宝珠摘出 〜儀弐王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/03/06 11:27



■オープニング本文

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 理穴の儀弐王が願った幼なじみである波路雪絵の失踪調査。消えたといわれる宿場町で開拓者達はいくつかの痕跡を発見する。
 特に鏃と矢羽根に関しては儀弐王の心を揺さぶった。非常に忠誠心の厚い理穴の有力氏族『綾記家』の特徴が見て取れたからだ。
 後日、儀弐王は開拓者達を連れて綾記家を来訪して調査。軟禁されていた雪絵と再会する。そして病に伏せていた当主の明全を問い質した。
 明全によれば雪絵が嫁ごうとしていた鶴時家には深遠な知恵を持つアヤカシが巣くっているらしい。真実を知るために間者を放ったものの全員が闇に葬られてしまい、確証は得られていなかった。
 鶴時家へ入る前に攫うしか雪絵を助ける術はなかったと明全は釈明する。
 明全の言葉を確かめるべく、儀弐王は開拓者達に鶴時家への急襲を依頼した。表向きは高価な黒茶碗の奪取。真の目的はアヤカシが本当に巣くっているかを確かめる為だ。
 結果、鶴時家当主の妻『梔』がアヤカシだと判明した。
 疑いから確固な状況に変化し、儀弐王は再三に渡って鶴時家次期当主『鶴時君義』に理穴の首都、奏生への上洛を命じる。
 謀反を起こすかと思われていたが君義は登城。儀弐王に無実の申し開きをし、そして婚姻がうやむやになってしまった波路雪絵との再会を果たす。
 その時、奏生の城を襲う二隻の飛空船。君義の救出と儀弐家に対する反旗を鶴時家が明白にした瞬間であった。
 逃亡した君義が残した問いの深い意味。
 開拓者達の苦労のおかげで雪絵の母である氷魅から儀弐王に送られた手紙によって真実が語られる。
 不思議なことに波路家の女性はある宝珠を体内に取り込んでいるという。その宝珠は生まれる次の女児に受け継がれる性質があるらしい。
 宿す女性の回りの瘴気をすべて消し去ってしまう宝珠の効果。しかし事実がわかると当時の王によって封印される。瘴気を消し去るのではなく、吸い込み蓄える性質を持っていたのである。
 苦悩の末、儀弐王はその事実を雪絵に伝えた。絶望に苛まれた雪絵だが信頼と希望を取り戻す。
 儀弐王は軍を率いて鶴時家の領内へ進攻。開拓者達の協力を得て城塞・鶴を奪取する。
 万が一にも濃縮蓄積された瘴気が解放されたのなら。それはアヤカシにとっては希望であり、人々にとっては悪夢でしかなかった。しかし解決の道は紡がれる。
 開拓者によって鶴時梔の身柄確保に成功したのだ。同時に鶴時君義も捕縛された。


 儀弐王は波路雪絵の体内に埋まっている宝珠を取り出す術を鶴時梔から聞き出した。
 慎重さこそ求められるものの、作業に特殊な才能や資格は必要なかった。問題なのは行う場所だ。
 適しているのは理穴東部にある上代神社。魔の森と非常に近い地に建つ、古来には神事が行われた霊場である。
 魔の森の浸食のせいで使われておらず朽ち果てるに任せられていた。魔の森を押し戻した現在においても未だ危険な土地であるのに変わりはない。
「雪絵、必ず守りますので信じてください」
「すべてお任せします。だから重音、そんな顔をしないで」
 城の部屋を訪ねた儀弐王は雪絵から宝珠摘出の承諾を得る。
 様々な準備が行われる中、理穴・開拓者ギルドにも協力が求められた。理穴ギルド長・大雪加香織を始めとした多数も同行する事となる。
 これほどの体制が整えられたのは梔も同行させなければならず、強固な警護の必要性が高まっていたからだ。
 さらに儀弐王の親任厚い、これまで関わってくれた開拓者にも声がかけられるのであった。


