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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 興志王が統べる朱藩は内々に軋轢を抱えていた。理由は様々だが、一番大きなものは興志宗末が現王に就いてから強引に行われた開国に対しての氏族の不満である。 興志王を信奉する者もそれなりにいるのだが、年輩者を中心にして未だ強固に鎖国再開を唱える氏族も少なくなかった。表向きは付き従うふりをしていても隙あらば王の寝首をかこうと画策する者さえいると噂される。 そのような情勢を承知していても興志王は呑気だ。外から銃や飛空船を採り入れた上でさらに新大陸へも足を伸ばそうとしている。もっともそれは国内をまとめる為の方便の一つだと見る向きもあったのだが。 砲術士とは火薬の炸裂によって比重の高い素材で作られた弾を飛ばす武器を操る者達を指す。時には宝珠の力が足される場合もある。 武器である銃や砲は刀などと同じく人の手によって造りだされる。銃を専門にする鍛冶を鉄砲鍛冶と呼ぶが、刀鍛冶と比べれば朱藩国内においても絶対数は少ない。 貴重な鉄砲鍛冶の中に興志王が注目していた一族がある。開国後に刀鍛冶から鉄砲鍛冶に転身した保鋼一族だ。 ところがつい先日、保鋼一族が住まう地『矢永』の領主が興志王に反旗を翻す。勝手に再びの鎖国を宣言したのである。 実力行使は最後の手段として、興志王はひとまず矢永に使者を送って鎖国撤回を申し渡した。短期間で解決するのかどうかは今のところ不透明であり、最悪の状況に備えて興志王は前もっていくつかの手を打つ。 その中の一つが開拓者ギルドに依頼した保鋼一族の脱出計画だ。保鋼一族を朱藩の首都、安州まで無事移送するのが望まれていた。 領主の息がかかった者達の目を避け、保鋼一族全員と今後に不可欠な道具類を運び出す術が開拓者達に求められるのであった。 |
■参加者一覧
守月・柳(ia0223)
21歳・男・志
白拍子青楼(ia0730)
19歳・女・巫
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
和奏(ia8807)
17歳・男・志
磨魅 キスリング(ia9596)
23歳・女・志
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
長渡 昴(ib0310)
18歳・女・砲
フィーネ・オレアリス(ib0409)
20歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●到着 夜半を過ぎた頃、開拓者八名は保鋼一族が住まう地『矢永』に到着した。遅くなったのは隠密の行動に加えて脱出の経路を調べてきたに他ならない。 脱出の障害になりそうなのは二カ所。警備の厳しい領地境と行く手を遮る川だ。保鋼一族三十一名には女子供も含まれているので無理は禁物である。綿密な作戦が求められた。 「鉄砲鍛冶もこれからの時代、必要不可欠となるのであろうな‥‥」 守月・柳(ia0223)は玲璃(ia1114)と鉄砲鍛冶の里を見回りながら呟いた。 里には独特な鉄の臭いが漂っていた。すでに炉の火は落とされていたが長年に渡って染みついてきたものが簡単に消え去るはずもない。だがいつかは染みついたすべてが風に飛ばされてしまうのだろう。外部から来た者からすればただの臭いだが、保鋼一族にとっては刀鍛冶の時代から続いた歴史の証といってよい。 (「矢永の者には義を尽くすことを忘れてはならん‥‥な」) 故郷を捨てなくてはならない保鋼一族の覚悟を思い量る守月柳だ。 「天気が崩れますね。明日の午後から夕方にかけて雨が降ります」 あまよみで天気を確認した玲璃は夜空を見上げるのをやめて守月柳に振り向く。鍛冶の道具類も運び出すので雨は避けたいところである。見回り報告の際、玲璃はここしばらくの天候についてを保鋼一族の者にも伝えた。 (「隠者はいないようですね‥‥」) 磨魅 キスリング(ia9596)は矢永周辺を見回りながら時折心眼で何者かが隠れていないかを探った。保鋼一族の重要性を領主が把握していたとすれば、予めの監視の目があってもおかしくはないからだ。だがそれは杞憂に終わる。再びの鎖国を唱える領主にとって銃砲とは取るに足らないものなのだろう。 (「これからの時代、鉄砲鍛冶は大切‥‥」) 見張りを買って出た長渡 昴(ib0310)は家々からもれる灯火を眺めた。 一気に準備を整える為に徹夜での荷造りが行われていた。近隣の町村の者にばれないようにギリギリまで控えていたようだ。今からならたとえ発覚しても矢永の役人がやってきた時には里はもぬけの殻のはずである。 「よい子はお休みですの。お歌を聞かせてあげますの」 白拍子青楼(ia0730)は荷造りに忙しい女性達に代わって一軒の家に集められた子供達を寝かしつける。忍犬の小太郎にも手伝ってもらいながら。 「この道を通れば領地の境まで見つかる事はないはずです。その前に控える川ですが――」 和奏(ia8807)は保鋼一族の統率者の自宅で地図を見せながら脱出経路と手順を説明していた。地元の意見も加えればより隙は少なくなるはずである。 「仲間によれば明日は夕方まで雨が降るそうです。出発は明日の宵の口からがよいと思います」 ジークリンデ(ib0258)もまた地図を前にして脱出計画を補足する。 「たくさんとなるとなかなか見つかりませんね」 フィーネ・オレアリス(ib0409)は月明かりの中、脱出経路付近に生えている枯れ草や枯れ葉を集めていた。枯れ草と枯れ葉で荷車ともふらを覆って目立たなくする為だ。仲間も同じ考えを持っているので手が空くと手伝ってくれる。 脱出の準備が行われている間に日が昇った。午後になって雨が降り出した頃、夜の移動に備えて多くの者が眠りに就いた。 晴れ渡った夕暮れ時、保鋼一族は瞼の裏に故郷の景色を焼き付ける。そして開拓者達の後に続いて矢永の地を後にするのだった。 ●急流 先刻まで降っていた雨のせいか、真夜中に辿り着いた川は増水していた。月明かりに照らされた川面は荒れた様子を見せる。 持ってきた樽と板によって橋を架けてみるものの、水の勢いに流されそうでそのままでは不安が残った。そこで開拓者の何人かが川の中に立って橋を支える事となる。 一気に渡らず、荷車は一両ずつだ。 (「この季節の水は非常に冷たいな‥‥」) 一番最初に川へと浸かった長渡昴は両の腕で樽を抱える。膝が川面に隠れるかどうかの深さ故に中腰でいなければならないのが結構きつい。 「任せましたよ」 そうフィーネに告げてから和奏は一番深い川の中央に立った。ジークリンデに任せたのは子供達である。水の流れというものは見かけによらず強いもので志体持ちの和奏でも気は抜けなかった。 「橋はこれで大丈夫なはず」 橋造りに貢献した玲璃もまた向こう岸近くの川中で橋の柱となる。支えると同時に大木と橋を繋ぐ縄の見張りも同時に担う。頑丈に縛り付けたはずだが、何者かに付け狙われていたとすれば細工をされてしまう危険があったからだ。 準備が整ったところで最初のもふらが牽く荷車が渡り始めた。 (「獣にも注意しなければ‥‥」) 開拓者の中で一人先に向こう岸へと渡った磨魅はもしもに備えて大剣を構える。川の流れの音が支配する空間で磨魅は精神を研ぎ澄ます。月光が届かない森の奥に敵が潜んでいないかを心眼で探るために。 「ゆっくりといきますね。心配ありませんので」 二番目に渡ったのはフィーネが牽く荷車だ。荷物の一部と子供達が乗せられていた。この荷車も枯れ草で偽装済みである。 「ほら、お月様がきれいですの」 白拍子はジークリンデが牽く荷車後方を歩いてついて行く。なるべく子供達が川面を見て怖がらないようにと気を遣う。 「すぐに渡りきりますので、しばしのご辛抱を」 守月柳は心眼で周囲の状況を探った後で荷物と老人を載せた荷車を牽いて橋を渡る。静かに速やかに。それが川渡りには求められていた。 大して時間をかけずに一行のすべてが渡りきる。