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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 理穴の儀弐王が願った幼なじみである波路雪絵の失踪調査。消えたといわれる宿場町で開拓者達はいくつかの痕跡を発見する。 特に鏃と矢羽根に関しては儀弐王の心を揺さぶった。非常に忠誠心の厚い理穴の有力氏族『綾記家』の特徴が見て取れたからだ。 後日、儀弐王は開拓者達を連れて綾記家を来訪して調査。軟禁されていた雪絵と再会する。そして病に伏せていた当主の明全を問い質した。 明全によれば雪絵が嫁ごうとしていた鶴時家には深遠な知恵を持つアヤカシが巣くっているらしい。真実を知るために間者を放ったものの全員が闇に葬られてしまい、確証は得られていなかった。 鶴時家へ入る前に攫うしか雪絵を助ける術はなかったと明全は釈明する。 明全の言葉を確かめるべく、儀弐王は開拓者達に鶴時家への急襲を依頼した。表向きは高価な黒茶碗の奪取。真の目的はアヤカシが本当に巣くっているかを確かめる為だ。 結果、鶴時家当主の妻『梔』がアヤカシだと判明した。 疑いから確固な状況に変化し、儀弐王は再三に渡って鶴時家次期当主『鶴時君義』に理穴の首都、奏生への上洛を命じる。 謀反を起こすかと思われていたが君義は登城。儀弐王に無実の申し開きをし、そして婚姻がうやむやになってしまった波路雪絵との再会を果たす。 その時、奏生の城を襲う二隻の飛空船。君義の救出と儀弐家に対する反旗を鶴時家が明白にした瞬間であった。 逃亡した君義が残した問いの深い意味。 開拓者達の苦労のおかげで雪絵の母である氷魅から儀弐王に送られた手紙によって真実が語られる。 不思議なことに波路家の女性はある宝珠を体内に取り込んでいるという。その宝珠は生まれる次の女児に受け継がれる性質があるらしい。 宿す女性の回りの瘴気をすべて消し去ってしまう宝珠の効果。しかし事実がわかると当時の王によって封印される。瘴気を消し去るのではなく、吸い込み蓄える性質を持っていたのである。 苦悩の末、儀弐王はその事実を雪絵に伝えた。絶望に苛まれた雪絵だが信頼と希望を取り戻す。 儀弐王は軍を率いて鶴時家の領内へ進攻。開拓者達の協力を得て城塞・鶴を奪取する。 万が一にも濃縮蓄積された瘴気が解放されたのなら。 それはアヤカシにとっては希望であり、人々にとっては悪夢でしかなかった。 鶴時家の領地、城塞・鶴。 荒れ狂う吹雪はようやく収まりつつあった。 長く足止めを食らっていた理穴軍だが、この好機を逃がすまいと儀弐王が動き出す。前もって依頼準備をしたおかげで精鋭の開拓者はすでに到着済みである。 戦力差からいって理穴軍が勝つのは容易いが、それでは意味がない。肝心なのは鶴時家当主の妻『梔』の身柄確保。アヤカシである梔から波路雪絵の体内に潜む瘴気を蓄える宝珠の取り出し方を聞くことこそが進軍の目的だった。 儀弐王は作戦を立案する。 戦闘そのものは小細工を施さずに要塞正面から攻勢をかける。互いに弓術が主戦力なので、おそらく遠距離攻撃によるにらみ合いになるだろう。 その間に開拓者で編成する小隊は敵の陣地に侵入。梔を発見してもらう。 理穴軍は頃合いをみて前進して鶴時家の私軍を圧倒。その上で梔の確保を手伝う算段だ。戦いの混乱に乗じて梔に逃げられないことこそが勝利の鍵といえるが、アヤカシの伏兵も注意しなければならない。 (「雪絵、もう少し待っていて‥‥」) 儀弐王は白く雪に覆われた大地を眺めながら雪絵を思い出すのだった。 |
■参加者一覧
剣桜花(ia1851)
18歳・女・泰
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
只木 岑(ia6834)
19歳・男・弓
井伊 沙貴恵(ia8425)
