空路閉鎖 〜巨勢王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/19 17:28



■オープニング本文

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 空と海を隔てた武天国と泰国。
 二国は祭典を計画。今現在は交渉段階だが準備は着々と進んでいた。
 その中の一つが刀の準備。
 祭典が開催されたのなら親好の意を表して互いに贈り物を交換し合う形になる。
 武天の刀剣愛好家の間では『武天十二箇伝』と呼ばれる選出が存在する。宝珠を考えず刃の鍛えに重きを置いた評価なので、刀そのものの評価とは必ずしも一致しない。しかし刃の鋭さもまた天儀刀の魅力に違いなかった。
 巨勢王が選んだのは武天十二箇伝に選ばれているうちの流派『長家』。長曽禰興里を創始者としており、虎徹は国内外で有名である。
 泰国へ贈る一刀を長家十六代目、長曽禰喝破に打ってもらおうとしたところ、行方不明の状況。とはいえ大凡の予想はついていた。
 喝破は将棋の真剣師としての一面も持つ。いろいろとあったが開拓者達によって巨勢王と喝破の対局は果たされる。そして作刀も行われる形となった。
 二人の勝敗については秘密にされた。巨勢王はわざと負けるような相手を好まない。かといって巨勢王に畏怖を抱いて手を抜いても誰にも責められはしないだろう。
 しかし恐れ知らずの喝破は真剣勝負を持ちかけたはずだ。この場合の真剣とは賭け事を指す。もし喝破が勝ったとするのならば巨勢王から何を巻き上げたのか。判明するには今しばらくの時間が必要だった。
 作刀を請け負った長曽禰喝破は拠点の鳥架村に戻る。この村は此隅から南の遠方に位置し、金指山の裾野に存在した。
 鳥架村の側を流れる雉川ではたたら製鉄用の砂鉄の採取が可能。また炭焼きに必要な木材を上流から運ぶ手段としても用いられていた。
 鳥架村には村長がいるものの、実権を握っているのは長家の当主。つまり現在においては喝破に他ならなかった。
 その鳥架村が大蛇に襲われるものの、被害は最小限で済んだ。盗られた喝破愛用の鎚も開拓者達によって取り戻される。但し、作刀は予定よりも遅れ気味となっていた。
 喝破の件とは別の事案で綾姫が武天を代表して泰国を訪れることとなる。土産として運ぶのは苺。綾姫の好物でもある。
 航空路上でアヤカシに襲われ、秘密裏に苺へ毒を混入させられそうになるのものの開拓者達の活躍にて阻止。無事に泰国訪問は終了する。
 長曽禰喝破の作刀も佳境に入ろうとしていたが、謎の遠吠えによって鳥架村には不安が漂う。守りとして開拓者の応援が定期的に訪れる最中、第二陣が滞在中に襲撃は起こった。
 霧の夜、開拓者達と戦う。
 角の特徴を持つ四つ足アヤカシの名は『突猛嵐』。牙の特徴を持つ四つ足アヤカシは『砕猛嵐』。爪の特徴を持つ四つ足アヤカシは『裂猛嵐』。どれも大型の馬程の巨躯を誇っていた。
 その三体を率いていたのが人型のアヤカシ『御怨』。長い黒髪に身長は二メートル前後。鋭い眼光を放つ。アヤカシに性別があるのかはわからないが男性の姿をしていた。


 第二陣帰還のその後、第三陣の護衛によって鳥架村は無事に守りきられる。
 おかげで長曽禰喝破の手によって天儀刀二振りが完成をみた。どちらも甲乙付けがたいが、姿見がわずかに良い一刀が真打ちとされる。残るもう一刀は裏打ちとされ、おそらく巨勢王の所蔵となるだろう。ただ姿見については好みが大きく反映されるため評価は人によって大いに異なる。
 泰国との公式な祭典の場所選定は非常に揉めた。事務方だけの議論では結論が出ず、政治的決着によって選定される。
 その場所は泰儀の海上にある離れ小島。ちょうど武天の都、此隅から泰国の帝都、朱春を結ぶ空路上に存在しているのが決め手となった。
