綾姫の訪問 〜巨勢王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/10 20:11



■オープニング本文

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 空と海を隔てた武天国と泰国。
 二国は祭典を計画。今現在は交渉段階だが準備は着々と進んでいた。
 その中の一つが刀の準備。
 祭典が開催されたのなら親好の意を表して互いに贈り物を交換し合う形になる。
 武天の刀剣愛好家の間では『武天十二箇伝』と呼ばれる選出が存在する。宝珠を考えず刃の鍛えに重きを置いた評価なので、刀そのものの評価とは必ずしも一致しない。しかし刃の鋭さもまた天儀刀の魅力に違いなかった。
 巨勢王が選んだのは武天十二箇伝に選ばれているうちの流派『長家』。長曽禰興里を創始者としており、虎徹は国内外で有名である。
 泰国へ贈る一刀を長家十六代目、長曽禰喝破に打ってもらおうとしたところ、行方不明の状況。とはいえ大凡の予想はついていた。
 喝破は将棋の真剣師としての一面も持つ。いろいろとあったが開拓者達によって巨勢王と喝破の対局は果たされる。そして作刀も行われる形となった。
 二人の勝敗については秘密にされた。巨勢王はわざと負けるような相手を好まない。かといって巨勢王に畏怖を抱いて手を抜いても誰にも責められはしないだろう。
 しかし恐れ知らずの喝破は真剣勝負を持ちかけたはずだ。この場合の真剣とは賭け事を指す。もし喝破が勝ったとするのならば巨勢王から何を巻き上げたのか。判明するには今しばらくの時間が必要だった。


 長曽禰喝破が拠点とする鳥架村は、武天の此隅から南の遠方に位置する真金指山の裾野に存在する。
 鳥架村の側を流れる雉川ではたたら製鉄用の砂鉄の採取が可能だ。また炭焼きに必要な木材を上流から運ぶ手段としても用いられていた。
 長家は鳥架村内に鍛冶工房と屋敷を構える。村の成人男子はほとんどが喝破の弟子といってよい。また子供や女性達も何らかの形で鍛冶に携わっている。
 村長はいるのもののお飾りに過ぎず、鳥架村の実権を握っているのは長家の当主だ。つまり現在においては喝破に他ならなかった。
 大蛇のアヤカシに襲われた鳥架村であったが被害は最小限で済んだ。盗られた喝破愛用の鎚も開拓者達によって取り替えされる。
 ただ作刀は予定よりも遅れ気味となる。良質な鋼作りから始めなければならなかったからだ。
 喝破の件とは別に此隅城では別の事案が持ち上がっていた。
「わらわに行けと。そういうわけじゃな父様よ」
「うむ。わしの代理をしっかり務めてきて欲しいのだ」
 好物の苺を食す最中の娘『綾姫』に巨勢王は頼み事をしていた。武天国を代表して泰国を訪問して欲しいとの内容である。
「春を感じさせる互いの食の交換だ。武天としては苺を持っていかせる。だがそれは表向き。政の準備段階といえよう」
「わかったのじゃ。向こうにもうまいものがたんとあると聞き及ぶ。ついでに楽しんで参ろうぞ」
 綾姫は父の願いを聞き入れる。
 サムライの娘の定めにより見たこともない春華王のところに嫁げと命令されるのではないかと覚悟を決めていたのだが肩すかしを食らった形だ。
 恋しい相手はまだいない。もうしばらくは父と暮らしたいと考えていた綾姫である。表情は突っ慳貪としていたが心の中はほっとしていた。
 同格を示すために泰国側からも同時期に使者が此隅にやってくる。とかく国同士のやり取りは面倒なものだと考える綾姫だが言葉にはしなかった。
