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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 開国から間もない朱藩。 王の名は興志宗末。一般に興志王と呼ばれる二十五歳の伊達男である。 年長者を主にして鎖国を解いた興志王をよく思わない諸侯も多かった。互いが牽制し、時には紛争が勃発している国が朱藩といってよい。 首都、安州には興志王の肝いりで造られた飛空船基地が存在する。 航空貿易によっての国家繁栄。同時に戦力として飛空船を利用しようとする意図が多分に含まれているのは誰の目にもあきらかであった。 安州の飛空船基地には陸上滑走路と、普通の船のように海上へ漂わせて待機させておく飛空船港が存在する。 海上に浮かぶ中で一際異彩を放つのが興志王所有の超大型飛空船『赤光』である。 「春か‥‥」 興志王はだだっ広い甲板に寝転がって空を見上げていた。 いろいろな懸案が脳裏をよぎる。馬鹿な事ばかりしているようでも自分が思うところの筋は通してきた。朱藩の未来をどこに導くのか。その舵取りは興志王の双肩にかかっていた。 「あああっ、考えるの止め、止め! やっぱり似合わねぇわ。俺には」 興志王は上半身を起こすと折り詰めのタコ焼きを頬張る。近頃、安州で話題だと聞いて試しに購入してきたのだ。 「冷めちまったが結構うまいもんだ。‥‥‥‥‥‥その手があるな‥‥」 最後のタコ焼きを口に入れた時、興志王は思いつく。一度、この赤光で朱藩全土の上空を航行して眺めてみよう、そうすればいい案が浮かぶかも知れないと。 赤光の艦長を呼んでさっそく離陸の準備に取りかからせる。 興志王は一部陸上で待機する乗員を呼ぶついでに開拓者ギルドにも連絡を走らせた。 赤光の乗員に志体持ちはわずかだ。それを補う為に開拓者にも乗ってもらおうという寸法である。 「危険は少ないと思うが‥‥」 海を眺めながら、興志王は一緒に鰹を釣った開拓者達を思いだしていた。 |
■参加者一覧
紅鶸(ia0006)
22歳・男・サ
守月・柳(ia0223)
21歳・男・志
七郎太(ia5386)
44歳・男・シ
景倉 恭冶(ia6030)
20歳・男・サ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
セシル・ディフィール(ia9368)
20歳・女・陰
磨魅 キスリング(ia9596)
23歳・女・志
勧善寺 哀(ia9623)
12歳・女・巫
フィーネ・オレアリス(ib0409)
20歳・女・騎
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ●離陸 巨大な塊が安州沖を滑って海面から浮かび上がってゆく。飛沫を散らしながら興志王を乗せた超大型飛空船『赤光』は上昇し、やがて水平飛行へと移行した。 上空からの朱藩視察が目的なので、それほど速度は出さずにゆっくりとした空の旅である。故に広い甲板で昼寝をしていても風の強さは問題のない程度だ。 のんびりと艦橋から景色を眺める興志王だが状況は切迫していた。朱藩内部では開国に対する鬱積が蓄積し、推進した興志王に向けられた矛先はいつ動き出すかわからない。 とはいえ今回の視察によって朱藩内の反対勢力がどのように動くのか、興志王は興味津々であった。藪をつついて何が出るのかお楽しみといった気分なのだろう。 赤光にはもしもの緊急事態に備えて急遽呼ばれた開拓者十名も乗船していた。 「この船で世界一周旅行とかできたら素敵かも知れませんね」 頬笑むフィーネ・オレアリス(ib0409)は船室の窓から遠ざかる安州を眺める。先に千代が原諸島を回ってから天儀本島内の国土を回る予定だと乗船時に聞かされていた。 「上空から眺められるなんて素敵ですね‥‥」 フィーネの隣で同じく外を観ていたのはセシル・ディフィール(ia9368)。波間の様子に鰹釣りの思い出を思い浮かべていた。あの時と同じように楽しく過ごせたらいいなと呟いて。 「飛空船で空から地上をゆっくり見る事なんて、今までほとんどありませんでしたし」 磨魅 キスリング(ia9596)は甲板下の船倉に預けている駿龍のブリュンヒルトを思いだす。