 ご多分に漏れず非常に田舎であったが、施設としては春華王が余暇を過ごすために整えられてあって問題はなかった。飛空船離着陸用の土地もちゃんと整備されており、大型飛空船が数隻着陸してもまだ余裕がある。
 それから先は早く話がまとまり、具体的な日程の検討といったところで妨害が持ち上がった。
 武天と泰国の空路の一つが多数のアヤカシによって封鎖されたのである。
 とうの昔に天儀と泰儀との間に横たわっていた嵐の壁は取り除かれており、両国の行き来がまったく出来ないのではない。ただ経験則的に気象が安定した空路であり、今後もずっと使えないとなれば大いに問題。また公式の祭典を邪魔しようとする意図がそこかしこから感じられる。
 これを両国が黙って見過ごすわけにはいかなかった。
 泰国は東側から、武天は西側からの挟撃作戦が立案される。
「わらわなら大丈夫じゃ」
 両軍が参加する中、武天側の総大将は巨勢宗禅の娘『綾姫』に任されることとなった。敢えて巨勢王は引っ込んだ形だ。
 また実際の艦隊運用は番方の留守居年寄の一人が担当することになる。
 大型飛空船『不可思議』を中心とした武天艦隊が此隅の基地から次々と離陸。途中、各地から合流して戦場の空へと船首を向ける。
 その中には開拓者の姿も。『不可思議』に乗船する綾姫の護衛として参加していた。


■参加者一覧
紙木城 遥平(ia0562
19歳・男・巫
西中島 導仁(ia9595
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
蒼井 御子(ib4444
11歳・女・吟
ヤリーロ(ib5666
18歳・女・騎
ライ・ネック(ib5781
27歳・女・シ


■リプレイ本文

●武天艦隊
 武天の都、此隅。その日は曇り空に覆われていた。
「頼んだぞ、綾姫よ」
 国王『巨勢宗禅』は城の天守閣から大型飛空船『不可思議』の出航を見守る。離陸した『不可思議』を含む武天艦隊は厚い雲の向こう側へと消えていった。
 此隅を離れたばかりの頃は十五隻編成であったが、西方の海上に到達する頃には各地からの合流によって倍以上に増えていた。
 最後の一隻が船団に加わったところで、武天艦隊は大型飛空船四隻、中型飛空船三十二隻となる。
 総大将は巨勢王の娘『綾姫』が抜擢されていた。番方の留守居年寄一名が補佐として同行する。
 綾姫は艦橋で総指揮を執った。ジークリンデ(ib0258)は綾姫後方で護衛任務を担当する。
「ここまで問題はないようじゃな」
「滞りなく進んでおります。明日の開戦予定時間には余裕で間に合いましょう」
 綾姫は留守居年寄、艦長の二名との打ち合わせを終える。そして休憩のために艦橋に備え付けられた螺旋階段をジークリンデと共に降りた。
「この度の情勢は推測するに、離陸前に説明させて頂いた『御怨』なるアヤカシの差配である可能性は高いかと思われます」
「うむ。わらわもそう考えるのが妥当と判断するところじゃ。裏で別の目的達成を目論んでいるかも知れぬ」
 螺旋階段の最後にはわずかな空間があり、厚い鉄扉を開けると豪華な広間がある。乗艦中の巨勢王が執務に使用するもので寝室も併設されていた。
 華奢な綾姫では持つのさえ難しい重厚な武器がいくつか飾られていた。それらを眺めていた西中島 導仁(ia9595)が振り返る。
「まさか空の回廊を封鎖するとは‥‥無茶苦茶と思えるが、確かに嫌がらせには効果的な方法だ。どのような作戦を立てられたのだろうか。綾姫殿はどう考えられておられるのだろうか?」
 西中島はレール式の椅子を引いて綾姫に座ってもらう。畳の生活に慣れた姫にとってどうにも窮屈なのだが飛空船内では仕方なかった。
