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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 興志王は朱藩の領地『狩須貝』が所有する大型飛空船五隻の破壊作戦に成功。そのうち二隻に関しては開拓者の功績が非常に大であった。 これで領主『鞠蹴葦風』が密かに研いでいた牙の先端を削り取ったといえる。その他の再鎖国を唱える諸侯も沈黙するはずだ。経済や流通を使ってさらに骨抜きにしなければならないものの、ひとまずの安心を得たといってよかった。 密かに進んでいた朱藩転覆はうち砕かれたのである。 「今年の正月は‥‥なかったといってよかったな。あんなに味気ない餅は二度と食いたかねぇな」 宵の口。興志王はふらりと立ち寄った安州内のお店で魚醤仕立ての魚介鍋を箸でつつきながら思い返す。同じような思いを臣下達や開拓者達に感じさせてしまったのではないかと。かといって正月をやり直すのもお馬鹿な話であった。 「‥‥‥‥!」 興志王は目の前でぐらぐらと煮えている鍋を見て思いつく。 「闇鍋‥‥こいつは楽しそうだな!」 その時、興志王の表情が善に満ちていたのか悪に染まっていたのかは誰も知らない。とにかくこれまで頑張ってくれた開拓者も闇鍋に招待しようと考えていたのは確かだ。 翌日、神楽の都ギルドの掲示板に依頼が張り出される。闇鍋参加者の募集であった。 |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
和奏(ia8807)
17歳・男・志
磨魅 キスリング(ia9596)
23歳・女・志
フィーネ・オレアリス(ib0409)
20歳・女・騎
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ
ルカ・ジョルジェット(ib8687)
23歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●闇鍋 精霊門で朱藩の首都、安州を訪れた開拓者一行は夕方まで思い思いに時を過ごす。早めに登城する者、城下を観光する者など様々であった。 日が暮れる前には全員が集まる。誰もが鍋用の食材が入った袋や箱を抱えて。 客間に通されてしばらくすると興志王と何人かが姿を現した。 「よう、よく来てくれたな。闇鍋の席は隣の部屋に用意してある」 興志王が胡座をかいて座る。追いかけるように興志王の隣に二人の娘が正座する。 「俺の妹達を紹介するぜ。俺に近いのが深紅、もう一人が真夏。双子で深紅が上になる」 興志王の妹二人は栗毛の髪色である。先程歩いていた様子からすれば、どちらも背はあまり高くなかった。歳は十五だという。 「わたくし興志深紅ですわ。宗末ちゃ‥‥こほん‥‥もとい、兄がお世話になっているとか。今後もよしなに」 口元を裾で隠した興志深紅は年齢に似合わない妖美な印象を振りまく。 「あたしは興志真夏っていうの。えっと、興志王様と一緒によろしくね」 興志真夏は深紅とは逆に年齢よりも幼い印象をまとっていた。元気に両腕を揚げる。 挨拶はそこそこに全員で隣室へと移動する。襖を開けると薄暗い空間に巨大な鍋が鎮座まします。かなり大きめの鍋が囲炉裏にかかっていた。 (「お父様のおっしゃっていた『闇鍋』‥‥ついに参加する機会に恵まれたのですわ」) 磨魅 キスリング(ia9596)は湯気立つ大鍋を目の前にして武者震いをする。 「こちらが最初の魚醤仕立ての鍋ですね」 玲璃(ia1114)は大鍋を覗き込んで煮える様子を確認した。