【急変】名代の務め〜巨勢王
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/30 23:24



■オープニング本文

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 午後になったばかりの武天国・此隅城。国王・巨勢宗禅の娘、綾姫は昼食をとろうと膳の前に座っていた。
「何故に早くそれをいわん!」
 綾姫は巨勢王のような勢いで臣下達を叱る。
 箸を手に取ろうとした時、部屋の片隅でこそこそと内緒話をする臣下三名の姿が目に入った。問い質したところ、理穴東部・急変の報が判明したのである。
 食事が終わってからお伝えするつもりだったと額に汗を浮かべながら弁明する臣下三名。それを途中で遮って立ち上がり、高速飛空船の用意を指示する。
(「まさか父様がいない日に‥‥」)
 綾姫は食事には手を付けないまま別室に移動して服を着替え始めた。
 巨勢王は希儀視察の真っ最中である。精霊門を使えば一日で戻って来られるだろうが、それを待つ余裕はない。
 綾姫は巨勢宗禅の名代として決断する。自ら理穴に乗り込んで理穴の女王・儀弐重音に力を貸そうと。
「風信器で神楽の都にいる者共に連絡せよ。至急、ギルドにて開拓者を募集。そのまま所有する連絡用高速飛空船で理穴東部に向かえと。一騎当千の力を借りようぞ。それと即座に理穴国境線で待機中の飛空船団に作戦・参を連絡じゃ。わらわも飛ぶ。現地で集合するのじゃ」
 綾姫はてきぱきと指示を出す。
 応援として志体持ちである開拓者に集まってもらい、高速飛空船で直接理穴東部へと向かってもらう。
 綾姫もこれから現地へと急行する。
 国境付近の武天飛空船団も連絡が届き次第、現地にはせ参じてくれるはずだ。
 ちなみに元々の施設に追加した形だが、此隅から理穴との国境付近までの連絡網は確立されている。
 国内の主要な土地を結ぶよう数キロ単位で建てられた櫓にはそれぞれ数人の係が在住。鏡による日光の反射か、もしくは松明の灯りによって情報を伝達する仕組みになっており、飛空船による伝令よりも早い。風信器と組み合わせて利用すれば今回のように僻地であってもすぐに連絡を送ることが出来る。
 おそらく三十分後には理穴東部急変の報が国境付近の飛空船団に伝わるはず。もっとも理穴側からの要請の方が早いかも知れないが。
「姫様、危のう御座います」
「これから戦場に赴くというのに何をいうのか」
 城庭に用意された高速飛空船へと駆けて乗船する綾姫。臣下達が乗り込んだと同時に急速浮上。綾姫の操縦は荒かったものの、その分迅速な行動となった。
 高度をとってから水平飛行に移行。それからは臣下に操縦を任せて綾姫は侍女が持ってきたおにぎりを頬張る。
 理穴の儀弐家と武天の巨勢家は血縁関係にある。綾姫は儀弐重音の姿に亡き母親を重ねて慕っていた。
(「儀弐王様、無理はなさらぬように‥‥」)
 綾姫は気づかず米粒を頬につけながら窓の外を眺めた。理穴の空はまだかと心の中で呟きながら。


■参加者一覧
紙木城 遥平(ia0562
19歳・男・巫
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
西中島 導仁(ia9595
25歳・男・サ
此花 咲(ia9853
16歳・女・志
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
将門(ib1770
25歳・男・サ