甘えん坊なので心配になって確認しに向かう。 すでに船倉内で龍の世話をしていた開拓者もいる。 「突然でしたが、まさか興志王から空の旅にお誘い頂けるとは」 紅鶸(ia0006)は炎龍・大火を藁束で撫でてあげながら言葉をかける。後で甲板から飛ばさせてもらうつもりである。 甲板上を歩いて確認していたのが和奏(ia8807)だ。 「着艦時にはこの印の上に頼みますねぇ」 まるで和奏に答えるかのように駿龍・颯が啼く。 「ふふふふふ」 勧善寺 哀(ia9623)は甲板上の駿龍・鶏肉の背中に乗りながら景色を眺める。赤光はさすがに超大型だけあって少々の横風があってもびくともせずに安定していた。 「興志王、久しく。お元気でいらっしゃったか?」 「おー、元気だ!」 守月・柳(ia0223)は通路を歩いていた興志王と挨拶を交わす。後で会う約束してその場は別れた。興志王の表情から何か困り事があるように感じた守月柳だ。 「王様と会うのは鰹釣り以来か。いや〜、あの時は楽しかったねぇ」 寝転がりながら七郎太(ia5386)は真下に広がる海を眺める。 言葉と姿勢はゆったりとしていたが、そこは外装からはみ出した細い出っ張り。そんな所でくつろげるのはさすが忍者である。 大きな木箱を抱えて調理場を訪れていたのは景倉 恭冶(ia6030)だ。 「これを仕上げて欲しいんやね!」 景倉恭冶は様々な珍味を料理長に見せた。これらを買う為に乗り遅れてしまい、駿龍の夢彈で甲板に着艦したのもつい先程の出来事であった。 景倉恭冶は購入時に考えてきた調理法を説明する。 「お久しぶり〜。兄者ぁ」 「おー、不破か。来てくれると思っていたぜ」 不破 颯(ib0495)は甲板に現れた興志王に声をかけた。 「ギルドで聞いて、楽しみにして来ましたよぉ。まあ危険無いようしっかり頑張らせて貰います」 「大丈夫とは思うが念のためだ。よろしく頼むぜ」 時折、笑い声をあげながら不破颯と興志王はしばし語り合うのだった。 ●一日目と二日目 海を含めた朱藩上空を回るのでかなりの日数をかけた旅となる。 「とても飛空船の中とは思えませんわ」 「そこの席に座ってくれ」 磨魅は興志王の案内で艦橋を訪れる。操船の手伝いを願い出た磨魅だが、それは専門職の乗員がいるので間に合っているようだ。 そこで仲間達と時間を区切りながら興志王の話し相手を務める。ワンピースにハイヒール姿で。緊張を強いる旅ではないのを象徴的に示す意味で興志王も賛成してくれた。 「まるで空飛ぶ城ですね。景色がよく見えますし」 「そういえなくもないか。俺が乗っている赤光は朱藩そのものを体現しているともいえる‥‥」 磨魅の言葉に答えた後で興志王がしばし黙り込んだ。じっと見つめている磨魅に気がつくと興志王は大声で笑った。 やがて日が暮れて夕食の時間になる。 料理はそこそこに晩酌を始める興志王に景倉恭冶が近づいた。 「美人の娘じゃなくてないがちょいとねぇ」 「おっと、すまねぇな」 景倉恭冶が空になった興志王の盃に酒を注いだ。そして酒の摘みとして珍味を差し出す。泰国から輸入された甲殻類や、変わった動物の肉類の唐揚げが皿には盛られていた。 「鰹釣りは楽しかったんやね」 「あれはよかったな。豪快で、その後に食った刺身も格別だった」 景倉恭冶はなるべく興志王の聞き手に回る。まずは鰹釣りの思い出話に花を咲かせた。次第に朱藩の氏族についての話題に移った。 「忠誠を誓っているように見えて、その実、腹の中はわからねぇもんさ。だからといってその氏族のすべてを疑うのも狭量だ。疑心暗鬼っていうのは厄介なもんだな」 興志王の言葉が心に残る景倉恭冶だった。 安州を離陸した翌日、赤光は千代が原諸島をなぞる航路をとる。 「朱藩には興味が在る。興志王‥‥貴方にも同じく、な」 甲板で寝転がって空を見上げていた興志王に守月柳が声をかけた。 「あの‥‥私もいいですか?」 物影からひょっこりと顔を出したのはセシルだ。話しかける機会を探っていたようだ。 「まあ、二人とも隣にでも座ってくれ」 上半身を起こした興志王は守月柳とセシルを座らせた。 「良ければ朱藩の話をお聞かせ願えないだろうか?」 「国の話か――」 守月柳の求めに応じて興志王は朱藩についてを話し始めた。 国内の氏族との軋轢の他にも課題は残っている。