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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 銃。 砲術士にとって欠かせないものだが天儀刀などと比べれば未だ発展途上の武器だ。ジルベリアから伝来し、天儀の宝珠技術と合わさって現状の性能がある。 砲術士の国『朱藩』においては日々改良が重ねられている。奨励した朱藩の王『興志宗末』自ら先導することも珍しくなかった。 朱藩内で騒がしかった再鎖国の動きは鎮まる。 魔の森やアヤカシに関しては対処しなければならないものの、ひとまずの静けさを取り戻したといってよい。 興志王は桜散る安州城の庭にあった。とはいえ花見に興じていた訳ではない。的を用意させて蔵に仕舞ってあった各銃を試し撃っていた。 「次!」 「はっ!」 配下達が弾込めした前装式の銃を興志王に手渡す。受け取った興志王は即座に構えて射撃。休憩なしに延々と五時間行われた。 使用した銃は八十九挺。弾は数えきれず。交換された的は三百枚を越える。 「何が違うのか‥‥」 試した八十九挺はすべて通常の火薬式。今回は宝珠を使用する魔槍砲やフルエレメンタル式は除外された。火薬式の弱点を探っていたからである。 前装式の克服は難しいので今後の課題として保留。今、考えるべきは弾の直進性の確保だ。 撃ち終えた後、破壊力は別として興志王が的に当てやすいと印象を持った長銃は八十九挺のうち十五挺だけ。そのうちの十三挺が興志王の収集物内において粗悪な銃に分類されている。奇抜な造形が面白いといった理由で手に入れたものあり、精巧に造られたはずの長銃の成績が芳しくなかったのは意外な結果だといえる。 それから数日間、興志王は暇さえあれば十五挺を分解しては組み立て直し、試射を繰り返す。 「銃身内にスジがあると弾の直進性が増しているような気がするな‥‥」 十五挺の銃身内にはどれもスジ状の凹凸が刻まれていた。粗悪なものにはおそらく偶然、精巧なものには経験則から鉄砲鍛冶が故意に刻んだと思われる。 ちなみに選からもれた粗悪銃には酷すぎる弾道のものが非常に多い。銃身内に単にスジがあればよいのではなさそうだ。 精巧に造られたが銃身内にスジや傷のない銃は、発射した弾が上下左右にふらふらとぶれる傾向がある。 「もっと情報を集めなくてはな‥‥。それには収集物だけでは限界がある。造って試すのが一番だが」 何かを思いついた興志王はさっそく安州内にある開拓者ギルド支部、通称『朱藩ギルド』を訪問した。 銃の試し撃ちの際、自分を含めた志体持ち以外は全員途中でへたばってしまった。それでは支障が出てしまう。効率的に調べるために志体持ちの開拓者に応援を頼む興志王であった。 |
■参加者一覧
和奏(ia8807)
17歳・男・志
磨魅 キスリング(ia9596)
23歳・女・志
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
フィーネ・オレアリス(ib0409)
20歳・女・騎
サクル(ib6734)
18歳・女・砂 |
■リプレイ本文 ●銃の特性 朱藩の首都、安州。安州城の広大な庭の片隅には興志王が収集した銃の蔵が存在する。 興志王と開拓者達は蔵から多数の銃を荷車に積み込み、もふらへと牽かせて城を出発した。訪ねたのは安州の外れにある銃砲工房『紅蓮』。興志王が懇意にしている鉄砲鍛冶の住まいである。 「鉄郎さんおひさにゃ〜。銀ちゃん、元気だった〜?」 到着一番。パラーリア・ゲラー(ia9712)は工房の主、鉄郎と娘の銀に駆け寄って手を握る。 「よく来てくれたな」 「パラーリアさんこそ元気そうで」 興志王一行は鉄郎と銀の歓迎を受けた。荷物を部屋に置くと早速庭で運んできた銃の試し撃ちが始まった。 (「銃‥‥‥‥。