【修羅】興志不在の安州
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/28 22:00



■オープニング本文

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 興志王が統べる朱藩。
 再びの鎖国を勝手に宣言した『矢永』の領主に対し興志王は使者を送っていた。対外的にも同族が戦う事態は避けねばならないのだが説得は難関を極める。引き続き行われたものの、いつ解決するのか不透明な状況だ。
 現在の状勢で避けなければならないのが矢永に同調する領地を出さない事であったが、すでに一つは興志王を狙う形で態度を顕わにしていた。


「まったく‥‥困ったもんだ。矢永の事も片づいてねぇっていうのによ」
 朱藩の首都、安州沖上空を航行する超大型飛空船『赤光』の甲板に寝転がる興志王。料理長に蒸かしてもらった肉まんを囓りながら空を眺める。
 各国の首都を狙ってアヤカシの動きが活発化していた。問題が山積している朱藩であるものの、警戒を怠る訳にはいかなかった。
 本来ならば赤光での警戒を続けたかった興志王だが様々な案件に顔を出せねばならず、この日を境に地上へと残る事になる。王朝関連の難題が持ち込まれたとのもっぱらの噂だ。
 主が不在ながら赤光は周辺警戒の任務を続行した。そして多数のアヤカシと遭遇する。
「第三隊、構え! 撃て!!」
 隊列を組んだ砲術士達が一斉砲撃した相手は巨大な風鈴のようなアヤカシ。球状で空中に浮かび、何やら液体を周囲にまき散らしていた。その液に人が触れると火傷のような大怪我を負う。木材だと焦げてひしゃげてしまう程の威力があった。場合によっては発火するに違いない。
 赤光乗員の砲術士達は風鈴のようなアヤカシを『ギヤマン妖』と呼んだ。
 最初は一体だったギヤマン妖も次第に数が増える。作戦の立て直しと援軍を呼ぶために赤光は急速離脱をして一旦安州へと帰還する。
 途中まで同行していた高速飛空船によって先に報は城へと届いていた。
 大型飛空船二隻、中型飛空船六隻と共に赤光はギヤマン妖の殲滅の為に再び安州沖上空へと飛び立つ。
 力強い味方は同行の飛空船群だけではない。赤光には新たに開拓者達が乗船していた。しかし指揮を執るはずの興志王の姿はなかった。
 果たして安州に迫り来るギヤマン妖の大群を殲滅出来るのか。もしも安州に辿り着いてしまったのなら酸の雨のせいで甚大な被害を被るだろう。
 安州の未来は赤光率いる船団、そして開拓者達の手に委ねられていた。


■参加者一覧
紅鶸(ia0006
22歳・男・サ
守月・柳(ia0223
21歳・男・志
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
和奏(ia8807
17歳・男・志
セシル・ディフィール(ia9368
20歳・女・陰
磨魅 キスリング(ia9596
23歳・女・志
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
フィーネ・オレアリス(ib0409
20歳・女・騎


■リプレイ本文

●戦い
 青い海と空の狭間に広がる輝きの群れ。陽の光に煌めいて遠くから眺める限りはとても美しく感じられた。
 しかしその正体はアヤカシ。すべてを焼けただれさせる酸液を垂らす風鈴のような姿をした存在はギヤマン妖と名付けられていた。
「不気味なアヤカシの群れがゆっくりと、しかし確実に安州へと向けて北上していましたね」
「了解した。こちらの情報とも一致する」
 炎龍・大火で先行偵察を行った紅鶸(ia0006)は、赤光船長の御船に状況を報告する。興志王がいない今作戦において彼が最高指揮責任者である。
 甲板に紅鶸が現れたところで開拓者が勢揃いする。互いの健闘を願った後で各自事前に決められた配置へと移動を開始した。
「風花、行くぞ‥‥。守月・柳‥推して参る‥!」
 炎龍・風花の手綱を引く守月・柳(ia0223)。風花が翼を広げ、羽ばたかせて甲板から飛び立つ。
