大蛇の鎚 〜巨勢王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 普通
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/17 22:31



■オープニング本文

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 空と海を隔てた武天国と泰国。
 二国は祭典を計画中していたが今現在はまだ交渉段階。開拓者達は口外無用の約束を国王『巨勢宗禅』と取り交わした上で準備に手を貸した。
 今のところ互いの重臣同士が話し合いの場を持ったばかりだという。様々な問題が山積しているので頓挫するかも知れないが、想定の範囲で今から準備を整えて行わなければならなかった。決まってからでは遅すぎるからである。
 その中の一つが刀の準備。
 祭典が開催されたのなら親好の意を表して互いに贈り物を交換し合う形になるだろう。もし贈るのならば巨勢王は武天の天儀刀を選ぶ。
 武天の刀剣愛好家の間では『武天十二箇伝』と呼ばれる選出が存在する。宝珠を考えず刃の鍛えに重きを置いた評価なので、刀そのものの評価とは必ずしも一致しない。しかし刃の鋭さもまた天儀刀の魅力に違いなかった。
 巨勢王が選んだのは武天十二箇伝に選ばれているうちの流派『長家』。長曽禰興里を創始者としており、虎徹は国内外で有名である。
 泰国へ贈る一刀を長家十六代目、長曽禰喝破に打ってもらおうとしたところ、行方不明の状況。とはいえ大凡の予想はついていた。
 喝破は将棋の真剣師としての一面も持つ。朱藩の遊界で賭け将棋に興じているのではないかというのがもっぱらの噂であった。
 開拓者達は喝破を見つけ、代理の少年との対戦まで持ち込む。気をよくした喝破は巨勢王からの招きに応じて武天の都、此隅へ。巨勢王との対面が果たされ、作刀も引き受ける形となった。
 将棋の対局も行われたはずだが勝敗については秘密にされる。
 巨勢王はわざと負けるような相手を好まない。かといって巨勢王に畏怖を抱いて手を抜いても誰にも責められはしないだろう。
 しかし恐れ知らずの喝破は真剣勝負を持ちかけたはずだ。この場合の真剣とは賭け事を指す。もし喝破が勝っていたとするのならば巨勢王から何を巻き上げたのか。判明するには今しばらくの時間が必要なようである。


 長曽禰喝破が拠点とする鳥架村(とりかむら)は武天の都、此隅から南の遠方に位置する真金指山(まかなしざん)の裾野にある。
 鳥架村の側を流れる雉川(きじがわ)ではたたら製鉄用の砂鉄の採取が可能。また炭焼きに必要な木材を上流から運ぶ手段としても用いられていた。
 長家は鳥架村内に鍛冶工房と屋敷を構える。村の成人男子はほとんどが喝破の弟子といってよい。また子供や女性達も何らかの形で鍛冶に携わっている。
 村長はいるのもののお飾りに過ぎず、鳥架村の実権を握っているのは長家の当主だ。つまり現在においては喝破に他ならない。
 刀鍛冶の長家であったが、村全体の生活を支えているのは農機具や調理道具の生産にある。それ故に喝破がふらりと放浪の旅に出てしまっても問題は少なかった。もっとも作刀を極めたい側近の弟子にとっては非常に迷惑な話ではあるのだが。
 開拓者達は作刀の進み具合を知りたい巨勢王からの依頼で中型飛空船にて鳥架村を来訪しようとしていた。
 鳥架村の上空に差し掛かると誰もが異常さに気がつく。家屋や塀など様々な建築物が破壊されていたからだ。
 開拓者達は急いで着陸して喝破を探す。
「よう、その出で立ちは開拓者だな」
 喝破は屋敷の縁側に座っていた。酷い怪我をしたらしく身体中を包帯で巻かれた状態である。
 事情を聞けば昨日、村に突然大蛇のアヤカシが現れたのだという。
「俺と何人かの志体持ちで何とか追い返したんだが‥‥奇妙なやつだった。人を襲うのがアヤカシの常のはずなんだが、造りかけの刀や鋼材、それに道具類を呑み込んでばかりでな。おかげで死んだ村人がいなかったのは不幸中の幸いだった。しかし‥‥」
 喝破は溜め息をついた。
 その他の品はあきらめがつくとしても、刀鍛冶に使う鎚を奪われたことはとても残念なようだ。新たな鎚を用意したとしても完璧に使いこなせるようになるまでが大変らしい。
 まもなくして日が暮れた。開拓者達は村の警備を買って出て周囲を巡回する。
 そして翌日、このままにはしておけないと地面に残った跡を手がかりに大蛇退治へと出発するのだった。