■参加者一覧
井伊 沙貴恵(ia8425
24歳・女・サ
ルエラ・ファールバルト(ia9645
20歳・女・志
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
琉宇(ib1119
12歳・男・吟
朱華(ib1944
19歳・男・志
白藤(ib2527
22歳・女・弓
寿々丸(ib3788
10歳・男・陰
常磐(ib3792
12歳・男・陰
神支那 灰桜(ib5226
25歳・男・サ


■リプレイ本文

●空の旅
 理穴の東、上代神社を目指す飛空船団は大きな円を描きながら一所の夜空を飛行していた。
 こうしているのには訳がある。
 夜間飛行には危険が伴う。かといって乗船している波路雪絵の身の安全を考えると一概に着地すればよいとはいえない。
 儀弐王があらゆる状況を天秤に掛けて出したのが『上空を回る』という選択であった。現地到着の時間を調整する意味も含まれている。
 飛空船団の三隻は高度をとった上で宝珠の光で照らす眼下の雲を基準にしてなだらかな旋回を続ける。
 開拓者はそれぞれの任務に分かれていた。
 波路雪絵の護衛と鶴時梔の監視。また現地での宝珠摘出を担当する開拓者は資料を前にして手順を覚えなければならなかった。
 雪絵の護衛を担当するのは、井伊 沙貴恵(ia8425)、琉宇(ib1119)、白藤(ib2527)、神支那 灰桜(ib5226)の四名。
 アヤカシの梔を監視するのはジークリンデ(ib0258)、朱華(ib1944)、寿々丸(ib3788)の三名。
 現場での宝珠摘出を行うのはルエラ・ファールバルト(ia9645)、パラーリア・ゲラー(ia9712)、常磐(ib3792)の三名。
 船団の内訳は大型飛空船一隻、中型飛空船二隻。儀弐王、雪絵、梔と共に開拓者達も旗艦となる大型飛空船・雷(イカズチ)に同乗していた。
 それぞれの飛空船に儀弐王配下の理穴兵が乗り込んでいたが、それらとは別に理穴ギルド関係者も多く含まれる。理穴ギルド長・大雪加香織を始めとした護衛任務の実力者達だ。
 護りの外殻を理穴兵とギルド関係者が固めてくれている。開拓者はそれぞれの役割に集中するのだった。

●宝珠摘出の資料
「なるほどなのにゃ。作業そのものはかんたんなのにゃ」
 壁に取り付けられた輝く宝珠照明の下、パラーリアは古びた写本を閉じる。それは鶴時家に残されていたもので梔の証言によって取り寄せられたものであった。
 これでルエラと常磐に続いてパラーリアが読み終わり、宝珠摘出に関わる全員が目を通したことになる。
「その通り簡単なのです。ですが絶対に手順を間違えないことが大切になります」
「我々が知っている知識では理解出来ない行程を踏みますので、その写本に書かれた以外の事象が起きた場合、対処が非常に難しいのです」
 儀弐王が招いた巫女の二人組が摘出を担当する開拓者三名に写本の解釈を説明してくれる。彼女達自身が摘出を行わないのは様々な理由があるのだがそれはまた別の話だ。
「摘出の道具に瘴気浄化の効果を持たせても構いませんでしょうか? 果たしてアヤカシ以外の瘴気に効果があるのは未知数なのですが」
 ルエラは志士の技である白梅香の使用についてを巫女の一人に訊ねた。
「それが正しいかどうかはわかりません。ただ、打つ手が無くなった緊急の状態以外にはなさらない方がよいと思います」
 先程の巫女二人組の説明にも繋がるのだが、写本にある手順以外の行動は慎むべきと儀弐王から方針が出されていた。すべては雪絵の安全の為だと。
(「宝珠摘出か‥何が何でも成功させないとな‥」)
 黙って椅子に座り、他の者達の会話に耳をそばだてていた常磐が立ち上がる。
「摘出において他に気をつける事はないのか? 体内に入っているのを取り出すんだ。少しでも波路の負担が少ない方がいい」
「写本の一文に摘出される者は特に気分を落ち着かせる必要があると書かれてあります。そうすると精神的な痛みから大分解放されるようです」
 雪絵が現在肌身離さず持っているお守りが鍵だと常磐の質問に巫女の一人が答える。
 それは雪絵の父親が染めた布で作られた紫色のお守り袋。袋に仕立てたのは母親。中に納められているのは儀弐王が破魔の祝詞を捧げた矢の鏃部分。
「そのお守りは守ってやるべきだな」
「はい。もしもの場合が起きてもどうかよろしくお願いします」
 常磐は雪絵に後でお守りをどこに仕舞っているのかを教えてもらうことにする。
 それからも開拓者三名の摘出作業の勉強は続いた。各自、写本の内容をまとめ直して何度も目を通す。巫女の一人に雪絵役を演じてもらって手順通りの練習も行う。
 摘出方法は刃物を使ったものではなく呪術的な範囲であった。効力は上代神社の場が提供するものなので、三人はうまく進行するように務めなければならない。
 三人は時間をみて雪絵の部屋を訪ねてみる。
「気分は落ち着いていますので大丈夫です。みなさんがいらっしゃいますし」
 仲間が護衛する雪絵は笑顔。
 安心したルエラ、常磐、パラーリアは食事と寝る時間を除いてほとんどすべてを復習に費やすのであった。

