春鰹 〜興志王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや易
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/31 20:28



■オープニング本文

 もうすぐ桜が咲く季節。花びらを開かせている早咲きの木々もどこかにあるのかも知れない。
 春を感じさせるものは数々があるが、そのうちの一つが鰹。
 海に面する朱藩の首都、安州でも漁業は盛んだ。毎日、各地で獲れた海産物が集まる。当然ながら鰹も魚市場に並んでいた。
 十分に新鮮な鰹ばかりだが、それで満足出来ない者もいる。
 より新しい鰹。さらに一本釣りという独特な漁法に興味津々な男が一人、岸から鰹漁船『大漁丸』へと飛び乗った。
「これが一本釣り用の竿か。釣り針には‥‥本当に返しがないんだな」
 ざっくばらんに漁師と話し始めたのは興志宗末。一般に興志王と呼ばれる朱藩を統べる国王だ。ちなみに返しとは獲物から針が抜けないようにつけられた出っ張りである。
 興志王は一人で首都、安州をぶらつくので有名だ。よく似た人物が歩いているだけと噂をいなす者もいるが事実は瓦版よりも奇なり。命を狙われる立場などどこ吹く風と興志王は自由であった。
「この時期の鰹漁は忙しいんで、手伝ってくれるなら歓迎でさぁ。でも陸を離れてよろしいんで?」
「少しぐらい平気、平気。まあ、どうしてもの時は飛空船で呼びにくるだろうさ」
 船長と興志王はすでに知った中のようだ。
 人手を借りる為、大漁丸には開拓者達も乗っていた。挨拶をした興志王は船縁に寄りかかるように座る。
 まもなく帆が張られて大漁丸は出港するのだった。


■参加者一覧
紅鶸(ia0006
22歳・男・サ
守月・柳(ia0223
21歳・男・志
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志
七郎太(ia5386
44歳・男・シ
景倉 恭冶(ia6030
20歳・男・サ
セシル・ディフィール(ia9368
20歳・女・陰
磨魅 キスリング(ia9596
23歳・女・志
勧善寺 哀(ia9623
12歳・女・巫
フィーネ・オレアリス(ib0409
20歳・女・騎
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓


■リプレイ本文

●挨拶
 帆を張って安州の沖を走る鰹漁船『大漁丸』。
 漁師達の他に臨時の手伝いとして乗船していたのが開拓者十名。加えておまけで乗り込んだのが男が一人。
 開拓者達は志体持ちである。多くの者はかなりの力を有しているので、全員が一斉に帆の張り直しなどをすると大漁丸を壊しかねない。そこで一人か二人が交代で手伝う。
 漁師達に挨拶をした開拓者達は鰹の一本釣りの手順を教えてもらった。ただ、どの漁師も簡単にしか教えてくれない。漁師の誰もがやってみればわかると楽天的に笑う。おそらく体験しているうちに慣れるのが手っ取り早いのだろう。職人の世界は得てしてそういうものだ。言葉では伝えにくいのかも知れなかった。
 順調に沖へと進む中、やけに派手な格好をした一人の男が開拓者達に近づいた。
「よお!」
 俺も初の鰹の一本釣りだと声をかけてきたのは興志宗末。朱藩国の王、民に興志王と呼ばれる人物だ。
 ここは安州の沖、海原に浮かぶ鰹漁船の甲板。普通に考えれば国王がのんびりとくつろいでいる場所ではあり得ない。最初はあっけにとられた開拓者達であったが漁師達との受け答えによって嘘ではない事に気がつく。
「! ‥‥貴殿‥噂に名高い興志王か。俺は志士の守月・柳と申す。お初にお目もじ仕れて光栄だ」
 普段はあまり感情を外に出さない守月・柳(ia0223)だが、この時ばかりは驚きの表情を浮かべる。
「よろしくな。しかし難しそうだよな、一本釣りって」
 釣り竿を肩に担いだ興志王は守月柳に振り向いて頷いた。
「お初にお目にかかります、紅鶸と申します。今日は一日よろしくお願いしますね。興志王も漁に出向かれるのですね」
「しばらくの間、よろしく。鰹の一本釣りってやつに興味があってね」
 紅鶸(ia0006)に挨拶に応えた興志王は釣り竿を軽く振ってみせた。
(「えと、その、まさかまさかの‥興志王‥?」)
 遠巻きで興志王の様子を眺めていたのがセシル・ディフィール(ia9368)。一人で外出する噂は聞き及んでいたものの、実際に遭遇するとは夢にも思っていなかった。自然体でいようとするが、ついつい気になって興志王の姿を物影から覗き込んでしまうセシルである。
「あなたが興志王‥‥。自分で伊達者言うだけあってなかなかのイケてるメンズね」
 勧善寺 哀(ia9623)はしげしげと興志王を見上げた。
「そうか!」
 興志王は口を大きく開けて大声で笑う。
「でも王と言っても私は東房の人間だから普通の大人に対して以上には敬意は払わないわよ。とりあえずの目標は王よりたくさん釣ることね‥‥」
 勧善寺哀も『うふふふ』と笑うのだった。
「いや〜船釣りしたくて参加したらえらい人とかち合ったもんだなぁ」
 不破 颯(ib0495)は興志王を話題にしながら漁師にいわれた通りに釣りの仕掛けを作る。すでに数は用意出来ているのだが念の為の予備をだ。
「果たしてどんなものだろうな。実際の一本釣りというものは」
「急いでるせいか、波は穏やかなのに船は揺れるもんやね。旬の鰹にありつけるかもしれんなら‥いっちょ頑張りますかぁ!」
 御凪 祥(ia5285)と景倉 恭冶(ia6030)は船長の指示に従いながら二人で縄を引っ張って帆の張りを調節する。
 鰹というのは凪いだ海と潮の狭間がよく釣れると船長は説明してくれた。そこに辿り着くまでは今しばらくかかりそうである。
「お兄さんは釣り、得意なのかい? 実を言うと僕はあんまり得意じゃないんだよね〜」
「たまに釣り船に乗せてもらって釣ったりするぜ。海上に浮かべた飛空船からも。でも一本釣りはしたことないのさ」
 七郎太(ia5386)は小春の日光を浴びながら興志王と釣りを含めた雑談を交わす。
「鰹を使ったお料理も出来れば嬉しいかなって思うのです。何がよいでしょう。うまみ塩は持ってきたのですけれど」
 フィーネ・オレアリス(ib0409)は磨魅 キスリング(ia9596)と一緒に船尾で海辺を眺めていた。すでに陸地は遠のいて小さく見える。
「とにかく、鰹を釣ればいいんですよね。そうしなければ始まりませんし。必ず期待以上の釣果を上げて御覧に入れますわよ」
 磨魅は胸元で両方の拳を握って意気込みを語った。
 鰹といえば刺身。そして叩きが有名だが、それ以外の料理にもありつけそうである。
 守月柳が横笛を取り出して一興を披露する。
 それぞれの思いを乗せて、大漁丸は鰹の群れを目指して海原を駆けるのであった。