基本的な食材である白菜や白身魚、茸類が煮えている。 「味噌の大鍋はさらに隣の部屋にあります。こちらを頂いたのなら移動ですわね」 振り向いて視線が合った玲璃に深紅が答える。 「大鍋をたくさんの人数で頂く経験はあまりないので楽しみですね」 和奏(ia8807)は薄暗い部屋を注意しながら歩いた。今は行灯があるものの、闇鍋が始まった際には消されるようである。頼りは囲炉裏の炭火のみだ。 (「興志王様は一体何を入れるおつもりなのでしょうか? それに双子のお二人も」) フィーネ・オレアリス(ib0409)は食い道楽の興志王がどのような食材を入れるのか興味津々である。 (「暗視などは使わず、ここは仲間達を信じましょう。どうか食べられるものでありますように」) ライ・ネック(ib5781)は闇で役立つシノビとしての技は使わないと心に決めていた。 「大鍋を皆様で囲いましたので始めさせて頂きます。まずは囲炉裏の大鍋に背を向けてお座り下さいませ。私がお知らせする順番に振り向いて食材を大鍋へと入れて頂きます。まずは興志王様からよろしくお願い致します」 部屋には参加者以外に大鍋を取り仕切る者として侍女一名が待機していた。侍女の指示で一人ずつ食材を大鍋へと投げ込んでゆく。 囲炉裏の周囲には座布団が敷かれており、参加者全員が適当に座っていた。食材が入ったところで、さらに籤を引いて座布団の位置を入れ替わる。 暫しして煮えた頃、魚醤仕立ての大鍋を一同でつつき始めた。 灯りは大鍋の底に敷かれた炭火の輝きのみ。和奏は慎重に大鍋を杓子でかき回してから椀によそる。 「熱っ‥‥大きいですがこれは‥‥野菜みたいで丸っぽいですね。外側はそれなりに歯ごたえがありますけど中は柔らかくて酸っぱい‥‥。種もあるみたいです」 和奏が感想を口にするとフィーネが一旦箸を置く。 「それはきっと私が準備したトマトです。この季節、なかなかなくてようやく泰国産のものが手に入りました♪」 和奏が食べたのはフィーネが用意した真っ赤に熟したトマトのようである。フィーネは少し和奏と話した後でお酒を引っかけながら食事を再開する。 「これは‥‥お餅‥‥。あ、酸っぱいですけど私が入れたトマトとはまた違った‥‥きっと梅干しですね」 「それは菱餅です。一つだけ梅干しを入れておいたのですが、フィーネさん大当たりです」 フィーネが食べたのはライが用意した梅干し入りの菱餅であった。形が大分崩れていて菱形なのはわからなくなっていたが。 「これはすぐに‥‥わかりました。みかんですか‥‥そのままですか」 「きっと私が入れたものですわ。お風呂に入れて無病息災を願うものですし。どうかみかんを食べてお身体を温めてください」 ライが口にしたのは磨魅が用意したみかん。なんと皮付き丸ごとである。 「か、硬いですね!」 磨魅も自分の椀によそった何かを覚悟して食べ始めると口の中に何かがわずかに刺さった。しかし少しずらして食べてみるとかなり柔らかい。程良い旨味が口に広がる。 「汁が染み込んでいますがこれは天ぷらの衣ですね。中はエビのようですが‥‥この大きさは‥‥」 「そいつは俺が入れたイセエビの天ぷらだぜ。今朝獲れたばかりのやつを揚げてもらったのさ。どうだ、美味いだろ?」 磨魅が口にしたのは興志王が用意したイセエビの天ぷらであった。おそらく最初に囓ったのは頭周辺の殻の部分に違いない。身の味そのものはとても美味しいものであった。 「さてっと。俺も白菜や魚といった普通のもんじゃなく、誰かが入れたもんをそろそろ‥‥。こいつといくか!」 何か大きなものが杓子にかかる。そのまま椀によそって興志王がかぶりつく。 「モグモグッ。