綾姫、朱藩へ 〜巨勢王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/20 01:25



■オープニング本文

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「この度の名代役、見事やり遂げたもうぞ。わしも鼻が高い」
 武天国此隅城、大広間にて国王・巨勢宗禅は娘の綾姫と面会していた。
 親子故に格式張ったやり取りは滑稽のようだが国事となればそうはいかない。
 巨勢王の留守中に起きた理穴急変の戦いにて多大なる貢献をした綾姫に褒美が与えられた。
「勿体なきお言葉。身に余る光栄――」
 綾姫もまた固い言葉で場をやり過ごす。つい『父様』と呼んでしまいそうになるのを堪えて。
 まもなく式は終わる。見守っていた家人、家来の多くが立ち去った後、ようやく普段通りの親子の会話が交わされた。
「姫よ、これら葛籠や漆器の品々とは別に何か望むのものはあるか?」
「こちらで充分過ぎるのじゃ。気にせずとも‥‥‥‥」
 これ以上はと断ろうとした綾姫だがふとある事を思い出す。
「‥‥理穴国の戦場で興志宗末なる砲術阿呆と話す機会があったのじゃ。あやつをうち負かす機会が欲しいというのは無理な相談になろうかの。何でもよいのじゃが」
「興志王を阿呆と申すか!」
 口を尖らせる綾姫に巨勢王が大いに笑った。廊下の奥まで聞こえて城の者達がびっくりするほどに。
 興志宗末はカブキ者として有名な朱藩国の王である。
 実は儀弐王や大雪加を含めた現地での話し合いの場で、綾姫は興志王に父である巨勢王を辱められたと考えていた。それほど深刻なものではなかったのだが、こればかりは受け取った側の印象といえる。
「とはいっても、あやつは志体持ち。残念ながら体力を使うもので勝つのは難しいだろう。ま、男でもあるしな」
 巨勢王も綾姫が興志王に勝てそうなものを探してくれる。
 力が支配する競い合いは無理。また砲術士故に的当てに類するものも綾姫は敵わないだろう。
「そういえば興志王、魚釣りが得意と聞いたことがあるな。魚釣りも無理か‥‥」
「‥‥いや、父様。魚釣りならばわらわにも勝機がありそうじゃ。第一に得意としている釣りで高くなった鼻先をへし折られたら恥ずかしくて当分の間、表には出てこれなくなるじゃろうて」
 持ちかける勝負の方法は海辺での魚釣りとなる。
 一週間後、武天国から朱藩国に送られた親書によって綾姫の正式な来訪が決まった。旅行の日程には親睦を深める手段として興志王との海釣りが組み込まれた。
「では行って参るのじゃ!」
「ほどほどにするのじゃぞ」
 巨勢王が娘の旅立ちを見送る。綾姫を乗せた大型飛空船『不可思議』が朱藩安州を目指して飛び立つ。
 そして二日後。護衛として同行する開拓者を巻き込んでの海釣り大会が現地で開かれるのであった。


■参加者一覧
紙木城 遥平(ia0562
19歳・男・巫
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
将門(ib1770
25歳・男・サ
蒼井 御子(ib4444
11歳・女・吟
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔


■リプレイ本文

●睨み合い
 まだ夜が明けぬ朱藩安州の海に多くの人が集まる。
 何人か漁師はいたものの、殆どはそうではない。何の因果か地元の国王と別国の姫がおでこがくっつきそうな距離で睨み合っていた。
「まさかこんな日が来ようとはな」
「ふんっ! それはこっちの口上じゃ」
 興志王と綾姫はぷいっと背を向けてそれぞれの仲間が集まる場へと歩んだ。
 綾姫班には紙木城 遥平(ia0562)、フェンリエッタ(ib0018)、将門(ib1770)、蒼井 御子(ib4444)、リィムナ・ピサレット(ib5201)が参加する。綾姫を含めて全部で六名である。
「尋常に勝負です」
「負けないぞよ」
 理由は定かではないものの、武天から同行した鈴木 透子(ia5664)は何故か興志王の側についた。
 興志王は臣下の中から志体持ち三名と普通の身体を持つ妹の真夏を仲間へと加える。
 これで互いに普通の身体一名と志体持ち五名の班となった。釣り六名を基本として交代要員を認める規定だ。
 厳正な確認のために両方の班に監視員が同行する。その他に漁船運用や釣れた鮮魚の運搬のために補佐役も宛われた。
 丸一日の間にどれだけの魚が釣れるのか、ここに勝負が始まるのであった。