蒼井 御子(ib4444
11歳・女・吟
カルフ(ib9316
23歳・女・魔


■リプレイ本文

●集結
 百三十五隻からなる武天飛空船団が理穴東部上空に到達したのは魔の森の繁茂が始まった当日の二十二時頃である。
 合流予定位置は四百キロメートルに及ぶ理穴国と魔の森との長い境界線の最南端。天候は土砂降りの様相。
 武天国から飛び立った綾姫を乗せた高速飛空船が先に到着した武天飛空船団と合流を果たしたのは二十三時前。開拓者八名を乗せた神楽の都からの高速飛空船は二十三時半に辿り着いた。
 開拓者達は旗艦となる大型飛空船『不可思議』の艦橋で綾姫と再会する。
「遙々よく来てくれたのじゃ。わらわと殆ど一緒の到着じゃな」
 鎧姿の綾姫は理穴東部の巨大な地図を前にして説明を始めた。地図には非常に細かい地形が描き込まれており、武天側の事前準備の周到さがよくわかる。
「現在、六隻の高速飛空船が魔の森との境界線の偵察に出ておる。眼下の境界線もわずかずつ拡大しているようじゃが、未確認の情報によればアヤカシの侵攻が激しいところが特に浸食著しいようじゃ。できることならばすべてのアヤカシを倒したいのは山々じゃ。しかし取捨選択が迫られる移動しながらの戦いとなろう。儀弐王との合流を無理に果たすつもりはないのじゃが、機会があればそうするつもりじゃ。おそらく一番激しい戦場であろうからのぉ〜」
 綾姫からの説明が終わってから開拓者達は要望を伝える。そしてすぐに希望の配置についた。
 開拓者の蒼井 御子(ib4444)は砲手への支援として不可思議内に残る。宝珠砲の威力は勝敗を決する要の一つといえた。
 開拓者七名は空中戦担当。それぞれに空中機動用の朋友を連れてきていた。飛空船団故に空中戦が望まれていたからである。
 開拓者達は甲板、または甲板下の船倉内で出番を待ち続けた。
 日付が変わって二日目の一時過ぎ。魔の森との境界線上をゆっくりと飛行していた武天飛空船団は巨大な蝉・妖の群れと遭遇する。
 蝉の形こそしていたが大きさは龍並で全長四から五メートル。それらが夜空を埋め尽くしていたのである。
 激しく鳴らされる銅鑼の響き。合わせて旗艦『不可思議』から信号用の狼煙銃が撃ち上がる。
 各艦船に伝えられたのは宝珠砲による殲滅。空中戦要員は発艦準備を整えながら待機。武天飛空船団は陣形を組んで砲撃を開始する。
「さって、よろしくお願いします、だよ!」
 蒼井御子は右舷の宝珠砲台へと移動して『詩聖の竪琴』に手をかける。顔見知りの砲手も多くいて気心が知れていた。
 迅鷹のツキは出番があるまで天井近くの梁に掴まって蒼井御子の演奏に耳を傾ける。
 蒼井御子が瞳を閉じて指をなめらかに動かし奏でたのは『天鵞絨の逢引』。そのなめらかな調べによって砲手達はより一層集中力を高めた。
 重い砲弾を装填。練力を注入した上で照準合わせ。号令によって宝珠砲が火を噴いた。
 使われていた榴弾は弾けて空中で拡散する。多数の蝉・妖を一瞬のうちに瘴気の塵に還した。
 不可思議の右舷宝珠砲台六門斉射だけで五十体以上の蝉・妖が消え去る。武天飛空船団すべてでいえば四百体以上の戦果だと推定された。
 威力は素晴らしいものの弱点なのが練力の再充填時間。不可思議の宝珠砲は巨大故に他よりもより時間がかかった。
 それを助けるのが空中戦要員。どちらが優れているというわけではない。互いに補完し合う関係である。
 多数の龍騎兵が雨降りしきる夜空へと飛び立った。開拓者七名も同様に参戦する。
「夜戦は混乱しやすいです。みなさんお気をつけて」