 武天から泰国までは大型飛空船『不可思議』が使われる。護衛要員として開拓者ギルドにて募集がかけられるのであった。


■参加者一覧
紙木城 遥平(ia0562
19歳・男・巫
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
水波(ia1360
18歳・女・巫
西中島 導仁(ia9595
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
将門(ib1770
25歳・男・サ
蒼井 御子(ib4444
11歳・女・吟
ライ・ネック(ib5781
27歳・女・シ


■リプレイ本文

●離陸
 朝摘みの苺を積み込んだ大型飛空船『不可思議』は此隅城の庭から離陸。綾姫や開拓者達も乗せて山間の此隅を見下ろしながら目指す先は泰国の帝都、朱春である。
 武天は天儀に、泰国は泰儀に存在する。それぞれ別の浮遊大陸に存在しており、昔は嵐の壁で隔たれていた。
「生殺しはよくないぞよ。ここはやはり採れたてを試食せねばな」
 笑みを零しながら綾姫は口を大きく開けてフォークに刺した苺を頬張る。
 食堂にて護衛の開拓者達と苺を食しながらの話し合いが始まった。この旅における護衛に関してである。
 泰国の朱春に着いたのなら春王朝側の護衛が仕切ることになるだろう。もちろん綾姫の身近な警護は開拓者を含めた武天側が行うのだが。
 心配があるとすれば航空路上。空賊の略奪行為、そしてアヤカシの襲来に注意しなければならなかった。特に気がかりなのが刀鍛冶『長曽禰喝破』の村を襲った一連の出来事。アヤカシの首領と思われる姿無き者が残していった不気味な言葉も気にかかる。
「船内に漂うほのかな苺の甘い香りの誘惑に負けそうだったのです‥っ」
 柚乃(ia0638)はこれで集中して護衛に専念出来ると苺を頂いた。口から鼻に抜けるさわやかな香りと酸味が混じる柔らかい甘さに綾姫と同じような笑みを浮かべた。
「常‥ううん、泰国の王様も苺をお気に召してくださると思います」
「うむ、きっとそうなのじゃ♪」
 柚乃と綾姫は競うように苺を口へと運んだ。
「こちらは後で楽しみましょう。旅は長いですので」
「おー、嬉しいぞよ」
 紙木城 遥平(ia0562)は桜の花湯や菓子類を綾姫に進呈する。今後の行動としては機関室、艦橋を重点的に点検した上で警護を行ってはどうかと提案した。
「わたくしは駿龍の驟雨と共に甲板で待機するつもりです。海の上空に出たぐらいから警戒を強める必要がありそうですね」
 水波(ia1360)もしずしずとした作法で苺の味を確かめる。武天が贈り物とするだけあって味、形、色つや、どれをとっても素晴らしかった。
「私もグライダーの黒羅を駆って船外での護衛に努めます」
 宿奈 芳純(ia9695)は滑空艇・黒羅にて不可思議と併飛行するつもりである。
「航空路が確立しているとはいえ、儀と儀の移動は未知が潜んでいるものです」
 ジークリンデ(ib0258)は連れてきた鷲獅鳥で甲板待機。定期的に周囲を斥候する予定だ。気になるのは大蛇を倒した後に現れた声の主が何者なのか。上位のアヤカシだったとすればより注意深くしなければならなかった。
「『不可思議』にいる仲間達や乗員達に伝えたい事があれば、超越聴覚で可能な限り聞き取ります」
 ライ・ネック(ib5781)もまた船外での護衛任務を駿龍・アリスイで担当する。仲間との合図も再確認された。
「では、俺は機関室の機器及び人員を警護するとしよう。仲間が外を見張っているのだからほぼ侵入されないだろうが、念には念をというやつだ。んっ? あの雲は変わった形をしているな」
