【砂輝】彷徨〜興志王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/21 15:31



■オープニング本文

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●小さな依頼
 アル=カマルの開拓者ギルドは、仮設とはいえ大盛況だった。
 これまでこの地では、開拓者がおらず、何か難事を持ち込むとすれば伝手を頼って傭兵を探さねばならなかったので、大変効率が悪かったのだ。
 だが、そこにジン‥‥つまり志体が多勢登録されていて、依頼と人が集中しているとあればこれを利用しない手は無い。料金は多少割高ではあるが、客人たちに対する好奇心もあって、多勢の人が訪れていた。
 とはいえ、物珍しさが先にたって、ギルドには冷やかしも多い。
 興味本位の依頼が増える傾向もあって、やはり、本当の意味で「信頼」は得られていないのだな、と実感するばかりだ。
「‥‥それで、こうした依頼から先に解決をなさる、と」
「さようです」
 三成の前に決済を求めて差し出された書類には、信頼獲得に向けての方策が記されていた。
「ふむ‥‥」
 まず第一に、重要性の高い依頼について、依頼者から徴収する依頼料を割り引く。第二に、開拓者たちに積極的に働きかけ、そうした依頼から優先的に解決して廻る。これを通じて、ギルドが頼れる存在であることをアピールしよう、ということだ。



「参ったぜ。このままじゃ死んじまうな」
 見渡す限りの地平線。じりじりと肌を焦がす灼熱の太陽。周囲に広がるのはひたすらに砂だけ。
 興志王は今、砂漠の直中にあった。
 つい四日前、興志王はシノビの風歩と秘密裏に募集した開拓者達を連れて朱藩の首都、安州を脱出する。
 旅はお忍び。外交問題に発展するとまずいので超大型飛空船『赤光』は使わず、高速使用の中型飛空船を使用していた。
 海を渡り、嵐の壁を越えてアル=カマルの空域に到達。そしてアル=シャムス大陸に辿り着いたまではよかった。
 突然、宝珠の制御関連が故障して制御が利かなくなってしまったのである。まるで籠に入れられて振り回されるような時が半日程続いた。
 奇跡的に砂漠と平行するよう不時着して全員が生き残る。だが衝撃に耐えきれず中型飛空船は真っ二つになってしまった。
「まったく俺ってやつは‥‥」
 以前にも似たような失敗をやらかしたことがある興志王だ。もっとも今回はちゃんと飛空船の点検整備状況を確認した上でのトラブルだったのだが。
 どうも赤光以外の飛空船とは相性が悪いと興志王は頭をかいた。
「動かず待っていれば誰かが通りがかると思ったが、どうやらダメっぽいな。こんな砂ばかりの土地でもおそらく通り道ってのがあるんだろう。それから外れていると考えた方がよさそうだ」
 興志王は一同に賛同を求める。自分達の足で安全な場所まで辿り着こうと。
 多数決の末、飛空船の残骸を中心にして作った野営地を離れる事が決まる。準備が整うとさっそく出発するのであった。


■参加者一覧
白拍子青楼(ia0730
19歳・女・巫
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
和奏(ia8807
17歳・男・志
磨魅 キスリング(ia9596
23歳・女・志
フィーネ・オレアリス(ib0409
20歳・女・騎
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
パニージェ(ib6627
29歳・男・騎
サクル(ib6734
18歳・女・砂


