流された噂 〜興志王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/07/31 21:32



■オープニング本文

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 不穏な噂が希儀の羽流阿出州に流れていた。それは全長十八メートルに及ぶ巨人ギガに関するものである。
 その噂とは巨人ギガには滅亡した希儀の人々の魂が宿っているというもの。今は復活させてもらった興志王に従順だが奪還の機会を虎視眈々と狙っているといった内容だ。
 根拠はまったくないのだが、そのような絵物語まで出回る始末。普段から市中を散策している興志王の耳にも当然入ってきた。
(「意図的に流しているやつがいるとしか思えねえな‥‥」)
 最初は聞き流していたものの、あまりの酷さに興志王も腰を上げる。配下に調べさせたところ、新興のかわら版『真実眼屋』が噂の根源だった。
 さらに詳しく背後を調べさせたところ、配下二名が行方不明になってしまう。
「少なくても志体持ちが絡んでいそうだ。あの二人なら今も生きていると思うが‥‥」
 砂浜で漁師の網引きを手伝う巨人ギガを眺めながら興志王が呟く。
 配下の名は『弥之助』と『博座』。どちらも格闘術にも通じた優れた砲術士で、なおかつ志体持ちである。
 弥之助と博座がその辺のチンピラに易々とやられるわけがなかった。しかし連絡が途絶えてから三日が経とうとしていた。


 羽流阿出州から十数キロメートル離れた郊外。茂みの中にぽつりと立つ石柱には絡繰り仕掛けが施されている。
 隠し扉を開いて地下への階段を下りてみれば、そこは真実眼屋の隠れ家だった。羽流阿出州内にある真実眼屋の建物はあくまで表向きの顔に過ぎない。
 元々は古代遺跡だったのだが、落盤していない空間を改造したのである。
 弥之助と博座は牢代わりの一室に閉じ込められていた。
(「どうにかして二人で脱出しなければ‥‥」)
 弥之助は怪我で伏せっている博座の面倒をみる。ボロ布を濡らして汗を拭いてあげた。
 真実眼屋がどのような団体なのか、今のところはっきりとわかっていない。
 アヤカシと繋がりがあるのか、また本国朱藩の氏族が再び興志王の失脚を画策しているのか。それらとはまったく別の思惑で動いているのか。
 幽閉される前に弥之助と博座が掴んだ真実眼屋の計画はこうだ。
 でっち上げの悪い噂を市中に流して巨人ギガへの批判を増やす。
 当初、興志王はかばうだろうが民の声が大きくなれば無視はできなくなる。少なくとも巨人ギガの行動を制限せざるを得なくなるだろう。
 頃合いに巨人ギガを懐柔して真実眼屋の味方に引き込む。最終的に大暴れさせて希儀を無人の荒れ地に戻すのが目的のようだ。
「俺のことは気にするな‥‥。とにかく奴らの計画とこの隠れ家の場所を‥‥我らの王に伝えてくれ」
 目を覚ました博座が傷だらけの左手を弥之助に伸ばす。
「互いに王へ命を捧げた身。それはわかっているが現状ではどうしようもないのだ。脱出の機会があるまで二人で頑張ろうではないか」
 弥之助は博座の左手を握りながら嘘をつく。一人ならばこれまでにも脱出の機会はあった。だが幼なじみの博座を置いていくことはどうしてもできなかったのである。
 翌朝、博座の身体は冷たくなっていた。
 涙した弥之助はようやく脱出の決意を固めるのであった。


■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
フィーネ・オレアリス(ib0409
20歳・女・騎
十 砂魚(ib5408
16歳・女・砲
ライ・ネック(ib5781
27歳・女・シ
霧雁(ib6739
30歳・男・シ