●綾姫班
 綾姫班は朝から日中にかけては海岸線にある崖や岩場での釣り。夕方前に出港して締め切り時間に戻るギリギリまで船上での釣りと決めていた。
 よさそうな岩場まで徒歩で移動してさっそく綾姫班の面々は釣り竿を用意する。
「釣りの経験は?」
「父様とやったことはあるぞよ。船での海釣りであった。種類はわからぬが青魚を釣ったのじゃ」
「私もよくおじい様と一緒に出かけたの。さあ、勝ちに行くわよ♪」
「勝ってあの砲術阿呆のカブキ者をぎゃふんといわしてやるじゃ♪」
 フェンリエッタと綾姫が並んで岩場へと座り込む。
 紙木城は綾姫の左側で餌箱に手をかけた。
「わらわもやるから教えてたもれ、遥平殿。そうせねばたくさん釣ることは適わぬからなのう」
「はい、こうすれば簡単です」
 紙木城は綾姫に針への餌の付け方を教えてあげる。同時に心構えについても指南した。
「姫さま、魚もこちら側からの殺気の様なものは伝わるものです。釣るぞ、釣るぞと力んでは魚も逃げます」
「そういうものなのか?」
「はい。今回だって漁ではないのですから、適度に休憩を入れて励みましょう」
「そうか。倒れては意味がないからの」
 紙木城の意見を綾姫は素直に採り入れる。
「ん、この前はお疲れ様、なんだよっ」
「御子殿。珈琲、ありがとうなのじゃ」
 蒼井御子が焚き火で湯を沸かして淹れてくれた珈琲に綾姫が口をつける。こういう場で飲む珈琲の味はまた格別である。
(「釣りは得意な感じではないのだよねー」)
 未だ釣果のない状況に首を傾けた蒼井御子は撒き餌を開始した。桶の餌を柄杓を使って海面へとばらまく。
「よろしく、だよーっ!」
 迅鷹・ツキにも手伝ってもらう。
 小さめの桶を嘴にくわえたまま、迅鷹・ツキが海面上空を旋回。桶の底に開けた穴から撒き餌が落ちてゆく。
「お、かかったのじゃ!」
 綾姫がしなる釣り竿をあげてみればアジがかかっていた。仲間達の竿も一斉にしなり始める。沖を回遊していたアジの群れの一部が撒き餌によって岩場へと引き寄せられたようだ。
「この機会は絶対に逃さないよ〜♪ あたしに任せてね♪」
「無理はせぬようにな!」
 『前掛ビキニ「海祭」』姿のリィムナは綾姫に手を振りながら岩場から海へと飛び込んだ。手作りの呼吸用の竹を海中で口に銜えながらバイオリンを奏でる。
 弾いたのは『小鳥の囀り』。これによって集まったアジがすべて近辺の海中に留まり続けた。岩場の仲間達がすべて釣るまでリィムナは繰り返し演奏を続ける。
「これは幸先いいの〜♪」
 綾姫は大喜び。
 アジを主にして全部で四十三尾。規定に満たない小魚は海に帰した上での釣果である。
 同行する補佐役の一部が氷霊結を操って氷を用意。一部は海水を張った桶内で生かしたままだが、殆どは氷水で保存される。
 数えられた後はある程度集まったところで、監視員側の手によって安州城へと運ばれるのであった。