 鈴木 透子(ia5664)は空龍・蝉丸で高度をとって戦場全体を見渡す。
「綾姫様の力添えになるのならば、喜んで戦わせてもらおう。獅皇吼烈よ。思う存分に暴れるぞ!」
 炎龍・獅皇吼烈に乗った西中島 導仁(ia9595)は飛び立ってすぐさま蝉・妖の小集団へと突っ込んだ。
「隙を見せないことも大切なのです。不可思議を狙わせる訳には、いかないのですよ!」
 駿龍に乗った此花 咲(ia9853)は不可思議からそれほど離れずに『弓「瑞雲」』を構える。
 群れとはいえ単独で襲ってくる蝉・妖もいる。叩きつけるような雨のせいか蝉・妖の動きは鈍かった。此花咲は冷静に弓矢を持ってして墜落させて不可思議を守る。
「綾姫と約束したから。一緒に儀弐王をお助けするって」
 鷲獅鳥・アウグスタの背で『ブレイブランス』を構えたフェンリエッタ(ib0018)。
 戦っている間に敵の群れでひときわ巨大な蝉・妖を発見する。小型飛空船並の全長十メートルを超えていると思われた。
 フェンリエッタは鷲獅鳥・アウグスタを手綱で操って巨大蝉・妖を追いかける。
 蝉・妖の攻撃方法は主に三種類。耳をつんざく羽音を鳴らして相手の戦意を削ぐ。溶解液を飛ばして相手を溶かす。取り憑いた相手の体液を吸い尽くす。
(「早めに倒しておかないと厄介よね」)
 フェンリエッタは馬上の騎士の戦いの如く、巨大蝉・妖と正面からぶつかり合う。空中でのすれ違い様、ランスの穂先で巨体蝉・妖の右羽の付け根を粉砕。墜落へと追い込む。
 止めを刺したいところだが今はその余裕がなかった。飛び交う蝉・妖の中から次の戦う相手を選んだ。
 将門(ib1770)は鋼龍・妙見に乗り、わざと二、三メートルも下がれば魔の森の樹木に衝突する程の超低空を飛んでいた。
「綾姫が望んでいるのならば‥‥応えるよう尽力しよう」
 機会を見て急速上昇。次々と蝉・妖の腹を掬うように『太刀「救清綱」』の刃を当ててゆく。
 超低空を飛ぶのは危険だがその反面、蝉・妖にとっての死角でもある。昇りながら三体の蝉・妖を斬り倒した。
 鋼龍・妙見が迫ってきた蝉・妖の頭部を爪で鷲掴みにして遠くへ投げ飛ばす。こちらから迫り将門が『太刀「救清綱」』で仕留める。
 カルフ(ib9316)は駿龍・克の高速飛行で魔法詠唱に適した宙域に達していた。
「今なら味方を巻き込まず使えますね」
 使おうとしていた魔法はメテオストライク。強力な範囲魔法攻撃なので乱戦状態では使いにくい。そこでまだ戦場になっていない魔の森の範疇に狙いを絞った。
 瘴気満ちる魔の森においてアヤカシの能力は強化される。当然耐性もあがるかも知れないが、カルフは構わず魔法を詠唱。メテオストライクを叩き込んだ。
 雨の暗闇に火球が尾を引いて遠ざかってゆく。やがて一定の場所で膨らみ弾けた。爆炎によって周囲が一瞬だけ昼間のように明るくなる。
 輝ける炎の球の中に多数のアヤカシの影が浮かび上がった。
 その遠くの輝きを浴びながら空龍・蝉丸が不可思議の甲板に足をつける。乗っていた鈴木透子は飛び降りて艦橋と直通の伝声管にしがみつく。
「北北東‥‥約十二キロ先の魔の森の境界線に多数のアヤカシが屯しているはずです。蝉のアヤカシの多くがそこから飛び立っていました」
『わかった。次の攻撃はそこじゃな』
 鈴木透子は高度偵察で得たアヤカシ全体の情報を綾姫にすべて報告する。
 それからしばらく鈴木透子は空龍・蝉丸と共に不可思議の護衛についた。
 基本は甲板で待機。蝉・妖が迫ってきたらわずかに浮かんで双竜巻撃。真空の波で蝉・妖を遠くへと弾き飛ばす。
