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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 興志王の姿は朱藩の首都、安州にはなかった。 今は南東の空で超大型飛空船『赤光』で未知なる新大陸を目指して奮闘している頃だろう。 安州の城には興志王専用の武器倉庫の蔵が存在する。興志王が城で入り浸る場所といえばここといってよい。 刀剣類もあるのだが多くを占めていたのが銃砲。ジルベリアから流入した火薬技術を応用し、独自改良をしている最中の武器系統だ。 装弾作業に時間をとられてしまう為に戦闘中無防備になりがちになる。だがその威力は非常に優れていた。興志王が魅力的に感じ、奨励した一番の理由だ。 朱藩の鍛冶師によって切磋琢磨日々研究が行われているものの発展途上なのは否めなかった。様々な試作が繰り返され、殆どは失敗作として廃棄される。しかし真の成功とは百や万の失敗の中から生まれるもの。そうであるのを興志王はよくわかっていた。故にかなりの試作銃が保管されていたのだが‥‥。 「まったく! 宗末ちゃんたらこんなにガラクタをためちゃって」 「ちゃん付けにすると兄ちゃん怒るよ。一応この国の『王』なんだからさ」 「そういう真夏ちゃんこそ『兄ちゃん』っていっているじゃないの」 「普段はちゃんと興志王様って呼んでいるもん! 吹き出しちゃいそうになることもあるけど‥‥ガマンしているもん!」 蔵扉の覗き窓付近で言い合いをしていたのが興志王の妹にあたる双子。栗毛の髪色をした二人の身長はあまり高くなかった。 歳は十五。姉の名は興志深紅、妹は興志真夏という。 「新大陸がどうのって出かけている間に捨てちゃいましょ。こんなに広い倉庫が手狭に感じられるなんてやっぱりおかしいわ。王様がだらしないのでは民に示しがつかないもの」 「ダメだよ! いくらなんでも勝手にそんなことしちゃ!! 深紅姉ちゃんだって収集している簪を捨てられたら怒るでしょ」 「あれはれっきとした宝物ですもの。一緒にしないで欲しいですわ」 「だ・か・ら! 兄ちゃんにとってはこれが宝物なんだってば!!」 小一時間に渡る姉妹会議の末、捨てるのは取りやめられる。その代わりせめて整理整頓をしておく事となった。 しかし片づけとはいっても銃砲一挺でもかなりの重量。女の細腕では歯が立たす、また多くの城務め者達が急遽船団に編入された為に手が足りていない。そこで姉妹はギルドへと出向き、開拓者に手伝ってもらう体制を整えるのであった。 |
■参加者一覧
紅鶸(ia0006)
22歳・男・サ
守月・柳(ia0223)
21歳・男・志
景倉 恭冶(ia6030)
20歳・男・サ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
セシル・ディフィール(ia9368)
20歳・女・陰
磨魅 キスリング(ia9596)
23歳・女・志
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
長渡 昴(ib0310)
18歳・女・砲
フィーネ・オレアリス(ib0409)
20歳・女・騎
朱華(ib1944)
19歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●蔵 「皆様、手伝いに来て頂いて助かります」 「ありがとうね〜。銃って重たくて大変なの〜」 開拓者達が朱藩安州の城を訪れると二人のそっくりな娘が出迎えてくれる。今回の依頼人、興志の双子姉妹。姉『深紅』と妹『真夏』であった。 (「この二人が興志王殿の妹御らか。姿は似ておるが性格は違うようだな」) 蔵まで案内される途中で守月・柳(ia0223)は興志姉妹の後ろ姿を眺める。やがて庭の一角に建てられた蔵まで辿り着くと門番が扉の錠前を開けてくれた。 蔵内はわずかに陽光が射し込んでいたものの、殆どの個所が暗くて見えない。