因縁の土地 〜興志王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: やや難
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/31 21:17



■オープニング本文

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 銃。
 砲術士にとって欠かせないものだが天儀刀などと比べれば未だ発展途上の武器だ。ジルベリアから伝来し、天儀の宝珠技術と合わさって現状の性能がある。
 砲術士の国『朱藩』においては日々改良が重ねられている。奨励した朱藩の王『興志宗末』自ら先導することも珍しくなかった。


 興志王は銃の改良に熱心だ。
 まずは弾の直進性向上についてだが、ある程度の目処は立つ。しかし大きな問題が残る。
 ジルベリアから来訪した技師キストニアによって銃身内を正確に刳り貫くには特殊旋盤が必要だとの結論に至ったのだが、精度の高い回転運動を生む方法が難しかった。
 一般的な宝珠の利用では難しいものの、興志王には心当たりがある。今亡き朱藩のお抱え宝珠研磨師『戸上絹』が残した宝珠が使えるのではないかと。
 但し、彼女の工房があった一帯は一時期濃い瘴気に包まれて立入禁止区域となった。現在ではある程度まで解消されていたものの、未だアヤカシがよく出没する。住まう者が殆どいない土地になっていた。
 また彼女の工房は古い城塞の地下施設を利用した倉庫が存在する。宝珠がもしあるとすればそこなのだがアヤカシが根城としている報告がいくつかあがっていた。
(「地理的に軍で制圧‥‥わけにはいかねぇな。遊兵ばかりになって被害ばかりが増えるだけだろう。かといって少数精鋭で行ったとしても帰りが危ねぇ。狭い範囲にうじゃうじゃいやがるはず。八方塞がりってのはこのことだな」)
 興志王は安州の海岸線にある岩場で釣り糸を垂らしながら考えていた。
 戸上絹の工房跡は城内の会議で価値が低いと見なされていた。あそこのアヤカシを一掃するのであれば他にやらなければならない土地はいくつもあると。それに宝珠があるといった噂は以前に自らが開拓者達へと語った通り、眉唾ものの与太話の類に他ならなかった。
 国王とはいえ虎の子の軍をそのような理由で動かせば各所に軋轢を生む。せっかく沈静化した再鎖国の動きが新たに蠢き出したら大事だ。
「戸上の家か‥‥」
 興志王は戸上絹とは一度会ったのみだが、その娘とはまだ幼き頃いくらか遊んだ記憶がある。娘の名前は『保波』。
 戸上の工房周辺の土地が濃い瘴気を帯びた頃、その事実を当時のまだ王ではなかった興志宗末は知らなかった。より正確にいえば宗末に知らせないよう安州城の中で箝口令が敷かれていたようである。
 宗末が知った時は派兵が行われて多くのアヤカシが退治された後だ。当然、おびただしい人的被害があったことはいうまでもない。
 アヤカシは減ったものの、民の殆どが移住したので土地は放置された。ちなみに戸上絹の遺体は発見されて墓に他の土地にたてられた墓に埋葬。保波は行方不明のまま年月が経ち、期間をもって死亡と判断された。
 釣りから帰った日の夜、戸上の周辺の土地がどうなっているのかの最新の調査結果が興志王の元に届く。
 再び各地のアヤカシが集結中で危険な地域へと逆戻りしつつあるようだ。
 一度の潜入で宝珠を手に入れるのは無理だと判断した興志王は、周辺地域のアヤカシ減少を図ろうとする。
 自らが赴くのを秘密にして開拓者ギルドにて募集をかける興志王であった。


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
和奏(ia8807
17歳・男・志
磨魅 キスリング(ia9596
23歳・女・志
フィーネ・オレアリス(ib0409
20歳・女・騎
ライ・ネック(ib5781
27歳・女・シ