24歳・女・サ
ルエラ・ファールバルト(ia9645)
20歳・女・志
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
琉宇(ib1119)
12歳・男・吟
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
朱華(ib1944)
19歳・男・志
寿々丸(ib3788)
10歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●戦いの前 鶴時家が立て籠もる要塞近くに理穴軍が到着したのは、城塞・鶴を出発してから二日目のことであった。 行軍に際し開拓者十名は儀弐王と一緒に行動していた。作戦を練ってこの日を迎えたのである。 「うぅ、さぶいのにゃ。炬燵が恋しいのにゃ」 屈みながら焚き火に両手をかざしていたのはパラーリア・ゲラー(ia9712)。 理穴軍は陣の設営が終わったばかり。積雪を利用して塹壕を作り、要塞を睨んでいた。 「これを食べれば少しは暖まるぞ」 「ありがと、美味しそうなのにゃ☆ そうだ。重音お姉さんにも食べてもらおう〜♪」 朱華(ib1944)が鍋からよそってくれた雑煮を受け取ったパラーリアは、もう一椀もらうと儀弐王が休む簡易施設へと駆けてゆく。 「兄様、うまいですぞ」 「お代わりはまだまだあるからな」 先に雑煮を頂いていた寿々丸(ib3788)は、箸と口の間でビヨ〜ンと伸ばす。 「あら、いいわね。一杯頂けるかしら?」 降り積もった場所から裾先を揺らしながら井伊 沙貴恵(ia8425)が飛び降りる。さっそく朱華から受け取った雑煮を食べながら話題にするのは敵側の配置についてだ。 事前の情報とほとんど齟齬はなかったものの、櫓上の警戒については約三時間ごとに変更されていた。寒さによる兵の疲弊を考えてのものだろう。 仲間が雑煮を食べているその頃、モハメド・アルハムディ(ib1210)と琉宇(ib1119)は理穴軍の工作班と一緒であった。作ってもらった品々の出来上がりを確認していたのである。 「アナー、素晴らしいです」 水に浮かべる橋代わりの繋がれた木板や竹製の梯子。どちらも軽くで頑丈である。その他に番線や釘を含めた工具一式を借り受けたモハメドだ。 「これがあれば雪に隠れられるよ」 琉宇は敵兵の装備と白い外套を確認する。どちらも潜入の際に役立つ。 朱華と琉宇とは別行動のルエラ・ファールバルト(ia9645)は、望遠鏡で森の様子を確認していた。 「隠れて近づかないといけませんね‥‥」 敵側の巡回も稀に見かけられるものの厳重というのには程遠い。近づかれたとしても、おそらく要塞の守りに自信があるのだろうとルエラは考える。 連れてきた龍の世話をしていたのは剣桜花(ia1851)、雲母(ia6295)、只木 岑(ia6834)の三名である。 (「どれ‥‥もう一押ししておくか」) 雲母は駿龍・柘榴に餌をやると只木岑に近づいた。 「わかっているな。どうしても陽動が必要なのだ。その為には――」 「わ、わかっています。王の意に沿わないとしてもそれが役に立つのなら」 雲母は今一度作戦を只木岑に言い含めるのだった。 (「儀弐王が梔を確保できる事を祈ります」) 雲母に強くいわれたのも確かにあるが、只木岑は自分の考えで行動することを覚悟する。 「おいしかったのにゃ♪」 「とっても」 儀弐王はパラーリアが運んできてくれた雑煮を丁度食べ終わった。笑顔で空になった椀を持って簡易施設を出てゆくパラーリア。 「どうされたのですか?」 「少しお時間を頂きたく」 そのパラーリアと入れ替わるようにやってきた剣桜花の話しに儀弐王は耳を傾けた。 「恐れながら遠距離で矢を射かけるだけでは城壁に守られた敵に有利で我が方の兵が倒れるばかりであります。