特にアヤカシの出没は頭が痛くなる問題だ。 「他国よりも氏族同士の連携が薄い。だからアヤカシに対して後手に回りやすい‥‥どうかしたのか?」 「いえ‥‥失礼ですけれど、興志王様がしてらっしゃると、何だか不思議」 真面目な興志王の様子に耐えきれなくなってセシルはクスクスと笑い始めた。自ら伊達男と名乗る派手な格好をした興志王には確かに似合わない。 「興志王様、見えてきたあちらの大きな島は何でしょう?」 「香厳島だ。朱藩の領土内にある島の中で一番大きいものだ」 ぽりぽりと頭をかきながら興志王はセシルに答える。 話題も少なくなってきた頃、守月柳が立ち上がった。その手には横笛が握られていた。 「楽しい話だった。礼に一つ、聴いてもらえるか?」 「面白い趣向だ」 守月柳は天儀本島で一般的な曲を笛で奏でる。 (「素敵な笛の音‥」) しばらくしてセシルも立ち上がり、守月柳に目で合図を送った。そして静かに舞いを踊り始める。それはジルベリアの舞い。 セシルの踊りを目の前にした守月柳は目を見開く。一瞬とぎれる笛の音だが、すぐに復活した。 (「続けてみるとするか‥‥」) 守月柳が吹くのは天儀の韻。 (「とても素敵‥‥」) セシルの舞いはジルベリア由来。 奇妙にも感じられるが次第に合い、一つの世界を作り上げてゆく。 「俺だけではもったいないな」 一曲が終わると興志王は手が空いている乗員や開拓者を集める。そして二人の笛と踊りを多くの者達で楽しむのであった。 ●三日目 「それでは王様。甲板にお越しくださいね」 「おー、わかった。必ず行くからな」 朝食時に七郎太は興志王と約束を交わす。それは忍犬のポチの芸を披露する事。 しばらくして雑務を終えた興志王が約束通りに姿を現した。 「やらせてもらいますよ。いいかい? ポチ」 七郎太は隣で座らせているポチに声をかける。ポチは元気に一度だけ吠えるとさっそく芸を始めた。 指示通りに動ける所を見せたところで七郎太は輪を投げる。その輪を跳ねたポチが加えてポチが戻ってきた。 「これは結構面白いな」 興志王にも投げてもらってポチと戯れてもらう。 いつもは修行に厳しい七郎太だが、今日は少々の失敗をしてもポチを叱るつもりはなかった。とはいえポチの忍犬としての特技は秘密だ。王が相手とはいえ手の内を見せるのは忍びとして失格だからである。 ポチの芸が終わった後で、しばらく七郎太は興志王と話す。 多くは犬の調教についてである。まずはどんな風にしたいかを考えて、次にそうする為にどうするか考えるなど。 興志王は国政に置き換えながら聞き続ける。 「七郎太、ありがとうな。ポチ、またな」 興志王は七郎太に感謝して船内に戻ってゆくのであった。 ●四日目 赤光は千代が原諸島周辺海域の視察を終えて天儀本島に進路を向ける。 「兄者ぁ、これ儀弐王が忍んで食べに来る程の味らしいよぉ?」 「あの弓使いの王がか? どれ」 不破颯が用意した栄堂の小豆桜餅を興志王が頂く。 四日目の昼下がり、不破颯は興志王と一緒にお茶をしていた。 「そうか。で、架空のもふらの味はどうなったのだ?」 「お菓子派が多数だったものの、おにぎりに落ち着きましたねぇ。あ、ちなみに具なしですよ」 ここ最近の依頼での体験を少々脚色して不破颯は興志王に聞かせる。覚えた飴細工も披露したいところだが道具がないのでこれはあきらめた。 「この間、一緒に参加した皆さんと話したんですけどねぇ――」 不破颯は頃合いをみて朱藩についての窮状についてを話す。 「千代が原諸島は本土から離れているだけに脅威にはなりにくい。目が届きにくいのが俺の直轄地がいくつかあるし大丈夫だろうさ」 監視の目はそれなりに光らせるものの、島々での反逆の可能性は薄いと興志王は考えていた。ただ飛空船の保有数については注意が必要だ。 「確かに海をひとっ飛びされたら、安州はすぐ近くですねぇ。あ、開拓者は龍の貸し出しを受けられるんですが、あれはどうなんでしょうね?」 「そうだな。飛空船と同時に龍の保有も注意しておいた方がよさそうか」 興志王は不破颯の視点に感心した。 ●五日目 「こりゃいい」 「喜んでもらえてよかったです。空からの絶景を楽しませてもらっていますしこれぐらいは」 和奏は眺めのよい展望室で興志王の肩を揉む。