興志姉妹が持ってきた蝋燭でいくつかの行灯に火を移して明るくしていった。 「はぁ‥凄い数の銃ですね‥」 闇から浮かび上がってくる雑然と置かれた木箱や袋の中身が銃だと聞かされるとセシル・ディフィール(ia9368)は言葉をもらす。 「はー‥これはまた‥」 長渡 昴(ib0310)は感嘆を呟きながらさっそく二階への階段を登り始めた。 「興志王様がご不在なのは少し残念ではありますが、ここは頑張って、帰ってきたら吃驚させたいですね」 ジークリンデ(ib0258)は開きかけの木箱の蓋をずらして中を覗いてみる。確かに銃砲がぎっしりと詰まっていた。 「掃除もここまで規模が大きくなれば、面倒になるよな‥‥」 朱華(ib1944)はため息をつきながら無造作に置かれてあった銃砲を手に取ってみるとずしりと沈む。志体持ちでも気軽には扱えない重さだ。興志姉妹の予想だと約三百挺がこの蔵にあるようだ。 「真夏様、私はあちらの方を開けてきますね」 「お願いね〜。じゃ私はこっちね」 真夏と一緒に二階へと登ったフィーネ・オレアリス(ib0409)は蔵の窓戸を開けてゆく。数が少なくまた小さいので蔵内の隅々までが明るくなる訳ではないが気持ちの問題である。それに掃除を始めれば埃が舞うはずなのでどのみち空気の入れ替えが必要であろう。 「やりがいがありますわ」 磨魅 キスリング(ia9596)は蔵内に作業場所を確保する為に一部の木箱を担いで外に運び始める。 「俺も細かいのは他の仲間に任せて荷物運びをさせてもらいましょうか」 紅鶸(ia0006)も木箱を胸で抱える。 「これだけの数を片づけるとなると考えて行動しなければ‥‥」 和奏(ia8807)は屈んで何挺かの銃砲を眺める。グネグネと銃身が曲がりくねった銃砲などどれも個性的である。 「ちっと羽休めがてら倉庫整理を手伝うかぁ‥‥って、羽休めできる量…じゃなさそうな‥」 景倉 恭冶(ia6030)は気分転換がてらに依頼を引き受けたのだが、目前に積み上げられた片づけなければならない収蔵物の量に冷や汗をたらすのだった。 ●掃除と整理 より綺麗にしてもらう為に用意された掃除の期間は三日。開拓者達は大まかな役割分担を決めていた。一気に収蔵物を移動させる時には全員で行うが、個々の担当を決めておいた方が効率的だからだ。 銃砲そのものや木箱などを運ぶ役目を選んだのが景倉恭冶、紅鶸、磨魅。 棚などの整理用の道具作りは守月柳、ジークリンデ、フィーネ、朱華。 台帳をつけて探しやすいように工夫するのが和奏、長渡昴。 セシルと興志姉妹は掃除担当である。興志姉妹は煌びやか服ではなく清掃を手伝えるような格好をしていた。 「これだけ運んでもほんの一部やね」 景倉恭冶は運び出した木箱を軒下に積み上げてゆく。雨に降られることを想定して守月柳が決めた場所がここであった。嵐でも来ない限りは大丈夫だろう。 「これなら蔵の中で作業が出来そうですね」 紅鶸は額にかいた汗を手の甲で拭う。最低限の範囲が空けばすべてを外に出さなくても作業には支障がなさそうだ。 二階にあった収蔵物の一部は外へ。残った収蔵物も手が空いている者達によって一階へと運ばれた。そしてようやく二階の清掃が始まる。 「さてっと。私は上をやりましょうか」 見上げたセシルは跳んで梁に掴まり、蔵二階の天井付近へと登り詰める。そして長年に渡って積もっていた埃を背中に担いでいた箒を手に持ち替えて床へと落としてゆく。 「さて頑張りましょうか」 深紅が襷がけをして大きな叩きを手にする。 「いくよ〜」 真夏も深紅と離れたところで埃落としである。二人とも布で顔を隠してバタパタと埃を落とす。 急いで片づけられた二階の小部屋では銃砲の整理作業が始まっている。すべての品々を屋根のない庭に出す訳にはいかなかったので、どうしても少しずつ行う必要があった。 「木箱から出す作業は任せて下さい」 磨魅は木箱から銃砲を取り出して台帳をつけている仲間達を手伝う。梃子棒で釘で打ち付けられた蓋をこじ開けて銃砲を取り出しては床に敷いたござの上に並べてゆく。 