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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 「ほんと、よいお湯だわね。このまま住みたいぐらいだわ」 「ほら、お肌つるつるだよ♪」 今、朱藩の王『興志宗末』の妹、深紅と真夏は山奥の温泉宿にいた。こっそりと身分を隠してお忍びの旅を楽しんでいたのである。 「兄ちゃんも来ればよかったのに」 妹の真夏が岩風呂に顔を半分沈めて泡を立てた。 「宗‥‥じゃなかった兄さんはここしばらく希儀にご執心ですし、仕方がありませんわ。それにあの風体‥‥すぐに誰なのかばれてしまうでしょうし」 姉の深紅は岩風呂からでて身体を洗う。 「でもさー、いくらなんでも‥‥あれ、この音‥‥」 「銃声ですわね」 興志姉妹が耳を澄ます。一呼吸空けてから悲鳴が聞こえてきた。状況はわからないものの、興志姉妹は温泉からあがって急いで着替える。 やがて山奥の村全体が野盗に襲われたのを知った。 「金目の物を全部だせ!! 隠したらどうなるかわかるな? さっきの奴と同じように血だるまにはなりたくないだろ」 荒くれ共の怒号が雪深い山奥に響き渡る。それまで小振りだった雪が、いつの間にか大降りへと変わっていた。 「深紅、どうしよう‥‥」 「いいですか。わたくしたちの正体は絶対に知られてはいけませんわ」 興志姉妹は口をつぐんでとにかくおとなしくする。 今のところ野盗の横暴は金品や食料の奪取程度で済んでいた。 だが人死にこそでていないものの、重傷を負わされた者がいる。暴力的な態度は続いており、最悪の事態になるのも時間の問題といえた。 護衛として興志姉妹に同行していた三名は志体持ち。そのうちの一名が連れてきた朋友の迅鷹を吹雪の空へと飛び立たせる。足にはしっかりと救難を求める手紙が縛り付けられていた。 報せを聞いた興志王は精霊門を使って希儀・羽流阿出州から朱藩安州に帰還する。数時間前にギルドで急遽募集をかけた開拓者達と合流を果たした。 知りうる限りの状況は山奥の村へと向かう飛空船内で語られる。 「村人の総数は約二百名。温泉宿は六カ所。温泉客の総数はわからねぇ。深紅と真夏がいる温泉宿は『のびのびの湯』とのことだ。場所は村の中心部。不幸中の幸いで、のびのびの湯から少し離れたところに小高い丘が存在する。俺はここから援護射撃をするつもりだ。銃砲の腕に自信がある者がいたら手伝ってくれ。それ以外の者達は宿に突入しての救出を頼めるだろうか?」 興志王が一通り説明し終えたところで開拓者側から質問がされる。強硬突入ではなく、忍び込んでの隠密行動はしないのかと。 「それも考えた。だが救助を求める手紙によれば志体持ちで手練れのシノビが野盗の中にいるらしい。確実に察知されるだろう。そうなったら妹達の命が危ねぇ」 飛空船は全速力で飛んだために四時間後には山奥の村近くまで到達する。一隻だけではなく全部で六隻。興志王配下の砲術士達である。 飛空船五隻は野盗に見つからないよう村より三キロメートル手前に着陸した。そこから先は徒歩で向かう。 配下の砲術士達には五カ所の温泉宿を任せる。興志王と開拓者達は興志姉妹が泊まる『のびのびの湯』を目指して雪中を歩き始めた。 |
■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
十 砂魚(ib5408)
16歳・女・砲