■リプレイ本文

●肩慣らし
 朱藩のお抱え宝珠研磨師であった戸上絹の工房跡はアヤカシが多く彷徨う地帯に存在していた。その範囲はいびつながら直径四キロメートル円。離れるにつれて密度が薄れ、中心から六キロメートルも離れれば一般的な安全地帯となる。
 遠くから地帯の上空を眺めるとうっすらと霞んで見えるときがある。正体は虫のようなアヤカシの集合体で飛空船を見つけると風宝珠の機関へと入り込んで墜落させてしまうという。それ故に上空からの突入作戦は使えず、地上しか方法はなかった。
 工房跡周辺がそうなってしまったのは偶然なのか、それとも必然だったのか。知る者は誰もいない。
「遊撃か、拠点を準備した上で戦うか。どちらにするかだな‥‥」
 興志王と開拓者一行は工房跡まで五キロメートルの地点で現地を眺めていた。しばらく黙り込んだ興志王が決断を下す。
 作戦に参加しているのは興志王を含めて五名。火力に少々不安がある。移動しながらの遊撃戦闘はあきらめた。その代わり比較的安全な拠点に誘い込んでの討伐作戦を採用する。拠点の候補はすでにいくつか見つかっていた。多くの開拓者が事前に地図入手を希望し、また現地での確認を望んだからだ。
「それでは調べてきます」
「深くに入る必要は今のところはないからな」
 斥候に適役のシノビであるライ・ネック(ib5781)が潜入を開始。草木で鬱蒼とした岩が多く転がる土地へと姿を消す。
 他の者達は周囲のアヤカシ一掃を開始する。ライが向かった先に比べれば少ないはずだが、この周辺にもアヤカシは巣くっていた。
「東南東方向、約二百。茂みの中に虎のようなものが。アヤカシだと思われます」
 望遠鏡を覗いてフィーネ・オレアリス(ib0409)は遠方のアヤカシを探し出す。
「この周辺に濃い瘴気は感じられませんが、引き続き警戒します」
 玲璃(ia1114)は『瘴索結界「念」』で瘴気探知による警戒を担当した。一見しただけではわからなかったり、または小型で見つけにくいアヤカシもいるはずなのでその判断も玲璃に委ねられる。
「それじゃあいっちょ肩慣らしといこうぜ」
「そうですね。突っ込みますのでお願いしますね」
 興志王が長距離射撃銃の準備を行う。和奏(ia8807)は『刀「鬼神丸」』の鞘に手をかけながら駆けていった。
 魔槍砲も準備してきた興志王だが今は和奏の援護に徹する。
「上空に敵の姿は見えませんね」
 フィーネは引き続いて遠方のアヤカシに注意しながら興志王と玲璃の警護に回った。
(「政敵に比べればアヤカシの方が気兼ねがなくて良いですね」)
 草むらを分け入り、和奏は虎に似たアヤカシと思われる個体へと近づいた。距離が縮んだところで『心眼「集」』にて再確認。虎に似た個体は確かにアヤカシだ。
(「ここです」)
 和奏は興志王達へと手を振って合図を送った。望遠鏡を持つフィーネなら気づいてくれるはずである。
 風を切る音がした直後、虎アヤカシの額から黒い瘴気が吹き出す。興志王の長距離射撃銃から放たれた弾が当たったのである。
 それでも倒れずに虎アヤカシは咆哮をあげた。
 三歩踏み出した和奏は抜刀。秋水による居合いで虎型アヤカシの後方から暫撃を決めた。 激しく瘴気をまき散らしながら暴れる虎アヤカシ。さらに和奏は掬い上げるように下段から刀を斬りつけた。
 長く鋭い虎牙二本が切断されて草の茂みに落ちる。虎アヤカシは和奏に突撃するものの避けられたせいで地面から突きだした岩へと激突してしまう。
 おそらく牙があれば岩の方が砕けたのだろう。しかしそうはならずに虎アヤカシは蹌踉めいた。
 興志王の二射目が命中。虎アヤカシの頭部を右から左へと貫通する。
 和奏が大上段からの一刀で首を切断。虎アヤカシは瘴気の塵へと戻る。それからライが戻るまで一行はさらに五体のアヤカシを倒すのであった。

●危険地域
 工房跡へ近づくにつれて酷くなるどす黒い気配と低いうなり声。ライは岩陰に身を隠し、懐から取り出した地図で自らの位置を再確認する。
(「あの丘はおそらくこれですね‥‥。岩はきっとこれ」)
 事前の情報通り、工房跡周辺は丘陵が多く起伏にとんでいた。そのせいで遠方が非常に確認しづらい。さらに人の手が入らず放置されているせいで草木の浸食が激しかった。かつての住民でも地図なしではおそらく迷うはずである。
 ライは一つずつ確認をとって岩や木の幹に苦無で印をつけてゆく。後で正確に把握できるよう地図にも描き足す。
 魔の森でもないのに多数のアヤカシが徘徊する状況は普通ではあり得ない。何かしらの秘密がこの土地にはあるのだろうとライは想像する。それが戸上絹の工房跡と関係するのかまではわからなかったが。
 暗視や超越聴覚を駆使してアヤカシとおぼしき存在は避けて進んだ。普段なら一瞬で駆け抜ける距離を十分、十五分とかけて慎重に移動する。
(「あの場所なら銃も扱いやすいはずです‥‥」)
 拠点候補の中から最適なところを選び出す。ライは興志王と仲間達が待つ場所へと戻るのだった。