「さすがにいくらか処分した方がよさそうですけど‥‥」 そう呟いたのは銃砲に番号をつけて台帳へと特徴を記入していた和奏。勝手に捨てる訳にはいかないが、屑鉄と思われる銃砲だけは一所に集めておくつもりでいた。後は興志王の判断である。 「重量の軽減を狙った銃砲だと考えられますが、これだけ細く長い銃身だと取り扱いが難しいし、堅牢さも怪しい。ですがとても綺麗な仕上がりです‥‥」 長渡昴も和奏と同じく台帳を手にしていたが、真剣な眼差しで一挺ずつ特徴を吟味しながら作業を行っていた。思わず魅入りそうになる気持ちを抑え込んで手だけは止めなかった。 蔵の中で作業する仲間達と離れて、四人の開拓者は庭の片隅で棚作りをする。木材や釘などの必要な物はすべて用意されていたので後は作るのみだ。 「運び出しや銃も仕分けも手伝いたいが、どうやら先に棚を作って収まる場所を用意しないとどうにもならなさそうだからな」 守月柳は後で他の作業も手伝うつもりでいたがまずは棚作りだと汗を流す。墨をつけた糸をピンと張って弾き、木版へ直線を引いてゆく。それにそって鋸で伐っていった。 「棚の材料が揃っていたのはよかったな」 守月柳が伐りそろえた木材を釘打ちで組み立てていったのが朱華である。フィーネが押さえてくれている間にトントンと釘を打ちつける。 「棚が用意出来たのなら整頓作業も手伝いませんと」 フィーネは守月柳を手伝いながらも出来上がった棚を蔵の二階へと運び込んだ。 変わった方法で棚作りをしていたのはジークリンデである。 まずはすでに一階にあった棚を二階へと運び、整理をしていた台帳書きの仲間達に使ってもらう。次に取りかかったのが石版作りである。ストーンウォールで出現させた石壁を倒して運び入れ、整理整頓に使ってもらう。棚に加工するのは大変なので卓代わりや刀架、銃架の素材用に使われるのだった。 ●休み 「少し休憩しましょうか」 深紅の一言で昼食の時間となる。 「真っ昼間から刺身づくしとは豪勢だな」 朱華が唾を呑み込む。 城の一室に用意されていた食事は豪勢である。お上品とはかけ離れていた豪快な品々ばかりであったが、どれも味は逸品であった。姉妹によれば興志王の趣向らしい。 刺身ばかりではなく武天から招き寄せた料理人による肉料理も並ぶ。侍女等に頼むと膳にして運んでくれた。 「これはいけるな。こっちも」 さっそく朱華は胃袋へと押し込むように次々と食べ始めるのだった。 「あの方は普段どんなようなお振る舞いなのでしょうか?」 「兄ちゃん‥‥いや、興志王様のことだよね」 紅鶸からの疑問を耳にした真夏がしばし考えた後でいくつか答えてくれた。日中城にいる時はあの銃砲が仕舞われた蔵にいるようだ。 大抵は安州の街をぶらついていて気が向くと魚釣り。たまに超大型飛空船『赤光』を指揮して飛んでいるようだが、単なる遊びなのか政に関わるものなのかまでは真夏にはわからなかった。魚釣りについては真夏もつき合うこともあるという。深紅は苦手のようだ。 (「結構キツい作業だな。棚作りというのも」) 守月柳は食事の合間に誰にもわからないよう腰をさする。 「守月様。重い収蔵物ばかりでわたくし共だけではどうにもならず助かっております。仕事が終わった後はお酒をお持ちしますが、今はこちらで我慢してくださいませ」 若さに似合わぬ丁寧な口調で深紅が守月柳にお茶を運んできた。 「か、感謝など要らぬ‥っ! 俺はやれることをしたまで‥っだ」 ぐいっと運ばれてきた茶を飲み干して守月柳は誤魔化すのであった。 「本場の味やね、これは。特にタレが本格的」 焼かれた肉の塊を頬張っていたのは景倉恭冶。サムライの国、武天の味がよく再現されていて感心しきりだ。まだまだ力仕事はたくさん残っているので体力をつける為に肉を食べて備えるのだった。 (「蔵の中を燻すのは早めにやっておかないと――」) 和奏は食べながら掃除の段取りを考え続ける。二階を早めに終わらせたいのだが、さすがに今日のうちには無理そうであった。整理用の棚や銃架が出来上がれば一気に進むと思われるが。 