 家具を含めて殆どの品が固定されているのはいざというときに掴まるため。勢いよく壁に叩きつけられたり、または目がけて飛んできたから大事だからだ。
「泰国軍との挟撃作戦ゆえ、味方を攻撃しない一点のみの遵守が求められよう。ただわらわも御怨なるアヤカシは気になって仕方がない‥‥」
 綾姫は侍女が淹れてくれた泰国産の珈琲を口にして表情を和らげた。
「船内の戦闘要員について相談があるのですが」
「ボクも考えがあるんだ。聞いてもらえるかな」
 紙木城 遥平(ia0562)と蒼井 御子(ib4444)は綾姫に戦闘配置の案を提出する。
 蒼井御子は船外、甲板、宝珠砲、船内警備への振り分ける割合を提案。ジークリンデはさらに船外で戦う要員を開拓者が長を務める分隊に振り分けた。殆ど修正なく意見は採り入れられる。
「小鳥や鼠などの小動物にはくれぐれもご用心を。何かあれば駆けつけます」
「うむ、了解なのじゃ。あやつらは一筋縄ではいかんからな」
 宿奈 芳純(ia9695)は綾姫に菓子を勧めながら注意事項を改めて説明した。自身は戦闘の際、外で戦うかそれとも船内か、仲間達の動向を見定めてから決めるつもりでいた。
「さすが噂に聞いた不可思議です。これほどに修理設備が整った船は他にないのでは」
「それを聞いたら父様は喜ぶのじゃ」
 ヤリーロ(ib5666)は綾姫に先程見学したばかりの船内設備についてを話す。今回の『不可思議』は龍を主とした揃えだが、グライダーとも呼ばれている滑空艇用の設備も整えられてあった。その見事さにヤリーロは目を奪われたという。
「調べて参りましたが、不可思議の空気取り入れ口などで壊れたところは皆無でした。もしも数日以内に破損個所があれば怪しいと考えて間違いなさそうです」
「アヤカシ等に船内へと潜入されたら厄介じゃからな」
 ライ・ネック(ib5781)は艦橋までの到達経路がどれだけあるかを綾姫に報告する。大きな通路は三箇所。人がギリギリ通れるものは二箇所。小動物なら通れそうなものは二箇所存在する。
 行きの空路では何事起こらず順調な空の旅が続いた。
 空賊らしき船影が見えた時もあったが、名のある者でもこれだけの艦隊に手を出す勇気はなかったらしい。
 夜の闇を越えて新たな太陽が昇る。
 高速型飛空船による斥候を行いながら武天艦隊はわざと減速。泰国側との約束三十分前に予定の空域へと辿り着くよう調整するのだった。

●空中戦闘
 眼下に敷かれた真綿のような白い雲は強風によってまるで海面の波のようにうねっていた。頭上には澄み切った青い空が広がる。
 それだけなら美しき景色なのだが、禍々しい存在が視界を遮る。遠くの雲と空の狭間に漂う大量のアヤカシ軍団だ。
 武天艦隊は空路を塞ぐアヤカシ軍団と二キロメートルの距離をおいていた。
 決戦の時刻になると遠方の空に小さな煙が現れ、同時に破裂音が届いた。開戦の狼煙として泰国側が打ち上げた花火である。
 武天側も準備済みの花火を真っ青な空へと打ち上げて呼応する。
「皆の者、健闘を祈るのじゃ!」
 伝声管によって綾姫の激励が『不可思議』艦内に響き渡った。
 ジークリンデは護衛として綾姫の側を離れない。
 空戦要員は待機。開拓者の紙木城、西中島、ヤリーロも同様だ。発進準備を整えた上で指揮を待つ。
 ライと宿奈芳純は『不可思議』内の巡回警備を行った。ライは各所との伝令役を引き受け、宿奈芳純は侵入する何かを人魂で探る。
 最初の攻撃方法は宝珠砲によるもの。砲術担当の要員達はきびきびと作業をこなす。重い球を載せられた台から砲筒に装填。砲座の砲手達は風を読む右舷指揮者の指示の元、修正を加えて的となる遠方の巨体アヤカシを狙う。砲座を動かす調整ハンドルが激しく回されていた。
「ボクが応援するよ! みんながんばってね!!」
「うぉーし!」