 西中島 導仁(ia9595)は窓の外へと振り返るふりをしながら自分の苺の入った器を綾姫のと入れ替える。侍女の毒味役がうるさいので神速の手さばきにて。気がついた綾姫はにこりと笑顔で感謝してくれた。
「苺は『美味しい春』。それに桜がとても綺麗です」
 フェンリエッタ(ib0018)が窓の外を覗いたついでに眼下にも視線を向ける。此隅は山に覆われた土地。遅めに開花した山桜が一斉に咲き誇っている様子が見て取れた。
「綺麗なのじゃ〜♪ ジルベリアではどうなのじゃ?」
「まだ梅も桜も咲いていません。こちらはちょっと暑く感じます」
 綾姫もフェンリエッタと一緒に窓から山桜を眺めた。花見をしながらの苺は格別じゃと綾姫は満足そうに呟いてみせる。
「俺は護衛につかせてもらう。よろしくな、綾姫」
「こちらこそ頼むぞよ、将門殿」
 綾姫は戦闘時、艦長の近くに待機するに違いない。将門(ib1770)はアヤカシから襲撃された際に備えて宝珠砲の使いどころを考えていた。
「ツキ、変なのを見つけたら教えてね」
「あれは蒼井殿の鷹なのじゃな」
 苺をいっぱい食べてご機嫌の蒼井 御子(ib4444)は窓の外を飛翔する迅鷹・ツキに手を振った。そして綾姫に宝珠砲の砲手を紹介してもらいたいとお願いすると快諾された。宝珠砲に興味を持っていた将門も一緒に回ることになる。
 広大な武天国の上空では何事も起こらず非常に快適な空の旅が続いた。海原まで到達するとついてきた護衛船二隻が此隅へと帰還して行く。不可思議一隻で向かうのは泰国側への礼儀のためである。
 不可思議はやがて天儀本島の海上空からも外れる。かつて嵐の壁が存在した上空宙域に突入するのだった。

●嵐
「酷い雨じゃな」
 艦橋近くの休憩室。綾姫は雨粒が打つ窓へと振り返る。
 日が暮れてから降り出した雨は強まり、今ではまるで嵐のような天候に変化していた。
 外で警戒する開拓者達もあまり遠くには飛ばずに不可思議を視界に捉えられる範囲か、甲板からの監視に留めていた。
「明日にはきっと晴れているよ、綾姫様」
「せっかくの泰来訪、お天道様に祝福されたものじゃな」
 蒼井御子は綾姫の挟み将棋の相手をしていた。迅鷹・ツキは椅子の背もたれに掴まり、窓の外をじっと見つめる。
(「襲おうと狙う者がいるとすれば、絶好の機会だな‥‥」)
 思慮する将門は甲板の仲間達と伝声管で定期的に情報の交換をしていた。精霊砲の砲手達ともやっており、船員達の情報も集まる。
 日の入りの前後、迅鷹・ツキは不可思議から約二キロメートルの空域で未確認の飛行体を見かけていた。他の仲間達が確認する前に姿を消してしまったようだが。それがもしアヤカシだったとすれば偵察と考えるのが自然である。
「侍女のみなさんにも手伝って頂いて珈琲を淹れてみました。こちらの豆は泰国南部産です。あちらで飲む機会もあるでしょう。慣れておいたほうがいいかと思いまして」
 紙木城が侍女達と共に現れると休憩室は珈琲の香りで満たされた。
「これはよい機会に戻ったようだ」
 わずかに遅れて廊下側の扉がノックの後に開かれた。機関室の警護をしていた西中島が直接報告をしに戻ってきたのである。
 珈琲を頂きながら一同は西中島の話しに耳を傾けた。
 闇夜の雨で視界を遮られて風に行く手を阻まれている状況だが、大型の不可思議ならばびくともしない。雲の上は晴れているもののこちらとは比較にならない程の強風のようだ。宝珠の出力も良好なので心配はいらないとのことだった。
「この珈琲、外を守っている開拓者達にも飲ませてあげてくれるかや?」
「かしこまりました」
 綾姫は甲板の開拓者達にも珈琲を届けるよう侍女に命じる。