自分にはあまり馴染みのない武器ですけど‥‥」) 和奏(ia8807)は大きく足を広げた立撃の構えで用意した的を撃ち抜く。使用したのは興志王が厳選した十五挺のうちの一挺。確かに普通の銃より命中率はよかった。 より正確にいえば癖が一定だ。真っ直ぐに弾が飛ばなくても常に一定方向へわずかにずれる程度であれば補正して的に当てることができる。 「とりあえず、上手く飛ぶ銃身から共通性を見つけて、それを数試すのが一番着実でしょうね」 磨魅 キスリング(ia9596)は十五挺の外観をじっくりと眺めた。そして仲間達が撃つ様子も観察する。 (「面白いものですね」) 志体持ちの優れた視力を通してみれば放物線とは別にして弾道がふらふらと揺れているのがわかる。 「少しよろしいでしょうか?」 その時、フィーネ・オレアリス(ib0409)はあることを思いついて興志王に話しかけた。 (「其々の職人が秘伝にしている技術もあると思いますし、興志王様のように大資本で銃を集めて研究する機会がなければ、体系化して分析することなど出来ないのでしょうね」) フィーネは粘土を的にして弾の威力も含めて軌道を調べたいという。 「やってみる価値はありそうだな‥‥」 興志王は遠巻きに護衛をしていた配下の一人を呼び寄せて粘土の手配を命じる。 「洗濯物を取り込む際には一言いってください。手伝わせてもらいます」 「それは助かります。お願いしますね」 サクル(ib6734)は空いた時間に銀の家事を手伝うつもりでいた。 (「どのような人物でしょうか‥‥」) サクルは安州城からこの紅蓮までの道中で興志王がいっていたことを思い出す。ジルベリアから新たな技師を呼び寄せているらしい。少し遅くなっているものの、数日の間に到着する予定だそうだ。 「共通しているかと思ったら結構バラバラなのにゃ。次はっと‥‥」 パラーリアは厳選された十五挺の銃身の長さと口径を正確に計る。傾向としては銃身の長いものの評価が高くなりやすい。とはいえ絶対ではなかった。 「そろり〜っと」 パラーリアは試射が終わったものから銃身を外して内側に墨を塗る。その上で竹ひごに紙を巻いたものを通して銃身内の溝を写した。厳選の十五挺の他に比較用として一般的な銃も数挺も取ってみる。 午前は全員が一通り試し撃ちをしてから昼食。銀が作ってくれた手打ち饂飩を食べて気分一新する。 午後は午前の手応えを持ち寄って全員で検討会を行った。 「溝や傷があるのはわかっていたが、こうするとさらにはっきりとするな」 興志王は壁に貼った墨の写しを眺めた。理屈はよくわからないものの、内側の溝や傷が綺麗な繰り返しの模様になっている銃ほど命中率がよい傾向がある。 「何か、どこかで見たような‥‥」 磨魅は模様から何かを連想しそうになる。しかし喉元まで出かかったままだ。 しばらくして興志王の配下が粘土を届けてくれた。一通りの検討の後、粘土を的にして着弾の状態を確かめる。射撃は銃に卓越した砲術士・興志王と砂迅騎・サクルが担当。その他の全員は的の用意などを準備する。 「粘土に入ってから暴れる弾はいろいろとありますが‥‥命中率がよい銃から撃たれた弾には特徴があります。どれも空いた穴の入り口の部分が小さめですね。何か因果関係があるのでしょうか」 フィーネは粘土の穴に石膏を流し込んで固まってから取り出す。おかげで弾が作った粘土内部の形状が露わになった。 「軌道に歪みが生じるのは掛る力が均等になってないのだろうというところまではなんとなく理解りますが‥‥」 和奏は腕を組んで黙り込む。一番の問題である真っ直ぐに飛ばす方法が思いつかなかったからである。 「経験則でそうだとは思っていたが、こうしてはっきりとすれば対策の立てようもある」 鉄郎は得られた情報が綴られた紙の束を次々と捲った。 「私としてはこれとこの銃がとても手応えを感じました」 「俺もそうだな。ただこの一挺もよく感じたぞ」 サクルと興志王は十五挺の中からさらに三挺を選出する。