手軽な肉料理 〜興志王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや易
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/12/19 20:55



■オープニング本文

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 朱藩の首都、安州。
「お、きたきた」
 基地に待機していた興志王が羽流阿出州から飛んできた新型輸送飛空船を出迎える。
 希儀と天儀の航空路は研究が進み、飛空船による安定した流通が確立されたといってよい。
 興志王は希儀の羽流阿出州周辺で得られた収穫物を朱藩国内でも多く流通させようと画
策。様々な策を打っていた。
 干物は魚市場を卸して売ればよかった。ただ生鮮食品に関しては難しい。精霊門は開拓者ギルドを通さなければ使えないからだ。
 致し方ないところだが、興志王は難題の一つを妙案で解決する。
「新鮮さが必要なら生きたまま連れてくればいいのさ。海産物もやりてぇところだが、まずは手を付けやすいこっちからだな」
 興志王は新型輸送飛空船の荷下ろしをを見学して満足げに笑う。
 貨物の大半は希儀で獲れた獣。どの個体も生きたままだ。飛行中に餌やりなどがしやすいように工夫が凝らされていた。
 今回輸入したのは鳥のカモとガン。ジルベリアから伝わった行事『クリスマス』で多く消費されるのではと算盤を弾いたからである。
 安州郊外に建てた厩舎で一時的に飼い、そして各地へ肉として卸された。
 実験的に直営店も経営している。安州の片隅で肉料理販売の『ノスティミア』が開店中だ。
「王様‥‥ご相談が御座いまして」
「何だ?」
 興志王がノスティミアを視察した際、責任者が店の事情を説明する。最初にカモやガンのローストは好評で店は大繁盛。持ち帰りする客も多いと話す。
「それのどこが問題なんだ?」
 興志王もカモのローストを味わう。肉汁たっぷりで美味いことこの上ない。
「おそらくこの活況はクリスマスまでで御座います。それを過ぎたのならばったりと客足が遠のくのではと‥‥」
 今の繁盛は物珍しさとカモやガンのローストをクリスマスの時期に食する風習があるといった噂のおかげ。それらが薄まるであろう年明け以降が怖いと責任者は語る。
「ま、うまいもんでも毎日食べれば飽きるよな。そりゃそうだ」
「そこでなんですが、この肉を使ってロースト以外の別の料理を提供できればと。またはロースト肉でも構いませんが形を変えてとか」
「いいんじゃねぇか。それこそ商売人だ」
「ただ、私を含めて創作に長けた者が店におりませんで‥‥」
「なるほどな。ならいい奴らを知っているぜ」
 興志王は近日中に助っ人をここに集わせるとノスティミアの責任者と約束した。次に開拓者ギルドへ遣いの者を走らせる。懇意の開拓者達を集めるために。
 彼、彼女らならば古今東西の料理を知っている。調理の腕がなくても案さえあれば構わなかった。
「本人が作れればそりゃ一番だが、そうでなくても構わねぇしな。料理人は店に揃っているのだから、この食材でこんなの作ってくれといえば再現はお手の物だろう」
 興志王は開拓者達がどのような料理を考案するのかとても期待していた。