●興志王班
 興志王班も最初は海岸での釣りから始めた。船を出す準備の間に早朝時間という絶好の釣りの機会を逃してしまうからだ。
 場所は綾姫班とは離れた別の岩場である。
 鈴木透子は興志王と一緒に釣りを開始。同行する漁師にこの周辺漁場の情報を教えてもらった鈴木透子は小魚の形をした人魂を作り出して海中を泳がせた。
(「ちょっと、ずるっこかもしれないのですが‥‥」)
 海の中は暗かったものの、地上の篝火と月光によってわずかには観測できる。また、たくさんの魚が泳いでいればそれなりの音がするものである。
 人魂の出現を繰り返して場所を移動。興志王達が釣り糸を垂らす位置から西に百メートル強離れた位置の沖で魚群を発見した。
 鈴木透子は狼煙銃を夜空に撃って連絡。すぐさま興志王班は道具を抱えてやってくる。ちなみに狼煙銃は後で興志王が同等品を補充してくれた。
「王さま、この辺りなら釣れそうです」
「そうか、でかしたぞ」
 鈴木透子の一言に頷きつつ、興志王は釣り竿に手応えを感じ取る。あげてみれば立派なカツオが釣れた。
 興志王班の一同は急いで釣り針を海へと投げ入れる。釣れたカツオはどれも五十センチメートルを越えるものばかりだ。
「西に二十歩、海岸線に沿って移動してください」
「透子殿のいうとおりにしろ!」
 鈴木透子も釣ったが、時折人魂の小魚で回遊の位置を再確認する。天の邪鬼なので期待は薄いものの、その間はからくり・天邪雑鬼に竿を渡して釣りを任す。
 少しずつ移動しながらの釣りは大変であったものの、興志王はとても楽しんでいだ。
 太陽が昇った頃には釣果が四十一尾。互いに数は知らなかったものの、釣り勝負は接戦の様相を呈していた。

●のんびりと
「はい、日に焼けないように気をつけないとね」
「うむ、すまぬの」
 綾姫は日が昇ってからもフェンリエッタにつば広の帽子を被せてもらって釣りを続行する。からくり・ツァイスは後ろに立って日傘を差してくれた。
 しばらくして天幕で眠る者も。日中に釣れないことはないのだが、多くの者は夕方から翌朝にかけての釣りに賭けていた。
「頃合いかの〜」
 ぼうずを連続五回引いたところで綾姫も休むことにした。冷製苺ジャム入りミルクで気分を落ち着けてから天幕の中で寝転がった。
(「あれだけはしゃいでいたら疲れるわよね」)
 開け放った天幕の中、フェンリエッタは綾姫に団扇で涼しい風を送ってあげる。
(「よくお休みになられていますね」)
 紙木城は綾姫が飲み終わった器を片づけた。先程の飲み物は氷霊結の氷を利用して作ったものだ。
 フェンリエッタも休むつもりだが、その前にからくり・ツァイスへと釣りを教える。
「こうして餌をつけて、そしてこう。わかった?」
 フェンリエッタの真似をするものの、どこか大雑把である。
 どこをどうすればそうなるのかフェンリエッタには理解不可能であったが、餌をつけようとしている間にからくり・ツァイスは自らの身体へと釣り糸を絡ませる。例えるならば焼き豚を作る時に糸で縛るような格好だ。
『面目次第もございません‥』
 努力は認めてあげるといいながらフェンリエッタは糸を解いてあげる。あらためて餌の付け方を教えた。
「お魚さんいらっしゃい♪」
 その後、撒き餌をして心眼にて魚が集まっているかどうかを確かめる。ツァイスが一尾釣り上げたところでフェンリエッタは天幕へ。
 場所は安州内なので特に危険はなかった。近づく者だけを注意して釣りをしながらのんびりと過ごす。
「ツキはカモメみたいだねっ」
 蒼井御子は迅鷹・ツキが滑空旋回する真下へと釣り糸を垂らす。入れ食いというわけではないが、そこそこの釣果がある。
 魚に群がるカモメの群れを見つけたり、自ら探したりとツキはよく頑張ってくれた。
「お料理の材料、買ってくるねぇ♪」
 滑空艇・マッキSIで浮き上がったリィムナが町中へ。
 すぐに戻ってきたリィムナは豚肉と野菜を切って鍋で煮込む。釣った魚は戦い後のお楽しみにするとして、しばらして豚汁が出来上がった。
「何じゃ‥‥‥‥美味しそうなにおいがするのじゃ‥‥」
 綾姫が漂ってきた豚汁のにおいで目を覚ます。
「たくさん食べて元気になって、たくさん釣ろうねっ」
「おうよ! リィムナ殿のいうとおりなのじゃ♪」
 綾姫は早めの夕食を頂いた。
「イカ飯もどうぞ♪ ちょうど出来たばかりなの」
「おお、豪勢じゃの♪」
 綾姫よりも早めに起きてフェンリエッタが作ったイカ飯は、数には入らない外道のイカを使ったものである。
(「主のご期待に副えたといってよいはずです」)
 からくり・ツァイスはフェンリエッタが調理している間も釣りを担当していた。何より任せてもらえたのが嬉しかったツァイスだ。
「美味そうだな。体力をつけてから眠るとするか」
 これから休憩する将門も豚汁とイカ飯で腹を満たしてから天幕の中で横になる。からくり・焔は将門の側で見張りをするのであった。