とにかく台帳への記載を早めに済ませなければと和奏は心の中で呟いた。 「そうそう。興志王様ったら食べたらすぐ寝ようとするの。深紅姉ちゃんと一緒にそれは注意するんだけどね〜」 「真夏ちゃん!」 セシルの側へ移動した真夏は未だお喋りが止まらなかった。深紅にたしなめられて真夏がぺろっと舌を出す。 「興志家の御兄妹はとても仲がよいのですね」 「う〜ん。普通かな。兄ちゃんが結婚すれば変わると思うんだけど、そんな雰囲気はどこにもないし。今は銃と飛空船の赤光にご執心だからね」 『興志王様』と『兄ちゃん』がごちゃ混ぜ状態の真夏である。セシルはいろいろと兄妹の事を聞かせてもらうのだった。 「よろしければこちらを」 「これは‥‥。是非頂かせてもらいますわ」 ジークリンデが調理場の隅を貸してもらって作ったジュレを深紅が頂いた。苺は手に入らなかったので梨のジュレだ。フローズで冷やして作った冷菓である。もちろん真夏や仲間達の分も用意していた。 (「書物の整理だと勘違いしていたのですが、同じように重い物ですし、やることそのものは変わりませんね」) 食事の締めに梨のジュレを頂きながら磨魅はいろいろと考える。 (「掃除が終わったらあらためて観賞させて頂こう。特に虎の彫りがされたあの銃は見事であったな。素性もよかった。試作の品だとは思えない仕上がりだ。一体何が問題で廃棄になったのだろう‥‥」) つい掃除の途中で見かけた銃を思いだしてしまって食事が捗らなかった長渡昴である。 「午後の作業の中間にでもお茶を用意してよろしいでしょうか?」 「ええ。構いませんわ」 深紅に許可を得たフィーネは茶の用意を侍女にお願いしておく。 興志王についてフィーネが深紅に訊ねると、まるで弟のような兄だと答えが返ってくる。 かなり年齢差のある兄妹なのだが、深紅にとってはそうなのだろう。真夏に聞いてみればまた違った答えになるのかも知れない。見かけはそっくりな双子の姉妹でも考え方はかなり違うようだ。 「私にとっての姉様は憧れな感じです」 「宗末ちゃんもそのようならよかったのですが。でもまあ、ああだからこその宗末ちゃんでもあるのですけれど」 フィーネと深紅は二人で笑うのであった。 ●続く作業 一日目の午後も作業は順調に進んだが、二階のすべては終わらなかった。二日目の午前中に二階の掃除と整理が終わる。ここから二階よりも広い一階に取りかかった。 ここは一気に作業を進める為に一階にあった収蔵物の半数を外へと運んだ。そして大急ぎで掃除が行われる。後半の頃には運び出しと掃除が同時進行であった。 埃を落とし、床に集まる塵を集めて捨てる。軽く蔵内を燻した後で外に出してあるすべての収蔵品を戻す作業にとりかかる。夕方になって雲行きが怪しくなってきたものの、何とか雨が降らないうちにすべてを運び入れた。 ここで完全に日は暮れる。 朱華の希望で用意された篝火を灯し、あまり遅い時間ならない範囲で作業は続行された。 番号を銃砲に付与して台帳に記載すると所定の棚や刀架、銃架へと仕舞う。軽く錆が浮いてる銃砲は手入れされる。それらの作業は手分けして行われた。 「ハクション!!」 いつかどこかで奮戦中の興志王。大きなくしゃみを繰り返す。誰かが自分の噂をしているに違いないと考えるのだが、それは当たっていた。休憩中に興志姉妹が兄の興志王についてを語っていたからだ。 作業は三日目に入って一気に進んだ。午前の早めにすべての棚、刀架、銃架が出来上がったおかげである。全員で整理に取りかかり、暮れなずむ頃にはすべてが終わった。 分類に要した台帳は十冊にのぼる。興志王へ渡すように興志姉妹に預けられた。 「皆様の手伝いがあって整理出来た事は必ず宗末ちゃんに伝えますわ」 「ありがとうね〜。兄ちゃ‥‥興志王様、きっと喜んでくれると思うよ」 興志姉妹は開拓者達に深く礼をいう。 最後の晩餐はこの数日までのものよりさらに豪華であった。酒も呑み放題である。 たらふく食べて楽しんだ開拓者達は真夜中に城を後にする。そして精霊門で神楽の都へと帰ってゆくのだった。 |