■参加者一覧
雪ノ下・悪食丸(ia0074
16歳・男・サ
水波(ia1360
18歳・女・巫
西中島 導仁(ia9595
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
此花 咲(ia9853
16歳・女・志
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
蒼井 御子(ib4444
11歳・女・吟
サラファ・トゥール(ib6650
17歳・女・ジ
ルカ・ジョルジェット(ib8687
23歳・男・砲


■リプレイ本文

●出発
 武天・鳥架村、早朝。
 開拓者八名は地面に残る大蛇が去った跡『蛇轍』を辿り始めた。途中からすぐに雪面へと変わったものの蛇轍ははっきりと残っていた。ここしばらくの間、雪が降っていなかったからだ。
「人は襲わず刀や鋼材、それに道具類のみ狙うアヤカシですか‥‥」
 宿奈 芳純(ia9695)は蛇轍から大蛇の大きさを想像する。直径一・五メートル前後で長さは十メートル以上はあったという喝破や村人の証言を補強してくれる証拠でもある。
「もしや、泰と武天の親交を阻もうとする何者かの意志が働いているのではという気がします」
 雪ノ下・悪食丸(ia0074)は歩きながら昨晩、喝破を含めた村の者達と酒盛りをした時の会話を思い出す。天儀酒『武烈』も一緒に呑んだ。
 人を狙い喰らうのがアヤカシ。他に理由があるとすればより多くの人を喰らうために一時の我慢をし、罠を仕掛けているとしか考えられない。ただ刀や鋼材、道具類を呑み込むといった行動のどこに罠が潜んでいるのかがわからなかった。
「喝破様や村の皆様がいうには非常に蛇らしい動きの大蛇であって、他の何かが模しているような点はなかったと仰っていましたが‥‥」
 水波(ia1360)は昨日のうちにたくさんの村人の治療を閃癒で施していた。睡眠によって練力は多少回復していたが術の使用には注意が必要だと心の隅に置いておく。
「道具を食べるアヤカシ‥‥かー。新手の宝珠で動くナニカとか、新種の蛇とかの方が納得できるかも‥‥」
 蒼井 御子(ib4444)も大蛇の正体に疑問を感じていた中の一人である。昨日到着してすぐに宿奈芳純へと訊ねたところ、村内に大蛇が残していった瘴気が感じられたのは確かなようだ。
「喝破殿の腕がやられていなくて何よりだ。それにしても、その大蛇のアヤカシは奇妙だな‥‥。金属で自らの外皮を強化でもするつもりなのか?」
 西中島 導仁(ia9595)は腑に落ちないと顎に左手を当てて想像を巡らす。
「むむ、あちらへと続いているようなのですよ。器用なことをしているのです」
 一番先頭を歩いていた此花 咲(ia9853)が後方の仲間達に方向を指し示した。大きく右に曲がった先には地割れの溝が行き先を遮っていた。幅は狭いところでも五メートルはある。向こう側に蛇轍が続いているところからいって、大蛇は自らを橋のように架けて跳び越えたようだ。
「私たちなら何とかなるでしょう。それではお先に」
 駆けたジークリンデ(ib0258)は服の裾を靡かせながら溝の直前で踏み切る。跳びきって見事雪面に着地を果たした。
 ナディエによって余裕で跳躍したサラファ・トゥール(ib6650)は蛇轍が伸びる方角へと振り返る。
(「まだまだ登るのを覚悟をしないといけませんね」)
 サラファが望んだ方角にあったのは真金指山の山頂であった。

