遠くの標的 〜興志王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
EX
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/27 22:08



■オープニング本文

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 銃。
 砲術士にとって欠かせないものだが天儀刀などと比べれば未だ発展途上の武器だ。ジルベリアから伝来し、天儀の宝珠技術と合わさって現状の性能がある。
 砲術士の国『朱藩』においては日々改良が重ねられている。奨励した朱藩の王『興志宗末』自ら先導することも珍しくなかった。


 興志王と開拓者達は工房跡の地下施設に潜んでいたアヤカシ『邪蛇地』から絹に関する真実を吐かせた。その上で成敗して目的の宝珠を手に入れる。
「この鋼は季節による歪みが殆どない。感服に尽きる」
「十年寝かし続けたもんだからな。錆びだらけだが外を削ってやればこの通りだ」
 そして現在。銃砲工房『紅蓮』では高精度制御が可能な宝珠を使って工作道具が作られていた。ジルベリア機械工房ギルド所属・工業都市『スクリュリア』第二工房から出向している『キストニア・ギミック』と鉄砲鍛冶『小槌鉄郎』の共同作業によって。
「うろこ雲‥‥」
 母親である絹の死を受け入れた戸上保波は縁側で秋空を見上げる毎日を過ごす。どこかに心を置き忘れたように。
「どうだ。柿でも食わねぇか?」
「‥‥頂きます」
 保波は以前と違って興志王に警戒心を持っているような態度はみせない。ただ空虚な雰囲気を漂わせる。
 保波の傍らにはいつも絹直筆の宝珠作りの指南書が。彼女にとって大事な形見の品だ。
 指南書は戸上家の門外不出にするべきものだが、保波は興志王に写しても構わないと二週間前に告げていた。ひとまず紛失を考えて興志王は二部だけ複製してある。
 興志王は保波に今後の高精度宝珠の製作を願ったがやんわりと断られた。保波は指南書の写しを他の研磨師に閲覧させて作らせても構わないという。
 興志王と保波が縁側で話している最中、激しい打撃音で煩かった鉄砲工房内がいきなり静まる。
「よいじゃろうて」
「これにて完成。目出度い」
 鉄砲工房内の小槌鉄郎とキストニアは、仕上がったばかりの工作道具を眺めながら同時に手の甲で額の汗を拭う。
「王様と保波さんを呼んで参りますね」
 鉄郎の娘である銀が興志王と保波を呼びに小走りに駆けた。まもなくやってきた二人の前でさっそく試作業が行われる。
 銃身の中身をくり抜くための特殊な削りが何段階かに分けて行われる。
「この精度の作業をこんな短時間にこなせるとは‥‥」
 感嘆に震えながら興志王は銃身の中を覗き込んだ。仕上がった銃身には確かな条溝が螺旋状に刻まれていた。
 長さや線条の数、そして螺旋の捻り具合の条件を変えて次々と銃身が製作される。それらを検証するために興志王は開拓者達に協力を求めるのだった。


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
和奏(ia8807
17歳・男・志
磨魅 キスリング(ia9596
23歳・女・志
フィーネ・オレアリス(ib0409
20歳・女・騎
十 砂魚(ib5408
16歳・女・砲
フルト・ブランド(ib6122
29歳・男・砲
サクル(ib6734
18歳・女・砂