陽動にしてもせめて攻城兵器を持った兵を塀に取り付かせ圧迫しないことには陽動にすらならないかと存じます」 「城攻めには本来全兵力を持ってあたるべきなのは承知しています。消極的な展開はわざとであり、時間稼ぎの側面が非常に大きいのです。ですが陽動としての配慮が足りていないという事実はまた真でありましょう」 剣桜花の陽動作戦の提案を儀弐王は承認する。但しと一つだけ条件を付け加えた。敵軍兵の命を出来る限り救いたいとの気持ちがあるのなら陽動の三名も死んではならないと。 ●戦 きっかけは一羽の鳥であった。 要塞の櫓に立つ誰かがいたずらに飛翔する鳥を射ろうとして失敗。流れ矢が理穴軍側の盾に突き刺さる。それをきっかけにして戦端は開かれた。 雨粒のような大量の矢の応酬。あっという間に雪面が剣山のような景色へと変貌する。しかし最初こそ激しかったものの、次第に単発的なやり取りに落ち着いていった。 理穴軍側としては強固な城塞に威嚇以上の攻撃を現段階において仕掛ける意味が非常に薄かったからである。 鶴時家の要塞側としては矢を含めた物資の温存を考えての判断であろう。味方の飛空船による物資補給の手段を整えている節があったものの、弱点であるのは間違いない。 互いに探り合いながらの戦いは続く。 日が暮れると要塞側の攻撃はほとんどなくなったが理穴軍側はそうではなかった。適度な間隔を置いて、一斉攻撃が行われる。 夜空に射かけて、山なりに矢を降らせることで櫓の上に敵兵を待機をさせない作戦である。屋根付きの城塞内部には影響を与えられないが、敵の勢力を弱める意味はとても大きかった。 一方の理穴軍側だが日中に降り注ぐ敵矢の対策に腐心していた。各隊に用意した盾と屋根が一体化した専用の防護道具はとても役に立っていたが完全とまではいかなかった。それでも負傷者が増えれば後方に引いて戦闘を止められるのが救いである。鶴時家側が要塞を飛びだして攻撃を仕掛けてこない限りは有効な手だてだった。またそのような愚策を君義が採らないのも儀弐王の計算には入っていた。 儀弐王が狙っていたのは敵側の消耗。当然、物資枯渇も狙っていたが一番は精神的なもの。 要塞に護られているというのは一般に優位だと考えられ、当事者達もそう思い込んでいる。それは間違いではないが同時に閉塞感も呼び起こすものだ。言い換えれば逃れられない檻に閉じこめられた動物の気分も味わっているのである。 閉塞感が恐怖へと転じるように儀弐王は攻撃を指示する。具体的には弓の達人を選抜し、要塞内から矢を放つための窓『狭間』へと何本も矢を通してみせた。 狭い故に大抵は中の敵兵に命中しているはずである。そして何本も通すことによりまぐれではないのを誇示する。その行為を目にしたものはやがて恐怖で狭間の前に立てなくなるだろう。無理矢理立ったとしても動揺した弓術師の弓矢が役立つはずもない。理穴軍の一般兵が矢の雨を降らせて櫓の上から敵兵を一掃したのもそのような理由があった。 戦いが始まって二日目も弓矢による遠隔攻撃が行われる。夜になってやがて朝日が昇る。そして三日目の戦いへと突入してゆく。 理穴軍の兵士達に疲れた様子がうかがえるようになる。おそらく敵側もそうなのだろうと儀弐王は判断した。 儀弐王との相談の末、開拓者達は三日目から四日目にかけて城塞に侵入することが決まるのだった。 ●隠密 理穴軍は三日目の暮れなずむ頃から日中よりさらに攻撃を激しいものとする。それはここ数日間において最大だった。 要塞の東西南北から同時に攻撃出来るよう軍を四つに分けての布陣である。矢は放たれ続けて常に宙を飛んでいた。 日が暮れても燃えさかる篝火や宝珠の輝きで闇を切り裂いて戦いは続行される。この状況下は儀弐王がわざと作ったものである。すべては開拓者達が潜入しやすいようにと。 要塞側からみて西に広がる森の中を移動していたのは沙貴恵、ルエラ、パラーリア、琉宇、モハメド、朱華、寿々丸の七名。 