■リプレイ本文

●真実を求めて
 深夜に精霊門を通じて希儀・羽流阿出州を訪れた開拓者一行は興志王の臣下が用意した宿屋へと泊まった。
 客は開拓者一行のみ。部屋が貸し切られたのには訳がある。
「あれがそうなんか‥‥」
 早朝、芦屋 璃凛(ia0303)が二階窓の隙間から外を眺める。屋根の低い一軒を挟んだ向こう側に真実眼屋の建物はあった。
 宿屋と同じ二階建てだが真実眼屋の方が高かった。
「これを手に入れてきました」
 ライ・ネック(ib5781)は又鬼犬・隠を連れて散歩に見せかけた調査をして戻ってくる。手にしていたのは今朝から売り始めたばかりの真実眼屋の最新かわら版である。
「何々‥‥これは酷いでござる」
 霧雁(ib6739)はライから受け取ったかわら版の見出しと本文を斜め読みして呟いた。仲間が見えるように卓の中央へ置いてから精読する。
 以前に報じた通りに巨人ギガが阻止した洪水や山火事は世間を欺くための自作自演で、今回はその証拠を見つけたとある。
 しかしいくら読み進めても証拠は提示されていなかった。何処の誰だかわからない者の感情的な証言がどうやら証拠のつもりらしい。
「ギガがある日覚醒。まぁ、ない話ではないですの。でもゼロではないというだけですの。不安に思う人がいるのも仕方がないですの。噂が広がってしまうのも無理はないですけど、嘘はいけませんの」
 十 砂魚(ib5408)は洪水と山火事、どちらの解決にも関わっていた。もう一人、フィーネ・オレアリス(ib0409)も尽力した一人である。
「ギガ様を陥れるような妙な噂‥‥。行方不明になられた朱藩の方々‥‥。裏で蠢く何かに真実眼屋が関わっているとして、ギガ様の存在が計画の邪魔になっているのかも知れませんね」
 フィーネは一連の出来事に不安を感じる。
「あっつい最中にきな臭い話題と来たもんだね。こういっては何だが、ここまで真実眼屋の噂話が浸透してるってなると、ギガ自体への不信感って前々から在ったんじゃないかな‥‥?」
 竜哉(ia8037)の想像を否定する者はいない。十砂魚がいっていたように、巨大だというだけでも怖がる者は一定数いるからだ。
「真実やったら構わへん。けど嘘はいかんで嘘は。それをやったら、かわら版屋はかわら版屋じゃないわ」
 興奮気味に話す芦屋璃凛を足下の仙猫・冥夜がちらりと見上げる。
 とにかく真実眼屋が巨人ギガを貶めようとしている理由を探る必要がある。弥之助と博座の行方についてもだ。
 開拓者達は適宜朋友を連れて調査を開始した。

●芦屋璃凛
 芦屋璃凛は羽流阿出州のギルド出張所に入り浸る。
「羽流阿出州にはいくつかかわら版が出回っているようやな。どれが人気で面白いん?」
 事情に詳しい開拓者達から、かわら版の評判を含めた情報を教えてもらう。
 大抵は各国で実績のあるかわら版屋の出張所が刷っているようだ。但し真実眼屋は他国には存在せず羽流阿出州が大元になっていた。
 真実眼屋の評判はいろいろ。正義を気取っているわりには下衆な記事が多いとの意見が多かった。反対にそれがよいという者もちらほらといる。
 記事の信憑性については新興なので半信半疑と感じている者が多かった。
 巨人ギガへの疑念と懸念については他のかわら版屋もわずかながら触れた記事を以前に書いている。しかし真実眼屋ほど露骨な記事をだしているかわら版屋は存在しない。
 仙猫・冥夜は別行動をとっていた。芦屋璃凛の頼みで町の野良猫達から情報収集。猫呼寄を使えば造作もなかった。
 夕方、芦屋璃凛は宿の部屋で冥夜から野良猫達の評判を聞いた。
「どないやった?」
『そうだな――』
 まず真実眼屋の関係者はとてもケチらしい。野良猫達に食べ物をくれたことは滅多にないとのことだ。
 次に夜でも建物への出入りが激しいようである。日中は記事集めと執筆。夜間にかわら版を刷っているようなので不思議ではないのだが注意点すべき点といえた。
 行方不明の弥之助と博座については情報なし。例え見かけていたとしても野良猫達にわかるはずもないのでこの点は仕方がなかった。