 話題は未確認飛行体へと移った。
 親善の大型飛空船である不可思議がアヤカシに墜落させられたところであまり意味がないというのが綾姫の見解だ。確かに威信は大きく失墜するだろうが、それはあくまで武天側の都合。泰国との交流そのものに断絶が起こりうるものではない。逆にアヤカシに対して結束を強める結果に繋がるかも知れなかった。
「わらわを誘拐する手だてなら脅迫にも使えようが‥‥何か腑に落ちぬ」
 綾姫は眉をひそめてカップの珈琲を飲み干した。
 その頃、甲板近くの展望室。侍女が届けてくれた珈琲を開拓者達は頂いていた。
「ふぅー美味しい‥‥。眠気覚ましにはちょうどよかった♪」
 フェンリエッタは湯気立つカップから唇を離して目を細める。フェンリエッタが寒くないよう丸まって囲んでくれている鷲獅鳥・アウグスタは頷いてみせる。
「えっ‥ヒムカも飲むの? ほんの少しだけよ」
 小さく鳴いてせがんだ炎龍・ヒムカに柚乃が珈琲を飲ませてあげる。船外を監視する開拓者達は酷い天候を鑑みて全員で警戒にあたっていた。
「少し飛んできますね」
「不可思議の護りはお願いします」
 珈琲を飲み終わった水波とライは甲板へと降りてゆく。飛翔能力に優れた駿龍の驟雨とアリスイにそれぞれ跨って雨の中を飛び立った。
「次は私が行きましょう」
「ではご一緒に」
 次の偵察は滑空艇・黒羅を駆る宿奈芳純と鷲獅鳥を連れてきたジークリンデと決まる。しかししばらくして遠くの闇に輝きの点滅が輝いた。
 水波が案を出したランタンと鏡を使った連絡方法だ。敵発見を意味していた。艦橋の監視も確認したようで船内に警報が流される。
 まもなく水波とライが戻ってきた。
「多数の敵を発見しましたわ。現在の方角からして北北西方面!」
 駿龍・驟雨から飛び降りて展望室に駆け込んだ水波は仲間達に情報を伝える。そして同様の内容を艦橋にも報告した。
「小さなクラゲのような形をしたアヤカシがたくさんいました。それと大型鳥のアヤカシも何体かいたと」
 甲板に残ったままのライは案内として駿龍・アリスイで再度飛び立った。続くように滑空艇・黒羅の宿奈芳純、鷲獅鳥のジークリンデ、鷲獅鳥・アウグスタのフェンリエッタ、炎龍・ヒムカの柚乃が不可思議甲板から離艦する。
 報告を終えた水波はすぐに飛び立って飛翔中の仲間達と合流。艦長と綾姫からの指示を伝達した。
 不可思議は可能な限りの高々度を保ち、進路を南西へと変更するという。強風を避けてあえて雨が降る雲の下の航空路を選んでいた不可思議が仰角をとって上昇を始める。
 開拓者達に課せられたのは敵包囲網突破の足がかり。宝珠砲の砲手達との協力はすでにとりつけてある。
 雲上の世界には月光と星明かりが降り注ぐ。眼下にはどす黒い雨雲が絨緞のように広がっていた。

●戦闘
「さって、みなさんっ! よろしくおねがいしますっ! だよ!」
 不可思議の右舷前部では竪琴の調べが流れる。準備しておいた椅子に座った蒼井御子が詩聖の竪琴で奏でていたのは天鵞絨の逢引。調べによって精霊の加護を砲手達に授けていた。
「よし! 近寄せんぞ!!」
 蒼井御子に呼応して砲手達がよりやる気を出す。てきぱきと砲身に弾を詰める。
 不可思議の全長は百メートル超なので、まずは右舷砲座・壱弐参の砲手達へ。右舷後部に移動した蒼井御子は砲座・肆伍陸の砲手達にも天鵞絨の逢引を聴かせた。宝珠砲は元々、弾の装填に時間がかかるので、これでも精霊の加護を得られた状態で砲撃可能であった。
 左舷に並ぶ宝珠砲六門は敵との位置関係からして砲撃準備を整えた形で待機中となる。伝令役として蒼井御子の側には常に迅鷹・ツキの姿があった。