だが安心と共に疲れが一気に吹きだす者も多くいた。寒中で濡れたまま歩くのは無謀なので開拓者の準備が整うまで休憩となった。 「これらを用意しておきました。疲労回復に役立つと思いまして」 ジークリンデは用意してきた水と飴を配る。川に浸かった者達の為に焚き火をしたいところだが、目立ちすぎるのでそれは取りやめられた。代わりに保鋼一族が貸してくれた服を厚着して体温が戻るのを待つ。偽装の予備用に荷車へと積んであった枯れ草の中がとても暖かかった。 心配する子供達から元気をもらった開拓者達は次第に元気を取り戻す。まだ夜明けまで時間があった。真夜中の移動は続くのだった。 ●領地境 脱出の保鋼一族と開拓者達は日が昇る前に森の中にある洞窟へと避難する。保鋼の里に辿り着くまでに探しておいた中間地点である。 このまま進むと森が途切れてしまって大人数の一行が目立ってしまうからだ。そこで明るい時間帯をこの洞窟でやり過ごし、陽が落ちた頃に再び領地境を目指す計画になっていた。 幸いに石清水のおかげで喉は潤せた。里から持ってきた最後の握り飯で腹を膨らませると睡魔が襲う。見張りを担う開拓者達も交代で身体を休めるのだった。 夕暮れ時、移動は再開される。森が途切れて草原に出る頃には日が暮れて周囲は暗くなっていた。 ここで日中でも暗い森の進行で使っていた提灯などのすべての灯火が落とされる。昼間に灯りを必要として夜にはいらないとは妙な話だが、月光さえあれば草原なら歩むのは容易かった。 さらなる慎重さをもって大人数の一行は連なって進んだ。障害物が少ない景色を眼で、興志王から借りた望遠鏡で、または心眼で探りながら。 領地境は緊張の最中。 開拓者達が助けようとしている保鋼一族のみならず鎖国の窮屈さを嫌って脱出をはかろうとする者は少なくなかった。その為にかなりの人員が周辺警戒として投入されていると噂されていた。 厄介なのは乗馬で巡回する矢永の警備兵。何度か発見されそうな危機があったものの、うまくやり過ごす。 (「あれは!」) フィーネが矢永の警備兵六名を発見し、一行は立ち止まる。即座に深い枯れ草の茂みへと移動して姿を隠した。枯れ葉、枯れ草の偽装がとても役に立つ。 (「動くに動けない状況か‥‥」) 老人を乗せた荷車の近くで守月柳は身を潜めながら心眼で周囲の状況を探った。比較的近くに矢永の警備兵らしき存在が感じられる。 (「大丈夫ですの」) 白拍子は一番小さな子供を抱きしめながらじっと耐えた。いざとなれば一気に駆けて領地境を越えなければならないが出来るだけ避けたい。矢永の警備兵が周囲から立ち去るのをひたすら待った。 (「もう少しすれば霧が出るはず‥‥」) 玲璃はあまよみで知った霧の発生をすでに仲間達へと伝えてあった。霧が濃くなる一定期間を狙えば見つからずに領地境を越えられる可能性は高くなる。その為に迷わないよう荷車や人は縄で繋がれていた。開拓者はもしもの戦闘に備えて外されてあったが。 (「今です。一気に行きましょう」) 矢永の警備兵六名が立ち去り、霧が濃くなったのを確認した和奏が合図を出す。枯れ草の茂みから抜けて領地境を一気に目指した。荷車を含めた大人数が移動している以上音が出てしまうのは仕方がないが、それでも出来るだけ静かに先を急いだ。 (「このまま何事もなく‥‥」) 先頭を早足で進んでいた磨魅は時折立ち止まっては心眼を使う。草原という立地において心眼でわかる範囲は十分とはいえない。通常の状態だと互いの視界の範囲に入ってしまうからだ。しかし夜霧という特殊条件は心眼の利点を最大限に引き出す。 (「ついて来る者はいないようです」) 殿を務めた長渡昴は徐々に薄くなってゆく霧の中で後方の確認を怠らなかった。 鎖国を望む矢永側でもわずかながら鉄砲が活用されているという。つまり鉄砲鍛冶の保鋼一族を軽視していながら頼るという矛盾を内包する。そんな体制が長続きするとは長渡昴には思えなかった。 (「いつ接触しても使える心構えを」) ジークリンデはアムルリープを唱える心の準備を整えながら敵警備兵を注意する。相手を眠らせられれば脱出の時間を稼げるからだ。 