剣桜花、雲母、只木岑はそれぞれの龍と共に理穴軍の陣から外れた遠方で機会を窺っていた。 (「大丈夫だにゃ」) 先頭のパラーリアは鷲の目で探っては仕草で仲間に合図を送る。 要塞そのものは灯火に包まれているせいで遠くからでも視認出来た。加えて森から離れた雪面に突き刺さっているたくさんの火矢が道しるべになっている。 森を進む全員が身に纏っていたのが真っ白な外套。雲のおかげで月明かりもなく、かすかな灯火程度では雪と区別がつくはずもない。 (「右は俺がやる。寿々は左だ」) (「わかりましたぞ、兄様」) 朱華と寿々丸は小便をし終わった巡回の男二人の不意をついて気絶させた。 (「私の出番はまた後であるはず‥‥あったわ」) 沙貴恵は巡回の男の持ち物から身分証明になりそうないくつかを拝借して仲間に分ける。 (「みなさん、この二人以外にも何かいます!」) 念のために心眼を使ったルエラは別の存在を感じ取った。 上から襲ってきた何かは猿のようなアヤカシ三頭。すぐさま反応したルエラ、朱華、沙貴恵によって雪上の屍となる。 アヤカシが瘴気に戻ってゆく様をよそにモハメドと琉宇が周囲に耳をそばだてた。 (「アニー、他に気づかれてはいないようです」) モハメドは表情を少し緩ませる。 (「僕も大丈夫だと思うよ。先を急いだいいよね」) 琉宇は背中の荷物を少し持ち上げて担ぎなおす。 ゆっくりしていられないと開拓者七名は先を急ぐ。 仲間が森の中を移動していた頃、剣桜花、雲母、只木岑の三名はそれぞれの龍の背に乗って夜空へと舞い上がる。 暗闇でもぼんやりとした地上の灯火に助けられて距離感を失わずに飛ぶことが出来た。火矢が雪に刺さることによって出来た灯火が要塞への道しるべとなったのは森の中を進む仲間達と一緒である。 まず剣桜花、雲母、只木岑は出来る限りの上空から地上の要塞へとビラを撒いた。その内容は降伏勧告。『アヤカシ梔が反逆の首謀者である。嘘だと思うなら天守閣に向かって鏡弦を使ってみよ』と記されてあった。これで鶴時家に従う者達の心が動けば一番よかったのだが、残念ながら待っても蜂起した様子は見られない。 龍を駆る開拓者三名は覚悟を決めて要塞の最上部である三階を目指す。この時から城塞西に位置する理穴軍の部隊は弓矢による攻撃を控えめにした。味方に当てる訳にはいかないのと同時に上空の陽動を目立たせる意味もあったからだ。 上からの攻撃に注目すれば自然に足下がおろそかになるのは道理。そうすれば西の森に潜む開拓者七名が忍び込む隙も生まれようというものである。 「泰拳士デビューっと」 神布を巻いた拳を握りしめた剣桜花は炎龍・ベティと共に先頭になって突っ込んだ。後方についたのは駿龍・扶風を操る只木岑。 (「本当の敵は梔です‥‥」) 只木岑は城塞を俯瞰しながら心の中で呟いた。 「この辺りが丁度よいだろう。さて、と‥‥貰った額は働かないといけないしなぁ」 煙管をふかした雲母が駿龍・柘榴の背でレンチボーンを構える。いつ剣桜花と只木岑を狙う攻撃がされても対処出来るようにと。 「え?」 剣桜花の目前に突然迫る物体。突き出した拳で弾いたそれは巨砲の鉄球。 要塞に設置されていたのは本来軍事大型飛空船用に搭載されるべき大口径の砲。しかも同時に鉄球が飛んでくるところからいっても設置されているのは一基や二基程度ではなかった。さらに上空の警戒の為に宝珠の輝きを鏡で空に照射する器具まで用意されていた。 「あれは‥‥アヤカシ!」 只木岑が弓を弦をかき鳴らす鏡弦によってアヤカシの存在を感知する。それは船の帆のようなアヤカシであり、中型飛空船を包み込めるほどの大きさを誇っていた。 「旗を狙うようなものか」 いつの間にか煙管を仕舞っていた雲母が矢を即射。帆のようなアヤカシを串刺しして剣桜花と只木岑から遠ざける。 しかしそれで敵側の攻撃が終わった訳ではなかった。鉄球による空中の弾幕。帆のようなアヤカシも一体のみではなく複数。