桜の季節 〜儀弐王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/14 13:03



■オープニング本文

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 開拓者達の活躍により、波路家の女系に伝わる瘴気を吸収する宝珠は無事に雪絵の体内から取り出された。
 雪絵の体調に悪影響はなかった。特に儀弐王は安堵したようである。
 瘴気を取り込んだ宝珠は城内深くに封印された。今後、符への活用が期待されるのだが、あまりに未知数で研究調査に膨大な時間を要すると考えられる。
 目出度い話ばかりではなかった。
 捕らえられていた鶴時君義は雪絵との面会を直前にして自決したという。
 アヤカシ・鶴時梔の存在については知る者すべてに箝口令が敷かれた。どこかに幽閉されるようだが噂故に定かではない。アヤカシを野に放てるはずもなく、雪絵の体調が急変する可能性を考えれば無闇に殺す訳にもいかなかった。瘴気を吸収する宝珠について梔が誰よりも詳しいのも理由の一つにあげられたようだ。
 関係した者達が体験した断片的な記憶を除いて、すべてが国家の闇へと封印された。儀弐王でさえ全貌を知らないまま。
 そして訪れるのは春。
 理穴の首都、奏生の城に植えられた桜のつぼみも膨らみ、開花の時期はもうすぐである。
 庭を散歩中の儀弐王と雪絵は桜の枝を見上げた。
「花見をしましょう、雪絵。力を貸してくれた人々を呼んで」
「とても良い考えですね」
 言葉少なに儀弐王と雪絵によって花見の日取りが決められる。当然のことながら、何かと奔走してくれた開拓者にも声がかけられるのであった。


■参加者一覧
剣桜花(ia1851
18歳・女・泰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
紗々良(ia5542
15歳・女・弓
雲母(ia6295
20歳・女・陰
井伊 沙貴恵(ia8425
24歳・女・サ
ルエラ・ファールバルト(ia9645
20歳・女・志
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
琉宇(ib1119
12歳・男・吟
華表(ib3045
10歳・男・巫