 将門の声が艦橋と宝珠砲十二門砲座を繋げる専用伝声管から響き渡る。
『接近中の敵アヤカシは百を越える群れと判断。変更の指示あるまで装填は榴弾。群れ、北西方向約一キロに確認。射程に入り次第、順次発射よし!!』
 将門から得た情報に従って砲手達が狙いを定めた。嵐にも似た乱気流のせいで大型飛空船であるのに関わらず不可思議は揺れていた。ただ月光と星明かりのおかげで夜間にも関わらず視界は良好だ。
 迫るアヤカシの群れへ次々と宝珠砲が放たれた。砲座・壱弐参にわずかに遅れて肆伍陸の弾も。
 高速の流弾が途中で爆ぜて多量の宝珠の欠片が宙にばらまかれる。その多くがクラゲ妖を貫いて消滅させた。瘴気の黒き霧が現れては強風にかき消されてゆく。
 砲撃をかいくぐって迫るクラゲ妖は単独飛行中の開拓者達の手によって排除される。
「下方に!」
 フェンリエッタは『心眼「集」』でアヤカシの位置を知り、騎乗の鷲獅鳥・アウグスタを急降下させた。風翼で回避能力を高めた上で。
「いたっ!」
 アヤカシを目視したフェンリエッタは鷲獅鳥・アウグスタの背に身体を伏せて手綱さばきで指示を出す。鋭いアウグスタの爪が空気を引き裂いて真空刃が放たれる。フェンリエッタが真っ二つに割れるクラゲ妖を確認した瞬間、アウグスタごと雨雲の中へ。
 すぐに上昇に転じて雲から脱出したものの、雷の閃光と轟音にフェンリエッタは表情を強ばらせた。
「あ、アヤカシよりも怖いかもっ‥‥」
 フェンリエッタの呟きに同意するかのようにアウグスタは激しく翼を羽ばたかせる。
 柚乃はその頃、炎龍・ヒムカに龍騎して不可思議の右舷下方の船倉外壁付近に待機していた。
「船体が衝撃を受けたりしたら、積み荷の苺が傷んでしまう‥それは防がないと」
 『瘴索結界「念」』で近づくアヤカシを探知し、接近する個体があれば術を放つ。白霊弾の光弾は弧を描きながらも順次命中。クラゲ妖は瘴気の塵に変じて風に拡散されていった。
 ライは駿龍・アリスイを不可思議の艦橋へと近づける。
「アヤカシの群れは現在の不可思議からだと北北東方面から追ってきている様子。特に策がないように感じられるとのこと」
 艦橋で窓を覗く監視員がライの手信号を解読して一同に伝える。シノビのライは暗視などの夜間監視に長けていた。
 艦橋には綾姫と将門、紙木城の姿もある。紙木城は綾姫に加護結界をかけた上で護衛を務めていた。
「これだけの数を用意しながら無策とは‥‥」
「姫さま、何か疑問でも?」
 首をひねる綾姫に紙木城が言葉をかける。瘴索結界を定期的に使って艦橋周辺にアヤカシが潜んでいないかを探る紙木城である。鬼火玉・小右衛門も天井付近を巡回し警戒していた。
「報告によれば数え切れない程のアヤカシがいるそうじゃ。この不可思議を取り囲んで通せんぼしようと思えば出来たはずなのにそうはしない‥‥。他に狙いがあると思うのじゃが」
 紙木城も綾姫と一緒に考えてみるが現状では情報が少なすぎた。
 二人の近くにいた将門は砲手達の手助けになるよう策を講じる。蒼井御子が天鵞絨の逢引で応援する中、宝珠砲の攻撃は激しさを増していった。
「これほどにしつこいとは‥‥」
 ジークリンデは頭上に作り上げた火球をアヤカシの群れへと飛ばす。輝けるメテオストライクはアヤカシの群れの一部をぽっかりと削り取る。
 船底付近の竜骨への攻撃に対して特に気をつかっていたジークリンデだったが、アヤカシ側にそのような素振りは見あたらない。これはつまりアヤカシ側に不可思議を沈めようとする意図がないことを示しているようにジークリンデには感じられた。
(「何故、動こうとはしないのしょうか?」)