●鰹を釣るにはまず鰯
 鰹の群れを示す目印はいくつかある。
 海面に浮いた大きめの漂流物。または集中して群れる海鳥。
 他にも鮫や鯨の動きが鰹の群れの発見に繋がる時もある。
「あれがそうではないか?」
 御凪祥が遠くに海鳥の群れを見つけて指さす。さっそく大漁丸は舵をきって海鳥が集まる海面へと向かう。
「これは‥‥魚影か?」
 興志王が身を乗り出して海を覗き込んだ。海の一カ所の色が確かに変わっているのがわかる。
「鰹の群れ! 凄いです‥‥」
 ついさっきまで潮風を楽しんでいたセシルも興志王と並んで魚影を眺めた。
「ばらまくぞ!」
 船長が指示で一斉に漁師達が動き出す。開拓者達もいわれたとおりに作業を開始した。
 鰹は泳いで移動しているので、まずはそれを留めなくてはいけない。その為に港から積んできた大量の鰯が役に立つ。つまりは撒き餌である。出航前に開拓者達も積み込みを手伝ったものだ。
 全員で手分けをして船底に保管されていた鰯を大きめの桶で汲む。
「これで寄ってくるのですね」
 紅鶸は勢いをつけて桶を振り、鰯を海面へと撒いた。しばらくするとさらに魚影が濃くなってくる。
「さて兄者。これからが本番ですねぇ」
「鰹が興奮してきたな」
 不破颯が釣り竿を興志王に渡す。
 ざっくばらんな興志王とすぐに仲良くなった不破颯だが、つい先程まで呼び方が今一決まらなかった。どう呼んでもいいといわれても困るしかない。そこで目上の人物でもあるし、『兄者』と呼ぶ事にしたのだ。
「‥‥やっと鰹釣りなのね‥‥。せめて酔い止め効果があるという梅干でも持ってこればよかった‥‥」
 船酔いで少々バテ気味の勧善寺哀も起きて一本釣りの用意を始める。船の揺れに合わせて右へ左に身体をなびかせるものの、そこは志体持ち。微妙な感覚で倒れたりせずに甲板を歩く。
「だいじょうぶかぁ?」
「平気、平気」
 勧善寺哀の様子に一声かける景倉恭冶である。
(「この様子なら鰹が釣れないことはないだろう‥‥」)
 景倉恭冶と海面の魚影を順に眺めた御凪祥は安心する。釣れないせいで景倉恭冶が騒ぐようなら裏拳で牽制するつもりであった。そうしないで済むのは幸いだ。
 一応、御凪祥は景倉恭冶の隣に座る。
「さてと。いろいろと試してみようかね。ちょちょいのちょいと〜」
 漁師から釣り竿を手渡された七郎太も船縁の椅子へと腰掛ける。針を引っかける機会が早めなのか遅めなのかも含めて、おそらく鰹の一本釣りには慣れが必要と思われた。
「鰹が引っかかった感覚を逃さず一瞬に全力をかけて引き上げますわ」
 磨魅は鰯を撒き終わった後で軽やかな足取りで釣り用の椅子に座る。
「お隣、よろしいでしょうか? 興志王様」
「おー、どんどん座ってくれ」
 フィーネは釣り竿を手にすると興志王の隣に座った。
「どうせなら大漁といきたいモノだな‥‥」
 守月柳が心眼で探ってみると真下の海中にはものすごい数の鰹らしき存在がある。それを船長に告げると合図が出た。
 鰹の一本釣りの開始である。
「よし! 一本目!!」
 興志王が釣り竿を勢いよく引きあげる。大きな鰹が確かにかかっていたのだが、勢い余って大漁丸の甲板上空を通過し、反対側の海へとパシャン!と落ちる。
「‥‥最初はこんなもんだろ。結構、難しいもんだな。次こそはいくぜ!」
 興志王の照れ笑いにつられて船上の一同が爆笑する。
 漁師達の竿にも次々と鰹が釣れだす。海から一気に引きあげられた鰹が次々と宙を舞って甲板に落ちて滑り、船倉へ集まってゆく。
「どりゃーっと! あれ?」
 セシルは勢いよく釣り竿をあげてみるが途中で鰹が針から外れてしまう。何度か繰り返すうちに二回に一回はちゃんと甲板の上に落とせるようになる。
「然し! 負けないのですよ!」
 百発百中で釣れるようにがんばるセシルだ。三十分後にはコツを手に入れる。
「こんな感じでしょうか」
 軽々と片手で鰹を釣り上げてゆく紅鶸の姿に漁師から『やるな、あんちゃん』と声がかかった。慣れれば二刀流で釣れそうだが、いまはじっくりと釣り竿一本で集中する紅鶸である。
「守月・柳…推して参るッ! ‥‥‥‥来た! この俺の本気に負けたな、春鰹め」
 守月柳は釣り竿をあげて鰹を頭上へ飛ばす。そして甲板に落ちた音を後ろ向きで聞いて微笑みを浮かべた。鰹との戦いはアヤカシ退治と同じ心構えで真剣勝負であった。
「釣れるかどうか、いざ勝負! っと」
 景倉恭冶は御凪祥にどちらが多く釣るか勝負を挑む。
 御凪祥は受けて立つが、あまり気負わずに淡々とした動きで鰹を釣っていった。後に判明するが勝負は僅差で御凪祥の勝ちで終わる。
(「やはり日差しは強いな」)
 海原のど真ん中で日影を探す訳にはいかず、船長から三度笠を借りて日焼け防止に努める御凪祥だ。
「そこいらではポンポン釣り上げてるね〜」
 のんびりとした様子で七郎太も鰹を釣っていた。その勢いは緩やかだがその代わり途中で鰹を落としたりなどの失敗はおかさない。引っかけた鰹は必ず手に入れる。
「こ、これは‥‥意外と難しいですわね‥‥。ですが、精神修行と思えば‥‥!? 今ですわ!!」
 磨魅は何度か釣っているうちにコツがわかってくる。魚影はまだ濃く、鰹の一本釣りはまだまだこれからであった。
「これは長丁場になりそうですねぇ。よければどうぞ。美味しいですよぉ」
 金平糖を興志王や回りの人たちに勧めながら不破颯は釣る。この後に控えている鰹料理が何より楽しみであり、あれやこれやと想像するのだった。
「おりゃ!」
「そのようにやればよろしいのですね」
 興志王の動きを観察したフィーネは見よう見まねをしてみる。
 加減さえわかれば姿に似合わない十分な力を持つフィーネにとって一本釣りは難しいものではなかった。慣れてくると段々とおもしろくなってくる。
「‥‥‥‥終了‥‥‥‥」
 かかった鰹を懸命に引きあげようとしたものの、バタンと途中で力尽きる勧善寺哀。今更ながら自分の体力のなさに気がつく。そこで釣りから甲板中央から外れてしまった鰹を集める作業へと切り替える。
 鰹との格闘は約二時間続いた。