ねこのてを貸そうともしたが、それはやんわりとした態度で断られる。 赤光は天儀本島上空まで辿り着いていた。今は朱藩の海岸線をそうように飛行中である。 「この間、鰹を釣りにいった。やっぱり漁業はいいもんだ。だが産業の基礎がそれだけでは立ちゆかなくなる時が必ず来る。他国に比べて開国したばかりの朱藩は遅れた部分が多々あるからな。それをどう埋めてゆけばいいのか‥‥」 和奏に海辺の町についてを説明する興志王の表情は曇り気味だ。 「そうそう。甘いモノもありますよー」 興志王を元気づけようと肩揉みをやめた和奏はお茶の用意を始める。 「まあ、なければ作るしかないがな。どうにかなるだろう」 「そうですよ。前向きが一番ですー」 和奏は茶を淹れながら興志王を応援するのだった。 ●六日目 「何をしているんだ?」 興志王は甲板の隅っこに座る勧善寺哀を見つけて近寄る。 「友達の人形と遊んでいるの」 興志王を見上げる勧善寺哀の手には藁人形。興志王はコホンと咳払いをする。 「そっちのぬいぐるみは友達なのか?」 「そっち? ああ、とらのぬいぐるみと、もふらのぬいぐるみね」 勧善寺哀は興志王と人形を話題にした。 「龍で飛ぶことはあれど飛行船に乗って飛ぶというのはまた違った趣があって気持ちが良いわね」 「そうか、俺も好きなんだ。飛行船から地上を眺めるのは気持ちがいい」 勧善寺哀と興志王は飛空船の楽しさについてもお喋りをするのだった。 ●九日目 天候が崩れて雨が降り出した九日目。 緊張が赤光の乗員達の間で駆けめぐる。 黒い雲間から突然、二隻の大型飛空船が出現したのである。二隻は赤光を挟むような進路をとった。 「あの紋は」 興志王には二隻に描かれた紋を知っていた。 一つは尾頭の一族。もう一つは富原の一族。どちらも朱藩の氏族だ。 龍を連れてきた開拓者に、いつでも飛び立てるようにと興志王は指示を出す。 「なんだぁ? 横槍なんて気にいらねぇな」 甲板に飛びだそうとした景倉恭冶を興志王が止めた。ここは俺が一人で対すると。 吹き荒ぶ雨風の中、興志王は甲板にあがる。 どちらの大型飛空船の甲板にも何者かの姿がある。尾頭家の当主『秀宗』と富原家の当主『君康』だ。 興志王は所持していた朱藩銃で真上の空に発砲する。尾頭秀宗と富原君康は膝をついて興志王に頭を下げた。 それ以上の事は起こらず、挨拶を終えた二隻の大型飛空船は飛び去っていった。 ●十一日目 朱藩の上空を巡る旅も終わりに差し掛かかり、紅鶸とフィーネが腕によりをかけて作った料理が振る舞われた。 「どうぞ、興志王様。ジルベリアの料理を作ってみました。お口に合えばいいのですが」 「どれ‥‥。とても深い味だ」 フィーネが興志王に食べさせたのはジルベリア風のスープだ。 魚介類でスープを仕上げ、さらに肉類と野菜を加えて丁寧に灰汁をとったものだ。さらに漉したりなど手間暇がかかった一品である。 「寒いジルベリアでこのスープを飲んだのなら格別だろうな。いや、朱藩だとまずいといっているんじゃないぞ」 「気になさらなくても。冬になった時に、また作って差し上げられる機会があればいいなと思っています」 にっこりと笑ったフィーネは赤光の料理人達から天儀の料理を教えてもらった事を興志王に話す。スープの味に隠された真の意味のヒントを織り交ぜながら。 「島の名前など親切に教えて頂いて楽しかったです」 旅の思い出をフィーネは興志王と語り合うのだった。 「楽しい旅でした。もうすぐで終わるとは残念です。ところで、二日ほど前に近づいてきた飛空船二隻についてですが――」 紅鶸はよければ話して欲しいと興志王を促す。 興志王は言葉を選びながらも教えてくれた。 あの時、赤光が飛行していたのは尾頭家が治める領地上空であった。ちなみに富原家は尾頭家と隣接した領地を持っており、非常に強い繋がりが存在する。 興志王は二人の行動を単なる挨拶とは捉えていなかった。遠回しではあるが一種の宣戦布告と受け取っていた。 「ま、他人の全てに賛同する人間なんていないでしょう。それでも、強い信念を以って臨めばわかりあえると、俺はそう思いますよ」 「そうだな」 大声で笑った興志王は紅鶸に酒を勧めた。 ●そして 十二日目に赤光は安州の飛空船基地へ帰還する。 興志王との別れを惜しみながら神楽の都へと帰ってゆく開拓者達であった。 |