城塞に近づこうにも停滞を余儀なくされる。 「桜花さん、露払いをお願いします」 只木岑が覚悟を決めた瞳で剣桜花を見つめた。どうにかして剣桜花は要塞の屋根に取りつきたかったのだが作戦を変更する。 剣桜花を先頭にして只木岑も突っ込んだ。迫り来るいくつもの鉄球を剣桜花は連続してはじき飛ばす。破軍、泰練気法・弐を用いて。 「ねちっこい攻撃ね!」 「行かせてもらいます!!」 夜空の弾幕に一筋の道筋をこじ開けた剣桜花。その中を只木岑が駿龍の速さを生かして突っ込んだ。雲母の矢による援護射撃を受けながら。 鏡弦が届く射程距離内で只木岑は弓をかき鳴らす。わずかな時間であったが、その間に要塞内のアヤカシを把握する。 要塞に近づいたことで鉄球だけなく矢の攻撃も只木岑に集中した。雲母の攻撃によって帆のようなアヤカシの接近は退けられてはいたのだが。 鉄球をまともに食らった只木岑と龍は力を失って墜落を始める。剣桜花は急降下して只木岑の龍の下へと滑り込んで支えようとした。 雲母はアヤカシを二人に近づけないように矢を放ち続ける。たまたまであったが風向きのおかげで落下する只木岑と龍は要塞から離れるように流されていた。当然、剣桜花の動きもそれに沿ったものとなる。途中から雲母も合流して軟着陸できるように只木岑と龍を支え続ける。 「あ‥‥‥‥」 気絶していた只木岑が目を覚ます。置かれた自分の状況を把握した只木岑は息も絶え絶えにしながらも狼煙銃を順に手にして撃つ。 最初に撃った黄色の光は連絡の始まりを表す。二発目の赤い光は梔が城塞内にいることを示した。続いての青色は梔らしきアヤカシがいるのが二階辺り。四発目の青は中央付近を指していた。 それからまもなくして三名の開拓者と三体の龍は雪面に落下するのであった。 ●潜入 森に隠れていた開拓者七名は城塞近くに辿り着いていた。 邪魔な巡回や潜んでいたアヤカシの排除も済んでいたが、仲間が帰って来なければ敵側も怪しむに違いない。かけられる時間はほんのわずかであった。 空中でのビラのばらまきが始まった頃、決意した森の一同は潜入を行動に移す。モハメドと琉宇が運んできた渡り板を氷が張った堀へと渡した。氷が割れたとしてもバランスさえとれれば沈まないはずである。 渡り板の準備と同時にパラーリアが石垣上の建物を狙って矢を二本放つ。 矢の尻には釣り用の細い糸がつけられており、先端の鏃は重かった。うまく横柱に引っかかるようにして垂れ下がる形にする。そして糸の手繰りを調整して矢をゆっくりと落とす。矢が堀の氷に到達するとルエラが竹製梯子の縄の先端をそれぞれの矢の糸に結びつけた。 板で堀を渡った寿々丸が矢二本を手にして戻ってくる。沙貴恵と朱華が呼吸を合わせて引っ張って竹製の梯子が石垣にかけられた。 氷面近くの石垣に打ち込んだ楔へと縄は結ばれたが、心持たないので寿々丸が登り切ると建物の柱に番線を使ってしっかりと固定される。それから残る六名の開拓者が石垣を登って上部の建物の外壁に辿り着いた。 ここまでくれば志体持ちにとって敷地内に入るのは容易い。櫓の敵兵の目を盗みながら外壁の建物を登り切って庭へと降りる。 ここで白い外套を脱ぎ捨てた潜入の開拓者七名は二手に分かれた。 朱華、ルエラ、寿々丸、琉宇は梔の居場所を探るために四名で行動。 沙貴恵、パラーリア、モハメドの三名は脱出用に用意されていると思われる飛空船の破壊へと向かうのだった。 ●隠された飛空船 沙貴恵、パラーリア、モハメドの三名は城塞内の敵兵と同じ装備をまとっていた。 目指すは飛空船だが城塞内の庭には飛空船らしき物体の存在はすでに認められていない。物資補給のために立ち寄る飛空船が一時的に着陸していた時はあるようだが、それもすでに飛び去っているとパラーリアは儀弐王から聞いていた。 簡単に発見できるとは考えていなかったが、手がかりがまったくないのでは話にならない。