■リプレイ本文

●砂
 砂ばかりの大地。見渡す限り地平線の真っ直中。
 朱藩国王の興志宗末と配下のシノビ風歩、そして開拓者達は日中の間に出発の準備を整えた。そして涼しくなる夜を待ってから飛空船の残骸を後にする。
 このままでは干物になるのを待つばかりだと覚悟を決めたのである。
「これがあるとなしでは大違いだな。少しならともかく長く歩くとなればなおさらだ」
「役に立ってよかったです。ダマスカスブレートで削ったかいがありました」
 興志王はサクル(ib6734)が作ってくれたカンジキのような砂上で沈みにくい板を履いていた。壊れた飛空船の外壁を利用して作ったものだ。仲間の必要分もちゃんと用意してあった。
「小太郎、お水は大事だそうですわ。しっかりよろしくです♪」
 白拍子青楼(ia0730)は前を歩く忍犬・雲霧ノ小太郎に話しかけた。振り向いた忍犬・小太郎が小さくワンと答えると白拍子は笑顔で頷く。
 ここは大砂漠。食料も大切だが特に重要なのは水だ。
 視界の確保が容易なはずの日中ではなく真夜中の移動を選んだ理由はそこにある。少しでも飲料水を減らさない為に汗をかきにくい涼しい夜を選択して一同は進んでいた。
「あの星の方角がおそらく北ですね。このまま進みましょう」
 玲璃(ia1114)は時折、夜空を眺めて星の位置から方角を確認する。
 残念ながら飛空船に積まれていた方位磁石の類は墜落の衝撃ですべて壊れてしまっていた。
 砂漠では真っ直ぐ歩いているつもりでも長い距離でみれば曲がってしまうことが多々あるという。酷いときには大きな円を描いてもう一度同じ場所へと戻って来てしまうこともあるぐらいに。玲璃だけでなく多くの開拓者が承知していて注意を払っていた。
 玲璃は市女笠と外套で夜の肌寒さから身体を守っていた。手には提灯をぶら下げて足下を照らす。砂に足をとられることもままあるので注意するに越したことはない。
(「せめて食料が尽きる前に行動するべきだったかも‥‥」)
 和奏(ia8807)は後悔の念を抱きながら砂を踏みしめていた。
 見知らぬ土地故に救援や通りすがる地元の者を待つのも一つの手だ。
 しかしあると考えていた食料の一部がなかったのが非常に痛かった。まさかいくつかの木箱の底が抜けていたとは誰も気づいていなかったのである。おそらく墜落の際に破損して食料の一部がばらまかれたのだろう。
 調理道具を運ぶ労力を省きたいので最後の食事は出発前に済ませてあった。水がまだそれなりに残っていたのが不幸中の幸いだといえる。
(「何やら空気がざわめいているような感じがしますわ」)
 磨魅 キスリング(ia9596)は少々の砂が舞っていても視界が確保出来るよう伊達眼鏡をかけていた。
 雲一つないので天上では星明かりが瞬いているもののやはり夜である。遠くまでは見通せず状況は今一わかりにくかった。磨魅の心を過ぎった一抹の不安はもうしばらくして現実となる。
「少しだけお待ち頂けますか?」
「わかった。ついでに休憩しようか」
 フィーネ・オレアリス(ib0409)は興志王に頼んで時間をもらう。立ち止まると望遠鏡を取り出して辺りを探ってみた。
 裸眼と大して変わらぬ暗闇の景色に諦めようとした次の瞬間、フィーネは異変に気がついた。夜空の一部に星がまったく見えなかったのである。
(「昼は暑い、夜は寒い‥‥体調を崩さないようにしないと。よくこんなところに住めるわね。え? 星が見えない?」)
 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)の耳にフィーネと興志王の会話が届く。
「それはきっと――」
 リーゼロッテは砂嵐のせいで星が隠れて見えなくなっているのではと興志王に考えを伝えた。
「砂嵐‥‥か。噂でしか知らないが有りえるな」
 興志王はしばしの間考える。不運な事に砂嵐だと思われる方角に進行していたからである。隠れようとしても辺りにあるのは砂ばかりだ。
「‥‥何の事は無い、普段通りの、地獄だ」
「よい考えがあるのか?」
 パニージェ(ib6627)は持ち前の知識で砂嵐の動きを予測して興志王に提案する。それに沿ってさっそく進路の変更がとられた。
 状況把握が出来ていたとしても普通の身体能力を持つ者達であったのならこの後、砂塵の嵐に巻き込まれていたことだろう。しかし興志王とシノビの風歩も含めて全員が志体持ちである。暗闇の砂地を駆け抜けて難を逃れるのだった。