 蒼井御子の声に砲手達が呼応する。詩聖の竪琴で奏でられた天鵞絨の逢引は砲座周辺の者達に精霊の加護を与えた。
 迅鷹のツキは蒼井御子の傍らにある柱の上に掴まっていた。しばらくは砲撃に巻き込まれてしまう危険を想定して特別任務の龍以外は待機命令が出されている。
「ってぇい!!」
 右舷指揮者の合図によって『不可思議』右舷六門の宝珠砲が火を噴いた。放物線を描きながら遠方のアヤカシ軍団の中へと球が吸い込まれてゆく。他の飛空船からも同時期に砲撃が行われた。
(「当たれ!」)
 蒼井御子は演奏を続けながら目で追い続ける。『不可思議』が撃ったうちの三発が毒々しい色をした龍を模す巨大アヤカシに命中。肩から頭部を吹き飛ばされたアヤカシ龍が巨体を捻らせて墜落してゆく。
「やったぜ!!」
 その様を見て砲手達が歓声をあげるが、すぐさま次の行動に移る。『不可思議』が回頭する最中、右舷砲座は新たな球を装填する作業を続けた。
「ツキ、廊下の天井にぶつからないように気をつけてね」
 蒼井御子は頭の上に迅鷹のツキを掴まらせながら左舷部へと移動。すでに射撃準備が整っていた左舷砲手達にも天鵞絨の逢引を聞かせる。
 左舷指揮者の指示によって左舷一射目が放たれた。今度は異形の岩のようなアヤカシへと命中。大きく破損した岩アヤカシは徐々に落下してゆく。
 宝珠砲といっても様々である。『不可思議』を始めとした武天大型飛空船に搭載された宝珠砲は、威力もさることながらかなりの遠距離射撃を実現していた。
 各飛空船は再び回頭し、右舷二射目がアヤカシ軍団に向けて放たれる。
 敵であるアヤカシ軍団を射程外に置いたままでの掃討。これが今作戦の肝といえた。
 艦橋の綾姫も笑みを浮かべる。
「うまくいっていますわ。綾姫様」
「うむ」
 ジークリンデの囁きに綾姫が小さく頷いた。
 アヤカシ軍団側もやられっぱなしであるはずがなく何らかの反撃行為は採るだろう。それでも最初にある程度の戦果をあげられたのなら武天艦隊にとって有利な展開に持ち込める。そのはずであったが誤算が生じた。
「観測班から伝令あり! 敵、不可解な行動あり、注意されたし。繰り返す、注意されたし!!」
 艦橋伝声管担当員が緊急伝令を叫んだ。船首監視室からのものだ。
 それから五秒後、『不可思議』の前方二百メートルを飛んでいた味方の中型飛空船安定翼が粉々に吹き飛んだ。
 原因はアヤカシ軍団側が放った強風のような攻撃だ。三体の巨大アヤカシが連動して作り上げた非常に直進性のある錐もみ状の気流のせいである。
 呼びやすいよう即座に不可思議艦長が『風の錐矢』と名前をつけた。
 威力、到達距離のどちらも武天艦隊側の宝珠砲と同格のようだ。連続性についてはわからないが敵射程外からの攻撃が難しくなったと綾姫は判断する。
「おそらく泰国艦隊も同様の攻撃を受けているに違いありません」
「このままだと単なる消耗戦じゃ。機会を見つけて接近戦に持ち込むしかなかろうな‥‥」
 ジークリンデと話す綾姫は悩んだ。三十分後、味方重武装飛空船の一隻が風の錐矢で大破。他の船による救出が行われる事態になって留守居年寄とも相談して決断を下す。
 武天艦隊の各飛空船からの射撃範囲を限定した上で、龍や滑空艇による接近空中戦を仕掛ける作戦『参の弐』への移行を命じる。
 艦内で燻っていた空戦要員が龍へと飛び乗る。即座に甲板から大空へと舞い上がった。その中には開拓者の姿もある。
「出番だな。遅れずに行くぞ!」
 西中島は八騎からなる炎龍で構成された昇華小隊を預かっていた。
「僕の回りに集まれば消耗した生命力も回復します。無理せずに危なくなる前に引き返してくださいね」
 紙木城は次々と飛び立ってゆく龍に騎乗する仲間へと声をかけていった。自身は最後に飛び立って戦闘空域のギリギリのところで待機する予定である。
「行きましょう」