明日からはこの三挺に集中して調べることとなった。 ●技師 二日目、三日目とより精査して情報が集められる。 ただこれ以上はどうにもならないといった状況になって興志王は決断した。一挺の破壊検査することを。 そして四日目早朝。 「やるしかねぇんだが問題はどうやってやるかだな」 銃身の中を見るには薪割りの要領で銃身を真っ二つにすればよかった。だが鋼鉄の中空棒を相手にして鉈でやれるはずもなく、また専用の道具は持ち合わせていない。強靱な薄刃鋸で挽くしかないのだがこれまでやったことがなかった。 「おー、ここか! 長旅は疲れるもんだわ!!」 興志王が悩んでいると豪快な笑い声が聞こえてくる。 呼び出しの鐘の音が鳴らされて銀が門へと出迎えに向かう。まもなく興志王の元にやってきたのは待ち望んでいたジルベリアからの来訪者だ。 「遠路遙々ご苦労だった。ジルベリアの技師よ」 「要請を受けてやってきた『キストニア・ギミック』と申す者。よしなに」 興志王とキストニアは挨拶を交わす。そして興志王から紹介される。彼、キストニア・ギミックはジルベリア機械工房ギルド所属である。年齢は三十二歳。工業都市『スクリュリア』第二工房からの出向。あちらでは副工房長を務めているという。 「よろしくな!」 キストニアは大きな声で順に一同と強く握手を交わす。 お互いの紹介が済んだところで本題に戻る。どうやって銃身を真っ二つに挽くかだが、キストニアが任せろと胸を叩いた。 それから約一時間後、一隻の中型飛空船が紅蓮の庭へと舞い降りる。キストニアがジルベリアから乗ってきた飛空船であり、工具が多数載せられていた。ちなみに安州の街を散策したいということでキストニアは立ち寄った飛空船基地で下船して徒歩でやって来た。飛空船はキストニアの到着時間を見計らって飛んできた次第だ。 全員で手伝って荷を下ろす。さっそく解いて現れたのは大きめの作業台。外した銃身を固定してみる。 「どうやって使うのですか?」 フィーネの問いにキストニアはより正確な工作を施す際に使うものだと答えた。駆鎧製作でも使われるようである。 「ガイドはここでしょうか。‥‥これなら正確に鋸が挽けますね」 磨魅は駆鎧の話題が出て興味がわいた。今回使用する機会はないものの、持ち込んだアーマーケースの中には駆鎧ギュンターが仕舞われてある。騎士のフィーネも同じく興味の眼差しを向ける。 「それではやってみましょうか」 「合図、お願いします」 和奏とサクルが両側の取っ手をそれぞれに持って鋸を挽いた。やがて銃身は真っ二つに。 「こんな風になっていたのにゃ」 パラーリアは墨の写しと真っ二つの本物を見比べた。なだらかな溝が内側に沿って刻まれているのがわかる。一般的な銃身も割ってみると滑らかになっていた。 「そう、思い出しました。安定した軌道の弾は竹トンボや楓の種が落ちるときに似ています。横に移動するのと下に落ちるの違いはありますけど」 磨魅はようやく胸の支えがとれる。 「縦と横‥‥。あとは磨魅さんがいうように、螺旋を描くくらいでしょうか。卵を立てたり、独楽を回す要領で」 和奏は割った銃身の片方を手にとって顔を近づける。 「一番よい溝を見つけるのにゃ〜♪」 「試行錯誤だな」 パラーリアは頷く鉄郎を見上げた。 「こりゃ、うまくいきそうだ」 興志王は膝を叩いて大いに笑う。 「生の魚を食すのはこれが初めてだな。これがショーユというものか」 「おー、初めてか。安州は漁港があるからどの魚も新鮮そのものだ。さあ、食ってくれ!」 この日の夕食は興志王によって外部から板前を招いてのものとなる。刺身なる生魚を食す機会にキストニアは大いに恐怖し、また感激するのだった。 ●手応え 各自提出した溝の図案に沿って銃身が造られる。鉄郎とキストニアを一同で手伝い、九日目の夕方には六本の試作銃身が準備された。 翌十日目、そのすべての試射が行われる。 「まっすぐ飛ぶのにゃ〜♪」 パラーリアは一射目で瞳を輝かせる。