 その頃、興志王班の蒼井御子も王と一緒に食事をとっていた。町中から取り寄せたそ〜すぅ焼きそばとお好み焼きが人数分並べられる。
「おいしー♪ でも兄ちゃんずるいよ〜。城下でこんな美味しい物食べてるなんてっ」
 ぷんぷんと怒る真夏はそ〜すぅ焼きそばを頬張る。人前では興志王様と呼ぶ約束を忘れて兄ちゃんと兄ちゃんと叫びながら。
「ふう〜、食った食った」
「あの、少し込み入ったお話しになりますがよろしいですか?」
 腹一杯になったところで鈴木透子は興志王に綾姫のことを切り出す。
「興志王さま、綾姫さまにいたく嫌われてしまってるみたいです」
「まー、そうだろうな。でも俺はそれなりにあいつを買ってるんだぜ。姑息な手を使わず、敵地に自ら乗り込んでくるとは見上げたもんだ。‥‥勝負は釣りだけどな」
「仲直りする一つの手として、わざと負けて謝ってしまうのも方法もあると思います‥‥」
「それは無理な相談だな。ま、俺が負けたら謝るのもやぶさかではないが‥‥、そうだとしたら透子殿は釣りの手を抜くつもりか?」
「こちらついた限り、そのつもりはありません」
「ならいい。夕方からも期待しているからな」
 話し終わって興志王はそのまま、岩の上へと寝転がる。わずかな時間で寝入ってしまった。
(「なるようにしかならないのかもしれません‥‥」)
 やはりと思いながらも、鈴木透子ははっきりと心の内を伝えられたのでよしとする。
 夕暮れ時になる前に何隻もの漁船が出港した。
 綾姫班と興志王班の長い釣りの夜は始まったばかりであった。

●海中で銀色に輝く
「考えていたよりも釣れぬものよ〜」
「もう少し釣りたいところね」
 綾姫とフェンリエッタは釣ったばかりの魚の桶へと放り込む。篝火を灯しながらの夜釣りは爆釣れとまでは至っていなかった。
 将門のからくり・焔が篝火を担当してくれるので船上は常に明るい。ぼちぼちと釣り糸を垂らし、ぼちぼちと釣果を重ねるそんな時間が続いていた。
「お、中はタラコなのじゃ。美味いの〜♪」
「こっちはおかかだよっ♪ そっちの御重は梅干し♪ 寒かったら『まるごとにゃんこ』を貸してあげる♪ あたしはねこまたで一緒に頑張るのにゃ♪」
「負けられぬのじゃ♪」
 リィムナが作ってくれた夜食のお握りを食べて気分を一新した綾姫は再び釣り竿を手にする。釣り船に乗ってからは朝まで釣り三昧と決めていた。
「暗い夜に空から探すのは難しいよねっ」
 蒼井御子は肩の上に迅鷹・ツキを留まらせながら呟く。するとしばらくしてツキが鳴いた。
「もしかしているかも?」
 ツキの様子が気になったフェンリエッタが『心眼「集」』で海中を探る。すると泳ぐ十数匹を感じとった。船長に頼んで十数匹が集まる方角へ釣り船を移動させると、さらに感じる数が増える。
「これはもしかするかも知れませんね」
 紙木城は鬼火玉・小右衛門を波間から少しの高さを維持して漂わせた。小右衛門の輝きが漁り火代わりとなってさらに魚が集まってくる。
 まっさきに将門がこの群れの魚を釣り上げた。
「これは‥‥秋刀魚か!」
 将門が持つ釣り糸の先には細長い秋刀魚がぶら下がっていた。
「将門殿に続くのじゃ!」
 綾姫が指示で漁船全体に活が入る。漁師達が急いで撒き餌をばらまく。
「魚誘き寄せ大作戦っ!」
 急いでバイオリンを取りだしたリィムナは漁船の上で『小鳥の囀り』を奏でて秋刀魚がどこかにいかないように努めた。さすがに夜の海は寒すぎるので潜るのはなしである。
 ここからは猫の手も借りたい状況が続いた。フェンリエッタのからくり・ツァイスは弾き続けるリィムナの代わりに秋刀魚を釣る。
「まさか秋刀魚の群れに遭遇するとはの〜♪」
「姫さま、あちらの方角に篝火らしきものが見えます」
 秋刀魚を釣りあげた綾姫に紙木城が声をかけて遠くを指さす。徐々に近づいてくるそれは興志王班が乗る漁船であった。