この弾力ある歯触り‥‥引っかかるのは吸盤か。イカかタコ‥‥‥‥タコだな。しかし丸ごととはな」 「あら、宗末ちゃんに当たったようね。その通りタコ一匹まるごとよ。用意したのはわ・た・く・しですわ♪」 興志王が食べたタコ丸ごとは深紅が入れたもの。深紅は結構な悪戯好きである。 「それではわたくしも‥‥。いやだ、硬いですわ。いえ、それだけではありませんね。大きな貝のようです。味からすると‥‥何でしょうか?」 「牡蠣なら私が入れました。よく煮えていると思いますけど」 深紅が食べたのは和奏が入れた牡蠣だ。 その和奏は先に食べたトマトに続いて様々な物を口にしていたが顔色一つ変えていない。何でも美味しく頂いてしまう舌を持っているらしい。 和奏の横にいた真夏はとても美味しそうに大鍋の中身を頂いてた。 「何のお魚かはわからないけど、とっても美味しいつみれ♪ もう少しもらおうっと♪」 「喜んで頂けたのならとても良かったです。そのつみれはきっと私が作ったものです。主にイワシで出来ています。葱に生姜も入っていますが」 「そうなんだ! ありがと〜♪」 「いえいえ。喜んで頂けたのなら」 真夏は玲璃に感謝しながらたくさんのイワシのつみれを頂いていた。 その玲璃もついに誰かが入れた食材を頂く機会が訪れる。 「これは‥‥」 外側を食べたときにはあまり味がしなかった。汁が染み込んでいたせいだろう。しかし中まで辿り着いた瞬間、口の中に強烈な甘みが広がった。 「お饅頭のような‥‥。いえ、違うようですが小豆の餡子であるのは間違いなさそうです。形は薄い円筒型‥‥大判焼きでしょうか?」 「当ったり〜♪ あたしの大好物なの。どう? 美味しい?」 玲璃が食べたのは真夏が用意した大判焼き。玲璃と真夏はお互いの食材を食べ合った形になる。 まもなくして魚醤仕立ての鍋の具はすべてなくなった。 間髪を入れずさらに奥の隣室に移動する。味噌仕立ての鍋への挑戦が始まるのだった。 ●二つ目の大鍋 味噌仕立ての大鍋にも魚醤仕立ての時と同じように次々と持ち寄った謎の食材が投入されてゆく。暫し熱が通るのを待って闇鍋の二回目突入である。 「さぁってこっちの鍋も食べるよ〜。あううっ? これ長い〜〜」 真夏は杓子でやけに長い食材を引き当ててしまった。 「なんだと思ったら、まったく切っていないネギだぁ〜。ふぅえ〜ん」 一度鍋から掬ったものは食べる約束なので真夏はえいっと囓りついた。 クスリと笑った磨魅が杓子で椀へと具を移す。 「これは結構な大きさ‥‥。この食感は巨大なつくねでしょうか。いえ刺激的な香辛料が感じられますわ。さらに中からとても濃い味が。はてさて‥‥」 食材を推理する磨魅。しばらくして降参と呟いた途端、興志王が不敵な笑みを浮かべた。 「そいつは俺のだな。はんばぁ〜ちょき。いや、はんばぁ〜ぐぅだったか。そういう名前の食べ物だ。普通だとソースは外からかけるらしいが、鍋なんで中身に仕込んでもらったのさ」 「まさかそれだったとは」 磨魅が食べたのは興志王が用意したジルベリア由来の料理であった。ハンバーグを知っていたはずの磨魅だが、大鍋を支配する噌味のせいで舌に狂いが生じたようである。それと匂いがかき消されていたのも非常に大きい。 うまく驚かせたと興志王はご機嫌な様子で大鍋から椀によそる。そして一気に食べた。 「こいつ月餅だな‥‥。甘い餡子の味がするぜ。んでこいつは胡麻だ。いろいろとあるな。う、おっ! 酸っぱい!」 「それは私が入れた月餅です。こちらは興志王様が当たりですね」 興志王が食べたのはライが用意した月餅。菱餅に続いて梅干しの当たりつきであった。 「さて、何やら大きめですが‥‥。