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●発覚 猛威を振るう吹雪のせいで、野盗集団は襲った山奥の村に未だ留まっていた。一時的に雪降りが穏やかになっても、すぐに荒れて視界は白く塗りつぶされる。 野盗は百名を越える大所帯なので占拠した各温泉宿に分散。野盗頭を含む上位の者達は温泉宿『のびのびの湯』に泊まっていた。 「温泉と食いもん、なかなかいいところじゃねぇか」 「頂くもん頂いたら、とっととおさらばするところだったのに。吹雪で飛空船が飛べねぇなんてよ」 「そりゃ何も積まなけりゃトンズラできるだろうさ。でも手ぶらで帰るわけにはいかねぇだろ。盗っ人の恥ってもんだ」 「ま、こんな吹雪の中。誰も来れるわけねぇからな」 徳利が転がる客室で野盗共が赤ら顔で寝転がる。 しばらくして襖の向こう側にある廊下から罵声と激しい足音が近づいてきた。 「お頭、こいつを見てくんなせぇ!」 客室に現れた下っ端が引っ張ってきた娘を畳の上に転がす。 「ん? この小娘がどうかしたのか? 俺はどちらかといえばもっと肉感的な女の方がいいんだが」 巨体の野盗頭がゆっくりと上半身を起こす。 「そういう話しをしているんじゃありませんで。ほら、この真夏って書いてある錦絵!」 下っ端が胸元から取りだした錦絵は娘にそっくり。さらに別の足音が廊下から近づいてくる。 「い、妹を返してください!」 次に客間へ飛び込んできたのは深紅であった。正体のばれた真夏が心配で追いかけてきたのである。 「こいつも」 重なっていたもう一枚の錦絵には深紅の姿がありありと描かれている。 「娘っ子達が有名なのはわかったが‥‥、だからどうした?」 「あのかぶき者で有名な興志王の妹達なんでさあ」 ここでようやく野盗頭の顔色が変わる。 「金になる?、いやそれとも面倒なことに。‥‥どっちにしろ、生かして返すわけにはいかねぇか。顔、見られちまったからな」 立ち上がった野盗頭が二人に近づこうとしたとき、またまた廊下が騒がしくなった。護衛達が興志姉妹を助けようと動いたからのである。 「仕方ありませんね。私がやりましょう」 手間取っていた様子に野盗頭の片腕である元シノビが加勢する。十数秒後には護衛全員が廊下に転がってうめき声をあげていた。 ●援護 小降りになってきたが雪は降り続けている。 野外の見張りには限界があり、野盗の見回り担当はほんのわずかだった。この機会に乗じて村への潜入に成功する。 興志王と十 砂魚(ib5408)は小高い丘の上で待機していた。防寒の服を纏って雪の上に腹ばいとなる。さらに白い布を被って息を潜めた。重石のおかげで布が飛んでいくことはなかったが激しくばたつく。 予定の時間になるまで埋伏りでやり過ごす。轟龍・風月は十砂魚が呼べばすぐに来られる後方で待機している。 眼下に広がっていたのは温泉宿『のびのびの湯』である。 広い敷地は建物ごと雪で真っ白だが、中庭に作られている岩風呂の周辺だけは違う。温泉のおかげで積雪はほんのわずかだ。但し、湯気のせいではっきりと眺めることは難しかった。風向き次第である。 「一刻も早く、片付けますの」 「そうだな。んっ? 見張り‥‥ではないが、あの武装の格好、野盗だな。なんだ立ちションか‥‥」 仲間が撃った閃光練弾の輝きで突入作戦が開始された。 十砂魚は構えた『マスケット「クルマルス」』で狙いを定め、中庭にいる野盗の右太腿に命中させる。『単動作』で銃弾を再装填。興志王も中庭沿いの廊下に現れた野盗を撃ち抜く。 閃光練弾を撃ったクロウ・カルガギラ(ib6817)以外にも、リューリャ・ドラッケン(ia8037)と朽葉・生(ib2229)が朋友に指示を出しつつ動いた。 「さっそくの大立ち回りか。ま、それが一番だな」 「援護、続けますの」 宿の建物から次々と野盗がでてくる。興志王と十砂魚は冷静に一人ずつ確実に当てていく。雪混じる強風と温泉の湯気が射撃の精度を鈍らせても、宿の者や宿泊客を撃ってはならない。 「あれは?」 風向きが変わって湯気が晴れる。