車に載る希望号は所員達の手によって格納庫から外へと運ばれる。
「翼部可動部分問題なし」
「宝珠出力解放問題なし」
 主操縦席には遠野村の兄『緑樹』、副操縦席には妹『緑葉』が座っていた。
 操船要員として大雪加と御剣蓮も操縦室内で待機する。
 円平はルエラ、パラーリアと共に機関室で宝珠の点検と監視を行う。
 残る人員は船内の各展望用小窓前へと陣取った。
 船首には針野。後部には一心。上部甲板には羅喉丸。船倉下部には神座早紀。問題が発生したのなら伝声管で操縦室に知らせる役目である。
「希望号、離陸します!」
 緑樹は日が昇るのを合図にして希望号を浮き上がらせた。
 所員達が見守る中、希望号はゆっくりと上昇ながら推進する。
 姿勢はわずかに左右前後とぶれていたがやがて収束する。設計や建造に問題があるのではなく船体のクセを操る側が覚えて補正してあげなければならなかった。この点において緑樹は優秀といえる。
「皆さん手を振っていますよ」
 船倉下部にいた神座早紀が眼下の様子を伝声管で船内に報告した。
「大切に乗らせて頂きます」
 円平は機関室で感謝の言葉を口にする。
 希望号は一旦海の上空に出た後で反転し北方を目指す。
「中途半端な航空路だとかえって空賊に狙われやすいようだ。それなら常に飛空船が行き交う航空路がいいらしい。商人達がよく使う航路は――」
 武天上空を通過して理穴中部へと入り、それから東部の遠野村へと向かう進路予定になっていた。羅喉丸が仕入れてきた情報を元に立てられる。
 船体が水平航行に移ると緊張が解かれる。甲板は操縦室に次いで人が集まる場所となっていた。
 後部甲板で見張りを続けていたのは一心。壁に寄りかかりながら座って時折空を見上げる。傍らには不意の事態に備えて『弓「雷上動」』が置かれていた。
「いい天気だな‥‥」
 この天候が続けば旅は楽に違いないと考えながら見張りを続ける一心である。
 御剣蓮と神座早紀は操縦室の壁に貼られた地図の前に立つ。
「この辺りは今日まで大丈夫ですね。ですが明後日には風が強そうです」
「北上するにつれて天候が崩れる傾向です。特に嵐には注意しましょうか」
 二人は時間を決めて交互にあまよみで周囲の天候を調べていた。わかるのは周囲一キロメートル範囲の翌々日までだが、これらの情報を基にすれば予想も立てやすい。
 針野は緑樹と主操縦席を替わって操船を行っていた。副操縦席には大雪加が座る。
「私も着陸が一番大変だと考えます」
「だとすれば今日の夕方が最初の試練さね」
 針野と大雪加は居眠りをしないよう常にお喋りをしながら操縦を行う。
 暮れなずむ頃、初日は早めに休もうと朱藩領地内の山奥への着陸体勢に入った。広い飛空船基地以外では初めての着陸だ。
「ゆっくり丁寧に‥‥」
 この時、主操縦席についていたのは緑葉。無事に拓けた草原へと着陸を果たす。
 それから野営の準備が行われた。パラーリアと円平については宝珠砲を試し撃ちする。
「あの岩を狙うのにゃ」
「了解です」
 約二百メートル先にある崖の岩を狙って円平は宝珠砲を発射した。腹に響く轟音に続いて鼓膜をつんざく破裂音。岩は粉々に崩れた。
 揺れてさらに移動する飛空船で使うのを考えれば、曲射式の宝珠砲で敵船に命中させるのは至難の業。それ故に接近戦で本領を発揮する直射式の宝珠砲が希望号には搭載されていた。
「うまく当たれば一発で轟沈だね」
「威力、高いですね。あ、見つかりました。大分ひしゃげていますけど」
 砕けた岩が散らばる場所で円平とパラーリアは球を回収する。こんな状態でも融かして再生させればまた使える。このために試射は着陸してから行ったのである。
 日が完全に暮れる前に夕食の時間となった。甲板に卓を運んで野外での食事が始まった。