●竜哉
(「真実眼屋の前身を調べてみれば何かがわかりそうだ」)
 竜哉は真実眼屋が新興という触れ込みに疑問を感じていた。
 必要な人員や設備からいって、かわら版屋はそう簡単に始められる商いではないからだ。それなりの資金が必要ならば必ず前身があるはずだと睨んだ。
 真実眼屋周辺の飲食店を回る。
「あのかわら版屋、はぶりがいいようだな。えっとなんていったかな、あそこの主は‥‥」
「丸屋さんのことかい?」
「そうそう。その丸屋さん、この店には来たりするのかい?」
「偉い人は出前が多いね。記事を書く人達は直接食べに来るけどね」
 上の立場にいる者の名前を聞きだした。そこから辿っていくと面白いことがわかる。朱藩安州に本社がある土木請負の業者が資金提供をしていたのだ。
 羽流阿出州にも支社が存在する土木請負業者の屋号は『石塔屋』。
 石で造られた建物や遺跡の修復を専門としていたが、悪い噂が絶えない業者である。表の顔として修復を行っているが裏では盗掘が本業といわれていた。
 そのような輩が手つかずの遺跡の多い希儀の地を見逃すはずがない。
 当初、巨人ギガが発見された羽流阿出州近くの古代遺跡を当てにして石塔屋も希儀に進出したようだ。しかし興志王による業者選定から外されてしまった。
(「石塔屋が古代遺跡の選定から外されてまもなく真実眼屋が興されたようだな。ということは‥‥」)
 夕日の中、宿屋への帰り道を歩きながら竜哉は考える。
 世論を味方につけるのは簡単にできるものではない。真実眼屋が巨人ギガを陥れるために作られたとしたら非常に手強い相手といえる。
 何故なら前々から計画が練られていたのだから。

●ライ
「すみません。少し前に出た版は買えますか?」
 うだるように暑い日の午後。変装したライは又鬼犬・隠を連れて真実眼屋の建物一階を訪ねた。
「‥‥ちょっと待ってや」
 店番の太った男がかったるそうに冊子を取りだす。その冊子にはこれまで販売されたかわら版が糊で貼られていた。
「ここに丸が付いているのが在庫あり。丸にバツが在庫なしや」
 説明を終えると太った男は近くの椅子にどかっと座って自らを団扇で扇ぐ。ちなみに隠は行儀良く出入り口付近でお座りをしている。
 ライは冊子のかわら版を確かめながら、唐辛子の粉をわずかに指先へつけて様々なものに触った。太った男の服にもさりげなく。隠を含めた忍犬系が後で追いやすいようにしておく。
 巨人ギガに関する記事が載ったかわら版だけだと疑われそうなので、他の特集の版も適当に購入する。
 会計の最中、奥から会話が聞こえてきた。
「今月の定期購読の確保、足りねぇぞ。さっさととってこいや」
「あ、あのこれ以上は‥‥」
「商売屋なんて脅せばいいんだよ。記事にするってかまをかけてな。叩きゃ埃はでるもんさ」
「いくらなんでも‥‥」
 その後、悲鳴と激しい物音が続いた。ライが何が起きているのかと訊ねても太った男は聞こえないふりをする。
(「ギガのことがどうであれ、まともなかわら版屋ではないですね」)
 一階から外に出たライは確信した表情を浮かべる。
 購入したかわら版は仲間全員が読めるよう宿の部屋に置いておく。
 ライは怪しい人物が真実眼屋の建物から出てくるとすれ違いざまに唐辛子の粉をつけた上で隠に追わせる。
 そのうちの何人かが羽流阿出州内の石塔屋を訪問していた。竜哉が調べた両社の繋がりがこれで強く補強された形になった。