●砂嵐、再び
 行けども行けども砂ばかり。一行は方角を確認しながら夜の砂漠を北へと進み続ける。日が昇ったら暑さを避ける為の野営を行う。
「石系魔法がこんなとこで役立つなんて」
 天幕の横にリーゼロッテが出現させたのは石の壁。五メートル四方もあって日陰にするには十分な大きさがあった。
「昼間の砂漠の大地はかなり熱いですから」
 さらにサクルが天幕の生地を砂上に敷いてくれたおかげで暑さは和らぐ。
「一直線に歩くにはたくさんの道しるべがあった方がよいですし」
 石の壁は立ち去る際の目印としての役割もある。和奏は見える間、北へ真っ直ぐに進む際の基準にしていた。
「どっちもお砂ばかりですのっ!」
「そうか。東側は何もなかったか。ご苦労様だったな」
 昼前、偵察から戻ってきた白拍子は小鳥の囀りのように声を弾ませて興志王に報告する。歩き方まで小鳥のような白拍子の頭を撫でてから興志王は地平線を見つめた。
 日中に一度だけ二名ずつの二組を西と東へと偵察に向かわせている。
 飛空船の残骸を離れて三日目。開拓者達の手持ちが多かったおかげでまだ水には余裕がある。腹こそ減っていたがそれでも四日程度は動けるだろう。しかしその間に町かオアシスを見つけなければ命に関わる。
「危険な状況です」
「まだ遠くですが――」
 西側への偵察から戻った玲璃と磨魅の報告によれば二度目の砂嵐が迫っていた。
(「自然に立ち向かうほど馬鹿じゃねぇ。また避けるしかねぇのはわかっているんだが‥‥」)
「興志王様‥‥」
 悩む興志王を風歩が心配そうに見つめていた。
 砂嵐を避けるとしても大きな問題が一つある。
 一度目は夜間の移動だったが今回は昼間。熱風と強い日差しが照りつける最中を全力で移動しなければならなかった。志体持ちであっても体力が持つかどうか非常に怪しい。
「考え込んでいる時間がもったいねぇな。よし!!」
 興志王は砂嵐回避の決断をする。ここで死を待つ訳にはいかないと。
「小太郎、離れてはいけませんわ。いつもわたくしの近くにいてくださいね♪」
 白拍子は離れることがないよう忍犬の小太郎と自分を縄で繋げておく。
 縄のたるみに余裕を持たせて一同全員が命綱で結ばれた。準備が整うとさっそく出発する。移動を始めた頃には遠くの砂嵐の様子が目視出来るようになっていた。
「これはまずいぞ、興志王」
 砂嵐の規模に最悪を思い浮かべたパニージェは興志王に追いついて並んで歩いた。
「どうまずいんだ?」
「ただの砂嵐ではない。距離感が狂うほどの広範囲なものだ。それに足も速い。近づいて誰にもわかるようになった時にはもう遅い」
 パニージェは今すぐにでも全力で移動する事を興志王に提案する。
「‥‥生き延びるだけを考えよう! 疾走だ!!」
 興志王の号令で全員が進行を歩みから走りに切り替えた。継続できるよう全力ではなく程々の走りで抑えていたが。
 興志王が想定していたよりも砂嵐の到達は早かった。次第に周囲の砂がサラサラと動き始める。
(「少しでも走りやすい経路をとらないと」)
 先頭を買って出たサクルは高低差が少なくなるように進路を選択する。丘陵の隙間を縫うようにして強風を避けながらも平らな砂地を選んだ。
「今は北東へ進んでいます」
「わかった。しばらくはこのままだ」
 逃げている最中でも和奏は自分達の位置関係の把握して興志王に報告する。そして進む方角と歩数をメモに残す。急いでいるので完全とはいかないが、大まかな指針になりえるようにと。
「砂嵐を確認してから二時間が経過しました」
「日没までにはまだ間があるな‥‥」
 玲璃は胸元から金の懐中時計を取り出して時間を確認すると興志王に伝えた。正確な時間の把握も判断の重要な材料となるからだ。