●雪絵の身辺
 雪絵が休む部屋は大型飛空船内部の中央船首寄りにある。
 不慮の事故に備えて梔が捕らえられている牢部屋とはそれなりに離れた位置が選ばれていた。ちなみに儀弐王用の部屋は雪絵の部屋のすぐ近くだ。
「さすが国王が使う飛空船、ね。飛行中でもたっぷりとお湯が使えるなんて」
「おかげで助かりました」
 身体を温めた沙貴恵と雪絵が部屋へと戻る。シャワー室は儀弐王専用のものだが、特別な計らいで関係者の一部が使ってもよいことになっていた。
「そろそろ大丈夫だよね」
「ま、平気だろ」
 沙貴恵と雪絵が着替え終わった頃を見計らって男性の琉宇と神支那も部屋へと戻った。女性二人が無防備な間中、廊下で見張りをしていた男二人だ。
「では使わせてもらいますね」
 雪絵の部屋の留守を守っていた白藤が入れ替わりになってシャワー室へと向かう。するとそこには儀弐王が待っていた。
「雪絵はどんな様子でしょうか? 彼女は私の前だと心配させないように冷静さを取り繕ってしまいますので」
「彼女は落ち着いています。先程、弟が作ったお菓子を勧めたら笑顔で食べていらっしゃいました」
 湯を使いながら白藤は儀弐王に雪絵の様子を報告する。
 白藤の次は琉宇と神支那が湯を浴びた。全員が揃うと就寝までの間、しばし談笑の時が続く。
「こ、こうすればよいのですか?」
「そのまま弾けば大丈夫だよ」
 琉宇が所有する『バイオリン「サンクトペトロ」』を試しに雪絵が弾くこととなった。
 雪絵はまったくの素人なので綺麗な音が出るはずもないが、体験そのものは緊張を和らげるのに役立つ。
「女は笑ってるのが一番だ。お前の未来を切り開きたいと思ってるからこそ、こいつ等も儀弐王も頑張れるんだよ。きっと上手くいくだろうよ」
 神支那は椅子から立ち上がって雪絵に話しかけると窓際に立って闇を眺めた。
「ありがとう、琉宇さん」
「楽しんでもらえたらそれがうれしいよ」
 琉宇は雪絵からバイオリンを返してもらうと、自ら優しい音色の一曲を奏でた。
(「任せられるべきは任せるべき、か」)
 沙貴恵は心の中で呟く。大型飛空船・雷の護りは万全なので雪絵の身近な危険のみに集中しようと心がける。
「そろそろ休まないとならない時間になったようですね」
 船内に響く就寝の時間を示す鐘音を聞いて白藤が全員に視線を向ける。
 女性の沙貴恵と白藤は雪絵と同じ寝室へ、男性の琉宇と神支那は隣の寝室に移動する。
 明日には上代神社に到着する予定である。
 準備に時間をかけたいところだが魔の森が近くにあるせいでそれもままならない。アヤカシによる大規模襲撃の危険を考えて即座に摘出を実行しなければならなかった。