●戦闘
 戻ってきたライの道案内で一行は危険な地帯へと足を踏み入れた。想像していたよりもアヤカシの数は多く、息を潜めての行動となる。
「ここなら安全に倒せるはずです」
 ライが連れてきてくれた場所は丘の上でありながら地面から伸びる高い岩々のおかげで周囲から死角になっていた。また多勢のアヤカシに攻められるなどの危険な状況になっても二方向に脱出口となりうる筋道がある。
「誘き寄せて倒すにはうってつけの場所だな」
 興志王は岩の上で腹這いとなり、長距離射撃銃で一番間近の巨人型アヤカシを狙った。銃弾は巨人アヤカシの土手っ腹へ。立て続けに左肩へと手裏剣が突き刺さる。こちらはより接近した場所に立っていたライによるものだ。
「こちらですよ」
 ライは巨人アヤカシにわざと気づかれたところで拠点へと続く岩壁に挟まれた細道へ入り込んだ。岩の隙間にいたアヤカシは一掃済み。閉ざされた空間で戦うことにより、途中で別のアヤカシに参戦される可能性が低くなる。
 ライを追いかける巨人アヤカシの側で突然に地面の一部が剥がれた。フィーネが土色に染めた布を被って敵が通り過ぎる機会を狙っていたのである。
「こちらです!」
 『蛇矛「張翼徳」』が巨人アヤカシの左臑に深く突き刺さった。さらに右へと流して斬り割くと傷から瘴気が霧のように拡散する。
 右膝を地面に落とした巨人アヤカシだがそれでも鉄の棍棒を振り回す。フィーネが避けたところで反対側から和奏が斬りつけた。
「これで戦闘力は削いだといってよいですね」
 和奏の剣筋に沿って巨人アヤカシの右腕が鉄の棍棒もろとも宙に舞う。
 巨人アヤカシが大口を開いて叫びをあげようかとした刹那、炎が包み込んだ。岩から飛び降りた興志王が新たに手に取った魔槍砲で物理攻撃を仕掛けたのである。
 さらなる追い込みも準備していた一行だが、ここで巨人アヤカシは事切れる。崩れるように倒れて土煙を巻き上げた。
 巨人アヤカシが瘴気に戻るのも待たずに一行は次の標的を探す。慣れてくると三体前後はまとめて相手出来るようになる。
「退治したのはここまでで二十二体です。しばしお待ちを」
 休憩を挟み、玲璃がローレライの髪飾りを介して精霊の唄にて仲間達を癒してくれる。
「徘徊するアヤカシが減ってきたような気がするのですが」
 フィーネが岩の隙間から周囲を観察していた。
 この拠点へ辿り着いた当初、同じように望遠鏡で覗いてみれば必ず視界に入ってきたアヤカシの姿がよくよく探さなければ見つからなくなっていた。
「陽動を主とした別動の開拓者で編成された隊もいると聞いているぜ。魔の森みてぇにそこらでわいて出てくる訳じゃねぇ。倒していけば確実に減る。もう少しの我慢だ。いつまでもこうしている訳じゃねぇからよ」
 興志王は持ってきた握り飯を食らって苛立ちを抑える。駆ければすぐのところに目的地が存在する状況は彼を焦らせるのに十分であった。
 急いで握り飯を食べ終わった興志王が見張り役を務める。開拓者達もご相伴に預かる。
 休憩を終えてからもアヤカシ退治は続行された。
 羽虫のように小さなアヤカシについては上空に漂うのみで一行が襲われるような事態は今のところ起きていない。だがアヤカシの本能は人を襲い食らうことにある。一匹なら人の力でも倒せるような弱さでも多くなら別。それは屈強な開拓者にもいえた。
 常に注意しながら一行はさらに八体のアヤカシを瘴気の塵に戻す。そろそろ安全地帯へ戻り野営の準備を行おうかと考えていた際、不気味な四つ足アヤカシと遭遇した。
 それは身体中から針が飛び出していて一般的な犬の五倍はある。黒みがかった色に見えるのは身体から流れ出る汗のようなもののせいだ。その汗に触れた草木は瞬く間に枯れていった。
「おそらくはこの辺りの首領的なアヤカシなのでしょうね」
「瘴気の汗を鎧代わりにまとっているような印象です」
 大木の裏に身を隠しながら和奏と玲璃が小声で話す。
 互いに手振り身振りで合図を出し、ライが誘導役と決まった。
 ライを除いた全員が拠点へ戻って準備完了。ライが投げた手裏剣が四つ足アヤカシの首付近に命中する。四つ足アヤカシがライを追いかけ出す。
 両側の岩壁が狭まったところで四つ足アヤカシは巨体故に引っかかった。
「巨体が必ずしも便利とは限らないようだな!」
 挟まった四つ足アヤカシに向けて興志王の魔槍砲が火を噴いた。炎に包まれた四つ足アヤカシは岩を牙で砕いて強引にくぐり抜ける。
「敵は一人だけではありませんから」
 岩場の上に立っていたフィーネが眼下の四つ足アヤカシを狙って蛇矛を勢いよく振りおろす。するとオーラショットの輝きが放たれる。
 見事右足に命中。四つ足アヤカシは姿勢を崩しながら勢いが止まらずに擦るように岩壁へと衝突。黒い毒液が切り立った岩の壁にへばりついた。
「足の機動力を削いだのなら次は目がよいかと」
 狙い定めたライの手裏剣が四つ足アヤカシの右視力を奪う。見事、眼球を切り裂くと黒い瘴気が吹き出す。
「この辺りで」
「少しでも毒液が消え去れば」
 和奏に守られながら玲璃は四つ足アヤカシへと接近する。浄炎の炎を発動させ、四つ足アヤカシを精霊の加護による清浄なる炎で包み込んだ。
「毒が飛び散らない今なら!」
 『刀「鬼神丸』にて瞬風波を放つ和奏。直進した風の刃は四つ足アヤカシの喉を貫き、さらに後方の岩を砕いて窪みを作り上げる。
「沈んじまいな!」
 興志王は魔槍砲の槍で四つ足アヤカシの額を突いて離れた。
 全員の遠隔攻撃が続く。フィーネのオーラショットが四つ足アヤカシに止めを刺す。さすがに大きな図体のせいで瘴気に戻るのにも時間がかかった。
 一行は一度撤退。明日に備えて安全地帯まで退き野営を行うのだった。