螺旋に刻んだ溝はそれだけ手応えがあった。 「素直に当たります」 サクルも命中の良さに目を見張った。やはり螺旋状にしたのが功を奏したようである。 「思った通りでしたわね」 磨魅は回転こそが鍵だったと心の中で呟く。銃身内に施条を刻むことで弾が回転し、軌道が安定したようだ。 「錐などと同じ理屈なのかも」 和奏は銃を下ろして的の中央部分に集中した穴を見つめた。これほどまでに違うものなのかと心の中で呟きながら。 「螺旋がきつすぎるのも考え物のようですね」 フィーネが描いた図案に沿って造られた銃身は本物のネジのような施条がつけられていた。あまりに回転させすぎると飛距離に問題が生じ、また銃身の熱も半端なものではなくなる。 「溝の間隔や角度によっても変化するようです」 サクルは施条の数を十本にしてみた銃身を用意してもらった。数が少ないものよりも安定したが威力が減少してしまう。 「早起きして、かすていらをつくってのにゃ♪ みんなで一服しよ〜☆」 午後過ぎ、気分を一新するためにパラーリアが銀と一緒に調理した『かすていら』でお茶にする。 「こちらもどうぞ」 サクルもアル=カマルの珈琲『テュルク・カフヴェスィ』や飴、西瓜などを提供してくれた。 「こういう時は甘いもんが一番だな」 興志王はあっという間に皿のかすていらを平らげてお代わりをもらう。そして少々難しい顔色を浮かべた。 「よりよい施条の捻りと数は今後煮詰めるとして‥‥問題なのは溝の加工方法だな。現状のやり方だと時間がかかりすぎる。それともう一つは施条が入った銃身だと弾が非常に詰めづらい。ここまで大変とは思わなかった」 興志王があげた欠点は誰もが感じていたことだ。 「そこでだが、製造については現状でも打つ手がある。昨晩、ようやく描き終わったんだが」 キストニアは側に置いてあった図面を広げた。それは銃身の中をくり抜く特殊旋盤が描かれていた。 「ほえ〜♪」 パラーリアはその精密さに驚き、何度も瞬きをしては図面を眺める。 精度を出した製造はもちろんだが、それ以上に安定した動力が不可欠らしい。宝珠を利用するつもりだが、興志王の力を持ってしても手に入らない特殊な宝珠のようだ。 「‥‥心当たりは一つだけある。だが‥‥‥‥」 興志王は珍しく口ごもる。 「難しい顔をされて、問題でもあるのですか?」 フィーネに訊ねられて二呼吸空けてから興志王は答えた。朱藩のお抱え宝珠研磨師『戸上絹』についてを。彼女はすでにこの世にはいない。そして研磨した宝珠の殆どが行方不明とされている。 「とはいえ物事にはすべて裏があってな。実はわかっているのさ。彼女が研磨した宝珠の在処は」 「どこなんでしょう?」 和奏へと振り向いた興志王は瞳を曇らせた。 興志王によれば一時期、彼女の工房一帯は瘴気の濃い一帯になってしまって立入禁止となった。魔の森の発生というよりも他所からのアヤカシ大量流入が原因だったという。現在はある程度まで解消されている。 「工房には非常に古い城塞の地下施設を利用した倉庫があってな。退治の際、一部のアヤカシがそこに逃げ込んで現在も籠城中だ。宝珠は今でもそこに眠っている‥‥といった伝説がある。あくまで噂でそうであったらいいなって程度の眉唾もんの与太話だがな」 「ですがもしあるとすれば、そこぐらいなのですか?」 興志王はサクルに頷いて見せる。 「行く‥‥しかないのでしょうね」 「そうだ。あるないに関わらず、確かめてみるべきだろうな」 磨魅から視線を逸らすように興志王は天井を見上げた。 興志王は最後のかすていらを摘んで胃袋に仕舞うと横になる。朱藩国内の混乱は別にして、戦うことそのものには積極的な興志王らしくない態度だった。 実は該当する場所が興志王にとって因縁の地であることを、この時の一同は誰も知らない。 滞在の期限が切れて開拓者達は神楽の都へと帰る。興志王は一人、海岸の岩場で白波を眺めるのであった。 |