「あちらはきっと綾姫さまの船ですね」
 目を凝らした鈴木透子は遠くの船上に勢いよく釣りあげている蒼井御子の姿を見つけた。
「兄ちゃん、秋刀魚が釣れたよ〜♪ すごく脂がのっていたおいしそ〜♪」
 真夏が釣り上げたばかりの秋刀魚を興志王の前で掲げる。
「どうやらそのようだな。向こうも秋刀魚の魚群を嗅ぎつけたか」
 興志王がにやりと笑う。
 興志王班は鈴木透子が人魂で象った小魚で秋刀魚の魚群を発見。急いで追いかけることでこの海域にやってきたのである。
 奇しくも互いが窺える距離での秋刀魚釣りの勝負となった。
「綾姫よ。まさかこうなるとはな。朝方まで尋常に勝負だ!」
 ここに来て更なる挑発をする興志王。それを見ていた鈴木透子は溜息と共に目を閉じて首を横に振る。
「むー! おのれ、負けられぬのじゃ〜♪」
 綾姫は憂さを晴らすべく勢いよく桶の撒き餌を海面に投げ入れてから釣り竿を手に取った。
「姫さま、落ち着いてください」
「そ、そうじゃったな。秋刀魚に殺気が伝わっては元も子もない」
 紙木城が落ち着くように綾姫を諭してくれた。
「次はこの箱にお願いね」
「任せてたもれ」
 フェンリエッタは秋刀魚で一杯になった木箱を退かして新たなものを持ってくる。ちなみに木箱の秋刀魚は乗船中の監視員達によって即座に数えられていた。
(「これは朝までの体力勝負だな」)
 将門は忙しく釣りながら状況を冷静に観察する。船長の腕がよいのか、釣り船は海中の秋刀魚の群れに同調して進み続けていた。
 こうなったら漁場を探す心配はしなくてもよい。力の続く限り、どれだけ釣れるかが勝敗の鍵といえた。
「あたしもがんばるよっ♪ 空気は冷たいけど、これだけ忙しいと暑いね!」
 リィムナは充分な状況になったのでバイオリンを弾くのをやめる。そしてからくり・ツァイスと交代して釣りに復帰した。
「まったくじゃ、汗をかくほどに忙しいのう〜♪」
 綾姫がリィムナに餌箱を渡しながら強く頷くのであった。