 滑空艇・黒羅の機動力を駆使した宿奈芳純は大型鳥の姿をしたアヤカシの動きに注目していた。大型鳥妖は常に宝珠砲の射程外を飛んでついてきているだけだ。
 しかし一羽が雀程度に縮んで透明化するのを目撃する。たまたまであったが近くを駿龍・驟雨で飛翔していた水波も目にしていた。
「目で追える存在と瘴索結界で感じる存在に食い違いがありますわ」
 水波は透明化しているアヤカシの存在を瘴索結界で探り当てた。しかし残念ながら二人はクラゲ妖の群れの厚い守りによって雀妖を見失ってしまう。
 宿奈芳純は滑空艇・黒羅の弐式加速、水波は駿龍・驟雨の高速飛行を駆使して不可思議へと急いで帰還する。
 不可思議の甲板では西中島が駆鎧・碧甲を起動させてアヤカシを阻止していた。放ったMURASAMAブレードがクラゲ妖を塵に帰してゆく。着艦した水波と宿奈芳純が加わり、瞬く間に甲板近くのアヤカシは一掃された。
「なんだと?! 俺は機関室を死守しよう!!」
 水波と宿奈芳純から西中島は事情を教えてもらう。西中島は駆鎧から降りると急いで機関室へと戻っていった。
 水波と宿奈芳純は伝声管で艦橋と連絡をとる。透明化した雀妖の存在を知った綾姫は眼を見開いた。
「あやつらの狙いは苺に毒じゃ! 苺の腐敗や廃棄などで武天を失態させようとする程度ではない! 巨勢王の贈り物で春華王が毒殺されたとあれば国家間の一大事! おそらくわらわ達にはわからぬような巧妙な毒を仕掛けるつもりじゃろうて!」
 綾姫の返事に水波、宿奈芳純はしばし絶句する。
 船倉では瘴気を探知出来る巨勢王配下の二名が待機していた。
 雀程度の大きさならば換気口でも侵入可能である。宿奈芳純と水波は船倉まで全速で駆けた。
「あそこに!」
 船倉に辿り着いた瞬間に水波が叫ぶ。瘴索結界で知った透明な雀アヤカシを指さしながら。
「何もさせません!」
 宿奈芳純が打った式は黄泉より這い出る者。見えないアヤカシに見えない式が襲いかかる様を視認出来るはずもない。だがこれで急難は避けられた。
 見張りの二名によれば瘴気はこれまで船倉内で探知されていない。苺は無事である。
 水波と宿奈芳純はそのまま待機して苺を守った。
『綾姫、宝珠の出力は大丈夫だ。少しぐらいの無理も平気だと機関士達がいっているぞ』
「わかった、そうさせてもらおうぞ」
 西中島と伝声管でやり取りした後、綾姫は艦長にアヤカシの群れを振り切るべきだと提案する。開拓者達がアヤカシの群れを押し留めてくれた上での好機が今であると。
 綾姫の意を汲んで艦長は全速を指示。宝珠砲と開拓者達の活躍によって不可思議はアヤカシの群れから遠ざかるのだった。

●泰国
 アヤカシに襲われた翌日。大型飛空船『不可思議』は無事に泰国の帝都、朱春へと着陸した。
 武天産の苺はすぐさま春華王の元へ。武天国代表者として綾姫は春華王と接見する。
「これは美味しいですね」
「口に合ってよかったのじゃ」
 春華王と綾姫。互いに苺を頂きながらの歓談がしばし行われたというが、その内容は一般にまで伝わっていない。
 苺を届け終わった後、綾姫は開拓者達と共にお忍びで朱春巡りをする。観光というよりも食べ歩きといった方が正しかったのだが。
「この水餃子、とてもうまいが一体具は何なのじゃ?」
 一国の姫が市井の料理に何度も唸る。食の泰国、恐るべしである。水波が勧めてくれた杏仁豆腐や胡麻団子も綾姫はぺろりと平らげてしまう。
「さあ、気楽にいきましょうね。お菓子はたくさんあります。珈琲もよいですが、紅茶もありますよ。桜茶も♪」
 帰りの不可思議では桜の木を卓に飾ってお茶を楽しむのだった。