十砂魚と興志王は中庭の片隅に停められていたソリ数台を見つけた。 「あのソリも狙うぞ」 「わかったですの」 ソリを破壊すれば野盗の機動力を削ぐことができる。 (「ソリだけとは思えねぇ。飛空船もあると思っていたんだが‥‥」) 興志王の疑問は的を射ている。 野盗側は近場に飛空船を隠していたが、それはのびのびの湯の敷地内ではなかった。 戦いの場は野外から温泉宿の建物内へと移行する。十砂魚は轟龍・風月を呼び寄せて加勢に向かう。 興志王も丘を離れて遊撃を始めた。 ●正門から 時は少しだけ遡る。 リューリャ、朽葉生、クロウの三名は分かれて温泉宿『のびのびの湯』の突入を目指した。 「岩風呂は中庭にあるが、熱い温泉の採り入れはこの木製管で行っている。これを辿って敷地内に突入してくれ」 『うむ』 リューリャは天妖・鶴祇に突入経路を指示して別れる。自らは正門からの突入を試みようとしていた。『鋼線「墨風」』を握りながら突入時間に合わせて少しずつ歩を進める。 「さて」 中庭に撃ち込まれた閃光練弾の輝きを合図にしてリューリャも本格的に動きだす。 野盗に襲われている村は雪かきがおろそかになっていた。新雪に沈まないよう岩や塀の上を跳んで正門へと近づく。 (「一人、いや二人か」) 正門に併設されている屯所には人影があった。窓から野外を監視している様子が窺える。 無視して通過するのも手だが警鐘を鳴らされても厄介だ。リューリャは鋼線を窓の隙間へと通して野盗・壱の身体に巻き付ける。そして力任せに野外の雪上へと引きずりだす。 「な、なんだ?」 「降伏の意思はあるか?」 壱が顔をあげてリューリャを見つめる。 「もう一度いう。降伏するか?」 二度目の問いにも無反応だった。リューリャは壱のこめかみを膝蹴りして気絶させる。 まもなく屯所内にいた野盗・弐が抜いた刀を手にして外に飛びだしてきた。 「降伏すればあまり痛い思いをしないで済むぞ?」 鋼線を弐の手首に絡みつけて握っていた刀を落とす。弐も壱と同じくリューリャに返答することはなかった。 弐の拳を避けながら顎を小突く。腹に一発。弐のこめかみにも拳を叩き込んだ。弐の口から鮮血が飛び散ったものの、舌を噛みきった様子はない。 「室内が血で汚れると後が大変だからな」 リューリャは二人を担いで屯所内まで運び、布団で簀巻きにして転がす。さらに警鐘を使えなくして突入を再開する。 「降伏すれば‥‥‥‥そんなに痛い目にあいたいのか」 残念ながら素直に降伏した野盗は一人もいなかった。 ふわふわと浮かぶ天妖・鶴祇は木製管を辿って中庭の岩風呂まで到達する。 興志姉妹が温泉好きと聞いていたので、いの一番に確認して欲しいとリューリャから頼まれていたからだ。 「や、やめてください」 「騒ぐんじゃねぇぞ」 湯気の向こう側から声が聞こえてきたので鶴祇は近づく。すると野盗・参が女中を襲おうとしていた。 『ちっさ‥‥』 鶴祇の呟きは『呪声』となって参の脳内で爆発する。眼を血走らせた参が両膝を床につけた。 鶴祇は床に落ちていた掃除用刷毛を拾いつつ、思いっきり参の後頭部を引っぱたく。倒れる際も岩風呂の角に頭をぶつけて参は完全に気を失った。 手ぬぐいで参の口に猿ぐつわをはめて手足を縛る。 『二十歳前の姉妹の泊まり客を知らぬか? お付きの者もそれなりにいたはずじゃ』 「状況はわかりませんが、つい先程、野盗の頭の元にそのような方々が連れて行かれました。こごし‥‥とかどなたかが仰っていたような」 鶴祇はすぐに理解する。どうやら興志姉妹の正体が野盗側にばれたらしい。 『木製管の通りに見張りはおらぬ。今なら安全じゃ』 女中を外へと逃がし、鶴祇は建物へと入り込む。 すぐにリューリャと接触することができたので興志姉妹のことを伝える。野盗頭が泊まる客室の位置も含めて。 「わかった。