 さらに一時間後、吹き荒れる砂と風のせいで視界が遮られて何も見えなくなった。志体持ちでさえ一歩も進めない状況に興志王が焦りの表情を浮かべる。
「少し待って。今、何とかするから」
 リーゼロッテがローブから顔をのぞかせてストーンウォールを唱える。順に五メートル四方の石壁を四枚出現させて一同を取り囲んだ。
 それでも砂嵐の勢いは凄まじかった。
 かなり耐え続けたストーンウォールだが、時にはあまりの衝撃で崩壊してしまう。周囲に積もった砂が流れ込む中、リーゼロッテはすぐさま石の壁を再出現させる。
「どれくらい経った?」
「先程の報告から五分経過しています」
 玲璃の時間報告と興志王の感覚はあまりに違った。耐えるしか出来ない状況は人の精神をすり減らすものである。
 三十分後には風が弱まってきたものの、興志王には数時間の経過に感じられた。それは他の者達にとっても同じ事だったろう。
 落ち着いたと判断した一同はそれぞれに石の壁をよじ登った。吹き荒れた砂のせいで石の壁の周囲三分の二が埋もれていた。
「このくらいで済んだのは、きっと立ち止まった位置が砂嵐の端だったからですね」
 玲璃は服に積もった砂を手のひらで払い落とす。
「運がよかったおかげもある。いつもこうとはいかないのが砂漠の恐ろしさだ」
 パニージェは冷静に自らの行動を振り返った。
「ホント、もうこんなことが無いようにしてもらいたいものね‥‥。ってまだ助かったわけじゃないけど」
 リーゼロッテは砂漠のど真ん中にいることを思い出す。
「生きていてなによりです。しかし当初の予定進路から大分離れてしまいましたね。とはいえ命あれば何とかなるでしょう。あれは‥‥」
 ふと振り返った和奏が目を細める。遠くではあったものの赤く染まる夕日の景色の中にオアシスを見つけたのである。
「間違ってはいけません。揺らいでいる様子からいっても蜃気楼でしょう。とはいえこの方角にあるのも確かです」
 サクルはオアシスがまだまだ遙か遠くにあるので急ぐのは禁物だと語った。
「夕日の幻。蜃気楼‥‥綺麗ですの♪ ねぇ、興志王様」
「本当に綺麗だな。それに生きて帰れそうだ」
 跳んだ白拍子は興志王の腕に抱きついてからオアシスを指差す。
 興志王と白拍子が蜃気楼を眺めている側では磨魅が砂地に大きく矢印を描いていた。
「昼の太陽の日の入り日の出と夜の星の位置を調べ直して、この方角を間違えないようにしないと」
 生きる為の道しるべを見つけた磨魅は逃さぬよう慎重に事を運ぶ。
「興志王様、これから夜になりますが少し休んでから出発致しませんか?」
「そうだな。一眠りしてからにしよう」
 フィーネは興志王の許可を得て天幕の準備に取りかかる。風歩や仲間達も手伝ってくれた。
 砂嵐のせいで体力を消耗。食料はとっくに無く、残っているのはわずかな水のみ。それでも蜃気楼のおかげで生きて帰れる希望を見つけた一同の心は軽くなっていた。

●そして
 二度目の砂嵐に巻き込まれてから三日後。飛空船で砂漠に墜落した一同はオアシスへと生きて辿り着いた。助かったのである。
 まずは湧き出る水で喉の乾きを癒し、ものすごい勢いで料理店へと飛び込んだ。お品書きをほとんど読まずに何でもいいからといって注文を済ます。
 食事の終盤まで誰も一言も喋らない。
 そして興志王が手持ちの金製品で支払ったのが五十人前分。果たして本当にそれほど食べたのか、誰も記憶してはいなかった。
 一日オアシスに滞在して休養をとる。翌日、飛空船に相乗りさせてもらって一同はアル=カマル首長連合王国の首都『ステラ・ノヴァ』へとようやく到達した。
 開拓者ギルドの出張所に依頼を出し、興志王と風歩は精霊門を通じて朱藩の首都、安州へと帰還する。もちろん開拓者達も神楽の都へと無事帰るのであった。