 鈴木透子の報告によって宝珠砲の砲撃対象は空中の蝉・妖ではなく地上の魔の森に隠れているアヤカシと変化する。
 これは紙木城 遥平(ia0562)が事前に予想していたことと重なる。
「地上にもアヤカシがいるはずです」
 その紙木城は炎龍・韻姫を駆って不可思議の船首付近で護衛にあたっていた。
 まもなく紙木城が綾姫に事前提案した作戦が実行に移される。
 それは地上に向けての斉射攻撃。数が減った飛び交う蝉・妖に対しては龍や鷲獅鳥、グライダーの兵力で十分な状況にあったからだ。
 繁茂の活発さからいって多数のアヤカシが鈴木透子が指摘した魔の森の地域に潜んでいるのはあきらかである。
 不可思議を含めた武天飛空船団は斜に船体を向けつつ、下方の魔の森境界線を砲撃し始めた。
「韻姫、あの高い木を中心にして業火炎を」
 飛空船が回頭する際にはどうしても隙が生じるもの。紙木城は炎龍・韻姫の業火炎による広範囲攻撃で不可思議の運用を助ける。
「状況は有利ですけど油断は禁物なのですよ‥‥あれは?」
 駿龍で飛んでいた此花咲はたまたま魔の森の一部がわずかな間だけ輝いたのを見かける。
(「伝わるといいのですけど‥‥」)
 常に不可思議の近くを飛んでいた此花咲は艦橋に近づいて窓越しに手振り身振りで綾姫に危険を知らせようとした。
「ふむ‥‥‥‥。全艦船、一旦西方へと離脱するのじゃ!」
 一瞬悩んだ綾姫だが此花咲からの情報は自身の嫌な予感とも符合する。武天飛空船団全体に魔の森境界線からの急速離脱を命じた。
 信号として撃たれた狼煙銃が雨の夜空に輝いた。但し、雨足が強いせいでとても弱かった。
 移動し始めた頃、武天飛空船団は突如地表から遠隔攻撃を受ける。
「これは‥‥何だ!!」
 西中島は手綱を引き、炎龍・獅皇吼烈をわざと失速させて飛んできた物体を避けた。
 自由落下してくる物体を確認してみれば、それは岩の塊。
 地上からのアヤカシによる攻撃は岩の投擲によるもの。直径三十から五十センチメートルの岩の塊が雨降る夜空に次々と飛んできた。
 原始的ではあるものの威力は十分。まともに当たれば龍は大怪我を負う。飛空船もただでは済まなかった。
 西中島は地上の状況を知るために敢えて魔の森へと突っ込んだ。
 土砂降りの深夜。しかも深い不気味な瘴気満ちる森の中。
 普通なら暗くて見えるはずもないが、墜落の飛空船が激しく炎上していて辺りを照らす。
 西中島が目にしたのはアヤカシの集団が投擲紐を使って岩の塊を遠投する様子。巨体を最大限に生かして回転しながら岩の塊を夜空に浮かぶ飛空船目がけてぶん投げていた。
「名乗りは‥‥無理だな」
 西中島は炎龍・獅皇吼烈に火炎を噴かせながらアヤカシ等に急接近。投擲紐を持つ鬼・妖の横をかすめながら腕を斬って急上昇する。
 そして急いで不可思議の綾姫へと連絡に戻った。
 武天飛空船団は早めに動いたおかげで損耗は軽微。即座に立て直して魔の森との境界線地表攻撃を重点的に行う。
「あの一帯を撃つのじゃ! 再装填急げ!!」
 森の木々を破壊することに一抹の心の痛みを感じるものの、どのみち魔の森は焼き払わなければ自然は再生しない。綾姫は覚悟を持って命令を出す。
 鈴木透子が目標地点に『瘴気の霧』を発生させてくれたおかげで敵アヤカシの抵抗力が大きく減少。砲撃の威力が実質的に増した。
 飛び交う蝉・妖を殲滅し、さらに地上で潜んでいたアヤカシ等の大部分を倒した。するとこの一帯の魔の森の繁茂が非常に緩やかになった。