そこで沙貴恵が敵兵一人をおみ足で誘うとモハメドが羽交い締めにする。 パラーリアは儀弐王からもらった要塞内の地図を取り出して敵兵に質問を繰り返す。ちなみに沙貴恵が持つ刃が敵兵の喉元近くで妖しい光を輝かせていたのはいうまでもない。 さすがに建物内にはないようで庭の地下にいくつかの格納庫があるという。但し、そこに飛空船が隠されているかまでは敵兵も知らなかった。格納庫は一般に食料貯蔵庫として認識されていた。 普段使われていない格納庫が怪しいとのモハメドの考えに沙貴恵とパラーリアも同調する。格納庫への地上出入り口を探っていると、パラーリアが妙に厳重な警戒が行われている一カ所を発見した。 「梔様が脱出される準備がどうなっているのか確認しに来ました」 堂々とした態度で姿を現したパラーリアが敵兵にかまをかけてみる。最初は素直に扉を開けようとした敵兵達だが一人が疑い始めた。 面倒なので背後から近づいた沙貴恵が一瞬で全員を仕留める。とはいえ命まではとらずにおかれた。 扉の錠前を破壊して開拓者三名は内部に潜入する。薄暗くはあったものの壁に篝火が用意されていて歩くのに支障はなかった。 やがて多くの敵兵と飛空船三隻が待機する空間へと辿り着く。わずかに様子を窺った上でモハメドが夜の子守唄を使って敵兵達を夢の中へと誘った。 眠らなかった屈強な二人は沙貴恵とパラーリアがジャンプキックを見舞う。見事全員の気を失わせたところで飛空船の破壊活動を行った。 すべてを壊すとなると時間が足りなくなるので要の宝珠のみを狙う。三名は手分けてして三隻すべてに搭載されていた宝珠を破壊するのだった。 ●連行の捕虜 「この者達を捕まえたのだがどこに連れてゆけばよいのだろうか? ええいうるさい! 静かにしろ! この銀髪の坊主!!」 「この二人が妙な動きをしていたので調べたところ、このような密書を持っていたのです」 敵兵に扮した朱華とルエラが連れていたのは密偵役の琉宇と寿々丸。周囲の敵兵に伝えるととりあえず牢に入れておけとの指示が出された。 開拓者四名は牢に向かうふりをして報告に向かう敵兵の後をついてゆく。しかし君義、梔の元ではなく辿り着いたのは敵兵の上役のようである。とはいえ役が上ならば知っている秘密も多いはず。人気がないのを確認したところで上役の部屋に侵入。一気に拿捕して事情を聞き出そうとした。 「君義様や梔様の元に行きたいだと? ふん、笑わせるな」 上役は縄で縛られても横柄な態度をとり続けた。しかしよく口が滑るようなので、挑発してやると威張り口調で簡単に秘密を垂れ流してくれる。 君義は三階。梔は二階に控えているが、一階から二階へと繋がる階段はたった二つしかないという。そのどちらも厳重な警戒態勢がとられており、上役にいわせれば許可なき者が通過するのは不可能らしい。 「あの光は‥‥約束の合図かな」 琉宇が窓の外に打ちあがった黄色い光に気がつく。それは只木岑が放った狼煙銃による自分達への連絡であった。 「梔は城塞内。二階辺り。二階は広いが中央付近‥‥との連絡ですぞ。兄様」 寿々丸は前もって知らされていた意味に照らし合わせて朱華に報告する。 「こちらの情報とも一致するな」 「まず間違いないですね」 朱華とルエラは頷く。上役を気絶させて箪笥に隠すと飛空船を破壊しに向かった仲間との合流地点に向かう四名であった。 ●梔 潜入の開拓者七名は合流すると要塞二階への移動を試みる。 階段を使えば容易いのだが、必ずといってよいほど騒ぎになるのが目に見えていた。どのように厳重であっても突破に自信はあったが、それでは元も子もなくなる。 そこで外壁から二階へと登る方法がとられた。ここで石垣の際に使った技術と道具が再び役に立つ。 理穴軍との激しい戦いのおかげで要塞内の警備は常に外側を向いていた。気づかれずに開拓者七名は二階の廊下を踏みしめる。 ここからは躊躇する方がかえって時間がかかってしまう。