■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂


■リプレイ本文

●お店で待っていたのは
 深夜、開拓者一行は精霊門を抜けて朱藩安州の地へ。どこへも立ち寄らずに依頼先となる肉料理店『ノスティミア』を訪ねる。
「寒かったでしょう。暖かくしていますので中へどうぞ。連れてこられた朋友は藁敷きの小屋がありますのでひとまずそちらに」
 裏口の扉を叩くとノスティミアの責任者『三須店長』が店内に入れてくれた。
「おう、よく来てくれたな」
 案内された客室には並べた椅子に寝そべる朱藩の王、興志宗末の姿が。起き上がった興志王は椅子に座り直して開拓者達を同じ卓へとつかせる。
 三須店長が台車を押して運んできたノスティミアの看板料理『鴨のロースト』を味わいながら話し合いが始まった。
 開拓者達が依頼書を読んで考えてきた案が披露される。
 最初は芦屋 璃凛(ia0303)からだ。
「うちが作るんはローストやなく『鴨のスモーク』や。平たくいえば燻製やな。その後の料理も胸の内にあるんやけど、スモークを完成せな始まらんよってに今話すんは勘弁してや」
 説明する芦屋璃凛の横で上級からくり・遠雷も鴨のローストを味わう。
 二人目はクロウ・カルガギラ(ib6817)である。
「持ち帰りに力を入れてるんだよな。まずは、このロースト肉の食べ方のバリエーションだが、チーズや野菜と一緒にパンに挟んでローストサンドを作ってみてはどうだろう?」
 クロウは神楽の都で買ってきたパンを取りだして試しに皿に残っていた鴨のローストを挟んだ。野菜はないがパンと一緒に買ったチーズならある。作った三つを全員で分けて試食してみた。
「なかなかだな。鴨ローストのタレを足したらより映えた味になるだろうさ」
 一口で食べ終えた興志王が感想を呟く。他の者達も好意的な意見を述べる。
「これなら持ち帰り、食べ歩きも問題ないはずだ」
 クロウはアル=カマル生まれとしてケバブも作るつもりのようである。
「こういった提供は如何だろうな」
 そう言い切ったのはリューリャ・ドラッケン(ia8037)だ。
「ああ、勘違いするな。味がどうこうといった意味ではない。ここは天儀本島の一国だということだ」
 天儀の地で流通させるのであれば慣れ親しんだ味を基本にした方がよい。そこから始めて工夫を凝らすべきだと彼は語った。
「主婦にとって正月を迎える時期は忙しい。そういうのが求められていると考えた。そこでこれだ」
 リューリャが荷物の中から取りだしたのは自宅から持ってきた掌に乗る小瓶である。封を開けると中には味噌が詰まっていた。
「かなりの辛さだな。トウガラシ入りか」
 興志王が匙で掬った味噌を舐める。
「この辛めの味噌を使った味噌漬け肉なら酒のつまみにもなるだろう」
 リューリャは鴨や雁の味噌漬け肉を推す。様々な料理に使えるはずだと。
 最後に案を披露したのは朽葉・生(ib2229)。彼女も天儀風の調理法を考えてきた。
「雁鍋と鴨御飯は如何でしょうか? 鍋に移して提供すれば温め直しは簡単です。食材を切り揃えてまとめたものをお持ち帰り用として販売してもよいかも知れません」
「この季節に鍋はいいな。クリスマスに鍋を食うのもいいだろう。雁や鴨はうめぇしな」
 興志王は朽葉生の説明を聞いて喉をごくりと鳴らす。
 本格的な料理創作は明朝から。興志王と開拓者達は用意された店の一室で眠りに就くのであった。