 武天飛空船団は新たな戦場に赴くべく魔の森との境界線を北上するのであった。

●理穴軍
 武天飛空船団は北上を続けながら魔の森の繁茂が激しい地域の上空のみで戦闘を展開する。
 その他の魔の森との境界線にもアヤカシは存在するはずだが全体を考えると現状放置せざるを得なかった。綾姫は知らぬ間に噛みしめて何度も唇を切ったという。
 二日目の昼には雨が止んだ。そして夕方。武天飛空船団は儀弐王が率いる理穴軍の本隊を眼下におさめた。
(「なんと勇猛なことか‥‥。しかしこの状況で訊ねては邪魔になってしまうのぉ。それは本意ではないのじゃ」)
 地上で繰り広げられていた戦闘は激しく、綾姫は出向いての儀弐王との作戦会議を諦める。とにかく一体でも多くのアヤカシを倒せばよいと心に刻んだ。
 理穴軍の真上での戦闘になれば落下物での迷惑をかけかねない。綾姫は理穴軍の様子がわかるよう視界に入る範囲で空の戦場をずらす。
 空中戦は混迷。あまりの混戦状態で同士討ちの危険性が急速に増していた。故に宝珠砲での砲撃が難しくなってきた。
「仕方がないの」
 綾姫は次の斉射を最後とし、以後命令あるまで砲撃を禁じる。
 蒼井御子は砲台が並ぶ左舷通路で幻影と共にステップを踏む。黒猫白猫による最後の支援である。
「それじゃあ、行って来るねっ!」
 砲手達に手を振って別れを告げて迅鷹・ツキと一緒に甲板へと駆け上がる。途中で締めの砲撃が鳴り響いた。
 甲板に辿り着いた蒼井御子がぐるりと周囲を見回す。すると真っ白い巨大な何かが視界に入る。
 不可思議の艦橋に空飛ぶ巨大クラゲ・妖が近づこうとしていた。砲撃は当たっていたが倒すまでには至っていなかったのである。
「綾姫様が危ない!」
 蒼井御子は巨大クラゲ・妖が艦橋を包み込もうとするのを阻止すべく『精霊の狂想曲』を奏でる。
 この曲は周囲の敵すべてを混乱に陥らせるもの。しかし大きな弱点が。暴れた精霊をなだめるためにしばらく演奏を続けなければならなかった。
 蝶・妖が敵味方構わず毒の鱗粉を振りかけだす。その内の一頭の蝶・妖が蒼井御子に迫った。
 身動きできない蒼井御子に代わって迅鷹・ツキが戦ってくれる。大きく翼を羽ばたかせて風斬波を放ち、鱗粉ごと蝶・妖を甲板から吹き飛ばした。別の蝶・妖も飛んできたが迅鷹・ツキはすべて排除してくれる。
「ツキ、ありがとう。助かったよ」
 蒼井御子は自由になってから迅鷹・ツキに礼をいう。
 巨大クラゲ・妖はゆっくりであったが不可思議から遠ざかってゆく。ただこのまま放置しておく訳にはいかなかった。
 空龍・蝉丸に乗って駆けつけた鈴木透子が式を打つ。
「あのクラゲを‥‥お願いします」
 鈴木透子が陰陽の術で招いたのは『黄泉より這い出る者』。その姿は誰にも見えないが死に至る呪いを相手に送り込むといわれている。
 呪われた巨大クラゲ・妖は身体を自ら捻って体液のような瘴気を辺りにまき散らす。やがて限界がきて一気に瘴気化。まとめて崩れ去った。
 炎龍・韻姫と共に戦っていた紙木城は不可思議の甲板の中央に着陸した。そして頭上に向けて狼煙銃を撃ち三分程待つ。
「皆さん、ここが踏ん張りどころです」
 狼煙銃の信号は回復を望む味方を集合させるための合図であった。紙木城は集まった仲間達を『精霊の唄』で元気づける。
 不意を突かれた西中島は炎龍・獅皇吼烈と一緒に空飛ぶ蛇型のアヤカシ『浮遊蛇・妖』に巻きつかれていた。
「どんなに‥‥‥‥絶望に追い詰められたとしても‥‥‥‥‥‥人は心の奥にそれを払う輝くものを持っている‥‥人それを『希望』という」