「灰の準備は万端ですね。では」
 玲璃(ia1114)は麻袋に灰を詰めたものを用意していた。駿龍・夏香に積んだのを確認してから背中へと搭乗。甲板の端から飛び降りて滑空してから上昇に転じる。
 ちなみに安州出航の直前まで間違って人妖を連れてきてしまった玲璃である。それ故に何かと慎重になっていた。
「火傷には十分に注意しないといけませんね」
 和奏(ia8807)は駿龍・颯に優しく声をかけてから浮上させる。赤光を見下ろすと砲術士達が各々銃を手に待機している姿が窺えた。
「イグニィ、行きますよ。常に敵より上をとるつもりでいます。よろしくお願いしますね」
 炎龍・イグニィに乗って高く舞い上がったのはセシル・ディフィール(ia9368)だ。
 空中戦において敵より高い位置にいるのが有利だという判断はセシルだけでなく、多くの仲間の共通認識になっていた。
「ギヤマン妖‥‥た、たしかに風鈴みたいな‥‥」
 駿龍・ブリュンヒルトで飛翔した磨魅 キスリング(ia9596)は、さっそく巨大ギヤマン妖の姿を自らの眼で確認する。
 ちなみに大きな団扇で吹き飛ばすという磨魅の提案は、ギヤマン妖の数があまりにも多く、なおかつ安州沖の海上という条件からいって採用はされなかった。
(「これも各地のアヤカシの大攻勢と関連が? 何れにしても危険な存在であることには変わりがありません」)
 ジークリンデ(ib0258)は炎龍を急上昇させてから望遠鏡で味方と敵をひとまとめに観察する。
 紅鶸も再び炎龍・大火で甲板から飛び立った。
 唯一、赤光に残ったのはアーマー・ロートリッターを用意していたフィーネ・オレアリス(ib0409)だ。
「それならば砲門を守らせて頂きます」
 船長に相談した上で赤光の砲を守るのがフィーネの役割となった。ギヤマン妖に迫られた場合の最後の盾として。
 順調に準備を整えていた朱藩・飛空船団であったが、この後すぐに思惑は外れてしまう。戦端を開いたのはギヤマン妖側から。ギヤマン妖の群れがまるでシャボン玉のように急上昇を始めたのである。
 ギヤマン妖側が朱藩・飛空船団を視認した直後に動き出すとは御船船長にとって予想外であった。
 ギヤマン妖側にとっても上をとるのは重要な意味がある。管から酸液を飛ばすにしろ相手より高い位置の方が有利に違いなかった。垂れ続ける酸液を有効に使うのならばなおさらだ。
 赤光から合図として銅鑼の音が鳴り響く。
 それは各船に高度上昇を告げるもの。もちろん龍やグライダーで飛行中の味方も含めてだ。朋友と共に飛翔する開拓者達はすでに高空の位置まで上昇済みであった。
 戦いは総力戦の状況を呈する。
 赤光を中心とした朱藩・飛空船団は高度をとりながら一斉砲撃を行う。
 敵のギヤマン妖の群れは空を染めるほどの数なので撃てば当たる。しかしそれは朱藩・飛空船団側にとっても同じといえた。ギヤマン妖側が朱藩・飛空船団に向けて酸液を吐けば大抵は吹きかかるという意味で。だがしかし朱藩・飛空船団側は事前に酸液への対抗策を用意していた。
 それは水。
 酸液が濃いのならば薄めてしまえばよいという考えからだ。ギヤマン妖の群れと対峙する前に朱藩・飛空船団は一旦海面へと乱暴に着水して船体を濡らしている。加えて戦闘が始まってからというもの、樽に繋がれた手押しの噴水器を持つ部隊が砲術士達に水をかけていた。
 滴るほど濡れているのならば酸液の飛沫程度は完全に防げる。大量に浴びてしまっても、ある程度の時間稼ぎにはなり得た。すぐに水で薄めたのなら被害はわずかであろう。
「構え! 斉射!!」
 一列に並んだ砲術士隊が一斉射撃。控えていた後列の隊と入れ替わって弾を込める。
 砲術士達が最初に指揮から命じられたのは直径一メートルから五メートルにかけてのギヤマン妖を狙う事。
 大きなギヤマン妖を倒すのには時間がかかり過ぎる為だ。逆に一メートル未満の小さなギヤマン妖の攻撃力はたかが知れているので後回しでも何とかなるという判断である。
 当然ながら朱藩・飛空船団は巨大なギヤマン妖の位置を基準にして間合いをとった。それでも大きなギヤマン妖が盾となって船団に接近してくる場面が何度もある。
