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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 銃。 砲術士にとって欠かせないものだが天儀刀などと比べれば未だ発展途上の武器だ。ジルベリアから伝来し、天儀の宝珠技術と合わさって現状の性能がある。 砲術士の国『朱藩』においては日々改良が重ねられている。奨励した朱藩の王『興志宗末』自ら先導することも珍しくなかった。 今は亡き朱藩のお抱え宝珠研磨師『戸上絹』の工房跡に残されていた『月を見た人を呼び寄せる宝珠』は興志王と開拓者達の手によって破壊される。 偶然か必然か、アヤカシは人の集まる宝珠の性質を利用して渇望を満たしていた。魔の森ではないのにアヤカシが多く集まった理由がそこにある。 無防備な田舎の土地に人が多く集まりすぎてしまった悲劇といえた。 これからは倒した分だけ確実にアヤカシが減ってゆくことだろう。 その一方で心配事も残っている。 亡くなったと思われていた絹の娘である『戸上保波』は興志王が懇意にする宿屋に滞在中である。 幼なじみの興志王に心開く様子は皆無で、判明した事実に返答するのみである。それすら真実かどうか定かではなかった。 工房跡地下にあるはずの特殊旋盤用の動力源となる宝珠の探索が本格的に行えると喜んでいた興志王だが、そうはうまくはいかなかった。 一週間程のまとまった時間をやり繰りできなかったのだ。政は大切なので仕方がないことだが不満は募る。探索を開拓者に任せようとも考えたものの、それは性分が許さない。事が銃に関連するのならなおさらだ。 そこで少しでも保波との関係をよいものにしようと興志王は動く。 「どこか遊びに行きたいところはないか? 長旅は無理だが三日間ぐらいなら大丈夫だ」 「いえ、こちらで結構で御座います」 興志王が保波に話しかけてもすべてにおいて暖簾に腕押し。 保波は日がな一日、のんびりと宿屋で過ごすのみだ。宿屋からの外出は自由なので保波が逃げようと思えばいつでも出来る。しかし彼女はそうもしなかった。 興志王は気分を変えてもらいたいと南志島への保養旅行を提案する。 南志島は朱藩領地の千代ヶ原諸島の一つ。海水浴で有名である。 「そこまで仰るのならおつき合いしますが、あの‥‥私と興志王様のみなのでしょうか?」 保波に指摘されて興志王はようやく気づいた。男女ふたりっきりの旅を計画していたことに。 「まーなんだ。開拓者も一緒だ。楽しんでもらえればそれでいい」 宿屋を出た興志王は往来を駆け抜けた。そして汗びっしょりのまま安州ギルドで旅行中の護衛を依頼するのだった。 |
■参加者一覧
和奏(ia8807)
17歳・男・志
磨魅 キスリング(ia9596)
23歳・女・志
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
フィーネ・オレアリス(ib0409)
20歳・女・騎
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ
嶽御前(ib7951)
16歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●夏の島 南志島はどこもかしこも輝いていた。 人々は笑顔で眩しい世界を満喫する。駄々をこねて泣く子供さえ、どこか楽しそうである。ここでの思い出はいつまでも心の中に刻みつけられることだろう。 しかしただ一人、そうではない人物が砂浜にいた。青い水着に着替えてはいたものの、上着を羽織ったままの戸上保波である。 「冷たくて美味しいぞ」 「ありがとう御座います」 興志王が運んできたかき氷を保波は無表情のまま受け取った。一口だけ食べると後はずっと卓の上。 和奏(ia8807)は会話が続かない興志王と保波の様子を波打ち際で眺めていた。 (「単に嫌いだというのもあり得ますね。幼なじみだからといっても仲良くしなければならないわけでもありませんので‥‥」) 口には出せないでいたが和奏は興志王と保波の間にそのような印象を持っていた。保波の態度はそれだけ冷たい。 (「とはいえせっかくですし、しばらくは見守りましょうか」) 和奏は引き波の間に砂浜へと足跡を沢山残した。寄せた波に消されると再び踏みしめる。時には砂の中から現れた物を拾う。 「あれがあればお守りにでもするのですが‥‥」 なにやら目的ありげで砂浜を行き来する和奏である。 「お天気は大丈夫のようですね」 嶽御前(ib7951)はあまよみで数日間の天気を読みとった。曇りになるのはほんのわずかで滞在期間はよい天気といえる。 「それにしても‥‥」 上空を航行中、嶽御前は飛空船内で保波が呟いた寝言を思い出す。 『どこかで一人にならなければ』といったもの。完全に寝入っていたので聞かれた自覚はないはずだ。 困った様子の興志王を見かねてかジークリンデ(ib0258)も砂場の卓へと加わる。 「保波さんも宝珠の研磨師を目指していたとお聞きします。かなり難しい技術なのでしょう?」 「母が師匠でしたので――」 ジークリンデの問いに促されて保波は母である絹についてを語りだす。このときだけは保波の表情が和らいでいたとジークリンデと興志王は後に会話することとなる。 「父を早くに亡くした私にとって母はすべてでした。宝珠の研磨師としても尊敬していました‥‥」 絹のことを話すときだけ保波は饒舌であった。 しばらくして元気いっぱいのフィーネ・オレアリス(ib0409)が砂地を駆けて保波の前で止まる。 「保波様、せっかくの海なので泳ぎましょう」 「あの、泳げないので」 「大丈夫ですよ。ちゃんとお教えします」 「波飛沫が、つ、冷たいです」 フィーネは保波の手を引っ張って波打ち際へと走る。海に入るとやさしく泳ぎ方を教えてあげた。 「その調子ですよ」 フィーネはばた足をする保波の手を握って支える。よい調子になっていたところで、突然間近な海面から何かが飛び出す。 「きゃーー!」 悲鳴をあげる保波の横に立っていたのがライ・ネック(ib5781)。 「これは失礼しました。夕食の足しにでもと考えまして」 ライはは両手に一つずつ大きなカキを掴んでいた。 実は遊んでいるように見せかけて保波を護衛していたライだ。興志王の頼みでもある。 カキを保波に手渡したライは再び海の中へ。せいぜい五十センチメートルといった深さの海中で器用に潜水を続ける。一分も経たないうちに新たなカキを発見し、今度はフィーネに手渡すのだった。 砂浜の方角から呼び声がかかってフィーネ、ライ、保波は振り向いた。 「西瓜が売っていたので買って参りました。冷えてますし、みんなで西瓜割りでもやりませんか?」 磨魅 キスリング(ia9596)が西瓜が五個も入った木箱をまるでお盆のように軽々と片手で持ち上げていた。 磨魅が志体持ちだと知らない周囲の海水浴客達は誰もが驚愕の様子。途中で気づいてゆっくりと砂の上へと木箱を下ろす磨魅である。 「面白そうだな」 最後に棍棒を手にした興志王もやってきて全員で西瓜割りが始まった。 普通にやっても志体持ちだと余裕なので、開拓者と興志王はその場で二百回ってからである。 「西瓜割りというよりも我慢比べのような‥‥」 和奏は中腰になって、おでこの辺りに棍棒を握る手を当てながら淡々と回転する。 「アヤカシなどの敵は周囲にいないようですので、よい余興でしょう」 嶽御前も和奏の隣でぐるぐると。回る手間を考えて二人同時に行う。 和奏は刀筋は見事。しかし力のいれ具合が少々強すぎて半分が吹き飛ぶ。嶽御前は棍棒の先が掠め、西瓜の一部が欠けるだけで済んだ。 食べられる部分をみんなで分けて頂いてから二回目が行われる。 「提案した私が負けるわけには」 「朱藩の島でこのようなことを行うことになるとは」 磨魅とジークリンデが回り始めた頃には周囲の観光客の注目を集め始めていた。 