 ヤリーロが預かったのは駿龍で構成された風神小隊。自らは駿龍・アリスイを駆って空へと飛び立った。
 アヤカシ軍団側も武天艦隊の動きを察知して対抗する。空の一角では激しい接近の空中戦が繰り広げられた。
「獅皇吼烈よ、日頃暴れられない憂さをここで存分に晴らしておけよ!」
 西中島が声をかけると炎龍・獅皇吼烈が激しく吠えた。すれ違い様の蟷螂アヤカシを口から吐いた炎で一瞬のうちに燃やし尽くす。
 西中島自身は炎龍・獅皇吼烈の攻撃が落ち着いた合間を縫って真空刃にて離れたアヤカシを刻んでゆく。
 昇華小隊一丸になっての炎龍攻撃も行われる。次々と放たれた炎が青い空を汚すアヤカシを焦がした。力尽きたアヤカシが次々と黒い瘴気へと変わり、強風に流されて消えてゆく。
「あれを倒せばかなりの敵戦力減になるはずだ!」
 西中島が指示した方角には巨大な蛇に翼がはえたようなアヤカシが漂っていた。仲間の攻撃に気をとられて昇華小隊の存在に気づいていない様子である。
 炎龍・獅皇吼烈は炎を身に纏って突撃。巨大蛇アヤカシの左眼球周辺をざっくりと削りとる。
 昇華小隊の炎龍の炎が巨大蛇アヤカシを包み込むと激しくうねった。縦横無尽な攻撃が繰り返され、巨大蛇アヤカシは引きちぎられる。
「これで風の錐矢の連携を減らせたはずだ」
 目前を遮る瘴気の霧を西中島は菊一文字の一振りで払う。そして次の目標を定めるのだった。
 昇華小隊の活躍と同時期に駿龍の風神小隊もアヤカシを相手に成果をあげていた。
 昇華小隊がよりアヤカシ軍団の深部を目指していたのとは逆に『不可思議』周辺での戦いにおいてである。
「一体も近づけさせないように」
 ヤリーロは防御に徹していた。
 火炎攻撃などで牽制しながら味方の攻撃をすり抜けてきたアヤカシを次々と消滅させていったがそれだけではなかった。綾姫が乗る『不可思議』を狙うアヤカシ軍団側の風の錐矢を身を挺して防いだ。
(「艦橋への直撃?!」)
 ヤリーロは手綱をさばきながら『ベイル「翼竜鱗」』を構える。駿龍・ハダリを急速に迫る風の錐矢へと突進させながらオーラシールドを展開。風神小隊の中でもヤリーロと同じようにオーラシールドが使える者が同様に動いてくれる。
「くっ!!」
 風の錐矢の勢いに弾き飛ばされて一度は宙に投げ出されたヤリーロだったが、手綱だけは放さなかった。引き寄せて再び駿龍・ハダリの背中へ舞い戻る。
 風の錐矢はヤリーロ達のおかげで逸れて『不可思議』は直撃を免れた。
「助かったようなのじゃ」
 大きく息を吐いた艦橋の綾姫は椅子へと座り直す。綾姫を庇うよう前に出ていたジークリンデは後ろへと下がるのだった。
「みなさんがこれほど傷つくとは、あの風の勢いはかなりの威力だったようですね」
 紙木城は周囲に集まってきたヤリーロを含めた風神小隊を精霊の唄で癒した。負傷していた風神小隊だがおかげで元気を取り戻す。
「韻姫、おかげで助かりました」
 紙木城がパッションリュートを弾きながら歌っていた際、近寄ってきた虫アヤカシを騎乗中の炎龍・韻姫が吐いた炎で燃やし尽くしてくれる。
 歌い終わった紙木城は炎龍・韻姫に感謝しながら迫る隼型アヤカシに白霊弾を見舞うのだった。
 混戦のせいでいつ背中側に敵が近づいているのかわからない状況が続いていた。戦闘は激化を辿り、武天艦隊側の損害が増え始める。
「それは大変なことに‥‥。このままだと遊兵になってしまいます」
 母船を無くした味方の滑空艇隊が『不可思議』に着艦したのを知るとヤリーロは一旦戻った。そして故障した滑空艇を修理すべく道具を借りて尽力する。風神小隊は修理作業が行われている『不可思議』甲板の守りを担当した。艦内で修理したいところだが、その余裕がなかったのである。
「アヤカシも必死ですね」