 赤光の左舷後方に十メートル級のギヤマン妖が急速接近。仕方なく砲撃で沈めたものの、事前の予測通り時間がかかってしまい、五メートル以下のギヤマン妖多数の接近を許してしまう。
「ここは私が倒しますね。下がっていてください」
 アーマー・ロートリッターの中で叫んだのはフィーネ。
 被ったヘルメットとセットのゴーグルによって外界の視界は確保されていた。フィーネが右を向けはアーマーの頭部もそちらを向くといった具合に。
 すでに待機状態であったフィーネは即座にギヤマン妖へと対応する。強く一歩を踏み出した。
 ビーストクロスボウで先頭のギヤマン妖を撃ち抜くと、クラッシュブレードを構えて金属音を鳴らしながら甲板を駆ける。余計な酸液を撒き散らさぬように、斬るというよりもブレードをギヤマン妖に叩きつけた。振り向く勢いのまま、ひしゃげたギヤマン妖を船の外へと投げ捨てる。
 安堵のため息をつくと今度は悲鳴がフィーネの耳に届いた。一体のギヤマン妖が砲術士達の頭上へとさしかかろうとしていたのである。
「ここは死守します!」
 フィーネはクラッシュブレードから手を離すと、整然と並べられていた木箱から艦砲の鉄球を掴み取った。
 一呼吸あけて冷静さを取り戻してから大きく振りかぶり、鉄球を投げた。見事、ギヤマン妖に命中して退け、砲術士達は無傷で済む。
 被害を最小に抑えながらギヤマン妖の群れ相手に朱藩・飛空船団は奮闘を続けた。とはいえ徐々に各船体が乾いてきて樽の水も尽きてくる。
 御船船長の指示によって朱藩・飛空船団の一時後退を報す銅鑼が鳴らされた。海面に降りて船体を濡らすのと同時に樽への海水補給が望まれたのだ。
 朱藩・飛空船団が再び戦いの場に戻るまでギヤマン妖を抑えるのが龍やグライダーで飛翔する者達の役目。その中心は開拓者達だ。
 今までは群れからはぐれたギヤマン妖を各個撃破していたが、これからは自ら斬り込んでの戦いだ。
 まず攻撃を仕掛けたのは魔術師ジークリンデであった。
 事前に陣形への意見を御船船長へ具申したジークリンデであったが、海水を使っての対抗策を聞いて賛同に回った。今は作戦を成就させるべく魔法を使う。
「これを喰らっても浮いていられますか?」
 閃光と共に電撃が奔り、一番巨大な直径二十メートル級ギヤマン妖を貫いた。ジークリンデが放ったのはアークブラストだ。
 どくどくと酸液を流しながらもまだ二十メートル級は宙に浮いていた。まるで二十メートル級に命じられたかのようにその他の個体がジークリンデ目がけて動き出す。
 ジークリンデは二度目のアークブラストを放ち、二十メートル級に追い打ちをかけた。
「こちらは餞別代わりに」
 迫ってくる多数のギヤマン妖の個体に対し、ジークリンデは白燐に包まれながらブリザーストームの吹雪を見舞った。これはアークブラストと違って一定範囲に存在する敵に対してまとめて衝撃を加えられるものだ。
 頃合いを感じたジークリンデは炎龍を操って一旦後方へと退く。ジークリンデと入れ替わるように龍を駆る開拓者達はギヤマン妖に立ち向かう。
「こちらですよ! 風鈴のようなアヤカシのみなさん!!」
 紅鶸はわざと仲間達とは離れた空間に待機して咆哮で辺りを轟かせた。少しでも敵を分散させて戦いやすくする腹づもりである。
 作戦はうまくいった。十三体のギヤマン妖が紅鶸が操る炎龍・大火の後方をついてくる。
(「これなら倒せますね」)
 振り返って敵の様子を確認する紅鶸。一番大きなもので直径四メートル級。小さな個体は直径一メートルにも満たなかった。
「移動は任せます。俺は一体ずつ始末してゆくので」
 話しかける紅鶸に大火は啼いて応えた。
 大火が反転するのと同時に紅鶸は『片鎌槍「北狄」』を手に取る。反対の手には番傘を持って。
 番傘を広げて飛んでくる酸液の盾とした。大火は酸液の直撃を喰らわずに避けながら突き進んだ。
「ひとつ、楽しんでいくとしましょうか!」
 紅鶸が狙ったギヤマン妖は追ってくる中で一番大きな四メートル級。唐竹割で深い手傷を負わせる。勢いのまま小型のギヤマン妖三体を葬った。