志体持ち故にどうしても破壊力が並ではない。原型を止めた西瓜は周囲の人々にもお裾分けされた。 「海辺といえば西瓜ですね」 「シノビといっても二百回は結構大変なものですね」 フィーネとライも見事棍棒で西瓜を割った。宙を舞った割れた半分を興志王が受け止める。 「最後は俺と保波か」 「はい」 興志王が回る横で保波はしばらく立ちつくす。彼女に関しては普通の人なので回転は免除である。 興志王が回り終わったところで西瓜割りの三回目開始である。 「うおっ!」 「あ、すみません」 保波が振った棍棒が興志王の前髪を掠めた。野生の勘が働いたのか一瞬立ち止まったおかげで難を逃れた興志王だ。 「ぐっ!」 しかし蹌踉けた拍子に保波が振り上げた棍棒が興志王の溝打ちへと見事命中。さすがの興志王でも尻餅をついた。 (「わざと‥‥ですね‥‥」) 和奏は興志王を起こしながら横目でちらりと眺める。悪びれた様子もなく淡々とした様子の保波を。 (「殺意が込められていたのでは」) ライは保波の背中を見つめた。 他の仲間達も気づいたようである。理由は定かではないにしろ、保波は興志王に恨みを抱いていると。 深いものなのか、それとも単なる嫉妬程度のものなのか。さすがにそこまでは誰も見通せなかった。 ●波間の黒き存在 二日目の夜明け前。保波は宿から一人姿を消した。 「やはり動きましたね」 嶽御前から事前に寝言についてを聞いていた一同はこっそりと後をつける。 保波は前日に借りた小舟を岩場へと隠していた。櫂で漕いで沖へと向かう保波を望遠鏡を持った興志王が監視し続ける。 保波を見失う前に開拓者達は森の中に隠してあった小舟を取りに行く。 「よいしょっと」 「急ぎませんと」 和奏と磨魅が小舟を並んで持ち上げる。 小舟三艘が波打ち際に運ばれると分かれて乗り込んだ。 あまり慣れていないらしく保波の小舟はまだ視界の中にある。一行は追跡がばれないよう十分な距離をとって波間を進む。 「どうやら漕ぐのをやめた様子です」 ジークリンデは興志王から借りた望遠鏡を覗いていた。手を振って仲間達へと停止の合図を出す。八十から百メートル程度の距離を置いて保波が乗る小舟の様子を窺う。 「一人しか小舟に乗っていないはずなのに何やら話し声が‥‥。独り言ではありません。誰かあの小舟の近くにいます」 超越聴覚で耳をそばだてたライが人差し指を唇に当てて仲間達の沈黙を願う。 「‥‥このまましばらく様子を見たい。ライは出来る限り会話を覚えていてくれ。反論がなければライのいうように口を噤んで欲しい」 興志王に賛同した全員が話すをやめる。 波の音を聞きながらひたすら待つ他ない状況だ。 唯一、保波の小舟周辺まで攻撃が届く興志王は腹這いの腹射で銃を構える。さざ波とはいえ、揺れる小舟の上で的を絞るのは非常に困難な仕事であった。 (「いないな。ちょうど小舟の影になっているのかも知れねぇ‥‥」) 興志王の優れた視力を持ってしても、もう一人の存在は見つけられない。 「今、一瞬だけ強い瘴気が感じられました。アヤカシであっても不思議ではない濃さでしたが‥‥」 嶽御前が『瘴索結界「念」』で瘴気を感じ取る。ただ、正確な位置まではわからなかった。 全員の緊張が高まる。いつでも全速で保波が乗る小舟へと近づけるよう櫂を握る者の手は汗にまみれた。 最初はよくわからなかった保波の話相手だが、その内容からアヤカシだとはっきりとしてくる。 「興志王は『仇』、だそうです」 ライが耳にした会話の一部を呟いた。それを聞いた興志王の眉が微妙に動く。 保波は母親の絹が未だ生きていると騙されているようだ。興志王がどこかに幽閉して禁断の攻撃力を秘めた宝珠を研究させているに違いないと信じ切っていた。 絹を救うためにわざと興志王に囲われているのが彼女の立場なのだろう。 (「俺が制御用の宝珠に執心するほどそう見えたのだろうな‥‥」) 興志王にとってはとんだ濡れ衣である。 