●アヤカシ梔
 大型飛空船・雷の内部に設置されている牢。
 宝珠付きの手枷、足枷を外されぬまま、梔は牢の寝台へと寝転がっていた。
 監視するのはジークリンデ、朱華、寿々丸。
 ジークリンデの考えによって梔にはさらに目隠しが施されている。
「兄様、梔様に変化はなかったですぞ」
「了解だ。次は寿々が休む番だな」
 寿々丸は休憩から帰ってきた朱華に報告をする。ジークリンデに挨拶をしてから牢の監視部屋から出ていった。
 常に二人が梔の監視に付き添い、一人が睡眠や食事で身体を休める。飛空船での旅が始まってからというもの、ずっとそうやってきた三人である。
「不審な動きはないようですが‥‥、宝珠が雪絵様から摘出される機会は梔にとっても好機のはず。それまではおとなしくしていると考えてもおかしくはありません」
「そうだな。ではまた俺は近くで待機する」
 ジークリンデと少し話した後で朱華は梔のすぐ近くの椅子に腰掛けた。梔を監視しながら右手は刀に。梔から話しかけてきても答えずに、ただじっと見つめていた。
 ジークリンデは休憩時間に入るとまず船内を護る兵達に状況を伝える。それから本格的に身体を休めた。
 梔を監視中の寿々丸は朱華と少し離れた位置の椅子に座っていた。
(「雪絵殿の幸せの為、邪魔はさせませぬ」)
 朱華が刀ならば寿々丸は符にずっと触れて万が一に備える。梔が妙な動きを見せたのなら即座に呪縛符を打てるようにと。
 やがて窓から見える空が徐々に白んで朝日が昇る。
 空路の視界が確保されたところで飛空船団は旋回を止めて、目的地の方角へと船首を向けるのだった。