 すれ違い、少し遠ざかった位置で紅鶸は咆哮を響かせる。こうして自分の存在を改めてギヤマン妖等の意識に擦りこんだ。
 もう一度ギヤマン妖等に接近戦を仕掛ける。
 すぐ側まで近づくと穴だらけの番傘を放り投げた。ちなみにこの番傘と同じものが興志王から紅鶸に贈られるのだが、それは後の話である。
 紅鶸は四メートル級に止めを刺し、さらに小型の二体を倒す。
 ここまで敵を減らせば紅鶸にとって追ってくるギヤマン妖等を一掃するのは容易いことであった。
 紅鶸とはギヤマン妖の群れを挟んで反対側にいたのが和奏。
「行きますよ‥‥」
 覚悟を決めた和奏は駿龍・颯と共にギヤマン妖の群れへと突っ込んだ。
 顔に当たる風に目を細めながら数多くの敵の中から探る。すぐに五メートル級のギヤマン妖に狙いを定めた。他のギヤマン妖からわずかだが離れた空間に位置しており、なおかつ無傷なので今後の脅威になりうると判断したからだ。
 ある程度の距離まで近づいた時、和奏は手綱を引いて駿龍・颯に指示を出す。それに応じて駿龍・颯が空中停止を試みながら大きく翼を羽ばたかせる。渦巻く空気の突風は衝撃波となって五メートル級の外皮斜め上部を切り取った。
 秋の水の如く精神を集中した和奏は抜刀。閃光のような筋が五メートル級の表面に現れた次の瞬間に割れる。ギヤマン妖内に蓄えられた酸液は飛び散ることなく、ゆっくりと倒した桶からのように零れ落ちていった。
 和奏はすぐさま高速飛行で離脱を図る。
(「どこまで時間稼ぎが出来るかが勝負のようですね」)
 朱藩・飛空船団が戻ってくるまで何とか持ちこたえなければならないと考えながら和奏は敵を見下ろす。
 控えている作戦は十字砲火。最初の交戦では成功しなかったが、次こそは行われるはずであった。
 雨が降れば酸液も弱まるはずだが、どうやら空の景色に気配は感じられない。和奏は駿龍・颯と協力して群れからはぐれたギヤマン妖を討つ。
 和奏と比較的近くで戦っていたのはセシルである。
「イグニィ、次はあのアヤカシです!」
 群れからはみ出した四メートル級ギヤマン妖を目指してセシルは炎龍・イグニィを急降下させる。鋭い爪で表皮を引っ掻いて離脱。四メートル級の傷口から酸液が噴きあがる。
「消え失せてください!」
 すかさずセシルは斬撃符を打った。カマイタチのような式が四メートル級の傷口をさらに深くえぐる。まもなくひしゃげ、徐々に瘴気へと戻りながら落下してゆく。
「式に注意を向けさせますので今のうちに」
「わかりました」
 セシルは斬撃符のカマイタチのような式を打って和奏の支援を始めた。連携してギヤマン妖を減らしてゆく。
(「震えや呼吸の乱れはないようですね」)
 セシルは定期的に炎龍・イグニィの首の後ろを触って感じ取る。調子があまりに落ちているようならば赤光に戻って甲板からの戦いに切り替えるつもりであった。
 さらにセシルと和奏の連携に駿龍・ブリュンヒルトを駆る磨魅も加わる。これまでは一撃離脱を繰り返してギヤマン妖を一体ずつ倒していたようである。
「私とブリュンヒルトが囮になりますので、追いかけてくるアヤカシを狙ってくださいね」
 磨魅は精霊剣による青白い輝きをグニェーフソードに纏わせて、駿龍・ブリュンヒルトと共にギヤマン妖の群れの中へと突進した。
 ブリュンヒルトは右に左へ上下へと駿龍の翼を用いて宙に飛散する酸液を避ける。いくつかの小型のギヤマン妖を倒しながら群れの中を突き抜けた。
 磨魅と駿龍・ブリュンヒルトを追い始めた多数のギヤマン妖を、セシルと和奏は順に始末していったのである。
 戦況が停滞気味になった頃、銅鑼の響きが戦う守月柳の耳に届いた。味方の旗艦、赤光からの指示である。
「戻ってきたか。ここが正念場だな」
 守月柳は炎龍・風花の背中から理穴弓で試みていた小型ギヤマン妖に対しての遠隔攻撃を取りやめる。かなりの成果はあったのだが、ここから先は敵の誘導に力を入れるためだ。
「空での戦は敵より上空を取るのが基本だ‥」
 守月柳は機会を窺う。狙うのは最大の直径二十メートル級のギヤマン妖。少しでも攻撃を与えておいて、後の朱藩・飛空船団の戦力に手渡しする為に。
「風花‥今だ‥‥!!」