●大漁
 鰹の一本釣りが終わったら港へと直行である。少しでも新鮮な春鰹を安州周辺の人々へ届ける為に大漁丸は海上を急いだ。
 そうではあるが、釣りっぱなしの二時間のおかげで全員のお腹は空いていた。そこで鰹を使った漁師料理の時間である。
 鰹の捌き方を漁師達に教えてもらいながら開拓者達も包丁を手に料理の腕をふるう。
「やっぱり鰹はたたきですね。折角ですし、春らしく如何です?」
「お、これはいい。頂くとしようか」
 紅鶸が酒「桜火」を興志王の器に注いだ。そして一杯やりながら二人は鰹のたたきを摘む。
 鰹のたたきは稲藁で皮目を中心に焼かれたもの。葱が散らされていた。
 タレは柑橘系のみのものや、醤油に酢、または生姜を合わせたものなど何種類がある。
「旬のモノはやはり旨い」
 自分達で釣り上げた鰹を口に運ぶ守月柳は満足げである。
「景倉、急がなくてもまだまだ鰹はある」
「うまいやね。これは」
 御凪祥と景倉恭冶は共に鰹料理を頂いた。小春日和での潮風はとても心地が良かった。
「それにしても釣り上げたばかりの鰹は青々として美しかったですね。‥‥うん、お味も抜群ですね」
 たたきの他に鰹の身をふんだんに使ったちらし寿司をセシルは気に入る。漁師料理のようだ。仕事なのにこんなに楽しくよいのかと思う程に充実な時間を過ごしたセシルである。
「僕はやっぱりこう、からし醤油でいきたいね」
 たたきではなく、そのままの鰹の刺身を七郎太は頂いた。漁師の中には一味唐辛子だけをかけて食べているものもいる。生食だけをとっても食べ方はいろいろだ。
「故郷の父も良く食していましたわ」
 懐かしそうに鰹のたたきを食していたのは磨魅。磨魅の父親は武天の出身なのだが、おそらく海沿いに住んでいるのだろう。
「カツオは縁起物だしね。タタキならいくらでも」
 たたきに使われていた生姜と醤油、そして葱は勧善寺哀が持ち込んだものである。やはり獲ったばかりの新鮮な鰹は一味違った。いくらでも食べられそうだ。
「お刺身とたたき、そしてお酒。とてもすすみますわね。興志王様、どうぞ」
 フィーネは興志王も含めて仲間達とのお喋りを楽しんだ。
「これは俺が捌いた鰹ですねぇ。どれ、お味は‥‥」
 不破颯は自分が作った鰹の刺身に舌鼓を打つ。
 安州の港に着くとまた大忙しである。
 市場に鰹が卸されるとすぐに競りが始まった。今夜、安州の食卓には獲ったばかりの鰹が並ぶ事だろう。
 船長は開拓者一人一人に大きな鰹を一本ずつお土産として手渡す。住処で食べて欲しいと。興志王も鰹を一本、手にぶら下げていた。
「一本釣り、一緒にやれて楽しかった。機会があったらまた会おうぜ」
 興志王は開拓者十名と別れの挨拶を交わすと安州の街中に消えてゆくのだった。