●買い物
「数が必要そうですし餅は餅屋ということで、こちらの注文通りのパンを焼いてくれるお店を探して参ります」
 翌朝、三須店長が出かける。
 興志王と開拓者達も食材店が並ぶ市場へと向かった。
 荷車を牽くのは翔馬・プラティン。市場近くの荷車や馬車が並ぶ駐車場で留守番してもらう。見張り役として輝鷹・光鷹と上級迅鷹・咫も荷車周辺に残った。からくり・遠雷は荷物運び要員として一行と行動を共にする。
「チーズ、いろいろ売ってるな。どれがどんな味なんだ?」
 興志王が店先で顎を右手でさすりながらチーズの品定めを行う。
「いらっしゃいまっ‥‥こ、興志王‥‥様?!」
 奥からやってきた売り子は客が自国の王様で瞳を丸くする。興志王が安州の街中を徘徊しているのは有名だが、食材店に立ち寄るのは稀だからだ。
 ローストサンド発案者のクロウの意見を採り入れつつ、後日大量に購入可能なチーズの在庫から試作用に五種類を手に入れる。
 ローストサンドは興志王に任せてクロウは別料理の食材を買い集めた。
「サフランとパプリカは基本として‥‥柑橘としてはかぼすを使ってみようか」
 一般的なジュジェ・ケバブで使われる肉は鶏である。それを鴨や雁の肉で作るとして、調味料にも一工夫加えたいところだ。
 昨晩寝入る寸前に思いだした料理も試作してみることに。それは『パイ包み焼き』である。
「確か向こうじゃシチューを包んだりもするんだよな。鳥肉とキノコでシチューを作ってそれを包むのも面白いんじゃないかな」
「そりゃうまそうだな。くう、腹が減ってきたぜ」
 クロウと興志王が売り物らしき得体の知れない茸を眺めながら言葉を交わす。
 必要な食材を買っていくうちに持ちきれなくなっていく。そういうときには駐車場の荷車に積んで買い物を続行した。
 芦屋璃凛は大きめの木箱を手に入れて、したり顔を浮かべる。
「これを使えばスモークもうまくいくやろ。後は鍋に炭火‥‥。そうや、肝心な木片を忘れとったらあかんで。ここらでも売ってそうやけど」
 燻製用の道具や材料を次々と手に入れていく。使う燻製用の木片は桜に決めた。
 さらに調味料。基本的な塩や黒胡椒に加え、ローリエやセロリの葉、タマネギ、さらに葡萄酒を購入する。
 リューリャは小売り問屋に留まって味噌を吟味した。ただ自宅から持ってきた味噌に近いものを探したが中々見つからない。
「これなら何とかなるかな」
 ようやく見つけだした味噌は想定していたよりも辛味が強め。そこで緩和させるための同系統の柔らかい風味の味噌も購入しておく。
 実際に使うときには合わせて使う。どちらの味噌も継続して購入できることを店主に確かめた。
 朽葉生は天儀風食材を一通り買い求める。
「昆布に玉葱、生姜、それと醤油に調理用の酒、樹糖も手に入れておきましょう。興志王様、さすがにお米はありますよね?」
「通常の営業時に食べたとき、ロースト肉と一緒にご飯を食べたから大丈夫だ」
 朽葉生は隣で肉まんを頬張る興志王から確認をとる。
 一般的な料理処ならば置いてある普通のものばかりだが、ジルベリア料理ばかりを扱ってきた日の浅い店舗だ。念には念を入れた。