 炎龍・風花に身体をそわせた形で守月柳は急降下を決行する。二十メートル級にある程度の距離まで近づいたところで上半身を起こす。激しい風に晒されながら守月柳は矢を放ち続ける。
 あまりに近づきすぎれば二十メートル級の酸液噴射の餌食になってしまう。ぎりぎりの見極めが求められた。
 五射してから二十メートル級から軌道をずらし、弧を描いて急上昇に転ずる。
「くっ‥‥!」
 しかし守月柳と炎龍・風花は辺り構わず噴射した二十メートル級の酸液を被ってしまう。
「すぐに治療をしますので。しばしの我慢を」
 瘴索結界で状況を確認していた玲璃は守月柳の動きにも注目していた。
 即座に駿龍・夏香で近づき、まずは灰を被せて即座の中和を試みる。染め物の灰汁抜きをヒントにしていた。それから閃癒によって守月柳と風花を治療する。
 これまでにも開拓者仲間や龍で出撃中の朱藩の砲術士達を助けてきた玲璃だ。守月柳と風花は癒えて再び戦えるようになる。
 それから守月柳と玲璃は揃って二十メートル級への攻撃に心血を注いだ。
 多難ではあったが二十メートル級の意識を開拓者達が引きつけておいたおかげで、朱藩・飛空船団の陣形は整う。南西から東南にかけての扇形。風向きのせいで完全に敵を挟んでの十字砲火の陣形にまでは至らなかったがこれでも十分であった。
 各船体に備え付けの大口径の砲、そして列をなした砲術士の部隊の一斉砲撃がギヤマン妖の群れを包み込む。
 その勢いはすさまじく、ギヤマン妖の群れは一気に崩れていった。大量の酸液が海に零れ落ち、激しい泡音と共に白い煙が広い範囲で立ち上る。
 一斉砲撃の激しさは約二十分間続いた。そして残るは傷だらけの二十メートル級ギヤマン妖とほんのわずか小柄な個体のみとなる。
 この時点で朱藩・飛空船団に余力は残っていなかった。
 船体は乾ききって樽の中身も最初に積んでいたものと違って海水である。酸液を浴びた砲術士には即座にかけていたが、真水と違って非常に目に染みる。再び戦えるようになるまで時間がかかるのが難点だ。そのせいで砲術士の約半数が動きづらい状態に陥っていたのである。
 ギヤマン妖へ止めを刺す為に動いたのは空を駆ける開拓者達。
 小型の個体を斬って捨てながら二十メートル級のギヤマン妖へと急接近する。すでに酸液は枯れかかっていた。飛んでくる飛沫を避けて外皮に刃を立てた。
 ついに力尽きた二十メートル級ギヤマン妖は落下を始める。
 風に靡きながら千切れてゆき、やがて本体は海面へと着水する。瘴気に戻りながら沈んでゆく様子を龍で飛翔する開拓者達は最後まで見届けるのだった。

●興志王
 勝利を収めた開拓者達は赤光に帰還し、朱藩・飛空船団と共に安州の地へと戻った。
 興志王が戻るまでは数日を要したのでその間はゆっくりと休養する。完全とはいかなかったものの、それなりの調子まで回復する。
「安州からかなり先の沖ですべてを退治したんだってな。協力ありがとうよ。開拓者がいなかったらもっと悲惨な状況だったかも知れないって御船がいってたぜ」
 興志王は戻ってくるなり開拓者達との謁見の場を設けた。出来ればもっと堅苦しくない場所を選びたかったようだが、こればかりは配下の者達に押し切られたようだ。
 鎖国を宣言した朱藩の領地『矢永』の現状について憂いを感じる開拓者は多かった。和奏は食糧事情の悪化に心を砕いていた。
 また守月柳は鎖国宣言そのものについての疑問を抱き、興志王にぶつけてみる。
「先の例もある‥‥上の者だけの意見なのではないのか?」
 矢永以外の領地が再びの鎖国を宣言する裏には何かしらの統率された意志が働いているのではないかと守月柳は考えていたのである。
「それはあるかもな。その意志とやらが矢永の領主であるかも知れないし、別の誰かかも知れん。矢永の領主はただの傀儡として動かされただけとかな。せめて人ならいいんだが‥‥。ただ今のところ、はっきりとしたことは何もわかってねぇ。後手に回らぬよう調べは忘れないようにしておく。朱藩を心配してくれてありがとうよ」
 興志王は守月柳に頷くと酒瓶を手に取って立ち上がる。そして盃を持った開拓者達へと直々に酒を注ぎ、功績を褒め称えるのだった。