■リプレイ本文

●桜
 うららかなお花見日和の理穴の首都、奏生の城。
 咲いた桜で華やぐ城庭。花見の席は始まったばかりである。
「今日は花見だって聞いたから前から王様に会いたがっていた友達を連れてきたんだぜ。紗々良っていうんだ」
 ルオウ(ia2445)は儀弐王への挨拶の際、隣りに立っていた娘の背中をドンと押す。一歩前に出た娘の名前は紗々良(ia5542)。
「お初に、お目にかかり、ます。私は‥この国の、小さな村の、生まれで‥儀弐王さまの、お話を聞いて、から‥ずっと、憧れて、いて。だから、お会いできて、とても嬉しい、です。王さまも、雪絵さん、も‥ひと時、息抜きになれば‥と、思い、ます」
 紗々良は儀弐王を前にしてとても緊張していた。ほんのりと頬を紅潮させながら懸命に話す。
「よく来てくれましたね。今日は堅苦しいことはなく楽しんでいってくださいね。その背中の弓‥‥手入れが行き届いていて大切になさっているのがわかります」
 儀弐王の言葉に肩の力が抜けて紗々良の緊張はほぐれていった。
「早いものでもう桜の季節になっちゃったのね。これまでを振り返ると感慨深いものがあるわ」
 椅子に腰掛けた井伊 沙貴恵(ia8425)は背もたれに大きく寄りかかる。頭上に咲き乱れる桜を眺めながらしばし感慨にふけった。
「お茶をどうぞです」
 華表(ib3045)は雪絵に新しいお茶を煎れる。
「ありがとう。とても美味しいお茶だわ。このお菓子にとても合いますし」
 雪絵はお茶と共に華表が持ってきた菓子を頂いた。雪絵もまた儀弐王と同じく甘味の菓子が大好物である。一つ一つを訊ねながら味見をしてゆく。
「これは‥‥ジルベリアの酒ですね?」
「葡萄酒といいます。お口に合うとよいのですけど」
 ルエラ・ファールバルト(ia9645)は理穴ギルド長・大雪加香織にお酒を注いだ。自分も楽しみながら来客者を接待する。お酒を注いだり、料理を運んだりと。
 儀弐王、雪絵、開拓者、大雪加の他には、綾記家の人々の姿もあった。
「重音おねえさんと雪絵おねえさん、これ作ってきたよ〜。食べて欲しいのにゃ♪」
 元気に儀弐王と雪絵の前へと座ったパラーリア・ゲラー(ia9712)が、桃色の風呂敷をほどくと御重が現れる。その中には桜餅がたくさん並べられていた。
「これはとても美味しそう」
 雪絵が桜餅を小皿に乗せて儀弐王に手渡す。
「ありがとう、パラーリアさん」
 礼をいう儀弐王は相変わらずの無表情で淡々とした喋り口だ。
 儀弐王をよく知らない者ならば社交辞令の態度にしか思えないのだがそうではない。
 パラーリアには儀弐王が喜んでいるのがよくわかる。いつの間にか八個の桜餅が儀弐王の前から消え去っているのがその証拠だ。
 料理作りについてをパラーリアが訊いてみると雪絵は『はい』と答える。儀弐王ははぐらかした様子でどうやら不得手のようだ。ちなみに雪絵が得意なのはタケノコの炊き込みご飯だという。
「あちらの桜が綺麗ですね」
 話題が若い頃の恋愛に及ぶと儀弐王は姿を消してしまう。
「もうはずかしがる歳でもないのに」
 雪絵によれば儀弐王にも淡い恋心を抱いた相手はいたようだが、詳しくは当人から聞いてといったところで恋愛話は終了する。
「それでは次は儀弐王陛下のリクエストで弾くかな」
 『バイオリン「サンクトペトロ」』を顎に当てた琉宇(ib1119)が弦を巧みに動かす。
 奏でたのはいつのまにか戻っていた儀弐王のリクエストにそった春のそよ風のような曲。チラリチラリと舞い落ちる桜の花びらを浴びながら琉宇は弾き続ける。
「は〜い。あーん♪」
 剣桜花(ia1851)は皿の上の栗きんとんを箸で摘むと、ぴったりと寄り添っている雲母(ia6295)の口に運んだ。
「花見はいいねぇ‥‥ほら、おーか、あーん♪」
 食べ終わると今度は雲母が剣桜花に食べさせてあげた。
 雲母と剣桜花の仲間睦まじい様子が大雪加の視界に入る。
 続いて雲母がお酒を口に含み、剣桜花の唇に近づけたところで大雪加は視線を上げて桜を愛でるのだった。

●パラーリア
「雪絵おねえさんが教えてくれた場所は、えっと‥‥ここだにゃ」
 花見の席を抜け出してパラーリアが訪れたのは庭の片隅にある桜の根本。雪絵が自害して果てた鶴時君義との思い出の品を埋めた場所である。
 パラーリアが桜餅とお酒を供えた。君義の本物の墓は遠方にあると聞いたのでせめてもの代わりにと。
(「きっと、雪絵おねえさんを大切に思っていた気持ちは本物なんじゃなかあたのかなぁって思うのにゃ‥‥」)
 パラーリアは目を閉じ手を合わせて弔う。去ろうと振り向けば雪絵が立っていた。
「家同士が決めた結婚相手でした。それでも私は‥‥」
 雪絵も君義を弔う。パラーリアは邪魔をしないよう先に花見の席へと戻るのだった。

●琉宇
「僕はお酒が呑めないから何か美味しいものを‥‥どれがいいかな?」
「このお団子もお勧めの一つです。これほどの小豆あんには滅多にないでしょう」
 琉宇が悩んでいると王自らが団子三串を皿にのせて渡してくれる。この日の為に特注で菓子職人に作らせた逸品だと。
 淡々とした儀弐王の瞳の中にキラリと輝きを見たような気がした琉宇だ。儀弐王の内なるお菓子への情熱は凄まじいものがあるのだろう。
 まずは一口頂く。しつこすぎない深い甘みが口の中に広がって琉宇は大きく瞳を開いた。団子を誉めると儀弐王が笑ったような気がする。
 儀弐王が事件の概要については話したがらないと知っていた琉宇は訊ねないよう心がけていた。
 まだすべてのアヤカシが退治された訳ではないし、理穴の東側には依然として魔の森が広がっている。平和が訪れたとはとてもいえない状況だが、今日のこの時だけは平穏にと琉宇は再びバイオリンを手に取る。バイオリンに落ちた桜の花びらを眺めながら弾き始めるのだった。