居場所が二階中央とわかっていれば直行することこそが梔を捕まえる最良の手だ。 前衛の朱華、沙貴恵、ルエラが斬り込み、パラーリアが弓で援護をする。寿々丸は呪縛符で敵兵を束縛して援護。モハメドと琉宇が二人がかりで夜の子守唄を奏でて、多くの兵達を眠りに就かせる。 いくつもの襖を開いて二階中央へと歩みを進める。 「何事でありましょう」 そしてお付きの女中達が床に伏せて眠る中、たった一人だけ気丈の年輩女性が立っていた。その者は人ではなかった。アヤカシ『鶴時梔』である。 「いましたぞ!」 「ヤッラー!」 寿々丸の叫びは一人だけ外壁窓付近に残ったモハメドにまで届く。モハメドはさっそく準備済みの狼煙銃を夜空に撃って儀弐王に梔発見を知らせる。 そして開拓者に残された役目は梔を逃がさずに押しとどめること。弱らせられればよりよい状況である。 しばらく距離を置いての睨み合いが続いた。開拓者七名のうち沙貴恵、朱華、ルエラが逃げ道を塞ぐように三方から梔を囲む。 「な!」 朱華は突然伸びてきた蔓のようなものに身体を巻かれた。それは梔の腰近くから伸びてきたものだ。強烈な締め付けに朱華は声をあげた。 「これが能力?」 沙貴恵が大剣の一降りで切り落とす。しなりと力こそは強力だが防御力はそれほどでもないと沙貴恵は肌で感じ取る。 「そっちは行かせないにゃ!」 梔が階段のある方角に移動しようすればパラーリアが矢を射って威嚇する。何本かを当てて柱に蔓を縫い止める。 「兄様、今ですぞ」 「わかった! さっきのお礼だ!!」 寿々丸が呪縛符で梔の動きを鈍らせると朱華が特攻した。新たに生えた方からの蔓を行く手を阻みながら斬り落とす。 「ヤッラー! これだけの騒ぎになれば使っても問題ないでしょう!」 モハメドはリュートで重力の爆音で重低音を響かせる。梔の動きがいっそう鈍くなってゆく。 「ここに集まっては欲しくないんだよね」 琉宇は階段近くに待機して一階や三階から二階に集まろうとする敵兵達に夜の子守唄を聞かせて眠らせてゆく。 「母上は何処に!」 「今しばらく! 今しばらく!!」 それらの中に君義もいたのだが、自重を促す配下に阻まれて三階から降りられない様子であった。 ちょうどその頃、理穴軍は全勢力をもって要塞に進攻する。用意していた攻城の道具、兵器を使って約三十分後には多くの兵達を内部へと立ち入らせた。 その間、開拓者七名は必死に梔の引き留めと弱体化を行った。蔓の攻撃は床や壁を破り、あらゆる角度から開拓者達を襲う。屈強な志体持ちの開拓者でもまともに食らえば軽く十メートルは吹き飛ばされた。 理穴軍進攻からまもなくして雲母と剣桜花が龍に乗って二階へと辿り着いて合流して共に戦う。只木岑は怪我が酷くて後方で治療中である。 梔が出す蔓の数は無数にも思えたが次第に勢いが弱まってゆく。最後には老いが進んだかのように皺の数も一気に増す。 儀弐王に向けての狼煙銃が撃たれて約一時間後、二階の梔の元に儀弐王が姿を現した。 「ここで訊ねたところでお喋りする貴女ではないでしょう。まずはご案内させてもらいます」 儀弐王は部下に命じて梔に手枷と足枷をはめさせる。ただの枷ではなく、どうやら宝珠の力を借りたもののようである。 要塞が落ち、君義もまた生きたまま捕らえられる。梔とは別所での監禁になると儀弐王は開拓者達に説明するのだった。 ●そして 開拓者達は理穴の首都、奏生の城で数日間休養してから神楽の都へと戻る。その後、儀弐王と梔の間でどのようなやり取りがあったのは秘密にされた。 雪絵の体内に埋まった宝珠の取り出し方については聞き出すのに成功したと開拓者に送られた手紙には認められていた。 準備に手間取るためにまだであったが、そう遠くない日に取り出されるという。少々の危険が伴うらしく、その際には開拓者の力を是非貸して欲しいとの願いも書かれてあった。 文面の最後にあったのは『この恩は忘れない』との儀弐重音の思いだった。 |