引き続き宿の者達を逃がしてくれ」 リューリャと再び別れた鶴祇は客室を回って囚われの者達を逃がしていく。野盗の一味と出くわせたときには『傾国の美貌』を使った。 『どうかお願いじゃ。それをあの者達に渡してもらえるかの』 野盗の表情から険がとれてほわんとなる。鶴祇のお願い通り、刀剣や銃砲を宿の者達に手渡すのであった。 ●突入 上級迅鷹・咫と『友なる翼』で同化した朽葉生は雪降る上空で待機していた。雪雲に近い濃い灰色の布を纏いながら眼下の温泉宿を注目し続ける。 約束通りの時間に閃光練弾が中庭で炸裂。温泉宿の屋根を突き破って内部へと入り込んだ。 (「野盗と接触したのなら戦うだけですが‥‥」) 『ベイル「翼竜鱗」』を構えつつ警戒しながら廊下を進んでいく。すると野太い声が廊下まで聞こえてきた。 「何だっ?! さっきの光は‥‥、まだ目がチカチカしやがる」 「お頭がいつも撃っている狼煙銃とは違うような」 朽葉生はそっと襖を開いて客室内を覗き込んだ。 野外を眺めていて閃光練弾の輝きを浴びたのであろう。離れていてもわかるぐらいに野盗二人の目が充血していた。隙間から『アムルリープ』を使って野盗二人を立て続けに眠らせる。 「目が覚めましたか。聞きたいことがあります。もしも大声をあげたのなら‥‥わかりますね?」 客室の中にあった布団や持っていた荒縄で野盗二人を縛り上げてから尋問開始。興志姉妹の特徴を備えた宿泊客についてを聞きだす。 「まさか興志王の姉妹だったとは」 野盗二人ははっきりと興志王の名を口にした。 (「ばれてしまったようですね。時間的余裕はないと考えた方がよいようです」) その後は野盗二人に猿ぐつわを噛ませて放置する。 次の戦闘に備えて節分豆を囓り練力を補充してから廊下へ。ちなみに後日、興志王から減った分が贈られることとなる。 (「この声?」) 廊下の窓から外を覗くと温泉客達が野盗共に追いかけられていた。目視で距離を測りつつ『アイアンウオール』を詠唱。雪上に巨大な鉄壁を出現させる。 「うあおっ!」 「ぐはっ!」 全速力で走っていた野盗共が鉄壁に正面衝突。誰もが鉄壁の根元に蹲った。中には泡を吹いて痙攣している輩も。 「お逃げなさい。大通りにでれば救助の者達がいるはずです」 朽葉生は窓から上半身を迫りだしながら温泉客達に脱出を勧める。 「状況がよく飲み込めていないのですが‥‥とにかくありがとうございます」 温泉客達は戸惑いながらもいうことを聞いて塀の外へと逃げていく。 廊下を進んだ朽葉生は曲がり角手前で人影を見かけて身構える。 「‥‥そこにいらしたのですか」 「お互い気がついてよかったな。同士討ちはたくさんだ」 朽葉生とリューリャが偶然にも合流。一緒に興志姉妹が囚われている客室を目指した。 ●窮地を救う 「行きの飛空船で交わした約束は絶対に守るからな。山中だからイワナかアユって辺りか。それとも戻ってから海の魚のほうがいいか?」 クロウは杉の木の高枝に座っていた。懐の中に収まっている猫又・ケートゥに小声で話しかけながら温泉宿『のびのびの湯』の様子を窺う。 バダドサイトで眺めれば周囲の状況は一目瞭然。仲間達が配置についたと思われる頃合いに『閃光練弾』を中庭へ撃ち込んだ。 眩しい輝きを避けつつ、クロウは枝から飛び降りて塀の内側へと着地する。 『戦陣「砂狼」』を発動させている間にケートゥが懐から抜けだす。肉球の足跡を雪上に残しつつ、クロウとの約束通り建物を目指す。 (「新年早々仕事熱心なことで‥‥まったく、ふざけやがって」) クロウは中庭に現れる野盗共に『宝珠銃「ネルガル」』で銃弾を見舞う。 時折、雪と湯気で視界が遮られる中、クロウを捕捉するのは容易ではない。反対にクロウは余裕で野盗を見つけだす。声などの音で当てることもある。 (「三人目、左足腿。