 自由落下の最中、口上を述べながら力を込めて脱出を試みる西中島。自分と浮遊蛇・妖とのわずかな隙間に刀の鞘をねじ込んで無理矢理に大きく広げた。
 炎龍・獅皇吼烈も藻掻くことで機会を掴んだ。頭に巻きついていた部分が緩んで口が開くようになった。再び絞められる前に火炎を吐いて浮遊蛇・妖を威嚇。浮遊蛇・妖が怯んだ隙に巻きつきからの脱出に成功する。
「貴様らにぃ! 名乗る名前はない!!」
 西中島は荒い呼吸をしながら刀を振るう。
 腹をかっさばかれた浮遊蛇・妖は地表へと落下してゆく。落ちきる前に炎龍・獅皇吼烈が炎をまとっての突撃で仕留められる。
 此花咲は不可思議の外周に張りついたアヤカシと戦っていた。
「しつこいですね。これで‥‥二十二体、いや、二十三体だったかな‥‥」
 此花咲の駿龍の足には棘蹄鉄が取りつけられている。その棘を深く食い込ませてアヤカシを引き剥がす。後は『霊刀「虹煌」』で始末する。
 此花咲は襲ってくるアヤカシが徐々に小振りになっていると感じていた。戦いの峠は越えたのかも知れないが油断は禁物と気持ちを引き締める。
 戦いはもつれたまま三日目へと突入。蝶・妖を含めて毒をまき散らすアヤカシが大量に発生する事態に。
「もう大丈夫です。安心してください」
 この頃のフェンリエッタは味方の解毒治療を中心に動いていた。かなり強い毒性があり、少しの放置で一気に消耗してしまうからだ。
 術を使うと患者がほんのりと輝く。神風恩寵も使えたフェンリエッタだが、生命力の回復は他の者に任せる。
 不眠不休の戦いはすでに丸一日続いている。最初から戦っている理穴軍ならば丸二日だ。フェンリエッタは地上で戦う儀弐王を心配する。
「きっと‥‥いえ、儀弐王は絶対に大丈夫。そうよね、綾姫」
 船倉のフェンリエッタはこの場にはいない綾姫へと話しかけるように一人呟く。
「大丈夫なのじゃ。儀弐王様ならば‥‥」
 偶然にも艦橋の綾姫はフェンリエッタに答えるかのように呟くのだった。
 三日目の朝になると空での戦いは更なる混迷の様相を見せ始めた。酷い強風が吹き荒れだしたのである。
「これは俺達にとって好機かも知れないな」
 将門は飛行中、鋼龍・妙見の背中にそう話しかける。気流を味方にできる『ラッシュフライト』ならば強風も怖くなかった。
 普段なら手こずるアヤカシでも一方的な戦いに持ち込める。将門は敢えて強い敵個体を選んで戦う。
 『ラッシュフライト』が使える龍は『妙見』の他にカルフが駆る『克』もそうである。
「このクワガタの化け物みたいのは俺に任せてくれ」
「私は蛍みたいなアヤカシを狙います」
 将門とカルフは風に乗って強敵アヤカシを次々と墜落させる。
 非常に有効な『ラッシュフライト』だが練力消費は激しかった。将門は『龍鎧』の使用を控えることにする。
 夕方に差し掛かる頃になると空のアヤカシの勢いは大分弱まってきた。日が暮れて宵の口。ぴたりと空のアヤカシが姿を消す。
 警戒態勢を取りつつ、武天飛空船団は様子見する。偵察を出すことで遠方の魔の森との境界線の状況が確かめられた。
「それはまことか? 本当かや?」
 まとめの報告を聞いた綾姫は何度も聞き返す。魔の森の繁茂は完全に止まってアヤカシが退いたといった内容である。
(「何かが起きた‥‥いや何かを味方が起こしたのじゃろうか‥‥。わからぬ」)
 戦いが終わったことに喜びを感じる綾姫だが嫌な予感は未だに脳裏に残る。先のことではなく、またすぐにこの理穴東部で何かが起こるのではないかと。
 戦場全体の情報が綾姫に届くまでもうしばらく時間を要するのであった。