●沙貴恵
「ずっと続けばいいのにね。こんな時間が‥‥」
 沙貴恵は猪口を片手に近くにいた雪絵へと声をかける。
「そうですね。本当に‥‥」
 雪絵はどうやら奏生の城から離れるようだ。つまりは儀弐王とも離ればなれになる。一旦実家に戻ってからこの先の生き方を決めると雪絵は沙貴恵に微笑んだ。
「儀弐王にも伝えたけど、こういう関係になったのも何かの縁。困ったことがあったらまた呼んでね。力になるわ」
「ありがとう。そのような時には開拓者を頼らせて頂きます」
 ジルベリア風の挨拶だといって雪絵は沙貴恵と握手をする。
 バイオリンの響きの中、雪絵が酒を注いでくれた猪口の中に桜の花びらが落ちる。そのまま呑み干した沙貴恵であった。

●ルエラ
「よろしければこちらを受け取ってもらえると嬉しいです」
 ルエラは用意してきた贈り物を儀弐王と雪絵に手渡す。儀弐王にはアローブローチ、雪絵には寒椿の柘植櫛である。
「矢の形をしているとは気に入りました」
「私には寒椿が透かし彫りされた櫛ですね。とても使い心地がよさそうです」
 儀弐王、雪絵の双方とも喜んでくれた。
 そして早い時期から雪絵周辺の異変に気づいてくれた綾記家の当主に南天の首飾りを贈る。機転を利かせて雪絵を誘拐してくれなければアヤカシの悪事は世の中の裏側で遂行され、甚大な災いが理穴を襲った事だろう。
「かたじけない」
「どうかお納めを」
 綾記家の当主は快復したようでとても元気な様子である。喜んでもらえたところで、ルエラは次の準備に取りかかるのだった。

●華表
「重音様はこちらの茶もお飲みになるのです」
「それはいいことをお聞きしました」
 雪絵に教えてもらった通りに華表は茶を淹れる。それはただの茶ではなく紅茶。天儀本島よりもジルベリアでよく飲まれる発酵茶である。
 華表は容器を温めた上で紅茶を淹れて儀弐王に出す。
「いい香り‥‥。稀に普通の茶よりも紅茶がより菓子の味と合う時があります」
 立ちのぼる香りを楽しんだ後で儀弐王は紅茶を口に含む。
 儀弐王の様子を見て紅茶に挑戦する者もたくさんいた。
「美味しいです‥‥」
 華表も雪絵が淹れてくれた紅茶を頂きながらお菓子を楽しんだ。
「こちらでどうでしょうか‥‥?」
「あー、そこそこ。気持ちいいな」
 お酒を呑む人々にウコンを勧めたり、疲れが溜まっていた人には肩をもんであげたりといろいろ尽くした華表であった。