■リプレイ本文

●山奥
 秋深まる朱藩の山奥。一面の紅葉というにはまだ早く、極一部が色づき始めた程度である。
 開拓者七名は興志王の求めに応じて一般には公開されていない秘密の射撃場を訪れていた。そのような施設があるのは砲術士の国ならではだ。
「弾込めなんかは配下に任せてバンバンと撃って試してくれ。気兼ねなしになっ」
 興志王が施設の使い方について開拓者達に一通り説明し終わる。さっそく試射が始まった。
「耳栓が必要かと考えていましたが、これをつければよいのですね」
 和奏(ia8807)は興志王の配下から渡された頭巾を被った。両耳の辺りが分厚い綿入りで出来ている。射撃音に長時間晒され続けても耳の鼓膜に大事を起こさぬように保護するものだ。この射撃場では防音頭巾と呼ばれていた。
「話しにくくなるが我慢してくれな。合図はさっき説明した手振り身振りでよろしく」
 興志王は和奏と前で防音頭巾を被る。完全に遮音されるわけではないが、これでかなり会話しにくくなることは確かである。
「ここしばらくはよいお天気が続きます。無風とはいきませんが、射撃に支障のない範囲だと思われます」
 玲璃(ia1114)はあまよみで数日間の天候が晴れ渡るのを確認した。
 『神楽舞「瞬」』を使うかどうかについてはすでに興志王と相談済み。使用前、使用後で比べてみようということになっていた。
 玲璃が自分に割り振られた射撃の立ち位置へと移動する。そして近くに立てられていた柱の突起部に『懐中時計「ド・マリニー」』をかけておく。これで射撃においてのより正確な時間が計れるはずである。
(「余裕があれば龍騎した上での射撃も試してみたいところです。先程、龍もみかけましたし」)
 磨魅 キスリング(ia9596)は地面に敷かれた茣蓙の上にうつぶせで寝転がった。土嚢に銃身を載せて安定させながらの腹射が行われる。
 全員が防音頭巾をつけて試射を開始。それぞれの位置は万が一の誤射や暴発に備えてかなり離れていた。
「これでよろしいですわ。よい銃のために貢献できればよいのですけれど」
 フィーネ・オレアリス(ib0409)が用意してもらった的は粘土壁に描かれていた。後で銃撃によって空いた弾痕の穴に石膏を流し込んで対物に与える破壊具合を調べるためである。
 弾が命中したとしても目標物に損傷を与えないのであれば、それは飛んだというだけで武器としては使い物にはならない。そのことをフィーネはよく理解していた。
「これが試作品の銃。みかけは普通ですの」
 十 砂魚(ib5408)は一挺ずつ、よく確認してから試射を行う。施条の数や螺旋の捻り具合をを予め頭に叩き込んだ上で引き金を絞った。
 施条の螺旋捻り率がきつければ多くの場合、弾道安定の手応えが感じられる。ただ弾の初速や飛距離に悪影響が出やすかった。
(「許可も頂いたことですし、平行して進めていきましょうか」)
 フルト・ブランド(ib6122)も十砂魚と同じく砲術士である。技を使わない時と単動作、呼吸法、狙撃を使用した場合の違いを確かめながら試射を進めてゆく。仲間達の協力も得ながら情報を蓄積していった。
「短筒にも溝を作る事は可能でしょうか?」
 サクル(ib6734)は弾込め前の銃身をしばらくの間覗き込んでから試射に移る。この銃身を開発したキストニアと鉄郎が秘密の射撃場まで来ているので後で聞いてみるつもりである。
 来ているといえばもう一人、戸上保波も施設内の休養所から試射の様子を眺めていた。
「これでよい銃が造れたのなら‥‥宗末様のお役に立てたのなら、母は本望なのでしょうか‥‥」
 秋風に吹かれながら保波は呟くのだった。