●待ち受ける大蛇
 開拓者一行が蛇轍を辿っている間に日は沈んだ。
 雪が降っていたのなら蛇轍が消えないうちにと強行するところだが、殆ど雲がない月夜故に無理はせず休息をとった。
 焚き火を用意し簡易の食事をとって順番に眠りに就く。
(「何だろ‥‥。この音」)
 焚き火の小さく弾ける音に混じって微かに耳へと届いた。蒼井御子は目を閉じてさらに耳を澄ます。遠くで木々がなぎ倒されている響きだと判断した蒼井御子は一緒に見張りをしていた西中島に相談した。
「俺達が追っている大蛇が暴れていると考えるべきなのだろうな。アヤカシの腹の中がどのようになっているかは知らぬが早く喝破殿の鎚取り戻すに越したことはないだろう‥‥」
「やっぱりそう思う?」
 西中島と蒼井御子は相談の末、睡眠中の仲間達を起こした。事情を説明してこのまま休憩を続けるか、音のする場所へ向かうかの決を採る。結果、大蛇が暴れていると思われる場所へ強行軍で向かうことになった。
 時折立ち止まり、蒼井御子が聴覚で確認して方向を修正する。近づくにつれて他の開拓者の耳でも捉えられるようになってきた。
 雪面から伸びる枯れ草の中を歩みながら各々に戦いの準備を整える。真夜中だというのに山を駆け下りる鹿の群れを目にした開拓者達は大蛇が間近にいるのを確信した。
「長くここに留まっていたということは」
 サラファは雪と土が混ざって泥状になった地面にへし折られた木々が転がる地帯を眺めて呟いた。大蛇が暴れていたとしか思えない状況。一気に緊張感が高まった。
「探ってみますか」
 宿奈芳純が人魂で小鳥を模したものを作り出して夜空に放った瞬間、大木がへし折れる音が大きく響き渡った。
「どうやらアヤカシですね!」
 少し前から瘴索結界で周囲を探り始めていた水波が大蛇の正体をはっきりとさせる。仲間同士でいろいろな仮説を立てていたが事前の情報通りアヤカシに間違いなかった。
 月光を浴びる大蛇が鎌首をもたげると巨大な影が泥の地面に落ちる。次の瞬間、振り回された大蛇の尾が開拓者達を襲う。
 水波、宿奈芳純、蒼井御子、ジークリンデは近くの木の幹を蹴るようにして遠くへと一旦離れた。
 サラファは獄界の鎖を木の枝に引っかけて振り子の勢いのまま大きく飛躍。大蛇の背後へと回る。
 雪ノ下、西中島、此花咲は縄跳びの要領で攻撃を避けながら空中回転。地面に着地した時にはそれぞれに刀を抜いていた。
「アヤカシならばこちらが効くはずです」
 水波は浄炎で焦がしたのは蛇の頭。苦しさからか大蛇が頭を大きく揺らす。
(「鎚などの食べた品々は腹の何処に‥‥」)
 宿奈芳純は大蛇から視線を外さずに動きながら観察を続けた。これが普通の蛇と同じであったのなら比較的位置を類推するのは簡単なのだが、敵はあくまでアヤカシである。頭の部分、または尾の先に食べた品々が留まっていても不思議ではなかった。また一所に集まっているとも限らない。
 探りを入れるために宿奈芳純が魂喰で狙ったのは胴の中央部分。残念ながらそこに鎚は隠れていなかったものの、刀身の一部が見えた。錆びても融けてもいない。大蛇が喰らった品々はまだ原型を留めていることが判明して一同にやる気が満ちてきた。
「効かないのなら、こちらではどうでしょう」
 ジークリンデはアムルリープを試してみるものの大蛇が眠りに就くことはなかった。そこで今度はアイヴィーバインドを試す。地面から伸びた魔法の蔓が大蛇の動きを封じ込めようと絡みつく。
「いくよ! これを聞いたらただじゃ済まないからね!」
 被った帽子を深く被りなおした蒼井御子は詩聖の竪琴の弦を弾き出す。奏でたのは闇のエチュード。蔓から逃げようと蠢く大蛇を前にしても蒼井御子は一歩も退かなかった。
 効果がなければ疑うところだが確かに手応えを感じる。仲間達がそうしたように蒼井御子も大蛇がアヤカシだと判断した。
「さぁさぁ、こちらなのですよっ」
 此花咲は巻き付かれるのに注意しながら大蛇の気を引いた。アヤカシなら倒せば瘴気に戻るので呑み込んだものを探すのは簡単だ。問題は大蛇を倒す過程で腹の中の品々を壊してしまうことである。
(「どこが弱点でしょうか‥‥?」)
 半身になって避けながら此花咲は大蛇の急所を探った。
「押し通ろうとしてもこれ以上、前には進ません!」
 西中島は迫る大蛇の口蓋をものともせず、菊一文字で振りかぶる。大蛇の牙と衝突して激しく火花を散らす。
 天に伸びるようにした大蛇は喉奥で輝きを膨らませる。熱か瘴気の毒か何かわからないが大蛇が吐こうとした瞬間、鎖が頭に巻き付いた。強制的に口を閉じさせられた大蛇が激しくうねった。
「今のうちです!」
 鎖は高木の上に立ったサラファが操ったもの。ナハトミラージュで存在感を消して息を殺していたのである。
「ここは!」