●ルオウと紗々良
「へぇ〜、美味しそうだな」
 ルオウがまじまじと眺めたのは紗々良が作った料理。器に盛られていたのは、えんどうと筍の卵とじである。
「かあさまの、直伝。お口にあうと、いいの、だけど‥‥」
 心配げな紗々良をよそにルオウは箸でひとつまみして味見をする。
「うまい! 絶対に大丈夫だぜ!」
 ルオウが太鼓判を押してくれたおかげで自信が出てきた紗々良である。さっそく儀弐王と雪絵に持ってゆく。
「春らしい一品です。桜にこちらと贅沢な気分になりますね」
「本当に。春を感じさせて頂いてありがとう」
 儀弐王と雪絵に誉められてあたふたとする紗々良だが内心はとても喜んでいた。
 ルオウと紗々良はあらためて座につく。
「ガキに見られるけどもう十五歳なんだからな? 酒呑んでも大丈夫なんだぜ?」
 配膳の侍女に徳利を取り上げられそうになったルオウが両手を伸ばして必死に抵抗する。
「辛いけどうまいな!」
 儀弐王による助けの一言があってようやく天儀酒にありついたルオウだ。
「これなら‥‥何とか‥‥。あ、華表さん」
 紗々良がルオウの横で甘酒を頂いていると華表が戻ってくる。
「儀弐王様に紅茶を出したら喜んで頂けました」
「私も‥喜んでもらえたようです‥‥」
 紗々良は華表とお喋りをしながら一緒に料理を楽しむ。やがて誰かが踊り出したのに合わせて三人は手拍子をする。
(「会ったばかりの王様は大分思い詰めた顔してたけど、今はそうでもなさそうだな」)
 儀弐王が元気になってよかったと思うルオウである。
 宴の出し物として紗々良は儀弐王に誉められた弓を取り出して弦を鳴り響かせる。魔を払い、よきことを呼び込むようにと弾き続けるのだった。

●剣桜花と雲母
 すすっと儀弐王の前に座る剣桜花。
「恐れながら一度陛下の矢の腕を見せて頂きたく。比較対象がないと解り難いので旦那と勝負して頂けると面白いと思うのですが‥‥」
 剣桜花は旦那の雲母に代わって六十メートル離れた位置からの弓術勝負を持ちかける。実は酒を呑み続けながらどちらかが外すまで競い合う勝負を雲母は望んでいたのだが、それだと余興の範囲を越えてしまうと考えた剣桜花がなだめて納得させたのである。
「ちーっとは楽しめると思ってるんだぞ」
 先行は雲母。レンチボーンを手にした瞬間、矢が的に突き刺さる。これ以上はあり得ない的の中心で矢が小刻みに震え続けていた。すでに煙管を銜えていない本気の雲母だ。
「では私も」
 儀弐王はおもむろに弓を構えて矢を放つ。先に的の中心に当たっていた雲母のを引き裂いて儀弐王の矢が的へと突き刺さる。
「面白いことをするねぇ」
 勝負はここまでのはずだが雲母がすかさず二射目を放った。今度は雲母の矢が儀弐王のものを引き裂いて的を貫く。
 淡々とだが儀弐王も矢を放って再び的の中心へ。引き裂かれた矢の残骸がひらひらと地面へと落ちる。
 互いに譲らず十回目。一巡した時に女性の悲鳴があがる。
 勝負に注目していた人々が振り向くと地面には湯気と転がる薬缶。すぐ側には雪絵と剣桜花の姿があった。
 雪絵に駆け寄る儀弐王。剣桜花に走り寄った雲母。
 雪絵と剣桜花の双方とも火傷を負ってなく無事で誰もがほっとする。儀弐王と雲母は特に安心したようだ。
 勝負はうやむやになって引き分けで終わるのだった。

●絵
「いつかこの時を振り返った際、楽しいと思える思い出となるものが少しでも残るように、と思いまして」
 ルエラはパラーリアに手ほどきを受けながら絵筆を滑らせた。桜の景色や人々の笑顔を残すには絵を描くのが一番だと考えたのである。
「あたしはみんなが集まった絵を描くのにゃ」
 パラーリアも元々ルエラと同じようなことを考えていた。桜の大木の下に並ぶ一同を紙の上に浮かび上がらせる。
「絵ならわたくしも‥‥」
 華表も道具を借りて吹雪く桜と一同の絵を描き上げた。
 欲しい者達全員に行き渡るように三人は頑張ってたくさんの絵を仕上げる。
 やがて日が傾いて風が冷たくなってきた頃、花見の宴は終わりを告げた。
「みなさんのおかげで雪絵ともこうしていられます。これまでの協力、ありがとうございました」
 儀弐王は一人一人に土産を手渡す。
 深夜、儀弐王と雪絵は開拓者達と共に奏生の精霊門を訪れる。そして神楽の都へと帰る開拓者達を見送るのであった。