‥‥次、左肩――」) 一人倒すごとに隠れる位置を変えて徐々に建物へと近づく。 「ど、どこだ。どこから撃って‥‥ぐっ!」 丘からの援護射撃も心強い。正確で緻密な銃撃によって建物の外にいた野盗が次々と排除されていった。 (「建物の中への忍び込み、成功したようですね」) ケートゥが建物内に飛び込んだのを確認したクロウは安堵のため息をつく。 建物内に潜り込んだケートゥは屋根裏の空間にまで登った。『抜足』で音を立てず歩いて移動。時折、足元から聞こえてくる会話に耳を澄ます。 「こいつら、どうしましょうか?」 「人質として残すか殺すかの判断は俺に任されているが‥‥この襲撃の状況、殺っちまった方が後腐れなさそうだな」 ケートゥは野盗二人が興志王姉妹の護衛達を始末しようとしてる場面に出くわす。 野盗・肆が刃物を手に取ったとき、天井板を突き破って部屋の床へと飛び降りる。そして襲いかかろうとしている肆に『針千本』を浴びせかけた。 肆が悲鳴を上げながら壁に寄りかかる。虚を突かれた野盗・伍は焦りつつ、抜刀してケートゥに振り下ろす。 避けたケートゥは肆の頭によじ登って野盗共をからかう。廊下に飛びだしたケートゥを肆と伍が追いかけた。 ケートゥは囮になって護衛達を危機から救ったのである。 「ケートゥ?」 薄暗い廊下の向こう側からクロウの声が聞こえる。さらに「任せろ!」と続いた。 ケートゥは多く跳ねて放物線を描く。クロウは『名刀「ズルフィカール」』を握りしめて前進。伍と激しく刃を交える。 肆が蹌踉けながらもクロウの背中に刃物を突き立てようと近づく。しかし果たせないまま転んでしまった。ケートゥが足元で『すねこすり』を使ったのである。 肆と伍を動けなくした後、クロウとケートゥは護衛達が捕らわれている部屋へと向かう。 「私たちよりも深紅様、真夏様の救出を、どうか、どうかお願いします。野盗頭がいる客室の位置はここから――」 負傷が酷くて護衛達は全員が戦えない状態にある。クロウとケートゥは大急ぎで興志姉妹の救出に向かった。 ●腹黒のシノビ 暖かく豪華な客室内にも関わらず、そこにいた者達の心は誰も震えていた。 「こんな雪に閉ざされたところに、もうやってきただと?」 戦況報告を聞いた野盗頭は同じ場所を忙しく歩き回る。 「だ、大丈夫ですわ」 「う、うん。大丈夫だよ。絶対に」 興志王の妹達は部屋の片隅で違いを励まし合う。 (「どうしたものか‥‥」) そして野盗側のシノビは今後の身の振り方を考えた。 襲撃したこの村に興志王の妹達が逗留していたのは完全な誤算だ。 山深い土地でどのように連絡したのかは不明だが、姉妹護衛の従者達がこの事態を伝えたに違いない。でなければこの迅速な対応はあり得なかった。 朱藩国そのものが動いたからには『のびのびの湯』だけではあり得ない。村全体に散らばった盗賊仲間も攻撃されているはずである。 不用意に外へでれば砲術士に狙撃されること必至。事実、野盗の下っ端達は一人として戻っていなかった。 先程から聞こえてくる物音はすべて建物内から。つまり興志王の妹達を奪還するための集団が迫りつつある。 「こちらの客室にいれば大丈夫です。さすがにここまで到達するのは不可能でしょう。ただ‥‥一応、隠してある飛空船をこの宿にまで呼び寄せておくべきです。その連絡係、私めが務めさせてもらいます」 シノビは頭も含めてこの野盗集団を切り捨てることにした。自分一人ならば脱出は容易い。他の奴らを囮にすればより成功しやすくなると判断したからだ。 「そ、そうか。庭がもう少し広ければ、この宿に飛空船を置いたものを。岩風呂を壊しても構わねぇから着陸させてくれ」 野盗頭から許可をとったシノビは微笑みながら外套を羽織る。高値で売れる物品はすでに懐へと忍び込ませてあった。 (「組織を大きくするのは大変でしたが‥‥また頭の弱そうなでくの坊を探して操ればよいのです」) 窓の戸板を開けて外の様子を窺う。この客室があるのは二階。丘から見えないように移動すれば銃撃はされないだろうと算段をつける。 窓枠に足をかけて飛びだそうとした瞬間、客室内の天井と床が突き破られた。 (「わずかに遅かったか」) シノビは窓から跳びだして外壁伝いに移動する。新雪の上を走るのはできるだけ避けたかった。 「くっ?!」 だが銃弾を肩に受けて雪面の地上へと落とされる。当てたのは丘から移動していた興志王だ。 起き上がりながらシノビは迫る上空の影に気がつく。雪を掻くようにしてその場から逃げだす。 「もしお二人を傷つけていたら、絶対に許しませんの」 轟龍・風月に龍騎していた十砂魚が『空撃砲』でシノビを転ばす。それでも立ち上がって逃げようとした。 「‥‥これでどうですか」 迅鷹・咫と同化して宙に浮かぶ朽葉生が『アムルリープ』で眠らせて、ようやくシノビは動かなくなった。 客室内では頭が力の限り暴れていた。 「体力だけは馬鹿みたいにある奴だな」 リューリャは興志姉妹を守るために『フォルセティ・オフコルト』ですべての攻撃を受けきる。盾は朽葉生から借りたものだ。 「痛てぇ!!」 猫又・ケートゥが放った針千本が背中に突き刺り、頭の動きが鈍った。 「よし!」 クロウは頭の腕に深い傷を刻み込む。馬鹿力さえ封じ込んでしまえば倒すのは造作もない。 野盗の頭も志体持ちだったのは想定外だが、従っていた中に志体持ちのシノビがいたのである。よく考えてみれば不思議ではなかった。 「宗末ちゃん!」 「にいちゃぁ〜ん」 興志王が客室内に現れると深紅、真夏が泣きながら抱きつく。 「‥‥まあ、なんだ。無事でよかったぜ」 興志王はしばらく妹達の頭を撫で続けるのであった。 ●そして 野盗を移送するためにすべての飛空船が安州へと帰っていく。 興志王と深紅、真夏。そして開拓者達は村に残って今回の疲れを癒やすことにした。 リューリャは滞在費を支払うといっていたが興志王は妙案を提示する。 依頼料を弾むのでそれで相殺しようと。本来の依頼料と宿泊費を差っ引いたほんの一部が開拓者達の懐に入った。 「これは気持ちいいな」 『よい湯じゃ』 リューリャと天妖・鶴祇は岩を間に挟んで温泉に浸かる。舞い散る雪を眺めながら熱燗の天儀酒を嗜んだ。 「温かいですの。生き返りますの」 先程まで仲間達と一緒に片付けを手伝っていた十砂魚は身体の芯まで冷えていた。それも温泉のおかげですべてが吹き飛んでいく。 ちなみに迅鷹・咫と轟龍・風月は宿の者からもらった熊肉を美味しそうに啄んでいる。 「危険な方もいましたが、命を落とした方はいなかったようでよかったです」 朽葉生は食事を頂きながら思いだす。『レ・リカル』で助けた命がある。それがとても嬉しく感じられた。 「そんなに焦らなくても、焼き魚は逃げやしないぞ。‥‥うん、うまいな」 クロウも十砂魚の隣で食事を楽しんでいた。 卓に並んでいた鮎とイワナが使われた料理を一番喜んだのは猫又・ケートゥだ。しばらくその場から動けなくなるぐらいに食べ尽くす。 興志王も岩風呂の温泉に浸かって疲れを癒やそうとする。 「何度入ってもいい湯だな」 興志王が鼻歌を唄っていると湯煙の向こうに人影が。 「あ、やっぱり兄ちゃんだ!」 「宗末ちゃんたらもう入っていたのですね。温泉に誘おうとさっきまで探していたんですよ」 「ま、いいさ。偶然だけど一緒に入れるし」 「そうですわね」 人影の正体は深紅と真夏である。 「お、お前達、年頃の娘なんだからな――」 混浴だと興志王は知らなかったようだ。 山奥の村はこうやって平静を取り戻す。野盗退治から三日後、興志王と関係者達は迎えに来た飛空船に乗って安州へと戻っていた。 |