●十砂魚
 十砂魚は長袍に着替えて旅泰に扮する。周囲の商売屋を転々としながら意識は常に真実眼屋の建物へと向けられた。
(「ここが完全なお飾りだったら、手掛かりがないですの」)
 轟龍・風月は宿屋の小屋で待機中。これぐらいの距離ならば十砂魚の口笛で飛んでくるはずである。
 十砂魚が特に注目したのが食料関連。
 行方不明の弥之助と博座用の食べ物を運んでいる者が必ずいると踏んでいた。ただ何人か尾行してみたものの徒労に終わる。
(「そういえば竜哉さんが出前がどうのといっていましたの‥‥」)
 このままでよいのかと悩んでいたところで思いだす。近所の飯店から出前が運ばれているのを。出前の者が真実眼屋に属しているはずがないのでこれまで除外していたのである。
 十砂魚は発想を切り替えた。旅の途中でお金が尽きたので働かせて欲しいと泰国料理の飯店に頼み込む。そして来客する真実眼屋関係者の会話に耳をそばだてた。
 真実眼屋の二階まで出前を届ける機会も得た。
「炒飯おまちどうさまですの」
「そこ、置いといてくれ」
 重鎮の部屋は綺麗で豪華だった。しかし下っ端が集まる大部屋は酷い有様でチンピラのたまり場のようである。
(「あんな下品な人達にギガも批判されたくはないと思いますの‥‥。あれ?」)
 十砂魚は二階から階段を下りながら違和感を感じて足を止めた。あまりに階段が長すぎると。階段の踊り場の壁がとても怪しかった。
 調べてみようとしたところ、関係者二名が階段を登ってくる。十砂魚は仕方なく通り過ぎるしかなかった。
「まったくしぶとくてよ」
「まだくたばっていねぇのか。あいつら」
 関係者二名がしていた意味ありげな会話を十砂魚は聞き逃さない。
(「弥之助さんと博座さんのことでは‥‥」)
 残念ながら十砂魚の飯店勤めはその日で最後になる。この情報は別の手段で真実眼屋に潜り込もうとしていた霧雁に引き継がれた。

●霧雁
 霧雁の下準備は念入りに行われた。
「なんでもござるよ。任せるでござる」
「おめぇ面白えやつだな」
 最初はかわら版屋の同業者として真実眼屋関係者に近づいた。夜春を使って相手の気を引き、さらに酒宴の席を用意する。
 酒笊々で自らの酒量を調節。当初は相手の舌の回りをよくしたこの時点で情報を聞きだす予定だった。しかし十砂魚から秘密の階の話を聞いて別の機会に回す。
「一度、真実眼屋さんの仕事場を見たいでござる」
「う〜ん。ま、御前さんならいいか。いつでも来いや」
 真実眼屋内でそれなりの地位にある者との約束を取りつける。
 翌日、霧雁は真実眼屋を訪問した。
「大したものではないが呑んで欲しいでござるよ」
 一階の下っ端関係者に酒を贈る。二階の大部屋にも酒のお土産を持ち込んだ。
 想像していた通り、関係者の多くが二日酔いである。ちらっと下書きに目を通してみれば巨人ギガの悪口で埋め尽くされていた。
 実は霧雁が手引きすることで仙猫・ジミーが密かに潜入済み。
 霧雁が二階の大部屋で談笑している間にジミーは階段の踊り場を見張った。そして秘密の階への入り方をばっちりと目撃する。
 帰るふりをした霧雁はジミーのおかげて簡単に秘密の階へと足を踏み入れる。
 現在、秘密の階に真実眼屋の関係者は誰もいない。霧雁とジミーは隈無く調べた。
 棚には遺跡にありそうな古い物品がたくさん置かれている。祭事用らしき品や、中には壁から引きはがしたと思われる模様が刻まれた石版まであった。
 ジミーが呼ぶので別の部屋に行ってみれば床に血痕が残っていた。血痕を辿ると壁に取りつけられた梯子がある。登ると二階を素通りして屋上へと辿り着いた。
「弥之助さんと博座さんが捕まったのはおそらく秘密の階でござる。梯子でこの屋上まで運ばれ飛空船や龍に乗せられたとしたら‥‥。においで辿るのは不可能でござる」
 霧雁とジミーは日が暮れてからこっそりと建物を脱出するのであった。