頂きます」 ライはすでに掬ってあった具を箸で摘んで口に運んだ。 「うぉ?!」 奇妙な食感に思わず正座を崩してへたり込む。急いで湯飲みの茶を飲んで舌を正常に戻す。よくよく噛んで鮪の刺身だと気がついた。一口大に切られたものではなく柵のままだった。 外側には熱が通っていたが中身は生。中側だけを味わってみると、とても質のよい刺身なのがわかる。 「お刺身で食べればものすごく美味しかったと思います」 「おほほほっ♪」 ライが食べた鮪の刺身は深紅が用意した食材のようだ。 「わたくしもそろそろどなたかの食材を‥‥この辺りのを頂きますわ」 深紅がよそって椀から食べたのは葉物野菜を俵型に丸めたもの。噛んでみれば肉汁が口に広がる。ネギやゴボウなどの食感も感じられた。 「食材は天儀のものを使っているようですが、外の国の料理ですわね、きっと」 「深紅様がお食べになったのはおそらく私が作った天儀式ガルブツィーだと思います」 深紅から作り方を望まれた玲璃が掻い摘んで説明する。今度自分で調理してみると深紅は笑顔を浮かべた。やんごとなき立場の深紅だが、どうやら料理は趣味のようである。 「さてもう少し頂きますね。何やらたくさん入った様子」 説明を終えた玲璃は闇鍋へと戻った。控えめによそったつもりが椀に溢れそうなぐらい一杯になってしまう。玲璃は零さないようゆっくりと箸をつけた。 「これは‥‥うどんですね。味噌の汁と合わさってとても美味です」 「それあたしが入れたんだよ〜♪ 美味しいよねぇ〜大好き♪」 玲璃が食しているうどんは真夏が用意したものだ。たくさん大鍋に入れたようで、同じように食べている参加者がかなりいた。 「鍋にうどんは当たりのようですね」 和奏も自分の椀によそった分のうどんを食べ終わる。お腹の膨れ具合から悩んだものの、せっかくなのでもう一杯頂くことにした。 「これは外れでしょうか‥‥。かなり苦いですね。ですが、まあこれはこれで‥‥」 広がる苦みをものともせずに和奏は硬いめのそれをすべて食べきった。もう一口似たような食材を頂いたのだが、こちらはとても甘くて柔らかい。 どちらもバナナ。但し、最初は熟していない青いバナナで次は黄色く熟れたものだ。どちらも皮はちゃんと剥かれていた。 バナナを入れたのはフィーネである。 そのフィーネは手で支える椀の中身をすべて食べた後で首を捻った。 「あまり味がしませんね。もう一度同じ辺りを探れば‥‥この手応えはきっと先程と同じですね。麺ではなさそうなのですが‥‥」 フィーネは再度挑戦する。 細長い何かというのはわかっていたが、喉元まで出かかっているのに答えが出ない。繰り返し食べてようやくそれが春雨だとわかった。 すでにかなりお酒を呑んでいたのも影響したのかも知れないとフィーネは心の中で笑う。他の参加者にもほろ酔い加減がちらほらと見受けられた。 「いや〜、楽しいもんだな、闇鍋は。後でやる臣下との予定も楽しみだ。いくつかの食材、使わせてもらうぜ」 お腹いっぱいに食べた興志王もお酒に移行。 興志王曰く、酒は別腹。がっつりと食べてから、さらに呑む興志王である。 大鍋のあらかたが食べ終わっても闇鍋の宴は終わらなかった。踊り、語らって夜遅くまで続いた。全員が寝付いたのは日付が変わってしばらく経ってからである。 「もう朝ですわ」 「ねぼすけはだめ〜」 朝、二日酔い中で布団から出てこない興志王を深紅と真夏が叩き起こす。双子の姉妹だけはとても元気である。 「どれだけ食べて呑んだでしょう」 「最後、あまり覚えていない‥‥」 開拓者の中にも二日酔いした者が何人か。 日中はゆっくりと休んで深夜、手みやげ片手に精霊門で帰路につく開拓者達であった。 |