だがこれでようやく合点がいった。工房跡地下の宝珠を欲しがる自分を見れば、アヤカシの虚言が真実に思えたことだろう。 保波はアヤカシに知り得た興志王の情報を伝えていた。彼女は相手がアヤカシだとわかっていてそうしているようだ。つまり母親を助けるためならば手段を選ぶつもりはないらしい。 「内緒にして泳がせ続けるって手もあるが‥‥、それは俺の趣味じゃねぇ。それに保波を騙しているアヤカシを拝顔しておかなければな!」 興志王の指示で開拓者達はアヤカシが姿を消す前に行動を起こす。三艘の小舟は一気に保波の小舟へと近づいた。 「あれですね」 保波の小舟近くで海面から上半身を出している黒い何かを和奏が目撃する。 「私も協力しますわ」 和奏と磨魅はそれぞれの小舟の船首で立ち上がると手にした刀剣の振りで空気を震わす。放たれた瞬風波が深く突き刺さることで保波の小舟周辺の海面が数メートル膨らんだ。 「正体は‥‥蛇と人の姿に似たアヤカシ?」 海面が浮かび上がったことにより蛇人アヤカシをはっきりと目視出来るようになる。 フィーネが放ったオーラショットが炸裂。下から掬うように当たったおかげで海面から蛇人アヤカシの全身が飛び出す。 (「これでどうだ?」) 興志王の射撃によって蛇人アヤカシの左足が打ち抜かれる。 「大丈夫ですか?」 「え、ええ‥‥」 嶽御前は保波の小舟へと飛び移ると『霊刀「カミナギ」』を手にして身構えた。保波は視線をおろおろとさせながら必死に小舟へと掴まっている。 「ここからでしたら大丈夫ですね」 ようやく位置取りを決められたジークリンデはブリザーストームで逃げようとする蛇人アヤカシを吹雪に巻き込んだ。 たまらず潜水する蛇人アヤカシ。しかし泡と共に海中へ何者かが。水蜘蛛で海面を走り、蛇人アヤカシの位置を把握した上で飛び込んだライである。 (「お二人をお守りするのは私です」) ライの忍刀が蛇人アヤカシの牙と激しく渡り合う。 まもなく蛇人アヤカシは海面上に毒霧を吐いて撤退を開始する。 顔を出した際、蛇人アヤカシは保波へと呪詛をかけた。『母親の絹は生きている。それを忘れるな』と。 ●保波 それから朱藩の首都、安州に戻るまで保波は一言も話そうとはしなかった。 興志王もライを通じて知った会話の内容に自分から触れることはない。保波からの発言を待ち続ける。開拓者達も保波と同じ宿に滞在する。 ようやく保波が話す気になったのは南志島から戻って四日後のことだ。 内容のほとんどはすでに知っていたが、工房の事件当日と蛇人アヤカシについては初耳であった。 アヤカシに工房が襲われたその日、途中で絹とはぐれながらも保波は何とか逃げおおせた。絹と約束した土地で隠れながら待ち続けたもののずっとひとりぼっち。数年後、壊滅した工房についての詳しい情報を立ち寄った町で知る。 絹が死んだことに絶望した保波は自害しようと工房跡へと。そこで出会ったのが蛇人アヤカシ。アヤカシは自らを『邪蛇地』(ジャビチ)と名乗った。 工房周辺を地獄のように変えたアヤカシの言葉など保波は耳を傾けない。しかし絹が生きているのを邪蛇地は保波に確信させる。 保波にとって絹の生存はこれ以上ない望み。興志王の元で絹は生きて幽閉されており、宝珠を無理矢理作らされていると信じ切っていた。 「母は生きているんですよね! 取り戻せないのならせめて会わせてください。私も幽閉の身になっても構いませんから!!」 保波にすがられた興志王は言葉が出なかった。どのような説得を試みたところで今は到底信じてはもらえないだろうと心の中で呟きながら。長い時間をかけたとしても果たしてどうなのか。 翌日、開拓者達は神楽の都への帰路についた。 「これは?」 「海で拾ったものです。幸運が訪れますように」 ふと思い出したように和奏は別れ際、保波に首から下げられるお守りを手渡す。それは砂浜で拾ったイルカの耳骨で作ったものであった。 |