●芦屋の奮闘
 ノスティミアに戻った芦屋璃凛はさっそく裏庭で燻製箱の製作に取りかかった。
 鋸で切ったり、新たに板を釘で打ちつけたりして数時間が経過。そうやって燻製箱ができあがる。
「こんなもんでええやろ。遠雷、肉をもってきてや」
 からくり・遠雷が運んできた香辛料の液に漬けられた鴨肉を燻製箱内の鈎に吊す。炭火で鍋の中の桜の木片を熱すると煙が立ちのぼる。
「げほっ!」
 木片を熱しすぎたのか周囲に漂う大量の煙に芦屋璃凛が咳き込んだ。
 燻製箱の扉を開けるとさらに凄まじくなり、煙が目に染みる。涙をポロポロと零しながらようやく炭火を整理し終わって煙が収まった。
 それから二時間後、鴨肉を燻製箱から取りだして味見する。
 食べる前はワクワクしていた芦屋璃凛だが、口に放り込んだ途端にしょんぼりと。一緒に試食した遠雷からもよい反応は得られなかった。
「なんでやろ‥‥」
 芦屋璃凛が肩を落としていると興志王が現れる。
「晩飯だぞ‥‥どうかしたのか?」
 興志王は芦屋璃凛を連れて食事の席に着かせた。燻製がうまくいかなかったと説明すると仲間達が相談に乗ってくれる。
「まず漬け込みの時間が足りないはずだ。一晩はかけたほうがいい」
 クロウは下味の注意点を教えた。
「燻製は大きく分けて温燻と冷燻がありましたよね」
「日持ちさせたいなら冷燻だな。味と香りを優先したいのなら温燻だ」
 朽葉生とリューリャが失敗した鴨の燻製肉を摘まんで味を確かめる。
「どうも中途半端になった感じだな。温燻のやり方で再挑戦してみたらどうだ?」
 興志王や仲間達に励まされた芦屋璃凛は寝る前に鴨肉をもう一度仕込んだ。
 そして翌朝、遠雷と一緒に燻製箱へ修正を施してからもう一度試す。
 二時間後にそれらしく仕上がった。恐る恐る味見をしてみると引き締まった肉に脂身の旨味が染み渡っていた。
「これならいける。いけるで!」
 そして作ったのが『鴨肉のフォカッチャサンド』。ひとまずローストサンドと同じ店のパンを使った。後日、平焼きパンを別注する。
 店内や家庭で食べてもらう『鴨肉のスモーク』には二種類のソースを用意した。ジンジャースパークを煮詰めたソースにマーマレードソースだ。
 他にも手羽先を餃子にしたり、鴨や雁のすべての部位を使った料理を心がける。
「今日のお昼の賄いはこれやで」
 ある日、芦屋璃凛が鴨肉を使った雑煮を用意する。味の基本は醤油で、当然鴨肉が使われていた。餅の代わりに小麦粉で作ったすいとんが入っている。
「ふう、寒い日にはこういうのが身体に染みるな」
 お替わりをした興志王に芦屋璃凛は二杯目をよそってあげた。

●興志王と一緒に
「充分柔らかくなっているな。これならいいんじゃないかな」
 クロウが昨晩のうちに漬けた鴨肉と雁肉はとてもよい状態になっていた。塩胡椒から始まってサフランとパプリカ、かぼす、オリーブオイルによる下拵えは完璧である。
 客の持ち帰りを想定して竹串に刺していく。そして炭火で炙り焼きだ。
「この味なら‥‥」
 クロウは最初に焼いたジュジェ・ケバブを試食して自信を深める。
 仲間達にも食べてもらって感想を聞いた。
「よい風味ですね。しかもローストとも全然違います」
「ベタな言い方をするとアル=カマルの焼き鳥ってやつだな。しかも独特な香辛料の味‥‥うめぇじゃねぇか」
 もちろん三須店長と興志王にもだ。
 合格が出たところでクロウは明日からの店頭販売用の仕込みを行う。
 それと平行してシチューを作った。店を訪ねる前はハーブで下味をつけた鴨か雁の肉をパイ生地で包み、石窯で焼こうかと考えていたが変更したのである。
 鴨肉と雁肉、そして市場で手に入れた様々なキノコを牛乳で煮込んでシチューが完成する。竹の器にたっぷり注いで卵黄を口に塗ってパイ生地を被せる。あとは石窯で焼くだけ。鴨肉雁肉のシチューパイ包み焼きの完成だ。
 店の使用人達にも食べてもらったところとても喜んでくれる。シチューを事前に用意しておけば素早く対応できるのがこの料理のよいところだ。しかも味は折り紙付きである。
 三日目には『鴨のローストサンド』を中心にした持ち帰り販売が本格化した。
(「王様が売り子をするのなら俺も手伝うか」)
 クロウもノスティミアのエプロンをつけて持ち帰り用の販売窓口に立った。
「いらっしゃい。ご注文は」
「えっとこのシチューの奴と、ケバブってやつ。ローストサンドもうまそうだけど‥‥えっ?」
 興志王を見た客が指で何度も目をこする。クロウはこれから数日で数え切れないくらいに同じ光景を何度も目撃することとなった。
「昼時を過ぎると流石に落ち着きますね。もう少ししたら先に休憩にどうぞ」
「そうか。悪いな」
 客が切れたときには雑談を交わすことも。クロウは魔槍砲について相談してみる。
「魔槍砲をジルベリアの騎槍、ランスの様に片手で扱えるように出来ないだろうか? 現状魔槍砲は両手武器のみなので、騎乗時に扱いにくい」
「確かにそうだな」
「片手で扱えるランスを参考にして騎乗使用前提でバランスを取ったものを作れないか?」
「そうか。そういうことか‥‥」
 興志王が時間を欲しいといってそのときの会話は終わる。
「できる限りのことはするつもりだがな、予定としては難しいかも知れない。期待しないで待っていてくれ」
 三日後、考えてみるとの返事を興志王からもらうクロウであった。