「姉さんならもっと美味しく作れるんですけど。この近くに清流があって助かりました」
 神座早紀が用意してくれたのは天ぷら付きのざる蕎麦だ。
 船内で時間があるときに蕎麦を打って麺を用意し、地上に降りてから下拵え済みの食材を揚げたのである。
「そばがきは食べたことあるけど‥‥こういうの初めてです」
「美味しいです!」
 緑樹と緑葉も喜んでくれて神座早紀はよかったと呟いた。夕食が終わると瘴索結界を使いながら円平と一緒に周囲を探索してみたが、アヤカシらしき瘴気はどこにも感じられなかった。
 夜は過ぎてゆく。
「毎日こなしておけば少しずつで済むはずです」
 ルエラはまだ暗いうちに起きるとタライを抱えて川に向かい洗濯を始めた。三往復ですべての洗濯は終わり夜明けを迎える。
「風があたるのできっとすぐに乾きますね」
 希望号が離陸してから甲板に縄を何本か張って準備完了。洗濯を干し終わる。
 ひらひらと洗濯物を靡かせながら希望号はやがて国境上空を越えて朱藩から武天へと。天儀本島最大の国土を誇る武天は横断するだけでもかなりの日数を要す。ましてゆっくりと飛んでいればなおさらである。
 事前の予測範囲ではあったが理穴の上空に差し掛かると天候が崩れてくる。北東に進路を変えて海へ出た頃には嵐の様相を呈していた。

●遠野村への着陸
「――三、二、一、無風にゃ!」
 パラーリアは甲板で命綱をつけながら強風に晒されていた。風はどんなに強くても一定間隔で吹き止む瞬間がある。それを身体で知りながら伝声管で操縦室に報告し続けた。
 まもなく遠野村だが希望号は嵐の直中にある。
「風は主に北東から流れてきていますが乱れ気味ですね」
 一心は甲板後方に待機。吹きすさぶ強風を別の視点から報告する。
「追い風気味なので遅くします」
「了解。宝珠出力は維持」
 主操縦席には緑樹、副操縦席には緑葉が座る。
「海岸線を越えたら回り込んで。南方からの着陸をお願いします」
 円平は後方の船長席で指揮を執る。その様子を大雪加は見守った。
「浮遊宝珠は良好です」
「風宝珠もよい感じですね」
 ルエラと神座早紀は機関室で並ぶ宝珠を監視する。緑葉と連絡をとっていつでも船が全力を出せるよう心がけていた。
「この三十分が今日一日では比較的落ち着いた時間帯になります」
 操縦室の御剣蓮はあまよみで天候を確認してより正確な状況を把握しようと努める。
「空き地が見えてきたんよ。距離一キロぐらいなのさー」
 針野は操縦室の一番前の席へと座って窓に顔を近づけた。時折、鷲の目を使って眼下の様子を確認する。
「地上まで大凡三百メートル」
 羅喉丸は船倉下部の窓前に待機して地面までの距離を随時伝声管で報告し続けた。
(「もしも着陸に失敗したら‥‥」)
 緑樹は暑くもないのに多量の汗を額へと浮かべていた。ここで墜落したのならすべては水泡に帰す。絶対に失敗出来ない状況で手の震えが止まらなかった。
「大丈夫です。自分を信じてください」
 円平が緑樹の肩に手を置いて声をかける。一瞬振り向いた緑樹は円平へと頷いた。すると不思議と手の震えは止まる。
 激しい風に翻弄されながら希望号は離陸を敢行。現在は大まかに向かい風なので希望号はわずかに前進しながらの着陸方法を採った。
「距離二十、十、十二、十三、九――」
「次の無風まで二十にゃ」
 船内すべてに羅喉丸とパラーリアからの伝声管の声が響き渡った。
「二、一、無風!」
「行きます!」
 パラーリアのカウントに合わせて緑樹は浮遊宝珠の出力を弱める。三メートル程度、地面の上を滑ったものの無事着陸を果たす。
「見事じゃったぞ」
 乗降口を開くと湖底姫や遠野村の人々が出迎えてくれた。
 風呂に入って毛蟹料理を楽しんだ一同はその晩、泥のように布団へと転がった。誰もが満足げな笑顔を浮かべて眠っていたという。