保鋼一族と開拓者達はまもなく領地境を越える。間隔を空けて地面に打たれた杭がそれを示していた。 矢永の領地を抜けてからしばらくして霧の向こうで銃声が轟く。もしかすると矢永の警備兵が気づいたのかも知れないが、一行はすでに領地境から離れた場所にあった。 「焦らなくても大丈夫だ。雨で湿っているので気をつけてな」 「手荷物があればいってください。持ちますので」 守月柳と磨魅は飛空船の乗降扉への階段を登る保鋼一族に声をかける。 「もふらさま、がんばってくれてありがとうございます」 「邪魔だったと思いますが頑張ってくれましたね」 フィーネと和奏は荷車を牽くもふらに取り付けた偽装用の枯れ葉服をとってあげる。もふらの集団も飛空船の貨物室へと乗せられた。 (「脱出経路に大きな間違いがなくてよかったです」) ジークリンデは一人の怪我人もなくここまで辿り着けた事に安堵する。 「霧が消えるのはもう少しかかるでしょう」 玲璃はあまよみで最後の天候を確認した。 「温かいご飯はやっぱりおいしいですの」 白拍子は先に船内に入って用意されていた食事を運ぶ。緊張が抜けるとお腹が空くものである。 「これですか‥‥。興志王がその腕を欲しがるのがわかります」 長渡昴は乗船して落ち着くと保鋼一族が打った銃砲を見せてもらう。 開拓者達は保鋼一族一行を待機する飛空船まで無事送り届けた。三隻に分かれて乗り込んでこの地を後にする。 飛び立ってからしばらく経っても何人かの保鋼一族の者は名残惜しそうにずっと地上を見下ろしていた。 ●そして 「今回は任せっきりになっちまったな。うまくやってくれてとても助かったぜ。さあ、食った食った! 魚がダメならいってくくれば別のもんもあるぜ」 興志王が開拓者達を招いたのは朱藩の首都、安州内の馴染みの寿司屋。自分が食べたかったのかはわからないが興志王らしいと開拓者達は肩の力を抜く。 「住み慣れた場所を離れるのは覚悟をしていたとはいえ大変そうでした。早く新しい土地に慣れてくれるとよいなと」 「なるべく近い環境を用意するつもりだ。準備はすでに整えてある」 和奏からの報告に腕を組んだ興志王が頷いた。 「俺からも是非に保鋼一族の今後の事、よろしくお願いしたい」 守月柳も興志王に保鋼一族の今後をお願いする。 「おー、わかっているぜ。任せてくれ! まあ、堅苦しい話しはこれぐらいにして、二人とも酒はいけるかい?」 興志王は和奏と守月柳が持つお猪口へと順に天儀酒を注いだ。 「こちらが興志王の銃‥‥」 「よければずっと見ていて構わねぇぜ。でも寿司もうまいぞ。ここのマグロの赤身は最高だぜ」 長渡昴は興志王が背中に担ぐ銃砲をかなりの間眺めていた。 「望遠鏡、お返しします。助かりました」 「役に立ったのならよかった。よ、大将。こちらのお嬢さんにもお勧めを握ってやってくれ」 フィーネから受け取った望遠鏡を腰に差した興志王は板前に注文する。 「ん、どうかしたか? 風邪じゃあるまいな」 もじもじと顔を真っ赤にしていた白拍子に興志王が気がつく。 「ふつつかものですけれど‥‥よろしくお願いします」 「よくわからんが、よろしくな。風邪にはまず食べることだ。たんと頼んでくれ。ここの卵焼きは絶品だぜ」 興志王は白拍子の為に大きな卵焼きを頼んだ。風邪は興志王の勘違いなのだが優しさは本物である。 「霧の中を進んでいる時は緊張しました」 「保鋼一族の方がよく話しを聞いてくれたのが印象に残っています」 玲璃と磨魅は領地境での出来事を興志王に聞かせる。 「大人数の移動は大変だからなー」 興志王は寿司をつまみながら玲璃と磨魅の話しに耳を傾けた。 「やり過ごせそうならアムルリープを。どうしてもの場合にはブリザーストームをと考えていましたが、使わずに済んでよかったです」 「矢永を刺激すると後々で面倒だからな」 玲璃、磨魅の二人との会話が終わると興志王はジークリンデとお喋りを楽しむ。 矢永の鎖国ついて興志王は簡単に終わるとは考えていなかった。労いの時間が終わった深夜、精霊門を使って神楽の都へと戻る開拓者達であった。 |