●天儀の冬料理
(「そろそろよさそうですね」)
 朽葉生はかき入れ時が過ぎ去った後で板場の片隅を借りる。調理するのは雁鍋と鴨御飯。先に取りかかったのは雁鍋だ。
 まずはまな板の上に寝かせた雁肉の関節を切り落とす。骨に沿って身を削いだ。もも肉は足の方から包丁を入れて薄切りにしていく。
 次に取りかかったのはだし汁。鍋に水を張って昆布を敷いて火へと掛ける。
 沸いた湯の中へ雁の頭、足、ガラと葱の青い部分、玉葱、生姜を投入。弱火で煮込んでいき、途中で米半合を煎ってから加える。アクや臭みを吸わせるためだ。
 そうやってだし汁が澄んできたら絹の布で濾して液体のみにする。だし汁五、醤油二、酒一、樹糖少々の割合で味を調えた。
 だし汁ができあがる前に具材の下準備はできている。
 半月に切った大根、里芋、椎茸、葱をだし汁で煮ていく。最後に薄切りの雁肉を加えて火が通ったら完成である。
 手が空いていた順番で興志王や三須店長、仲間達に試食してもらう。
「食した後に残った出汁を濾し、湯を加え薄めたものを煮た細切り大根を添え御飯にかけ食すことで二度美味しさが楽しめます」
「こりゃうめぇな! 問題はどんだけまとめての量が作れるかだな。‥‥どんな感じなんだ?」
 朽葉生は興志王に雁鍋の調理法を説明する。だし汁までを事前に用意しておけば、それから先の調理時間は大して掛かっていない。
 鴨御飯の試作については別の時間帯に作り上げる。
 雁肉と同じ要領で鴨肉を切り分けた。脂皮を煎じて脂身を煮てだし汁を作り、それを使って研いだ米を炊く。
 具材となる鴨の大部分は水三、醤油四、酒五の割合の汁に浸して煮込んでいく。時間を掛けすぎて固くならないよう『懐中時計「ド・マリニー」』での計測を忘れない。
(「こうするとよく染みこむはずです」)
 一度鴨肉を取りだして煮汁を冷ました。その上でもう一度鴨肉を浸し、御飯が炊ける前に薄切りにする。最後に御飯の上に並べて刻んだ芹を振りかければ完成である。
「美味しいですね。こういうのを食べるとやはり自分は天儀の者なのだと実感します」
 鴨御飯は三須店長が一番喜んでくれた。
「こちらにすべてが記してあります。それと実際に目の前で作りますので」
 朽葉生は三須店長に雁鍋と鴨御飯の作り方が書かれたレシピを渡す。それには懐中時計「ド・マリニー」で計った正確な時間も記載されていた。