 駿龍・アリスイを駆るライはわざと失速落下することで風の錐矢を避けた。すぐさま建て直し武天所属の大型飛空船三番艦の甲板へと着艦する。
「総大将からの通達になります。こちらを」
 ライは綾姫の勅命を受けて味方の各船へ連絡事項を伝えていた。笛や銅鑼の音、手旗信号、鏡の反射による遠距離連絡では難しく、また絶対にアヤカシ軍団側にばれてはならない作戦変更をだ。ライは重要な任務を全うすべくすべての船に連絡を届ける。
「これは‥‥」
 花押で閉じられた指示書を三番艦の艦長が開いた。それには番方の留守居年寄の案を綾姫が承認したものである。
 指示書にあった作戦決行時刻は午後四時ちょうど。武天艦隊は大きく動き、全艦を持って突進を敢行した。
 一見無謀だが勝機は計算のうちだ。
 敵のアヤカシ軍団を見かけ通りの数と判断してはいけなかった。何故なら武天と理穴による挟撃作戦が展開されているからである。アヤカシ軍団側は両面に展開しなければならないので、結局のところ戦力を半分ずつに割かざるを得ない。
 『不可思議』乗艦中の留守居年寄は戦況の情報を集めて武天艦隊側の損耗率が一割弱と判断する。そして各艦船に通達を出した時点でアヤカシ軍団の損耗率は二割五分を越えたと計算していた。
 これが通常の戦場ならアヤカシ軍団側は一旦撤退して立て直しを図るのが定石。しかし挟撃されている以上逃げ道は存在せず踏みとどまるしかない。
 唯一アヤカシ軍団側に残されているのは闇に紛れてこの空域から脱出する手段のみ。前もって封じる意味で夜の帳が下りる前に武天艦隊はアヤカシを殲滅すべく仕掛けたのである。
 『不可思議』を含めた武天艦隊は宝珠砲は放ちながら空戦の直中に飛び込んだ。撃てば当たるアヤカシの密集域を狙って。
「この『不可思議』には取り憑かせません」
 宿奈芳純は滑空艇・黒羅で浮上。黒羅の高速起動で不可思議周囲のアヤカシを把握しては艦橋の監視係に状況を伝える。時には『黄泉より這い出る者』を放ち、この世から消し去っていった。
「少し時間をくださいませ、綾姫様」
「うむ」
 ジークリンデは艦橋の非常脱出口から外装の踊り場へと出た。
(「お願いします」)
(「承知しました」)
 そしてジークリンデは滑空艇・黒羅で飛んでいた宿奈芳純とアイコンタクトをとった。
 宿奈芳純が囮となって引きつけたアヤカシに向けてジークリンデのブリザーストームが炸裂。一気に仕留められた。
 ライも突進が始まってからは駿龍・アリスイに騎乗し『不可思議』へと侵入を謀るアヤカシを見つけては消滅させてゆく。
 西中島は昇華小隊と共に不可思議の前を飛んでアヤカシに斬り込んだ。
 ヤリーロは風神小隊に滑空艇隊を加えた編隊で『不可思議』の守りを強固にする。
 紙木城は甲板に下りた形で仲間達の回復を促す。
 蒼井御子は宝珠砲の砲座に近づこうとするアヤカシに精霊の狂想曲で対抗する。迅鷹のツキは『不可思議』の周囲を這うように飛んで蒼井御子にアヤカシの位置を知らせるのだった。

●勝利
 武天艦隊による突進は二度繰り返された。
 アヤカシの大量消滅によって瘴気の雲が青い空に浮かんでは消えた。
 アヤカシ軍団をすべて倒すまでに日が暮れてしまったために殲滅とはいかなかった。しかし逃げおおせたアヤカシはほんのわずかであろう。
 激しい戦闘であったが武天艦隊の損耗率は一割強で済んだ。また人的損失としては負傷者が主であり、行方不明や死亡者は想定よりもかなり少なかった。
 後日、判明したことだが泰国艦隊の損耗率は二割程度であったという。
「うむ〜〜‥‥」
 おそらく敵を指揮していた『御怨』の思惑がどうであったかについて綾姫は判断を迷う。しばらくして武天艦隊内の開拓者達の活躍によって未然に防がれたのだとの考えに至る。
 武天と泰国を繋ぐ空路はアヤカシの手から再び取り戻されたのであった。