 雪ノ下は急な坂道での出来事のように大蛇の身体の上を駆け抜けた。そして高い頭部まで辿り着くと渾身の力を込めて上段から『珠刀「青嵐」』を大蛇の眉間へと叩き込む。振り下ろされてしまったが、回転しながら着地に成功。見上げてみれば月光に照らされた大蛇の額から瘴気が噴霧のように吹き出していた。
「蛇を倒すには頭を潰すべきですかっ。その隙‥‥逃がしません!」
 此花咲は白梅香によって清浄の気を『霊刀「虹煌」』に纏わせた。
 後衛の開拓者達は再び、大蛇の足止めに尽力してくれる。西中島は後衛達を守るための盾となった。
 大蛇の頭を狙いにいったのは雪ノ下と此花咲。暴れる大蛇の鱗に掴まりながら何度目かの頭部を目指す。
 後衛の術のおかげで大蛇の動きが鈍ったところで突進する。此花咲が右から、雪ノ下が左から斬りつけて見事大蛇の頭を落とす。
 しばらくはうねったものの、ある時点をもって大蛇のすべては瘴気として雲霧四散していった。泥状になった地面へと数々の品々が転がる。
 閃癒で水波に傷の手当てをしてもらってから松明を掲げて鎚を探そうとした時、どこからか笑い声が開拓者達の耳に届いた。
「さすがに期待しすぎたか。巨勢王とはいわなくても喝破ならしゃしゃり出てくると思ったのだが」
 木霊のせいでどの方角から声が届いているのかわかりにくい。開拓者達は身構えながら耳に意識を集中する。
「何者だ! 姿を晒さずにとは卑怯者がすることだぞ!!」
 西中島が腹の底から声を出して問いかける。
「志体持ちの集団‥‥。おそらく君たちは開拓者と呼ばれる者達だね。悪いことはいわない。この件には関わりを持たずにどこかで安穏に暮らすのが幸せというものだ」
「この件とは、喝破様の作刀に関する一連ですか? もしやあの大蛇を遣わしたのは貴方様で?」
 水波は問いかけそのものにも意義を見いだしていたが同時に少しでもと時間を稼いだ。木に登った蒼井御子が謎の声主がいる方角を耳で探っていたからだ。
(「三重、うううん‥‥四重の木霊かなっ?」)
 複雑な地形のせいで耳がよい蒼井御子でもなかなか場所の特定が出来なかった。
「刀には‥‥興味がないといえば嘘になるがそうでは‥‥いやいや、お喋りが過ぎてしまったな。またどこかで会うこともあるだろう。巨勢王と喝破とやらによろしくいってくれ」
 謎の声主の言葉が途切れた。
「この間の方角で間違いないと思うんだけど」
 蒼井御子によれば東から北北西にかけての方角のどこかから話しかけられていたようだ。しかし現状の戦力で追うことは難しかった。
 大蛇を含めて今回の件は謎の声主が仕掛けてきた罠と考えるべきである。そうであるならば敵にとっての退路は確保されているだろう。無理に分かれて探したのなら各個撃破されてもおかしくはなかった。
「瘴気は感じる? 宿奈おにーさん」
「大蛇が散った際の瘴気が満ちているのでわかりにくいのですが‥‥他にも強力なアヤカシがいたのではないかといった感じがします」
 蒼井御子に訊ねられた宿奈芳純が頷いた。
「これは偶然ではありませんね。木霊が発生するこの位置をわざわざ戦いの場として選んで大蛇を待機させたのでしょう」
「そう考えるのが妥当かと」
 雪ノ下とサラファは武器に手を触れながら潜んでいるアヤカシがいるのではないかと周囲に注意を向けた。
 ひとまず警戒しながらも鎚探しが始まる。
「あうあー。お腹の中よりも泥の中のがマシだけど、思っていたよりしんどいのです‥‥」
 此花咲は泥の中を探しながら呟く。中腰での行動はもの凄く疲れるものである。
「傷みが激しいものも混じっています。瘴気のせいでこうなったのかどうか気になりますね」
 ジークリンデは刃が錆びついた刀身を手に取る。持ち帰っても無意味なものは置いておくことにする。すべてを運ぶ余裕はなかった。
 喝破愛用の鎚を発見したのは雪ノ下と西中島。たまたま同時に掴んで泥の中から引き揚げた品が探していた鎚であった。
 その他にも見つけた道具類や玉鋼を担いで開拓者達は真金指山を下りる。麓の鳥架村に着いたのは早朝であった。
 村人達は泥だらけの開拓者達を見て急いで風呂を沸かしてくれた。熱い風呂に浸かり、食事を頂いた後で喝破の元に出向く。
「おー、これだこれだ。助かったぜ!」
 喝破は愛用の鎚を手にして喜んでくれる。そして大蛇を退治した後で謎の人物に声をかけられたことを告げると喝破の顔色が変わった。
「いや村が襲われたとき、誰かに嘲笑を浴びせかけられた気がしたんだが。振り返ってみると誰もいなかったので空耳かと思っていたのさ」
 鎚に残った泥を布で拭きながら喝破は語った。
 感謝の印として酒を贈られた開拓者一同は此隅城に立ち寄って巨勢王に報告する。
「刀そのものが目的であったのか、または喝破かわしが目当てか、それとも泰国との友好を邪魔しようとしているのか‥‥。まだはっきりとはせぬな」
 巨勢王は開拓者達の話しに耳を注意深く傾けるのだった。