●味噌床の用意
「鴨と雁、両方やってみるか」
 包丁を手にしたリューリャがまな板にごろりと肉を転がす。そして皮の部分に味が染みこみやすいよう細かく包丁を入れていった。
 身についている調理法なので淀みなく、また大量に次々とこなしていく。
「鴨油があるとはな。こういった点は抜かりなしといったところか」
 フライパンに鴨油を引いて肉を蒸し焼きにする。
「市場で買った鶉の卵も足しておくか」
 味噌漬けする添え物用の人参や牛蒡を短く切った。鶉の卵も用意。どちらも煮てから冷ます。鶉の卵は殻を剥いた。
 そして肝心な味噌床の用意である。
 壺の中へと仕込んでいくのだが、三須店長の手が空いていたので教えるついでに手伝ってもらう。リューリャが鴨肉、三須店長が雁肉を担当する。
「まずは味噌と砂糖を合わせる。使う味噌は中辛以上だ。手に入れた味噌は辛めなので普通の味噌も混ぜておく。次に壺の底へ薄く敷くんだ」
「こんな感じですかね」
 二人並んでそれぞれの壺に腕を突っ込んだ。敷いた味噌の上には肉を載せていく。ここから重ねていく味噌には柔らかくするために酒か味醂を足す。
「こうするのは染みこみやすくするためだ。次に人参や牛蒡、鶉の卵を並べる。そうやって交互に並べていけばいい」
 やがて二つの壺は一杯になった。
「この状態で二日三日経てば十分漬かる。それ以上待つのは味の好みの問題だな。後は焼くなり鍋に入れるなり、肉自体に味が染みているからそのままでも食えるしな。保存も利いたほうが喜ばれるだろ?」
「お、面白そうなことやってんな」
 味噌漬けの作業が終わる頃、興志王が板場に現れる。
「完成は明後日ぐらいか。味見、楽しみにさせてもらうぜ」
 リューリャは興志王の一言を覚えていた。二日後に興志王へと声をかけ、そして調理を開始する。
「まずはこいつだな」
 味噌漬けの鴨肉で鍋を作ろうとしていた。
 ちなみに使う葱は今朝、興志王が購入してきたものである。鴨が葱背負ってとは言い得て妙だとリューリャは心の中で呟く。
 さらにもう一品として肉味噌を作る。
 大蒜、玉葱と一緒にみじん切りにしたものと細切れにした鴨肉の切り落としを一緒に炒める。味噌と和えて砂糖、醤油、酒で味を整えれば出来上がりだ。
「楽しみにしていたぜ。これがリューリャが作った鴨や雁の味噌料理か」
 腹が減っていたようで卓についた興志王はすぐに食べ始めた。鍋をつついて御飯を食べ進み、時折肉味噌を味わう。
 リューリャも昼食がてら、味の確認がてら、一緒に頂く。
「ふう〜。うまかったぜ。持ち帰りというよりも、肉の味噌漬け販売がよさそうだな」
「そういってくれるのでは思っていた」
 休憩中の興志王とリューリャは味噌漬けの販売方法を模索するのであった。

●そして
「よ、よかったです。注文も片寄らずに満遍なくされていますし。これで‥‥」
 店内の客入りは席数の関係で大幅に伸びる余地は元々わずかだった。
 それでも常に席が埋まっている状況に三須店長の心労は和らいだ。これならば年明けも極端な減少はないだろうと。
「んじゃ、注文読み上げるぜ」
 大幅に増えたのが持ち帰り販売の客数である。
 売り子として販売窓口に立った興志王はその身で実感していた。購入の長い並びができるのは日常の風景になっていたからだ。
 そして手軽に家庭で店の味が味わえる食材のセット売りも好調だ。専門の売り子を立たせておかなければならないほどに。
 調理は店の使用人達に任せていたが、手が足りないときは開拓者達が手伝う。そうでないときは仕込みと売り子を担当する。
「鴨と雁を家畜として育てるとアヒルとガチョウになるそうだ。そっちもボチボチとやっていくことにするさ」
 興志王はいつも朱藩と希儀の未来のことを考えているようだ。
 開拓者達は帰り際に三須店長から謝礼を受け取った。これは依頼金とは別扱いのものである。
 興志王と開拓者達がいなくなってから二週間が経過。クリスマスが終わっても肉料理店『ノスティミア』の繁盛は続いていた。