●試行錯誤
 試射の担当の各人には弾込めの要員の他に記録係もついていた。
 銃撃の的については要望でばらつきがあったものの、基本三十メートルから始まって十メートル刻みで伸ばされてゆく。
 量産性が向上しただけでなく専用工具による銃身内の施条の刻みは非常に精度が高かった。以前に試射したときと同条件であってもよりよい結果が数字として現れている。
 玲璃が射撃手達に『神楽舞「瞬」』をかけた実験では確かな手応えがあった。
 全員が射撃をしなければならない条件付けをするならば、元々の素養が高い砲術士や砂迅騎よりも、苦手な仲間に優勢してかけた方が良さそうな結果が出る。
 サクルは試しに弾込めも含めて一人ですべてをやってみた。手伝ってもらっていては気づかない点があるかも知れないと。弾の装填に関しては以前よりもやりやすい感触はあったが、時間短縮に繋がっているほどではなかった。
 休憩はフルトの要望によって定期的に行われる。
 弾を撃ち続けるのは当人が考えているよりも疲労がたまるものだ。それがたとえ志体持ちだとしてもである。睡眠時間についても十分に身体が回復するだけの余裕がとられた。
 興志王は物事に集中すると寝食を忘れる御仁といってよい。フルトのおかげで全員が無理をせずに試射は順調に続けられた。また休憩に互いの手応えや感じたことを話し合う機会も生まれる。これによって試射手順に修正が加えられる。
 和奏はちょうどよい機会だと以前から抱いていた疑問を実験で確かめる。水面に弾が当たった場合、どのようになるのかといったものだ。噂によれば弾は突入した水中で粉々に砕けるとされていた。
 現在では使われていない古い貯水槽に水を満たした上で和奏が弾を撃つ。水を抜いて確かめてみると弾は砕けずにそのまま残っていた。
 再度準備を整えて、計百発近く撃ってみたところ一つだけ砕けていたが確認される。弾の破壊は様々な条件が重なって起こるようだ。また貯水槽の内側に穴が空いていないので、弾は水面から突入後、せいぜい二、三メートル進んだところで失速してしまうようである。
 磨魅は秘密の射撃場所有の龍を借りて騎乗中の射撃を試してみた。弾道が安定しているおかげで当たりやすい手応えを感じ取った。興志王や仲間達も試してみたが皆同様の感想を持つ。
 フィーネは粘土に空いた穴に石膏を流し込んだ検証を念入りに行った。
 これについては興味深い結果が出た。旋条によって安定した軌道の弾の貫通力は非常に高い。まるでまっすぐな棒を差し込んだような形に流し込んだ石膏は固まっていた。以前の銃で撃ったところ、貫通力はそこそこだが入った穴からすぐ近くで爆発したように空洞が広がっている。
 対象物に当たった時、行動不能にさせるのには以前の銃の方が優れているように感じられる。かといって射程距離は確実に施条がついた銃の方が長い。これをもって興志王がどう判断するかだが、結論は出ていないようである。
 十砂魚は特に弾道が安定していると感じられた銃を選んで長距離の試射を行う。百メートルを越えて水平発射でも百五十メートルの記録を出す。但し、威力についてはかなり減衰してしまい、安物の甲冑に弾き飛ばされてしまった。火薬の量を変えて威力も増せないかの試行錯誤を始めるのだった。