●フィーネ
 フィーネも真実眼屋の関係者割り出しに尽力した。多くの飲食店を回って得た情報を仲間に提供して今後に繋げてもらう。
 次にフィーネが手をつけたのは弥之助と博座の捜索である。
「シュロ、弥之助さんのにおいはこれです」
 フィーネは興志王から提供してもらった弥之助と博座の衣服を忍犬・シュロに嗅がせた。
 絶対嗅覚を持つシュロならば手がかりが見つかると考えていたがそうはならない。真実眼屋周辺を回ってみてもシュロはうなだれるだけ。両名のにおいは探れなかった。
 後日、霧雁が得た秘密の階の情報によって、においで辿るのは無理だとわかる。
 行き詰まったフィーネは弥之助と博座が羽流阿出州内で住処としていたある建物の部屋を訪ねた。
 双方の部屋にはあまり物が置かれていなかった。あるのは最低限の衣服や道具、そして保存食のみ。生活感が非常に乏しい。唯一充実していたのが銃砲関連の品々だ。
(「どうかしましたか?」)
 シュロが吠えずにフィーネの足に頬を擦りつける。これは何者かが近づいてきたときの合図である。フィーネとシュロは無言のまま物陰に隠れた。
 引き戸が開いて何者かが部屋に入ってきた。
 フィーネは素速く相手の後ろに回り込んで腕をとった。そのまま壁へと押しつける。
「興志王様からの使いの者です。乱暴してごめんなさいね。騒がれたくなかったのです。弥之助さん、それとも博座さんですか?」
 フィーネは鼻が利くシュロの反応からどちらかの人物だと察しがついていた。
「‥‥弥之助だ。信じられないのならこの建物の管理人でも呼んできてくれ」
 フィーネは血と膿のにおいを嗅いで弥之助を自由にする。
 弥之助の怪我はとても酷かった。フィーネは部屋にあるもので応急処置を施す。
「あの‥‥博座さんは?」
「死んだよ‥‥。真実眼屋の奴らにやられた怪我で死んじまった。いい奴だったのによ‥‥」
 弥之助が顔を隠して嗚咽を繰り返す。
 すべてが落ち着いた深夜。弥之助の証言によって羽流阿出州郊外にある真実眼屋の隠れ家が判明した。

●真実眼屋とは
 弥之助の生還はすぐに興志王へと伝えられた。王は非常に喜んだが同時に博座の無念を思って心痛める。
「不思議に感じたことがある――」
 弥之助が語った。
 ここ数日の間、郊外の隠れ家に滞在する真実眼屋の人員が少なかったという。さらに元々不真面目だったのがより怠惰だったらしい。
 見張りの立ち話から推測するに羽流阿出州内の真実眼屋が忙しく、また楽しいことがあったので結果的に隠れ家が手薄になったようだ。
 隠れ家を直接見つけることはできなかったが、開拓者達の調査と捜索は無駄ではなかった。おかげで弥之助は隙を見て脱出できたのだから。
 弥之助の証言とこれまでの調査結果を突き合わせることで真実眼屋の正体がある程度判明する。
 最初は羽流阿出州近郊の遺跡発掘から外された石塔屋の逆恨みが発端だったのだろう。憎しみの対象は興志王でもよかったのだろうが、実際には巨人ギガに向けられる。
 石塔屋は巨人ギガを陥れるためにかわら版屋の真実眼屋を創業した。
 弥之助によれば巨人ギガを利用して希儀を無人の荒れ地に戻すことが目的のようである。しかしそれについては懐疑的な意見もでた。下っ端を煽動するための建前に過ぎず、実際には遺跡物を横流しして金儲けするのが主目的ではないかと。
 真実眼屋の建物には盗品売買の疑いで官憲が立ち入ることとなる。興志王と開拓者達は同時期に郊外の隠れ家へ踏み込むことを決めた。