●戸上の工房
 翌朝、一行は状況を知るために工房跡を目指して奥へと進んだ。
 昨日奮闘したおかげで選んだ順路にアヤカシは少なかった。またいたとして一撃で倒せるような弱いものばかりだ。
 木漏れ日の小道を抜けると自然の岩で形成された迷路のような場所へと出くわす。事前の準備のおかげで地図が役立って迷うことなく奥へと進行出来た。
 ただ戸上絹の工房跡にまで足を踏み入れることは叶わなかった。屯するアヤカシの密度が半端ではなかったからである。おそらくしばらくすれば興志王一行や他の部隊が倒したアヤカシのテリトリーへと移って薄まってゆくのだろうが今はまだ早かった。
(「確かにこの場所だ。懐かしい‥‥」)
 興志王は茂みに身を隠しながら思い出す。工房の木造建築物自体は朽ち果てようとしていたが石積みの城壁はそのままである。工房は城塞跡に造られたのでその名残だ。
 玲璃が興志王の腕に触って知らせる。『瘴索結界「念」』で探ったところこの場にこれ以上留まるのは難しいと。
 それからすぐに狼に似たアヤカシの群れに一行は発見される。和奏とフィーネがはね除けている間に撤退を開始。先行するライの後を全員で追いかけた。
 目立つのも構わずとにかく逃げるだけとなればやりようもある。志体持ちの身体能力を発揮して遁走。一行は無事に安全な地帯まで撤退するのだった。

●そして
 一行はもう一日現地へと留まる。危険地帯の外縁付近でアヤカシを減らしてから帰路に就いた。
 興志王の願いによって途中で戸上の墓参りに立ち寄る。墓は工房跡周辺からかなり離れた土地に立てられていた。
「保波?」
 水を汲んだ桶をぶら下げながら墓へと歩いていた興志王が立ち止まる。墓の前に立っていたのは長期の行方不明によって死亡と判断されていた戸上絹の娘『保波』であった。