●そして
「俺の顔に何かついているのか?」
 興志王は鈴木透子の視線に気がついて声をかける。
「いえ、何でもありません」
 鈴木透子は綾姫に謝るよう興志王に向けて念じていたが、それは内緒の話である。
 時間が迫り、どちらの漁船も安州の港へと引き返す。
 丸一日かけての釣り勝負はついに結果発表となった。
「綾姫班、有効数、三百七十二尾。興志王班、有効数、三百六十尾。よって綾姫班の勝利です」
 監視員の代表によって綾姫班の勝利が告げられる。
「いぃやったー!」
「やったのじゃ♪」
 リィムナは綾姫に抱きついて大喜び。双方の班は互いに健闘を称え合う。
 昼の間に釣った魚はすでに安州城に運ばれていた。秋刀魚を主とした漁船に積まれた獲物も城の者達によって移動が開始される。
 綾姫は疲れていたものの気を確かに持つ。くたくただが、ここで魚介を食さねば釣り人として廃るからだ。
 湯船で汗を流したあとで調理された魚を食する宴会が開かれた。時は早朝であったがそんなのは関係がなかった。
「はい。ツキも頑張ってくれたから、でも食べ過ぎたら駄目だからねっ」
 蒼井御子は窓の外にいた迅鷹・ツキ用に生きたままの魚を用意してもらう。巨大な桶の魚はすべてツキのものだ。それから宴会の席についた。
 興志王は無礼講好き。なので一言二言のみで宴会はすぐに始まる。
「せっかくなのでお刺身から」
「武天では、無理せねば食べられぬからな」
 紙木城がカツオと秋刀魚の刺身を食す。隣の綾姫も刺身を食べて一緒にご満悦だ。
「このおみそ汁、ものすごい出汁ね」
「どれどれ‥‥本当にすごいのじゃ」
 フェンリエッタに続いて綾姫も味噌汁を頂いた。その強烈な魚介の出汁の旨味にくらくらする綾姫である。
 美味いと感じるだけならともかく、美食に事欠かない一国の姫が驚くほどの味は滅多にあるものではなかった。
(「なるほどね‥‥。朱藩はこれだけ魚介に恵まれているっていいたいのね」)
 フェンリエッタは気がついた。これはつまり釣り勝負に負けた興志王のささやかなる復讐なのだと。
「お刺身やお鮨の具にもいいけど、やっぱり秋刀魚なら塩焼きも食べないとねっ」
 蒼井御子は大根下ろしと醤油をかけて秋刀魚の塩焼きを頂いた。ふっくらと焼けた秋刀魚の身の味にほくほくの笑顔を浮かべる。
「綾姫様、秋刀魚の塩焼きも美味しいよっ!」
「おお、そうじゃった。せっかくなら温かいうちに食べねば」
 蒼井御子の一言で綾姫も秋刀魚の塩焼きを一口。その味は秋の風を感じさせ、また父の巨勢王にも食べさせたいと思う綾姫だ。
「秋刀魚にカツオ、アジ、ヒラメやスズキのお刺身もおいしいねっ♪」
「天麩羅もあるぞよ。釣っている間はあまり思わなかったが、贅沢じゃの〜♪」
 新たなお刺身の皿が運ばれてきて、リィムナと綾姫は一切れずつ賞味する。
「やっているな。今回は楽しかった」
 突然に興志王がお膳を介して綾姫の正面に座った。
「酒の代わりにこれでも注がせてくれ」
 興志王が綾姫が持つ器によく冷えた葡萄の絞り汁を注いだ。もちろん葡萄酒ではなく発酵前のものである。
「ならばわらわも」
 綾姫は興志王の杯に武天産の天儀酒を注いだ。
「あのだな‥‥。巨勢王のことは言い過ぎた、すまん」
「‥‥気にしておらんのじゃ。さあ、一緒に呑もうぞよ」
 興志王と綾姫のわだかまりはなくなったようである。その様子を見てようやく鈴木透子は安心して料理を頂いた。
 朝食としては非常に豪勢な料理を頂いた後で一同はぐっすりと休む。それは興志王も同様だ。
 そして綾姫一行が武天此隅へと帰る日となる。
「ギガ、どうしているかなあ‥‥」
「またすぐに会えると思うぞ。希儀はギガの話題で持ちきりだろうさ」
 別れ際、リィムナは巨勢王と巨人のギガについて話す。しばらくして大型飛空船『不可思議』は海面から飛び立った。
「楽しかったのじゃ〜♪」
 綾姫は眼下の興志王に手を振る。
 これにて朱藩滞在の綾姫の旅は終わりとなった。