●不意打ち
 地下遺跡を改造した真実眼屋の隠れ家に入るのはそれほど難しくはなかった。酷い熱があるにもかかわらず同行してくれた弥之助のおかげである。
「興志王様、とても妙です‥‥」
「ん?」
 地下に足を踏み入れた瞬間にライが興志王に具申した。ライの言葉を聞き入れて興志王が指示をだす。地下に入った者全員が足を止めて息を潜める。
「地下空間の壁が非常識なほど厚くないのであれば、人一人残っていません。もぬけの殻です」
 超越聴覚を使ったライは奥に誰もいないと断言する。
 踏み込んだ者達を生き埋めにするための罠かも知れない。そこで忍犬・シュロと又鬼犬・隠の鼻で火薬が仕込まれていないかが確認された。
 火薬は見つからなかったが、もしもに備えて奥まで潜入する人員は絞られる。
 立候補した芦屋璃凛、フィーネ、霧雁が奥へと進んだ。仙猫・冥夜、仙猫・ジミー、忍犬・シュロも一緒である。
 広い空間は人の手で、狭いところには朋友達が潜り込む。やがて朋友達が妙な物体を発見した。
「もしや腕?」
『みたいだな』
 冥夜が座る酷く破損した来た石製の品を見て芦屋璃凛が眉をひそめる。
「これは‥‥ギガに似ているでござる」
 霧雁とジミーが発見したのは上半身らしき穴だらけの石製の品だ。
「これはギガよりも小型ですが‥‥同種のもので間違いありませんね。これだけ破損しているとどうなのでしょう?」
 フィーネとシュロが発見したのは石製の頭部らしき品である。その他にもいくつか見つかった。
 隠れ家の奥の部屋で博座の遺体が発見される。丁重な扱いで優先して地上へと運ばれた。
 その後、数々の石製の塊も地上に持ち出される。試しに繋げてみたが巨人ギガのときのように反応はない。完全に壊れていた。
「こ、興志王様。大変です!」
 一体の龍が飛来して興志王の近くに着地する。
「高さ十三尺程度の二体の土偶らしき存在が暴れております」
「‥‥土偶らしきって表現しているが、それはギガに似ているということか?」
「御意」
「なるほど‥‥破損の少ない個体もあったってことか。そいつを真実眼屋が手に入れたと」
 四メートル級のギガに似た石製の二体が羽流阿出州内の真実眼屋を破壊しているとの報であった。
「先に戻ってますの!」
「光鷹、ついて行け!」
 十砂魚が轟龍・風月に騎乗して浮上。竜哉は迅鷹・光鷹に十砂魚を追いかけさせる。興志王も連絡係の龍を借りて先に戻った。
 現場の指揮を任された興志王の臣下が狼煙銃を空に向けて撃つ。数キロメートル先で待機中の飛空船を呼び寄せるために。
「これは酷い有様ですの‥‥」
「なんてこった!」
 いち早く羽流阿出州に戻った十砂魚と興志王が瓦礫の山を眺める。今朝まであった真実眼屋の建物が姿を消していた。
 ギガに似た四メートル級二体はどこにもいなかった。目撃者の話によれば郊外へ逃げたらしい。
 遺跡盗掘の証拠は瓦礫の中からわずかに発見された。ただ根拠にするには乏しい数と量である。破壊前に秘密の階から殆どを持ち出したに違いない。こっそりと屋上から龍を使って運んだのだろう。
「巨人ギガが仲間に真実眼屋を襲わせたに違いありません! 多くの目撃者と証言があります! あの二体の姿を見て恐ろしき巨人ギガを思い浮かべない方はいないでしょう!! 我々は卑劣な巨人ギガに屈せず、文筆を握り続ける所存です!」
 我々は被害者だと真実眼屋が吹聴した。無料でかわら版を配って世間を欺こうとする。
「俺が浅はかだった‥‥。ここまでやる奴らだったとは」
 ギルドの出張所内で興志王が苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。
 開拓者が行った調査は順調だった。興志王にとって誤算だったのは弥之助の脱出によって真実眼屋側に危機感が生まれたことである。
 事前に準備していた計画を前倒しにして自分達で自分達を襲ったのだろう。無垢な状態で目覚めた巨人を騙すのはそれほど難しくはない。
 すべては結果論であって弥之助が悪いわけではなかった。当然ながら開拓者達にも非はない。間違いがあったとすれば興志王の油断である。
「博座、すまねぇな‥‥」
 本人が生前に望んでいたとのことなので博座は希儀の地に埋葬されることとなった。望んだ開拓者も参列する。
 墓の前で興志王は誓いを立てた。命までかけてくれた博座の死を無駄にはしないと。