●体内の宝珠
 宝珠摘出の手術は急がれた。船団一行の存在に気づいた魔の森のアヤカシがいたとしても、すべてを終えて脱出出来るようにと。
 隠密で事を成すのか、それとも強硬に事態を収拾するのか。時間を惜しむのなら強硬な手段を用いるしか他なかった。
 中型飛空船二隻が戦闘状態で上空制圧。上代神社から二百メートルの間近に大型飛空船・雷が下降着陸を敢行する。
 先に龍騎乗で甲板から飛びだしていたギルド員の隊が大雪加香織の指揮で上代神社内に突入し、状況視察を開始。
 大型飛空船・雷が着陸と同時に儀弐王の配下達は上代神社の外郭の制圧、警備をする。
 幸いに上代神社周辺を根城にしたアヤカシの存在は見あたらなかった。土地が清らかで瘴気の塊であるアヤカシには住み難いのかも知れないとも一瞬考えた儀弐王であったが、検証に割く時間は残っていない。
 宝珠摘出組であるルエラ、パラーリア、常磐の三名は巫女二人と共に境内の石の祭壇へと駆け寄る。
「大丈夫です。今のうちに」
 ルエラは心眼でアヤカシがいないことを確認する。
「ん〜〜〜っと。祭壇は平気だにゃ」
 パラーリアは半屈みになりながら祭壇の周囲をグルグルと回って、壊れていないかを確認した。
「こんな所で摘出するのか‥‥アヤカシが寄って来そうだな。四方を護る聖獣の石像も大丈夫!」
 常磐は祭壇を補完する祭事の物品を確かめる。
 摘出に必要な施設に大きな破損は見あたらなかった。
 宝珠摘出組から少し遅れて雪絵が護衛達と共に祭壇へと現れる。
「ここに座っているといいよ」
「助かります」
 琉宇は持ってきた簡易な椅子を広げて雪絵を座らせた。そしてバイオリンを取り出していつでも敵を退けられる体勢をとった。
「摘出は一時で終わるそうよ。ちょっとしたお昼寝とでも思っていて、ね」
 大剣を構えた沙貴恵が話しかけると雪絵は頷く。
「まだ弟が作ったお菓子は残っていますので」
「ええ、帰りの飛空船が待ち遠しいです」
 白藤は雪絵を約束をしていた。摘出が終わった後、仲間達でお茶を頂こうと。
(「彼女は必ず守ってみせます。絶対アヤカシなんかに仲間の邪魔だけはさせない」)
 そう強く念じながら白藤は弓矢に手を掛ける。
「お前らに渡すモンなんか、何一つもねぇんだよ‥」
 長巻をすでに抜いていた神支那は魔の森がある東の方角に振り向く。
 アヤカシが大量に攻め入ってくる状況があるとすれば、魔の森方面からに違いなかった。
 早急な準備が行われる中、梔も雷から降ろされる。手枷、足枷はそのまま、移動用の檻に入れられていた。
 監視は引き続きジークリンデ、朱華、寿々丸の三人が行っていたが儀弐王の姿もあった。
 本来なら身を案じて雪絵の側にいたいはずの儀弐王だ。
 その気持ちを押し殺して梔の側にいるのは宝珠摘出を成功させたい一心に他ならない。摘出の際に梔が裏切る可能性を危惧していた。
「それでは事前のお約束通りに」
 ジークリンデはフロストマインを唱えて自分の足下に吹雪を吸い込ませた。少しずつ移動しては術を繰り返し、梔を罠で取り囲む。
 自由に出入りが可能なジークリンデを除けば、罠の囲いの中には梔の他に儀弐王、朱華と寿々丸のみである。
「雪絵さんにもしもがあればだが‥‥覚悟してもらう。脅しではないからな」
 朱華が刀の切っ先を梔の喉元に一度当ててから鞘に戻す。
(「兄様と協力して、何があっても梔殿を逃がしませんですぞ」)
 寿々丸は楓の背後に立って自らの懐の中に手を突っ込んで符を掴み続ける。船内での監視の時と同じようにいつでも呪縛符が使えるようにと。梔を奪取しようとするアヤカシが現れたのなら、それらにも容赦はしないつもりである。
 すべての準備が整うとさっそく宝珠摘出が始まった。
 常磐が順に聖獣の石像を微妙に動かし、ルエラは祭壇の変化をパラーリアに伝える。パラーリアは手順通りに祭壇の下に隠されていた数々の石を祭壇の凹みへとはめてゆく。
 雪絵は祭壇に横たわりながら目を瞑り、お守りを握った両手を胸元に置いていた。
 徐々に輝いてゆく雪絵が横たわる石の祭壇。
 手順は間隔を置いて行わなければならない。つまり絶対に必要な時間というものが最初から決まっていた。
 輝きは天にも昇り、遠方からも目視できるようになる。それは当然アヤカシに対してもだ。
 儀弐王の元には逐次、状況報告が入る。
 開始から一刻を過ぎた時点で今のところアヤカシとの交戦はなし。但し、妖しい鳥の目撃例が二つあった。
 鳥がアヤカシならば魔の森の仲間へと報告に向かっている可能性が高い。最初からわかっていたが、時間的余裕はまったくなかった。
 二時間が過ぎた頃、雪絵の体内から徐々に宝珠が浮かびあがる。
 ルエラ、パラーリア、常磐の三人は布を広げ、完全に宝珠が抜け出たところで掬い上げた。
 急いで宝珠を包んで箱に納めるとパラーリアが背中に担いだ。それからは祭壇の発動を止める作業に移行する。
 魔の森方面が騒がしいとの報告を聞いて儀弐王が表情を変えた。それから約五分後、雪絵は目覚めてこそいなかったが祭壇の発動は完全に停止した。
「撤収します」
 儀弐王の一言で全員が動き出す。
 雪絵と宝珠を護りながら地上の全員が大型飛空船・雷へと乗船する。
 雷は龍兵の護衛を受けながら急上昇。二隻の中型飛空船と合流すると同時に離脱を開始した。
 神支那が窓から眺めた魔の森方面の上空は黒かった。それは黒雲ではなくアヤカシの群れ。ぎりぎりのところでアヤカシとの戦いを回避した飛空船団である。
 まもなく雪絵が目を覚ます。
 雪絵の体調に悪影響はなかった。誰もが喜んでくれたが儀弐王は人一倍であったろう。表情にはまったく現れていなかったが、それがよくわかる雪絵であった。