●戸上保波
 試射で得られて情報の蓄積によって距離別に命中率と威力の均整がとれた銃身が選ばれる。
 施条の捻れ率についても法則性がないかの検討が行われたが、その辺りはキストニアと鉄郎の仕事といえる。銃身には予め番号が振られており、施条の数や幅、捻れ率などの控えが事細かに残っていた。整理しておいてくれたのは鉄郎の娘、銀だ。まだ解明されていないが、いずれは判明するはずである。
 各数値を残しておけたのも宝珠による高精度制御可能な工作道具のおかげともいえる。職人芸による手探りと勘に頼った製作にも有利な点はあるが、このような多数の精密な数を揃えなければならない場合では不利になる。いずれ精度を追い込む場合において鉄郎の腕の見せ所もあるだろう。
「もうすぐ真っ赤に染まるのだろうな」
 鉄郎が一人で紅葉がかる楓の樹を見上げる保波へと声をかけた。
「それまでここに居られないのが残念です」
「王様に頼めばそうさせてもらえるのでは?」
「‥‥それは我が侭ですし、これまでに私は宗末様に酷いことを‥‥」
「気にする御仁ではないように思えるがな」
 鉄郎は銀が茶の用意がしているといって保波を誘った。
「あら、お父様ったら若い娘さんを連れ歩くなんて」
「さっき声をかけるといって賛成してくれただろうが。親父をからかうものではない」
 銀と鉄郎による親子の会話を聞いて保波は子供頃を思いだす。母の絹がいて、幼い自分と興志王がいた時分を。
 璃とフィーネも鉄郎に誘われていた。お湯が沸いたところでお茶の時間が始まる。
「保波様、宝珠の研磨というのも単に磨くだけではないのですよね?」
「そうですね。物によっては真球に近づけなければなりませんし――」
 フィーネの問いに保波がすらすらと答えた。
 保波は今でも宝珠について話すのが好きである。尊敬していた母の仕事を受け継ぐのは誇らしいこと。しかし長期に渡って宝珠の製作から離れてしまっている。
(「保波様にとって宝珠は母親との思い出そのものなのですね」)
 玲璃は保波とフィーネのやり取りを聞きながらしばらく考え込んだ。紙と筆で保波に気持ちを書いてもらおうかとも考えていたが、その必要はなくなっていた。
「とてもお優しいお母様だったのですね」
「ええ、研磨師の修行に厳しいところはありましたが、それも今振り返ってみれば大したものではなく‥‥。よい母でした」
 憑き物が落ちたようなそんな表情を保波は浮かべるのであった。

●そして
 試射の最終日に近づくにつれ、壊す覚悟での佳境に入る。
 立射の十砂魚は七十メートル先の的を狙った。呼吸が整えられて目が慣れる一瞬を逃さず、引き金を絞る。
 ブレイクショットによる着弾炸裂。的そのものが破片と化して四散し、残りは塵と煙として風に漂う。
「黒色つや消し加工とか良いと思いますの」
 十砂魚は気に入った一挺を大事そうに眺めた。
 フルトは狙撃を用いてより長距離射撃を試す。特に目を凝らすような真似もせず、二百メートル先の色づいた楓の葉を見事撃ち抜いてみせる。
「遠くの強いアヤカシを射撃のみで倒せないとしても、作戦によっては役に立ちそうです」
「予め敵の力を削いでおけるのなら、それはとても有効だからな」
 五射してすべてを葉に命中させたフルトは興志王に手応えを説明するのであった。
「螺旋型の溝も、角度や密度によって命中率や再装填など取り回しのやりやすさが異なるんですね」
「そういうことだな」
 サクルは興志王に短筒にも施条を施した場合の想定を含めた報告書を渡す。長距離射撃用だけでなく実弾を利用するすべての銃に応用が可能だと。
「龍騎した場合でも役に立ちました。早くこの機構が採り入れられた銃砲が出回るとよいですね。期待しています」
 磨魅も弾道が安定する銃身を気に入ってくれたようである。工作道具さえ普及すれば、後は鉄砲鍛冶の頑張り次第だろう。
「自分が運びます。これぐらい平気ですから」
「‥‥すごい力持ちなんだな」
 和奏はずっと試射補助の者達を手伝い続けていた。
 深夜にキストニアと鉄郎、銀達が行っていた銃の整備に手を貸したことも。常日頃から整備してこそ銃は活躍してくれるもの。志士が大切にする刀剣と同じである。それに職人達の仕事を眺めるのも和奏はとても好きだ。
 施条をどのようなバランスにおいて実銃に組み込むかについては近日中にキストニアと鉄郎が結論を出してくれることだろう。今回の試射で得られた情報がとても役に立つはずである。
 帰りの飛空船で興志王は窓から眼下の景色を眺めながら新たに生まれる銃に心躍らせていた。
「‥‥これまでご迷惑ばかりをかけてしまいまして‥‥」
「え?」
 隣に座っていた保波に興志王が聞き返す。
 今は秋。これから冬を迎える季節だが、保波の心は春の雪のように解け始めていた。